アイリスの国の鏡
アイリスSS・新サクラ大戦前々章


 フランスからの荷物が届いた。

「わーい、パパとママからのプレゼントだー!」

 喜び勇んで真っ先に受付まで駆けてきたのはもちろんアイリスである。
 それに続いて続々と。
 巴里華撃団からの荷物も一緒に封入されていたので、花組の全員が揃った。
 大体誰に何を贈ってきたのかは、予め遠距離通信で連絡があったが、いざ開封するとなるとやはり皆気分が華やぐものである。
 ただ、ジャン・レオから何らかの蒸気機械を受け取ったらしい紅蘭の眼鏡が妖しく光った点については、全員、警戒を新たにした。
 また、手紙や報告書の類も一緒にまとめられていた。
 大神司令宛、の書類がやけに多い。

「ありがとう、かすみくん」

 受け取った大神は、書類の量に冷や汗を掻く羽目になった。
 雑用は得意だが司令としての仕事は未だに慣れないのである。
 ただ、ざっと書類の外観をチェックしたところで、大神はさっと顔色を変えた。

「うん、それじゃ俺は仕事に戻るよ」

 その顔色を一瞬で消し去って、笑顔で司令室に戻ったが、正面にいたかすみと、近くにいたマリアだけはその一瞬に気づいた。

「大神さん、どうしたんでしょう」
「多分、先の迷宮事件の報告書が入っていたと思うのですが、それは織り込み済みですしね……」

 三都を騒がせた迷宮事件の主犯が、フランス救国の英雄ジル・ド・レイ元帥であった事実は、もちろん華撃団の機密事項となっている。
 ただ、彼が何故このタイミングで出現したのかなど、その登場にはあれこれと謎が多かったため、事件終了後に巴里華撃団が調査に当たることになっていた。
 その報告書が含まれているのは間違いない。
 だが、それにしては大神の反応は妙だった。

「ねーねー、これ見て!アイリスへのプレゼント!」
「おー、すげえじゃねえか。あたいが丸ごと入りそうな鏡なんてそうそう無いのに」

 アイリスが箱の中から取り出したのは、高さ2メートルに及ぶ大きな鏡だった。
 シャトーブリアン家が特注で作らせたものであろうそれは、ベルサイユ宮殿の一角、鏡の間を飾る装飾をアレンジした意匠が白銀と黄金で施されており、姿見としては超一流のものであることは間違いあるまい。

「ふーん、さすがシャトーブリアン家もなかなかやりますねー」

 織姫がつぶやいた率直な賛辞がそれを保証していた。
 ここにすみれがいたらもう少しあれこれ話が進んだろうが、あいにくと彼女は神崎財閥での仕事が忙しい。

「レニ?どうしたの」

 ふと見るとレニが難しい顔をしているので、さくらは思わず声を掛けた。
 レニが考え込むのは珍しくないが、こんな表情を見せるのは珍しい。

「うん……、シャトーブリアン伯はどうして……」

 思わず声に出してしまった自分に気づいて、レニはハッと顔を上げた。

「どうして?」
「いや……、さくら、忘れて」

 アイリスに聞こえないように潜めて、静かに、だが強く願う声にさくらは思わず頷いていた。
 しかし、その一言で、気づいてしまった。
 シャトーブリアン伯爵が、愛娘にあんな大きな鏡を贈ったのは……



 司令室に戻った大神は、しばし躊躇ってから、まずグラン・マからの書状を開封した。
 封の印とサインは彼女のものだが、実際の中身は迫水典通か彼の秘書が翻訳代筆している。
 グラン・マもフランス人としてはかなり日本語をよく使うが、長い報告書を日本語で書くとなると迫水に任せた方が早い。
 タイトルは、カルマール公爵とジル・ド・レイについての調査報告書。

「大神司令、やはり両者には関係がありましたか」
「ええ……。そのようです」

 この両名の関係に着目したのは、副司令であるかえでである。
 欧州での生活経験もある彼女は、大神以上に欧州慣れしており、欧州史にも詳しい。
 大神が南極の最前線で戦っている間、彼女は後方で今回の事件の発端についてグラン・マと調査を重ねていた。
 あれほどの過去の英雄が、今回のようにおいそれと生き返ってきて貰ってはとんでもないことになる。
 何が原因でジル・ド・レイが蘇ったのかを突き止める必要があった。
 少なくとも彼が異端扱いされて抹殺されたことは確実であり、五百年生きていたのだとしたらジャンヌを蘇らせるのがこの時代にまで至ることは無かったはずだった。
 必ずこの時代でなければならなかった理由がある。
 そこで着目したのが、正体が不明のままだったカルマール公爵の存在だった。

「シゾー……あいつ、生きていたのか」

 報告書には、ロベリアからの尋問報告が挟まれており、その中に証言者としてかつての怪人シゾーの名があったことに大神はいささか驚いた。
 花火の翻訳によって穏当に薄められているが、巴里でデザイナーとして生きていたシゾーを捕まえて色々締め上げたらしいことが伺えた。
 怪人相手ではあるがいささか同情したくなる大神である。
 しかし当時のカルマール陣営の生き証人による証言は貴重だった。
 基本的に、怪人たちを活性化させ、また、一度蘇らせたのはカルマール公爵である。
 だがパリシィの血が顕在化した怪人たちと違って、ジルの魔術によって変貌した魔物化したラ・イールらは、カルマール公爵とは存在形態が違うため容易に蘇らせることができなかったらしい。
 そこでカルマール公爵は、ジルたちの即座の復活を諦めて、自分が封印されていた巴里の地下空洞で魔法陣を組み上げ、巴里の霊力をじっくりとそこに集めて復活のための布石を打つことにしたらしい。
 もしカルマール公爵を討つのが半年遅れていたら、カルマール一党とジャンヌたち一党を同時に相手しなければならないという事態に陥っていただろうとグリシーヌの意見が添えられていた。
 さすがにそうなったら勝てなかっただろうなと大神は率直に認める。

 気になるのは、カルマール公爵が封印されていたという事実だ。
 やはり彼も、降魔と同様に突然現れた存在ではなく太古の産物だったかと思うと納得だが、報告書はもう少し踏み込んだものとなっていた。
 少なくともシゾーは、カルマール公爵の年齢を「五百歳ほどでいらっしゃった」と証言しているそうだ。
 そこから、カルマール公爵も、ジルやラ・イール、ジェノアらと同じ、百年戦争当時に生きていた存在であり、彼らが盟友同士であった可能性が指摘されていた。
 百年戦争の終結は、今からざっと五百年ほど前である。
 カルマール公爵がそのころから生きていたとすると、それほどの封印が何故現代になって解けたのか、が疑問となる。

 その厳密な理由は明示されていなかった。
 ただ、千年に一度であろう天変地異が巴里に起こったことによって、カルマール公爵の封印を担っていた宝物が直接破壊されたことが原因であるとだけ記載されていた。

 その答えを見て、大神は過去のどんな敵に対しても覚えたことのない底無しの恐怖が湧き上がってきた。
 そして、恐怖した自分を、嫌悪することになった。
 おそらく、答えを報告書に明示させなかったのはグリシーヌの配慮だろう。

「大神司令……?」
「……かえでさん。
 あやめさんがアイリスをスカウトしたとき、アイリスが巴里で大暴れしたというのは、間違いありませんね」
「ええ。私も後始末には少し関わったから間違いないわ。
 最後は地下墳墓をひっくり返して巴里中に地震を起こし、さすがのシャトーブリアン伯爵もアイリスを手元に置いておくことを諦め、アイリスが自らの霊力を制御するための修行として手放されることを承諾されたと聞いているわ……」

 副司令ではなく大神のかつての上司の妹として答えつつ、かえでもそこまで言われれば十分推測がついた。
 大神が恐怖したのは、まずその強さだった。

 カルマール公爵は、過去ただ一人、大神が全力で正面から挑んで勝てなかった相手である。
 隙を突かれて倒された刹那とは訳が違う。
 圧倒的な力の差を見せつけられた相手だった。
 そのカルマール公爵を五百年封じていた封印をも打ち破ったアイリスの力は、一体どれほどのものか。
 信頼する仲間の力といえども、それは余りにも絶大な力だ。

 しかし、引っかかった。
 本当に、アイリスの力は、それほどのものだろうか。

 帝都に来てから、あやめの監督下で力を制御することを覚えていったとはいえ、今のアイリスにはそこまでの力は感じられない。
 いや、そもそも……初めて会った頃のアイリスの方が、今よりも遙かに強大な霊力を持っていなかったか?
 感情の爆発一つで活動写真館を吹っ飛ばした時の衝撃を、大神は未だに忘れられない。
 あの時の電撃は……、遠慮無しに言えば、後に食らった上級降魔蝶のそれをも上回っていたと思う。
 それに、アイリスの心を読む能力だ。
 太正十二年当時、あの能力ははったりでもなんでもなかった。
 だがその力を感じなくなって何年になる?
 羅刹との戦いの後、人の心を読むことの罪をあやめと二人で説いて、それを受け入れてくれた、と考えるには、あまりにもその気配が完璧なまでに感じられない。

 アイリスは、アイリスの霊力は、……弱くなった?
 いつから?
 ピークは……太正十二年の七月ではなかったか?
 アイリスの霊力はあの頃から、抑えられ続けている?

