嘆きの都
追憶其の六
第五章 狂えよ、はかなき絆 九



第五章 狂えよ、はかなき絆 八



「すごい……」

 一馬は、自分の声がかすかに震えているのに気がついた。
 この威力は、京極が増幅亜空間の中で使用した五行相克星芒陣と比べても互角以上だろう。
 もはや、まともに考えうる範疇の威力ではない。
 昨夜は、真之介をまだ止めることが出来ると思っていた。
 だがこのままでは遠からずして彼を止められなくなることは間違いない。
 そして、その力も魔術を駆使したもの。
 精神の強さが完成する前に手に入れてしまった強さだ。
 震えたのは感動ゆえではない。
 恐れだった。

「一馬!ぼさっとしてんな!まだ安全じゃねえぞ!」

 目の前であきれるほど見事に崩壊して行く小田原城は、轟音と共に周囲にがれきを吹き飛ばしていた。
 確かに、もう少し離れた方がよさそうだ。
 もっと外では、状況を見守りつつ小型降魔を倒していた兵たちが敵城落城と思い歓声を上げる。
 だが、これで終わりではなかった。
 もうもうたる土煙が晴れたとき、そこには三体の人影が浮いていた。

 一人は、光刀無形を手にしたまま激しく肩で息をしている真之介。
 一人は、ゆったりとした衣のそこかしこが破れ、翼を含む全身が傷ついた黒鳳。
 そして、もう一人は、

「閣下!!」

 近くまで来ていた粕谷の配下の中で目の良い者が何人か、浮かんでいる粕谷の姿に気づいて駆け寄ろうとする。
 それに気づいた米田は、剣を抜いてそれを止めた。

「中将!お通しください!閣下が・・・!」

 その士官は、死んだと聞かされていた粕谷が生きていたことで興奮気味に米田を押しのけようとする。

「……行っちゃあ、ならん」
「何故です・・・!?」
「おまえたちの少将は、何の支えもなく宙に浮いていられたか?」

 どこか、自分でも苦いと思った発言だった。
 そこでその士官もはっと我に返ったらしい。

「閣下……」

 その粕谷にいぶかしむ視線を向けていたのは彼らだけではない。
 黒鳳もまた、異常を感じて怪訝な表情を見せていた。
 粕谷には、上級降魔である氏綱の魂を押え込む為に渚が何重にも結界を張って、制御出来る領域までその力を削っておいた。
 それが、

フフハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!

 声ではなかった。
 少なくとも、声帯を震わせて鼓膜に届くという代物では。
 どこか狂気に満ちたその笑いは、空域が音を発したようにも聞こえた。
 やはり結界の大半が消滅してしまっている……!

ゴオォッ!!

 たちまちに周囲の空が黒くなる。
 黒い炎が太陽を覆い隠した。
 その炎から降魔が一体、また一体と実体化して地上に降りてくる。
 降魔の名にふさわしいとも言うべきかもしれない。

「……やべえ・・・っ、真之介!粕谷を地上に引きずり下ろせ!こうなったら粕谷の身体ごと滅ぼすしかねえ!
……おい……、真之介・・・?」

 反応はある。
 意識もある。
 だが、先ほどの一撃は真之介にとっても全力の一撃だったようだ。
 かなり疲れ果てている。
 一馬はその事実に少し安堵しつつも、事態の深刻さに気づいて真之介に呼びかけた。

「降りてくるんだ、真之介君!そのままでは格好の的になるぞ!」

 言いつつ一馬は、上空の黒鳳へ向けて百花繚乱を放つ。
 丁度真之介を狙おうとしていた黒鳳は攻撃を中断せざるを得なくなった。
 その間にしぶしぶ真之介は降りてくる。
 一馬の言う通りだった。

 一方で黒鳳も迷っていた。
 結界の解けた氏綱を野放しにしておくのは危険に過ぎるが、かといって氏綱を再封印してる余裕はない。
 いささか不本意ではあるが、氏綱を利用してこの場で対降魔部隊を倒せる方に賭けるしかあるまい。
 最悪の場合は……、別にとるべき手段も残されている。

