あるいはそんな未来 クサさむSS寄稿 仮想未来 |
このSSはきりんさんの企画「くささむシリーズ」に寄稿したものです。
この作品の設定はサクラ大戦本編とは異なる、あり得なかった未来です。
設定の原典は桜嵐氏の名作「真宮寺一馬」によります。
設定の使用を快諾してくださった氏に心より感謝申し上げます。
「さくらくん、監督がどこに行ったか知らないかい?」
「山崎さんですか?いえ、今日は朝から見ていませんけど……」
「困ったなあ。備品の書類にハンコを押してもらいたいんだけど」
困り顔で大神はぽりぽりと頭を掻いた。
米田は支配人室から高いびきが聞こえてくるので、確実に昼寝をしている。
それで副支配人である山崎を探していたのだが、彼としては珍しいことに地下の研究室にいなかったのである。
「紅蘭も知らないって言うし……、あとはあやめさんに聞くしかないか」
「あ、でも大神さん。あの二人ここ数日……」
「あ、そうだった」
副支配人の補佐……とはいいつつも、実際は仕事の七割をこなしているあやめと山崎とは、普段は非常に仲がいいのだがここ数日変なのである。
いつも素っ気ないというか、どうとも感情を見せることの少ない山崎であるが、ここ数日あやめを妙に避けていた。
喧嘩でもしたのではないか、というのが花組の乙女達のもっぱらの見解である。
ただ、すみれはちょっと違った意見を持っていた。
「あれは、喧嘩ではありませんわ」
「あれが喧嘩でなくて何だって言うんだよ」
昨日の夕食の時に、いがみ合うくせに何故か一緒に食堂で夕食を取っていたすみれとカンナの会話である。
「単に少佐があやめさんを避けているだけですわ。というよりも、何か隠していますわね」
「んー?浮気でもしたのかあ」
冗談を挟みつつも、そういう可能性をカンナは実際には欠片も信じていなかった。
降魔戦争のころからずっと連れ添ってきたあの二人の仲の良さは、誰もが納得している。
「明日はあやめさんの誕生日ですからね。プレゼントを既に買い込んでいて隠しているのではなくって?」
「団長なら、あやめさんへのプレゼントを自分でつくっちまわねえか?」
「……それもそうですわね。プレゼントを作るのに失敗したとか……」
「紅蘭じゃねえしよ」
「ウチがどうかしたって?カンナはん」
「……という話が昨日あったんだけどね」
解説しているのはもちろん由里である。
それにしても、夕食時なら既に帰宅していてもよさそうなものだが、何かあるときは情報収集のためなら残業すら惜しまないというのが由里らしい。
「そういえば副支配人なら朝から出かけるっておっしゃってましたけど」
大神に「はい」と伝票の束をおしつけて肩の荷が下りたのか、かすみが思い出したように言った。
なお、山崎にとっての朝は大体午前十時から十二時くらいという定義である。
公演日以外はいつもそうだ。
ということは、すでに出かけてしまっている。
「なんだ……それじゃあやっぱりあやめさんに頼んでハンコを代行してもらわなくっちゃ」
言いながら大神の手元で伝票が次々と片づけられていく。
速い速い。
「私たちもあやめさんを待っているんですけどね。帰宅する前にプレゼントをお渡ししなきゃいけないから」
「あれ?あやめさんもいないの?」
神業的な速度で伝票を片づけて、大神がなんだあという顔をする。
「じゃあ仲直りして二人揃って出かけたのかな?」
「いえ、あやめさんは三時過ぎにアイリスをお昼寝させてから出かけられたって椿が言ってましたよ。なんでも、結構おしゃれしていたとか」
「ええ?それって二人してデートじゃないの!?」
こういうこととなると由里は目が輝く。
「でも、それにしては時間が違いすぎないかしら?」
「うーん、喧嘩続行中のまま誕生日かあ。あんまりネタにならないわねえ」
そういう問題だろうか、というツッコミが頭をよぎった大神だが、由里が怖いのでそれは言わないでおく。
帝都の中心から鉄道を乗り継いで二時間とちょっと。
房総半島の先端近い海岸にあやめの姿があった。
穏やかな波の音が幾重にも重なり、少し高みから時折カモメの声が聞こえてくる。
ゆるやかな夏の光景であった。
そこにいるあやめの姿も、その光景にふさわしいものだった。
