嘆きの都
追憶其の六
第四章 燃えよ、我らが帝都 二



第四章 燃えよ、我らが帝都 一


 朱宮中将が向かった宮城では、近衛軍の方術士団が二重橋付近に結界を全開にしていた。
 半蔵門、桜田門などにも朱宮の軍勢は向かっていたが、主力はやはりここだった。
 方術士団の正門責任者は、春日玲介士団長の後継者と言われる長男春日光介だった。
 攻め寄せる朱宮側を逆賊となじり戦意を低下させようとする一方で、朱宮軍の二度の突撃をここまで防ぎきっていた。

「方術士団の未来は明るいな」

 宮城側の予想以上の抵抗に、朱宮は残念そうにつぶやいた。
 方術士団の優位は、当時陸軍で標準で用いられていた銃剣をある程度無力化できることにあった。
 日清、日露では活躍したこの武器だが、近衛方術士団の団員は銃弾を弾く訓練をかなり受けている。
 気力が抜けた隙でも狙わない限り、遠距離からの射撃はなかなか効かないのだ。
 そして接近戦では、銃口に取り付けられた短剣を振りかざす間に気力を込めた拳と蹴りにやられるという寸法だ。
 まったく通用しない訳ではないが、これは朱宮軍にとって予想以上の劣勢材料となった。
 特に一回目の突撃では、両軍ともに死傷者がかなり出ている。
 更に突撃を繰り返し自分を慕ってくれる兵を無駄に死なせることは、朱宮は断じて許せなかった。
 一度目の突撃失敗後、後方支援隊に軍刀を持ってくるように指示して、二度目の突撃は時間稼ぎ的に被害を最小にするものだった。
 軍刀が届いたところで、帝都日報社と電話局を制圧した秋月少佐から作戦成功の報が入った。

「各自に告ぐ、宮城内での戦いに備え、五百秒で陣営を再編成せよ」

 そう言って、指揮棒をその場に放置して当たり前のように歩き出す。

「か、閣下、何を!?」

 副将をつとめる伊勢大佐が慌てて朱宮を引き留める。
 朱宮が何をしようとしているのかは解る。
 一軍の将がやることではない行動だ。

「心配は要らぬ。平安、鎌倉時代は大将こそ先頭に立ち一騎打ちをしたそうではないか」
「今は太正の御代でございます!」
「それを覆しに来たのだ。恐れることはない」

 この威厳だ。
 春日光介が声高に逆賊と叫ぼうとも、朱宮が持つこの皇帝のごとき威厳の傍にいると、それすらも気にならなくなるほど頼もしい。
 伊勢大佐は説得をあきらめ、損害を受けた軍の再編を急いだ。
 あらかじめ朱宮は主軍を攻撃と守備の二つに分けてある。
 守備軍は、鎮圧に乗り出してくるはずの海軍軍令部などの軍勢を押さえ、宮城内制圧を邪魔せぬことが目的である。
 伊勢大佐は本来この守備軍の全権であったが、指揮力を買って抜擢してくれた朱宮の恩にここが報いるときと思い、全力で思考しつつ声を張り上げていった。



「これで諦めてくれるといいんだがな……」

 士団長である父から正門守護を任ぜられた春日光介は、横で同期の宮本がぽつりと言った言葉に苦笑した。

「まあ、無理だろうな」
「やっぱりそう思うか。これで引くような朱宮さんじゃないよな」
「それなら最初からこんな自体を引き起こさんさ」
「さて、次はどう来る……」

 門の上から侵入者を圧するように見下ろしていた二人は、敵軍の先端が分かれていくのを不思議な表情で見つめていたが、その割れた中央から現れた人影を見つけたとき、さすがに我が目を疑った。

