戦慄の扉は開き
追憶其の五
第三章 逢魔が時に会うものは
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側道といっても、高さ、広さともにかなりある。
何かを採鉱することになっても、大型の機械などが使えるだろうと、真之介は漠然と考えていた。
明かりに関しては、壁が光っているのであまり気にしなくて良い。
要は、ここまで足を運ばせられたのだから、何か見つかってくれた方がいいと思ったのだろう。
「どっちに行けばいい?中尉殿」
研究者の一人が困ったような声をかけてきたので、真之介は注意を前に向けた。
ちょっとした広間になっていて、そこから大きい道が二つ、小さい道が一つ伸びている。
「ここから先は聞いていないんだが・・・」
ぼやきながらも、しるしか足跡を探してみると同時に、こっそりと簡単な魔術を使ってみる。
すぐにわかった。
少し下へくだっていく大きな道を選んでいる。
「第一陣が行ったのはこっちのようだな。先にこちらの仕事をすまさせてもらう」
「どうしてわかるのかね」
「何事も経験というやつだ」
答えにもならない答えを返しておくと、ふと、あやめが虚空を見つめていることに気づいた。
「どうした、あやめ・・・」
「真之介・・・、今、声がしなかった?」
「声?先発隊のか?俺には聞こえなかったが」
「違うの・・・」
そう言って、あやめは真之介の服の裾をそっとにぎった。
「何か、呼ぶような、誘うような、声・・・」
「先発隊が・・・」
腹を空かせて叫んでいるんじゃないか、と言いかけた舌が止まる。
あやめの瞳は冗談を言っているそれではなかった。
「亡霊でも出るというのか・・・」
「わからないわ・・・でも・・・」
真之介にしても、あやめが間違ったことを言うはずがないとの確信がある。
「あやめ、おまえはここで待っていろ。何かあったら俺もすぐ引き返してくるから」
「そ・・・、そんなの駄目よ。真之介は目を離したら何をするか解らないもの」
「おいおい・・・」
言ったあやめも、言われた真之介もそこで苦笑する。
その言葉の意味が、別にあることを二人とも分かっていた。
「仕方がない。十分気をつけて行くぞ。出来るだけ俺から離れないようにな」
いつもそうしている、とは口にしないで、あやめはこくりとうなずいた。
「若いですなあ、中尉殿」
「やっっかましいわ・・・・っっ!」
待っていた研究者の一人が、これまで真之介にぜんぜんかなわずに息を切らしていた仕返しとばかりに放り投げてきたセリフに、憮然として答える真之介であった。
小声であったので、内容は聞かれなかったようだが、その代わりにどうやら誤解されたらしい。
嫌な誤解ではないので、あえて否定しなかったが。
それでも、両肩で担いでいたリュックサックを片方だけで担いで、いつでも投げ捨てられる準備をしておく。
その後の先発隊の動きは、ひたすら下へ下へと向かっていた。
一緒にいる研究者たちは、そろそろ調査をさせろとも言わずに、おとなしくついてくる。
下層に何かあると考えるのは、誰でも同じなのかもしれない。
どれくらい歩いただろうか。
ふと、前方がやや暗くなった。
壁の光が無くなったのだ。
魔術で光を作ることもできるが、あまり見せびらかしたくはない。
困っていると、研究者の一人が持ってきたランタンに火をつけた。
「これは・・・」
それまでごつごつとしていた岩肌が、ずいぶんと平らになってきていた。
巨大なヤスリか何かで削ったようになっている。
「誰か、懐中電灯を持っていたら上を照らしてくれ」
