光の後継者
二万ヒット記念御礼



「由里はん!ウチが嘘と納豆が死ぬほど嫌いなんは知っとるやろ!何でそんな嘘言うんや!」

 キネマトロンのスピーカーが壊れんばかりの声が事務室に響き渡る。
 今年に入って実用化されたものとはいえ、このキネマトロンは紅蘭の発明品にしては珍しく爆発しない。
 そして、爆発しない紅蘭の発明品は、すべて傑作であるのは帝劇にいる誰もが認めるところである。
 キネマトロンがおかしいのではない。
 キネマトロンの向こう・・・花やしき支部にいて叫んでいる少女・・・紅蘭の声がそれだけ悲痛だったのだ。

 話すべきではなかったかも知れない。

 由里にしては珍しく、うわさ話を広げたことをほんの少し後悔した。
 しかしいみじくも紅蘭が言った通り、紅蘭が嘘を嫌っていることを、同期で入ってつきあいの長い由里はよく知っていた。
 黙って、隠し通そうとすれば、いずれ嘘をつかねばならなくなる。
 ならば、真実を告げることにしたのだ。

 親友なのだから。

「由里はん、あんたにそんな嘘言うたんは誰なんや!とっちめたる!」
「・・・米田長官ご自身よ」

 画面の向こうの紅蘭の表情が止まった。

「長官が言ったのよ・・・。葵叉丹の正体は、元帝国陸軍対降魔部隊所属、山崎真之介特務少佐だって」

 そして、彼がもう一度帝撃の前に立ちはだかり、最後に鬼王と名乗る男によって殺害されたことを付け加えた。
 紅蘭は、瞬きすらしなかった。
 聞き終わって、最後にもう一度だけ、

「嘘や・・・・・・」

 そうつぶやいて、通信を切った。




「やっぱり、言うべきじゃなかったんじゃないかしら」

 ため息と共にかすみの手が肩に乗せられた。。
 その重みが、由里にはかえって心の重みを少しでも肩代わりしてくれるように感じられた。

「でも・・・黙っておけないわ・・・。いずれ情報は届くんですもの。それなら、私が言わなきゃ・・・」

 うわさ話を広めたというのに、こんなに疲れることは滅多にない。
 噂を仕入れて広めるのは彼女のライフワークと言っても過言ではあるまい。
 それでも、中には知りたくなかった真実があることも確かだ。
 たとえば、昨年末に消えたある怪盗の行く末とか・・・。

「紅蘭は、あやめさんに花やしきでお世話になっていた頃から、山崎少佐の業績を追い続けてきたのよ。翔鯨丸にしたって、光武にしたって・・・」

 紅蘭が「ほんまもんの天才」と呼んでいたただ一人の工学者が、山崎真之介だった。
 帝撃に残されていた最後の資料が五年以上前のものだというのに、その研究内容は今でも紅蘭以外の人間には追随すら許さぬものなのだ。
 紅蘭は、大陸にいたころ憧れていた飛行機の人と同じくらい、山崎少佐を尊敬していた。
 是非一度会ってみたい。
 紅蘭がそう言っていたのを、由里は何度も聞いていた。

 そう、実際には、何度か会っていたと言うことになる。
 帝国華撃団の宿敵として。




 花やしき地下工房では、近々花組に参戦する新たなアイゼンクライトの整備が最終段階に入っていた。
 ここまで来ると、もはや紅蘭でなくても何とでもなる整備だ。
 だが、紅蘭は一度とりかかった霊子甲冑の整備は最後までやることにしている。
 それは、彼女が機械たちに注ぐ愛情故でもあり、霊子甲冑というものを発明した偉大な先人への敬意でもあった。

「あやめはん・・・」

 ようやく今日の整備が終わり、紅蘭は工房の一角にある自分の研究室で大きくため息をついていた。
 作業をしていても、まるで気分が乗らなかった。
 整備ミスをしでかしてしまうような紅蘭ではなかったが、工房の仲間から具合が悪そうだと指摘されたことは否めない。

 もう一度ため息をついて、研究室を見渡す。
 度重なる自分の実験によって、壁のかなりの部分が変色している。
 多くは爆発によって発生したスミであるのだが、その汚れを落とすための洗浄剤の開発でもまた一二度失敗して汚している。
 繰り返していく内に、元の色とは変わってしまった。
 あやめに申し訳ないと思う。
 一度たりとて咎められたことはなかったとしても。



「ホントに、ここを使ってええんですの?」

 神戸のパーシーの元で修行した後、あやめに連れられてこの花やしきに来て最初に案内されたのがここだった。
 およそ、科学と名のつくもの全てに対応しているのではないかと思われるような研究室であった。
 最新式の設備・・・というものを越えている。
 当時世界ではまだ実用段階に達していない、机上の論理であった実験器具まで揃っているのだ。
 霊子計、シルスウス鋼の小型精錬器、超紫外線(X線)発生装置、顕微鏡や真空ポンプも相当の代物だ。
 如何にパーシーの研究室でもここまでの設備はない。
 おそらく、世界中探してもここにしか無いようなものが揃っているのだ。

