もみじ小戦・第六話
「紅い声」第参編


戻る


「間違いないのだろうな」
「確証はと言われるとありません・・・。でも、俺はあの女の人を信じています」
「まあ・・・、確かにここかも知れないと考えていた候補ではあるがな」

 大河原と合流し、大神は教えられた店「もみじ」の前に立っていた。

「解った。君の目を信じよう。それで、どう行くかね」
「乗り込む以上、小細工を弄しても無駄でしょう。地下深くにいると聞いていますから、仮に地上部を消し飛ばしても効果はないはずです」

 大神はコートの中から二刀のうちの一刀を右手に、そして左手には拳銃を手にすることにした。
 ミロクの所にたどり着くまでに何人倒すことになるかは解らないが、出来るだけ霊力を消耗したくなかった。

「そうだな」

つかつか。

「失礼します」
「いらっしゃいませ」

 下級の遊女が三人と、用心棒らしきやくざが二人。

「初めてのお客様でしょうか。一見さんは残念ですがお引き取りいただいているんですが」
「一見ではありません」

 制止しようとしてヤクザ二人が立ちはだかるので、大神は口調を変えた。

「ここの主人に用がある・・・!」

 入って、感じる気配が強くなっている。
 間違いなく、ミロクはここにいる・・・!

「仕方がありやせん。力ずくでお引き取りいただきましょう」

 そう言ってヤクザ二人がドスを抜こうとするのを、大神の左手から放たれた弾丸がはじき飛ばした。

「通してくれ」

 大神の迫力に、ヤクザ二人は恐れおののき、遊女も二人までが引いている。
 ただ、最後の一人が、

「残念ですわ。せっかく私好みの殿方だというのに・・・」

 袖の中から花札をとりだし、

「死体にしなければならないなんて・・・!」

 二人に向かって投げつけた。
 赤短と青短、それぞれが炎と冷気をまとって飛んでくる。

ガアンッ!ガアンッ!

 大河原は銃弾二発で三枚の札を射落とし、大神は右手の刀で払い落とした。

「杯!」

 その間に遊女は、高く掲げた札を一枚、床にたたきつけた。
 周囲がむせ返るような酒の匂いで満ちる。
 ここで酩酊させられてはこの先戦えない。

「ハアッッ!」

 大神が気合いで酒気を吹き飛ばすと同時に、大河原の放った弾が遊女の肩を撃ち抜いた。

「ぐっ・・・!」

 苦痛で揺らいだ動きを捉え、大神の当て身が遊女を気絶させる。

「ふう・・・」

 殺さずに戦うのは相手の力があるとなかなか難しい。
 いきなりこの調子では、あまり霊力の温存もできなかった。

「さて、地下に案内してもらおうか」


*   *   *   *   *


 いい進行状況だ。

 夜の闇にとけ込みながらその場を見下ろしつつ、一人つぶやいた。
 彼の周囲には、三つの朧な姿が浮かんでいる。
 見よう見まねの技術だが、ここまでは一応良しとしよう。
 しかし、このままではまだ使えない。
 霊格の低い人間だけでは、降魔は進化してくれない。
 それは、あいつが言ったとおりだった。
 かといって、霊格の強い人間となると帝都にそうそういるわけではない。
 彼らを襲えば、こちらの行動を米田あたりに悟られる可能性が高い。
 どうするか悩んでいたところにこの対決だ。
 このときに生じるエネルギーを使えば何とかなる。

「せいぜい、前夜祭を盛り上げてくれ」

 黒之巣会が最後まで役に立ってくれたことに、彼は残酷な笑みを見せた。


*   *   *   *   *


「我ら黒之巣会の誇りに賭けて、これ以上貴様に敗れてたまるかあ!」
「通せと言っている!」

 地下三階まで来た二人の前に立ちはだかったのは、黒之巣会の親衛隊らしき戦士たちだった。
 なるほど、帝都各地での破壊活動や宣伝活動を、わずか五人の幹部と魔操機兵で出来たはずがない。
 一般活動を支える支持者や構成員もいたと言うことだ。
 おそらく、こういう面々が黒之巣会会員証などを発行していたのだろう。

 死天王ほどではないにしろ、彼ら彼女らの妖力は決して侮れない。
 方術や妖術を駆使し、二人を殺す気で攻撃を掛けてくる。
 そして、それ以上に恐ろしいのはその精神力だった。
 この期に及んでも出来るだけ急所を避け、殺さずに済むように戦おうとしたが、片足や片腕が折れた程度では誰一人倒れない。

