誓いの封印 追憶其の二 |
「うーん、やはり駄目か・・・」
帝国華撃団副司令となる藤枝あやめ中尉に、霊子甲冑三色スミレを動かしてもらおうとしたのだが、ピクリともしなかった。
「米田中将も、藤枝中尉も霊力値は十分あるのになあ」
自分たちの英知の結晶を、財閥令嬢の一言で鮮やかな三色に塗る羽目になり、トホホな気分を引きずりながらも、神崎重工の技術者たちはめげない。
しかし、今回の結果は芳しくなかった。
「やはり、というのはどういうことかしら?」
霊子甲冑用に開発された戦闘服を着たまま、あやめが尋ねる。
このままでは、自分はこれからの戦いの前線に立つことができないということになる。
今回の実験結果に、一番落胆しているのは実は彼女なのだが、それは表には出さない。
「いえ、中尉の霊力の型がね、霊子甲冑の主要部である蒸気機関との動作統合をする精製霊子水晶の伝達管に合わないんですよ」
「霊力があっても、それと合わない人が結構いるんです。この間も・・・、清流院中尉だったけ?規定値はかろうじてあったんですけどね」
霊子甲冑は、元を正せば純粋蒸気機関による人型蒸気である。
その出力は、人間よりも遙かに高いが、いかんせん、機敏性や反応性、そして何より対魔戦闘への適応がなってなかった。
それを根本から覆したのが霊子甲冑理論である。
すなわち、人間の持つ霊力と蒸気機関の出力を合わせて極めて高い出力を得る一方、精神と直結する霊力による制御で、生身の人間と同等以上の反応性を出せる。
かつ、霊力と、蒸気機関で用いる水との適合性によって、対魔防御および攻撃力を有する。
ここで言う伝達管は、操縦者の纏う戦闘服に接続され、操縦者の霊力を操縦と出力につなげる重要機関である。
「私の霊力の型に合うような伝達管に変えたら動くのではないの?」
あやめの言葉はもっともな話である。
しかし、技術者たちは一様に黙りこくってしまった。
「一体どういうことなの?」
「作れないんですよ。この型以外は・・・」
その言葉は、技術者にとっては敗北宣言である。
つぶやいた技術者の表情が苦渋に満ちていたのも無理はない。
「ドイツのノイギーア社の連中は、これを独自に作ろうとして二年無駄にしたそうですよ」
「今、私たちが使っているのは、既にあるたった一つの作り方だけなんです。研究している技術者もいますが、全然進んでいないのが現状です」
そう言った技術者はため息と共に記録用紙の束を投げ出した。
「じゃあ、それの作り方を考えた人は・・・」
あやめは、もしやという思いがあった。
神崎重工にその技術が来ている以上、開発者は日本人ということになる。
あやめは、それだけのことが出来る日本人技術者を、たった一人だけ知っていた。
それは・・・、その人は・・・、
「山崎真之介特務少佐です・・・・・・・・」
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「真之介、ご飯持ってきたわよ」
この一週間、真之介はずいぶんと熱心に研究室にこもっている。
しょうがないので、あやめは毎食を研究室まで運んでいる。こんな夜遅くの食事はあやめの手作りである。
「ああ、すまん、そこに置いておいてくれ」
顔も上げずに言葉だけ返事をする。
猛スピードで鉛筆と小型演算機を動かしている所を見ると、計算の真っ最中らしい。
小型演算機は、算盤に少々の関数機能を持たせた物であるが、真之介が使うと大型蒸気演算機以上の計算速度を叩き出せる。
「そんなこと言って、また冷めるまで食べないんでしょう。口だけでも動かしてよ。はい、あーん」
「俺は子供か」
文句は言いながらも口は開ける。食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐり、すぐに舌先に感覚が広がる。
「どう、おいしい?」
「・・・まずくはない」
真之介の答えに、あやめはふふっと笑みを漏らす。
面と向かって旨いと言うのが照れくさいだけなのだと解っている。
真宮寺大佐がこっそりと教えてくれたのだ。「あやめの料理が一番旨い」と叫んでいたと。
その証拠に、次の口が開いている。
「はいはい」
食べながらも計算速度は落ちない。
