紐育の悲しき三角関係
第一節
轟華絢爛第一巻反逆小説
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「おのれおのれおのれおのれおのれおのれ、帝国華撃団!!!」
その有様、まさに嵐のごとし。
荒れ狂う白銀の羅刹の怒り様をひややかに眺めながら、叉丹は詩でも作るかのように思った。
とはいえ、放っておける状態でもなかったりする。
「羅刹!気持ちは解らんでもないが落ち着くのじゃ!
このままでは天海様にも害が及ぶぞ!」
手近にあった脇侍数体を素手で鉄クズに変えてしまった羅刹にいささか色を失いつつ、ミロクが叫んだ。
落ち着くのじゃ、の声にキッとミロクを睨み付けた羅刹であったが、天海の名が出たところでさすがに怒りの体現を止めた。
単に、矛先をわずかに引いただけだということは、その表情が何より雄弁に物語っているが、それでも一応おさまったと言えるだろう。
先の戦いで黒之巣会は、死天王の一人である蒼き刹那を失うという大敗北を喫した。
マリア・タチバナの情報を握ることで彼女を人質に取り、隊長の大神まで罠にはめたという報告が入った後の敗北に、聞いた瞬間は叉丹も、天海すらもさすがに驚きを隠せなかった。
天海は気分を害したらしく引っ込んでしまい、今はこの場にいない。
残された三人の中ですぐに冷静さを取り戻したのは叉丹である。
もとより、黒之巣会がつぶれることは予定内の事項なのだ。
刹那は築地の封印を解く儀式は終えてから死んでいるので、まあやることはやってくれたと言うところだろう。
蒼角の機体実験データが完全には回収しきれなかったのが、痛手と言えば痛手である。
一方紅のミロクは、初対面の頃から刹那羅刹兄弟とは妙に気があった。
叉丹に対しては四六時中反目しているのとは正反対である。
今も、どうしてかはわからないが、同志の敗北という悔しさ以上の哀しみを心の中に抱え込んでいて持て余していた。
わき上がってくるような想いに、暴れることも出来ずにいるが、これでも嘆き悲しんでいるのだ。
人前で涙を見せるつもりがないだけで。
そして羅刹だ。
外見からは誰も信じないであろうが、彼は刹那の実弟である。
その怒りと哀しみは壮絶なものであった。
異形故に迫害され、やっとたどり着いた安住の地をも、家族とも呼んだ仲間とともに失って五年以上。
この帝都に復讐してやることを兄弟二人で誓い、やっと、やっと願いが叶うまであと少しと言うところまで来たというのに!
「ゆるさん…………」
怒りがそのまま形になったような羅刹の声が低く低く響く。
「……叉丹殿、兄者を殺した奴が誰かは御存知か?」
口調は丁寧だが、その声には感嘆するほどの威圧感があった。
叉丹でさえ、返答を逃げられないほどの。
「おそらく、マリア・タチバナだろう。蒼角が爆発寸前に活動限界を超えた低温下に置かれた警報を発進している」
「マリア・タチバナ……」
ギリッと羅刹の歯が鳴ったかと思うと、羅刹はその場に土下座した。
「ど、どうしたのじゃ、羅刹!?」
「叉丹殿……、どうか貴殿の知恵をお借りしたい!
そやつを八つ裂きにしても飽きたらぬ!
この悔しさの半分……いや、せめて十分の一でもそやつに味わわせてから、それから死をくれてやりたい!
