嘆きの都
追憶其の六
第六章 途絶えよ、滅びの階段 七
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「俺を置いていこうとはどういうつもりだ」
思いっ切り不機嫌と書いてあるような顔で、真之介は光刀無形を抜いた。
「死にかけの身体で寝言ほざくな、山崎」
米田としては、真之介が来てくれたことでほんの少し希望が見えたのも確かなのだが、上官兼保護者としては叱りつけずにいられない心境である。
まともに戦えるような身体ではないはずだ。
一方、一馬は昔の自分を思いだしてしまい、少し笑っただけで叱ることは出来なかった。
「死にかけ……?」
いつもよく見せる、皮肉っぽい笑みを真之介は見せた。
「これでもか?」
数時間前までまさしく死にかけていたとは思えぬほどの力が真之介から吹き上がる。
「これは……」
真之介の回復力を考えても、これはいくら何でも異常だ。
放たれる霊力の質も、今までの真之介とどこか違うような……。
「……相模、こいつは、もしかしたら……」
小声で優弥は、傍にやってきた相模に尋ねる。
相模は難しい顔で真之介を見つめて、
「……その可能性は、ありうる」
何のことを言っているのか解らない姉妹は、優弥と相模の間で視線を行ったり来たりさせていたが、紗蓮は諦めたようにすっと傘を下げた。
「何をぶつぶつ言っている。素直に通すならば良し、通さんというのなら、五対一でも関係ないぞ」
抜いた光刀無形と同じくらい鋭い言葉と共に、真之介は構える。
あやめの気配が近いのだ。
もうすぐ、そばに……。
「あせるな、山崎真之介。こうなったならばこそ、貴様には言っておかねばならん」
「聞く耳持たん。どうせ時間稼ぎだろうが」
儀式が完成間近ということもすぐにわかる。
事実、優弥には確かにそのつもりもある。
が、それ以上の打算が裏にはあった。
「いいや、聞かざるを得ないさ。
闇の救世主」
渚ほどうまくはいかないが、意識して水地の口調を真似てみた。
一撃で真之介の表情が変わる。
「貴様と、そしてあの藤枝あやめにも関わる話だ。
聞く気になったか?」
それを見て聞いて、今度は一馬の顔色が変わった。
「真之介君!聞いている暇はないぞ!」
これは事実であるが、一馬の真意はもちろん別の所にある。
考えてみれば、大空洞の底でその水地という男と戦ってから、どこか真之介は変わった。
何かその男に吹き込まれたのかも知れない。
若さというものの持つ弱さを、かつての自分を省みて思う。
優弥が言おうとしている内容は、どこか危険な匂いを伺わせた。
無茶でも何でも、ここで戦闘を続行させなければ。
剣に霊力を込めようとしたところで、
足下に氷の槍が突き刺さった。
相模が牽制としてぶん投げたのだ。
「悪いが、二人を殺さない程度に抑えておいてくれ。
殺してしまうと山崎真之介を引き込めなくなる」
優弥は真之介から視線をずらすことなく、相模と紗蓮に頼んだ
本来ならここで一気に畳みかけた方が得策なのだろうが……。
「あずみの言ったことを聞いていなかったのか。
渚は絶対に納得しないぞ」
「いいんだよ、それで」
こともなげな返事をする優弥の目は、この場にいないものへ向けて優しい。
「これが終わったら、渚ちゃんは引退させる。
もう、こんなことをさせたりはしねえ」
「それこそ聞く耳を持つとは思えんが……」
その大きなため息は、呆れているのではない。
出来るならばそうなってくれと願っているのだ。
水地が存命ならば、決してこんなことはさせなかったものを、と思う。
「話せ。手短に」
「山崎!」
思わず声を上げた米田に向かっても凍気が走る。
「お前たちにも聞いておいてもらいたいものだぞ。
帝都を守護しようとする対降魔部隊よ」
「……どういうことだ」
凍気で剣を作り出した相模の声に、どこか咎めるような口調が混ざっていた。
「帝都の真の姿を知れと言うことだ」
「俺たちが藤枝のお嬢をさらわせてもらったのは、
まあ、知っているとは思うが水地センセイの作った巨大降魔を霊力妖力の動力源兼起爆剤として使用するためだ」
「方術士団に聞いた話から、それくらいは想像できる」
莫迦にするなと言う口調で真之介は軽く剣を振るった。
いらだっている。
しかし優弥の方は、ほう、という顔を見せた。
「今の方術士団では……、玲介の息子の光介だな。四神陣の存在くらいは聞かされたか?」
「それは聞いた」
「どうやって作ったかは聞いたか?」
優弥の口調は、聞いてはいないだろうと断言していた。
「既に定型の出来た風水都市……しかも宮ではなく城であった江戸を造り替える。
生半可な儀式でないことは解るだろう」
「祭器を使った……?」
朱宮中将が宮城に対して祭器を要求したのは記憶に新しい。
そう言えば宮城戦で祭器がどうなったかは聞いていなかったことに思い至る。
確か朱宮が宮城に送りつけた文章にあったのは、三魔神器、四神像、黄泉の宝具……だったか?