消化に血液が回る分、少しくらいは落ちそうなものなのだが、この男は例外であるらしい。
「はい、これでおしまい」
「ごちそうさま」
ぶっきらぼうでも、その言葉があやめは嬉しかった。
食器を片づけてきてから、人外の速度で動く真之介の計算と設計らしきものを、横でそっと見守る。
こういうときの、何かに取りつかれたように真剣に打ち込む真之介の表情があやめは好きだった。
「よし!終わったぞ!」
「はい、お茶」
見計らっていたような間の良さで真之介の目の前に茶碗が差し出される。
立ち上る湯気と微かな香りが、疲れた頭に心地よい。
「ん、すまん」
一口含むと舌に広がる微かな苦味が頭をすっきりとしてくれた。
歴史ある藤枝家の長女とはいえ、このあたりの知識はあやめの教養と言うより趣味ではないかと考えてしまう。
「ところで、何の設計計算をしていたの?」
「ん?ああ、これか」
別にこれは機密に関わるわけではないので、見せても構わなかった。
どうせ、これは・・・。
ぎっしりと計算式の書き込まれた横に、膨らんだ鎧のような図が描かれている。
「これは、人型蒸気?」
米国は南北戦争以後、各国が重要な戦力として開発をし始めているのが、蒸気機関で動く強化型の鎧、「人型蒸気」である。
内部に人間が乗り込んで動かすのだが、蒸気機関の出力によって非常な高馬力が得られ、かつ身を守る鎧となる、はずであった。
現実には出力が安定せず、また敏捷性に欠けるなど、戦場においてまだまだ信頼性のおける兵器とは言えなかった。
この当時、日本でも神崎重工が人型蒸気を研究していたが、民間における高出力を要求するところに使われているぐらいだった。
「基本は確かにそうだがな、これは、あえて言うならそうだな・・・、霊子甲冑とでも呼んでもらいたいものだ」
「りょうし・・・、かっちゅう・・・?霊力で人型蒸気を動かそうって言うの」
「いや、霊力と蒸気機関の併用だ。水という物体は本来霊力との親和性がかなり高いからな」
そう言って、お茶の表面に少し波を立たせる。
立ち上る湯気がすっと、渦を巻いて舞い上がった。
「理想状態では20割を越える出力が出せる計算だ。まだ草案の段階だが、こいつは・・・」
あやめの手にしている書類の一枚を軽く指ではじく。
「乗る人間の霊力次第で、どこまでも強くなる、ある意味では究極の霊子甲冑になる予定だ」
「霊力が足りなかったら?」
「それなりの出力になるだろ。これは理想状態の追求機だから、ほぼその霊力に比例する出力になる」
確かにずらり並んだ式の一部は単純な一次関数になっている。
「究極と言っても、他の出力は考えられないの。例えば、霊子核機関とか・・・」
ふっとあやめが漏らした言葉に、真之介の表情が少し険しくなる。
それを見て、あやめの表情が珍しく、しまった、というものになる。
「あやめ・・・、ミカサの資料を読んだな」
「ごめんなさあい。この間あなたがここで居眠りしていたときに、ね」
十代半ばの少女らしい顔で手を合わせて謝る。
真之介は今、軍部最高機密である空中戦艦ミカサの技術顧問も兼任していた。
その資料も、この部屋にはずいぶんある。
真之介はおぼえたての呪術でこの部屋の入り口に簡易的な結界を張ってあるので、並の人間は入っては来れないようにしてあり、一応の機密性は持たせているが、対降魔部隊の人間ぐらいの霊力があればほとんど素通しである。
まして、ちょくちょく来ているあやめならば、見られていない方がおかしいかも知れない。
自分の迂闊さに舌打ちしながらも、あまり腹は立たなかった。
「ま、口外するなよ」
「わかってるわ。それより、質問に答えて欲しいんだけど」
答える前に、真之介は一旦お茶を飲み干した。
意を察して、あやめは茶碗にもう一杯お茶をつぐ。
熱いお茶を少し飲んで、真之介は口を開いた。
「あれはな、危険なんだ」
「危険?」
「確かに、出力を追求するだけなら、霊子核機関を小型化して、なおかつ都市エネルギー・・・つまり地脈の力だな・・・あれを取り込めば相当の力は出せるだろう。それは俺も考えた」
ずらり並んだ資料から、どうやらそれに関するらしい書類を取り出す。