「わかりました。かえでさん。
 ただ、このことはアイリスには内密に」
「ええ、もちろん。言えるわけがないわ……」

 これ以上はかえでに相談出来ないことだった。
 少なくともかえでは、太正十四年以降のアイリスしか知らない。
 その頃には、アイリスの霊力は今とそう変わらなくなっている。
 それ以前のアイリスの霊力を覚えている者に、後で尋ねてみなければならないと思われた。

 ひとまず自分の中でその事実を丸ごと棚上げして、次に手にしたものは……これは偶然だろうか。
 親書に施された封には、優美かつ繊細な、シャトーブリアン家の紋章。
 アイリスの実父からの親書だった。
 先ほど大神の表情を変えさせたものがこれである。

 先の迷宮事件の後で、巴里に寄った際、アイリスは短い時間だが久々に父母と再会した。
 このとき、母マルグリット・シャトーブリアンは変わらぬ表情でアイリスを抱擁したが、父であるシャトーブリアン伯爵の表情が一瞬ならず凍り付いたのを大神は見ていた。
 何かある、と思っていたが、そのときはアイリスがいたこともあり、具体的な相談は受けなかった。

 思えばあのとき、アイリスは父が抱いた何らかの懸念をまったく読めなかったことになる。

 開けるのが怖かったが、逃げるわけにもいかない。
 ある種、霊的なものさえ感じさせる封に刃を入れ、書状を取り出した。
 文面は丁寧ながら平易に書かれたフランス語で、伯爵が筆記人や翻訳人を介することさえ躊躇って自らペンを取ったものであることが伺えた。
 書状は書式通りの挨拶の後、単刀直入に深刻な要件が書かれていた。

 大神司令、何故、アイリスはあそこまで成長していないのでしょうか。

 アイリスが霊力を制御できるようになったことと、それによってアイリスを愛することができるようになったことへの礼にも、その疑問への苦悩が滲み出ていた。
 その後に書かれたフランス人の身長に関する客観的データの提示や、アイリス自身が早く大人になりたいと父母に告げているという事実の伝達が、重く重くのし掛かる。
 その文面は大神を責めているのではない。
 助けを求めて、苦悩の叫びを上げていた。
 だからこそ、なおのこと苦しい。
 アイリスを預かり続けている以上、いくら責められても仕方がないことだというのに。

 それは、ずっと考えまいとしていたことだった。
 初めて会ったときは少女と呼ぶよりは幼女と呼ぶほど年端もいかぬ存在だった。
 それからずっと、帝撃の最年少であり続けた。
 帝劇の舞台構成でも、常に子役であり続けた。
 巴里にあってはコクリコと背比べし、紐育に至ってはリカとまるで同い年だ。
 それが自然だと思い続けてきた。
 何も異常が無いと思おうとし続けていた。

 まだ大丈夫だ。
 まだ大丈夫だろう。

 おかしくないと思い、それがいつしか、おかしくないと無理矢理自分に言い聞かせねばならなくなったのは、いつからだ。

 もう、十五歳だ。
 今年で十六歳になる。

 いくらなんでも、ありえない。
 信じられるか。
 初めて会ったときのすみれくんが、十六歳だぞ。

 ましてや日本人より平均身長や体格で優れることの多い欧米人で、あのマルグリットさんの娘だ。
 いくらなんでもあんな身体のままであるはずがない。
 いや具体的に身体のどの部分がと言われるとそれは言いにくいがあまりにも明白でそのなんだ。

 そしてその心もだ。
 帝劇の最年少であるから、舞台の外でもそう振る舞っている……と言うには、アイリスの言動は今なお、あまりにも幼すぎる。
 帝劇の誰よりも、大人になりたいと言い続けていた少女の振るまいではない。
 早く大人になりたいと思う少女ならば、そう、コクリコのように少しでも背伸びしようと振る舞うはずなのだ。
 アイリスは、逆だ。
 押し込めている。
 大人になりたいという言葉とは裏腹に、姿ばかりではなく心までも、そのままで留めようとしているかのように。

 止まり果てた、姿と、心と、霊力。
 これらが偶然であると思えるほど大神は楽天家ではなかった。

「……かえでさん、隣にマリアがまだいると思うので呼んで頂けますか」
「ええ」

 今の自分の表情を花組の面々に見られることを大神はおそれた。
 さすがに今の内心を隠し通せる自信はない。
 ただマリアだけは例外だった。
 今なお、大神はマリアに対して自分の前任の隊長としての敬意を失っていない。

「大神司令、マリア入ります」
「ああ……」

 入ってきてすぐマリアは大神の表情に気づき、自分が呼ばれた用事が予想以上に深刻なものであることを悟った。

「マリア、前花組隊長としての君に尋ねたい」
「はい……」
「アイリスが一番強かったのは、いつだと思う?」

 それはマリアが想定していた質問とは微妙にずれていたが、元よりアイリスのことではないかと考えていたこともあり、すんなりと答えが出た。

「太正十二年、司令が着任された年の、七月です」
「やはり、君もそう思うか」
「司令。やはりおかしいとお考えですね。今のアイリスは……」
「ああ。……いや、済まない。
 おかしくないと、思おうとしていたよ。ずっと」
「私も、大久保長安と戦った頃まではそう思っていました。
 しかし、十二歳、十三歳ともなれば女は十分に変わるものです。
 本来ならば……」

 かつて火喰い鳥と呼ばれた少女が言うとなおさら説得力がある。
 そのときのマリアが十四歳だ。

 大神がここまで触れてきた少女たちのほとんどは、思春期を終えた後に大神と会っている。
 思春期を共に過ごした少女はアイリスが初めてなのだ。
 だから大神は責められるべきではないとマリアは思う。
 思春期の少女とは、知らない人間にはとことん理解不能なものだ。

「今のアイリスは、せいぜい身長が伸びただけで、あの十歳の頃とほとんど変わっていません。
 それは、本来ありえないことです」

 あえて、十歳の頃、と言った。
 それは、最初の大神の質問とこの問題とが一体不可分であることを、マリアも認めざるを得なかったからである。

「忌憚のない意見を聞きたい。
 それは、俺のせいだと思うかい?」

 難しい質問だ、とマリアは考え込んだ。
 それは自虐ではなく、糾弾されても構わないから何とかして自体解決の糸口を探ろうとしていることは十分に察せられた。
 何か失敗しているのであれば、今からでもそれを正そうとしているのだ。
 信頼されているからこその質問だと身震いする。
 太正十二年七月の頃の忘れられそうにない日々を思い出す。

 とはいえ、あのときのマリアは大神に対してもはや全幅の信頼を置いていたと思う。
 あやめも、大神隊長はよくやってくれていると評価していた。
 あの浅草でアイリスが暴れた件について、あやめと米田司令が密かに上層部に呼ばれて糾弾されていたことを、マリアはずいぶん後になって知った。

 それでも駄目だったのだから、大神に責任を押しつけられるような事態ではないだろう。
 だがここで大神が尋ねているのは、責任がどうとかいう問題ではない。
 大神が何らかの関与をするか、あるいは、大神が態度を変えることで事態が解決しないだろうかと尋ねられているのだ。
 原因がどこにあるのかわからない今、対抗策を練るのも難しい。
 ふと、大神がアイリスにプロポーズでもしたら解決するのではないかと思われた。
 アイリスの成長を留めているものがなんであれ、大神と結婚するということが具体化すればいくらなんでも消し飛ぶだろう。
 だがその案を提案するには、マリアにとっても色々と私情が絡みすぎていた。
 かくて、その案は排除する。
 そうなると、

「司令のみならず、我々全員が、アイリスに対する態度を改めてみるべきなのかもしれません。
 正直言って、我々は皆、アイリスを子供扱いしていたと思います。
 それが事態を悪化させた可能性は否定できません」
「悪化、か。
 そうだな、今はやるだけやってみよう」

