もみじ小戦・第五話
「黒い鳥」前編


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 目覚めの朝だ。
 永かった。
 実に永かった・・・。
 どれほどこの日を待ち望んだことであろうか。
 やっと、彼は人間に戻れるのだ。
 やっと・・・やっと・・・・!

 ああ、小鳥たちがあんなにも楽しそうに朝を唄っている。
 カーテンを開けると、朝日に照らされた街が、きらきらと輝いている。
 美しい・・・。
 世界はこんなにも美しい・・・・!!

 大帝国劇場事務局所属、大神一郎、二十歳。
 本日が、給料日であった。


 フーフーフーンフンフフフン♪

「た・・・たいちょ・・・」
「いやあ、カンナ!おはようっ!」

 鼻歌を盛大に歌いながら食堂に舞い降りた大神に、思わず顔を引きつらせたのは、無論、食堂の主カンナである。

「隊長・・・とうとう紅蘭に改造されちまったのか・・・?」

 ひどい言われようである。
 どちらも。

「ハッハッハ、カンナ、仲間のことをそんな風に言ってはいけないよ」

 何だか、嘘臭いほど底無しに、さわやかな笑顔である。

「おはようございますッ!定食を一つっ!」

 と、厨房に向かって叫んだ大神を見て、カンナはようやく、ああ、なるほど、と納得した。
 食堂のウエイトレスやコック達は、みーんなそろって笑っているのだが、
 さわやか一郎は気にしない気にしない。

「はい、大神さん、お待たせしました」

 白いご飯に豆腐のみそ汁、それに秋の味覚サンマ。
 日本の秋のご飯である。

「いやあ、やっぱり朝はご飯とみそ汁だよね」

 白いご飯に水だけで、食堂備え付けの塩と醤油、ケチャップ、ソースなどで味付けを変えてきたこれまでとは偉い違いである。
 その食べっぷりが、カンナに勝るとも劣らなかったと言うから、推して知るべしである。

「ごちそうさまでしたっ!それじゃあ俺は事務局に行って来るよ」

 スキップしながら去っていく後ろ姿を、カンナは冷や汗を垂らしながら見送るしかなかった。


「やあ、由里くん、かすみくん、おはようっ!」
「大神さん、ちゃんとご飯食べられました?」

 さすがの由里も一歩引いている。
 駆け込んでくる、とでも表現した方が適切な大神の入り方だったからだ。

「ああ、生きているってすばらしいね・・・!」

 目をキラキラと輝かせながら、賛歌を歌うかのように手を開き天を仰いだ大神に、かすみまで三歩引く。

「それはともかくとして、かすみくん」

 何だかとたんにハードボイルドになった大神であるが、

「俺の給料」

 言うことがこれでは決まるはずもない。

「はい」

 そう言って、かすみは左を指さした。

「へ?」
「さっき、支配人が大神さんの給料袋を持っていちゃったんですが」
「な・・・なにいいいいぃぃぃぃぃ・・・・!!!!!」

 叫び声を後に残して事務室を去る大神に、呆然と見送るしかなかった二人である。

「大神さん、何だか芸風が変わったような・・・」
「極限まで空腹だった人間が食事にありついたときって、文字通りあんなんなんでしょうね」


「支配人!失礼します!!」

 と、叫んで入ってから、思い出したように扉を後から叩く。

「おう、どうしたぁ、大神ぃ」

 丁度あやめと話していたところだったらしく、米田は怒りもせずにニヤニヤしている。

「支配人・・・自分の給料をいただきに参りました・・・」

 狼・・・と言うよりは、ハイエナのような目と表現した方が適切かも知れない。

「そのことなんだがな、大神」

 米田はやけに神妙な顔つきになって声をひそめる。
 そのため大神は、横であやめが笑いをこらえるような顔をしているのに気がつかなかった。

「おめえ、さくらに毎日夜食を作らせていたらしいな」
「え・・・・・・・あ・・・・・・・はい・・・・」

 弁解しようとしたところで、横のあやめに向き直ったが、ここでにっこりと微笑まれて、つい、頷いてしまった。

 その肯きに、米田は思いっきり演技じみた怒り顔になる。
 端っこが笑っている唇でちょっと怖そうな声を出してみた。

「連日の公演で疲れている女優を、夜遅くまで働かせるとは言語道断。 しかも、食事を抜かされた理由が私事とあっちゃあ、それなりの罰を与えにゃなるめえ」

 物騒なことを言われて、大神は冷や汗だらだらである。
 しかし、米田の目は笑いに転じていた。

「丁度、今日の公演は夜の部だけだ。大神、おめえには罰として、本日夕方まで、花組女優真宮寺さくらの慰安につき合うことを命じる・・・!」

 にやけた笑いが、最後には我慢しきれずに顔いっぱいの笑いになる。
 横であやめも同じような顔で笑っていた。
 大神は一瞬、何を言われたのかわからなかったが、すぐに背筋を正す。

