嘆きの都
追憶其の六
第六章 途絶えよ、滅びの階段 六



第六章 途絶えよ、滅びの階段 五


「遅くなってごめんなさい、刹那、羅刹」
「貴方は確か……紗蓮とか言ったか?」
「お会いしとうございましたわ、真宮寺一馬殿」

 そう言って、紗蓮は開いた傘を優雅に閉じる。
 現れた表情はしかし、穏やかな物言いとは全く別のような気迫に満ちていた。

「木喰の仇、討たせていただきます」

 傘が、微かに鳴った。
 米田も一応の話は聞いていたので、こいつが一馬が京極と一緒に倒した相手だろうと想像がついた。
 そんなわけで、若菜さんのことについて軽口を叩くのは止めた。

「すまん、紗蓮」

 笛を吹いたままの刹那に代わって、羅刹が軽く頭を下げる。
 紗蓮からは遙かに見上げるような巨漢の羅刹がこんな態度をとると、いささか違和感というか愛嬌というか難しいものを感じないでもない。

「礼はいいわ。それよりここは私たちでも何とかなるから、あなた達二人は先に行った軍勢を各個撃破して」
「あの二人を同時に相手にしては勝てんことぐらいわかるだろう……!」

 紗蓮が怒りのために我を失っているのではないだろうかと思って羅刹は声を荒げた。

「大丈夫よ、優弥たちもこちらに向かっているし、それに、今あずさが来てくれたわ」

 すっと紗蓮が視線を向けた先には、とたとたと妖狐姉妹の妹が走ってきていた。

「ごめんごめん、遅くなっちゃった」

 違うな。
 米田はふとそう思った。
 宮城で天辰とやらに斬りかかったときにそれを遮った妖狐の少女に比べると、雰囲気が少し幼いような気がする。
 もちろん本当の年齢は予想できるべくもないが。
 ともあれ、これは相手方の予想される手札が増えたことになる。

「ともかく、ああいう細かい軍団を仕留めるにはあなた達の方が向いていることは確かでしょう。
 急いで」

 実際には二人が既にいくつも傷を負わされているので交代した方がいい、と言うこともあるのだが紗蓮はそれを口にはしなかった。

「……わかった、だが無理はするなよ」

 刹那は一旦笛を吹き止めてしぶしぶながら頷く。
 紗蓮の言わなかったことはある程度察していた。

「羅刹、早急に侵入者共を片づける」
「おう、解った兄者」

 との会話が交わされたかと思うと、次の瞬間には刹那と羅刹の姿は見えなくなった。
 一馬と米田は出来れば追いかけたいところだったが、さすがに目の前に敵が二人もいては難しい。
 それも、

 やりにくい相手だな……。

 米田は心中で舌打ちした。
 野郎を相手にすることは慣れると言うことをとうに通り越している米田だが、女性を相手にするのははっきり言って苦手であり、更に言うなら過去ほとんど経験がない。
 それも匂うような美女と、幼ささえ感じる少女だ。
 実年齢は解ったものではないが。
 少なくとも顔に攻撃することは出来そうにない。
 さっきの二人が残っていてくれた方が遙かに戦いやすかった。

「言っておくけど、見くびらないで欲しいなあ。あなた達にだってあやめっていう例があるでしょ」

 米田の表情を見て、あずさは少しすねたような顔でふわっと三本の尾を広げる。
 それらの一本一本に炎が浮かび上がった。

「これでも、結構強いつもりなんだけど」

 くすりと笑って、あずさはその炎を二人に向けて放った。

「行くよっ!無限精炎、五式之散華!」

 細やかな無数の火の玉となって二人に襲いかかってくる。

「このおっ!」

 ぶるっと振り切った神刀滅却がその場に旋風を巻き起こす。
 これでかなりの火の玉が吹きちぎられた。
 一方その間に紗蓮は一馬に迫る。
 その振りは二ヶ月前よりも更に鋭い。

「覇邪滅煌呪!」
「桜花霧翔!」

 一馬も次へ向けて気力を残すなどと言う余裕はない。
 出来るだけ早急にこの二人を倒さねば、おそらく敵方の手勢はまだ増えるはずなのだから。
 しかし、傘と剣が立てた音が響いた瞬間には、その場に紗蓮の姿は見あたらない。