『朱宮中将!?』

 間違いない。
 歓喜の声を上げる下士官たちを後ろに残し、一人悠然と二重橋をわたってくる。
 二人は一瞬の忘我から慌てて立ち直り、念に力を込めた。

「六班まで結界に集中せよ!」

 丁度二重橋の中央で朱宮の足が止まった。
 並の人間なら、これだけの人数の方術士による結界に一人で触ったら吹っ飛ばされるはずなのに、朱宮の姿勢は揺るぎもしない。
 ただ、足を止めただけのようにも見える。

「それでも、侵入を防いでいることは確かだ……」

 宮本に言ったのか自分に言ったのかはっきりしないような言葉を、光介はつぶやいていた。

「光介君」

 ビクッとなった。
 一瞬、誰に呼ばれたのか解らなかった。
 考えなくても解るはずのその声は、昔から聞き慣れてきた朱宮の声だった。
 これだけの距離があるというのに、叫びもせずによく通る声だ。

「結界を解きたまえ」
「な、何を・・・!」

 言い返そうとして光介は、次の句が継げなかった。
 凄まじい圧力だ。
 朱宮は霊力を持っていなかったはず。
 それが言葉と視線……いや、朱宮の姿が放つ意志と存在感だけでこちらの方が吹き飛ばされそうになる。
 若い十代二十代の方術士の中には、既に気絶したりその場に倒れ込んでいる者が続出していた。 光介と同じ三十代後半から四十代の熟練方術士であっても、片膝をついたり脂汗を浮かべている者がほとんどだ。
 横にいる宮本ですら、その例に漏れなかった。

「あの人は……化け物か・・・!」
「それとも、……神か、だ……」

 宮城を守護する者としては納得したくないほどの現実だった。
 誇りに賭けて、光介は声を限りに叫ぶ。

「断る!!」

 その声には、屈しそうになっている仲間たちを鼓舞する狙いもあった。

「我らは必ずやここを守る!いかな貴方でも通しはしない!」

 朱宮には昔から色々と世話になっていた。
 いくつか教えを請うたこともある。
 だからこそ、引くわけには行かなかったのだ。
 結界を維持できているこの状態ならばまだ……

「ならば私が解くまでだ」
「え」

 すうと左右に開いた鞘と柄の間から銀光が溢れ出ていく。
 少なくとも光介にはそう見えた。
 朱宮は抜きはなった剣を榊のように二三度振るった後、斜め上段に構えた。

・・・まずい・・・!

 既に結界を支えている術者は光介を含めても十人に満たなかった。
 後の面々は結界を維持するどころではない。

「ハアアアアッ!」

 一歩踏み込むと共に朱宮の剣が斜め十字に二回、閃いた。

キンッ

 次の瞬間には、朱宮は剣を収めていた。
 まるで時代劇の一コマを思わせるように、鞘に収める音と共に正門付近の結界は粉々に崩れ落ちる。
 光介は、自分が時代劇の雑魚役になったような気分を頭から振り払いながらその余波を何とか耐えきって、横の宮本に声をかけた。

「行けるか?」
「なんとか……するだけだ!」

 これ以上結界を張り直している時間はない。
 二人は正門から飛び降りつつ地上から朱宮に迫った。

「逆賊朱宮、お命頂戴する!」

 無理矢理にでも叫んで、自分の声で自分を支えないと立ち向かうことすら出来そうになかった。
 朱宮中将に霊力はない。
 こちらが霊力を十二分に駆使して戦えば……

フ……

 宮本が放った霊力弾を、朱宮はほとんど姿勢を動かさずにわずかな足捌きだけでかわす。
 慌てて光介も攻撃をしかけるが、二人の連続攻撃でも朱宮に掠りもしない。

 実力差があることは覚悟していたが、まさかこれほどまでとは・・・!

「光介君。守護する者ならば迂闊に動かないことだ。がむしゃらな攻撃は君らの特性を失わせる」

 こちらは全力で戦っているというのに、朱宮は的確な指導をしてくる。

 これが、格の違いか・・・!

