近代都史研究室・ごみばこ
夢織の悪戦苦闘



 研究室の同窓会名簿を作らせている学生が頭を掻いている。

「どうした?」
「水地先生や堀田先生の写真は見つかったんですが……高音先生の写真って無いんですか?」
「……ああ、今は残っていない」

 渚が写っている写真は、降魔戦争が激化する直前に渚が全て持っていってしまった。
 太正五年の三月に水地研と横塚研が合同で撮った写真まで無い。
 あれが唯一、自分と渚が一緒に写っている写真だったのだが。

「あーあ、勿体ない。
 ものすごい美人だったんでしょう?見たかったなあ」
「……誰から聞いた?」
「某弁護士探偵先輩が結婚しない理由はそのためだって噂ですよ」
「人の口に戸は建てられんか」

 渚が大学からいなくなる直前には、既に何人かの同級生が薄々感づいていたらしい気配があった。
 後は酒が入ればその口から漏れるだろう。
 あいにく、自分は酒の席にいて戸を建てることは出来ない。

「似顔絵とか何かでも、残ってないんですか」
「似顔絵ねえ。高音さんは得意だったが……」

 渚の面影は頭の中に一番くっきりと焼きついている。
 もし自分が歳を取り、痴呆になってあらゆることを忘れても、それだけは忘れないでいる自信と決意がある。
 しかし、似顔絵か。

「やってみるか」
「おっ」

 紙と鉛筆を手に取り、線を書き始める。
 すぐに消しゴムに手が伸びる。

 かきかき。
 けしけし。
 かきかき。
 けしけし。
 かきかき。
 けしけし。

「夢織先生……」
「何だ」
「絵、下手ですね」
「がーーーーーーーーーーっっ!こんなんじゃなーいっっ!」

 真っ黒になった罪のない紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込み、新しい紙を取り出す。
 こうなったら、思い通りに描けるまでやってやるぞ。







 というわけで、以下は十何年ぶりに絵を描き始めた夢織の拙作(注、文字通りの意味)です。
 笑ってやるつもりで見て戴ければ幸いです。



高音渚

「浅草・花やしきにて」太正五年七月の記憶
2002/09/03

「水神の娘」記憶より想像する
2003/07/21








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