嘆きの都
追憶其の六
第四章 燃えよ、我らが帝都 七
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陸軍省執務室から亜空間に乗り込んだ一馬と、空間をしかけた京極の戦いは、なかなか決着が付きそうになかった。
分身体を操ることを捨て、本体を現した京極は確かに強かった。
「五行相克、木々を払う黒金!」
「破邪剣征、桜花霧翔!」
だが、その気力の割にどこか決定力に欠けた。
一馬は弱い必殺技で細かに迎撃しつつ、強力な技を叩き込む隙を狙っていた。
しかし、それがなかなか出来ない。
京極も、どこかしのいでいるだけという印象がある。
何かを狙っているのだ。
「これは……」
金剛と並ぶ京極の配下の一人である風塵は、真田診療所の攻防戦で藤枝あやめを奪取しようとして失敗し、真之介に盛大に痛めつけられた身体を引きずるようにして陸軍省まで戻って来た。
まずなによりも、京極のことが気がかりだったからだ。
自分と同格の金剛が守っているとは言え、不安は拭えなかった。
「あいつ、どこか抜けているからな……」
と言うのももちろんある。
が、理由はそれだけではない。
対降魔部隊の恐ろしさを文字通り骨身にしみるまで思い知らされたところなのだ。
残り二名。
米田一基が宮城に向かったのは確実だ。
問題は真宮寺一馬だ。
あいつが宮城に向かったのならいいが、もし京極の意図に気づいていたのだとしたら……。
その不安に駆られて、彼は何とか戻ってきたのだ。
そして、悪いことにその不安は外れてくれなかったらしい。
陸軍内の対京極不満分子を一気に滅ぼして、陸軍省そのものを地脈への制御陣に変えているはずだった。
だが、彼が出かけるときには動いていた亡者は既に動きを止めている。
何者かが侵入したことは間違いない。
中に入ると、電気系統がやられているのだろうか、半分くらい明かりが切れている。
電話線も断線したのか、電話の呼び出し音も止まっていたが。
そして、一階からして壁と言わず床と言わず天井と言わず、無数のヒビが入っていた。
いくつか崩れているところもある。
ふらつきながら三階まで上がったところで、その不安は頂点に達した。
「金剛!」
不屈、不沈と思っていた屈強の男が倒れていた。
自慢の鋼の肉体に、数え切れないほどの傷が入っている。
風塵同様……いや、怪我そのものは金剛の方がひどい……死んでいるような怪我だが、金剛は何とか息をしていた。
生きてさえいればこの男は大丈夫だろう。
問題は、金剛の身体につけられている傷だった。
胸に大きな刀傷……?頬を裂いた裂傷、全身に火傷と言ったところだ。
侵入者は少なくとも二人、下手をすればそれ以上だろう。
しかも、金剛にこれほどの傷を負わせる使い手が含まれている。
刀傷は真宮寺一馬として、あとは……。
行かなければ。
いかな京極様とて一人では危ない。
倒れそうになる身体を叱咤して、風塵は再び歩き出す。
階段を上る前に、一度だけ振り返った。
「あとは……頼んだぞ、金剛……」
微かに、一馬は違和感を覚えた。
視覚は京極に集中せざるを得ないが、それ以外の感覚は周囲全てを捉えている。
肌の表を圧する様な違和感だった。
無論、その間にも攻防は続いている。
次に、京極とは違う方向から唸るような音が聞こえた。
どこだ……上空……?
体勢を僅かに動かして、視覚の端でその正体を捉えようとする。
一度では無理だった。
視界を戻したところで、京極の唇の端がくっと上がった。
「おまえの才は惜しいが、これで終わりだ」
法力を上空の一点に叩きつける。
それでようやく実体化した。
ゴオウゥッ!
五行を表しているのだろう五つの光球。
細かに術法を使いながらこれに集中していたのだ。
出現と共に、空間内の霊力密度が一息に跳ね上がった。
帝都に破壊をもたらそうとしていたエネルギーを一時的に解放したのだ。
この亜空間に死霊魔術その他を用いて力を蓄え、一方で高音たちが奪ってくる予定の黄泉の宝具を使用して八鬼門を完全解放するつもりだったのだが、今ここでこの男を倒しておかねば元も子もない。
黄泉の宝具だけでなく、高音達をうまく使えばこのあと何とでもなるだろうと判断して、貯金を使ってしまうことにしたのだ。
実体化と共に、京極の周囲が嵐のように吹き荒れる。
これは、生半可な技ではない・・・!