「支配人・・・」
「それから・・・あー、ついでに命令する。酒を一升瓶で買ってこい」
「いいいっっ!?」

 感動気味に安心しかけたところで、また米田は驚かすようなことを言う。

「心配すんな、代金はほれ、ちゃんと渡してやる」

 そう言われて受け取った金は、それにしては少し多いような・・・。

「釣りはとっといてかまわねえぞ。買ってくるのも、どの店だってかまわん」

 つまり、これは・・・。
 大神の顔に、徐々に理解の色が広がっていくのを見て、米田はくるりと椅子を回転させて後ろを向いた。
 これ以上にやけては、支配人の威厳がなくなりそうなくらい、笑いが我慢できなくなってきたのだ。

「返事はどうしたぁ、大神ぃ」
「は、はい、大神一郎、これより懲罰任務に就きます・・・!」
「けっ・・・相変わらず堅え返事しやがって・・・」

 米田がぶつくさ言ったとき、扉が鳴った。

「支配人・・・。さくらですが」

 その声に、大神は口から心臓が飛び出そうになった。
 米田も少し意外だったようだが、横にあやめがいるのを思い出して、

「そうか。あやめくんが呼んでおいてくれたのか」
「ええ。さくら、入っていいわよ」

 あやめは悪戯っぽく笑ってから、扉の向こうに声をかけた。

「はい、失礼します」

 入ってきたさくらの桜色の小袖だけで、この部屋がずいぶんと明るくなった気がした。

「あ、大神さんまで・・・どうしたんですか」
「あ・・・うん、それがね・・・」

 慌てる大神に苦笑して、あやめは横から助けてやることにした。

「ちょっと支配人の買い物を頼まれて欲しいのよ。詳しくは大神くんが聞いているから、一緒にお願いね」
「は・・・はい」

 一緒に、と言うところでさくらの顔がぱっと明るくなった。
 二人が不器用そうに、しかし、微笑ましげに話しながら部屋から出て行ってからも、あやめも米田も、口元がほころぶのをこらえきれなかった。

「本当は・・・支配人が配役でひいきしちゃあいかんのだがなあ・・・」
「あら?」

 深々とつぶやいた米田の言葉に、あやめが意外そうな声を上げた。

「どうしたのかね?あやめくん」
「いえ・・・支配人が私と同じことを考えていらっしゃるから、何だかおかしくって・・・」
「そうか・・・」
「ええ・・・」

 二人の笑いが、ふっと寂しそうな物に変わる。
 その目は、机の上にある一枚の写真を見つめていた。

「もう少し、甲斐性があった方がいいような気もするんだが・・・」
「でも・・・あれはあれでいいと思いますよ」
「そうかもしれんな・・・。あいつなら・・・まあ、文句ねえだろ。一馬」



「というわけで、ついでに昼食でも食べようかと思うんだけど・・・」

 ついでに、と言うところに不満はあったが、大神にこれ以上は望む方が無理だろう。
 申し出そのものに、さくらは一も二もない。

「ええ、それじゃあ三十分後に裏口でいいですね」
「あ、ああ」

 さすがに、帝劇スタアがみんなして歩くならともかく、こうして二人きりで行くとなると、あまりおおっぴらになってはまずい。
 それなりの準備という物が必要なのである。
 鈍感な大神も、劇場暮らしが長くなってきて、それくらいは解るようになっている。
 それに、大神自身も銀座のみならず帝都のあちこちで知られているのだ。
 本人はほとんど自覚していないが、大神は帝劇の女性ファンにかなりの人気があるし、雑用でいろいろな店を回らされていると言うこともある。
 しかし、そうなると。