「だがな、詳細に検証してみると、あまりにも周囲からの力を取り込みすぎて、暴走しかねんのだ。最悪の場合、あたりに強い妖力が満ちていたら、それが操縦者に逆流して、操縦者の属性を反転させてしまう可能性もある。諸刃の刃と言っても、危険が大きすぎるのさ」
「・・・、それじゃあ、ひょっとして、同じ霊子核機関を使っているミカサは・・・」
あやめの顔が蒼くなった。
「あれも、問題だな。あんなものを建造してどこにどんな影響が出るかわからん。お偉方にしてみれば、ここまで金をつぎ込んで後には引けないんだろうが。作っている手前で言うのも問題だが、これでも少し出力を制限するように仕掛けてある」
そこまで言って真之介は、わかっているな、と言うかのようにあやめに目配せする。
背筋に冷たいものが走るのを感じながら、あやめはうなずき返した。
「やっぱり、これに私たちが乗れるようになるのが一番いいのかな」
真之介が究極と言う霊子甲冑の草案図を、頼もしそうな目で眺め直してあやめがつぶやいた言葉を聞き、真之介の表情が一瞬だがいままでで一番険しくなった。
椅子から立ち上がって、実験棚から鉛筆より少し太めの水晶柱を十本取り出した。
「これ何?綺麗ね」
「霊子甲冑の部品の一つだ。悪いがちょっと実験につき合ってくれ」
「へえ、もう部品を作っているんだ」
「試作段階だ」
なんだか、いつもの実験の時にも増してぶっきらぼうな言い方であったが、あやめはさほど気にしないことにした。
「どうすればいいの?」
「手に持ってくれるだけでいい。一馬と米田で試したらそれで出来たから」
持ってみると、力を加えたら容易に変形するくらい柔らかい代物だった。
一本目は、触っても何も反応しなかった。
「次、持ってみてくれ」
「いいの、これで」
二本目は、触れた瞬間にぽおっと光った。
そんな調子で十本を片づけていく。
「なるほど、よくわかった」
光ったのは6本、光らなかったのが4本だ。
「あとは俺一人で出来るから、おまえもそろそろ寝てくれ」
お茶を飲み干し、茶碗をあやめの持ってきた盆に乗せる。
時計を見ると午前二時を回っている。
あやめは軽くため息をついた。
「あなたもね。睡眠時間はとりなさいよ」
何度言ったかわからない言葉を一応かけておいて、あやめは部屋を出ていった。
足音が聞こえなくなって、十秒、二十秒、三十秒。
確認してから、真之介はようやく肩の力を抜いた。
一馬と米田での実験結果をまとめた紙を取り出し、さっと目を通すと、資料をさらにいくつか取り出した。
それぞれには、どうやらこの水晶柱の作成手順が書かれてある。
「これが合格か・・・・・・・」
そうつぶやいて、あやめが触れても「光らなかった」うちの一本でなおかつ一馬にも米田にも反応しなかったものと、その水晶柱の手順書類だけを抜き出した。
そして、それ以外の資料に火をつけ、残りの水晶柱を粉々に砕いた。
「あやめ・・・、おまえがこれに乗って戦うことはない・・・。米田も、一馬も・・・・」
これを使った伝達管ならば、彼らの霊力属性が逆転することでもない限り、霊子甲冑は彼らには動かせない。
これを完成させれば、あとは、自分さえ強くなればいい。
これが完成すれば、戦場に出るのは自分一人でよくなる。
仲間たちを、戦場に連れ出さないで済むのだ。
「さて・・・、寝るか・・・」
珍しく、あやめの言うことを素直に聞いて、その夜真之介は早々に寝ることにした。
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「不思議だ・・・、旧式の機体なのに、霊力の変換効率がいい・・・」
「光武はええ機体や。今のウチらの霊力なら、光武でも十分戦えるで!」
天武から降りざるを得なくなった花組だが、光武に乗り換えたというのに、最上位の降魔兵器を相手にまったく引けを取らなかった。
これならば・・・、いける・・・!
大神は、自分の身体そのもののように霊子甲冑を扱っていた。
「よし!いくぞみんな!」
目標は武蔵の中心部。
その前には、光刀無形を携え闇神威に乗った鬼王、京極の術に操られた真宮寺一馬がいるのだ。
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