ランタンは、構造上、上下を照らすのには適していない。
先ほどの、鉱山会社派遣の男が準備よく取り出した。
「やはりな・・・」
天井部に、大穴があいていた。
「何か解ったの?真之介」
「ああ、地龍の通ったあとだ」
「地龍って、地脈を通るエネルギー?」
簡単に言うと、風水学における大地の活力、生命力のことである。
これは、人間における血液のごとく、うまく循環することで大地の力を維持している。
これが止まってしまうと、大地は生命力を失い、その上にある文明、都市も衰退することになる。
「多少なりとも、人為的に改造されているようだがな。時期を考えれば、江戸建造の時か・・・」
「おーい、中尉殿、何をしているー!?」
考えにふけっていた真之介に、陽気な声がかかった。
見れば研究者たちはずいぶんと先に行っている。
何だかにぎやかだ。
「何だか、元気になったわね、あの人たち」
「ここの高エネルギーをくらって酔っぱらっている可能性もあるぞ。本人に自覚はないかもしれんが」
ちゃんと真之介から離れずにいたあやめは、明かりが離れて少し暗くなった中でなるほどと頷く。
「解っていると思うが、本流には行ってからは気をつけるぞ」
「ええ」
数歩進むと、すぐ地脈の中に入った。
想像はしていたが、かなりのエネルギーだ。
しかし、違和感がある。
地脈にしてはどこかおかしい。
それに、この調子では、先発隊が乗りに乗って、どこまで行っているか見当もつかない。
「手間取るかもしれんな・・・」
「いや、そう手間でもないよ。山崎真之介君」
「!!」
ちょうど、真之介とあやめが一番前に追いついたところで、闇から溶け出すようにランタンの光の中にいきなり男が姿を現した。
「何者だ!」
「先発隊の歴史学者よ。確か、水地助教授とか・・・」
先発隊の名前と写真を覚えていたあやめが解説を入れるが、真之介はその男を睨み付けたままだ。
「・・・何者だ・・・!」
「だから、み、ず、ち、助教授だって・・・、真之介、人の話を聞いてる?」
「ただの助教授が、光もなしに洞窟の中を歩いてこれると思うのか・・・」
言われてあやめはあっと大声を上げそうになった。
そういえば、いくらエネルギーの風下からとはいえ、自分にも真之介にもいっさい気づかれることなくここまで接近してくるとは。
「藤枝あやめ君の言っていることに間違いはないよ。私は本当に、帝大の水地だ」
研究者たちは、歴史学者とは畑違いなので、何が起こっているのか、呆然としている。
もちろん、すでに判断能力を飛ばされている可能性も捨てきれなかったが。
「嘘だと思うなら、心理魔術で判定してみるかね。私は嘘は言っていないよ」
そう言って、初老の助教授はニヤリと笑った。
その言葉は明らかにからかっている口調だった。
真之介が魔術を使えることを、知っている・・・!
「それより、水は持ってきてくれたかね。喉が渇いているのだよ」
真之介は無言でリュックサックから水袋を一つ取り出すと、瞬間的に中の水を劣化させる魔術をかけてから、水地に放り投げた。
受け取った水地はニヤリと笑って、水袋にしばらく手を当てて何かをしてから、それをすっと飲み干した。
「ありがとう。なかなかおいしかったよ」
何もこたえていない様子なので、真之介は歯ぎしりした。
どうやら、浄化してから飲んだらしい。
だが、これでまっとうな人間でないことははっきりした。
「お礼と言っては何だがね。そろそろ歩くのも疲れてきただろう」
水地はすっと懐から光の塊を取り出した。
「!?」
「ここが終着点だよ」
カッ!