 理不尽とすら感じるその差に怒りを呼び起こして霊力を振り絞り、圧縮して剣を作り出す。

「魔物が相手ならその気で萎縮しようが、人間相手では隙が大きすぎる」

 剣を振るおうとした瞬間、光介は空中に吹き飛びながらその言葉を聞いていた。

 つよ……すぎる…………………

 一応峰打ちで吹っ飛ばされたらしいが、地面に転がる前に光介は意識を失っていた。
 それを確認する間もなく、宮本もあえなく昏倒させられていた。
 二人を倒した朱宮は門に向かって命令を下す。

「開門!」

 その命令に逆らえる者は誰もいなかった。



「強ええ」

 その戦いをやや離れた建物の屋上から眺めていた天辰優弥は、賞賛と感嘆、それから自分でも気づかないくらいの恐怖を込めてつぶやいた。
 その周囲には、優弥を含めて悪ガキ六人集と水地に名付けられた五人の仲間がいた。
 帝都の裏に今まで隠れ住んできた彼らだが、闇の者全てに呼びかけた渚の召集に応えて集まったのだ。
 いずれも、人外の力を有するが為に維新からずっと堪え忍ぶ生活を続けていたのだ。
 彼らの仲間には、表の帝都による環境の変化に耐えきれずに死んでいった者も多い。

「優弥……宮城の制圧はあの中将に全て任せてしまって片づくような気がするのは私だけか?」

 一番年長の五樹が、半ばあきれ果てたように問いかける。

「いや、渚ちゃんの予想ではおそらく中将サンを迎え撃ちに米田一基が来るはずだ。そうなると制圧するどころじゃねえ」
「まあいいさ、ともかく結界は開いた。今までどうやっても突破できなかったあれがな」

 過去宮城に潜入を何度も試みたことのある血の気の多い耀次が、突入していく朱宮軍を見て我慢できなくなったのか地上に降りていく。

「中将サンが米田一基と激突するまでは目立たないようにしろよ。あいつとぶつかるとまずいからな」
「禁忌の間に直行すればいいだけじゃないのか」
「どこで待ち受けてるかわかんねえの」

 地図を広げている四方木が尋ねるが、優弥は首を横に振った。

「それに、あそこには春日玲介が待ちかまえているはず。奴にだけは手を出すなよ。俺がぶちのめすんだからな」

 穏和だった優弥の顔に、その名をつぶやいたときだけ怒りが走った。

「言われなくても、奴だけはおまえに任せるしかない」

 座っていた五樹も立ち上がった。

「まずは慎重に禁忌の間に近づいていこう。激突が始まったら優弥が奴を押さえている間に俺たちが宝物を奪取する。いくぞ」

 朱宮軍の後を追って、優弥以下六名が門へ突入する。
 通りすがりに優弥はちょっと考え込んでから、気絶している光介を一回だけ蹴り飛ばして先へ進んだ。


*     *     *     *     *     *


 これは、正解だったな……。

 京極がいるはずの陸軍参謀本部に来たものの、異様な雰囲気が漂っていた。
 一馬が、入るのを一瞬躊躇するほどに。
 それに、静かすぎる。
 朱宮中将が動いたことで、今ここはその対応に忙殺されているはずなのだ。
 青森陸軍参謀長がこちらに来ているという話すらあったというのに。
 嫌な予感……というよりは確信に近いものを覚えた。
 そして、入り口付近の衛兵を見たとき、その確信は完璧なものとなった。

 二人いる衛兵は一馬も見覚えがあったが、うち一人はその場に倒れ込み、もう一人は緩慢な動きで剣を抜いて一馬に向かってきた。

「・・・!」

 死臭がした。
 既に呼吸していない。
 名前は知らないが何度か言葉を交わしたことのあるこの男に一馬が今してやれることは、遺体への冒涜を止めることだけだった。
 霊剣荒鷹を抜き霊力をみなぎらせて、動く死体の額に当てた。