「うーむ、困ったなあ」

 変装用具など持ってはいない。
 さくらと一時分かれて自室に戻った大神は悩んでいた。
 この帝劇に来てから、ほとんどずっとこのモギリ服である。
 同じ服を五着持っているのだが、それ以外となると、夏祭りの時用のTシャツと・・・
 ああ、夜の隠密行動用に目立たない服をいくつかあやめに見繕ってもらっていたのを思い出した。
 中型降魔との戦闘でも使った、濃い灰色の頑丈な服しか使っていなかったので、忘れていた。
 もしかすると本当に着た切り雀なのかも知れないが、今はありがたい。
 袴や黒装束もあったが、今回は却下する。

「おっ」

 衣装箱をあさると、黒いコートが見つかった。
 あやめが選んだものだけあって、目立たない物でもなかなか格好がいい。
 秋とは言っても、今日は少し寒いからこれでいいだろう。
 その他、ズボンとシャツも同系統の色で見つかった。さすがはあやめである。
 なんとか、様になった。
 あとは、小道具部屋から伊達眼鏡を持ってきて、完成である。

 普段のモギリ服のイメージが強すぎるせいもあるだろうが、ほとんど別人である。

「よし」

 少し早いが行っておこう。
 問題は、この姿を見られないように、と言うことである。
 花組の誰かに見られた日には、絶対に疑われるに決まっているのである。
 扉を開ける前に、外の様子と気配をうかがう。
 このあたりは、連日の見回りで慣れていた。
 よし、いま廊下には誰もいない・・・!

 ダッシュで裏口まで駆け抜け、ほっと一息つく。
 ここまで来れば、あまり使う者もいない場所だ。

「あ、大神さん、お出かけですか?」
「うわあっ!」

 背中からいきなり椿に声をかけられ、大神は盛大に仰天した。

「ど、どうしたんですか、大神さん。そんなにびっくりしないで下さいよ。こっちまで驚いちゃったじゃないですか」
「あ、うん・・・ごめん・・・」

 そう、何を忘れていたかというと、髪型を変えるのを忘れていたのである。
 この場所にいて、この特徴的な髪型ならいくら何でもそりゃあばれて当然である。
 もっとも、大神の髪型はどう直そうがほとんど変わらないのだが。
 丸坊主からようやく復帰した大神の頭は前にも増して逆立っているようにも思える。
 こんな髪型の人間は、帝都に一人しかいないだろう。

「ところでお時間があるなら手伝って欲しいんですけど」

 どうやら倉庫に運ぶ商品らしい。
 確かに結構な量で、いつもならすぐに手伝っているところである。
 しかし、

「う・・・それが・・・ちょっと・・・」

 さくらとの待ち合わせ時間がもうすぐである。
 いくら何でもそれは出来ない。

「大神さん。ひょっとして・・さくらさんとお出かけ・・・ですか?」
「いいいいっっ・・・!!!」

 これでは肯定しているのと同じである。

「いいな・・・さくらさん・・・」
「お願い・・・、椿ちゃん・・・!あんまり噂にしないで・・・!」

 こそっとつぶやいた言葉は、焦った大神には聞こえなかったらしい。
 ほっとしたような、悲しいような・・・。

「じゃあ・・・今度私も大神さんとお出かけさせてもらおうかな・・・」
「ええっ・・・!」
「じょ・・・冗談ですよ。ちゃんと、だまっておきますから」

 あわてふためいた大神に、椿は慌ててフォローを入れた。
 でも・・・・・・、
 そんなに、困ったような顔をしなくてもいいじゃないですか・・・。
 とは、言えなかった。

「でも、また手伝って下さいね」
「ああ、わかったよ」

 逃げるように扉を閉める自分が、椿は少し悲しかった。
 向こうから、珍しく洋服姿のさくらが来る。
 大荷物で、わざと顔を隠しながらすれ違った。


「お待たせしました、大神さん」

 大神は声を失った。
 すらりとしたズボンにセーター、薄手のコート。
 トレードマークのリボンを外して、長い髪は後ろで束ねてコートの中に入れてある。
 いつも感じさせる可愛さだけでなく、どこかモガな雰囲気を漂わせたさくらは、格好いいという言葉が似合っていた。
 前髪も流し方を変えているので、これならよく見ないとわからないだろう。
 さすがは女優。
 変身も見事であった。