「!!」

 斬撃より先に、背後の空間から風を感じた。
 腰に差したままの鞘の口を叩き、てこの逆要領で鞘の先を跳ね上げた。
 ギリギリで体を反らした紗蓮の前髪を鞘先がかすめる。

 即座に足を、脚を、腕をひねり、背後の紗蓮に向けて荒鷹が一閃する。

「覇邪散空陣!」

 バッと紗蓮の傘が開き、荒鷹の威力を受け止めにかかる。
 とともに、米田と遠距離戦を繰り広げていたあずさの飛び火を一馬に向けて打ち返す。

「火遊びはよくねえぜ、嬢ちゃん!」

 外見の印象から勝手に年下と決めつけつつ、神刀滅却から霊力光が放たれる。

「裏二式之密壁!」

 あずさは炎の一本を壁に変えてこれを防ごうとするが、米田の気迫と気力がそれを上回る。
 かろうじて身をかわしたあずさの左肩をかすめ、服の袖がさけて細い腕が覗いた。

「やーもー助平っ」
「……やりにくいったらありゃしねえ」

 あっけらかんとしているあずさに対し、米田は渋い顔だ。
 もたついている暇はないとわかっているつもりなのだが。
 実力では何とでもなる相手でもそれが複数になっただけで一気につらくなる可能性もある。
 こんな戦いをずるずると続けているわけにも行かない。

「早急に気絶してもらおうか」
「簡単には行かないわよおっ」

 一馬はというと、紗蓮の傘の模様から来る催眠術に対抗していた。

「さすがに、この程度が効く相手ではありませんか」
「時間稼ぎのつもりと、言うことかね……!」

 きっと一馬が一瞬視線をずらして横を見ると、その先には敵の増援……優弥が攻撃をぶっ放すところだった。

「いい勘しているぜ!真宮寺一馬!」

 挨拶代わりとばかり、強力な霊力波が一直線上に米田と一馬を捉えるように走る。
 避けようとした米田を流れに押し込もうとしたあずさだったが、放った灼薙は寸前で避けられてしまった。
 一馬も何とか避けたものの、しかし伴った衝撃波もかなり強い。
 平衡感覚を崩しそうになったところで、一馬への紗蓮の一撃。
 これは何とか荒鷹で食い止めた。
 お互いの武器を弾いて、一旦距離をとる。
 流れが一時的に止まった。

「おまえは……、あま・・・なんつったっけな?」
「天辰優弥だ。また会ったな、米田中将」

 何とも形容しがたい表情と感情のままで優弥は答えた。
 あえて挙げるとすれば、羨望と、それから引け目だろうか。
 実のところ、米田も似たような表情をしていたのであるが。
 睨み合った瞳の裏に見ていたのは、お互いが敬していた一人の人物。
 自分が死なせてしまったという想いと、相手がいなければあるいは、という自己嫌悪したくなるような想いがある。

「今度は、見逃しはしないぞ」
「その台詞、そっくり返すぜ」

 油断無く紗蓮とあずさを視界のはしにとらえつつ、米田はやや斜めに構える。
 二対三。
 しかも実力にそう差がある相手ではない。
 この天辰に至っては、方術士団最強と言われた春日玲介を倒しているとも聞いた。
 一瞬の隙が命取りにもなりかねない。
 それは一馬も同じで、紗蓮に狙いを定めつつも後の二人に意識の一部を裂いている。
 いや、そこでお互い視線を交換して、少しだけ足の向きを変えた。

 それならばいっそ、敵の数を減らすのが第一だ。
 言っては何だが、この三人の中ではあずさが一番倒しやすそうである。
 嫌な計算と思いつつも、二人は以心伝心で戦場の定石に従ってあずさに同時に攻撃をしかけた。

「チッ!」

 拍子抜けしたような優弥はすぐに追撃にかかる。
 そしてあずさ自身も、

「見くびらないでって言ったんだけどなあ……裏六式之双壁!」

 二人の動きを見透かしたように、あずさは左右に炎を展開する。
 先ほど密壁を突破されたことから受けきれないと判断したのか、傾きのある炎の壁が二人の攻撃をするりと上へ受け流した。
 うまい。

