嘆きの都
追憶其の六
第七章 祈れよ、永久なる乙女 二



第七章 祈れよ、永久なる乙女 一


 意識が、ある。

「……紗蓮か」

 優弥は、この仲間がある程度治癒の術を心得ていたことを思い出した。
 完治にはほど遠いが、起きあがれるくらいにはなっている。

「どうなった……?」

 と、本来聞くまでもないことかも知れない。
 大まかな答えは言われずとも推測がついていた。
 ただ、それを受け入れることを心が拒否したかったのだろう。

「負けたわ……、最後はほとんど山崎真之介一人に」
「バカ女は……?」

 こんな言い方でも、真っ先に聞いてくる。
 意地を張らなくてもいいのに、と思う。

「あずさと一緒に、相模が残してくれた清浄膜の中よ。
 呼吸は止まっているけど、妖力はまだ残っているわ」

 紗蓮は言ってから、かろうじて希望を繋ごうとしている言い方をした自分に気がついた。
 ただ、間接的な物言いながら、優弥にはその言葉で相模がどうなったか解った。
 きつく握りしめられた拳からすうっと血がにじむ。
 泣いている場合ではない。
 泣いている時間は無い。

「紗蓮……悪いが二人のことを頼む」

 自分たちの命を守るために紗蓮が降伏を選んだのだろうと言うことは想像がついた。
 嫌な役をさせてしまった。

「何が何でも……助けてやってくれ」

 地上の吉原にある紗蓮の根拠地にはかなりの術設備が整っている。
 治療専門の術者も数人抱えていた。
 何が何でも、というのは、彼女らの力を総結集して、と言うことである。

「優弥……、あなたは?」

 無理矢理身体を動かした優弥がどこに行こうとしているのか、実のところは聞かなくても解っている。

「渚ちゃんのところ」

 やはり。

「あずみの傍に、いてあげないの」

 そう言われて、優弥はさすがに考え込んだ。
 しかし、

「……俺がいたって、何にも出来ねえ」
「いてあげないの?」
「……そいつが目を覚ますまでにはそちらに向かっているさ」

 無理をしているのがありありと解る。

「……そのままではもう、あなたは戦えないわ」

 そのままでは、だ。
 優弥にはまだ戦う手が残されている。
 言ってみれば、最後の策があるのだ。

「あなたには、人間のお母さんの血も流れている」

 紗蓮が口に出したことは、他ならぬ優弥が一番よく解っていることだった。

「歳牙さんと違って、地龍はあなたの真の姿ではないわ。化身すれば……」
「約束したんだ」

 さほど強い口調ではない。
 しかし、紗蓮にはそれ以上口を挟めなくなってしまった。

「絶対に、守ってやるって」

 そして、ほんのちょっとだけ、無理矢理に笑ってから。

「俺は、渚ちゃんのおにいちゃんだからな」
「……」

 諦めたように、紗蓮は目を閉じた、
 三人を通してしまった以上、さすがの渚でも余りに負担が大きい。
 助けに行かなくては危ないのだ、
 それが、最善なのだろう。
 そう、自分に言い聞かせた。


*     *     *     *     *     *


 この太正時代になっても、大学には全くと言っていいほど女性はいない。
 男女平等がもっとも立ち後れている現場の一つだった。
 そのため帝大で会見したときから今まで、真之介はずっと渚が男性であるという認識でいたのだ。
 真之介の慌てふためいた反応を見て、渚は自分の胸元の状況に気づいた。

「き……」

 きゃあああ、と叫びそうになるのを何とかこらえる。
 今は、女の子に戻っていられる時じゃない。
 まだ……私は先生の代わりをしてなきゃいけないのに……
 それでも、自分の頬が真っ赤になるのは止めきれなかった。
 そのために、呼吸をするくらい自然になるまで慣れていた自分の気配の制御が出来なくなった。

「な……っ!?」
「何……!?」

 その場から動けなかった米田と一馬は、最初は何故真之介が途中で攻撃を止めたのか解らなかったが、渚の方を見て目を見張った。
 一瞬で、渚から受ける印象が一変したからだ。

