嘆きの都
追憶其の六
第六章 途絶えよ、滅びの階段 八



第六章 途絶えよ、滅びの階段 七


「この一ヶ月、あなたがおとなしく儀式に従っていたのは、こういうことですか…………っっ!」

 顔を怒りでかすかに朱に染めつつ、渚は叫んだ。
 目の前にいるのは無論あやめ一人。
 全身各所から血がにじんでいる。
 元々相当の霊力はあるあやめだが、今彼女が支えているというかこらえている力はその許容量など遙かに超えているのだ。
 発動寸前で威力をこらえるのはかなりしんどいだろうと覚悟はしていたが、ここまでキツイとは思わなかった。
 だけど、

「………してやったり、……ってとこ……ね」

 何とか顔を上げて無理矢理に笑顔を作ってでも渚に向き直った。

「この間の、陣のときに……、大体……コツは掴んでいるんだから……。体力を残して霊力さえ……うまく馴染ませれば、……これくらい」

 あやめが自分の霊力を応用される危険性を考えてもなお儀式に従った理由の一つがこれだった。
 もちろん、天秤に掛けた危険性は莫大なものだったし、事態を収める可能性無しではこんな真似はしない。
 助けが来てくれる状況でもないのに抵抗しても無意味なのだから。
 わさび御飯がいやだ、というのは……まあ無い訳じゃないけど……
 それから、自分でもよく解らない何かが…………

「無駄です、諦めなさい」

 一瞬取り乱したのを取り繕うように、いつも以上に冷淡な声で渚は突きつけた。

「一度ここまで来てしまえば、その力をどう分解するつもりですか。
 そして、こんな無茶な真似がいつまでも続くものですか。
 あなたが力尽きても、この力は帝都へ向かいます。
 貴方がやっていることは、負けの明らかな籠城と同じ」
「籠城ってのは、ね……。外からの増援が、期待……できるときにやる、ものなんだから……ね」

 渚の言葉の端を掴まえて、意地でも反論する。
 気を強く持っておかなければ、今にも力尽きそうになるのは確かに渚の言うとおりだった。
 従ってなんかやらないから、とばかりに目線も上げる。
 まだ大丈夫、まだ、がんばれる。

「米田さんも、真宮寺大佐も来てくれる……。それにね、あいつは、絶対来てくれるんだから……。
 私が……つらいとき、危ないときには、いつだって、どんな馬鹿な状況でも……助けてくれたんだから……!」

 そこで、何かが走った。

「うああああっ!?」

 突然襲ってきた激痛に、あやめは思わず悲鳴を上げた。
 危うく意識が途切れそうになる。
 かろうじて目を動かして見てみると、服の左脇部分がズタズタに裂けて鮮血があふれ出していた。
 何をしたのか全く見えなかったが、心臓を狙ったような一撃、という気がした。

 事実、激昂した渚はとっさにあやめの心臓を撃ち抜くつもりで波動を放っていたのだ。
 直後に気づいて、慌てて方向修正をしかけたのでこの程度で済んだのである。
 渚としても、今あやめに死んでもらうのは少々具合が悪いのだ。
 あやめ級の霊力の持ち主の気絶と死では、儀式にかかる意味が違う。
 それにあやめを殺せば巨大降魔の封印は解けるのだが、儀式のまっただ中でそれをやってしまうとやっとの事で蓄えた力が巨大降魔に環流するか、はたまた霧散してしまうか解らない。
 みんなの力を合わせてここまでやって来たのに、自分一人の我が侭で終わらせてしまうのは出来ない。

 しかし、怒りまでは抑えきれない。

 え……?

 あやめは、違和感を憶えた。
 目の前にいる渚の姿が、変わったような気がしたのだ。
 祭礼用らしい服は変わっていない。
 思わず羨ましくなる長い綺麗な黒髪もそのままだ。
 顔つきだって変化した訳じゃない。
 でも、それまでに視ていた渚の印象と、全く違うように思えた。
 その瞳から一筋、流れ落ちるものがあった。
 冷静で毅然としていた指導者ではなく、もっと別の……、まるで……いや、そのものではないか……!