「本当にそのままでは死ぬぞ!」

 両肩を撃ち抜かれて、出血多量となっている男に向かって叫ぶが、男は構わず突っ込んできた。

「構うと思うか!?ここで貴様さえ殺してしまえば帝国華撃団は二度と立ち上がれまい!我らの勝ちだ!
 隊長自らこんな所まで来た己の軽率を・・・」

 そこで男は、動くはずもないような手を、自分の喉に突き刺した。

「呪うがいい・・・っ!」

 絶叫と共に溢れ出る血がそれだけで一体の獣のように大神に襲いかかった。

「これは・・・っ!?」
「我が命と引き替えに・・・、貴様の動きを封じる・・・・!」

 血しぶきがかかったところが重りでも付いているかのように感じる。
 とまどう大神の表情を確認して、男はそのまま事切れた。
 それでも呪縛は消えない。
 動きのにぶった大神に、戦士たちが殺到する。
 彼らは初めから大神を集中して狙っていた。

「大神くん!」

 大河原が手加減無しで発砲するが、それでも止めきれない。
 迫り来る刃や術を、大神はやけにゆっくりと見ていた。

 どうして・・・解ってくれないんだ・・・!
 だが、ここでむざむざとやられるわけには行かない・・・。
 必ず・・・約束を守って帰るんだ・・・!

「狼虎滅却・・・無明剣舞!!」

 八方から大神に襲いかかっていった戦士たちの輪が内側から切り裂かれた。
 瞳を閉じたままで、文字通りの血刀を振るう大神に、戦士たちは次々と倒れていく。
 だが、それでも彼らはひるまずに突っ込んできた。
 防御を一切無視して、大神の肉体を傷つけることのみを目的としている。

「く・・・!」

 全方向を抑えるためにあえて瞳を閉じて気配で感じていた大神は、その取り憑かれたような気に圧倒されるものを感じた。
 たまらず一跳びして、一旦距離を取る。
 瞳を一度開いて、威嚇するように睨め付けた。

「いかに捨て身で来ても、俺は倒せない。そこをどいてくれ。今ならまだ、お前たちだけでもたすかる・・・」

 二十人ほどいた戦士たちは六人まで減っている。
 大神の言葉は脅しではなく事実である。
 それは戦士たちにもよくわかっているのだ。

「それでも、我ら一人の命と引き替えに、おまえに傷一つくらいならつけることが出来る」

 無念さをにじませながら、それでも胸を張るようにして戦士の一人が言った。

「俺が倒さねばならないのはミロクただ一人なんだ・・・」
「違うな、おまえがミロク様に、そして黒之巣会に敵する以上、おまえは我ら全てを倒さねばならんぞ。
 そして、我々はなんとしてもおまえを倒す・・・!」
「黒之巣会が、一体何を与えてくれると言うのだ!」

 大河原の叫びに、戦士たちは笑った。
 誇らしげに、笑った。

「希望だよ」

 大神と大河原は一瞬あっけにとられた。

「今の帝都では生きていけぬ我らにとって、黒之巣会は希望なのだ。
 人外の者、異形の者、そして、繁栄の枠から閉め出された者、全てにとってな!」
「これは生存競争なのだよ、大神一郎。善悪など関係ない」
「今ある帝都を踏みにじってでも、我らの同胞は生かして見せよう・・・」

 そうかもしれない。
 黒之巣会死天王の二人、刹那と羅刹。
 あの二人が人間なのかどうかは解らなかったが、この帝都で彼らが普通に暮らすことは出来ないだろう。
 どういういきさつで、彼らがそうなったのか解るような気がした。
 それは、今目の前にいる戦士たちについても同じであった。
 四本の腕を持つ者、身体の半分が燃えさかっている者もいる。
 倒れている中には、老いた剣客もいた。

 どこか、胸の奥で叫んでいるものがある。
 それでも、自分も敗れるわけには行かないのだ。

「ならば、あなた達を全力で倒す・・・!」
「ただでは倒れん!」

 六人が一斉に、大神に攻撃をしかけた。
 符術、呪術、気功、拳法、剣撃、魔術!
 大神は避けることなく、正面に向かって駆けた。

「狼虎滅却、凄牙一閃!」

 迫り来る六重の陣を、超高速の一閃が吹き飛ばす!