 長く美しい髪に、線の細い体つき、整った顔立ち、どれを見ても、どうして今まで女性だと認識できなかったのか不思議なほどの美女……いや、美少女と呼んだ方が適切か……だった。
 男装ではない。
 服は特に男性的とも女性的とも呼べるようなものではないから。
 おそらくは、男性のような気配を意図的に作り出して、見た者に視覚から「女性ではない」と認識させるようにしていたのではないかと一馬は考えた。
 とにもかくにも、その場にいる全員が一瞬以上我を忘れた状況で、一番立ち直りが速かったのは渚だった。
 見えた素肌の部分を取り繕うと、

「……殺します!」

 恥ずかしさをそのまま怒りに変えて、先ほどのをすらしのぐ、今までで最大強度の波動を放った。
 たちこめていた霧を吹き飛ばしつつ迫ってきたので視認することは出来たのだが、真之介は頭が動転していて、防御姿勢をとることすら忘れた。
 真之介が吹っ飛びいささか距離が離れたところで、渚は電撃剣に精霊まで集約。
 恐るべき威力を伴ったその剣を真之介に向けたままで瞬間移動した。

 繰り返すが、瞬間移動は純然たる高速移動である。
 その間に障害物が有れば当然叩きつけられて自分が怪我をする。
 下手をすれば即死もあり得るのだ。
 空気抵抗による強烈な摩擦熱を無くすために、移動の際に瞬間的に纏っている精霊障壁の寄与をゼロと近似すると、あとは運動エネルギーが速度の二乗に比例するそのままが攻撃力となる。
 自分にもかなりのダメージが来ることは解っていたが、渚はなりふり構わなかった。

 先生に育ててもらって、先生のために育ったこの身体を……、こんな……、こんな、先生を殺した奴なんかに……っっ!!!

 耳障りな音とほぼ同時に、渚の右腕に凄まじい衝撃が走った。

「ぐ…………、う…………っっ!」

 それでもひるまずに、手元の真之介の顔を睨み付ける。

「ガッ……アッ……!」

 真之介は大きく血を吐いた。
 いくらかが自分の頬にもかかったが、渚は気にしなかった。
 殺ったという感触と共に、真之介の瞳から急速に力が失せていくのを、達成感とも空虚感ともつかぬ想いと共に見つめていた。

「……い……」

 顔を上げたあやめは、

「いやあああああああああっっ!!!」

 目の前の絶望的な状況に絶叫した。
 渚の剣は真之介の胸の中央を貫いていた。
 いくら真之介でも……いくら何でも……助かるはずが……

「真之介君っ!!」
「山崎ィッ!!」

 その叫びなど聞こえぬように、渚は更に力を込める。
 山崎真之介の不死身ぶりは聞いている。

 これが……倒されたみんなの分!

 右腕から血を噴きながらもう一発放った波動が、真之介の身体を剣から押し抜きつつ吹っ飛ばした。

 静寂。
 不気味なくらいの静寂。
 まだ微動は続いているというのに、そこには確かに静寂がたちこめていた。

 一呼吸。
 二呼吸。
 三呼吸。

 右腕を赤く染めながらも、渚はすっくと立ち上がった。
 米田、一馬、そしてあやめを順に見つめてから、すっと口を開いた。

「終わりです」

 その声であやめは、張りつめていた糸がぷつんと切れたような気がした。
 こらえていた霊力の流れを、巨大降魔の叫びを、もう支えておくだけの気力がない。
 茫然となりかかっていた一馬と米田にも、霊力の接近ははっきりと解った。

