過ぎ、そしてさらざる思い出
真之介誕生日記念 追憶前章


 最初は、何だかいやな奴だった。

 隊長である米田中将、一児の父である真宮寺大佐は、確かに貫禄があったし優しかった。
 でも、初めて挨拶したときあいつは、ニコリともしなかった。
 かなりの美男子なんだろうけど、その分かえって冷たさが強かった。
 自分の容貌に自信がなかったわけじゃないので、ちょっとだけ誇りが傷ついた。
 どうせ私は遊び慣れていない箱入り娘ですよ。
 色街に行けば、女には不自由していないんだろう。
 少し軽蔑混じりに考えていた。
 そのとき私は気づいていなかった。
 家にいたときには絶対にするはずの無かった考えを、あいつが持っている雰囲気に触れただけで出来るようになっていた自分に。
 既に私の心はどこかで動かされていた。

 次に、よく解らない奴になった。

 対降魔部隊に同年代の男の子がいると聞いてから、私なりに期待していたことがある。
 近代都市帝都東京をあちこち案内してもらおうと企んでいたのだ。
 家にいた頃、こっそり流行雑誌を読んでその変化に驚きつつも憧れていたのだ。
 モガとモボの、流行の先端を行く恋愛模様。
 いくら陸軍の特殊部隊に入るからって、私だって年頃の女の子なんだぞ。
 少しくらい夢見てたっていいじゃない。
 中将が、仕事に慣れるまではのんびりやりなと言って下さったので私は街に出ることは出来た。
 ただし、一人で。
 だって、あいつは昼過ぎまで寝ているんだもの!
 夕方くらいまでは黙って何かの本を読んでいることが多いし。
 その頃私はまだ、あいつが朝帰りしているんだと思って疑っていなかった。
 はしたない考え方をしているのに、あいつに当たっている自分にも気づいていなかった。
 そんな気分で街に出ても楽しくない。
 憧れだったはずのモボに声をかけられ誘われても、男なんてみんな一緒だとひねくれて断ってしまった。
 あんまり何人にも声をかけられるので、そのうち一人投げ飛ばしてしまった。
 こんな目に遭うのも、みーんなあいつが悪いんだ!

 もしかしたら凄い奴なのかもと思った。

 少しずつ仕事に慣れてきて、執務室にいることが多くなった。
 そんなある日、あいつに来客があった。
 笑い声の大きな変なおじさんだった。
 しっかり夕方に来ているあたり、一応あいつのことを知っているらしい。
 案内した後で、何を話しているのかすっごく気になった。
 きっとこの後どこかに遊びに行く算段をしているんだろう。
 でも、それならすぐに出かけているはず。
 どうしても知りたくなって、お茶を持っていく名目で部屋に入ってやることにした。
 考えてみると、男の子の部屋にはいるなんて生まれて初めてだった。
 ノックして入って、私は圧倒された。
 汚い、ということもある。
 ただ、生活用品が転がっているんじゃなくて、呆れるほどたくさんの本と書類とそれからなんだかよく解らない機械。
 寝る場所なんか、机の下にしかないじゃない。
 私はお茶だけ置いてすぐに退散することにした。
 二人の話が、まったく分からない単語の連続だったのだ。
 これでもしっかり勉強していたつもりだったので、私は落ち込んだ。
 後で大佐に話を聞いたら、よく解らない機械の中に自動お茶入れ器があったらしい。
 持っていった私が馬鹿みたいじゃない。