さすがに細部までは憶えていなかった。
「その様子では春日光介め、俺たちが何を奪還したのかすら喋らなかったな」
吐くようなその言葉は、間接的に真之介の回答を否定していた。
だが、全面的な否定でもない。
「その前に一手あるんだよ。
祭器を造り、そして使ったんだ」
そのとき米田は、横で相対していた相模の目が微かに光ったように思えた。
威圧か悲しみかまでは解るには足りない、あまりにも短い一瞬であったが。
「祭器を、作っただと……」
一馬はその言葉にうす寒いものを憶えた。
祭器……それに限らず祭りごとに関わる物品は作成に何かしらの手順や決まりがあるのが普通である。
特に強大な力を秘めたものは、使うのはもちろん、作成にも代償を必要とする。
例えば魔神器。
あれの作成段階で何が行われたのか、一馬は極力考えないことにしている。
「俺の親父は維新当時、幕府側についていた」
突然優弥は関係のなさそうなことを言った。
しかし、話を逸らしたのではない。
壮絶な色合いを帯びるその瞳が、単なる時間稼ぎなどであるはずはなかった。
「相模たちの親父もそうだ。
基本的に俺たちは天海僧正によって結ばれた盟約により、江戸幕府とは共存していた」
いつの間にか、紗蓮対一馬も、相模対米田も動きが止まっていた。
時間が切迫しているのは百も承知している。
しかしそれでもなお優弥の声は、聞かざるを得なくさせる魅力……あるいは過去を内包していた。
「この町は江戸成立の頃から存在している」
米田が懐かしく思えたのも道理だ。
この古い趣を持った町並みは後から復興させたものではなく、そうある時代からこのままであり、文明開化の波に飲まれなかった街なのだ。
「だが慶応に入って、この町と江戸を守っていた陣は激動に耐えきれなくなった。
江戸城の無血開城、そして遷都が行われた理由の一面がそれだ。
勝卿の新政府軍との取引は、やむをえなかったのだろう」
外見こそ若いが、優弥はその頃既に物心ついていた。
あの激動の日々は目にありありと焼き付いている。
「盟約の相手であった江戸幕府を無くした俺たちに、維新政府と近衛軍が話を持ちかけてきた。
江戸の町の一応の存続、人間との共存、その代わりとして維新政府への軍事的協力という新たな盟約の締結をな」
人間との、と言うところで、優弥は自分の心臓に微かに痛みを感じた。
自分の中に半分流れる血が。
苦笑したような表情で、優弥は一応笑った。
だが真之介たちには笑ったようには見えなかった。
表情よりも更に奥深いところから溢れ出ようとするその感情の方が雄弁だったのだ。
「何が起こったと思う?」
形だけ微笑んだ口元が、なおのこと壮絶な気迫を放っている。
真っ正面にいた真之介が、答えを急かすことが出来なかったほどに。
それは怒り。
忘れ得ぬ、怒りだった。
「場所は宮城となった江戸城の奥書院。
かつては火山の噴火や津波を鎮めるために、幕府お抱えの陰陽師たちや俺たちの祖先らが命をかけて術を行った広間」
周囲の大気を爆ぜつつも、優弥は淡々と続ける。
真之介は、その優弥が隙だらけであることにすら気づく余裕がなかった。
「こちらから出向いたのは、相模らの親父、俺の親父、水地先生、樹霊のじーさん、幕府に仕えていた凄腕の陰陽師が三人。それから、まだガキだったこの俺だ」
当時既に相模らの祖父香神は、新たな流れに抗することを良しとせずに奥州へと移動し始めていて、黒鳳は彼への注意のために動けなかったのだが、これは話してもあまり関係がないので省くことにした。
そこで、しばし静寂。
揶揄するような視線が、順に三人を射抜こうとする。
その横にいる相模たち三兄妹は、真之介たちに向けたものではない怒りをたたえつつ、解りきっている優弥の次の言葉を待つ。
さすがにここまで言われれば、そしてこの大気にさらされれば、出てくる答えがどのようなものか三人ともうすうす解る。
だが、その回答を口にするのはどこかはばかられるような気がしたのだ。
回答者が答えを揃えた雰囲気を感じ取り、優弥は……怒りと悲しみを無理矢理押さえ込むようにして、どこか勝ち誇ったようにも聞こえるその口調で、