「由里さん達と秋から冬の服を買いに行ったとき選んでみたんですけど」

 ヒールはそんなに高くないので、自分でちょっと背伸びしつつ四分の三回転ほど回ってみせる。
 多分、ファッションショーか何かをまねてみたのだろう。
 普段舞台に立っているだけあって、このあたりの姿勢の運び方もうまい。

「・・・どうですか・・・?」

 と、聞かないと感想が返ってこないのをちょっとだけ恨みたい気分だが、らしいと言えばらしいとも思う。

「うん、すっごくかっこうよくて・・・その・・綺麗だよ」

 どうにかこうにか口に出来た大神の、その言葉が嬉しかった。
 かわいいと言われるより、綺麗だと言って欲しい年頃なのだ。
 特に、ほぼ同い年のすみれに自分よりずっと色気があると思っているので、そのあたり、さくらの感情は複雑なのであった。
 すみれの真似をするのではなく、こうやって自分なりの色でやっているのは、いい方向のライバル意識だろう。

 それにしても、どちらも買い物のついででないことくらいは自覚している服装である。

「じゃ、いこうか、さくらくん」
「ええ」

 さすがに手をつなぐことは出来なかった二人である。
 その二人を、書庫の窓から寂しそうに見つめる黒いコートの人影があった。



 少し三越を回って、さくらの服を買ってから銀ブラである。
 帝都周辺に住んでいれば最高の休日コースとなるわけだが、銀座のど真ん中に住んでいればそれほどの感慨はわかない・・・はずである。
 本来ならば。
 しかし、二人っきりで、しかも仲間達に知られないように、というのは、心地よい緊張感と共感を与えてくれた。
 こういうのも、スリルがある、というのだろうか。
 周りの人間にも正体が知られないようにするのだから、なおさらである。

 なんだか・・・お忍びで街を歩いているお姫様みたい・・・。
 帝劇というお城から、王子様と二人きりで。

 女優一年生は想像力豊かであった。
 で、当の王子様であるが。

 昼食の後ぐらいから、周囲に違和感を感じていた。
 気配を殺してつきまとっている者がいるようだ。
 なかなかにうまいが、花組のみんなにばれないように周囲に細心の注意を払っていた大神の感覚をごまかせる物ではなかった。
 このところ夜の見回りで慣れているため、このあたりの実力は、さくらより数段上になっていた。

「大神さん、どうしたんですか」

 周囲に少し険しい顔を向けている大神に、さくらは怪訝そうな表情で聞く。
 大神は自分と二人っきりが楽しくないのだろうかと、心配になったのだ。

「いや、誰かに見つかったような感覚がしてね。まあ、大丈夫だよ」

 一応、うそはついていない。
 誰か、と言っても花組のみんなのことではないので。
 念には念を入れて、意識の網を強化する。
 それでも、こちらからしかけることはしたくなかった。
 敵意を持っているのか、監視しているのか、それとも単に帝劇女優の醜聞を狙っているだけなのか、わからなかったからだ。
 出来るなら、余計なことをしてこのひとときを壊すような真似はしたくない。
 気配は、銀座を歩いている間、ほぼ常につきまとっていた。
 最後に、酒屋に行こうとして、気配が増えた。
 今度は確実に殺気を感じる。

 暗殺には、タイプが二通りある。
 人混みの中で、周りの人間も巻き込んで混乱に乗じて逃げる方法。
 もう一つは、目撃者をなくして行う文字通りの暗殺だ。
 どうやら、敵のねらいは後者らしい。
 帝国華撃団隊長としては、それは幸いであった。

「さくらくん、ちょっと、路地に入ろう」

 聞きようによってはとんでもない台詞だが、さくらももう気づいていたようだった。

「ええ・・、やっぱり魔物でしょうか?」
「いや・・・人間みたいだ。何かの先兵か、ただ単に雇われただけなのかはわからないけど」

 人通りのなさそうな、しかし、ある程度の広さのとれる路地に入る。
 囲まれることを考えると、あまり狭いとかえって不利を増やしてしまうと判断した。

「さくらくん、君は必ず守ってみせる」

 何気なく、しかしきっぱりと大神は言った。
 いつも、戦場で聞いている言葉。
 でも今は、どこか違って聞こえた。
 いつもは帝国華撃団花組の隊長として。
 今は・・・大神一郎としての言葉・・・。
 さくらは、そっと自分の胸に手を組んであわせ、感じたぬくもりを胸の中で繰り返させた。