「南無……」

 我知らず一馬がつぶやいた言葉と共に死者は今度こそ動かなくなった。

「京極……反魂の術を使ったか……っ!」

 その声を真之介やあやめが聞いたら心底驚いただろう。
 かつてないほどの一馬の怒りに。

 中も概ね似たようなものだった。
 どこからかかって来ているものか、参謀本部の指示を仰ごうとしている電話の呼び出し音だけが建物に虚しく木霊している。
 その中を、動く死者と動かぬ死者をかき分けて一馬は進んだ。
 これでは、陸軍の指揮系統が立ち直るにはかなりの時間が必要だろう。
 と、つとめて事務的なことを考えるようにした。
 そうでないと、さすがの一馬も怒りの余りこの参謀本部ごと破壊しかねなかったから。
 そんなところに、やや唐突に現れたのだ。その男は。
 いると言うことは確信していたが。

「よおよお、やっぱり来やがってくれたか」

 啖呵を切っているのか喜んでいるのか解らないその声は、やはりあの金剛という男だった。

「おまえか……」

 金剛としては、京極が実験と、それから儀式中邪魔が入らないための警備役として反魂の術をつかったものの、暇でしかたなかったのである。
 亡者共をかき分けてこの男が来てくれたと知って、実はとっても嬉しかったりする。
 だが、静かに自分を睨め付けてくるこのナントカ大佐に、この間とは違う迫力を感じていた。
 同じ静かでも穏やかな静けさではない。
 嵐の前の静けさ、を思わせた。

「へへっ、やっと本気になってくれたらしいな。嬉しいぜ、京極様にはここを誰一人通すなって言われているからな。今度は思いっきりやれる」

 金剛の得物は、刃のない金属製の大剣だった。
 黒光りしているそれは、強度を追求したもののように推測される。
 この男の力なら、刃など有っても無くても当たればほとんど関係ないのは先刻承知だ。
 むしろ、刃が滑ることのないこういった打撃武器の方が特性に合うのだろう。
 だが、そんなことはもはやどうでもいい。
 京極がこの先にいることさえ解ればもはやこの男に用はない。

「どいてもらおう」
「口じゃなくて、その剣で語りな!」

 思いっきり振りかぶりながら、金剛は答えた。
 雑な動きだが、俊敏さがその隙を補っている。
 一馬はかわしもせずに、振るわれた剣に剣をぶち当てた。
 やや八つ当たり気味だと、やってから気づいた。

「うおっ!?」

 自分より遙かにきゃしゃな男が、自分以上かも知れない力で返したことに金剛はやや驚いたが、それは彼の心をかえって沸き立たせた。

「いいぜいいぜ、男の戦いはこうじゃなきゃよお!」
「……うるさい」

 超高速で横薙に振るわれた霊剣荒鷹を、金剛は寸前で受け止めた。
 体つきからは到底考えられぬほどの速さだ。
 だが、対抗する一馬の力も金剛の想像を遙かに超えていた。

「ぐっ・・・・・・!?」

 踏ん張ったつもりだった金剛は、身体が浮き上がったように感じた。
 完全な横薙ではなくやや上げ気味の一撃だったが、それだけで金剛の足は床から離れ、そのまま壁まで一直線にすっ飛ばされた。

ドガシャアァンッ!

「ガアッ!?」

 金剛は何が起こったのか一瞬解らなかった。
 叩きつけられた壁を粉砕して、自分の身体が廊下から部屋の中に転がってようやくどうなったか理解した。

・・・こ、こいつは・・・

 動けないほどではないが、ダメージは否定できないことに金剛は感嘆していた。
 この強さは冗談ではない。
 こちらも、京極がいるこの建物を気遣っている余裕はないと、金剛は勝手に解釈した。

「うおおおおおおおおっっ!」

 大気を振るわせる咆吼と共に金剛の気力が高まっていく。
 身体の中に押さえ切れぬ気が皮膚から立ち上り、陽炎のように金剛はその姿を揺らめかせている。
 もっとも、一馬に言わせれば自分の気の制御がなっていないと言うことだが。
 しかしこの男にはその気による外圧も攻撃手段にする手があった。