「……許さない……」

 あやめの右足の衣が引き裂かれて、杭でも打ち込まれたような痛みが足から脳天まで響く。
 渚はまた、何もしたようには見えない。何も……。

「あなたに……、あなたたちなんかに……
 そんな言葉、言われたくない……………!!!!」

 さらに続けざまにあやめの身体に波動が叩きつけられる。

「許さないんだから……」

 これでもギリギリのところで抑えているのだ。
 だからあやめは死なずに済んでいる。

「……て、おいて……」

 そこで、四肢を狙っていた攻撃が真っ正面から直撃した。

「ああああっっ!!」

 激した渚に屈するようなのが嫌で、一撃目のあとは悲鳴を上げないようにこらえていたのだが、さすがにこの一撃は耐えきれなかった。
 力を支えているので精一杯だ。

「……私から、先生を奪っておいて!!
 そんな言葉……、絶対に許さない!!」

 さらに続けざまに襲ってきた激痛に叫びつつ、頭のどこかであやめは先ほどの自分の想像に確信を抱いていた。
 また、意識のどこかで力を支えて、
 そして、心いっぱいに呼びかけた。

−−−−−−−−−−−真之介…………!−−−−−−−−−−−−




「ったくもー、あやめぇ!
 今度はわさびに辛子もつけるぞっ!」

 大体の想像がついたあずさが、米田と一馬には理解できない謎な言葉を祭壇に向けて叫ぶ。
 その内容よりも、あやめとずいぶん親しそうなその口調の方が二人には気にかかった。

「どちらにしても時間の問題だ」

 いつまでもこらえ切れるものではないことは明白。
 相模はさほど心配してなかった。
 だが、一瞬後にはその顔からすっと血の気が引いた。

『!!!!』

 炎が吹き上がった。
 真紅でもなければ、姉妹の使う狐火のような青でもない。
 黒い、炎。

「……やはりそうかっ・・・!」

 その炎の中心にゆらりと立ち上がった真之介の姿を見て、優弥は毒づいた。

「……な、なんなのよ……これ……」

 自分の炎と比べてそれほどずば抜けて高温というわけではないが、その炎の放つ雰囲気の不気味さに、あずさは冷や汗が伝うのを否定できなかった。

「裏九式之氷原!」

 これを危険と見た相模は、この周囲全体を一気に冷却させる。
 多少は押さえ込むことが出来たが、想像以上にこれは強烈だ。
 ……降魔が発生しないのが不思議なくらいに。

 驚いたのは彼らだけではない。
 米田と一馬にしてもそれは同じだった。
 吹き上がった炎に、とっさに飛び退いて距離を取ったが、

「……真之介君……」
「一馬、貸し二発だ。覚えておけ」

 恐る恐る声をかけた一馬に対し、少々理不尽とも思われるほどの明確な真之介の言葉が返ってきた。

「おう……、山崎。おまえ何ともないのか?」
「ぐだぐだ話している暇はない。今、あやめの声が聞こえたんだ……!」

 光刀無形が炎と共に抜き放たれる。

「……これがさっきまで悩みのまっただ中にいた人間かよ」

 米田は感嘆するのを通り越して呆れてしまったが、真之介が無理矢理にでも自力で目を覚ました理由に納得するとともに、こっそりと笑ってしまった。

「悩むのはあとでも出来る!だがこれ以上あやめを待たせられるか!」
「聞いている方が恥ずかしくなって来るなあ」

 現時点では真之介の意識がはっきりしていると見て、一馬もここは問題を棚上げにする覚悟を決めた。
 今の真之介が十分に戦えるならば、五対三でもまだ何とかなる可能性がある。

「……単純ね……」

 横で額を抑えている優弥がちょっと可哀想になりながらも、紗蓮もそっと微笑んだ。
 このことに関してならば、あの金剛の単純さよりも上かも知れない。
 他のどんなことよりも、真っ直ぐに自分の愛しいもののことを考えるその心が、羨ましかった。