「嘘から出たまこと、か」

 我知らずつぶやいた一言は、黒鳳自身にとってもいささか意外であった。
 その迷いの間にも、更に何体かの降魔が実体化して降りていく。

「本気で、行くか」

 ばさり、と大きくはばたいた。

「来るぞ……、立てるか?山崎」
「これぐらいで、倒れてたまるか……」

 ふらつきながら地上に降りても、真之介は二本の足でしっかと立っている。
 目はまだ上空を睨み付けていた。

「やることは変わらん。まずは引きずり下ろす・・・!」

 こちらが浮いていられない以上、相手に上を取られているというのは圧倒的に不利だ。

「そうはいくか、黒翼旋風衝!!」

 そこへ黒鳳が襲いかかってきた。
 呪文の詠唱を始めようとした真之介に、強力なつむじ風を伴った掌底をたたき込む。
 足元のふらついていた真之介はこらえきれず吹っ飛んだ。
 いつ地上まで降りてきたのかと思わせるほどの速さだった。

「私は時間稼ぎをするだけで、この場は勝てるという寸法だな」
「くっ!!」

 横薙ぎに来た一馬の荒鷹を、黒鳳のいつのまにか長く伸びた爪が止める。
 その威力だけで金剛をふっ飛ばす程の攻撃だが、一馬自身の疲労もあってか黒鳳は一歩も引かずに止めきった。

「山崎真之介の忠告に従うとするか!」

 空いていた左手をお返しとばかりに思いっきり一閃させる。
 直接攻撃をぶち当てるのではなくその周囲への攻撃も十分有効であるのは、さきほどの真之介の一撃でよくわかった。
 その余波で吹き飛ばされる前に一馬は飛び上がったが、小田原城の残骸である木材や瓦などが無数に飛んでくるところでは、防御に回るのがやっとだ。

「ウオオオオォォォォォッ!!!」

 そんな中を、米田が嵐のように突進してくる。
 飛んでくる瓦礫を、神速とも言うべき剣の振るいでくぐり抜けつつ、その強力な剣気が黒鳳の身体を縛り付けようとする。

「ぐっ・・・!」
「くらいやがれえぇっ!!!」

 それに抗しようとして自分の身体に力を込めた一瞬で、米田は至近距離まで近づいてきていた。
 神刀滅却に輝くまでの霊力を込め、問答無用とも言いたくなるほどの強力な一撃が黒鳳に迫る。
 避けられない・・・!

ガキイィンンッ!!

 米田にとっては上段なのだが、上背のある黒鳳は胸元で両手の爪を交差してこれを受け止める。
 だが米田も負けていない。
 受け止めた黒鳳の爪を左右合わせて三本叩き折り、霊力を直接黒鳳の身体に注ぎ込んだ。

「さすがは対降魔部隊隊長というところか・・・!」

 宮城戦のときとは比べるべくもない状態ながらこれほどとは、なるほど真っ正面から戦っては危険過ぎる男だ。
 だが、

ザッ!

 出現した降魔の一体が、いつのまにか米田の背後に迫ってきていた。
 もちろん、黒鳳が少々指示を与えて呼び込んだのだが。
 振るわれた爪を避けようとして、どうしても米田の体勢は崩れてしまった。
 そこへ黒鳳の必殺技が炸裂する。

「黒翼凄絶天翔!!」

 羽ばたきと共に繰り出された妖力と風の衝撃波は、米田の斜め後ろから光刀無形で狙いを定めていた真之介もろとも米田を吹き飛ばした。
 純粋に霊力というか妖力において、黒鳳は三人を圧倒しているわけではない。
 京極などと比べてもやや強い程度だ。
 三人を翻弄しているのは、経験から来る間の取り方だ。
 伊達に数百年生きているわけではない。

 吹き飛ばされながら、米田は自分の吹き飛ばされる理由におおよその想像をつけたが、かなり腹立たしい。
 如何にあの時と比べて疲労がかさんでいるとはいえ、自分が無様にあしらわれるということは、朱宮を愚弄されることでもあるのだ。