「あやめくんっ!!」

 満足に身体が動かないが、米田は声を限りにしてあやめに向かって叫んだ。
 一馬もそれに続く。

「まだだ!しっかりするんだ!あやめくん!!」
「……だって……、……だって……真之介が……」
「そうです。もう、こらえるだけ無駄です」

 大切な人を亡くした苦しみ。
 それがどれほどのものか、渚は嫌と言うほど知っている。
 少なくともこの場では、藤枝あやめが立ち直るのは……。

「いいや……!君はまだ、山崎の死を確認していないだろう!!」
「!!」

 バッとあやめの目が開いた。
 幾千の死を見てきた米田ならばの言葉。
 渚は唇を噛んだ。
 そして、気づいていなかった。
 それは、自分にも言えることを。
 真之介に関しても、仲間に関しても。

「くうっっ!!」

 あやめの全身の、一度ふさがりかけた傷からまた出血した。
 静止している物を動かないままにしておくより、運動し始めた物を止める方が遙かに難しい。
 それでもギリギリのところであやめはこらえた。
 嵐のような霊力の流れをすんでの所で引き留める。

「……」

 多少なりとも腹立たしかったが、渚はそれほど怒る必要はないと思い直した。
 ここまで来れば、もう止める方法は一つしかないのだ。
 今は、先にみんなの仇をとるまで。

「仲間三人が全滅すれば、あきらめがつくでしょう」

 先ほどからほとんど満足に動けていない米田と一馬に向けて、ゆっくりと歩を進める。
 ここまで戦ってきてなおあれだけ動けた真之介が異常極まるのであって、達人の二人でもさすがにそう動けるものではないはずだ。
 執念で立ち上がった二人にも、自分の状態はよく解っている。
 しかし、勝機は無いわけではない。
 ここまで全くの無傷だった渚も大きく傷ついている。
 予想が正しければ、先ほどまでの壮絶な動きはもう出来ないはずだ。
 そこへ渾身の一撃を以て勝負をかけるしかない。
 おそらく、機会は一度だけ。

「みんなの仇……いまこそ討ちます!」

 宣告のようにつぶやいたその言葉が終わるか終わらないか、そのときだった。

「……、何……?」

 倒れた真之介の身体に灯火がついたように見えたのだ。

「真之介……」

 微かな期待を込めたあやめの声がすっと漏れる。

ゆらり……

 灯火、……いや、そうではない。
 真之介の胸の傷から炎が漏れているのだ。

「まだ……生きているの……?」

 呆れと怒りが混在した渚の声は苦い。
 あれで生きているなど、どう考えても人間の業ではない。
 次に、そんな渚の結論を証明するような現象が起きた。

 まず黒い炎。
 そして赤い炎、そのあと凍気や風。
 数え切れないくらいのエネルギーの塊が、無数に真之介から吹き出した。

「……魔力が、暴走している……?」

 真之介は霊力の他にも相当の魔法力を持っていた。
 しかし、今日の連戦ではどちらかというと、深く考えずに光刀無形を振るっていることが多かった。
 優弥たちとの戦いでは、空中飛行の魔術くらいしか使っていなかったはず。
 おそらくは体内での霊力と魔法力の平衡が大きく狂ってしまっていて、真之介の生命力が衰えたことで防波堤が無くなり、持て余された魔法力が吹き出して来ているのではないか。
 これなら、真之介はまだ助かるのではないか、と考えた一馬だが、隣で米田が怖いくらい険しい顔をしているのに気がついた。

「米田さん、あれは……うまく行っているのではないですか?」
「……俺はな……、あれと同じ様な光景を見たことがあるんだよ」

 出来れば思い出したくもなかった光景である。

「満州の大地で朱宮と別れた後襲いかかってきたロシアの魔法隊が、自分たちの呼び出した魔に飲み込まれていくときが、丁度こんな感じだったんだよ……」

 よく見れば様々に吹き上げる力はどれも同じではない。
 もっとも強く真之介を取り巻いているのは、あの、黒い炎だ。

「信じたくはなかったのですが、やはりこれは氏綱が消滅していなかったのですか……」

 小田原から戻ってきたときに、捜索を数日先送りにしてでも真之介の霊力を徹底的に精密検査しておくべきだったと一馬は悔やんだ。

ゆら……

 黒い炎に引き上げられるように、ゆっくりと真之介の身体が起きあがった。

「なら……、今度はその身体を塵も残さないようにするまでです!」

 渚は再び精霊を纏って両手に集中させる。

「精霊集約、精華絶舞!」

 その動きに反応するように真之介が動いた。
 精霊の群が炎の剣閃に薙ぎ払われる。
 それだけではなく、いつの間にか至近距離まで飛び込んできた光刀無形の直接攻撃を、渚はとっさの瞬間移動でかわした。
 しかし、