 ちょっとだけ、あいつが解ったような気がした。

 ともかく、夜遊びをしているんじゃないことは納得した。
 じゃあいつもいつも何をしているんだろう。
 考えてもわかることじゃない。
 さんざん悩んで、結局あいつが何かしているところを見るしかないと思った。
 夜こっそりと、明かりが漏れている部屋に近づいてみる。
 でも、気配は消したつもりだったのにあっさりあいつに見つかった。
 真夜中に男の部屋に来るなんて、どう思われたんだろう。
 何も言えなくなっている私に、あいつは特に気にした様子もなく言った。
 お茶を入れろって。
 ひょっとしたら襲われるんじゃないかとまで思って震えていたのに拍子抜けしてしまった。
 少し怒ったような口調で、自動で入れる機械があるんでしょうと言い返したら、あいつは機械を見てから言った。
 おまえの入れた茶を飲んでから、不味くて飲めなくなった。責任をとれ。
 なんて理屈だろう、と怒るのが自然だと思う。
 でも、そのとき私は素直に頷いてしまった。
 あいつが初めて、私とまともに話をしてくれたんだから。
 私は、嬉しかったんだ。
 Thank you.
 お茶を渡したらこちらを見もしないで英語が返ってきた。
 何をしているのか見てみたら、英語の論文を読んでいた。
 思考回路が英語になっているらしい。
 私だって、英語は十分操れる。
 でも、書いてある内容はさっぱり解らなかった。
 electronがどうのとか、複雑な数式とか。
 あんまり熱心に読んでいるので、思い切って聞いてみた。
 それはいったい何なの。
 そうしたら驚いた。
 あいつは本当に楽しそうに、素粒子物理学の解説をやってくれた。
 難しかったけど、あいつは丁寧に教えてくれた。
 でも本当は、私はあんまりそのときの内容を覚えていない。
 頭の中に残っているのは、初めて見たあいつの楽しそうな顔。
 あいつに言わせれば簡単な、講義が終わって帰るときに言われた。
 また茶を入れに来てくれ。
 後になってからわかったけど、あいつなりに絶賛してくれていたんだ。

 だけどそのまま素直に行く訳がない。

 きっかけは、あいつの一言。
 下級の魔物が現れたと報告があって、私にとって初めての出動。
 だけど、あいつが嫌がった。
 女を戦場に行かせられるか。
 元々ぶっきらぼうだから、慣れてなかった私には軽蔑されたように聞こえた。
 男女差別者、明冶の化石、むっつり助平。
 何とでも言え。
 あいつの返答が、これまたどうしようもないくらい簡潔。
 口論なんざやってる場合かと中将が怒っても聞き入れない。
 結局、私はお留守番。
 ただし条件をつけてやった。
 帰ってきたら私と勝負しろ。
 あいつのことを、少しでも解ったような気がした自分が莫迦だった。
 これでも、二剣二刀を継いでいるのは実力なのだ。
 後でぎゃふんと言わせてやるんだから。

 そんなわけで、喧嘩というか試合というか。

 あいつがちょっと怪我をして帰ってきたので、勝負は数日後。
 でも、どうしてあいつの手当を私がやらないといけないんですか、中将。
 まあ、私を連れていけば怪我しなかったのにとか言ってやったけど。
 数日経って、場所は陸軍の鍛錬室。
 得物はとりあえず竹刀というおきまり。
 本当は素手の方が得意なんだけど、剣の戦いで納得させてやらなきゃ。
 実際剣を合わせてみると、一応それなりの腕はある。
 でも、これくらいなら、私の方が強いじゃない。
 思い切り竹刀を飛ばしてやった。
 どうだ、みたか。
 勝手にしろ。
 負け惜しみのように言うと、あいつはすたすたと出ていった。
 もうちょっと悔しそうにしてよね。