「ざけんなぁっ!!」

 鞘を杭代わりに地面に打ち込んでこれに対抗する。
 と。

ボッ

 天空から塊が落ちてきた。
 いや、塊ではない。
 黒い炎だ。
 着弾と同時に、城を形作っていた木材もろともにあっという間に周囲が火の海になった。

「うおおおおっ!?」

 なまじこらえた分、真っ先に米田がつかまった。

「伏せろ米田!彩光青凍、玄海霧氷!!」

 とっさに伏せた米田の頭上を凍気が走る。
 炎が切り払われたかのように静まっていく。

「まだだっ!」

 上昇気流を利用して再び舞い上がっていた黒鳳は、残っている炎に風を吹き付けて煽ろうとした。
 木材も燃えているので、この炎が物理現象と霊的現象の両方の特性を持つと判断したのだ。
 煽られた炎が渦を巻き、黒い竜巻となる。
 これは、一馬が迎え撃った。

「破邪剣征、桜花放神!!」

 竜巻、黒鳳、氏綱をまとめて直撃する。
 さらに立ち上がった米田が、霊力を込めて空を裂く。
 速い!

「おおおおぉぉぉぉっっ!!!」

 黒鳳は避けきれず、防ぎきれず、右肩から翼にかけて鮮血がほとばしった。

「……降魔!」

 黒鳳の叫びに応えて、黒い炎から更に降魔が実体化しようとする。
 それが、

ドオォンッ!!

 そのうちの一体が吹き飛んだ。

「何!?」

 上空に立ち込めた黒い炎の一部が濃密になり降魔の形を取り始めたところで、大きな塊がいくつか飛んできたのだ。
 そのうちの一発が直撃したらしい。

「……オイオイ、俺達に当てんなよお……」

 その正体が読めた米田は、苦笑気味に笑った。
 洋上に待機していた北村少将率いる戦艦の主砲だ。



「一弾命中!味方軍は被弾していない模様です!」
「通用するか。次弾装填を急げ!」

 艦内はにわかに慌ただしくなった。
 この二ヶ月北村の率いる戦艦は、海岸近くまで陸上軍が誘導してきた降魔への主砲砲撃という形で戦闘に参加していた。
 戦艦の主砲は陸上軍が自由に動かせる野戦砲の威力とは比べ物にならない威力がある。
 中型降魔でも直撃を食らえば木っ端微塵だ。
 だがようやく飛行機が実用化されたこの時代、大砲も、そして砲撃手も、空中を飛び回る敵を狙撃する用途には対応しきれていなかったのだ。
 故に、かなり戦艦まで近づけねば降魔にはほとんど命中しなかったのである。

 また、藤枝あやめ少尉が死んでしまっては巨大降魔が解き放たれてしまうので、城に打ち込むこともできなかった。
 そのため今日の城攻めには待機となっていたのだが、いらだちながらも観察を続けていた北村は、先刻より黒い炎から降魔が発生するときにはしばらく一定の場所に止まっていることに気づき、主砲の発射を命じたのである。
 幸い、かろうじて射程距離内であった。
 遠かったのと、特に纏っている炎が濃かったために氏綱に取り憑かれた粕谷の姿を北村らが確認できなかったのは幸か不幸か。

「第二弾装填完了!」
「よおし、対降魔部隊の仕事を奪ってやるぞ!」

 実体化寸前の降魔が二体、実体化直後の降魔が一体、粉々に吹き飛んだ。

 米田達にとっては、これ以上はないと言うほどの増援になった。

「ようし、これでもう降魔は発生できねえ!」
「抜かったか……」

 さしもの黒鳳も、砲弾が飛んでくる中空中に浮いてはいられない。
 下手に低空を維持して動きが鈍くなるより、地上に降りる方を選んだ。
 そして氏綱にも、濃い炎を纏っている分狙撃手達の狙いが集まりやすい。
 一弾がものの見事に氏綱を捉えた。
 氏綱を制御していた最後の結界がこれで砕け散った。
 障壁にもなったらしく粕谷の身体が砕け散るとまでは行かなかったが、浮遊力を失って墜落する。

「……、止めだ!!」

 その墜落点へ、真之介が肉薄する。

「彩光紫閃、凄覇天臨!!」

 先ほど攻撃を受け止めた障壁が発生する気配はない。
 確実に捉えた。

「いかんっ!!」

 黒鳳はその事実に戦慄した。
 制御を無くし、器も崩壊すれば、
……どうなる……?

