もみじ小戦・第一話
「制裁の後」前編

「大神さんのばかぁっ!!」

 さくらは不機嫌であった。
 シャワー室にいた全員で大神に天誅を食らわせたところである。
 内容はと言うと、さくらとマリアによる流水による一閃、二閃。
 濡れたところにアイリスの電撃を食らい、しびれて動けなくなったところを、 カンナによって「すまき」にされ、今は鍛錬室にぶら下げられている。

 帝国華撃団花組隊長ともあろう男が、女性隊員の行水を覗くなど言語道断である。
 熱狂的な花組のファンに知られた日には大神の命はないであろう。

 とはいえ、大神一郎弱冠二十歳。
 帝国、いや世界一かも知れぬ美少女美女たちと屋根を同じくして六ヶ月。
 この程度の事件しか起こさない彼の自制心を絶賛すべきであろう。
 しかしその自制心は、大神を取り巻く乙女たちの悩みの種にもなるのである。

「大神さん・・・、あたし、魅力ないですか・・・」

 自分の胸に手を当ててつぶやいてみる。
 当時の日本女性の平均を考えれば、決して卑下することは無い大きさである。
 紅蘭に言わせば贅沢な悩みであろう。
 しかしマリアやカンナが近くにいるとどうしても比較してしまうのである。
 先ほど一緒にシャワーを浴びているときに見たが、女の自分が見ても色気があると思う。

 大神は、さっき誰の裸を一番見ようとしていたのだろう。
 さっきは動転して、その場の雰囲気のままに大神をすっ飛ばしたが、 もし自分一人で入っているときに大神が同じことをしたら、自分は怒っただろうか。
 どこかに、大神に見て欲しいと思っている自分がいる。
 それを否定してしまうほど子供でもなかった。

「大神さんの、ばか・・・」

 今度のつぶやきに力はない。
 十八歳の乙女の心は複雑であった。

*  *  *  *

 ぶ〜〜ら、ぶ〜〜ら、

 その姿を喩えるなら、まさに蓑虫である。他に表現のしようがない。
 帝国華撃団花組隊長、には残念ながら見えない。
 その、昆虫の身分となった大神は、自己嫌悪にさいなまれていた。

「男って、悲しいなあ・・・・・・・・・・」

 声というよりは、ため息が音になったという方が適切なつぶやきが口から漏れた。
 決して、覗こうとしたわけではない。

 シャワーでも浴びて行こうかと、入ってみたら彼女たちが先に入っていたのである。
 さすがにまずいと思い、早々に退散しようとしたのだが、身体が勝手にシャワールームに向かってしまったのだ。
 覗き見する前に、さくらがシャワールームから出てきたため(バスタオルを巻いていた)、実際に見たわけではない。
 それでも、覗き見をしようとしたことは、まぎれもない、言い逃れのしようもない事実であった。

「なさけないぞ!大神一郎・・・・・・」

 自分を叱りつけても、自己嫌悪が増すだけであった。
 大体、この状況をどうするべきか。
 この仕打ちには正当な理由があり、勝手に抜け出ていいとは思えない。
 かといって、あの様子ではいつになったら解放してもらえることやら。
 こんなところを他の誰かに見られようものなら、

「しょっ・・・、少尉!?何をしていらっしゃいますの?」

 大変まずいことになった。
 この状況を言い逃れする方法は、あれこれ言い訳を考えてみて、
 結論。
 言い逃れは不可能である。

 カンナに吊された、というのは事実であるが、それを言えば、何故そうなったかを聞かれるだろう。
 そこで嘘をついたところで、どうせあとでばれる。
 自分ですまきになりたかった、などと言っても、信用されるはずもない。
 ここは、正直に状況を話して・・・、
 盛大に信頼が失墜するだろう。

「やあ、すみれくん」

 笑顔らしき物を作るのに、自分の顔の筋肉が引きつっているのを大神は認めざるを得なかった。

「顔も煤にまみれて、いったいどうなさったのですか?」

 近づいてまず縄をほどこうとして、大神の顔を見たすみれは、電撃による火傷とは思いもしない。

「い、いやあ、それが・・・」

 やはり、自分の罪状を告白するのはつらい。

「こんな非道な真似をするのはカンナさんですわね。私の少尉になんという仕打ちをするのかしら、あの馬鹿猿は!」

 なんだか、さらりとすごいことを言っているが。

「カンナに吊されたのは、事実なんだけど・・・」
「まあ!やっぱり!ゆるせませんわ」
「オレがシャワーを覗こうとしたから・・・」

 ちょうど、縄がほどけた瞬間であった。

ゴンンッッッ!

 ほどけたそのまま、重力によって大神は地に転がる。

「・・・少尉?」

 さすがに目が恐い。
 こういうときに、神崎風塵流免許皆伝というのを納得する。

「しばらく、そこに転がってらっしゃいなさいな」

 ばたんと盛大な音を立てて、鍛錬室の戸が閉められ、足音が遠のいていく。
 10月の空気が心に寒い。

 言われた通り、しばらく転がっていると、また足音が近づいてくる。

”今度は、紅蘭か?”

