もみじ小戦・第二話
「餓狼」後編


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 朝七時を過ぎた帝劇に、槌の音が響く。
 睡眠時間が二時間程度で起き出してきた大神は、愛用の工具箱を携え、昨夜魔物に空けられた天井の穴を修理し始めている。
 穴の周辺を剥がし、板を張り替える手つきは、玄人には見えないものの、断じて素人のものではない。
 作業は順調であったが、大神は悩んでいた。

 この穴のことを、花組のみんなにどう言い訳したら良いものだろう。
 真相を話して、みんなを巻き込むわけにはいかないのだ。
 二時間寝ている間、夢の中でまで悩んでいたのだが、良い案が思いつかない。
 悩みながらも、もう金槌で指を打つようなことは無くなった大神である。

「大神はん、朝から何やってますの」
「どああああっ!?」

 唐突に穴の下から紅蘭の声が聞こえてきた。
 考えにふけっていた大神は、心臓が口から飛び出るかと思った。

「こ、紅蘭か、驚かすなよ・・・」
「別に驚かしてまへんで。なんぞ、やましいことでも考えてたんか」

 やましくは無いが、話せないことではある。

「あ、やっぱりお兄ちゃんだ。何やってるの?」
「大神さん、おはようございます」

 考えがまとまる前に、アイリスとさくらまで来てしまった。
 これは非常に困った。

「ど、どうしたんだ、みんな・・・」
「どうしたって・・・、槌の音が聞こえたので、大神さんが何のお仕事をしているのかと思ったんですけど」

 やはり、公演前に修理するのではなく、業者の人に頼むべきだったと大神は後悔した。
 もっとも、そうしても後で不審がられるのは必至であろうが。

「いや、天井に穴が空いていたんで、修理しておこうと思ってね」
「そうですか。ご苦労様です」
「もうすぐ終わるから、先にご飯食べちゃってよ」

 この場の話を早々に切り上げようと、話を持っていこうとする。
 ご飯といっても、大神は茶碗一杯の白飯だけだが。
 しかしここまでうろたえて、しかも話を切り上げようとすれば、まあ、疑われもしよう。

「大神はん、何隠してますの?」

 さすがに、ツッコミも得意とする紅蘭は鋭い。

「だいたい、なんでこないなところに穴が空くんや。ん?なんや、この焦げたような跡は」

 紅蘭が、絨毯についた酸の跡に気づき、かがみ込んだ為、せっかく階下へ行こうとしていたさくらとアイリスまで足を止めてしまった。

「これは・・・、強酸がかかったんか・・・?」
「酸?どうしてこんなところに」

 大神は、言い繕う言葉を探すが、いいのが出てこない。
 焦っていると、一瞬、紅蘭のメガネが光ったような気がした。
 盛大に嫌な予感がする。

「大神はん・・・。さっさと吐いたら、お上にも情けっちゅうもんがあるで」
「紅蘭ー、はいたらきたないよ」
「ちゃうちゃう、アイリス。罪を白状せい、ちゅう意味や」
「へ?」

 なにやら、話が予想外の方向に進んでいるようだ。

「酸を使うとは考えはったなー。ノコギリの音もキリの音もせずに、天井に穴空けられますもん。ただ、うちらの部屋はずっと離れてますで」

 ようやく大神にも飲み込めてきた。
 紅蘭は、大神が花組のみんなの部屋を覗くために、自分で穴を空けたものと推理しているのだ。
 ここまでの大神の隠そうとする態度と、ついこの間の前科を考えれば、当然出てくる推理かも知れない。
 もっとも、今回は完全な濡れ衣である。
 しかし、この濡れ衣を着る価値はあるかも知れない。
 この推論なら説得力がある。自分がやったということにしておけば、これ以上みんなを深入りさせずに済む。
 しかし、ここで肯定するとかえって疑われる可能性が高い。
 疑われることなく、自分に疑いを向けるには・・・。
 数秒で、大神の覚悟と考えは決まった。

「い、いや・・・、それは・・・、その、つまり・・・」

 そう、うろたえればいいのである。
 我ながら見事な演技であった。
 うろたえるのに慣れているせいかもしれない・・・・。
 ともかく、さくらと紅蘭の表情が変わる。成功したようだ。

「ふーん、認めんつもりか・・・。ここはいっちょ、キツイお灸をすえないかんなあ」
「いいい・・・・っ!!?」

 今の科白が演技だったのか本音だったのかは、自分でもわからない。
 覚悟で掘った墓穴とはいえ、さすがに背筋に冷たい物が走るのを感じた。
 さくらは、知りません、とばかりにそっぽを向いているし、ようやく事情の飲み込めたらしいアイリスからは、睨み付けるような視線が飛んできている。