「はい、おねがいします」

 その答えに、大神はにっこり笑って、
 足下の石をいくつか蹴り上げた。
 空中でそれをつかんで、霊力を込めて周囲の気配に向けて投げつけた。
 相手の殺気を確かに感じる今、後手に回るのは得策ではない。
 十中八九飛び道具を用意しているはずである。
 逆に、こちらには無いと考えているだろうから、驚かせてやった。

「ぐあっ・・・」
「ぐ・・・」

 くもぐってはいるが、やはり魔物ではなく人間の声だった。
 これでは、殺してしまうわけにもいかない。
 不意をつかれて一瞬タイミングをずらされたはずの敵は、それでもひるまずにやってきた。
 吹き矢を飛ばしてくると同時に、短剣を抜いた覆面の男が三人。
 なかなかの統率を見せてくれる。

 大神は二歩下がって吹き矢の到達と男達との接敵とのタイミングをずらして、丈夫なコートの裾を翻して吹き矢からさくらを守った。
 そして、一瞬遅れて三人が襲いかかってくる。
 近づいて気づいたが、短剣には何かどろりとした物が塗られている。
 ご丁寧なことだ。
 三対一なら、まず全力で最初の相手を殴りつけてそのまま背後に回るところだが、さくらを背後にかばっている以上、それは難しい。
 ちょっと考えて、

「ハアッッ!!」

 声とともに気合いを叩きつけることにした。
 突風を受けたようにひるむ男の一人に、突き上げるような拳を顎に一発。
 そいつが倒れるのを見届ける前に、次に短剣を繰り出してきた男の腕を捕まえて、頸椎に霊力を込めた手刀を一発。
 これで二人は昏倒した。
 さすがにあわてふためいた三人目の手首を蹴り上げてから、力任せに背負い投げで男の身体を大きく宙にぶん投げる。
 狙い違わず、気配を殺してさくらの背後に迫ろうとした別の男を脳天から直撃した。
 これで気を抜かず、周囲を確認する。
 もう一人二人いたような気もするが、撤退したらしい。

「よし、大丈夫だろう」

 さくらは、なんとも表現のつかぬ顔で立っていた。
 大神が強いのは知っていたが、素手でもここまで強いとは思わなかったからだ。
 そして、王子様のマントならぬコートの陰で守られているのが、この上なく幸せでもあったからだ。
 ようやく、うれしさを実感して、さくらの顔が微笑みに変わる。
 一方大神は、下敷きにした男をつついて尋問してみた。

「うーん、雇われ暗殺者かな」

 服装の共通のところを見ると、何らかの集団なのだろう。
 しかし、暗殺者としては賢くない。
 暗殺者というのは、本来そうとわかる格好などしていてはいけないのだ。
 そこを考えると、暗殺集団ではなく、武闘集団か特殊技能集団なのかもしれない。
 敵意かどうか、しばらく読めなかったのも当然だ。
 大神に対する恨みがないから、殺意はあっても敵意がなかったのだ。
 しかし、それでも尋問は手間取りそうだった。
 あんまり、痛めつけて尋問というのは・・・やり方は知っているが、さくらの前ではしたくなかった。

「じゃ、もう寝ておいてくれ」

 何にも話そうとしないので、後頭部を一撃してこいつも昏倒させる。
 大体、下っ端というのは、雇い主の事情など何も知らされない物だ。

「ごめん・・・さくらくん、こんなことに巻き込んでしまって・・・」

 さっきまでの鋭い表情が嘘のように思える、ちょっと情けない顔で大神が謝ってくるので、さくらはくすりと笑った。
 よかった・・・いつもの大神さんだ・・・。

「酒屋さんに行く前に、少し、喫茶店に寄りません?」

 ちょっと意地悪して、そうしてくれたら許して上げます、とでも言うように提案してみた。
 もちろん、心の中では大神をとがめるつもりなど全くない。
 それを、なんとなくでも感じてくれたのだろう。
 大神もほっとした顔で答えた。

「ああ、そうだね」

 お姫様に許してもらった王子様は、そっとその手を取って

「え・・・?」

 二人、銀座の街に戻った。



 一部始終を、全く別の場所から眺めていた者がいたことに、今度は大神もきづかなかった。




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