百道真樹さん寄贈レスSS
第六話第参編へ


 蠢く者達がいる。
 呻く者達がいる。
 押し寄せてくる念。
 全てが不確かな薄明の中で、何故かその意味だけが明確に理解できた。

「我らに生きる場所はなかった」
「我らは日の射さぬ闇に押し込められてきた」
「――は我らに希望を与えてくれた」
「我らは自らの生きる場所を掴み取る為に命を懸けるのだ」
「これは生存競争だ。我らはこの命を犠牲にしてでも、我らの仲間を生かして見せよう」
「帝都に生きる全ての命を踏み躙ってでも、我らの仲間を生かして見せよう」

 意味が意識に届くと共に、薄明の中、意識の主が浮かび上がってくる。
 異形の者達。
 確かに人でありながら、遥かな昔、人外の物との交わりにより人とは異なる「形」を持
つ者達。
 彼らの瞳には、一様に悲壮なる決意が宿っていた。
 そして、自己犠牲の陶酔が。

 フハハハハハハハハ

 哄笑が聞こえる。

「生きる為だと?仲間を生かすだと?笑止!!」

 笑っているのは、自分だった。自分の内に眠る、非情なる修羅が顔を出していた。

「お前達は生きているではないか!!」
「…っ!貴様にはわかるまい!!闇に閉じ込められた者の哀しみが!!」
「わかるとも。お前達が自分の『欲』の為に人殺しをしようとしているということがな」
「何ぃぃ!!」
「自分達が日の射さぬ闇の中から陽光の下に出て行きたい。だから、陽の光の下に今いる
者達を押しのけて自分たちが取って代わりたい。今、陽の光の下で生きている人達の命を
踏み躙って。
 お前達の言っている事は、結局のところそういう事に過ぎん。もっと良い暮らしがした
いから、殺して、奪う。それだけだ。欲の為に人を殺す、野盗の論理に過ぎない」
「違う!!我らにはそうするしかないのだ!!我らの哀しみも知らぬくせに勝手な事をほ
ざくな!!」
「フハハハハハハハハ……
 違いはせんよ。共存を拒んでいるのはお前達の方だ。世界は広い。お前達が人々と交わ
って生きていく事が出来ぬというなら、人々のいない地に去れば良いのだ。それをしない
のは、結局お前達がこの地を欲しているからに過ぎない。
 善悪ではない、と言ったな?まさにその通り。お前達が自分達の居場所を強奪する為
人々の命を奪うと言うなら、俺は共に生きている人々を護る為にお前達を殺す。お前達が
仲間の為に人々を殺すというなら、俺は俺が大切に想う人達と大切に想う仲間達が大切に
想っている人々、触れ合う人々、笑顔を交し合う人々を護る為に、お前達を殺す。
 お前達が命を賭して挑むと言うなら、その挑戦受けて立とう。お前達の望む通り、お前
達を皆殺しにしてやろう。
 来るがいい、――の亡霊ども。俺はお前達を斬る事を躊躇いはしない!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…神さん、大神さん、大神さん!」

 誰かを呼ぶ声がする。それが自分のことであると思い至って、彼は両眼を開けた。

「大神さん、ああ、よかった…!」

 見なれた部屋。そこは、大帝国劇場のサロンだった。目の前には桜色の着物を纏った美
しい少女の安堵の表情。
 自分はどうやらサロンのソファーで眠り込んでいたらしい。ようやく自分の状況が把握
できて、自分に向けられた視線が彼女――さくらだけでないことに気がついた。すみれが、
紅蘭が、花組の皆が彼に心配そうな眼差しを注いでいた。

「どうなさったんですの、少尉?随分うなされていらっしゃったご様子ですけど……」

 自分は夢を見ていたようだ。あの時の、夢。

「あ、ああ、ちょっと昔の夢を見ていたんだ」
「どないな夢や?あのうなされ様はよっぽどのことやったで?」
「うん、まあ……訓練航海で酷い目にあった時のことをね……」

 そうではない。あの時の夢だ。あの時の自分は、今の自分ほど「わかって」いなかった。

「そうなんですか!フフフ、あんなにうなされるなんて余程しごかれたんですね♪」
「まあ、そんなとこかな」

 自分は、わかっていなかった。自分の力に限りがあるという事を。自分が全てを救うに
は、余りに非力だという事を。人は、選ばなければならないという事を。
 苦笑いの表情を作った自分に向けられる笑顔の中で、彼は改めて思った。

(俺は、選んだ。彼女達と共にあることを。彼女達と、彼女達の大切に想うものと共に生
きる事を。
 その為なら、この手がどれほど血に染まろうと構いはしない。この俺が、修羅になる)

 護るという事の意味。命を護るだけでなく、心も護る。修羅になるのは、この俺でいい。
ただこの俺一人でいいのだ……





夢織より

いつも鋭い視点でもみじの感想を下さっている真樹さんから頂いたこのページ初の寄贈SSです。
さすがに、流されやすい夢織と違ってしっかりと考えていらっしゃいます。
百道真樹さんの描かれる壮絶に格好いい大神くんをもっと見たいと言う方は、
私設サクラ戦史研究所へどうぞ!
真樹さん、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いしますね。


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