一馬の顔が一気に鋭くなった。
微かにつり上がったまなじりに、引き締められた唇、その表情が男性的な美貌を見せる。
無論、極限まで集中された霊力も大いに預かってはいたが。
京極はそれに一瞬気圧されかけたが、ふっと笑って最後の一撃を繰り出した。
「五行相克星芒陣!!」
五つの光球が全て互いに直線的な光芒で結ばれる。
厳密に言っても光である。
五行元素の相生と相克で発生するエネルギーそのものを示した光。
極めて長波長の電波から、紫外よりも更に強力な光まで。
人間の目にはまばゆい白光としか映らないだろうが、実際には紫外以上の光を中心にした輝ける相嵐。
源たる五行元素の集中体と共に、一馬に対して襲いかかる・・・!
一馬は、
「破邪剣征……」
静かにたたずんでいた。
しかしそれは諦めきった者の顔ではなく、開花寸前の桜、日出寸前の太陽のように。
それはあまりにも短い時間だったが、京極ははっきりと一馬を捉えていた。
右手が霊剣荒鷹を掲げる。
……桜花放神か・・・!その技ならば既に一度見ているわ・・・!
あの程度の威力で相殺されるような攻撃ではないっ!
「桜花、放神」
カァッ!!!
「!!」
光が、爆発した。
少なくとも、京極にはそう見えた。
視界全てを覆いつくさんばかりの桜色の光。
こちらは厳密に言えば光ではない。
純化され、昇華された霊力そのもの。
その威力は、先ほど京極の分身体を屠ったときの比ではない。
先ほどの一閃は全力とはほど遠いものだった。
桜花放神は使えればよい、という技ではない。
使い手によって、何処までも強大に高めることが出来る技なのだ。
もちろん、全力を叩き込んでいなかったからこそ、あのとき直後に迫っていた京極の動きに対応し得たのであるが、今度は正真正銘全力だった。
さらに跳ね上がったこの空間の霊力をも取り込みつつ一馬はこの技を放っていた。
京極のしかけた陣を完全に無力化するくらいの気持ちでこちらも利用したのだ。
「うおおおおぉぉっ!?」
京極の最大奥義すら、この威力を相殺しきれるものではなかった。
直撃だ。
ズガアアアアアンッ!!
五つの光球が吹き飛んだ。
京極自身も、必殺技を放った直後で到底避けきれるものではなかった。
そのとき、一馬は上空から唸るような音をまた聞いた。
さっきの光球が源ではなかったのか?それ以外に……
桜花放神を放った直後の体勢のままながら、一馬は顔色を変えた。
しくじった。
残るは京極のみと考えていたのだが、あの音はまた別だったのだ。
「……もう遅い……」
その空間の遥か上空……いや、亜空間から抜けた現実空間である京極の執務室で、紗蓮は冷ややかに言った。
金剛をうち倒してここまで来てから、木喰と共に京極のしかけた空間を破壊する準備を整え、機会を待っていたのだ。
お互いが最大の技を撃ち合い、亜空間を構築した京極が動けなくなる瞬間を。
二人の目標は帝都の闇を利しようとする京極が第一だったが、その上破邪の血統の当主まで倒せればこれ以上の戦果はない。
「行くぞ紗蓮!」
「ええ!」
亜空間の中にいる二人には、天が裂けたように見えた。
亜空間破壊呪法。
空間の内部ではなく、空間の存在ごと破壊……いや、消滅させると言った方が適切だろう。
「……しまった・・・!」
桜花放神の威力で吹き飛ばされながらも、京極は毒づいた。