 大神も、それが根本的な原因で無いことは想像が付いていた。
 それでも、何も手をせずにいることはできなかった。
 シャトーブリアン伯爵の、こんな思いを知ってしまった今となっては。



 翌日に大神は、楽隠居を決め込んでいる米田の下を訪れた。
 迷宮事件では一時的に現役復帰したとはいえ、引退を覆すつもりはないらしく、事件の後始末もそこそこに帝劇から離れていたのだった。
 とはいえ、その庵には訪れる人も多い。
 大神が訪れたときには、先客として見覚えのある人物が来て、縁側で米田と向かい合っていた。

「お、大神じゃねえかどうした」
「お久しぶりですね。大神支配人」
「泉鏡花先生……」

 以前に海神別荘の公演で帝劇との関係ができたこの変わり者の作家は、米田とは相通じるものがあるらしく、時折ここを訪れていると聞いていたが、ここで会ったのは初めてだった。
 大神もそう嫌われているわけではないが、この人物と丁々発止にやり合うには、大神でもまだ人生経験が圧倒的に不足していた。

「貴方がいらっしゃったということは、あっしは席を外した方がようござんしょうね」

 泉がさらりとした態度で立ち上がったが、ふと大神は考えても居なかったことを口走っていた。

「あ、済みません……。できれば先生にもお聞き願いたいんですが」
「おや、次なる公演の話でしたか」
「いえ、花組の……アイリスのことです」
「なんでえ、えらく深刻な顔しやがって。先生を変なことに巻き込むんじゃねえぞ」

 軽い口調でたしなめる米田だが、魔に関することに民間人である泉を巻き込むなということである。
 それは大神も承知しているのだが、ふっとひらめいた直感には意味があると考えた。
 泉鏡花は花柳界にも通じた粋を知る人物だ。
 女性の心理についても当然に通じているはずだ。
 そしてまた、海神別荘などの作品に代表されるように、妖の者や現象にも通じているのだ。
 科学者や陰陽師ではないが、ある意味では霊的現象について並の専門家よりも詳しいといえる。
 帝国歌劇団ではなく帝国華撃団としての花組にもうすうす気が付いているのだろうと米田も大神も察している。

「危機は無いと思います。ただ、お知恵をお借りしたいんです。
 なんとかして、アイリスを助けてやりたいんです」
「……!」

 その一言で、米田にも察するところがあった。
 確かにその相談なら、泉鏡花にいて貰った方がいいかもしれない。
 少なくとも、自分には解決方法が解らなかったからだ。

「ようやく気づいたか、おめえも。
 そうだ、アイリスは、幼すぎるんだ」
「ふむ……。無粋なことをお聞きしますが、アイリスさんは今おいくつですかね」

 二人の顔とわずかな台詞だけで状況を察した泉は、問題の本質を鋭く切り込んだ。
 無粋な、というのは、女性の年齢を聞くことへの抵抗があったからだろう。

「十五歳。数えで十六になります」
「そいつは、深刻ですねえ」

 穏やかな口調ではあるが、泉はかなり本気で驚いていた。
 せいぜい十一、二がいいところだと思っていたからだ。
 驚愕の声を上げないのは文化人としての矜持である。
 それは、彼が物語の中でのみ紡いできたような物語の出来事だ。
 だが、逢魔が時を生きる花組の乙女たちは、それこそ物語の世界の住人ではないかと思い直した。

「昔からね、女性が歳を取らなくなる物語ってのはあるんですよ。
 湖の主に見初められた人柱の乙女が、いつまでも主と共に暮らした、なんて話は聞いたことがござんせんか」
「はい、昔話で聞いたことがあります」
「他にも、愛しい恋人を待ちながら自分が老いていくのが許せなくて、若い姿のまま鬼女になってしまったなんて物語もありました。
 人であることをやめてしまった悲しい者たちには、よくあることなんです。
 ただ、この帝都に冠たる女優の一人がとなると、そいつは捨て置ける話じゃありませんね」
「この目で見ていても信じられません。
 それに、アイリスは常日頃から大人になりたいって言い続けていたんです。
 それこそ、俺が初めて会った六年前からずっと。
 大人になりたいって願っているアイリスが、何故か大人になれないんです」
「そいつはどうでしょうね。
 あの歳の女の人は難しいんですよ。
 早く大人になりたいと背伸びをするんですが、でも、大人になってしまったら、引き返せないこともまた彼女たちはわかっているんです。
 大人になりたい、と言いながら、それ以上に大人になりたくないと思っているかもしれないんですよ」
「む……」

 想定通りの指摘に、大神は言葉に詰まった。
 やはりそうなんだろうか。
 アイリスは自ら大人になることを止めようとしているとしか思えない。

「でも、何の力も借りずに可能なことなんでしょうか。
 思春期の女の子によくあるようなことだけでそこまで思い詰めるとも思えません。
 何らかのきっかけか、動機が無ければ考えにくいのですが」
「そうですね。
 でも、何かに取り憑かれていたとしたら、いくらでも考えられますよ」

 米田と大神がぞっとするようなことを、泉はさらりと口にした。

「アイリスが妖に囚われているっていうんですか。
 でも、龍か何かの力を借りるならまだしも、この帝都に妖怪なんていませんし」

 その代わりに魔物がいるのだが、大神としても、また帝国華撃団の公式見解としても、妖怪と魔物は別物だという認識でいる。
 妖怪とは自然神や土着神の近縁種で、ある程度以上の意思疎通が可能であるもの。
 魔物は、魔の力により誕生したもので、人間に対して敵意のみ有するもの。
 定義上はどちらにも属する上級降魔という例外があるが、これは魔物に分類される。

「帝都に妖怪がいないですって。
 そいつは間違いですよ、大神さん」
「でも、京都の夜には百鬼夜行が出ると聞きますが、帝都では江戸の昔から妖怪の列を見たという話は聞きませんよ。
 お岩さんとか、人が化けて出た話は聞きますけど」

 正直に言えば、花組として実戦の場にいても妖怪と戦ったことが無い、と言うべきだろう。

「ああなるほど、そういうことですか。
 ちょっと話がややこしくなりますけどね、帝都というか江戸の街はね、表向きは妖怪が出ないように作られたのだそうですよ。
 江戸を作ったときに、天海僧正がそうしたと聞いています」

 意外な名前が出てきた、と大神と米田は顔を見合わせたが、まさか戦ったことがありますと合いの手を入れるわけにもいかず、黙っていた。
 しかし、泉はわかって言っている。
 太正十二年の九月一日、帝都中を振るわせた天海僧正の演説は泉も目にしていたからだ。
 当時は単なる悪戯だと思っていたが、その後の帝都の激変を見れば、あれは本物だったと思うしか無かった。

「妖怪は人に畏れられなければなりません。
 だから人の集まる所に妖怪がいるのは当たり前なのです。
 しかし天海僧正は、妖怪を野放しにしていては江戸の街の発展は無いと考えたのでしょうね。
 夜の街に出歩くことが出来なくては、遊郭に行くのも命がけになってしまうでしょう。
 だから、もう一つの都を作ったのだそうです」
「何ですって……」

 思い当たるところがある米田が、驚愕の瞳で合いの手を入れた。

「もう一つの都、です。
 江戸の街と隣り合わせに存在する、妖怪たちが住まうもう一つの江戸の街を作ったのです。
 人の目に見えない隠れ里でありながら、江戸のどこからでも行くことができる、そんな場所なのだそうです。
 人の住まう世界の隣にあることで、妖怪は生きることができますが、妖怪と人間との生きる世界を分けたのだそうです。
 だから大神支配人、妖怪は江戸にいるのですよ。
 すぐ私たちの隣に居続けるはずなんです。
 ただ、見えないだけで」

 泉鏡花が語る物語は、それだけで現と妖との境を怪しくする。
 深山幽谷や古き時代の物語として語られる彼の世界が、そんなにも身近にあることが、魔物と退治してきた二人には圧倒的な現実味として感じられた。

「話が逸れてしまいましたね。
 ですからね、大神さん。
 アイリスさんが妖に取り憑かれているってことも、この帝都ではありえなく無いんですよ。
 見えていないだけで、どこにいてもおかしくないんですから。
 花組の女優さんたちは、ただでさえ、そういった者たちに近しいでしょうからね」

 言われてみると大神も以前に幽霊に取り憑かれたことがある。
 うっすらと意識はあったのだが、自分の意志で動いていたようでありながら、その実、自分の意志に反する動きをしていたものだ。