 一緒に消滅するならばよい。
 だが、四百年以上もこの地に止まり続けている……あるいは縛られ続けているのかは定かでないが……魂が、これで消滅するとは思えなかった。
 その想像を肯定するように凄覇天臨が炸裂した場所から、……黒い炎ではない、もっと霊体じみた……幽霊のような姿が現れる。

「何ィッ!?」

 驚いたのは真之介だ。

 まさか……こいつが・・・!?

 汝、我が魂の器となれ・・・!!

「やむをえん!!」

 黒鳳は、自分の傷口を引き裂いて鮮血を更に引きずり出した。

『!!』

 立て続けに驚きっぱなしで、さしもの一馬と米田も攻撃を忘れた。

「禁呪法・・・!」

 空中にほとばしる血を以て、円陣、方陣、梵字を手早く連ねていく。
 最悪と想定していた事態が本当に起こったことに心中呆れつつ、通常の六倍速くらいの速さで一息に真言を唱え終えた。

「封ぜよ!」

 念には念を。
 自分の羽を六本引き抜いて引き金代わりにし黒鳳は術をしかけた。
 丁度真之介に襲いかかった亡霊共々に、多重結界陣が発動する。

「うおおおおおっっ!!」
「オオオオオオッッ!!」

 実体ある叫びと、実体無き叫びが合唱される。
 さすがにこれは真之介が危険だと判断したか、一馬が、一瞬遅れて米田も介入しようとする。

!!

 その二人を、黒鳳は視線で縛りつけた。
 術法を乗せたのではない。
 邪魔をするなと、術無しでもその瞳が雄弁だった。
 凄絶な姿の黒鳳に射すくめられたように、二人は動けなくなった。

 ここで奴を解放してはならない。
 渚が粕谷に伝えたように、実際に真之介ならば氏綱の器としても申し分ないだろう。
 しかし、今度はそのまま彼ごと封印する。
 山崎真之介共々、一石二鳥のこと・・・!



 真之介は意識を失っていた。
……少なくとも、五感を感じる状態ではなくなっていた。
 ただ、思考や感情としての意識はあった。

 これは……何だ……

 そこで、自分がどういう状態になったかを思い出して、精神力を奮い起こした。
 考えが正しければ、おそらく……

ゴウッ!!

 来た。
 強力な思念体だ。
 おそらくは、これが氏綱の本体ではないかと真之介は思った。
 その圧倒的な意志が真之介を捉え、飲み込まんとしてくる。

−−− 統一 −−−

 ッ!?

−−− 覇権 −−−

……これは……

−−− 支配 −−−

 様々な思念の集合の中に、

−−− 平定 −−−

 いくつか明確な単語として、

−−− 天下を −−−

 一致するものがある。

−−− 天下を……全て…… −−−

 くそっ……

−−− 魔の力によってでも…… −−−

 その意志一つ一つが真之介の精神を押し潰さんとする攻撃となった。

−−− この世界 −−−

 真之介は魔術を使わない。

−−− 一つに…… −−−

 魔術とは、己の意識を無理矢理現実空間に現出させることでもある。

−−− 滅ぼして…… −−−

 精神世界では、魔術も剣も役に立たぬ。

−−− 降魔を以て…… −−−

 真之介は、純粋に自分の意識にすがる。

−−− 天空より…… −−−

 自分の存在を確かめ、強固にする。

−−− 全てを、従える力 −−−

 それを手強しと見たか、流れ込んでくる意識が変わってくる。
 どこか、誘惑めいていた。
 だが、真之介は屈しない。
 いっそ、笑った。

 玉座にふんぞり返ってなどいたら、さぞかし、あやめに似合わないとか言われることだろう・・・!

 心の中に浮かんだその名にしがみついた。
 自分一人ではない。
 そう思うと、自分の存在が鮮明になった。
 いくらでも思い出せるあやめの言葉、それを言われたときの自分……。

 覇権など、いらぬ・・・!!