「生贄……だ……!」
と、吐いた。
「…………………」
唇を噛む一馬、眉をひそめる米田、表情を止める真之介。
「全員、正解だったようだな」
特に誉めたようも無く確かめる。
三人は否定できなかった。
あのときの光景を思い出すためにふっと目を閉じてから、優弥は詳細を語りだした。
「会談は何回かに及び、ガキだった俺にも話が平行線をたどっていることは大体分かった。
旧世代の都を残そうとするのと、欧州に似た新たな都を作ろうとするのでは、そもそも意見が合うはずもないが……」
目を開き、現実に戻る。
これ以上過去を眺めていては、自分の怒りに飲み込まれそうだったので。
「そして、何度目かの会談の時、何の前触れもなく異変が起こった。
方術士団と陰陽士連ほとんど総掛かりでの儀式魔術だ」
発動する封印の場。
かろうじてその束縛を断ち切ったのは、やはり水地。
優弥の父歳牙は、水地に向けて自分の息子を放り投げた。
もっとも信頼できる男に、我が子を託したのだ。
自分を抱えながら方術士団の嵐のような攻撃をくぐり抜けたときの水地の表情を、優弥ははっきりと憶えている。
仲間を見捨てることの苦痛に歪んだその顔を。
水地は五人いた方術士団の副長のうち三人までを同時に相手にしつつも、何とか優弥を引き連れて脱出に成功した。
そしてその日の夜になって、陰陽師の内の一人が瀕死の状態で帰ってきたのだ。
「生きて脱出できたのは、水地先生と俺、それから陰陽師のおっさんが一人。
だがその人も、ことの顛末を話して息絶えた」
このときに陰陽士連はほぼ壊滅、水地を止めようとしたことで方術士団も半壊状態になったらしいが、最後は春日鳴介方術士団長の封滅の光剣が全てを決したらしい。
「俺の親父は大地、相模の親父は炎、樹齢のじーさんは木、後の二人を水と金に当てて、
何が出来たかは、もう解るな」
土は央であり、後の四つを四方に配置すれば、
「……四神陣……」
「そういうことだ。江戸を帝都に変え大地の安定を図るためのあの陣の中身はこういうことだったわけだ」
元々余り良いとは言えない顔色を更に蒼くさせた真之介に追い打ちをかけるように優弥は言った。
「俺の親父は宮城そのものに封じられ、後の四人は肉体を現世に縛るための像に変えられ、魂は宮城の四方に配置された。
俺たちが宮城に奪い返しに行ったのは、この四神の像だったんだよ、米田中将」
解ってもらえたかな、と言う代わりに相模は米田の前で氷を爆ぜさせた。
やり場無しによみがえった怒りを吐き出す意味もあったが。
「……それが、俺やあやめにどんな関係がある」
おそらく嘘ではない。
ここ数ヶ月に起こった事態は、今の優弥の話を裏付けるものがほとんどだ。
話にぐらつきそうになる自分を押さえ込み、何とか反論しようとする。
そう、自分とあやめに関係する話だというから聞いたのだ。
今の話は確かに深刻ではあるが、自分たちとの関連性はない。
「わからないか?」
少し演技過剰気味に嘲笑を含ませつつ、優弥は尋ね返した。
「親父たちと一緒に人柱にされた陰陽師二人はれっきとした人間だよ」
「……!」
これに衝撃を受けたのは真之介よりもむしろ一馬の方だった。
考えていたのは、自分よりもむしろ愛娘のこと。
「今のおまえほどではないがやはりかなりの霊力を持っている一方で、俺たちに近い力も持っていた。
それが故に人間社会に馴染めずに、この町とつながりがあったのだがな」
「江戸時代だって、今と比べてよかったわけじゃねえ、と言うことだろうが」
言われっぱなしだった米田が、それを聞いて反論する。
「そうだな。ある意味では変わっていないとも言える。
だが、馴染めないながらもまだ地上にいられた時代にくらべれば確かに悪化しているさ。
さっきおまえらと戦っていたはずの羅刹と刹那は、やはりれっきとした人間だよ」
『何!?』
真之介は何のことかわからなかったが、先ほど二人の相手をした米田と一馬にはにわかには信じがたい話だった。
「魔の力の影響が強かったせいらしいが、外見が信じられないか?