 本当にいけすかないのはその後。

 魔物の出現報告が増えてきた。
 それもただの魔物じゃない。
 降魔という、明確な敵意を持った特別な魔物。
 戦闘能力はこれまでの下級の魔物の比じゃない。
 明確にいつ始まったといえるわけじゃないけど、今年、降魔戦争が始まった。
 それでも、街は今のところ平静を保っていた。
 私たちは個々に分かれて、結構まめに降魔を倒している。
 小型の降魔ならなんとかなる。
 それが、油断だった。
 出動要請が出たときに、丁度みんな出払っていて私一人だった。
 私一人でなんとかなると思っていた。
 そうしたら、出てきたのは中型降魔。
 人間とほとんど同じ大きさで、堅いったらもう。
 それ以上に、攻撃力が強烈だった。
 私はほとんど防戦一方。
 自惚れていた。
 世の中、上には上がいる。
 剣を弾かれて、降魔の爪が迫って来るのを見ながら、私はぼおっとそんなことを考えていた。
 馬鹿野郎。
 そっけない毒舌とともに、私の身体は移動していた。
 気がつけば、あいつの腕の中。
 軽々と私のことを抱き上げているんだもの。
 恥ずかしさより先に、見上げたその顔に見とれてしまった。
 そこでおとなしくしていろ。
 馬鹿にされたような形で、私はひょいとはしの方に放り出されていた。
 ちゃんと着地出来るように投げてくれたけど。
 お荷物扱いはないでしょう!
 聞こえないように、あいつは一人で中型降魔に向かう。
 壮絶だった。
 光刀無形を振るう一方でいくつもの魔術を使い、中型降魔と互角に戦っている。
 私とやりあったときのあの動きは何だったのよ。
 ようやくそこで、思いっきり手を抜かれていたことに気づいた。
 気づかなかった私も馬鹿なんだけど。
 腹が立ってきた。
 このままお荷物扱いされて黙っているもんですか。
 弾かれた神剣白羽鳥を拾い、右横から降魔に向かって斬りつけた。
 あいつとやり合っている最中に防御している余裕は、さすがに中型降魔でも無かった。
 ひるんだところで光刀無形が一閃する。
 どう、と降魔が倒れたところであいつはさらに炎をかけて焼き尽くしてしまった。
 振り返って、何か言ってくるかと思ってちょっとびくびくした。
 顔に、怪我はしてないな。
 意外にも、言ったのはそれだけだった。
 自分は降魔の爪で何カ所か傷ついているのに。
 なんだか、自分が単なるお嬢さんのように思えてしまった。
 私、こんなに弱かったっけ。
 帰る途中あいつの怪我の応急手当をしながら、自分で自分がわからなくなった。

 なんだか、可愛いところもあるんだ。

 出撃回数が増えてきた。
 昼と言わず夜と言わず、いや、夜の方が出現率は高い。
 広告に載っている、夜更かしは美容の大敵なんて宣伝文句が恨めしい。
 私も疲れたし、みんな疲れていた。
 ただ、あいつだけはそのさらに例外。
 出撃が重なっていても、実験の手を緩めないんだもの。
 いくらあなたでも倒れるってば。
 高熱を出してうんうん唸ってる。
 あんまり可哀想だから、降魔掃討はお二人に任せて私は専属看護婦をやってあげることにした。
 感謝しなさいよ。
 ずいぶん年上のような気がしてたけど、こうしてみると私とあんまり変わらないんだってわかる。
 こうなるとさすがのあいつもおとなしかった。
 氷水を換えるのも、お粥をつくってやるもの私なんだから。
 ふてくされたように、時々わがままを言うけど。
 考えてみれば自分でも驚くほどの時間、あいつと一緒にいた。
 最初はかみ合わなくても、ぽつぽつと話すこともある。
 それで、ようやくあいつのことがわかってきた。
 本当は、不器用なだけ。
 あいつ自身は最初から優しくしていたつもりだったとわかったときは、思いっきり笑った。
 しばらく、すねて口聞いてくれなくなったけど。
 あいつが戦場に復帰できる頃には、真之介語が全部理解できるようになっていた。

 それから、二年と半分くらい。

 あいつの傍にいて、あいつが傍にいてくれて。
 戦いの連続。
 でも、あいつと一緒に生きているって実感があった。
 いつ死ぬかわからない日々だからこそ、私たちはわかりあえた。
 約束した。
 帝都を守ってもう一度、平和になった街を歩こうって。
 それなのに、全てが終わったとき、あいつはいなくなっていた。
 死ぬはずがない。
 あいつが死ぬはずがない。
 約束したんだから。
 だから、私はこの帝都を守ることにした。



 太正十二年。

「Happy birthday・・・」

 相手のいない、五回目の誕生日。
 花組の子たちには内緒でこっそりとケーキを買ってきて、ろうそくを立てる。

「あんまり、感心しないわよ・・・」

 これ引く三が、私の歳。
 ろうそくに火を灯しながら、ちょっとつらい。

「待ってるんだから、ね」

 揺らめく炎を見つめながら、何故か私は、もうすぐあいつに会えるような気がした。




初出、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年六月六日





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