「これは、何だい?」
久々に仙台に帰省していた一馬は、趣味の盆栽のために馴染みの植木屋を訪れていた。
そこで見つけたのが、見たこともない不思議な植物だった。
丸っこくて、幹に相当する物がない。
その代わりに全体が緑色をしていて、あと特徴と言えば全体に細かい刺がびっしりと生えている。
松の葉も鋭かったりするが、それとはまた違った鋭さだ。
「へえ、サボテンっていう舶来の植物です」
明冶から太正になり、日本が外国とやりとりする貿易の中にも様々な嗜好品が増えてきた。
観葉植物もその一つだったのである。
盆栽の美とは全く違う、ひょうきんな姿がやけに気にかかった。
「親父さん、こいつはいくらだい」
「へ?真宮寺の旦那、これを気に入ったんですか。何だか意外だなあ」
そうだろうなあ。
自分でも心の中で相槌を打つ一馬である。
「まあ、旦那にはいつもお世話になっているし、勉強させてもらいます」
そんなわけで、家に帰る一馬の手に小さなサボテンの鉢があった。
太正二年夏。
米田一基陸軍中将と共に対降魔部隊を結成したものの、降魔戦争勃発前のことである。
シャー・・・
「お父様、それはなんですか」
庭で盆栽に水をやっていると、一人娘のさくらがとてとてと縁側から出てきた。
興味を示したのはやはりサボテンである。
友達のタケシくんを引っ張ってよく森の中で遊んでいるようだが、こんな植物は見たことがあるまい。
「サボテンと言ってね、遠く阿弗利加から来た木だよ」
買ったその日のうちに文献を調べて、どういうものか調べてある一馬である。
盆栽に愛情を注ぐとは、こういうことでもある。
「ふーん・・・」
不思議そうな顔つきでさくらはサボテンに手を伸ばす。
父の盆栽には触れないのが暗黙の了解なのだが、見たこともない植物を前に好奇心が出たのだろう。
「あ、さくら」
このサボテンには無数の刺がある。
一馬が止めようとしたのは一瞬遅かった。
「っ・・・」
「さくら!」
痛そうな顔で涙目のさくらの手をそっととってやる。
中指の先に、サボテンの刺が一本刺さっていた。
「お父様・・・」
「おとなしくしてなさい」
かがみ込んで、さくらに笑顔を見せて安心させてやってから、そっと垂直に刺を抜く。
盆栽をやっているだけあって、手つきも器用なものだ。
「ほら、とれた」
こくんと、さくらはうなづく。
それからさくらをもう一度サボテンの方に向かせた。
「さくら、痛かったか」
「はい」
「サボテンはな、乾燥した大地で生えているために出来るだけ動物たちに食べられないようにこんな工夫をしているんだ。彼に悪気があったわけじゃない。だから、許してあげなさい」
「・・・はい」
本当は、さくらはこのサボテンにちょっと感謝していた。
最近、剣の訓練で厳しいことの多い父に、こんなに優しくしてもらえる機会を作ってくれたことを。
太正四年。
帝都に降魔が大量に発生した。
降魔戦争の勃発である。
対降魔部隊の一人として、一馬はしばらく仙台に帰れなくなるのが確実になった。
こまめな手入れが必要な盆栽は、ほとんど植木屋に預けることにした。
それまで賑わっていた庭の一角が、とたんに寂しくなった。
ただあのサボテンだけは残しておくことにした。
難しい手入れを必要とする植物ではないからである。
「さくら」
帝都に向かう前日、一馬はあのときよりはずいぶんと背の伸びたさくらをそこに呼んだ。
「私が帝都にいる間、彼の世話をおまえがやってくれないか」
一馬が行ってしまうというのでずっと泣き通しで赤くなった目が、きょとんとしている。
「私が帰ってきたら、二人でこいつの世話をしような」
父の言わんとすることがわかって、さくらはこくこくとうなづいた。
太正七年。
降魔戦争終結。
言い付け通り、さくらは三年間しっかりサボテンの世話をした。
だからだろうか。
一馬は、かろうじてその約束を果たすことが出来た。
三ヶ月だけ。
覇王樹とも表記されることもあるその木は、主人の後を追うようにして枯れた。
その五年後、とある事件がきっかけでさくらがサボテンを目にするのは、また別の物語である。
平成十二年 桜嵐さんサイト「SAKURA SQUARE」へ押しつけ
平成十四年十月六日 再録
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