だが、根はとことんいい奴らなんだぜ」
信じられる仲間なのだ、あの二人は。
その二人は、かつてその異形故に帝都であからさまな迫害をうけた。
暴力、といいかえてもいい。
姿が異形なだけで、そのときは無力だったのだ。
初めてこの町にたどり着いたときの二人の惨めな姿は、未だに忘れられるものではなかった。
「山崎真之介、おまえは何のために戦っている?」
また優弥は話を変えた。
やっぱり、渚ほどうまくはいかない。
しかし出来る限り、彼にとっても師の一人である水地の考えを追おうとする。
水地なら、ここをどう攻める……?
水地から多少なりと聞いた山崎真之介に関する情報……、それを使えば……
「答えろよ、おまえが守っているのは物か街か、それとも人か」
それならば真之介の答えは決まっている。
「あやめを助け出す。そのために俺はここに来たんだ。
帝都だの江戸など、そんなお題目は今のところ俺には五の次だ。
あやめがいて、このお邪魔虫二人がいて、」
『コラ』
あまりにあまりな呼ばれ方に思わずツッコミ返した米田と一馬だが、真之介語の翻訳には成功しているので、苦笑したままで終わった。
「真田さんや、……えーと……それから、何人か……」
途中でちょっと声に自信が無くなったのは、薔薇を背景にさわやかーな笑顔で迫る琴音と斧彦の図を想像してしまったからで、その辺はちょっとぼかす。
「そいつらがいてくれれば、それでいい。
街も都市も、その後のことだ。今の俺には関係ない」
「何故だと思うかな」
「…………?」
真之介の方が一瞬ビクッとなった。
優弥の声に、別の強大な影を感じたような気がしたのだ。
あの、忘れられぬ影を。
何故、だと……?
話がまるで続いていない。
優弥は、何故だ、ではなく、何故だと思う、と言った。
尋ねたのではない。
問いかけてきたのだ。
答えを聞いたのではない。
優弥は自分で答えを知っていることを真之介に問いかけたのだ。
「気づかないのか」
一度膨れ上がった怒りが静かに引き、冷静冷酷とも言えるような口調で優弥は切り込んだ。
出来る限り、水地のもっとも怖かったときの姿に自分を近づける。
でなくば、この男に通用するかどうか解らない。
水地は渚を祭り上げないようにするために、あえて巨大降魔という手段を優先させた。
もしかしたら、渚への親としての限りない愛情が彼から冷静さを奪っていたのかも知れない。
今優弥は、違う考え方の同じ目的のために真之介に向かっている。
渚を、戦いから引き離すために。
渚の代わりにこの男を引き込むために。
この一撃が通じるかどうかが、大きな分かれ目になるだろう。
優弥は否定されぬよう、疑いを挟めぬよう、完全なまでに事実であると示すかのように、静かに、迷い無く言葉を放った。
「おまえもまた、人の世界では生きていけない」
止まった。
真之介の表情が。
「真之介君!」
さすがにこれは危ないと判断して、一馬は紗蓮の間合いから飛びすさり真之介の肩を揺する。
反応が、無い。
「ふざけんなあ!山崎は俺らときっちりやって行けてるぞ!」
米田の怒号は優弥に叩きつけたと言うよりは、真之介の心に送り込む物だったのかも知れない。
だが、
「おまえたちと、だ」
優弥を助ける様に一歩踏み出た相模が、振るう凍気そのままのように冷ややかに言い返した。
先日、香神に言われたことと同じ様な言葉であることは、出来るだけ考えないようにする。
真之介の暗殺を一度ではなく企てた彼だが、今のこの状況ならば希望が持てる。
ならば優弥の助けもしよう。
「小田原で彼に向けられていた視線のいくつかに、気づくことはなかったのか」
米田は言い返せなかった。
知っている。
真田診療所で真之介と戦った粕谷の配下たちだけではない。
戦闘中こそ味方軍の強力な切り札として歓声を受けたものの、城をも両断したその強さが明らかになり、戦闘後は恐怖が全体を支配した。
まるで、魔物に向けられていた視線そのままに。
