戦慄の扉は開き
追憶其の五
第二章 太陽から離れつつ



第一章 とりあえず朝と言おう


 十五人の人間が、昇降機の中で座っている。
 地表から大空洞の上部までがまず長い。
 こんなものをいちいち階段で下りていられないので、真之介は帝都のいくつかの場所に、移動用や運搬用の昇降機を作っていた。・・・もしくは作らされていた。
 浅草十二階に導入の昇降機とは根本的に規模が違うのである。
 動いている時間が長いので、中に椅子までおいてある。

 真之介は、あやめが持ってきた水筒からお茶をもらってくつろいでいた。
 念のため、真之介もあやめも、それぞれの愛刀は持ってきている。
 だが、どちらかというとのんびりしていた。
 あやめの持ってきているバスケットの中には、水筒のほかにも手作りのクッキーなどが入っていたりする。
 この間銀座に行ってから、あやめは西洋菓子に取り組んでいたりする。

 一方で、研究者たちは少々ピリピリしていた。
 第一陣は、帝大の教授や学生らだったが、
 第二陣は、民間企業所属の研究者で、厳密には、あるいはあからさまにライバル関係にある者もいる。
 前回は引率を出さずに、今回は引率をつけた軍管理部の意図がようやく読めた。
 この面々を監視もつけずに入れようものなら、お互いを出し抜こうとして何をするか解ったものではない。

 張りつめた空気がうっとうしくなって、真之介はわざと声を大きめに上げてあくびをする。
 お互い、視線を合わせずにぶつけ合っていた面々は、それで気勢をそがれてしまった。
 真之介は整った容貌の持ち主だが、こういう仕草をすると、年相応のかわいさとも呼べるようなものが見える。
 あやめは、ちょっと口に手を当てて、くすりと笑った。
 それに気づいた真之介も、そっと口元で微笑した。
 苦笑ではない。
 こうやって、あやめが笑っている顔を見るのは、嫌ではなかった。

「よし、そろそろつくぞ」

 特有の重量感があり、かすかな音を立てて昇降機は止まった。
 外へ出ると、空洞の第一層になる。

 ここからは機密領域がほとんどなので、大空洞といっても、全体は全く見ることは出来ない。
 ミカサ建造領域など、言うまでもない。
 ミカサ発進の時も考えてだが、いざというときの防御のために、いくつもの隔壁がもうけられている。
 侵入者がいれば、それを閉じこめることもできるのだ。
 それらの隔壁を管理し、下層との連絡を取ったり、入ってくる人間を検閲するために、第一層の各昇降機には小隊二つ分、十二から十五人の人間が詰めていることになっている。
 ここも、当然例外ではない。

「対降魔部隊、山崎真之介中尉、藤枝あやめ少尉です。管理部から、側道調査隊の救助及び護衛の命令を受けて参りました」

 と、何故かあやめが言う。
 本来なら上官である真之介が言うべきところなのだろうが、真之介よりもあやめの方が人当たりがいいので、二人ともこれでいいと思っている。
 このあたり、どちらも米田の影響が大きい。
 で、当の真之介は何をしているかというと、
 あやめのちょっと後ろで、手にはあやめのバスケット、背中には命令されて持ってきた食料と水を入れたリュックサックを担いで突っ立っている。
 こうしていると、結構お茶目に見えるかもしれない。

 兵士たちは、対降魔部隊との言葉でぎょっとなって、薄気味悪そうに真之介の方をうかがう。
 ミカサ建造の中枢行きへの詰め所なら、真之介のことをある程度知っているのでこんなことはないのだが、あいにく真之介はこれまでここには用はなかった。
 結果、どうやら噂だけが誇張されて伝わっていたらしい。
 何だか不穏になり始めた空気を察したあやめは、

「よろしくお願いしますね」

と言って、兵士たちに微笑みかけた。
 これほどの美少女に微笑まれて気が全く緩まない者はそうそういないだろう。
 強いて言うなら、最初の頃の真之介がそうだったが。
 まあ、それによって、空気がたちまち柔らかくなる。

 兵たちは、あやめの提出した書類に必要事項を書き込んでいき、管理部の書類も処理していく。
 手渡すときに、あやめの手にわざと触れていく無礼者もいたが、このあたりは笑顔を顔に張り付けたままこらえた。
 十五人分の許可を取り、先へ進む。

 詰め所が見えなくなってから、真之介はポケットからハンカチを取り出して、あやめの手を取った。
 あやめがちょっとびっくりしていると、無言のまま何人かの兵士の手が触れたところを拭く。
 ちょっと強引で、いつもより無表情なところが、真之介が少々怒っていることを示していた。
 その手が触れているところが温かい。

「真之介・・・、ありがとう」

 その気持ちが、何より嬉しかった。
 真之介は無言のまま、ぽりぽりと頬を掻いて見せた。



「ここが第三十四側道だ」

 詰め所を経てから、昇降機を使って降りること四回、隔壁を通過すること九回、ほとんど地の底まで降りてきた気がするところで真之介が言った言葉に、研究者たちはほっと一息ついていた。
 半数以上が昇降機酔いにやられていて、その言葉とともに倒れ込んだ。

「直通の、昇降機、という、物は、無かったのか、ね・・・」

 鉱山会社から派遣されてきて、一行で一番重そうな荷物を抱えた男が、文節ごとに呼吸を入れながら真之介に尋ねる。
 昇降機と昇降機の間の隔壁部分を通るときは、自分で歩くしかない。
 そして、昇降機は、動き始めと動き終わるところが一番影響が大きいのだ。
 その上に大荷物を抱えていては、さぞかし疲れたことだろう。
 ほかにも何人か、大荷物を抱えた者がいて、あやめは何度か、疲れたから、と真之介に言って休憩をとっていた。
 もちろん、あやめ自身はほとんど疲れていない。

「ない。ここには大して人間が来なかったからな」

 男が恨めしそうな目で見てくるので、真之介はちょっと付け加えた。

「もっとも、ここで何か発見できれば、直通昇降機を作る認可も下りるだろう」

 この辺は、あやめにたしなめられて場の取り方を少し学習している。
 心理をついた言葉である。
 その言葉に、やややる気を取り戻したのか、休憩がてら研究者たちは持ってきた装備の組立や、点検を行った。
 ここからは昇降機がないので、車輪のついた大型機械も組んでいった方が楽だ。

 あやめの作ったクッキーをつまんで、少し長めに休憩をとったあと、一行はぞろぞろと側道の奥へ入っていった。





第三章 逢魔が時に会うものは


初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十年十二月五日



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