 しかし、もしアイリスが何者かに取り憑かれているために歳を取らなくなったのだとすると、五年以上に亘っていることとなる。
 その間、黒鬼会との戦いがあり、巴里での怪人との戦いがあり、大久保長安との戦いがあり、先日のジャンヌ一党との戦いがあったが、一度たりともそんな妖怪の気配は無かった。
 これには大神は確信が持てる。
 単に外から観察したというだけでなく、この間に大神はアイリスと幾度かの合体攻撃を成立させている。
 何か異分子が入り込んでいたら、必ず気づいたことだろう。

「あくまで可能性の話ですよ。
 でもね、何がいて、何が起きても不思議じゃあない。
 あっしたちのいる帝都東京は、そんな都だってことです」

 そう、事実は拭いようがなく目の前にあるのだ。
 アイリスが歳を取らなくなっているという、どうしようもない事実が。
 それならば、泉鏡花の慧眼を無視するわけにはいかない。

「ありがとうございます、先生。
 あらゆる可能性を排除せず、今一度ことを調べます」
「……任せたぞ、大神」
「はい!」

 米田にはそう言うしか無かった。
 もとより、少女たちの心を守っていたのは自分ではなく藤枝あやめであったことは承知している。
 彼女亡き後、年老いた自分などよりもずっと、目の前にいる青年の方が少女たちの心を守り続けてきたのだ。
 今度もきっと、大丈夫だろう。

「米田さんの信頼が、最近私もわかるようになってきたのですよ」

 勇んで場を辞した大神の背中を見送りながら、泉は微笑みながら言った。

「私が書く物語は、妖が出てくると悲劇になるんですけどね。
 でも、大神さんを主役に据えてしまうと、決して悲劇にならないんですよ。
 どうしてもみんなが幸せになれる話しか書けなくなってしまう。
 表に出せなくて、みんな原稿はお蔵入りしていますけどね」






 帝劇に帰った大神は、先入観を捨てて一から手がかりを捜索することにした。
 アイリスの部屋の周辺を中心に、屋根裏、中庭、果ては紅蘭の助けを借りて、壁の中まで。
 こうなると何を捜索しているかをまったく秘密にしておくわけにもいかない。
 問題を最初に討議したかえでとマリアに加え、アイリスの身辺に最も近いレニには話をしておくことになった。
 他の花組風組のメンバーにも、異変の前兆を探していることまでは打ち明け、異常があればすぐに知らせて欲しいと伝える。

 第一報は、面目躍如の月組からだった。

「幽霊が、出る?」
「とでもいうべきか。翔太を始めとして黒子が何人かそれらしいものを見たと言っている」

 紐育との二重生活をしているはずの加山だが、こういう動きは実に素早い。
 時々加山ロボに代役をさせているのではないかと思うことがあるが、天井裏から大神の部屋に入り込んでいる今の加山は本物だった。

「妙だな」
「妙だろう」

 幽霊が出るというだけでそもそも妙なのだが、大神が呟き加山が相づちを打ったのはそれとはやや意味合いが異なる。
 元々魔物と戦うことを想定した帝国華撃団の本部である大帝国劇場には、何重にも霊的結界が張られている。
 化けてでる程度の幽霊なら、出てこれるはずがないのだ。
 にも関わらず観測されたということは、並大抵の現象ではないということを意味する。
 気になった大神は、太正十二年の頃からの日課としている夜の見回りの時刻を変更した。
 草木も眠る丑三つ時。
 月組の面々が幽霊らしきものを見かけたのもこの時間帯に集中している。
 幽霊が来るならまさに寄ってこいとばかりの時間である。
 だが、まさか。

「なぜ……お前がここにいる!?」

 それは、幽霊でもなければありえない存在だった。

「……大神一郎か?少し、変わったか?」
「蒼き刹那!」

 死んだはずのあの男が、あろうことか、帝劇の舞台にて立ちはだかっていた。
 かつて築地で見えたときと寸分変わらぬ姿で……そう、纏っている服も小物も何一つ変わらない姿で。
 気がつけば舞台の上は、忘れもしないあの築地の現場と化していた。
 ご丁寧に磔台までが再現されているが、そこに縛られていたマリアの姿はもちろんない。

「おまえは、幽霊なのか……」
「幽霊か。あいにくだがこうして足がある。お前に取り憑くよりは、お前をこの爪で切り裂いてやった方がいいだろう!!」

 振るわれる爪の動きを、まさか忘れたわけではない。
 特に刹那とは霊子甲冑無しでやりあっただけあって、その記憶は未だに鮮明だった。
 そして自分はあの頃よりもさらに経験を積み重ねてきたという自負がある。
 かつては避けきれなかったあの爪を、今度は避ける!

「昔のままで、今の俺を倒せると思うな刹那!!」

 蒼き刹那の持ち味はその身のこなしと速度だとわかっている。
 一方で必殺技を使われると面で攻められるため避けることも難しい。
 右の爪を三度目に振るわれたところで踏み込んで、刀の鍔元でしっかりと受けとめて刹那の動きを止める。

「もらったぞ!」

 つい先日まで迷宮事件で生身の対戦を重ねたことも大きかった。
 即座に振るわれた左の爪を避けるのではなく、刀を返して刹那の体勢を崩し、刹那の左足に大きく切り込んだ。

「え!?」

 一撃で殺しては尋問することもできないとの判断だったのだが、その切った感触がおかしかった。
 確かに捉えたはずなのに、空を切っているような感触。
 だが刹那にははっきりと手傷を負わせたらしく、

「ここでは……これが限度か」

 ふっと、かき消すようにその姿が消え、それとともに周囲も元の舞台の板張りに戻った。
 見渡してみても、先程までの築地の光景の名残はない。
 ただ、足元の板張りだけは、全力で切り込んだ踏み込みが嘘や夢ではなかったことを物語るように、凹みとひび割れを残していた。

「……ああ、修理しなきゃ」

 こういうときに誰かに頼むのではなく、工具箱を引っ張りだして自分でやるようになったのは、初めて花組隊長いやさモギリとなった太正十二年からの身についた習性である。

 頑張るのもいいけど、ほどほどにね。

 刹那の姿を見たせいか、そんな、懐かしい幻聴を聞いたような気がした。




「刹那と、交戦した……!?」

 翌朝にマリアとかえで、加山の三人を集めて報告して、当然最も反応を示したのはマリアである。

「確かに刹那だったのですか?」
「見間違えるはずはない。あれは、不自然なくらいあのときのままの蒼き刹那だった」

 つまりそれは、この六年間どうにかして生き残っていた者でもなければ、反魂の術によって蘇ってきたものでもない、ということでもある。

「あれが何だったのか。幽霊ではなかったと思うけど、そもそもアイリスと関係があるのかもわからない。
 白銀の羅刹ならばともかく、蒼き刹那はアイリスと関係がなさすぎる」
「そうですね。でも……そもそも霊的に守られた帝劇内に黒之巣会死天王の姿が現れるだけでも尋常な事態ではありません。明日は私も見回りに同行させて下さい」
「月組でも舞台周辺を警戒するように伝えておく。今夜も、午前一時半過ぎから張り込んでおく」
「司令自らというのは自重して頂きたいのだけど……今回はそうも言ってられないわね」



 そして警戒して突っ込んだ甲斐があったというべきか。

「大神一郎、貴様にとって一番大事な隊員はそいつかあああ!!」
「白銀の羅刹!!」

 またも舞台からいつの間にか場面転換した場所は、忘れもしない浅草寺の境内。
 張り込んでいた加山たち月組の気配は感じられなくなっており、マリアだけがこの異常な場に一緒に飲み込まれていた。
 ただ、あのときはあった霊子甲冑と魔操機兵とがない。
 鉄球が付いた鎖を生身で振り回す羅刹とこうして戦うのは、初めてだ。
 光武に守られていたからなんとかなったものの、あのときの未熟な自分が正面からこの羅刹と戦っていたらどうなっていたかと思う。
 だが今ならば、負けるつもりはない。
 まして今夜はマリアの援護がある。
 刹那と違って超重量の攻撃を受け止めるわけにはいかないが、マリアの正確無比な銃弾をこの巨体で全て避けられるわけはなく、羅刹は急所をわずかに外すようにして受けていた。
 ダメージがまるで無いように見えるが、本当にダメージが無いならば心臓や顔面でも銃弾を受けるはずで、かえって通じるという自信に至る。
 それだけの援護があれば、今の自分なら生身でも負けはしない!