「そう簡単にはいかねえぜ!」

 中に回り込んでいた優弥は、米田の右肩と首根っこを捕まえて体勢を逆転させ、米田の肩をへし折りにかかる。
 小田原で一緒だった方術士に聞いてはいたがこの天辰という男、噂以上の腕力がある。
 極まってしまえば折られるまで一秒とかからないだろう。
 しかし米田も、元は真之介以上に無茶な喧嘩の使い手である。

 極まる寸前に空いている左手で鞘を持って、その先端を優弥の鼻と唇の間にある急所に思いっ切り叩き込んだ。

「ぐっ!!」

 力が緩んだ所を、米田はうまく抜け出して優弥を地面に投げつける。
 だが優弥も無理矢理体勢を立て直してしっかと足から着地した。
 投げられた勢いをそのまま利用して、引っかかったままの米田の身体を片腕だけで高く空中にぶん投げた。

「うおおおおおっっ!?」

 そこへ狙うは、気力をたぎらせていたあずさ。

「四式之光……」
「瞬落星辰!」
「きゃあああああっ!」

 ギリギリのところで一馬の攻撃があずさの体勢を崩し、米田は丸焼きになるのを免れた。
 だが引き替えに一馬も紗蓮からの注意がそれた。

「覇邪滅煌呪!」

 黒い輝きを伴った傘の一閃。

 避けきれない……!

 左肩から袈裟切りにされるところを、皮一枚とちょっとまでになんとか軽減する。
 一歩遅かったら心臓まで切り裂かれていただろう。
 強化された特注の陸軍服が半紙のようにあえなく切り裂かれ、鮮血がこぼれる。
 吹き出さないところを見ると、動脈の傷は免れたらしい。

 そこへ畳みかけるように紗蓮の傘が踊る。
 第二撃からは荒鷹が間に合った。
 しかしその横に優弥が迫る。

「待ちやがれえっ!」

 米田の怒号が響き、投げ飛ばされた落下地点から一直線。
 強力な霊力波が優弥と紗蓮を襲う。
 一馬はうまく察して三歩引いていたので範囲外だ。

「ぐうううううっ!」

 右手に霊力を込め、真っ正面から受け止める。
 だが先ほどまでと比べると威力が上がっている。
 優弥一人では防ぎきれずに、紗蓮にまで余波が襲いかかった。
 そこへ一馬の、

「破邪剣征、百花繚乱!」

 紗蓮は米田の一撃の余波をこらえつつ、真っ正面から一馬の一撃を相殺しにかかった。

「覇邪滅焼陣!!」

 瞬時に傘が開き、鮮やかな魔法陣となって紗蓮の手から放たれる。
 渦巻く火柱が百花繚乱の威力と真っ正面から激突する。

「このおっ!一式之火走!」

 一方、米田に向けてあずさは遠距離から火を放った。

「やべえっ!あずさっ!」
「えっ!?」

 その放たれた火が途中で引き裂かれたかと思うと、一気に米田に間を詰められていた。
 優弥は、米田が手加減を止めたことを悟った。
 本気で戦えば一対一で朱宮をも倒した米田だ。
 黒鳳と戦ったときは、それ以前数ヶ月にわたって戦い続けてきた疲労で十分に戦えなかったようだが、あれからここに乗り込んで来るまで十日ほど戦闘がなかった分、万全とまでは行かぬものの、かなり状態は良くなっているのだ。
 そして、状況が状況だけにここ一週間は酒も飲んでない。
 米田の生活は、実は真之介などよりもよほど摂生が取れているのである。

「速……」

 気がついたときには、米田は目の前に来ていた。
 距離があるので優弥と紗蓮は間に合わない。

「覚悟っっ!!」

 実年齢はともかくいたいけな少女を切ることに呵責を覚える米田だが、この場を突破せねば帝都は守れぬ。
 心を鬼にして握り降ろした。
 しかし、その前の一瞬の躊躇の分、

「裏二式之氷壁!」

 たどり着いた相模の防御がギリギリで間に合った。
 涼やかな冷気を妹の目の前に展開して米田の攻撃を弾いた。
 その後すぐにあずみも到着した。
 兄妹揃っての登場である。
 ついでとばかりにあずみの放った炎が米田に襲いかかるが、これは何とか回避する。