「ええ、機械は使わなければ死んでいるのと同じ・・・。そして、あなたならこの研究室の使い方を決して間違えないと思うの。だから、ここはあなたが使って」

 あやめの口から返ってきた言葉は許可ではない。
 そのときの紅蘭には意味が分からなかった。
 そして、そのときあやめの顔に浮かんでいた表情もわからなかったのだ。



 研究室をもらって使っていけばいくほどに、この研究室を前に使っていた人が、これだけの設備を作り整えた人が、どんな科学者なのか気になった。
 あやめに尋ねても、たいていは寂しそうな微笑みが返ってくるだけ。
 それでも、気になった紅蘭は何度も尋ねてみた。
 その微笑みに秘められた想いが解るには、紅蘭はそう言う意味でまだ子供であった。
 根負けしたのか、時々あやめはふっと少しだけ語ってくれるようになった。

「あの人が初めて楽しそうに話してくれたのは、論文の説明をしてくれたときだったわ」
「何でもかんでも、一人で片づけようとして、一人でやろうとして……、ホントに不器用で……」

 決まって、どこか文句を言っているような言葉ばっかりだったが。
 でも、そのことを話すときのあやめは、他のどんなときよりも綺麗に見えた。

 自分の憧れでもあるあやめが、そんな風に話す人。
 だからこそ、紅蘭は一度も会ったことがないその人物に憧れた。
 どんな科学者だったのだろう。
 どんな発想で、どんな研究をしていたのだろう。
 花やしきに来てからの紅蘭は、自分の研究と共にその人を追いかける日々でもあった。

 高速輸送車両轟雷号。
 飛行船翔鯨丸。
 そして、霊子甲冑光武。

 設計草案……というよりも、ほとんど設計図をなぞるように作り上げていった。
 どう工夫しても、それ以上の物が作れなかったのだ。
 特に霊子甲冑だ。
 桜武、三色スミレをもって、神崎重工の技術者たちはようやく霊子甲冑を実用化出来る目処が立った。
 しかし、現実に実戦配備する霊子甲冑となると、その難しさは数段跳ね上がった。
 現実に、あやめや米田と言った霊力所有者が霊子甲冑を動かせないという奇妙な現象にぶち当たったりもした。
 その苦戦の中で、紅蘭は神崎重工の技術者から初めて霊子甲冑の発明者の名前を聞いた。

 山崎真之介特務少佐。

「そう……、聞いたの」

 あやめに確かめると、あの寂しそうな微笑みとともに肯定のうなずきが返ってきた。
 それを知り、紅蘭は何が何でも実現させたかった。
 追いつきたかったのだ。
 しかし、絶望的な日々が続いた。
 紅蘭が何十枚目かの設計図を破り捨てたとき、あやめが一冊のファイルを持って来た。

「これは、五年前にあの人が書いたもの……。霊子甲冑の理想の姿と言っていたわ。参考になるかも知れない」

 それは、紅蘭の常識を凌駕した設計図だった。
 蒸気併用霊子機関の特性を踏まえた上で、特に戦闘に要する出力系が、蒸気力と霊子力とを直結して相乗作用をもたらすようになっている。
 そして、人体構造を外部から補強するような駆動系は、確かに甲冑と呼べるものであった。
 紅蘭は、これを元に設計図を作り直そうとして……あきらめた。
 これを書いた人間は正真正銘の天才だ。

 後に、花組隊長となった大神に光武のことを尋ねられたときに答えたのを、大神は謙遜と受け取ったかも知れない。
 だが、紅蘭にとってはまさしく真実であった。
 だからこそ、それを越えたかった。
 自分が持っていたパーシー直伝の人型蒸気技術を最大限に利用して、後に言う集積回路を作り上げた。
 論理演算の集合体であるが、霊子増幅器を組みこんで、さらに機関出力を倍に上げた新型霊子甲冑神武は、紅蘭にとってあこがれの結集であった。
 だが、その神武はわずか二ヶ月で実戦から離れることになった。
 帝都が平和になったこともある。
 しかしそれ以上に、紅蘭は神武の設計の無茶を嫌と言うほど解っていた。
 あまりにも高出力を求めた代わりに、機体が持たなくなっていたのだ。
 聖魔城の戦いで、大神の神武は崩壊した。

 あのとき、何者かの声が聞こえてきて、その声に従って紅蘭は神武に無理矢理な改造を施して使用した。

「神威を使え。基本設計は何一つ変わらない。使用可能な部分を全て集めろ」

 そう、聞こえたような気がした。
 敵将葵叉丹の操った魔操機兵神威。
 その内装を開けてみて、紅蘭は度肝を抜かれた。
 霊子核機関を搭載していたこともあるが、確かに光武の設計とほとんど同じであった。
 偶然と片づけるには、あまりにも不可思議なまでに。