「捉えた……!」

 刹那と同様、切ったはずが手応えはない。
 それでもこの羅刹はこれで倒せたという確信があった。

「大神……一郎、まだ、終わらん……ぞ」

 言葉とは裏腹に羅刹もまたかき消すように姿を消し、再び元の舞台に戻った。

「隊長……、いえ、司令。今のは、幻とはとても……」

 羅刹の姿を見て思考が一瞬昔に戻ったのかマリアが言い直した。
 だがその眉は懸念に顰められている。

「加山、今さっきまで俺たちはどうなっていた?」

 舞台上方から照明を吊るすバトンに潜んでいた加山に尋ねる。

「お前の周囲に奈落から何かせり上がってきていた。
 何かと戦っているような気配はわかったのだが、こちらから投げた手裏剣はかすりもせずにすり抜けた」
「その何か、はどんな姿をしていた?」
「……笑うなよ。大道具まるごと一式を備えた舞台と、そこにキネマのように映し出された大きな影だった」

 加山が言い淀んだのもわかる。現実離れした光景だ。
 だが、ここが舞台だということを思えば、その説明は虚構にして虚構でも無いように思えるのだ。

「なんらかの、舞台魔術か……」

 実のところ、大帝国劇場そのものが巨大な霊的装置であり、舞台はその要であると言って良い。
 魔物と戦う者は魔に魅入られるという古来よりの伝統がある。
 対降魔迎撃部隊花組の隊員たちが舞台に立って人々からの喝采を受けることで、その身につきまとう魔を払い、魔に堕ちることを防いでいるのだ。
 同時に帝都市民の心の平安のための祭礼殿でもある。
 従って、帝都の地脈とも密接に結びついており、幾度か舞台上で不可解な現象が起きたこともある。

 だが、舞台と黒之巣会死天王とが結びつかない。
 強いて言えば帝劇を強襲した紅のミロクが挙げられるだろうが、刹那も羅刹も生前には帝劇が帝国華撃団の本拠であるとは突き止められなかったのだ。




 次の夜に現れたのは、

「そう、レニは一緒じゃないのね」
「隊長、下がって下さい。今の貴方に水狐は、……いえ、影山サキは、切れないでしょう」

 マリアの声は、切らないで欲しい、と言っているように聞こえた。
 八人に分身した影を合計五発で撃ち抜くその技量も、図らずも迷宮事件で鍛えられていたのだろう。

「……誇りを持って死ぬ、なんて前言を翻すくらいなら、どうして……」

 どうして、京極もいないのに、私達の敵として戻ってきてしまったのか。




「確かに菊花さんは日光でもう死んでいました。
 でも、私達は確かに八鬼門封魔陣の中で、菊花さんに助けられました……」
「何を話したかは覚えてねえけど、あいつは、確かに菊花だった。間違いなく」

 翌日、かえでが呼び出したのは、夢組隊員の一人……実質的な隊長格だと大神は考えている……星野道香と、彼女の幼馴染である月組隊員甍翔太の二人である。
 大神が帝国華撃団司令に就任する以前のことであるため把握していなかったのだが、当時から副司令であったかえでの下には情報として上がっていた裏の事件の一つである。
 花組が黒鬼会五行衆らと死闘を繰り広げている間に、裏で京極慶吾によって着々と進められていた八鬼門封魔陣を巡る戦いがあった。
 その戦いでは、反魂の術とは異なる形で、死者たちとの遭遇が幾度もあったのだという。
 その一人が、夢組隊員でありながら闇に飲み込まれて人魔となった後藤菊花という少女であった。
 だが、人としても人魔としても死んだはずの彼女が、帝都の霊脈そのものと言って良い八鬼門封魔陣の巡りの中で二人の前に現れ、二人は彼女に助けられたのだという。

 特に道香にとっては思い出すのもつらい記憶なのだろう。
 そんな彼女をいたわるように肩に手をやる翔太と、そろそろ結婚してもいいのではないかと大神も米田も夢組隊員たちも考えている。

「それは、菊花くんの魂だったのか」
「いいえ、それは違うと思います。八鬼門封魔陣の中では私達こそが魂だけの脆弱な存在でした。
 あのとき……ええ、そうです……今思い出しました。
 船が私達を運んでくれたのですが、その船は、菊花さんが思い出の中で最も大切にしていた船の姿だったんです。
 あれは、魂ではなく、都市が覚えていた菊花さんの記憶そのものだったのではないかと思うんです」
「ああ……、今の今まで忘れてた……。あれ、ヨットって言うんだっけ。ずっと思い出せなかったのに、なんで今になって」
「都市が、覚えていた記憶……」

 その見解は、三夜連続して現れた刹那、羅刹、水狐たちの有り様を見事に言い当てていた。

「ではあいつらは、大久保長安のような怨霊ではないんだな」
「はい、それは違うはずです。
 あの後八鬼門封魔陣に集っていた都市の怨念は呼び出された武蔵に吸い上げられました。
 さらに翌年に大久保長安さんが帝都を守護する存在になったので、八鬼門封魔陣を巡り都市エネルギーとなっていた怨霊もほとんど開放されています」
「道香、おまえな。なんであの大久保長安にさん付けしてんだよ」
「おかしい?」
「いや……まあいいけどさ」

 道香の親しげな呼びかけを聞いた大神は、大久保長安が最後に見せた自分たちを見守る遥かな曽祖父のような姿を思い出す。
 大久保長安といい、天海僧正といい、帝都東京の設立に深く関わってきた者たちと図らずも戦ってきたが、彼らは今の帝都に生きるこれらのシステムにどこまでの深謀遠慮を組み込んでいたのだろう。
 ただ、銀座文書を解析したところ、大久保長安と天海僧正とは都市としての江戸の設計にあたって意見が一致していたわけではないようだ。
 大久保長安が驚異ではなくなったとしても、天海の残した遺産が驚異でなくなったわけではない。
 泉鏡花が語ったように、天海が作った妖怪たちの都がまだ残っているのだとしたら、刹那たちはそこから来たのではないか。
 ……いや、それもおかしい。
 刹那たちが人間であったかどうかは今となっては確かめようがない。
 でも、天海が作ったのが妖怪たちの都だとしたら、人間であったサキくんの映し身がそこから来るのは、おかしいのだ。
 だとすると、やはり帝劇が八鬼門封魔陣と繋がってしまい、そこから都市の記憶が漏れてきた、という方が可能性が高い。

「……問題は、何がきっかけだったか、だ」

 考えてみれば、順序が逆だ。
 元々、何を調べようとしていたのか。




「おまえに、話しておかなきゃあいかんことがある」

 蒸気電話を介してもわかる。米田の苦渋に満ちた顔が。
 米田がこの声をするときは、だいたい決まっている。
 日露の戦場の話か、降魔戦争の時の話だ。

「俺はな、行ったことがあるんだ。
 泉先生のおっしゃったもう一つの都ってえところにな」

 なるほどそれは、さすがに泉鏡花の前で言える話ではなかった。

「巨大降魔との戦いじゃねえ。
 巨大降魔を作った奴らの根拠地だった。
 あやめくんがさらわれて、俺たちはそこに乗り込んだ」

 俺たち、という複数形が伴っているのが誰か、言われなくてもわかる。
 山崎真之介と、さくらくんの父真宮寺一馬だ。

「あれは確かに江戸だった。
 レンガ造りの建物なんか一つもねえ。
 今の帝都よりも100年は前の、下町に辛うじて残ってる俺んちみたいな街並みがずっと続いていた。
 ただ、風が呆れるほど綺麗だった。
 石炭の煙の臭いが欠片もしねえ、煙の匂いの中に懐かしい煮炊きする薪の匂いがする町だった」

 文久の江戸に生まれながら、帝都東京を守るためにその後半生をささげてきた男が語るには、その言葉は重すぎた。

「そこに、妖怪たちがいたんですね」
「……いた。
 確かにそこで暮らしていた。
 そして、俺たちの前に立ちはだかった。
 三本や四本の尻尾を持つ妖狐とか、それに、羅刹と刹那もな」

 さらりと、つい先日記憶の奥底から引き上げられてきた名前が告げられた。
 そして、思い出したことがある。
 吉原で戦った紅のミロク。
 彼女の命を助けたのが妖狐の少女たちで、その名残としてミロクは妖狐の少女たちの持っていた狐火の尾を持つことになったのだと。