「兄様、兄様ー」

 来てくれた兄に抱きついているあずさは、妖狐というより子猫である。

「遅くなって済まん、あずさ」

 その妹の頭をいいこいいこと撫でる相模の顔は甘々であったが、すっと立ち上がって対降魔部隊に向き直ったときには別人のように鋭い表情になっていた。

「だが、こちらに来て正解のようだったな」

 一馬米田共に、相模とは初対面である。
 だが、実力のほどはある程度想像できた。
 あずさの兄と言うことは、おそらくそれよりもかなり強い。

「優弥、アンタうちの妹を危ない目に遭わせないでよ」
「やかましいバカ女。こいつら強えんだよ」

 もう一人のあずみは、宮城で米田と僅かの間だが会っている。
 一合交えた程度ではあるが。

「伊達に中将サンと京極を倒してねえんだよ、この二人は」
「アンタがふがいないだけでしょうが」
「うるせえ」
「あなたたち、いいかげんになさい」

 さすがに呆れたのか紗蓮が仲裁に入った。

「目の前に戦う相手がいるって言うのに」

 言われてあずみを指さす優弥に、あずさはハリセンを一発返した。

「……まあ、何にしてもだ」

 何とか気を取り直した相模は一度姿勢を正す。

「自己紹介させていただこうか。私は相模、こちらは長妹のあずみだ、次妹のあずさは……自己紹介はしたか?」
「あ、忘れてた」

 悪びれたところのない笑顔でこう言われると、相模も怒る気がしない。
 まあ、この際どうでもいいことである。
 真意は別の所にある。

「刹那と羅刹はどうした。そうたやすく倒される二人ではあるまい」
「町に散った軍勢を掃討してもらっているわ。彼らの方が向いているでしょう」
「適任だな」

 呑気に相模が会話を続けさせることにはちゃんと意味がある。
 五対二の状況では、簡単に攻め込むことが出来ないことを承知しているのだ。
 そして、時間さえ稼げれば渚が儀式を完遂してくれるだろう。
 こちらは至って焦ることはない。
 妹たちを傷つけずに勝てるなら、相模としては文句はないのである。
 それは米田と一馬にもある程度わかった。
 今はのんびりとは構えていられないのだ。

「一馬、もう一人一人は相手にしていられんな」
「仕方ありませんね、彼ら相手にどこまで持ちます?」
「やるだけさ」

 雑談は終わりだと告げるように、二人は剣に霊力を込めた。

「人数差があると言っても、おまえら相手に手は抜かねえぞ」

 見渡してみて、優弥は力技と投げ、紗蓮は傘を使った斬撃、姉妹は炎で相模は氷の使い手らしい。
 偏りがない。
 遠距離にしても近距離にしても苦戦は免れそうにない。

「いくか」

 米田はいきなり五人のど真ん中に突っ込んできた。
 優弥はとっさに気力を込めた腕で神刀滅却を弾く。
 考える前に反動で動いてかろうじて間に合った。

 さすがに、速ええっ……!

 朱宮の剣技を見せてもらったときのそれに近い。
 続けざまに放たれた攻撃を、優弥はしのぐことに徹する。
 その間にあずみとあずさが両側から米田に迫った。

「二式之灼薙!」
「五式之散華!」

 米田は神刀滅却に霊力を込めてその炎をはじき返しつつ、あずみと優弥にぶち当てるように振るった。

「こんな戦い方で、持つと思うのか!」

 優弥は剣撃を食らいそうになったあずみの前に立ちはだかり、気力で炎を吹き流させる。
 その間に米田は後方となったあずさに振り返りもせずに斬りつけた。

「ちょ、ちょっとぉ!」

 霊力のこもっていない一撃だったので身に纏っている不可視の炎で弾いたつもりだったのだが、想像以上の速さに防ぎきれず、浅く肌に赤いものが走る。

「あずさっ!」

 相模が駆け寄ろうとしたところで、

「いけないっ!相模!」

 一馬と切り結んでいた紗蓮が叫んだ。
 自分とやり合いながらも、一馬がひたすら霊力を蓄えているのが解っていたからだ。
 まさにその通り、その叫んだ隙に紗蓮を軽く突き飛ばして距離をとり、米田を中心とした密集地が出来たところで、

「破邪剣征、桜花放神!!」
「何イッ!?」

 この必殺技は敵意のないものは素通りすることが出来る。
 それを一応調査して知ってはいたのだが、混戦となった中でそれを実状にあわせて認識できなかった。
 混戦となれば大規模攻撃は使えない、というのは戦場の常識の一つであるのだから。
 優弥の驚きはそれ故である。