ズザアッ
 走り抜けた後に、それでも戦士たちは後ろへではなく、前のめりに倒れていった。

「大神くん!」

 大神も無傷では済まなかった。
 戦士たちは言葉通り、確実に大神に一つは傷を負わせていった。
 裂傷九つ、火傷五つ、凍傷二つ、打撲が十五。
 重みを感じる呪縛は、ようやく薄れつつある。
 彼らをここまで駆り立てるものが正直恐ろしくさえあった。

・・・倒すしか、無かった。

 仕方がない・・・
 俺も倒されるわけには行かない・・・。

 そんな言葉で無理矢理納得しようとしているという、皮肉な自覚が心の底にこびりついていた。
 彼らと、普通の帝都市民との、違いは・・・何だというのだ・・・・。

「とりあえず、止血だけでもしておきたまえ」

 用意のいい大河原が、コートの中に収納しておいた包帯や消毒剤をよこしてくれた。
 その大河原も、全身のそこかしこに傷を負っていて、いくつか包帯を巻いていた。
 集中攻撃を受けた大神を、戦闘開始直後にかばった傷は、まだ包帯に血がにじんでいる。

「済みません・・・」
「あやまらんでもよい。今の連中がおそらく最後の壁だろう。これで突破できただけでも良しとすべきだ」
「はい」

 その考えには大神も賛成だった。
 戦力の逐次投入、各個撃破というのは兵法において最愚とされる。
 彼らは間違いなく今の戦いに集中していた。
 何が何でも傷を負わせようとしたのは、もうこの後にミロクしか残っていない為だろうと思う。

 この状況でミロクに逃走されては困るので、大神は呪縛が完全に消える前に動くことにした。
 確かに、もう立ちはだかる者は残っていなかった。
 客用の部屋らしい扉が整然と並ぶ廊下を過ぎ、さらに階段を下りること二度。
 二人の前には、緻密な細工の施された大きな扉があった。
 今までとは雰囲気が違う。

「大神くん、ミロクの気配は・・・」
「どこか・・・かき消されているような気もしますが、おそらくこの向こうのはずです」

 どうやら逃げられずに済んだらしい。

「罠は、なさそうだな」

 いよいよと言うところで、大河原が念を入れて調べていると、中から声が聞こえてきた。

「よく来たわね。大神一郎、そして大河原」

 忘れもしない、今まで何度も立ちはだかったその声・・・!

『ミロク!』

 二人が叫んだ声に呼応するようにゆっくりと扉が開いてきた。
 二人は即座に展開し、壁に張り付く。
 いきなり直線攻撃で狙われないようにするためだ。
 二人まとまっているところに電撃でも食らっては洒落にならない。
 だが、そう言った攻撃は飛んでこなかった。
 その代わりに、押し寄せるような重い大気が来た。

「ん・・・っ!?」

 脳まで溶けそうになるほどの甘い香気・・・。
 一瞬、香水ではないかと思ったが、そんな生やさしい考えはすぐにうち消された。
 息だけではなく、まだふさがっていない傷口からもなめるように身体を侵そうとする。
 毒ガスは予想外だった。

 欧州大戦で初めて使用された毒ガスは、風に乗せて相手の陣地に送り込むものだった。
 そんな平地戦ならともかく、自分の経営する店の中で使うはずがないと考えていたのだ。
 実際は逆だった。
 閉鎖空間を確保したときが、もっとも毒ガスが有効に働くのだ。

 しかしそれを自分の部屋で使うか!?

 ミロクは既にここにはいないで、さっきの声は録音盤だったのかも知れない。
 だとしたら一刻も早くここを脱出しなければ・・・!

 ミロクがいないだろうと思いつつも、大神は念のため部屋の中をのぞき込んだ。

「!!」

 思わず息を呑んだ。
 死体が折り重なっているような凄惨な光景でも、ここまで驚かなかっただろう。
 部屋の中には、二十人近い少年と少女がいた。
 いずれも顔立ちのよい者たちなのだろう。
 だろう、というのは、彼ら彼女らの表情が、完全に愉悦に浸っていて、人間の理知的な部分がまるで感じられないまでに緩みきっていたからだ。
 ほとんど何もまとっていないに等しい姿で、何をやっているのか・・・。

 想像が付いた大神は、考えるのを止めて目を背けようとした。
 そのときに、視界のある一角を占領した紅い物があった。

 かつて戦ったときのような豪奢な着物ではなく、もっと軽やかな、しかし主とする色だけは紅のまま。
 手にしているのは、柄が人の手の形をした細剣。
 その背後に、二本の狐の尾がゆらゆらと見えた。

「ミロク!!」

 名を呼ばれて、ミロクは艶然と微笑んだ。
 それとともに、大神の精神に強大な圧力がかかってきた。
 外からではなく、内から誘発されるように。

 理性を捨てろ、獣になれと叫ぶ声に、大神は意志を振り絞って抵抗した。
 身体が勝手にシャワー室に向かってしまうときよりも遙かに強い衝動に、それでも大神は抗した。

 戦いに来たという意地がある。
 女性ばかりの隊を率いている者としての責任もある。
 だがそれ以上に大神は、心の中で思い描く一人の少女の面影にすがった。
 嫉妬の嵐が怖いとか、背中をつねられるのが怖いとか、そういうことでは・・・、
 いや、まあ確かにそういうことも含めてだが、
 なによりも、さくらを裏切りたくない、悲しませたくないという思いを奮い起こした。

 あの美しい泣き顔を、もう見たくはない・・・・!!