加えて真之介自身が口べたというか何というか。
笑いもせず、どちらかというと冷たいと言える態度を取り続けたのもそれに拍車をかけていた。
これも、傍にあやめがいればなんとか補佐してくれたのだろうが。
実のところ、北村少将に戦後処理を任せて早々に帰ってくることを承知した理由の一つがこれだった。
あの軋轢に満ちた状態を放っておけば、何か起こっても不思議ではなかったのだ。
更に言えば、この風潮は今に始まったことでない。
真之介の存在が軍の中で大きくなって来るにしたがって、妬み、怖れと言った周囲の感情は大きくなっていったのだ。
「陸軍少将、水無月明。この名前は憶えているか。闇の救世主」
微かに真之介の身体が震えたように思えた。
「止めねえかあっ!!」
これ以上話させてなるものかと、米田は神刀滅却に気力を込めて優弥に斬りかかった。
水無月少将とは、先に真之介とあやめが巨大降魔に一時封印を施した日に、配下の将校十数人らと共に「魔物に殺された」ことになっている男である。
だが一馬も米田も、それが真之介の手によるものであることを薄々感づいていた。
おそらく例の水地と裏で繋がっていた男だったのだろうが、今の真之介にそのことを思い出させるのは危険すぎる!
「させん!裏三式之霜裂!」
その一撃を、足下から相模がはじき飛ばす。
飛ばした先にはあずさの炎が待っていた。
「二式之灼薙!」
「ぐおおおおおっっ!」
かろうじて直撃は避けたが、さすがにここまでの疲労と傷の蓄積が大きいため、一撃一撃が堪える。
しかし、そんなことをぐだぐだ言ってはいられない。
「大したものだ。裏六式之氷獄!」
「なっっ・・・!」
相模の放った凍気は米田を攻撃するのではなく周囲に散開して牢獄を形成した。
「そうあっさりとは破れんぞ。それよりも話の続きだ、優弥」
「くそっ・・・!」
二三度斬りつけるが、なるほど、これは簡単には破れそうにない。
ならば・・・!
「一馬ァッ!聞く方を止めろ!」
「!・・・了解!」
『なっ・・・!』
絶句気味に叫ぶ優弥らを後目に、一馬の的確な一撃があっさりと昏倒させた。
帝大内にいるときもそうだったが、無茶を言って止まらなくなったときにこうやって取り押さえることが多いので手慣れたものだったりする。
「……………………おまえら、容赦無いな…………」
「陸軍って怖いんだぁ……」
五人ともさすがにこれには呆れた。
「そちらの口を塞げんのならこちらの耳を塞ぐ。
何が何でもこれ以上真之介に聞かせるわけにはいかんだろうが」
「的確な判断と言いたいところだが、所詮はその場しのぎだ」
しゃべり疲れてあずさから水筒の水をもらっている優弥に代わって、相模が後を引き継いだ。
「最後の手段だったはずだ。
山崎真之介無しの五対二になっては、お前たちにはもう打つ手がないことは既に証明済みのはず」
確かにその通りだ。
出来れば取りたくなかった手段ではある。
だが……考えたくもない、六対二になる可能性よりはマシだ。
「それにおまえにも関係がないわけではないのだぞ、真宮寺一馬。
破邪の血統という特別なものとして扱われ、人としての扱いを受けなかったのはおまえも同じではないのか」
何だか、以前真之介に同じことを言われたような気がする一馬である。
「そちらに組みすることなど出来ないよ。裏御三家の存在意義に関わる」
「家族と国、おまえが守るべき物はどちらなのだ」
真宮寺一馬に子供がいると言うことぐらいは相模も聞き及んでいる。
「それは考えるべきことではない」
「逃げるか、真宮寺一馬」
辛辣とも言える相模の物言いに、しかし一馬は揺らがない。
「魔と戦い、この国を守ることがすなわち、家族を守ることになるんだ」
「教本通りの答えしか言えぬとは、その程度の男か」
「いや、二十年苦しんで得た結論だよ」
「……やっぱり」
自然体から構えに戻った一馬を見て、紗蓮が再び傘の先端を持ち上げた。