一瞬、その光が目もくらむような位強くなり、気がつけば、通路であったはずの場が一変していた。
「幻術か!」
広間だった。
空洞と言うには、少々広すぎる気がする。
そして、明らかに自然でない、呪紋で覆われた数十本の柱がおどろおどろしく並んでいれば、嫌でも。
そして、その広間に散らばっている物がある。
背負い袋、手帳、筆記具、サンプル採集瓶等々。
だが、人の姿はなかった。
どう数えても、第二次隊の人数と、水地しかいない。
「ここは、位置的には日本橋の真下になっていてね」
とまどう真之介らの疑問とはあまり関係のなさそうなことを、講義でも始めるかのように語り始めた。
「帝都・・・、いや、江戸に巡らされた多重陣の一つ、六破星降魔陣の中心にあって、江戸の地脈を制御すると同時に、東海道を通じて、京都までの道中を守護する場所だったのだよ」
水地の説明の、過去形となっていたところに、真之介は確かに憎しみらしき物を聞いた。
「今はもう、旅の起点ではないか」
「うむ、さすがは山崎真之介君。物わかりがいい」
微笑みながら、水地は鷹揚に頷いた。
もっとも、その笑顔はどこか虚構めいていた物だったが。
「ところで、ここにくるまでに何か気づいたことはなかったかね?」
「感じたエネルギーが、地脈の流れにしては自然ではなかったが、それか」
こたえつつ、軍服の中の真之介の身体は、すでに臨戦態勢が整っている。
水地がかもし出している、笑顔の裏に秘めた敵意が、そうさせていた。
霊力を練り上げて、どこから攻撃が来ても反応してあやめを守れる自信がある。
攻撃に転じようとすれば、リュックサックを手放して光刀無形を抜いて斬りかかるまで半秒と要しない。
だが、まだここは斬りかかるべきではない。
せっかく相手がべらべらとしゃべってくれるのだから、少しでも多く情報を引き出す必要があった。
あやめも、何も止めようとしないところを見ると同じ考えのようだ。
あやめが自分の行動を認めてくれているのが、自分にとって心強いことを、真之介はもはや否定しなかった。
しかし、長続きはしまい。
剣山の上に張られた糸の上にでもいるような緊張感を、水地は放っていた。
やつが攻撃に転じた瞬間、こちらは後の先をとり、仕掛ける。
「うむ、まさにそれだよ」
水地はその笑いを少しばかり強めながら続けた。
「本来想定されていた地脈は、江戸の街に対しての物。鉄と、蒸気に、覆われた、東京など・・・・」
「!!」
「本来あってはならんのだよ・・・!!」
声とともに、水地の姿が変化した。
着ていた背広が羽織袴に変わり、穏和だった顔つきが別人のように鋭くなる。
今やはっきりと感じられる妖気がから、何かが繰り出されようとして・・・。
その瞬間、真之介は動いていた。
手放したリュックサックが床に落ちるよりも早く、居合い気味に光刀無形を抜き放ちながら、間を詰めて勢いそのままに、水地・・・もはや、その名前が正しいのかどうか疑問ですらあるが・・・の胴めがけて叩き込んだ。
殺してしまっては話が聞けないが、しかし、胴体を薙ぎ払ってもこいつが死なないという確信のようなものが何故かあった。
その確信は、しかし、別の形で表現された。
「なに・・・っ!?」
いつ現れたのか。
水地の手に剣が出現していて、光刀無形を受け止めていた。
真之介が動き始めたときには、何も持っていなかったのに。
剣をどう取り出したかはともかく、真之介の一撃を真っ向から受け止める膂力は、初老の姿など参考にもならないことを示していた。
「惜しいな・・・」
不意に、水地が口にしたその言葉は、告げるようなものではなかった。
どこか、悲しげにつぶやいたものだった。
・・・・悲しい・・・だと・・・!?