 周りに腹立たしい奴らがいて……
 ここで腹立たしいというのは、要するにあやめと二人っきりの時に邪魔してくるとか、笑顔でからかってガキ扱いするとか、まあそういうことだ。
 本当はもっと感謝しているのだが、言葉に近い形で思考をまとめるとこういう言葉になってしまった。
 真之介語をうまく翻訳できるあやめなら、もうすこし違った表現を知っているだろう。
……そして、あやめがいてくれれば、それでいい。

 支配など、統一など、

「俺の……、知ったことか……」

 意識が言葉になる。
 舌を動かし、声帯を震わせ、その声が身体と空気を伝わり、鼓膜からもう一度自分の頭に、自分の意識に返ってくる。

「貴様ごとき亡霊に……屈するか……」

 身体が、動いた。
 瓦礫を踏み砕いた足が大地を捉える。

「消えて無くなれえぇっっっ!!」

 叫び。
 強烈な意識の発現。
 紛う事なき真之介の意志だ。

「・・・!!」

 術をしかけていた黒鳳は、驚愕に目を見張った。
 封印は働いたはずだ。
 と言うことは、自力で氏綱を打ち破ったというのか・・・?

「……信じられん」

 茫然となった。
 結果としては氏綱の暴走を止められたのだからそれはそれでいいのだが、それを差し引いてもなお、驚きが大きかった。
 もはや、隙があるなどというような状態ではなく、完全に無防備で突っ立っていた。
 降魔をも繰り出す術者を倒せる機会を、今度こそ逃す一馬と米田ではなかった。

「破邪剣征、桜花霧翔!!」
「くらいやがれえっっ!!」

 霊剣荒鷹と神刀滅却が炸裂点で相乗作用を引き起こす。

 しまった・・・!!

 黒鳳は食らったと同時に我に返ったが、即座にその事態の深刻さに気づいた。

 これは……やられる……。

 確かに山崎真之介は倒せなかった。
 対降魔部隊、誰一人として倒せなかった。
 この者たちは確かに強い。
 だがそれでも、十分に時間は稼いだ。
 氏綱の暴走も結果として押さえ込んだ。
 このまま消えるのもいいか、という気持ちがふっとわき出てくる。

ーーーーーーーー約束だーーーーーーーーー

・・・死ねぬ・・・!

 あの子が、悲しむ!
 どんな形ででも、生きながらえようぞ!

「ハアアアアアアッッッ!!」

 自分の身体から魔力の部分を分離する。
 水地と同様、彼の人間の姿は仮初めのものである。
 その姿を変えている者は、数千の烏であった。
 その正体は、黒翼の大鳥。

 烏天狗一族の隠棲を嫌い、魂まで造り替えた男の今の姿がこれだった。

『!!』

 一瞬驚きのためか、微かに二人の叩き込む霊力が弱まる。
 そこを、自分から分離した烏たちで目くらましと防御を計る。

 渚ほどうまくはいかないが、残された魔力で本体だけならば・・・!

 翼があり、空を飛ぶことの出来る彼が初めて行う空間転移だった。

フッ・・・

「……逃がしたか・・・っ!!」

 米田が舌打ちするのとほぼ同時に、黒鳳が壁とした幾千の烏が塵となって消滅した。

「ですが……、おそらくあの術者は再起不能でしょう……」

 荒鷹を抜いたまま、注意深くあたりを見渡してから、……どうやら付近にはいないと判断して一馬は剣を収めた。

「それより山崎……ん?」

 一時強烈な術を食らったものの、それを何とか振り払った真之介のことが気にかかったのだが、

「手伝え、二人とも」

 この愛想のない言い方は、真之介そのままだ。
 亡霊に取り憑かれたのではないらしい。
 しかし、何だか瓦礫を掘り返している。
 何をしているのか……すぐに解った。
 二人ともすぐに駆け寄る。

 瓦礫の中から掘り出された粕谷は、まだかろうじて息があった。

「教えろ粕谷……、あやめは……、あやめはどこだ・・・!!」

 粕谷を必死に揺さぶって尋ねようとする真之介の肩に手をやって、一馬はそれを止めさせた。
 粕谷の瞳は空虚で、おそらくは何も見えても聞こえもしていないと解ったからだ。
 その手が、力無く空を掴もうとする。
 表情の無かった顔に、微かに感情らしいものが浮かんだ。

 哀しみ。

「………すま……ぬ……、こ……、……、え……」

 糸が切れたようにその手が落ちる。
 見開かれたままの眼を、米田はそっと閉ざしてやった。




第六章 途絶えよ、滅びの階段 一


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年八月二十七日



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