「アイリス、大神はんを捕まえとき!」
「うん。お兄ちゃん・・・・・・!」

 気がつくと体の自由が利かなくなっている。アイリスが念動力で大神の全身を縛り付けているのだ。

「こ、紅蘭・・・・、何をするつもりだ・・・」
「ふっふっふ、さくらはん、マリアはんたちを鍛錬室に集めて来てくれんか」

 大神は、紅蘭のメガネが怪しく光るのを確かに見た。



*   *   *   *   *


 制裁室と改名した方がふさわしい気がする鍛錬室に、大神は舞台セット用の十字架に張り付けになっていた。
 集まった面々の視線に全身を貫かれている気分である。

「ようし、みんなそろったな」

 何をやっていたのか、大体の想像がつくが、紅蘭が最後にやってきた。

「それでは、これから大神はんの処刑・・・、やなかった、制裁をおこないましょか」

 全員が異論無く頷くのを見ると、自分の選択を呪いたくなってきた大神である。

「でも、紅蘭、一体どうするつもりなんだ。ちょっとやそっと痛めつけたんじゃ、隊長はどうってことないぜ」
「かといって、仕事が出来なくなるくらいの怪我を負わせるわけにもいかないわよ」

 カンナもマリアも、話を聞かされて、かなり憤っているようだ。免罪のつもりはないらしい。

「ふっふっふ、そこで、ウチの新発明の実験を兼ねて、いいことを思いついたんや」

 そう言って、持ってきた袋からなにやら訳の分からない物体を取り出した。

「こんなこともあろうかと開発しておいた、その名も「バリカンくん」や。こいつで大神はんには丸坊主になってもらおうというわけや!」
「いいいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっ!!!?」
「なるほど、髪の毛を切れば、仕事には差し支えありませんわね」
「制裁としては、まあ、いいんじゃないか」

 それでも、自分の誇りにかけて、真相は言わない。だが、さすがに逃げ出したくなってきた。

「まあ、話は最後まで聞きや。このバリカンくんは、いままでの蒸気機関とはちょっと毛色を変えて、油を使った内燃機関っちゅうのを使っているんや。 理論上は、ずいぶんエネルギー効率が良くなるはずやねんけど・・・。大神はん、光栄に思い。こんな実験に携わることが出来るのは、ウチのせめてもの情けや」

 冗談ではない。そんな訳の分からないことに挑戦する機械が、爆発しないわけがない。
 これだけ疑いをこちらに向ければ十分だろう。
 そう判断して、両手両足を縛ってあった縄から脱出を計る。

「アイリス!もっぺん捕まえるんや!カンナはん!押さえつけて!」
「うん!」
「了解したぜ!」

 がっちり。

 両手をカンナに押さえられ、アイリスの念動力で再び拘束され、喉元にはすみれの携帯用長刀が迫っている。
 少し離れたところから、マリアとさくらがつめーたい目でみつめてくる。
 これは、もはや脱出は不可能だ。

「さ、大神はん、覚悟しいやあ」

 ギロチンならぬバリカンが唸りを上げて視界を覆う。

「やあめえろおおおおおお!やめてくれええええええ!」
「人間、往生際がかんじんやで、大神はん・・・!」

 ついに、バリカンくんが大神の逆立った髪に接触した。

 ういいいいいい、がりっ!

「へっ!?」

 その瞬間、すみれとカンナは絶妙の間で飛びすさる。

 どっっかああああああああんんっっ!!!

「やっぱり」
「やっぱりな」
「やっぱりい」
「なんでやああああああ!?うちのバリカンくんが!?」

 そんなにのんきにしていていいのだろうか。
 油を使っていたせいか、大神の頭はもうもうたる黒煙に覆われているのだが。
 さすがにさくらが心配になって、手近にあったタオルを持って、ばんばんとはたく。
 心配半分、敵意半分といったところか。

「そういえば、大神はん、生きとるんか」
「げほ・・・・・・・・・、生きてるよ・・・・・・・・・」

 ようやく、煙が晴れてきて、大神の全貌が明らかになった。

「ぷっ・・・・・」
「う・・・・」
「あ・・・・・」

『あはははははははははははははは!!!!』

 花組全員、大神を捕まえることも忘れて、大笑いした。

「や、やめてくれー、あーくるしいー」
「しょ・・・少尉・・・・、その頭・・・・・・」
「お、お兄ちゃん・・・・、ははは・・・・、おっかしいいいいい」
「お、大神さん・・・・・・」
「あー、こりゃええわ・・・。くるしいいいい」
「隊長・・・・・・・」