「君が人間でさえなければな!!」
吐くような言葉とともに、妖気が膨れ上がった。
「くっ・・・!」
結界陣を張る魔術を使っている暇はない。
「彩光黄輝・・、光明線衝ッ!!」
光刀無形に霊力を込め、吹き付けられるような妖気を正面から切り裂いた。
むろん、背後にあやめたちをかばいつつである。
しかし、とっさだったので、あやめから離れたところにいた研究者が二人、この妖気流の中に飲み込まれた。
「がっっっ!」
「ぎゃあああっっ!!」
人間の形が瞬時に保てなくなり、絶叫とともに砕け散ったかと思うと、その破片が水地のずっと背後の壁に飲み込まれていった。
「・・・・・・・・・・・・何だと・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
戦場経験のあるあやめと真之介はともかく、こういったことに慣れていない研究者たちは、吐くか、自失しているかであった。
「ふむ、つくづく大したものだ」
そう言って水地は妖力を収め、これまたどこから取り出したものか、鞘に剣を収めた。
顔つきも口調も、元の穏和なものに戻っている。
「今ので全滅させるつもりだったのだがね」
「あまり対降魔部隊をなめるなよ」
こちらは剣を収めるつもりなど無い。
あやめも神剣白羽鳥を構えつつ真之介の横に並んだ。
「そのようだね。君を見くびっていたことは素直に謝らせてもらおう。決して過小評価しているつもりはなかったのだがね。君が私の想像以上に優秀だっただけのことだと思ってくれ給え」
そういって、水地は軽く頭を下げた。
その動きに、隙があっていいはずなのに、どこか、それを許さぬ雰囲気を感じて、真之介は斬りかかれなかった。
しかし、研究者を二人葬っておいて、謝る論点がこれである。
かえって、怒りを覚えなくもない。
しかし水地はそんなことにはお構いなく、顎に手を当てて少し考え込んでいる。
「ふむ・・・、済まないが、どこまで話したかね?」
「東京が本来あってはならんとかいう戯言までだ」
「おお、そうだそうだ」
大げさに手を叩いて納得する。
真之介があからさまに叩きつけている敵意など、まるで気にもせず、またさっきのような笑顔に戻った。
もっとも、前以上に嘘臭さを感じさせる笑顔ではあったが。
「江戸に数百年暮らしてきた者としては、この状況には嘆くより先に憤りを感じてね。事実、私たちの同胞の中でも力の弱い者は、もはや地脈まで汚されたこの街では生きていくことすらできん。かろうじて隠里を作り、息を潜めて暮らすのが関の山だ。無理をしてこの地に止まっても、闇の者として人から迫害、あるいは死を受ける・・・・・」
真之介はそこでようやく気づいた。
あれは、笑顔ではない。
その顔は、笑ってはいない。
その表情は、敵意だった。
その形は、人間をすべて睥睨するための形が、そうなっているにすぎないのだ。
「だが、おまえのような上位妖怪は、人間界に潜り込み、機をうかがっていたと言うことか」
「そう、まさに機だ」
真之介の答えに実に満足したように水地は頷いた。
そこで、その顔が、ほんの少しだけ本当の笑顔に見えたような・・・。
「星龍計画が本格的に動き出したことで、帝都の地脈は大きくその質を変えてしまった・・・・」
星龍とは、空中戦艦ミカサの前身に当たる。
現在建造中のミカサは、計画段階でとん挫していたその計画を引き継いでやっているため、今でも星龍計画と呼ばれる。
無論、軍部の超極秘事項なのだが。
「我々の受けた被害も計り知れなかった。だがしかし、それは同時に我々に好機ももたらしてくれたのだよ。あの忌々しい帝都を、すべて滅ぼせる機会を、ね」
もう、わかってもらえるかな、とでも言うように、斜に構えて横目でこちらをうかがってきた。
その目は、笑っているようにも見える。
そして、瞳は笑っていなかった。
「それが、降魔の出現した理由だとでも言いたいのか・・・・・・・」
真之介の表情はとことん苦い。
反対に、水地の表情はその答えに明るくなる。
「その様子では、薄々気づいていたのではないのかね」
「戯れ言を!」
真之介はもう一度飛び出しそうになったが、ここはあやめが止めた。