一馬の一撃によるダメージが大きすぎる。
横槍が入らなくても彼の負けは明白だった。
その精神的衝撃もあるし、最大奥義を使った京極に残された力は残り少なくなっていた。
この空間に蓄えていた力も大半が使い尽くされてしまった。
まともな着地も出来ずに、河原を滑り、川の中に入り込んでようやく吹き飛ばされていた動きが止まった。
なんとか顔だけを水面に起こして上空を確認する。
破壊点は上空少なくとも二カ所。
相手術者は複数だ。
それは、常日頃なら歯牙にもかけぬものであるが、今の京極には絶望的な数字となっていた。
確かに、術者二人と直接対決する分にはまだ戦う力はある。
だが、この状況は圧倒的に不利だった。
物事は、破壊するよりも作り上げる方が難しいのである。
二人が虚脱状態から抜けるまでに、上空三分の一が消し飛ばされていた。
そして、当の京極は立つのがやっとと言う状態だ。
このままでは京極と心中になると言うことは、一馬にはすぐに解った。
京極をこの場で倒しておくことは、後々のために必要なことだ。
何しろ、陸軍省の人員を生け贄に陣をしかけるような野心家である。
ここで生かしておけば後に禍根を残すことは明白だった。
相討ちででも倒す意味はある。
しかし男と心中なんてことになったら、若菜にどれだけ背中をつねられるだろう。
論理的には誤った推論なのだが、今の現実よりもその想像の方が一馬の背筋を冷たくした。
そして何より、自分はまだ死ねない。
対降魔部隊の若い二人もまだ放ってはおけない。
それ以上に、自分が死んだら破邪の血統はあの子……さくら一人になる。
まだ降魔戦争は終わっていないのだ。
今自分が死ねば、まだ何も知らない、まだ幼いあの子を戦場に……いや、真之介の言ったとおり生贄にすることになる。
それだけは、許さん・・・!
一馬の瞳に炎が宿った。
「京極!」
駆け寄って川面から沈みかけていた京極を引っ張り上げる。
幸い、まだ意識はしっかりしていた。
「何の……真似だ……」
「何を惚けている!あれをしかけてきたのは貴様の部下ではなく、こちらへの攻撃なのだろう!」
この期に及んで、さすがに大佐も中将も関係なくなっている。
「無駄だ……貴様に敗れたこの状態では、術者二人に対抗しきれん……」
なまじその優れた判断能力が残っている分、京極には事態の深刻さが絶望的に身に染みているのだ。
今このとき、自分と一馬の対決に術者を送り込んでこれるとなると、考えられるのはただ一人、高音渚の差し金であろう。
風塵を通して接触してきた術者だが、御しうるものと踏んでいた。
ゆえに宮城の方は高音の仲間の術者に任せて、彼自身はここで帝都破壊のための陣を敷いていることが出来たのだが……
見事な時点で裏切ってくれたものだ。
おそらく、最初から自分を始末する気でいたのだろうが……
素性は不明。ここ二年のことしか知らないが、あの水神水地の弟子としてその優秀さは知っている。
その高音が、おそらく絶対の布陣を敷いてきたに違いないのだ。
今攻撃をしかけてきている術者も、そんじょそこらの術者ではあるまい。
自分が仮に一馬を倒していたとしても、二人がかりなら自分を倒せるというほどの術者のはずだ。
そして、蓄えた力の失われた亜空間ごと破壊されている。
もはや脱出は不可能だ。
ドカッ!