 そのときに、予感のような物はあったのかもしれない。
 だが、それと決めつけるだけの証拠はなかったし、正直それが怖くもあった。


 大神のいない太正十三年を生身の戦いでくぐり抜けたものの、内外が霊子甲冑の必要性を訴えてきた。
 紅蘭は、もう一度たどってきた道をたどることにした。
 もう一度素直に光武に向き合ってみたのだ。
 一年半。
 その年月は無駄ではなかった。
 絶対とも見えたその設計にも、改良すべき点がいくつか見えた。
 明冶神宮で破損した光武を元にして改装した光武・改である。
 特に、ドイツのノイギーアから送られてきたアイゼンクライトと比較したときにも引けを取らなかった。
 いや、どこか……、それを遙かに凌駕する何かを感じた。
 親の欲目、とでもいうのかと、それは気のせいと思ったが。



 そして、紅蘭の意識は再び太正十四年の五月に戻ってきた。
 あやめと話したかった。
 あやめは、このことを知っていたのだろうか。
 全て知って、あの人に会えて逝ったのだろうか……。
 あやめと、山崎真之介に会いたかった。
 無理だ。
 二人とも、もういない……。

 ふと。

 思い出したことがある。
 あやめは、どこからあのファイルを持ってきたのだろう。
 あれはまさしく、あの人の設計した文書だ。
 捨てたはずはないのだから、どこかに、保存されているはず……。
 そう考えて、次々と思いだした。
 この花やしき支部は、本来あやめが支部長だったのだ。
 支部長しか入れない所もいくつかあった。

 今は支部長はいない。
 工房責任者の紅蘭と、表の花やしきをしきっている風組の隊員たちで共同管轄している。
 権限上は、入ることが出来た。
 ためらいを、あこがれが押し切った。
 そう言う意味でも、紅蘭は科学者であった。

 掃除は今でも一日とて欠かされることのない支部長室に入り、その机の鍵を開ける。
 中には、いくつかの書類……懐かしいあやめの筆跡を見つけてこみ上げてくるものがあり、慌てて紅蘭は服の裾で顔を拭った……そして、いくつかの鍵があった。

 真之介書類保管庫。

 おそらく、これだろうと思う鍵を取り出して、支部長室の奥の隠し扉に差し込んだ。
 隠し扉があることは、一度あやめに見せてもらっていたが、入るのは初めてだった。

「ああ……」

 さすがに、あやめが管理していただけあってきちんと整理されている。
 しかし、それでもなお紅蘭が圧倒されるくらいの文書がそこには眠っていた。
 基礎となる学術論文の写しから、門外不出……おそらくはミカサの機関部に関するであろう内部構造文書まで。
 あやめが整理してくれていたので、どれが何かを調べるのは楽だった。

「一時期、ホントにすごい部屋だったのよ。寝る場所もないくらい」

 あやめがそんなことを言っていたのを思い出す。
 今なら、あやめの寂しそうな微笑みの理由も分かる。
 同じように彼女にも、焦がれる人が出来たから。

 あまり頼っては行けないと思いつつも、そこに秘められた英知の結晶を見ずにはいられなかった。
 そしてそこには、かつて感じた数々の疑問の答えもあった。
 なぜ、米田もあやめも、霊子甲冑を操ることが出来なかったのか。
 その理由らしきものが、ノートのある部分の欠落によって紅蘭には想像できた。

「真之介はん……あんたにとって、対降魔部隊の仲間はこんなにも大事やったんやな……」

 そこに記された彼の研究の日々は、まさしく彼女が憧れ続けてきた偉大なる天才の、人間らしい優しさの結集でもあった。
 先ほど聞いた言葉を、もう一度否定したくなるのに十分なくらい。

 目の前に広がる彼の足跡。
 もう一度、紅蘭は追いかけたいと思った。
 追いかけて、自分が憧れ続けた人が何故変わったのか、知りたいと思った。


 真之介の後年の研究を応用した都市エネルギー併用霊子機関搭載の霊子甲冑、天武の完成はこの半年後のことである。






 紅蘭と花組の隊員たちの姿は、再び霊子甲冑光武の操縦席にあった。
 決戦を前にして発覚した天武の最大の欠陥。
 隊長大神は、天武を降りることを決断した。
 しかし、降魔兵器を相手に霊子甲冑無しで戦えるわけがない。
 そのとき紅蘭が持ち出したのは、この光武だった。

「光武は、ええ機体や」

 旧式の霊子甲冑に乗ることを不安に思う仲間に対して、紅蘭は言いきった。
 今は確信がある。
 あのとき、アイゼンクライトと比べて、光武にそれを凌駕するとてつもない何かを感じたこと。
 あやめが言った……それはかつて真之介が言った、理想の霊子甲冑。
 紅蘭は再び、さわやかな敗北感に包まれていた。
 また、自分はあの天才に勝てなかった。
 でも今、それに頼ることが心地よくもあった。

 大神によって高められた自分たちの霊力。
 理想の、究極の霊子甲冑光武は、その霊力を受けて限りなく高まっていく。

 いつか、本当にあんたを越えてみせる。
 だけど今は……またあんたに頼るわ。
 山崎真之介はん。
 あやめはんの憧れた、ウチらの大先輩。




平成十一年六月二十二日書き下ろし



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