戦慄の扉は開き
追憶其の五
第一章 とりあえず朝と言おう
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さわやかな朝だった。
朝といっても、真之介の朝の定義は正午まで入る。
今朝は午前十時半起床。
早起きは三文の得だという。
得かどうかはともかく、今日は一馬も米田もいない。
魔物の出現がこのところ減っているので、このまま収束に向かうのではないかという空気が漂っている。
それで、ここしばらく帰省していなかった一馬は一時仙台に帰っていた。
また、米田は米田で、念には念をいれたいらしく、昨晩から夜行で京都へ行っている。
二剣二刀に匹敵する武器を所有する名家があるとのことだが、真之介はあまり必要性を感じていなかった。
着替えて顔を洗う動作にも、どこか緊張感が無い。
それを、怠惰というか平和というかは、そのときには解らないものだ。
「出動?」
「というより、救助要請ね」
米田と一馬のいない間の事務処理は、なぜかあやめがやっている。
生活時間帯の問題も大きかったが、実際真之介がやるよりも、あやめの方が仕事が速い。
仕事先も、あやめが行く方が反応がいい。
軍は所詮、男所帯であった。
今朝、陸軍の管理部から来た命令は、これまた緊迫感に欠けるものだった。
「大空洞第三十四側道に調査に向かった学者、研究者、あわせて十二名が、帰還予定時間を過ぎても帰ってこないから、水と食料を持って行って来いって・・・」
「・・・・」
「ついでに、第二次派遣隊がそこまで行くので、引率もやれって」
「仕事を回してきやがったか・・・」
あやめの作った朝食・・・あやめに言わせると昼食なのだが・・・を食べながら、真之介は苦笑いする。
要は、最近出動していないから、おまえらも仕事をしろと管理部は言っているのだ。
少し前までなら不機嫌になっているところだが、まあ、あやめと一緒ならばいいかという気になってくる。
苦笑で済ませた真之介に、あやめはそっと微笑んだ。
ずいぶんと明るくなってくれたと思う。
思ってから、それは、自分も同じかと今度は心の中だけで笑う。
自分の作った食事を、真之介と二人で囲んでいる。
その光景が連想させるものが何か、自分が連想しているものが何か、それを否定してしまうほど、子供ではなかった。
「第三十四側道ねえ・・・」
大空洞の中は、確かに魔物が出現することがある。
一応、命令の名目は、魔物の出現する領域なので、おまえらが行けと言うことなのだろうが、そんなことを言い始めたら、帝都のどこにでも魔物は出現している。
むしろ、大空洞の中での目撃例の方が少ないくらいかもしれない。
真之介はミカサ建造に関して、大空洞をある程度調べていた。
並の人間には、いや、そうでなくても、魔物以外の要因でも危険なことが多い。
複雑に入り組んだ側道や、崖のように重なった空洞の接続領域など。
ただ、彼らの行ったところはこれまでに魔物の出現報告はない。
そのあたりは、大空洞の管理部も莫迦ではないと言うところか。
そして大空洞は、確かに学問的興味をそそられる場所である。
地表近くの関東ローム層とは違って、非常に安定した地質となっている。
もちろんそうでなければ、空洞の上に帝都があって無事であるはずがないが。
一般の火成岩とも、堆積岩とも違っている不思議な岩石で出来ていて、蛍光物質と放射性元素を含んでいるのか、かすかだが光っている。
真之介は鉱物学は専門外なので深くは調べはしなかったのだが、大方軍は希少金属の発見を当て込んで調査隊を送り込んだのであろう。
4d金属のいくつかでも発見できれば、おもしろいことになるのだろうが。
「第三十四側道は、大空洞の最下層近くに入り口があるそうよ」
「行っているのは、地質学者か、鉱物学者か」
「それと、歴史学者。人数比は4:6:2ね」
歴史学者というのはよくわからないが、大体想像通りの内容らしい。
帰ってきていないと言ったところで、魔物に襲われているよりは、何かの発見をして調査が長引いているか、側道の奥で迷っている可能性の方が高い。
「迷子になっていないといいんだけどね。結構複雑みたいよ、ここ」
どうやら、あやめも同じことを考えていたらしい。
「まったくだな、俺は側道のいくつかが富士の風穴までつながっていたとしても、たぶん驚かないぞ」
真之介も、いくつか側道を調べたことがあるが、延々どこまで続いているのか解らないままの側道がほとんどだった。
それを考えると、先へ進みすぎて帰ってくるのが遅れている可能性もある。
やれやれ、とでも言うように、真之介はため息をついた。
「一日仕事になりそうだな。出発は何時だ」
「あなたが食べ終わって落ち着いたら、すぐ」
にっこり笑って、あやめは答えた。
第二章 太陽から離れつつ
初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十年十二月五日
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