そこで京極は一馬に殴り飛ばされた。
「何……を……」
「京極、亜空間呪法を立て直すことは出来るか」
そこで京極は一馬の瞳の意志に気づいた。
まだ、何一つ諦めていない目を。
「どういうつもりだ。この期に及んで私の求人に応えてくれるということか?」
「私はまだ死ぬつもりはない。おまえを始末したいのは山々だが、今はここを脱出する方が優先だ」
見誤れば、命惜しさに見えたかも知れない。
だが、京極がその向こうに見通して見つけたのは、もっと別の強固な意志だった。
「……今のこの状態ならば、一時的に食い止めることくらいは可能だ」
「それでいい、すぐにやってくれ」
京極はもう、策があるのか、などとは聞かなかった。
呑気に待っている時間はない。
この男の意志に当てられたか、手早く五行陣を描いて対抗した。
一時的にとはいえ、この男を作戦参謀に抱えたような気分は悪いものではない。
亜空間破壊の波が、紗蓮と木喰の意志に反して止まる。
「……まだ、これほどの力が残っていたとはの」
「無駄なことよ、いかな京極でも支えるだけで精一杯。真宮寺一馬の破邪の力でも、空間に対しては何の力にもならないもの」
紗蓮の推察は正しい。
裏御三家の真宮寺一馬といえども、その本質は剣士であり術法は専門外だ。
唯一例外を挙げるとすればその血に秘められた破邪の力であるが、それは魔に対して威力を発揮するものであり、今の状況を打開するものではない。
確かに、その内容は正しい。
ただ、欠落があった。
真宮寺一馬の、霊力から繰り出される剣についてだ。
一馬は一旦鞘に荒鷹を収め、上空を見据えて抜刀術の構えを取る。
「術者に、直接攻撃をしかける気か・・・?」
京極はそれで一馬の意図に気づいた。
「そうだ、そしてこちらに引きずり込めば何とかなるだろう」
無茶苦茶だ。
既に上部は空間ごと消し飛ばされているのである。
攻撃するにしても、それを伝える空間がなければ……
「破邪剣征……」
だが、そのあふれでる霊力に微塵も迷い無し・・・!
「封魔星辰!」
天空へ向けて、流星雨を天地逆転させたかのような光の嵐が「落ちていった」。
存在が、その先の空間を立証する。
無いはずの空間を通り、紗蓮と木喰まで攻撃が届いた!
「私は……おまえが欲しい……」
我知らず、京極はつぶやいていた。
「おまえの力、おまえの剣、おまえの意志……、おまえを部下に、仲間に出来れば、私はもう誰にも止められない・・・!」
一馬は聞こえてはいたが、それにあえて答えることはしなかった。
はいそうですかと応じられることではなかったし、そして、まだ相手を倒しきってはいないのだから。
部屋の中を流星が乱舞する。
床に描かれた亜空間陣へ集中していた紗蓮と木喰の二人は、予想外のこの一撃に避ける暇すらなかった。
「何という奴じゃ……真宮寺一馬……」
だが一馬渾身の一撃もこの二人を一発で倒すことは出来なかったし、再度陣の中に戻ろうとする流れも二人を引きずり込むことは難しそうであった。
流星の雨に撃たれながらも、二人は亜空間破壊の集中を途切れさせることはなかった。
せめて片方でも集中を解けば、京極は押し返せるのだが……
それを、風塵は間近で見ていた。
京極のことだけが気がかりで、真之介によって半死半生にされながらもかろうじてここまでたどり着いた彼は、物影から状況を盗み見るだけでおおよそ事態が推測できた。
京極の腹心とも言える術者は、現在自分と金剛しかいない。
今、図々しくも京極の執務室に上がり込んでいる二人の術者を、風塵は見たこともなかった。
さすれば、敵。
陣の中には、おそらく京極がいるに違いないのだ。
京極が何かしらの危機に陥っている。
普段なら想像だにし得ないことだが、真宮寺一馬と戦った後かもしれないことを考えると、あり得ない話ではなかった。
ならば、やるべきことは一つだ。
流星の吹き荒れる中に飛び込めば今の自分は耐えきれない、という歴然たる事実を頭のどこかが察していたがあえて無視する。
残された全てを振り絞って、流星雨の中に突っ込んだ。
『!!』
紗蓮と木喰の二人にとって、これもまた予想外だった。
いかな二人でも、陣に集中し流星の吹き荒れる中ではその外まで気を回していられなかったのだ。
完璧に捉えた!
「虚空の慟哭!!」
風塵は、自分の身体が絶叫を上げるのもかまわずに、最大奥義を二人に叩き込んだ。
それと同時に、二人を陣の中に引きずり込む。
京極が作った空間だ。
中に入れば、京極の世界だ……。
理屈抜きにそう思っての行動だった。
中にいた二人には、いきなり風塵が二人を引き連れて現れたように見えたが、京極にはそれで状況が理解できた。
「よくやった、風塵!」
中に入れば、もはや向こうも亜空間破壊などやる余裕はなくなる。
京極の、空間を再構成する力が一気に形勢を立て直した。
だが、それを確認する力はもう風塵には残っていなかった。
正真正銘、全身全霊を使い果たして一馬の必殺技の中に飛び込んだのだ。
ただ、京極の叫んだ声だけは聞こえた。
「有り難き……幸せ……」
京極様に誉めていただけた……
この死は、あの方の役に立つ死だ……
最期に、風塵は微かに笑った。
金剛……京極様のこと……頼んだぞ……!