いつも帝劇内で着用している色気のない制服ではなく、白いワンピースに同じ色のつばの広い帽子。
元々若く見えるあやめだけに、こういう格好をすると二十歳前くらいに見える。
髪型もいつもとちがう、帽子の中は短いながらポニーテールになっていた。
遊泳場でもないへんぴな場所なので人の姿はほとんど、というか全く無い。
それでもあやめはさして気にすることもなく、手にした地図を参考にしてのんびりと歩いていく。
やや傾きかけた太陽を目を細めつつ眺めて、おおまかに時間をはかる。
少し、遅刻してしまった。
でもいいか、という気がする。
遠くから少し大きめの波の音が聞こえてきたのに合わせて、口元が自然にほころんだ。
更に進んでいくと、やがて視界の全角度に水平線が映るようになってきた。
その先に、ようやく人影が見えてきた。
それが彼女をここに呼びだした人物であることは間違いなかった。
少し帽子を深めにかぶって、ゆっくりと近づいていく。
顔が解るくらいになって、帽子を上げた。
こちらも、いつもの格好ではない。
いつもならば乱れ気味の銀髪を丁寧にセットして、なんとスーツなぞ着込んでいる。
一瞬、誰だろうと思ってしまったくらいに、似合っていない。
どんな顔をしてあの服を買ったのやら。
顔と言えば、この暑い中スーツを着込んでいるというのに汗一つ額に浮かべていない。
無表情に拍車がかかっている。
たとえるなら、決闘前のガンマンみたいな表情だ。
こいつのこんな顔なんか、初めて見た。
よくわかる。
がちがちに緊張しているのだ。さすがのこいつでも。
でも、それはおあいこ。
あやめも実は緊張していた。
この数日のこいつの態度から、ここに呼んだ理由はもう解っている。
一緒に肩を並べて戦っていた時の方が、よっぽど緊張しなかっただろう。
「真之介……」
自分の口からでた声とは思えないくらい、震えていた。
そこで、お互い沈黙してしまった。
繰り返し、急かすように響く波の音。
人間の姿が珍しいのか、時折近くまで飛んでくるカモメたち。
どれくらいそうして見つめ合っていたのだろう。
緊張しているのに、お互い目を離すことが出来ない。
気がつけば、日に照らされているあやめの頬が微かに赤くなってきていた。
二つの意味で。
風の向きがすっと変わる。
その風に後押しされるようにして、彼は、真之介は足を踏み出した。
一歩一歩に途方もないくらいの勇気を必要とした。
ちゃりっちゃりっと、真之介の足の下で小石と砂が音を立てる。
二人の距離がゆっくりと縮まっていく。
丁度、光刀無形を持っていたらその間合いとなる距離で真之介の足が止まった。
そのことに気づいて、あやめは心の中だけで笑う。
口元は、動かなかった。
彼女自身も、顔がこわばっていたのだ。
そうして一呼吸、二呼吸、三呼吸。
真之介はポケットから小さな箱を取り出した。
一度、つばを飲み込んでから、
「……結婚してくれ」
という言葉と共に、その箱を開けた。
一際大きな波の音が、また響く。
中には、プラチナの指輪が一つ。
傾きかけた日の色につられて微かに赤く輝いたそれは、なるほど、真之介が自分で作ったものらしく至ってシンプルなデザインだった。
それでいてあやめの好みにもあうような作りになっている。
きっと、普段は見たこともないような美術本などを読みあさり、思いっ切り悩んで作ったのだろう。
「ええ……」
胸の奥から、うれしさがこみ上げてきて、顔がくしゃくしゃになりそうだ。
駄目。
もっと、いい顔で笑わなきゃ。
うれし泣きしてしまいそうな自分をかろうじておさえつつ、その箱ごと指輪を両手で受け取る。
そのとき真之介の手とあやめの手が絡まった。
もう、限界だった。
指輪と共に真之介の胸の中に倒れ込む。
幾度と無く自分を守ってくれたその腕が、自分を包んでくれた。
今まで何度か抱きしめられたどのときよりも、暖かかった。
「ずっと、待って……たん……だから……ね……」
帽子が風に舞い上がり、お互いの顔を遮るものが無くなる。
徐々に赤く染まっていく世界の中で、二人の顔がゆっくりと近づいていった。
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