逆上した状態では反撃を食らいかねないし、水地が再びしゃべる気になっている以上、ここで話を中断させるのは得策ではないと判断したのだ。
しかし、あやめはここで止めたことを、すぐに後悔することになる。
見ると水地は、残念そうな顔で顔に手を当てている。
「闇の救世主にそんなことを言われては私は悲しいよ」
「は?」
我ながら、間の抜けた声を出したものだと、自分の声を聞いてから思った。
何を言い出すかと思えば、
「闇の、救世主だと?」
「そう、君のことだ。山崎真之介君・・・・!」
その瞳が放った一瞬の迫力に、真之介は飲み込まれそうになった。
その真之介を、横から響いた凛とした声が救った。
「ふざけないで!」
それまで黙って話を聞いていたあやめだが、美しい瞳に今ははっきりと怒りが浮かんでいる。
人外のものと蔑まれ、苦しんだ真之介の姿をよく知っているからこそ、今の水地の言葉は聞き捨てする事が出来なかった。
その声も横顔も、落下しかけた真之介の心を、確実にここにつなぎ止めた。
その迫力に、水地はややたじろいたようだったが、大きく一つため息をついてから、
「ふざけては、おらんよ」
出来の悪い学生に説明するかのように話し出した。
「星龍計画そのものは、計画が消えることこそ無かったが、駆動機関の出力不足という根本的な問題に突き当たって、建造の意味を失いかかっていたのだよ。だから、軍部もそれほど熱心にミカサに予算を注ぎ込みはしなかったし、それによる地脈への影響も、前はそれほどでもなかった」
それほどでもなかった、といいつつも、水地はやや遠い目をする。
それでも、確かに犠牲は出たのだ。
「しかし、霊子核機関という奇跡のような機関の発表が事態を一変させた。空中戦艦が本当に浮かぶ可能性が出てきて、軍部の対応は大きく変わった。ミカサ建造を一刻でも早くしようと、膨大な工事が行われ、そして、帝都の霊的な封印がいくつも壊れた」
その説明に、賞賛するような色を、水地は隠さない。
それが、二人の心に突き刺さることを知っているからこそ。
「河川浄化の法によって、閉ざされたはずの大和への扉が、今、微かに開きかけているのだよ」
大和。
その名前は、知らないわけではない。
しかし、古代近畿地方に政権をおいた朝廷の名で使われたのではないようだ。
その言葉に、不吉な予感を覚えてしまう・・・。
しかし水地はあえてそれは語らない。
もしかすると、彼にとっては失言だったのかもしれない。
それを覆い隠すように、こう続けた。
「すなわち、降魔の出現につながったのだよ・・・!もう、納得してもらえるね、闇の救世主、山崎真之介君!」
その言葉の持つ迫力に、そしてその内容に、反論の術が思い至らなかった。
しかしそこで、水地は少し間を取った。
勝ち誇ったような表情が、やけに落ち着いたものになる。
「計算外だったのは、米田一基中将の結成した対降魔部隊・・・すなわち君たちの存在だ。六尺級の降魔の五体でもいれば、帝都防衛に当たっている陸海軍をあらかた全滅させ、帝都を破壊し尽くすことが出来ると私は考えていた。しかし、現実はこの通りだ」
水地の予想はある意味では正しい。
通常の軍の兵器は、降魔に対しては、人間に対してよりも非常に小さい効果しかない。
人間なら即死するような攻撃を、普通の銃弾で与えたところで、小型の降魔でもまだ人間に襲いかかる余力を十分に残しているのだ。
事実、魔物の出現が増加した直後には、その認識不足のために多くの兵が命を落としている。
そのために、対降魔部隊の結成は必要なものとして了解されたのだが。
対降魔部隊の四人は、ほぼ一対一で二メートル近い大きさの降魔と渡り合うことが出来た。
この戦闘力は、陸軍の精鋭一大隊に相当するとまで言われている。
「このままでは、帝都を滅ぼすことなど出来ん。焦りを覚えた私たちの下に、ある日、朗報が届いた。空中戦艦ミカサの霊子核機関の起動実験が行われると言う知らせだ」
そこで水地は一息入れて、真之介の表情をうかがった。
苦いを通り越して、もはや表情がない。
「真之介・・・」
あやめの声にもほとんど反応を示さない。
それに満足したように、水地は続けた。