「くっそぉ……、人の苦労を全部無視しやがって……」

 もくろみを潰された格好になった優弥は、顔を上げたときには本来の表情になっていた。
 こうなっては、何が何が何でも山崎真之介を倒すのみだ。

「一撃で片づけてやる!彩光紅炎……!」

 今の真之介が操る炎は紅ではなく黒の炎だが、その威力は衰えていない。

「朱凰滅焼!!」
「なめんなあっ!!」

 直に見たわけではないが、この技は調査済みだ。
 牽制も無しに素で放ったような攻撃を、むざむざと食らってたまるものか……!
 上昇気流と共に浮き上がった真之介の眼前に一瞬で巨大な壁が出現する。
 よく下を見ていればそれが大地から噴き上がってきたものであることを確認できたかも知れないが、あいにく前しか見えていない。

「構うかあっっ!!」

 轟炎とともに真之介はこの壁を粉々にうち砕いた。
 その飛び散る壁の破片に紛れて相模は渾身の力を込めた一撃を放つ。

「無限精氷、奥義!!無式之絶凍!!!!」

 そこら中から聞いたことのない音が響く。
 大気が凍結し、それによる圧力の低下で準真空が発生。
 半ば物理現象であり半ば霊的現象である黒い炎は、大気中の酸素の影響を受けているために一気に縮小へと転じる。
 半ば残った炎はその霊的な部分を凍結させられたか、揺らめいた一瞬の姿で巨大な氷像と化した。
 その中にいる真之介ごと。

「これで最期だ!!」

 一馬と米田は知らなかったが、瞬間的に冷凍させたものは時として極めてもろくなる。
 僅かな衝撃でも粉々になってしまうように。
 その最後の一撃までを通して、相模のこの技を奥義たらしめているのだ。
 しかし細かい理屈は解らなくても、真之介が極めて危険だと言うことは容易に察することが出来た。

「破邪剣征、百花斉放!!」

 今しも最後の一撃を繰り出そうとする相模を、一馬の一撃が横から直撃した。
 しかし止まらない。
 これだけの機会をあっさりと逃してなるものか。
 かなりの傷は受けたが、構わずそのまま攻撃を繰り出した。

「させねえぇっっ!!!」

 寸前で米田が、その脅威的な身体速度で相模の攻撃を受け止めた。

「山崎っっ!自力で出てこいっ!!」

 無責任とも取れる命令だが、こうなったときの真之介の無茶な強さを信頼していた。
 その声に応えるように、氷の内部から白光があふれ出す。

「彩光白臨、無限煌帝!!」

 威力はあのときより落ちているが、小田原城を切り裂いた一撃だった。
 バラバラになった氷が周囲に吹き飛んでいく。
 服や髪の毛、それから皮膚のかなりの部分が凍結のために壊死している、あるいはしかかっているが、まだ戦うことは可能だ!

「相模にばかり関わっていてよろしいの?」

 百花斉放を放った後の一馬に攻撃をしかけてきたのはやはり紗蓮だ。

「輪華凄爛!覇邪封滅陣!!」

 傘が直接視認できなくなるほどの妖力を込めて、鮮やかに開きつつ投げつけた。
 とっさにそれを跳ね上げようと荒鷹で弾いた瞬間、一馬は簡易魔法陣の中に閉じこめられ、空間爆発の連撃に弄ばれる。
 しかし一馬はその中から陣を引き裂きにかかった。

「破邪剣征、桜花散嵐!!」

 四方八方へ剣撃が繰り出される。
 爆発も陣も切り裂いて……

「くっ……!」

 陣が晴れて紗蓮の手の中に戻った傘は、いくつかほつれが見えた。
 ここまで荒鷹と互角にぶつかり合ってきた武器だったが、二剣二刀の一つと比較して、そろそろ限界と言うことかも知れない。
 しかし、攻撃は四方八方だった。
 上はがら空き。

「六式之剣華!!」

 空中からあずさが火を剣のようにして振りかぶった。

「これで倒れてよっっ!!」

 焼き切る、と言う表現が合いそうな一撃だった。
 食らった箇所の軍服があっと言う間に灰になり、身体にも衝撃と共に高熱が襲いかかってきた。

「もう一発っ!」
「それはこっちの台詞だ!」
「甘いわよっ!」

 一馬に連続技を叩き込もうとしたあずさを米田が横から吹っ飛ばそうとして、その命中とほぼ同時……よりもほんの僅かに早くあずみが米田に灼薙を叩き込んだ。
 それでも米田は止まらなかったのであずさの連撃は止められてしまうことになったが、米田の一撃はほとんど傷を負わせられなかった。
 既に、相手が少女ということは失念している。
 米田ほどの歴戦の戦士でも抜けられない、戦場の狂気がそこにあった。