「うーん、これなら渚ちゃんとあやめの所に山崎真之介を引きずっていくことが出来そうだから、結果良しかも」
「こらこら、渚ちゃんに会わせたら駄目だっつーに」
のんびりなあずさに優弥は呆れつつも水筒を返して、ぐるぐると腕を回し具合を確かめる。
「大体、藤枝のお嬢の眼前で山崎真之介を殺させるつもり?あずさ」
そっとたしなめる姉の言葉に、ちょっとしゅんとなるあずさである。
「おう、たまにはいいこと言うな、あずみ」
「たまには、が盛大に余計よ」
一歩間違えば冗談にならないギリギリの距離で優弥の頬を炎がかすめた。
「おっかねえ女ぁ」
「うるさい、優弥」
と、だんらんしている優弥たちには時間という味方がある。
時間を稼ぐだけで、あとは渚が何とかしてくれるはずなのだ。
それはよく解っている一馬と米田も、相模の言うとおり五対二では迂闊に攻め込めない。
町に散った他の手勢も、刹那と羅刹の手に掛かれば一掃できるだろうとの安心感も優弥たちにはあった。
「……もう少ししてから、もう一回答えを聞かせてもらおうか。真宮寺一馬」
相模はだんらんの三人を後ろに、紗蓮と共に二人を牽制している。
声をかけるのは一馬に集中しているが、優弥から話を聞いているので、米田を覆すのは不可能に近いとの結論が出たからである。
今の米田にとっては、この帝都を守ることは何物にも代え難いはずだ。
自らの手で友を切ってしまった彼なのだから。
その点、真宮寺一馬には人間的な弱みとなる部分がある。
血の繋がった、家族が。
「もう少し、だと」
「いや、もう、すぐ、だ」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間に、
「ッ!!」
「完了だ」
獣の叫びにも似た音が、空域全体に響き渡った。
これは、まさか……!
「巨大……降魔か……っっ!?」
「先生の作った巨大降魔は、そこに転がっている男と藤枝あやめによって封じ込められたが、図らずもそれは儀式の柱として申し分ない状況が出来上がったのさ。
封印を握る藤枝あやめを通路にして、巨大降魔に向けて無限に近い霊力を送り込んで、……爆発させる」
もちろんその威力がこの町まで直撃しないように、木喰の指路器で作った通路を通し直接帝都のある地上現界に送り込まれる。
「その霊力がたまりきったのさ。
煉瓦や煙突、吐き出す汚水や煙……それらの痕跡もろとも……」
『灰になれ!帝都よ!!』
優弥の言葉の最後に相模の叫びが重なり、その声に合わせるようにし膨大な霊力……いや、もはや妖力が遥か地の底から沸き上がってくるのを感じる。
帝都とは空間座標軸が一致しないはずの、この亜空間にあってさえ!
一瞬一馬の脳裏に三魔神器のことが浮かんだが、もはや不可能だ。
あれは宮城におかれたままなのだから。
「くっそおおおぉぉぉっっ!!!」
米田にも、天を仰いで叫ぶことしかできない。
だが細かな微動が続く中、今度は優弥たちの表情が怪訝そうになる。
「……これは、やはり京極の奴か?」
「いや、奴の気配は途切れている。というか多分、先ほど渚ちゃんの圧力に耐えきれなくなって意識を失ったはずだ。それで今ようやく完成したんだから」
その会話を聞いて米田と一馬の顔から絶望が少し薄らいだ。
何だかよく解らないがともかく向こうの思い通りには行っていないらしい。
「渚ちゃんが儀式の手順を間違えるとも思えないし……」
一番問題になりそうな男は、この場でのびている。
「………………ひょっとして……………」
あずさがすごーく不機嫌な顔でつぶやく。
その想像は、的中していた。
初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年九月十七日
楽屋に戻る。
もう一つの第十話目次に戻る。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代への扉に戻る。