「……!そんなっ……!」

 かわした先に炎が迫ってきていた。
 瞬間移動を補足されたのだろうかと一瞬愕然となったが、事実はそうではなかった。
 渚の出現先を狙ったのではなく、周辺全部が炎に包まれていたのだ。

「くっ……!」

 自分の周囲に水の精霊を纏わせて炎を凌ぎきる。
 渚にとっては懐かしく、自分を守ってくれるという確信のある心強い術だった。
 水地の真似をして身につけた術だったから。

 一方で慌てたのは米田と一馬だ。
 二人のいるところにもまるでお構いなしに炎が満ちてくる。

「真之介君!正気に戻るんだ!」

 その正気が残っているかどうかすら怪しいと米田は思う。
 魔に取り憑かれたロシアの魔道士たちは、敵味方関係なく暴虐を振るっていた。
 そのおかげで、同士討ちの混乱に乗じて米田たちは逃げることが出来たのだったが。
 今度はそれが我が身に降りかかってきたというわけだ。
 皮肉に感じて、米田はほんの少し苦笑したくなった。

「こらあ山崎!減棒にするぞ!」

 効果はない。
 元々、真之介は私の給料まで研究費に突っ込むような性格だから、あんまり利くはずもなかったのだが。
 その間に渚は真之介の連続攻撃にさらされていた。
 瞬間移動でかわし続けるにも限度がある。
 空間転移でこの祭壇の間から逃れることは可能だが、みんなに任せられた、約束したこの場を放棄することなどどうして出来よう。

 反撃に転じた電撃剣が炎に弾かれた。
 例え最大加速にしても、真之介の全身を鎧のように炎が取り巻いていてはそれに阻まれて命中させることもできない。
 それに続く波動もほとんど通用しなかった。
 真之介の眼前でほとんど無防備状態。

「……しまった……!」

 朱凰滅焼に似た炎の突進を直で食らってしまった。
 渚を取り巻いていた水の防御膜はかろうじて彼女を守りきってくれたが、この一撃で大半が霧散させられてしまった。

「……負けない……っ、あなたなんかに……っ!」

 何度目になるだろう、自分を叱咤して、自分を鼓舞して、自分の力を振り絞る。
 まだかろうじて周囲の炎から守られている状態なのを利用して、渚は水の精霊を集約させた。
 心の中で、一番すがっている姿を思い浮かべつつ。

「精霊集約、清轟洪河!!」

 水地の技を自己流に編成し直した大技だ。

 この技で負けるわけには行かない。
 絶対に!

 迫り来る炎に向けて、想いいっぱいに水の奔流を叩きつける。

「どああああっっ!!」
「くううっ!」

 前に水地と真之介の激突でもそうであったように、激突点で立て続けの水蒸気爆発が起こる。
 米田と一馬は吹っ飛ばされないようにするのがやっとだ。
 しかし今度の激突は、中央でほぼ互角……いや、僅かに渚が押し切った。

「はあ……っ、はあ……っ、……」

 しかし炎は正面から来るだけではない。
 周辺に満ちてきた炎が、彼女をかろうじて守っていた防御膜を打ち破って襲いかかってきた。

「つ……っ!」

 服の裾を焦がされつつも、何とか上方に逃れる。
 黒い炎は熱いと言うよりもどこか痛いと感じた。
 その空中に逃れたところで、もう一度真之介の攻撃が来た。
 立て続けで精神力の集中が間に合わない!
 瞬間移動が発動する前に食らってしまった。