「姉様、ありがとっ」
「話はあとよ!」

 眼球そのものは無事だったが、眼の表面の水分がまだ凍り付いていて視界の利かない真之介に対し、優弥が思いっ切り鳩尾に拳を叩き込んだ。

「ぐ…………はっ!!」

 真之介が前のめりに倒れそうになったところに丁度合わせて、顎先に伸び上がる一撃。
 これで真之介は宙に浮き上がり、勢いで身体が一回転する。

「大地讃唱、湧爆地龍!」

 連続技の最後に、優弥が拳を叩きつけた大地から霊力が爆発的に放たれて真之介の身体を直撃、そのまま思いっ切り吹っ飛ばした。

「あずみ!あずさ!」
「気安く呼ぶんじゃないわよ!」

 優弥に毒づきつつも、姉妹の炎が次々と真之介に浴びせられた。
 止めようとした米田を、体勢を立て直した相模が迎え撃つ。

「山崎相手に三人がかりとはずいぶんだな!」
「引き込めないとならば彼が一番恐ろしいのだからな。五式之雹嵐!!」
「なめんじゃねえっっ!!」

 無数の雹を脅威的な速度で全てはたき落としにかかる。
 そこへ、

「裏五式之氷面!」

つるっ

「って、……オイッ!」

 最後の十個ばかりを蹴散らそうとして踏み込んだところで、米田の足にかかる摩擦が零になった。
 立て直そうとするが、飛び上がることも出来ずに背中から地面に転がりそうになる。
 地味な技だが、冷静に場を読んだ相模の狙いは十二分に果たしてくれた。
 さすがの米田も隙だらけ……

「七式之氷槍!!」

 槍と言うより剣山とでも表現した方が適切かも知れない。
 相模の尾の内の三本が無数の氷柱のように変化して放たれた。

「うおおおおっっっ!!」

 不安定すぎる体勢で何とか両腕を防御に回す。
 さりとて、攻撃範囲が広すぎて到底防御しきれるものではない。

「ガハッッ……!!」

 何とか急所は外したと言うところだが、全身五カ所から血を吹き出しつつ米田は倒れた。

「対降魔部隊隊長米田一基、おまえに説得は無駄だろうな」

 右手に氷を集結させて、やや湾曲した鋭利な刀を作り出した。

「死んでもらう」



 そして一方の一馬も、紗蓮の必殺技とあずさの一撃が効いていた。
 紗蓮の傘を破損寸前にまでしているが、疲労が嵩んでいて身体が思うように動かない。

「こちらも、傘だけではありませんわ」

 紗蓮は着物の裾から、どうやって隠していたものか小振りの中剣を取り出して、左手に構えた。 右手でもう一度傘を宙に舞わせつつ、

「輪華凄爛……、覇邪双烈陣!!!」

 自在に動き回る傘と紗蓮自身の攻撃が正反対の方向から一馬を襲った。
 それでも一馬の判断力はまだ衰えていない。
 両方防ぐことが出来ないならば……

「桜花瞬閃!!!」

 一瞬で抜き放たれた荒鷹から繰り出される桜華の一撃は、金剛を倒したときほどの威力はない。
 それでも盾の役割もしていた傘がない状態で食らっては、紗蓮も無事で済むはずがない。

「あああああああっっっ!!」

 紗蓮が鮮血をほとばしらせつつ吹っ飛んでいくのを確認する前に、一馬も紗蓮の傘が発動させた爆発に巻き込まれていた。

 同時に真之介もひっきりなしの爆発に巻き込まれていた。
 反撃に転じたいところだが、姉妹の息のあった連続攻撃にはほとんど容赦が無かった。
 あずみとあずさの二人にしても、どこか怖かったのだ。
 自分たちの炎を遙かにしのぐ威圧感を持った真之介の炎が。