「狼虎・・・滅却・・・ッッ!」

 弛緩しつつある全身を絶叫させる。
 魂を奮い起こし、一気に霊力を爆発させた。

「峻嶺己叫ォォッッッ!!!」

 欲望の象徴としての狼ではなく、誇り高く己の存在を吼え上げる狼だった。
 前に日比谷公園で使用したときのような手加減はない。
 少年少女達は全員意識を無くして昏倒した。
 それと同時に、大神を襲っていた強大な圧力が一気に緩んだ。

 どうやら周囲の彼らの精神を薬品で忘我の状態にして、精神波の増幅に使っていたのだろう。
 増幅していないこの状態ならば、どうにか抵抗し続けることが出来る。
 大河原も気になったが、次の攻撃を警戒してミロクに正面から向き直る。
 今はもうはっきりとミロクの気配を感じることが出来た。
 なるほど、いままでこのためにミロクの気配がぼやけていたのだ。

 ほぼ扉の場所に立っている大神と、正面の奥で御簾を上げたやや高い場所から見下ろしているミロク。
 彼我の距離は三十メートルといったところか。

「よく、抵抗できたな」

 感情を押し殺したような声でミロクはつぶやいた。
 大きな声ではなかったが、動くもののほとんどなくなったこの部屋ではずいぶんと響き渡った。

「まあよい、邪魔な大河原を転がしておけるだけでもよしとしよう」
「ミロク・・・貴様なんと言うことを・・・」

 床に転がりながらもようやく目にした部屋の光景に、大河原は声を振り絞ってミロクを非難した。
 とはいえ、全身が弛緩していて体はほとんど動かせなかったが。

「フン、大神ならいざ知らず、おまえごときが未だに口が利けるとは、まあ誉めてやろうではないか」

 言いながらミロクは簪を一本引き抜いてすっと舐めた。
 意味があるようにも見えないので、これはどうもミロクの癖らしい。

「それに、責められる言われもないのだぞ、大河原」
「何・・・・?」
「この子供らは、先の降魔戦争で親を亡くした者等なのだ。行く当てがなくなった彼らをひきとって育てたまで。
 少し役に立ってもらっただけだ」
「詭弁だ・・・っ」

 怒る大河原に対して、逆にミロクは悠然と語る。

「ならば今の帝都がこの子らに何をしてくれた?
 命の保証すらしてくれなかったのだぞ・・・」
「だからといって、この子たちを自由にしていい理屈はない」

 今度は大神が反論した。
 先ほど、ミロクのことを聞かされていたので、ミロクの言わんとする部分が解らなくもない。
 だが、

「おまえのやろうとしていることは降魔戦争の再来でしかない。
 この子たちのような不幸な子供を増やすだけだ」
「フン、言うではないか。確かにその通りかもしれん。しかし、今の帝都で生きていけぬ者がいるのもまた事実なのだぞ。
 貴様の掲げている正義の裏など、薄っぺらいものだ。それでもわらわを倒すというのか、大神一郎。」

 大神はまだ扉を開けてから剣を抜いていない。
 大神が迷っていると見たミロクは揺さぶりをかけた。

「おまえが、帝都を破壊しようとするのであれば、倒すしかない・・・。俺はあの場所を、待ってくれている人を守るんだ。
 だが、おまえがここで止めてくれるなら・・・」
「ハハハハハハハハハ!」

 大神が言いかけた言葉をミロクの高笑いが遮った。

「守るか。言ってくれるではないか。それならばわらわは負けぬ。
 わらわの希望たる黒之巣会、そして天海様をうち砕いた帝撃全てがわらわは憎い!
 貴様の守る意志ごときに、わらわの憎悪が負けてなるものか・・・・!」

 ミロクの周囲が蒼く燃え上がり、同時にそこかしこに火花が散る。
 ミロクの電撃攻撃は既に六破星降魔陣の直前に帝撃地下で見ているが、もう一つの能力たる狐火はそのときは見なかった。
 その後、狐火の能力単体で大神を襲ったこともあったが、今、その二つを同時に放っている。
 間違いなく、全力で来る・・・・!

「俺は約束したんだ。必ず帰ると・・・!」

 唇を噛みながら、大神は二刀を抜いた。

「貴様の後で小娘どももあの世に送ってやるわ!」
「させるものか!」

 大神は吼えた。
 迷いを断ち切り、この戦いに決着をつけるために。



次へ



目次に戻る。
二階に戻る。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代の扉に戻る。