そこで、虚空の慟哭は途切れた。
紗蓮も木喰もかなりの傷を受けたがそれでもまだ十分に動ける状態だった。
むしろ、あの状態で奥義を放った風塵の方が賞賛されて然るべきであろう。
「直接やり合うしかなさそうね……」
「敵ながら天晴れな奴じゃ、まったく……」
木喰は自分の乗る浮遊機械から攻撃機を一個分離させ、落下する風塵の遺体を支えるのに回した。
全力を尽くして戦った者への、せめてもの礼儀であった。
だが、それはそれ。
「行くぞ、浮遊紅葉念舞!」
浮遊機械本体から、さらに大量の小型機械が放たれて大きく展開した。
それら木の葉のような一つ一つが、木喰の霊力を増幅反射する装置であった。
本体から放たれ、無数に拡散した光芒が雨のように京極と一馬を襲う。
だが風塵が考えた通り、この内部に入ってしまえば今の疲弊した京極でも何とか戦えるのだ。
「五行相生……、灯を映す水鏡!」
光芒の大半を、反射光で相殺する。
木喰は即座に命令を入れ替えて、光芒を収束させた。
水鏡が今度は一瞬で蒸発する。
だが京極もおとなしく丸焼きになどならない。
一馬の意識が乗り移ったかのように、今は戦う意志がある。
最大奥義を撃つ力など残っていなくとも、まだ戦えた。
もう一人は真宮寺一馬に任せるしかないか……
図らずも肩を並べて戦うことになってしまったが、まあこれもよかろう!
「五行相克……木々を穿つ楔!」
一方で、一馬は紗蓮と静かに睨み合っていた。
佳人然としたその姿からは遙かにかけ離れた力を感じる。
並の使い手ではない。
一馬をしても、容易には踏み込めぬほどの……。
そこで一切前ふり無しに紗蓮から動いた。
速い!
「覇邪疾走呪!」
閉じられたままの傘の風圧が、研ぎ抜かれた剣よりも鋭利に走る。
それを一馬が弾くまでの間に紗蓮は一気に間を詰めていた。
懐剣が一馬の喉元を狙って突き出される。
地味だが正確な動きだった。
その正確さを逆手にとって、一馬は荒鷹をそれに合わせて弾く。
「見ず知らずの女性にいきなり秒殺されては若菜に申し訳が立たんのでね」
「紗蓮と申しますわ。死までの僅かな一時、お見知り置きを。破邪の血統最後の一人、真宮寺一馬殿」
「何が何でも死んでもらう、ということかね」
「もちろんですわ。あなたは危険すぎます」
艶然とした微笑みから、幼女のような高い声で返答が返ってきた。
それと同時に傘が黒い軌跡を描く。
再び荒鷹がそれを受け止めるが、傘は破れもしない。
質量など無いかのように自由自在に攻撃がしかけられてくる。
無論それに遅れる一馬ではないが、さすがに三連戦の疲労は隠せなくなってきた。
このままでは体力負けする。
そしてそれは、京極も同じだった。
京極の状態を見て取った木喰は遊撃戦法に切り替えたのだ。
無数の攻撃機を自在に操り、接近と撤退を繰り返させて京極に反撃の的を絞らせない。
そして自分はやや離れた場所に居座り、操ることに専念する。
奥義さえ使えれば攻撃機ごと全滅させてやれるものを……。
ちらりと一馬の方を見る。
丁度そこで目があった。
苦戦は向こうも同じらしい。
一馬はそこで閃いた。
「京極!」
叫んだ後は視線で語った。
「よかろう!」
一人ではそこまでの攻撃力を叩き出せないが、二人がかりならどうにかなる。
いや、どうにかする。
先ほど幾度と無く相殺しあってお互いの霊力と技の傾向は解っていた。