 怖いよ……この力……きっとこの先あやめにもよくないことになる……

 あやめの素敵な恋人、を想像していたあずさにとって、真之介の最初の見た目における印象は合格点だった。
 それからあやめのことに必死になるところは、あやめの友人としては二重丸をあげたいところであった。
 だが、今は不安だった。
 自分たちの力よりももっと闇に近い力。
 こんな力を持っていたら、いつ魔の力に侵されてしまうかも解ったものではない。

 そんな男、悪いけどあやめの恋人としては駄目だ。
 いつあやめを死なせてしまうかも解らない。

「あやめには悪いけど……、ここで死んでっ!!」

 横で聞いていた姉のあずみは、状況からいささか逸脱した妹の言動に呆れつつも、どこか賛同したくもあった。
 優弥が期待をかけていたのを裏切ることになるけど、その優弥自身もこの男を切り捨てることにしたのだ。
 やむを得ない。
 不謹慎ながら、渚がまだ指導者であり続けるであろうことにいささかの安堵を覚えている自分がいた。

 だが、

「……あやめ……っ………!!」

 ここまでに六発か七発だったかの光爆を食らっている。
 だがあずさがつぶやいた声に反応するように、小さく、だが鋭い叫びが上がった。

「うそ……っ!まだ意識が……!?」

 地上から真之介に狙いを定めて膨大な力を蓄えていた優弥だが、全力まで集中し終わる前に放つしかないと判断した。
 理屈ではない。
 経験から来る感覚が、全身で警報を発していたのだ。

「今……、行くぞ……、あやめ……ぇっっっっ!!」
「ヤバイ!二人とも引けぇっっ!」
『えっ!?』

 二人が離脱するのが一瞬遅れた。

「貴様ら、邪魔だあああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 黒い炎を伴った彩光紫閃、凄覇天臨が炸裂した。

「きゃあああああっっっ!!」
「あああああああっっっ!!」

 これまでの攻撃が手加減していたようにすら思えるほどの壮絶な一撃。
 防御しようとした炎の壁は粉々にされ、直撃を食らった。
 吹き飛ばされゆく中で、姉妹は別々のことを考えていた。

 あずさは、やっと見つけた対等の友達であるあやめのことを。
 確実に薄れゆく意識の中で、届きそうもない忠告を考える。

 あやめ……、別れるか、山崎真之介を救い出すか……どっちかしないと……駄目……だよ……

 あずみは、意識を失う前にふっと優弥の方を見た。
 その瞳に、その姿を焼き付けようとでもするかのように。
 優弥も、その視線に気づいた。

「あずみいぃぃっっっっ!!!」

 絶叫しつつ、二人を吹き飛ばした真之介へ向けてここまで蓄えた力を一点に集中してぶっ放す。
 一点集中したのは姉妹を助けるために米田と一馬を放り出して飛び込んだ相模と紗蓮の姿が見えたので、二人にまで及ばぬようにするためと、一点の攻撃力を上げて何が何でも殺してやるとの意思の表れでもあった。
 だがその一撃は、真之介に届く前に拡散させられた。

「何イィッッ!!?」
「邪魔だと……、言っている!!」

 驚愕の優弥には彩光黄輝、光明線衝が叩きつけられた。
 やはり、壮絶なまでの黒い炎と共に。

 姉妹を助けに飛び込んだ二人もただでは済まなかった。
 彩光緑貫、雷神疾走が電撃と剣撃、そして炎と共に繰り出された。
 紗蓮は一馬に自動追尾させておいた傘をギリギリで手にして防御に回したが、これは原形をとどめぬまでに破壊された。
 先ほど一馬の桜花瞬閃を食らった直後にこれだが、その自分よりもなお真之介の攻撃を直で受けたあずみのほうが重傷だった。
 また、あずさをかばった相模は、意識が無くなるまで痛めつけられた妹の姿に怒りに燃えた。

 とっさに氷の防御膜を張ってふわりとあずさを待避させると、五本の尾全てを凍気に変えた。
 普段彼らは尾を通して炎や凍気を操るが、これが妖力のもっとも集中できるところだからである。
 この尾の力の一部を使っているのが普通だが、今は違った。
 五本の尾に蓄えた力の全てを無制限に解き放った。
 下手をすれば自分の命まで危うくする行動だったが、相模はもう、そういったことはどうでも良かった。

 何が何でも、山崎真之介、貴様を殺す!!!!