「黒之巣会死天王……、彼らはその都の出身だったのですか」
「ああ。俺たちはその都を滅ぼした。
 都を預かっていた、水神の娘を倒してな」
「水神?」
「元々その都は、隅田川の水神が管理していたものだったらしい。
 妖怪たちや、まつろわぬ者たち、そういった連中が生きていけるためのもう一つの江戸だったのだそうだ」
「……その都は、本当に滅んだのですか」
「おめえに話しておかねえといけねえと思ったのはそれだ。
 その都が滅んでいく中、山崎は亜空間が崩壊するとか言ってたな……、なんとか辛うじて脱出したが、完全に滅んだかどうかを見届けることはできなかった」

 刹那と羅刹が過ごした、都市の記憶。
 そんなものが残されているのなら、その幻の都にはどれほどの記憶が、想いが込められているのか。





「済まないがアイリス、今夜はレニの部屋で寝てくれないか。
 深夜に君の部屋で何かが起きていないか、確認したい」

 かつてアイリスが眠れなかった夜に手を繋いだまま寝かしつけたことはある。
 だが、さすがにもうそんなことはできない。
 十五歳の乙女が眠る寝室に堂々と真夜中に居座るというのはさすがに憚られた。

「アイリスのお部屋に何かあるの?」
「何かあるかもしれない。無いかもしれない。ただ、おばけが出てくるかもしれないから、まず一番に君の部屋から調べるのが安全だろう」

 それはアイリスを安心させるための嘘だった。
 でも、今のアイリスは心を読まない。
 ……いや、読めなくなっているのではないか。

「アイリス、おばけなんか怖くないもん」

 そう言いつつ、腕の中にあるジャンポールをひときわ胸元に抱き寄せるところに、強がりが見える。
 凡百のおばけを遥かに上回る魔操機兵や降魔を倒してきた対降魔迎撃部隊花組隊員ではあるのだが。
 それでも、アイリスにとってはおばけはまだ恐ろしいものなのだろう。
 かつて浅草で活動写真館をふっ飛ばしたときに、アイリスがホラーめいたものを特に苦手としていることは察せられてた。
 それはかつて、ソローニュ城で長きに亘り幽閉されてきた過去を思い出したからだとわかっているだけに、おばけを怖がる仕草を揶揄する気にはなれない。

「何もなければそれでいいんだ。
 ただ、万が一ということがある。だからレニと一緒にいてくれたら安心だ」
「…………お兄ちゃんと一緒じゃ、駄目なの?」

 そうして見上げた視線を受け止める大神は、今まで考えまいとしていたことを改めて突きつけられていた。
 何故、お兄ちゃんとしか呼ばないのか。
 大人になりたいと願いながら、大神を呼ぶときは大神さんとも一郎さんとも呼ばない。
 着飾ろうとするでもないことはまだ理解できる。
 幼い頃から元から欧州の最高峰の服を纏っていたため、それ以上着飾るということに意識がまったく及ばないのだろうと。
 だが、舞台以外では紅さえ差そうとしない。
 普段から舞台で慣れているから化粧を知らないはずもないのに。

 アイリスは……ずっと背伸びをしていると思っていた。
 でも振り返ってみれば、アイリスの行動は全て逆ではなかったか。
 花組の皆が変わっていく中、本来なら一番変化していなければならないはずのアイリスの成長は、異常なまでに抑えられてはいなかったか?
 西洋人で十五歳といえば、もう少女というよりも大人に近いはずなのに……!

「お兄ちゃんは、アイリスと一緒に寝たくないの?」

 ぎくり、とした。
 まるで今しがたの、アイリスが変わっていないという考えを見透かされているような、ここ数年アイリスからは感じることがなかった凄みを、一瞬感じたように思えたのだ。

「そうだね。それは、こんな任務とは関係ないときがいいかな」

 寝る、という日本語をアイリスはどこまで理解しているのだろうか。
 理解していて欲しいようにも、欲しくないようにも思えて、あえてわからないように答えた。

「……わかった。ちゃんとおばけを退治してね。お兄ちゃん」

 くるりとスカートを翻すその背中は、さきほどの一瞬の戦慄を感じさせないほどに幼い。
 大神はかえって、自分の推測が正しいのかどうかわからなくなってきた。
 そうして、推測を確かめるべくアイリスの部屋の奥へ進む。
 シャトーブリアン伯爵から贈られた、大神の身長よりも大きな、豪奢な鏡。
 造りは新しく、鏡面本体もガラスに銀メッキを施した近代以降の構造だ。
 素晴らしい出来だが、魔の気配も魔法の気配も何も感じられない。
 ソローニュ城に何百年も眠っていた魔法の鏡、などというものではないようだ。

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」

 思わず問いかけてみるが、もちろん答えがあるはずもない。

「……それは、大人になったアイリスです」

 と、思わず呟いてしまったのは、魔物でなくても鏡の持つ魔力のせいだろうか。
 アイリスと霊力を極限まで高めて交わしたときに垣間見る、大人になったアイリスの美しさは、おとぎ話の中のお姫様たちの全てを凌駕していたように思う。
 悪い魔女がアイリスに負けないために、アイリスの成長を奪った、などという与太話を信じたくもなる。
 さて、狩人は悪い魔女にどう報告したらいいのだろう。
 大神はそんな益体もないことを考えつつ、愛用の小太刀に加えて神刀滅却まで携えてアイリスの部屋で静かにその時を待つ。
 事件の黒幕を突き止めたら、正面からの切り合いよりは霊的な戦いになるはずとの予感があった。

 部屋の外には加山と甍翔太の二人が待機しており、何か強大なものが呼び出されたときにはすぐに援護に入れる体勢である。
 一方で、アイリスを保護しているレニの部屋の前にはマリアが待機しており、そちらで何か起きたときには突入できる用意をしている。
 さくらと織姫は舞台袖で待機し、決して舞台の中には入らないようにと告げてある。
 カンナと紅蘭は中庭からアイリスの部屋付近を監視していた。
 そして、午前二時。
 鏡に映し出されたのは、

「……アイリス?」

 大神とほぼ変わらない身長にまで成長した、母であるマルグリット・シャトーブリアンの美貌すら凌駕する、あまりにも美しいアイリスの姿だった。
 いっそ魔女か何かであっても不思議ではないほどの存在だった。
 それが等身大で鏡の中にいて……、助けを求めるようにこちらに手を延ばす。
 鏡の向こうでアイリスの唇が、お兄ちゃん、と呟いたように形作られ、思わず大神は手を伸ばしていた。
 事件の黒幕が作った罠や幻である可能性を考えなかったわけではない。
 だが大神にとって、花組の誰かが助けを求めているならば、その手を取らないという選択はあり得なかったのだ。

 鏡の表面で大神の手とアイリスの手が触れ合う。
 次の瞬間、帝劇の玄関前にいた。

「え?」

 何がなんだかまったくわからない。
 アイリスの部屋にいて鏡の中のアイリスに触れたと思ったら、帝劇の外に出て玄関階段横に立っていた。
 舞台の中で大道具だけを入れ替えたように、鏡に触れようとした姿勢もそのままで、帝劇の屋外に立っていた。
 午前二時の深夜だったはずが、外は明るくなっている。
 空は曇っているのか太陽が見えない。
 影の方向さえわかれば大まかな時刻は計算できるのだが。

「移動した……いや、移動させられた?」

 それが単なる移動だったのでないことを、次の瞬間に知ることになる。
 帝劇の玄関が空いて、出てきた一団を目にしたからだ。

「まあ今度の発明品も楽しみにしときや。舞台でもしっかり宣伝しとかんといかんけどな」
「私、自分でもずいぶん宣伝が上手くなったと思うんです。最初は椿ちゃんにいろいろ教わってたんですけどね」
「そうね、幕間に出ることも慣れてきたものね」

 紅蘭がいて、さくらがいて、マリアがいて、

「それはいいけど、箱の発注があるから大きさと名前は早めに決めてくれよ」

……大神がいた。

「!!?」

 大神が何かを考える前にとっさに身を隠すように動いたのは、幾多の霊的現象に遭遇してきた経験の賜物だろう。
 それでも、いかな大神といえども、自分自身と遭遇したのは初めての経験だった。
 今までに体験したことのない異様な状況に陥っていることは間違いない。
 鈴野十浪先生が書いた小説で描かれているような、違う時間に迷い込んだのかと思われた。
 それならばと考え、帝劇の建築構造を確認する。
 帝劇はミカサ発進のたびに改修工事をしているため、いくつかの特徴的な箇所を見れば、それがいつ頃であるか特定することができる。
 だが、わからなかった。
 記憶にあるどの時期の帝劇とも、微妙に違う気がする。