 さて、どうするか……。

 一馬は思案した。
 この対決を京極が見ていることはまず間違いがない。
 あまり必殺技を使用して、奴の前で手札を披露したくない。
 だが、さすがに飛車角抜きで戦うとなると無茶な相手ということになる。
 強力な必殺技を一発は使わざるを得ないが、その直前直後の隙を狙われることを一馬は恐れていた。
 金剛だけを見て戦いをしているのではない。

ガシャ・・・

 瓦礫を踏み砕きながらゆっくりと金剛は間を詰めてきた。

「面白れえ戦いだったが、これで終わりだ!」
「自惚れるな」

ギインッ

 二人の剣が激突する。
 今度は互角だ。
 一馬は力の向きを変えて金剛の剣を別方向に流しつつ円の軌跡を描いて第二撃を薙ぎ払う。
 体勢の崩された金剛は、なんと崩された体勢から足を振り上げて、超高速で動いている霊剣荒鷹の腹を蹴り上げることでその軌道を変えた。
 しかしこの程度で体勢を崩す一馬ではない。
 爪先できりきりと体の向きを変えつつ、柄元での打撃を叩き込んだ。
 その一撃を金剛が左手で止めようとするのを見るや、鮮やかに手首を返して刃を振るう。
 避けられないと金剛は判断した。

「ハアッ!」

 命中する寸前に気合を放った。
 刃の当たる場所に気が集中し、嵐のように気流……そう、まさに気流を作った。
 その気流が荒鷹の動きに盛大に逆らってその勢いを削ぎ、当たる身体も鋼鉄のごとく強化されてわずかに薄皮一枚傷つけただけに終わった。

「もらったあ!」

 至近距離から、金剛は気力をみなぎらせて踏み込んだ。
 肩から直接身体をぶち当てるようにして、一馬の身体を吹っ飛ばしに来る。
 一馬が普通の剣士ならば直撃を食らったかも知れない。
 しかし真之介と稽古をしているときに、彼の喧嘩じみた動きにも一馬は慣れてしまっていた。
 直撃を食らう寸前に床を蹴って後方に飛びすさり、威力の大半を殺した。
 だが、ここは金剛の作戦勝ち……いや、戦闘本能が勝ったと言うべきだろう。
 理由はともかく空中に浮き上がった一馬へ追い打ちをかけるようにして・・・

「五行相克・・・、鬼神轟天殺ぅっっ!!」

 真之介なら出来ただろうが、さすがの一馬も空中で大きく身をかわすことは出来ない。
 直撃に近い状態でこれを食らった。
 ついでに付近の壁や柱が砕け散る。
 その破片さえも武器となって、稲妻のような衝撃波と共に吹き荒れた。

「どうでえ!ナントカ大佐ぁ!」

 未だに名前を覚えていないらしい。
 さすがに今の一撃は無傷とは行かなかった。
 身体のいくつかの箇所に傷を作った一馬は、しかしそれほど動きに支障があるわけではなくしっかりと立ち上がった。

「くそ……見た目の割にずいぶん頑丈だな、この野郎……」
「もう一人はどうした?」

 この間、この金剛と京極に遭遇したとき、それとは別にどこからか別の気配が感じられた。
 一馬は、ここにもう一人いると考えて、撃つ直前直後に否が応でも隙を作ってしまう必殺技を使わないようにしていたのだ。
 だが、先ほど一馬が転がった絶好の好機に追い打ちが飛んでこなかった。
 一馬にしてみれば、今の一瞬が一番冷や汗だったのだ。