「無限精氷、無式之絶凍……、五重……!!
 この地上から………消えてなくなれええええぇっっっっっっっ!!!!」
「俺は……、あやめを助け出す………………!!!!」

 再び振るわれる朱凰滅焼。
 今度は凍り付かされない。
 凍気と炎が真っ正面から激突した。
 大気を振るわせる轟音と共に、温度差と二つの技の威力が嵐を巻き起こす。
 重傷で気絶しかけていた米田と一馬だが、さすがにこれでは目が覚めた。

 次いで轟音が二発目、三発目、四発目、五発目!

 嵐が、止んだ。

 相模に助けられていたあずさは彼の残した氷の膜の中で、意識はないがまだかろうじて呼吸はしているようだ。
 紗蓮の腕の中のあずみは息をしていないが、妖力を支える尾が残されているのでまだかろうじて助かる可能性は皆無ではない。
 吹き飛ばされて瓦礫の中に埋もれたらしい優弥は、意識を無くしたのか、それとも……ともかく反応がない。
 そして、

 地面をうっすらと覆った霜が砕ける音と共に、相模は力無く地面に叩きつけられた。
 五本の尾が全て消滅したその身体は、既に息絶えていた。

 感情が限界を超えてしまうと涙すら出てこなくなると言うことを、紗蓮は初めて知った。
 相手を見ると、何とか一馬と米田は立ち上がってきている。
 山崎真之介は相模の凍気のせいだろう、全身に裂傷とも凍傷とも言える傷を無数に受けて、この傷は出血していない。
 傷口が凍結しているのだ。
 またおそらくは連続で技と炎を駆使した反動か、一度口から血を吐いて倒れそうになっていた。 だが、だがそれでもなお、気力で踏みとどまった。

 三対一。

 そして、対降魔部隊以上に紗蓮も傷ついていた。

「……降伏するわ」

 柄しか残らなかった傘を地面に落として、紗蓮はポツリと言った。
 自分の声ということが信じられないくらい、虚ろに聞こえた。

「あなた達ももう、私なんかに構っている余裕はないのでしょう」
「……無論……だ……」

 むせつつ、真之介は血走っているような眼で答えた。

「それとも、とどめを刺していきますか?」

 答えない米田と一馬に、確かめるように問いかける。
 こう言われては、はいそうですとは答えにくいことを見越してである。
 まだ生きているだろう三人を助けるために、ここで自分が感情にまかせて突っ込むことは出来ない。
 彼らがどちらを重視しているかによる。
 そして……二人は答えられなかった。

「山崎真之介……」

 ふっと思い出したように紗蓮は呼び止めた。

「まだ、邪魔をするか……」

 全身を取り巻いていた炎はおさまっているが、目の鋭さは変わっていない。

「あなたは、全てを捨てることが出来る?
 たった一人の人のために……、藤枝あやめのために……」

 どこか予言めいて米田と一馬には聞こえた。
 紗蓮は知っている。
 ここまで儀式が進んでしまえば、藤枝あやめを救い出すにはどうしなければならないかを。
 だが、それは言わない。
 それでは、問いにならない。

「愚問だな」

 迷い無く、簡潔な返事が返ってきた。
 問いかけた内容の重さに対して、あまりにもあっさり過ぎるくらいに。
 紗蓮は、あずみを抱きかかえたまま、
 すっと姿勢を動かして道をあけた。

「行くぞ、二人とも」

 光刀無形を収め、よくもまあ走れるものだと思えるような状態で、真之介はもはや紗蓮に目もくれずに祭壇へと向かった。
 米田と一馬は、一旦顔を見合わせて、
 通りすがりに一度だけふっと紗蓮の方を見たが、そのまま、先へ進んだ。

 その背中に斬りつけたい気持ちをかろうじて抑えて、まずは見えているあずさの方に向かう。

 ……ごめんなさい……渚……



第七章 祈れよ、永久なる乙女 一


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年九月十七日



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