 自分の頭の見えない大神には、何のことかわからなかった。
 ただ、自分に破滅的な事態が起こったと言うことは理解できた。

「なーに?どうしたんですか」
 さらに悪いことに、由里とかすみまで入ってきた。上まで笑い声が聞こえたのだろう。
「う・・・・・・・っ」
「あ・・・・・・・」

 そして、二人も大笑いに参加することになる。

「一体・・・、何が起こったんだ・・・・」

 絶望的な表情で、すぐそばにいるさくらに尋ねる。

「はは・・・・、お、大神さん・・・・これ・・・・」

 大笑いして、少し怒る気が失せたのか、棘の無くなった答え方をしながら、さくらは手鏡を取り出して、大神に見せる。

「!!!!!!」

 そう、爆発で大神の髪の毛は、後の世に言うアフロになってしまっていたのである。

「なんだこれはあああああああああああああああああ!!!!?」
「くす・・・・・、せ、先進的なヘアースタイルね、大神さん・・・」

 それはまあ、いかに流行に敏感な由里でも、こんな髪型を見るのは初めてであろう。
 きちっと決まればそれなりの髪型なのだろうが、大神にはさすがに盛大に似合わなかった。

「ねえ、かすみさん、いい機会だから大神さんのこの髪型、ブロマイドに撮っておきましょう。きっと希少価値が出て売れるわ」
「そうねえ、確かにこんな機会は二度とないかも」
「大神はん、そのブロマイドで天井の修繕費出したらええねん」
「あら、そんなことが?」
「絶対にいやだああっ!」

 みんなが和んでいる一瞬の隙を狙って、大神は制裁室、ではなくて、鍛錬室を脱出した。
 帝国華撃団降魔迎撃部隊花組隊長の面目躍如である。

「しもうた!」
「大丈夫よ、紅蘭。あんな頭で劇場の外に逃げられるわけがないわ。倉庫から写真機を撮ってくるから、それまでに大神はんを補足しておいてね」



*   *   *   *   *


 一時間後。
 大神は追いつめられていた。
 ここは帝劇の禁断領域。大道具部屋の最深部である。
 二刀を構え、霊力をたぎらせて、近づけば狼虎滅却・快刀乱麻をたたき込むという姿勢を見せているが、既に逃げ場はない。

「大神はん、すでに周囲は包囲されてるで。おとなしく抵抗を止めて投降するんや!」
「断固拒否する!」

 花組のみんなの機嫌が直ったのはいいが、ここでおとなしく投降するつもりにはなれない。
 遠くに、由里の姿が見えてきたので、大神は慌てて箱の陰に身を隠す。

「困ったわね。どうしましょう」
「あ、あたしに良い考えがあります」

 そう言ったのは、騒ぎを聞きつけてやって来た椿。江戸っ子である。
 そもそも、売店には大神のブロマイドを置いてくれないかという声が、以前から少なくなかったのだ。
 これを機に、大神のブロマイドを常備するようにしようという企みもあった。

「由里さん、写真機の準備はいいですか?」
「ええ、でも大神さんに接近すると写真機ごと壊されかねないわよ」

 この時代でも写真機は、下手をすると公務員の年収に匹敵するくらい高価な代物である。
 だが、今の大神なら、その価値に迷うことなくこれを破壊しに来るだろう。

「大丈夫です。大神さんの方から姿を現します。いいですか、いきますよ」

 すう、と大きく息を吸い込んで、椿は叫んだ。

「大神さん、いい顔で写ったら、食事一回おごりますよっっ!!!」

 ばっ!
 にっこり。

 パシャ・・・・・・・・・・。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっっ!!!!」

 考えるより先に身体が動いて、写真機の前で笑ってしまった。
 自己嫌悪のあまり、大神はその場にぶっ倒れる。

「お、大神さん!」
「は・・・はははは・・・・・・」

 ひきつった笑いが、アフロ頭と重なって哀愁を誘う。

「お手柄やな、さすが椿はん」
「大神さん、ごめんなさい」

 謝られても慰めにならない。

「さて、どうしようか。このまんまでも十分お仕置きになっとるけど」
「でも、さすがにこの頭で玄関に立っていただくわけにはいきませんよ」
「いい・・・・、いっそ丸坊主にしてくれ・・・・・」

 とうとう、大神は白旗を振った。




 

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