「風塵のことか?あいつならいねえぞ」
「どこに行ったのだ?」

 予想通りの答えを、念のため確認しておく。
 この男が嘘をつけるほど器用というか姑息でないことはなんとなく解ったが。

「あー、ナントカ言う病院だ。何か手こずっているらしくてな」

 いい加減な説明である。
 しかし一馬はその説明で嫌な予感に捕らわれた。
 もう一人がいないことは確実らしい。
 それは朗報だった。
 こうなれば必殺技を叩き込んでもその隙をこっそりと狙われることがないからだ。

 だが、病院というのが気になる。
 真之介が守っている真田診療所以外考えにくいからだ。
 おそらく、その予想は間違っていない。
 真之介は術法を駆使して診療所を守っているはず。
 だからこそ、粕谷の軍勢を一人で相手できると踏んでいたのだが、相手にも術者が加わるとなるとかなり苦しいだろう。
 そしてもう一つ、京極が粕谷を裏から支援していることも問題だった。
 急いで京極を叩きふせて診療所に戻らねばならない。

 必殺技が解禁になったのだ。
 この男にはとっとと倒れてもらおう。

キン……

 一度霊剣荒鷹を鞘に収める。
 京極の気配はないが、なんらかの手段でここを見ているのは確かなのだ。
 奴に見せてやる必殺技は一つで十分である。
 この後にすぐ戦わなくてはならないのだから。
 一撃で、片を付ける。

スウ……

 呼吸を整え、射抜くような視線を一度瞼に閉ざした一馬に対し、金剛は自分の全身が警告と歓喜で震えているのを感じずに入られなかった。
 こいつは強い。確かに強い。
 これをぶちのめしてこそ、京極の一の配下だ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっ!!!!」

 金剛力士そのもののような形相で金剛は吼えた。
 気が物質化するほど濃密に、金剛の周囲の空間に凝縮されていく。
 ずいぶんと荒っぽいが、霊子障壁と呼ばれる高等防御術だ。
 それを幾重にも重ねて突っ込む気らしい。
 術者としては相当の腕なのは間違いないが、この大雑把さがなんともはや。

「行くぜえええええっっっっっっっ!!」

 正眼に剣を構え、その先端に攻撃的に展開された霊子障壁が集中する。

「必殺、金剛一直線!!!!!!!!!!!!!!」

 さっきの鬼神轟天殺とやらは京極の命名で、こちらの技は金剛自身の命名ではないかという考えがふと一馬の頭をよぎった。
 それでも、金剛に遅れること刹那もなし。

「破邪剣征、桜花瞬閃!」

 抜き放たれた剣に、光すらもわずかに遅れるかのような居合い抜きが大上段から天井を、向かいの壁を、床を、同時と思える瞬間に切り裂いていく!
 そこへ金剛は突っ込んだ。
 砕け散る霊子障壁。
 だが金剛の勢いがその動きを止めさせなかった。

「うおりゃあああああああああっっっっっっ!!!」

 最後の霊子障壁が砕け散るまでに、砕かれた障壁を形成していた膨大な気が一馬を押し潰さんとする。
 だが、さしもの金剛もそこまでだった。
 一閃の直撃を食らい、金剛は立ったまま踏ん張る足の跡を床に長く残して壁まで滑っていった。
 驚くべきことに、背後の壁が切り裂かれているにもかかわらず、金剛の身体に走った傷は胸の肋骨にかろうじて届く程度のものであった。
 しかし、さすがに衝撃は耐えきれなかったのか、がっくりと膝を折りその場に顔面から倒れ込んだ。
 顔面が床を更に割っていたのは呆れるしかないが。

「ふう・・・」

 一応、息を抜いた隙を突かれないように周囲を探ったが大丈夫のようだ。
 さすがに、今の金剛の一撃は効いた。
 身体のあちこちが筋肉痛にも似た悲鳴を上げている。
 だがこれくらいなら何とかなる。
 気絶した金剛をその場に残し、この激突の余波で壊れかけている階段を、一馬はおそるおそる上っていった。




第四章 燃えよ、我らが帝都 三


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年七月二十三日



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