 その混乱のために、気づくのが遅れた。
 さくらたちと一緒に出てきた一団の中に、さらに二人いたことを。

「最近紅蘭の発明品が爆発しなくなったんだよなあ。安心できるんだけどなんか張り合いがねえというか」
「カンナはすみれがいてくれないから寂しいんでしょ」

 あれは、誰だ。
 いや、誰だと言ってもそれは間違いなくその二人でしかありえないのだが、間違いなくその二人ではなかったのだ。
 カンナに対して、アイリスの声が上から掛けられる。
 カンナとアイリスの、身長が、まるで逆だ。
 アイリスが大人のようになっている。
 いや、先程幻のように鏡の中に見たものとは違って、アイリスが子供のままで背が伸びたような姿をしていた。
 それに比べると、堂々たる姿勢はそのままだが、カンナの身長がメンバーの中で一番小さい。

 あまりの衝撃にめまいを覚えて立っていられなくなり、その場に倒れる。
 だが、派手に倒れたのに一団は何も気づかないで去っていく。
 いや、そもそも、銀座の中心大帝国劇場前なのに、ここはあまりにも人通りが少なすぎるのではないか。
 そのことに気づいたとき、またもや場面が移り変わった。

 さくらたちが浅草の街角で団耕助の一味と気軽に話している。
 団耕助を筆頭とするギャング団に対しては、大神は大帝国劇場の興行主としての立場からそれなりに付き合いがあるが、さくらたちがそこまで気軽に話すほどの繋がりがあっただろうか。

 そうしてまた場面が変わる。
 帝劇の内部になったり、すみれの実家だったり、悪辣な一味のアジトだったり。
 いずれの場面でも、その場を観測できるが、その場にいる人間たちには見えていないようで、こちらから干渉することもできなかった。
 まるで幽霊になったような心境だった。
 それでも彼女たちの公演が見られるのならば当然に見ないわけにはいかない。
 公演の演目は、八犬伝。
 検討したことはあるが、自分たちはまだやっていない演目だった。
 だからなおさら、公演には惹きつけられた。
 自分たち花組がやっているはずの舞台を、誰かとてもよく似た誰かが演じているような違和感は拭えない。
 その違和感を通してもなお、舞台に立っているのは自分たちであり、さくらたちであり、どこか違う彼女たちの有り様を活かした舞台だった。

 思えば、花組の舞台は年を経るごとに完成度を上げていった。
 一流の脚本、一流の演出、ラチェットのような本場の目が入ったことも大きかっただろう。
 花組の公演は芸術界から注目され、一流であることを要求されてきている。
 でも、太正十二年の最初の頃はそうではなかった。
 脚本の決定から練習から公演までを月替りで、よくもやっていたと思う。
 今の花組に比べれば遥かに稚拙だったと言ってもいい。
 でも、花組の舞台を見に来てくれた人々が見たかったものは、客席と舞台との間の距離が無い、こんな大きな家のような舞台だったのではないか。

 幽霊のような立場を利用するかのように、その公演を見続けて千穐楽が来た。
 そうして、季節が飛んだ。

「え?」

 気がつけば季節は冬。
 帝都を行き交う人々は寒そうに着込みながら帝鉄が来るのを待っている。
 しんしんと帝劇に雪が降り積もる。
 どうしても、こんな雪の帝劇には、思い出させることが二つある。

 一つは、天候を操る恐るべき上級降魔と、その後に訪れた赤い月の夜の別れ。
 もう一つは、太正維新軍に踏みにじられた帝劇と、それを奪還するための戦い。

 そう、あんな風に降魔たちが攻め寄せてきて……

「!!」

 そこには、記憶と寸分たがわぬ姿で、氷を操る魔操機兵が立っていた。
 そして同じく、記憶にある通り、帝劇の壁が爆破されて、降魔たちがそこへ攻め込もうとしていた。
 そんな馬鹿な。
 迷宮事件で大量の降魔が出現した以上、残党となる降魔たちが残っている可能性は確かにあった。
 だが迷宮事件では知恵ある上級降魔たちの姿は確認されなかった。
 それなのに、これは一体何が起こっているのか。

「氷魔・紅葉落としぃぃぃ!!」

 魔操機兵不動だけの見掛け倒しではないか、などという淡い期待は、忘れもしない叫びに塗りつぶされた。
 間違いなくあの不動には、氷を操る上級降魔鹿がいる。
 帝劇に出現した刹那といい、いったい何が起こっているのか。

 いや。
 帝劇の舞台に出現したあの刹那は、ここから来たのではないか。
 かつて彼らが暮らしていたという幻の都。
 帝都東京と重なるように作られたという都。

 今いるこの帝都は明らかに元々いた自分たちの帝都ではない。
 時間の流れもおかしい。
 町並みを見れば数年前の帝都のようにも見えるのに、当たり前のようにすみれが帝劇に出入りしている。
 昔の帝都が、記憶をごちゃまぜにして呼び出されているかのようだった。
 まるで、記録された活動写真を次々と目の前で上映されているかのように。

 そしてまさしく記憶を再現するかのように、七体の神武が出撃して鹿を追い詰める。

「俺は……最強の降魔だあああああああああ!!!」

 その後に起こったことを、忘れるはずもない。
 忘れられるはずもない。
 見上げれば夜空を睥睨するように禍々しく輝く赤い赤い月が登っていて、

「う……?」

 目と頭がその光景を見ることを拒否して激しい目眩がする。
 見たくない。
 あの光景を。
 それでも見ずにはいられない、屋根の上に二つの影が立っていて。
 大神の手元には、託された拳銃が握られていた。

「うわあああああああああああああああああ!!」




 次の瞬間には夏が来ていた。
 神崎邸の外に、初めて見たときからけして忘れられぬ六臂の異形が姿を現す。
 人間ではなく、上級降魔の一種ではないかと疑ったものだった。 

「フフッ……こんな姿はしているが、ワタシだって人間さ。
 この異形の体ゆえに……ワタシは、ずっと忌み嫌われつづけてきた」

 羅刹と、同じだったのかもしれない。
 帝都には彼らを受け入れない意識が間違いなくあり、彼らはその理不尽とも戦っていたのではないか。

「人間どもに復讐できるのなら、ワタシは、命だって惜しくないのさ!」

 いや……、おかしい。
 初対面のとき、その女はそんなことを繰り言ですら語るような気配ではなかった。
 ただひたすらに、狩の対象として襲い掛かってきたはず。
 そうだ。
 この言葉を彼女から聞いたのは、このときよりもずっと後。
 真冬の遥か帝都上空。
 降魔たちの翼すら手が届かぬほどの遥か空の彼方で、ミカサを守るための、最後の戦い。
 三度の戦いを経て、彼女の素性と過去を初めて聞いた。
 今にして思えば、あれほどに俺たちを憎んではいたものの、三度の戦いを経てわずかばかり、心を開いてくれていたのだろう。
 せめて、彼女の憎しみの根源を教えてくれるくらいには。

「自らの意思で、京極様のために死ぬのだ!!」

 これまでの幻影のように触れられなかった者たちと違って、彼女の攻撃ははっきりと大神を捉えてきた。
 だが、これはありえなかった戦い。
 魔操機兵八葉も、天武も介さずに、狩ではなく憎悪で襲い掛かってくる彼女と、直接刃を交える戦いなど。

「違う、お前は……、誰だ!!!」

 持ち込んでいた刀で彼女の攻撃を受け止める。
 いや、六本の腕から繰り出される動きを、刃がついているとはいえ二本の刀で受け止めるのは至難の業だった。
 なぜなら、彼女は二本腕の人間と戦ったことは幾度もあるが、こちらは六本腕の相手と戦った経験がないのだから。
 戦ってわかる。
 やはり、これは初めての戦い。
 右斜め上と左横から同時に拳が飛んできた直後に、真下から顎先を狙って振り上げの拳がかすめてくる。
 そして、六本の腕に注意が向いたと思った瞬間、彼女の名前を思いだす。
 蜘蛛は、八本脚なのだ。
 横薙ぎに振るわれる左足による蹴撃を、食らう寸前まで予期できなかった。
 避けきれないと判断するよりも先に、体が勝手に無理やりな姿勢から全力で右へ跳躍した。
 脇腹に食らう強烈な一撃に、跳躍した以上の勢いで吹っ飛ばされる。
 それでも直撃を食らうよりはるかにましだ。
 受け身を取って転がったので、見た目ほどには傷めていない。
 観客がいれば、見事な殺陣にでも見えたかもしれない。