相乗させるように働かせれば……
先ほどまで殺し合いをやっていたというのが、二人とも信じられないような行動だったが、お互いの実力は認めあっていると言うことだろうか。
少なくとも京極はそうだった。
「破邪剣征、百花斉放!!」
「五行相生……咲き乱れし精華!」
相殺しあったときの要領で、激突点で霊力が一気に増幅させられる。
まさか先ほどまで戦っていた一馬と京極がこんな真似をしてくるとは思わなかった二人は、何が起こったのか見極めるより先にこれを食らった。
放った方の京極と一馬も、この方法では無傷ではいられなかったが、それを差し引いても有効な攻撃となった。
「ぐ・・・っ!!」
木喰の戦闘機械もこの攻撃で大半がたたき落とされた。
そして紗蓮も木喰も受けた傷がかなり大きい。
「まずい……わね」
反撃に転じようとするも、傘を握る手に力がこもらないことに気づいて紗蓮は愕然となった。
木喰にも、事態の深刻さはよく解った。
そして、その二人の逡巡は一馬と京極にとって勝機と見えた。
不意打ちに輪をかけるように、一馬と京極は互いの攻撃の目標をとっさに取り替えた。
「五行相克……大地を払う黒金!」
「破邪剣征、桜花放神!」
一馬に対する木喰の反応は早かった。
乗っていた浮遊機械を三分割して運動量保存則を活用。
一個をおとりにして、本体と左部分を桜花放神の範囲外に脱出させるという手を取った。
一馬の桜花放神自体も、京極の奥義を打ち破ったときほどの巨大にして広大な威力に比べると攻撃力、範囲共に低下していたのだ。
だが一方の紗蓮は、かろうじて反応したものの、京極の一撃を受け止めきれなかった。
弾かれた傘が手を離れ、高く宙に舞い上がる。
「!!」
「終わりだ!」
余裕の無くなっていた京極は、止めとばかり黒金の剣を振りかぶった。
やられる・・・!
紗蓮が死の予感に襲われかけたとき、木喰の機械から分離した左部分が、京極の剣より早く紗蓮を突き飛ばし、……いや、そのまま捕獲して上空へ舞い上がった。
驚いたのは京極だけではない。
紗蓮もだ。
「木喰!何を!?」
「おぬしは生き延びろ!ここは儂が何が何でも食い止める!」
「むざむざ逃がすと思ったか!五行相克……天を射る・・・」
「させんっ!!」
紗蓮へ向けて炎を放とうとした京極の背を、残された戦闘機械の集中攻撃が襲った。
活動限界時間が一気に短くなるほどの攻撃である。
逆に今度は木喰が、一馬に対して大きな隙を見せたことになる。
「私たち二人を一人で相手とは無謀だぞ!ご老人!」
「この老いぼれの人生の最期に、おなごのために命をかける・・・、男子の本懐じゃ!」
一馬の百花繚乱で戦闘機械の残り全てが掃討されるも、木喰の目はまだ戦意を失っていなかった。
「木喰いぃっ!!!!」
脱出させられる紗蓮は為す術無く、木喰の名を呼ぶことしかできなかった。
その姿が亜空間の外へと消える。
「逃がしたか……、いい覚悟だ、木喰とやら!」
部下の風塵を死なせているため、一人でも倒しておかねば収まらない京極は、接近戦で木喰に斬りかかる。
もはや木喰に戦闘能力は残っていないと判断したのだ。
その判断は正しかった。
戦闘能力は。
「いかん!京極!」
本来敵のはずなのだが、木喰の毒気というか男気に当てられたか、一馬はとっさに叫んだ。
が、これは間に合わない・・・!