「きゃああああっっ!!」

 衝撃とどこかおぞましさを伴った霊圧が彼女を吹っ飛ばした。
 何とか念動力で減速しようとするが、勢いが強くて停止しきれない。

「かは……っ!」

 背中をしたたかに打ち、一瞬呼吸が止まる。
 更に追い打ちとばかりに周辺の炎の密度が上がる。
 だがこれは、もはや満足に動けなくなっている米田と一馬のみならず、強大な霊力で守られているはずのあやめにまで危険な状態となっていった。

「……あやめくん!山崎の奴が思いっきり嫌がりそうな……えーい!この際何でも構わん!
 奴の注意をこちらに引き戻すようなことを呼びかけてくれ!」

 情けないと言おうか、微笑ましいと言おうか、
 自分たちが忠告するよりもあやめが忠告した方が効果があることはとっくに承知している。
 僅かでも真之介の意志が残っていることに賭けるしかない。

 必死に霊力を支えていたあやめだが、何とか頭を絞って考える。
 更に渚に攻撃しようというのか、炎がさらに勢いを増そうとしているところだった。

 よし、これでいこう。

「真之介ぇっっ!!」

 叫ぶのも苦しいが、無理矢理肺と口を動かして意味のある言葉を紡ぐ。

「他の女なんか追いかけないでよぉっ!!」

 状況が状況でなかったら、米田と一馬は大爆笑していたかも知れない。
 効果は、狙い通りに現れた。

「誤解だぁっ!あやめえっっっ!!」

 不謹慎ながらも今度こそ二人が笑いをこらえきれなくなる叫びと共に、渚にとどめを刺そうとした動きを止めて真之介は振り向いた。
 そう、確かにそれは間違いなく真之介の叫びだった。
 黒い炎が、その場から瞬時にして一掃される。

「……えーと?」

 叫んでから、意識が戻る。
 気がついてみれば貫かれたはずの胸の傷はふさがっている。
 壁際で渚は倒れている。
 何があったかはともかく、まずはあやめに弁解……じゃなくって、あやめを救出する機会がようやく巡ってきたわけだ。

「真之介君!あやめくんを!」
「言われずとも!」

 やっと、やっとたどり着いた。

「真……之介……」

 安堵しきった微笑みであやめは呼びかけてくれた。
 よかった。怒ってない。

「弁解はあとだ。今助けるぞ、あやめ!」

 先ほど一馬が外そうとして失敗したので、今度はいきなり光刀無形を抜いた。

「はあああっっ!!」

 まずは腕をつっている鎖に叩きつける。

「っつ……」

 一撃で吹き飛びそうな細い鎖だというのに、その周辺の霊圧だけで光刀無形がはじき飛ばされた。

「くそ……中途半端な攻撃では駄目か……。
 ならば……っ!!」

 少々手荒だが、ぐだぐだやってはいられない。
 最大奥義を、出来るだけ絞って撃ってみよう。

「……やれば、帝都が滅びますよ」

 ぞっとするほど冷ややかな声が、やけに響いて聞こえた。
 もちろん声の主は、何とか立ち上がった渚だ。

「何だと?放っておけば帝都は滅びてしまうんだろうが!」

 叫んだ米田の言葉は、振り返った真之介の心境をそのまま写していた。

「藤枝あやめを解き放ったとしても、蓄えた霊力をどう処理するつもりですか。
 ……無理矢理解放しようとしたら、せき止められていた霊力の一部、または全部が帝都に向かいます。 
 帝都に、壊滅的な被害が出ますよ。やめなさい」

 その声には嘘は感じない。
 しかし、解せなかった。

「はったりだ!
 貴様らは帝都を破壊しようとしているのに、それならば何故わざわざ忠告して止める必要がある!
 構わん山崎!やってしまえ!」
「壊滅的被害、程度では困るんですよ」

 その声にまた水地の影が差したような気がして、必殺技を放とうとした真之介の動きが止まる。
 
「私は帝都を完全に破壊しなければならない。
 壊滅的な被害、程度ではいずれ帝都を再建されてしまう」

 水地研や横塚研などはかろうじてその枠から外すように細工している。
 だから本当は、実現したとしても完全な破壊にはならない。
 彼女の否定しきれない人間の部分。
 もしかしたら意図的に水地が忘れさせなかった部分。
 しかしその利己的な部分を除けば、帝都が間違いなく灰燼に帰せるようにしたのだ。