そやつの魂までも引き裂けるような良き策を、なにとぞ授けていただきたい!」
普段なら馬鹿馬鹿しいと断るところであるが、さすがに言葉の一つ一つに抗い難い迫力がある。
叉丹は少し考え込んだ。
どうせ六破星降魔陣の完成まではまだ時を要する。
一方で密かに進めている不動の開発研究もあまり順調ではなかった。
気分転換に余興につき合うのも悪くあるまい。
「心得た。おまえの怒りにつき合うことにしよう」
「かたじけない!」
「しかし叉丹よ。どのような策があるというじゃ」
どこか悔しさをにじませつつミロクは、尋ねると言うよりも言ってみろとでも言うような態度で聞いてきた。
「幸い、刹那はマリア・タチバナに関して面白い報告を残してくれている。
策などいくらでも見つかるさ」
刹那の私室には歴史書や兵法書、それに心理学と言った分野の本がずらりと並んでいる。
理工学書と魔術書の並ぶ叉丹の私室とはある意味で正反対と言えるだろう。
また蔵書とは別に丁寧に整理された調査書もあった。
達筆である。
叉丹は、ちゃんと背表紙に「マリア・タチバナ調査書」と書かれてある冊子を、感嘆しながら取り出した。
「刹那はロシア時代の過去をついてマリア・タチバナを呼び出したようだが……、同じ手は使えんな。
ニューヨーク時代の過去を使うとしよう」
「反魂の術を使われるのか」
「一番効果的だろう」
実は羅刹は召喚術を修めるなどこれでなかなか頭が切れるのである。
兄の刹那がさらに知性派だったので、自分の役割を心得て動くことが多かったのだが。
叉丹は今更ながらそのことを思い出していた。
復活させるのに手頃な死人がいないかぱらぱらとめくっていく。
「ふむ……バレンチーノフ、か。こいつにしよう」
面白い人物を見つけた。
刹那がどこからかっぱらってきたのか知らないが、賢人機関の紋章が入った文書である。
情報の信憑性は高そうだ。
「そやつはマリアとどのような関係なのじゃ?」
「ロシア時代、マリア・タチバナのいる部隊を貴族側に売って自分だけ助かり、ニューヨークでは求愛したものの拒絶されて、あげく罠にはめようとして失敗し、マリア・タチバナ自らの手で殺された男だそうだ」
「…………どうしようもない男じゃの」
ミロクは呆れ果てたように素直な感想を述べた。
「なるほど、それは面白い。叉丹殿、すぐにでもお願いいたす」
叉丹にとってはもう慣れてきた術である。
このような最上位の外法をあっさりと使ってみせるあたりに、ミロクは叉丹の底知れ無さを感じずにはいられないのだが、天海をも蘇らせたこの男の術は信用こそ出来ないものの、信頼性が極めて高いことは間違いない。
五行を逆順に配した陣の中で、叉丹の詠唱が続く。
ミロクも羅刹も、叉丹が術に失敗すると言うことは考えてもいなかった。
だが、それが起こった。
「む?」
カッと叉丹が目を見開いた瞬間、陣が音を立てて吹っ飛んだ。
「さ、叉丹殿!ご無事か!?」
軽傷を負ったものの、この程度で倒れる叉丹ではない。
しかし、仲間をこれ以上失いたくないと言う意識が羅刹をうろたえさせていた。
「……問題はない」
いくつかの意味を重ねて叉丹は言った。
「フン、貴様でも失敗することがあるのじゃな。失望したぞ」
失望した、と言いつつ、ミロクの口調は安堵した以外の何物でもなかった。
何もかも完璧な人間などいてたまるものか。
「……失敗したのではない」
叉丹が言い訳らしいことを言うのもまた珍しいと思ったミロクである。
「バレンチーノフは、既に何者かの手によって生き返っている」
『何!?』
「既に生き返っている者を蘇らせることは、論理的に不可能だ」
呼び戻すべき魂が無いのだから道理である。
「もう一つ面白いことも分かった。
現在奴は太平洋上にいる」
「日本に向かっていると?では蘇らせたのはアメリカの術者ですか」
「十中八九そうなる」
陣が吹っ飛んだときに傷ついたのか、すうっと血が滴る右手を見つめながら叉丹は考えた。
このまま何もせずに傍観というのも、出し抜かれたようで気分が悪い。
羅刹の怒りが少し移ったようだ。
「では?」
「先ほど資料を読んでいたとき、面白い人物がもう一人いた。
ボードヴィルと言って、バレンチーノフの罠からマリアをかばって死んだそうだ」
さすがに抜かりの無い叉丹の行動に、ミロクは舌を巻いた。
この男の頭の中は一体どうなっておるのやら。
「そんな男を蘇らせてしまったら、マリア・タチバナの味方をしてしまうのでは?」
「心配は要らぬ。反魂の術で蘇っても魂はそのままではいられぬ。
こちらの命令に従わせることも十分に可能だ。
だからこそ外法であり、帰魂ではなく反魂の術というのだ」
「なるほど、死んだ恩人にあ奴を狙わせるのですな。
さすがは叉丹殿」
羅刹は手放しで喜んでいるが、ミロクは叉丹の言葉にどこか引っかかりを覚えた。
魂が……変質するだと……?
それでは……、それでは天海は……!?
「では、改めて始めるとしよう」
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初出、SEGAサクラ大戦BBS 平成十一年十二月二十九日
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