「軍内部にいる同胞と、我らに協力する人間と、総力を結集して、ここで儀式を行った。君が作り上げた、あの、霊子核機関の膨大で、かつ闇に近い力を取り込んでね。それが・・・」
水地は悠然と二人に背を向けて、十歩ほど歩いた。
その先には、ついさっき二人の身体を飲み込んだ壁の穴がある。
真之介は、隙だらけのその背中に斬りかかることが出来ず、水地の視線の先を見つめるのみだった。
知らねばならなかった。
あれを作り上げた者として。
そして、出来れば、知りたくなど無かった。
「こいつだよ。・・・わかるかね、こいつの鼓動が」
岩肌の向こうで何かが脈打っている。
生きているとは到底言えない、禍々しい波動。
言われずとも、嫌と言うほど感じさせられる。
「ただ、このままではこいつは巨大な獣に過ぎん。普通の人間をいくら飲み込ませても成長はするが進化してくれないのだ。純潔の乙女や、知識階級の人間なら、少々の効果らしき物は認められるが、これも非効率的だった」
その言葉で真之介は、与えられた任務が果たせないことを知った。
もはやここまでの事態になっては、半ば予測していたし、それ自体はもはやどうでも良かったが。
「そこで、白羽の矢が立ったのが君たちというわけだ」
「何・・・?」
指さしてきたその指が、真之介の目には鋭い矢のように見えた。
「古より継がれし清浄の巫女、藤枝あやめ。日本が誇る天才科学者、山崎真之介。霊力も対降魔部隊の一員として活躍出来るほど。若さとしても申し分ない」
『な・・・っ』
入れる言葉を見失った二人に、水地は畳みかけるように続けた。
「四人まとめてでは、私一人では勝てぬだろうし、万に一つだがこいつが覚醒前に倒される可能性がある。だから米田一基中将と真宮寺一馬大佐のいないこの時期に呼んだのだよ。ばらまいた餌も、全くの無駄というわけでもなかったし・・・」
餌、が何を意味するのか察して、あやめは、少々怒りを覚えた。
ここに、自分たちを呼ぶことになった先発隊のことに他ならない。
しかし、本当にあやめが怒るのはこれからだった。
「断っておくが、この人選をやったのは私ではないよ。君たちは陸軍内部の覚えがあまり良くないようだね。軍内部の方から、君らを始末してくれと言われたのがそもそもの発端だったのだ。まあ、一時的な利害の一致と言うところか」
あやめは、目もくらむような怒りを覚えた。
水地が嘘を言っていれば、確実に見抜ける自信があった。
しかし、見抜く見抜かない以前に、水地はあからさまに本当のことしか言っていなかった。
それがわかったがために、なおのこと衝撃的であった。
軍内部に、帝都崩壊を企む輩と結託して、己の利権を確保しようとする者がいるのだ。
そんな奴に、まんまとはめられてここまで来た。
怒りと屈辱で、気が遠くなりそうだ。
その肩を、そっと押さえる手があった。
いつもと逆の立場に、あやめはかえって安心させられた。
しかし、真之介の顔を見たときに、その安心が、微かな不安に代わる。
真之介の顔から表情が消えていた。
あやめでさえ、何の感情も読みとれない。
その事実が、何より雄弁に真之介の感情を説明していたが。
心底怒っている。
あやめは初めて見たように思う。
何に怒っているのか。
水地に対してか、軍内部の敵に対してか、
それとも、自分に対してか。
おそらく全てだろう。
あやめもそうだったから、わかる。
真之介は、怒るのは自分の役目だとばかりに、あやめを背中にかばって一歩前に踏み出す。
「その怒りも、糧となる」
水地の持つ剣から鞘だけが消失した。
「君たち二人によって、この帝都は灰燼に帰す・・・。魔の手に還る・・・!」
水地はそれまでの講義を思わせる口調から一転、歌うように高らかに叫んだ。
「二人、せめて時をおかず死なせてやろう!」
「させるか」
短く、叫ぶではなく、つぶやくでもなく、彼が未来に決定した事実だけを述べた。
第四章 夜の幕を引く手
初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十年十二月五日
もう一つの第十話目次に戻る。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代への扉に戻る。