「今そこで藤枝あやめを解放するのは、あなたたちにとっても、私にとっても都合が悪いのですよ」

 エネルギー保存則、というものがある。
 エネルギーは消滅せず、何かを変形させたり状態を変えたりして、熱や光になって拡散したりする。
 勝手に消えることはない。
 科学者であるが故に、このエネルギーがどうなるかというその言葉には納得せざるをえなかった。

「ならば……どうすれば……」

 いくつか状況をどうにかする手段は思いつく。
 しかしそれは、丸ごと封印してしまうと言うものだ。
 あやめもろとも。
 そんな手段など採れない。
 採れるわけがない!

「方術士団の術法に頼ってみますか?
 もっとも、連れて来た方術士団はまだ姿が見えませんが」
 
 実際はまだ上で戦っているのかも知れないが、刹那と羅刹に全滅させられている可能性もある。
 渚としては、相手に一抹の希望を持たせることで真之介の無茶な行動を封じようとしたのだ。
 だが。

「方術士団に……?」

 それで真之介は思い出したことがある。
 先ほど優弥から聞かされた話。

−−貴様とそしてあの藤枝あやめにも関わる話だ。−−
−−生贄……だ……!−−
−−親父たちと一緒に人柱にされた陰陽師二人はれっきとした人間だよ−−

「まさか……」

 方術士団は、昨年十二月にあやめが掛けた暫定封印の上から、それを補助するという形で今の封印を維持していたはずだ。
 術法の中に、あやめを組み込んだまま……。

「言いたかったのは、こういうことか!」

 先ほど去り際に紗蓮に尋ねられた問い。
 全てを捨てることが出来るか……?

「……愚問、だったな」

 降ろしていた光刀無形の刃が再び上を向く。

「……真……之介……?駄目……っ、私……まだなんとか……するから……。頑張るから……帝都を壊したら……」

 見るからに、何とかできるような状態じゃない。
 自分たちがここまで来るのが遅れたために、ここまであやめを苦しめることになってしまった。

「目を閉じてろ、あやめ」

 真之介の声は揺るぎない。

「……よ、止せ!真之介君!!」

 叫んだものの、一馬もいささかの迷いがあった。
 迷いがなかったら、彼の背に桜花放神を叩き込むことも辞さなかっただろう。
 しかし一馬も米田も、先刻の優弥の言葉が今になって繰り返し頭に響き渡る。
 どうにかするには……おそらくもうあやめくんごと封印するしかないのでは……。

 彼ら闇の者たちの親らが封印された事情には同情を禁じ得ない部分もあったが、それでもその誘惑めいた誘いには乗るつもりはなかった。
 しかし今現実にこうして、自分の身近な者が同じ様な危機にさらされていて、それでも割り切れるほど二人は冷静な軍人にはなりきれなかった。
 特に、一馬はそうだ。
 いずれ、娘のさくらが成長して魔と戦うときに、このようなことが起こるかも知れないという想像が彼の頭を支配していた。
 そんなとき、自分は彼の行動を否定できるか……!?

「彩光白臨……!」
「駄目ええっっ!真之介ぇっ!!」
「止めなさい!山崎真之介!!」

 渚は何とか波動を放とうとしたが、真之介の動きの方が早い!

「無限煌帝っっ!!」

 まぶしすぎる白光。
 彼を支配しようとする黒い炎ではなく、彼自身の力。
 彼自身の選択が、あやめを縛りつけていた鎖を、祭壇を、粉々にしていく……!

 あやめが真之介に向かって倒れ込んだ次の瞬間、地の底から響き渡る叫びと共に、蓄えられていた力が帝都とこの町と、両方に暴走しつつ襲いかかった。



第七章 祈れよ、永久なる乙女 三


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年九月二十四日



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