「やっほー、大神はん、まだ生きとるかー?」

 鍛錬室の戸が開いて、大神の状況を的確に表現した質問型肯定文を投げかけてきたのは、予想どうり紅蘭であった。
 そう、紅蘭は、帝劇一の情報屋である由里と同期で仲がいい。
 由里は多分、アイリスか誰かから聞き出したのだろう。
 一応、助けに来てくれたのだろうか。

「ほー、こりゃまた派手にやられたな」

 同情している様子はない。
 紅蘭がこの口調で話しかけてくることは、これまでに何度かあった。
 そう、
 なにかの実験をするときだ。

「そこでな、こんなこともあろうかと、うちが秘密裏に開発した万能薬があるんや」

 大神は覚悟を決めた。

「大神はん、使ってみいへん?」

 状況を知られている以上、大神には拒絶と反抗の選択権はない。

「うん、やってくれ・・・」

 かくて、全身にある傷に、あやしげな薬が塗られていく。
 塗っている紅蘭は、開発した薬の実験が出来て楽しそうであるが、大神は半分死を覚悟していた。
 ところが、

「どうや、治ったか?」

 痛みは嘘のように消えていた。
 長時間すまきにされていたための筋肉痛すらほとんど感じられない。

「あ、ああ、治ったみたいだ」

 恐る恐る立ち上がってみても、何の問題もない。

”助かった、珍しく成功作品だったようだ”

 ひどい言われようである。
 まあ、これまでに幾度となく爆発にみまわれている大神には、それを言う権利ぐらいあるかも知れない。

「どうや、うちの発明は。感激もんやろ?」
「ああ、ありがとう、紅蘭」

「礼なら、由里はんにも言わなあかんで、大神はん。大神はんが覗きをしてこてんぱんにされたって、由里はんが教えてくれたんやから」

 予想は的中したようだ。
 由里に頼んで、ところ構わずこのことを言いふらさないようにしないと、数日後には劇場に来る客の半分ぐらいに知れ渡ることになるだろう。
 大神は、改めて自己嫌悪の海にたたき落とされていた。
 その大神が、あとで起こる薬の副作用を知らずにいたのは、今はまだ幸せだったのかも知れない。
 あとでシャワーに入ったとき、あまりの水のしみ具合に大神は絶叫する羽目になるのである。

*  *  *  *


「ええー、せっかくの特ダネなのに・・・」

 事務室で、由里に口止めを頼んだときの反応は、まあ、予想通りと言うべきだろう。
 帝劇一の情報屋である由里は、その情報収集能力だけにおいて帝劇一であるのではない。
 その恐るべき情報拡散能力をも含めて、帝劇一であるのだ。
 それをまた、本人がこの上ない娯楽として捉えているのだから、いつもは助かるが、今度ばかりは始末が悪い。

「だって、今回は大神さんが全面的に悪かったんでしょう」

 言い方に別に嫌悪感があるわけではない。
 ただ、喋るなと言うことに対する拒絶感があるだけである。
 責められている感じはないので、その分は気が楽ではあるが。

「由里、大神さんは仮にも帝劇玄関の顔なのよ。その大神さんの悪い噂なんか広げたら、帝劇の人気にも関わってくるでしょう」

 横で聞いていたかすみが、ここで助け船を出してくれた。
 とはいえ、言外にちくちくと刺すような雰囲気がある。
 まあ、当然の反応であろう。
 かすみがたしなめたのは、かなり純粋に帝劇のことを考えてであるらしい。

「でも、もう椿には話してしまったし」
「ええっ!」

 まあ椿なら、しっかり者だから、話せば口を閉ざしてくれるだろう。
 まず、由里と、椿と、大神は頭の中で、食事をおごらなければいけない相手を考えて、費用を試算することにした。
 なんとかなるか。
 そんな推論が頭の中で出るか出ないかのところで、由里の言葉に思考を中断させられることになった。

「まあ、煉瓦亭で好きな物をおごってくれるなら、考えてあげてもいいかしら」

 ここまでは予定通りだったが、

「それやったら、情報握ってるうちもおごってもらわないかんな」

 横でにやにやしているだけだった紅蘭が、しめたとばかりに話に入ってきた。

「大神はん、これはいい機会やから花組全員におごって、カンナはんやマリアはんにも許してもらったらええねん」
「それじゃあ、私と椿もご一緒させてもらいましょうか」

 かすみの機嫌が良くなったらしいのはいいが、これは冗談ではない。
 給料日まで、まだ十日以上もあるのだ。そんなことになったら、

「私は花組の皆さんに声をかけてくるわ。うーん、みんなそろってパーティーなんて久しぶりねー」
「じゃあ、私は椿を呼んできますね」
「まさか、嫌とは言わんよなあ?大神はん」

 言えるわけがなかった。

「はい、おごらせていただきます・・・・・・・・・・」

 食欲の秋である。
 カンナを含む合計九人。
 大神の財布に、一足早いからっ風が吹くのは、もはや必至であった。



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