 紗蓮は眼前でこれを食らったものの、陸軍省で一度この技を見たのが功を奏し、ギリギリで傘を開いての防御が間に合った。
 しかし、食らったことがない分威力に関しての計算は甘かった。
 こらえきれずに、防御した傘ごと吹っ飛ばされる。
 これでも増幅空間であった京極戦よりやや威力は落ちているのだが、それでも尚桁外れの威力と攻撃範囲だ。
 優弥と相模は二人して何とかこれを相殺しようとする。
 姉妹は兄と使う技の属性が打ち消しあってしまうので、ここは素直に防御だ。

「十式之壮雪!」
「大地讃唱、放爆地龍!」

 相模の全身から吹き荒れる吹雪が、優弥の両腕から繰り出された龍が、桜華の霊力を真っ正面から食い止める。
 二人がかりだ。
 さすがにこれは何とか……

「足下がお留守だぜ!」

 射程範囲にいる米田が無理矢理大地を引き裂く一撃を繰り出した。

「うおおおっ!?」

 直接攻撃を繰り出すと気の微妙な性質が変わってしまい、自分も桜花放神の威力を食らいかねないので間接攻撃となったのだが、事実上の奇襲で足下をすくった格好になる。
 大地の力を持つ優弥はともかく、相模はこれで桜花放神をこらえきれなくなった。
 一方が欠けると、優弥一人ではさすがに受けきれない。

「あずみ!あずさ!」
「そっちは任せた!」

 体勢を崩し吹き飛ばされながらも、その威力に乗りつつ相模はあずさを、優弥はあずみをかばう。
 嵐が、吹き抜けた。
 一馬ががっくりとその場に膝をつく。
 全身で荒く呼吸をしていた。
 おとりとなって剣を振るっていた米田も消耗がひどく、倒れはしないもののその場からちょっと動けそうにない。

「……なんとか……うまく……いき……ました……ね……」
「これで……倒せたか……」
「それはいくら何でも甘い考えと言うもの」

 さらりと傘が舞い、ガレキの中から姿を現した紗蓮は着物が変わっていた。
 あれだけ面倒な服装をどうやって着替えたのか疑問ではあるが、今はかなり柔らかい生地の着物になっている。
 どうやら戦闘用らしかった。

「……耐えきってくれやがったか」
「私だけではありませんよ」

 吹き飛んだ先の瓦礫がガラガラと音を立てる。

「いつまで身体触ってんのよ!この助平!」
「えーい!これ以上傷を増やさすんじゃねえ、バカ女!」

 わいのわいのと、優弥もあずみも元気そうである。
 一方の相模は、黙ってあずさを撫でている。
 どちらも、相模と優弥の二人は到底無傷とは言い難い。
 かばわれた方の姉妹は軽傷だが。

「さすがっつーか……かなり効いたが、おまえらも今の一撃に賭けていた以上、もう思うようには動けんだろう」

 服の裾を裂いて血がにじんでいる頭と腕に巻き付け、それでも優弥はしっかりした足取りで歩いてきた。
 無造作とも無防備とも取れる歩き方だが、体力が回復しきる前の一馬と米田はそこを突く余裕はなかった。
 それで優弥はこの場の圧倒的優位を確信する。

「王手だ、対降魔部隊」
「降伏勧告ってか……?」

 意外な優弥の言い方に米田は思わず聞き返した。

「おまえらの霊力も、藤枝のお嬢同様に使い方次第では俺たちの役に立つ……丁度いい、昔話をしてやろう」
「聞いている暇はねえよ」
「無駄に強がるのは止めとけよ。今は剣を振るえる状態じゃないはずだ」

 米田はぐっと詰まる。
 急がねばならないところなのだが、事実優弥の指摘したとおりなのだ。

「少なくとも体力回復の時間にはなるから、せめて聞く耳くらい持っておきな」
「優弥、何を考えているの?」

 一馬へ向けての構えを解かないままで紗蓮は納得がいかないと言うように首を振る。

「渚は納得しないと思うわよ。特にあいつに関してはね」

 真面目な顔つきで横に流したあずみの視線の先には、

「来たか……喜んでいいものかよ」

 空間の回廊を抜けてきたばかりの、山崎真之介が立っていた。



第六章 途絶えよ、滅びの階段 七


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年九月十七日



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