木喰はニヤリと笑うと、自分の乗る浮遊機械の制御板の中で、非常用と赤で書かれガラスで覆われたボタンに拳を叩き込んだ。
「しまっ・・・・!」
京極の眼前で機械が……おそらく機関部からだろう、爆発を起こす。
このまま屈してなるものかと、京極は執念で黒金の剣を投げつけたが、次の瞬間、機械全てが誘爆し大爆発となった。
木喰も京極も問答無用で吹き飛ばされる。
「ガハアッ・・・!」
京極はかろうじて意識が残った。
全身に傷を負ったが、何とか死なずに済んだ、というところだった。
一方の木喰は、京極の投げつけた剣が左目に突き刺さっていた。
貫き通すほどではないだろうが、脳まで届いているくらいは深い。
当然、意識無く倒れていた。
「……。終わったと、言うのかな……」
何とも後味が悪いというか、締まらない終わり方に一馬はぼやいた。
まだ荒鷹を握り直す力は残っている。
京極は事実上戦闘不能だ。
今なら、倒すことも容易に違いない。
だが、一馬はわずかに迷った。
元々、京極を倒しに来たものだったし、階下で亡者と変えられた者たちの恨みも晴らしてやりたい。
だが、共同戦線を張った後で今から寝首を掻くというのは……
わずかとはいえ、協力しあって助け合いもすることになった。
魔を狩る者破邪の血統としての意識と、礼節を重んじる剣士としての意識の一部が一馬の中でせめぎ合う。
後々のためには、絶対にこの場で京極を葬っておくべきなのだが・・・!
どうする……。どうする・・・!?
その結論は、結局出なかった。
悩んでいるところに、上空から声がかかったからだ。
「京極様ー!陸軍将校が何人か、命令を仰ぎに来てますぜー!」
「………」
この脳天気な声はあいつだ。
金剛だ。
「将校……だと?」
天笠たちには制圧任務を与えておいたから、今更戻ってくるはずはない。
「……おまえが省の機能を全滅させてしまったから、師団の方から直接命令を取りに来たと言うところだろう」
京極のやったことを思い出し、一馬は顔をしかめたが状況が大体飲み込めた。
遺体は確認していないが、青森陸軍参謀総長もこの省内に引き込んで暗殺したのだろう。
そのため、参謀本部が機能出来なくなっているのだ。
この場は、京極を生かしておくしかない。
不本意ながら、一馬はそう考えた。
省内にいた事務系上級士官は、交代制を考えても半分くらいが抹殺されているのだ。
ただでさえ、粕谷、朱宮の実力者両名が反乱を起こしているという状況で、陸軍の指揮系統は極めて不安定になっているのだ。
これ以上上級の士官がいなくなれば、陸軍は巨大降魔の覚醒を待たずに崩壊するということに思い至った。
無念だが、やむを得まい。
しかし、どこか安堵している自分もあり、一馬は少々自己嫌悪を覚える。
「仕方……あるまい。この亜空間は敵の術者がしかけたもの……ということになる」
唇を噛みしめつつ、一馬は京極に向かって告げた。
京極陸軍中将閣下は術など使えず、敵の術に飲み込まれて彼も暗殺されかけた、という「事実」にすることになる。
この場は、見逃そうという意思表示だ。
どうせ、完治するのに数ヶ月、術法を使っても一ヶ月は病院暮らしは免れないだろう状態まで京極は痛めつけられていた。
「その代わり、入院しようが構わず血反吐を吐くまで働いてもらわねば、この私がその首を落としに行く。いいな、中将閣下」
「……いいだろう」
それは同時に、今後野望めいた動きをすれば即座に暗殺しに行くということでもある。
京極としてもこれは飲まざるを得なかった。
少なくとも、一馬の目がある内は……。
両者とも妥協したわけだが、極めて後味が悪かったことは否めない。
京極が亜空間を正式に解除して、意識のある二人と意識のない一人と遺体一つは、ボロボロになった陸軍省に戻る。
京極が私的に雇った探偵という肩書きで将校に紹介された金剛は、現れた風塵の遺体を抱いて号泣した。
半死半生の木喰を切るとまで叫んだが、京極が止めた。
既に頭がおかしくなっている可能性が高いが、もしかしたら相手側の情報を手に入れられるかも知れないという考えと、工学能力が使えるかも知れないという思惑があったからだ。
一方、将校たちが持ってきた情報は真田診療所での人外な戦闘の報告と、粕谷少将逃亡中の知らせであった。
初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年八月六日
楽屋に戻る。
もう一つの第十話目次に戻る。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代への扉に戻る。