「お前は……、土蜘蛛じゃないな!」
「ほう、気づいたか。大神一郎」

 土蜘蛛の声のままながら、口調がはっきりと変わった。

「綺麗すぎる。
 魔操機兵を介してとはいえ、俺が見た土蜘蛛の戦い方はもっと動物的だった」
「ふん、狼が吠えおるわ。
 だが貴様の言う通りよ。その慧眼に免じて俺の姿を見せてやろうではないか」

 土蜘蛛の身体に、もう一人別の人間の姿が重なったかと思うと、土蜘蛛が倒れてその人間がいきなり実体化した。
 修験者にも僧侶にも山伏にもあるいは歌舞伎役者にも見える、奇怪な服装だった。
 特徴的なのは腰に左右二本ずつ、合計四本もの火縄銃を下げていることだった。
 大神自身、一度撮影所で幽霊に憑りつかれたことがあるからなんとなくは推測が付く。
 こいつはおそらく、生きている人間ではない。

「亡霊……か?」
「確かにこのなりでは生きているとは言えんな。
 俺の名は、そうだな、根来幻夜斎と呼ぶがいい。天海僧正から頂戴した名だ」
「……天海!」

 根来衆といえば、織田信長や徳川家康に仕えた傭兵集団だ。
 鉄砲隊を抱えるとともに、忍者の一種とも言われたことがある。
 確かに天海と繋がりがあっても不思議はない。

「だが、貴様も何か大神一郎にしてはおかしい……。
 まさか貴様、帝都から来た大神一郎か?」

 帝都にいながら帝都から来た、という表現に壮絶な違和感があり、次の瞬間、その言葉の意味に気づいた。

「やはり、ここは帝都ではないのだな」
「肯定とみなす。
 なるほど、やはりこの都の機構がひどくおかしくなっているのだな。
 何十年ぶりか、あちらから記憶以外の姿の存在が到達するとは」

 ぼりぼりと頭を掻く仕草からは一気に緊張感が抜けている。

「業腹だがどうやら貴様に協力してもらわねばならんようだ。
 少し茶に付き合え、大神一郎」
「茶?」
「利休の弟子どものような堅苦しいことは要求せんわ」

 幻夜斎が手元で何やら印を結ぶと、目の前に小さな庵が現れた。
 いつの間にか神崎邸の門前から移動していたらしい。

「まあ入れ」

 庵といってもせいぜい畳四畳程度の板の間の中央に囲炉裏があるだけで、静謐な茶室のようなものではない。
 土間から上がったところに幻夜斎は火縄銃を四丁とも置き、土間の片隅に置いてある水がめから水を汲んで鍋に移し、囲炉裏につるした。
 また何か印を結ぶと囲炉裏に火がつく。

「どうした。入らんのか」
「……お邪魔します」

 天海の手下っぽい過去の亡霊に招かれているという状況で、何と言って入ったらいいのかわからないが、土間で靴を脱いで板の上に上がるときに、意図せずにそんなことをつぶやいていた。
 なんとなくこちらも礼儀なのかと、二刀を横に置く。

「ふむ、とりあえず聞こう。
 ここは貴様が本来いる帝都東京ではないことはわかっているな」

 小さな火なのにあっという間に沸いた湯を汲み取って、幻夜斎は流れるような手さばきで茶をたてる。

「かつて江戸と重なって作られた、もう一つの都だと聞いている。
 降魔戦争のときに失われていたはずだと」
「ふむ。そこまでわかっているのならだいぶ話が早いな。
 まあとりあえず飲め」

 いびつな形だが黒く光る茶碗で、酒ではなく茶が出された。
 毒を入れた様子もなく、茶そのものが毒でもない限り大丈夫だろうと開き直ることにする。

「……結構なお手前で」
「粗茶であった」

 何をしているのかわからなくなるが、とりあえず出された茶は確かに美味しかった。
 どうやら本気で敵対するつもりはないらしい。

「人と魔が同居すると平安京のような百鬼夜行が徘徊するようになってしまう。
 そこで天海僧正は江戸の霊的防御機構として八鬼門封魔陣を使って、江戸に重なるもう一つの都を作ることにした。
 だが、その都は天海僧正が目覚められたときにはほとんど失われていた。
 つい近年までは存在していた証言があることから、おそらく貴様のいう通り、降魔戦争のあおりを食ったことは想像に難くない」
「ほとんど、ということは」
「辛うじてわずかな亜空間が残されていたのだ。
 これに目を付けた天海僧正は、江戸を復活させるための布石として、この残された都を拡大して六破星降魔陣後に備えようとした。
 六破星降魔陣で帝都の中心を破壊した後は、あらかじめ作り上げておいた江戸を現出させることで、理想の世の中の実現までの時間を短縮できるとな」
「だが、それは止めた」
「残念ながら貴様らの手でな。大神一郎」

 いつの間に用意したのか、串に刺した団子が四本皿に盛られて出された。
 どうやら幻夜斎自身は亡霊らしく、何かを食べるということがないらしい。

「それでこの都は不要になったのか」
「とんでもない。逆だよ。
 いつか来るであろう魔の時代がなされるときまで、我らは積み重なる記憶とともにこの都で待ち続けることにしたのだ。
 この都で、年をめくることなくただひたすらに夏と冬とを繰り返してな」

 確かにこの都に入り込んでから時間の流れがおかしかった。
 出来事も時系列からずれていたし、そもそも起きていないことが混ざり合っていた。
 とはいえ、食べれば団子は減っていく。
 時の概念がまったくないわけではないらしい。

「しかし、あるときから様子がおかしくなった。
 こちらの記録がそちらに漏れ出るようになってしまい、こちらはそちらの影響で都の姿が変わり始めてしまった」
「帝都と、この都が繋がってしまった?」
「おそらくな。
 そして基本的にこちらからは帝都に対して接続しようとすることはない。
 現時点においては帝都は我々が復帰できるような状況からほど遠い蒸気文明のままだからだ。
 したがって、この事態を引き起こした原因は帝都の側にあると考えている」

 なるほど。
 それが戦わずにこちらを茶に招いた理由か。
 ちょうど四本目の串を皿に置いたところで幻夜斎が改めて向き直ってくる。

「さて、ここまで説明した理由は当然わかってもらっているな」
「帝都に戻り、原因となるものを破壊しろ、ということだろう。
 だが、見当はついているのか?」
「ある程度はな。
 この都を最初に作るときには、魔神器の一つ鏡が使われたと聞いている。
 鏡に映された江戸を実態化させることで最初の原型を構築したからだ」
「なるほど。現実の都と重なるが決して交わらない都というわけだ。
 しかし、魔神器は俺が破壊した」
「知っている。
 それについても言いたいことは山ほどあるが、今は棚上げだ。
 魔神器ほどではないにしても、強力な鏡が帝都で作られたか、あるいは帝都に持ち込まれたか。
 そのどちらかである可能性が非常に高い」
「…………」
「何か思い当たるものはないか。
 三越での催事や、国立博物館の企画展、帝国大学や神崎重工での光学実験など、強力な鏡が持ち込まれたという話を聞いていないか」

 思い当たるものは、ある。
 というよりも、この世界に入り込むまでの経緯を考えれば、答えは一つしかない。

「お前がこちらに来た理由は、こちらから漏れ出た記憶の流出を止めようというのであろう。
 見通しがあるのなら、貴様の身柄を傷つけることなく帝都に返そうではないか。
 そうすれば、我々は以後もおとなしく、世界を隔てたまま両立できる」

 なるほど、それならば問題は解決する。
 当面の問題は。

「思い当たる鏡はわかっている」
「おお。そうか。それは重畳。
 では急ぎ帝都に戻り、それを破壊してきてくれ。
 こちらは江戸であったはずの都が次々と帝都に染まってきているのだ。
 もはや一刻の猶予もない」

 切実な面持ちで幻夜斎が頭を下げてくる。
 思わず、請け合いそうになる。
 だが、根本的な問題は、なんだったのか。
 自分は、何のためにこの幻の都に来たのだったか。

 そして。
 そのとき、どうしてありえないはずの、求めていたはずのアイリスの姿が、その鏡に映っていたのか。

「幻夜斎。
 いくつか尋ねたいことがある」
「何かな。魔神器鏡さえ壊したお前が、壊し方がわからんということもあるまいが」
「天海に頼まれて、この都の再構築を始めたのはいつごろだ」
「時間が止まっていた亡霊に難しいことを聞くのだな。
 六破星降魔陣の進行途中だったことは間違いないから太正十二年の中頃であろうよ」
「そのころはまだ八鬼門封魔陣は動いていなかったはず。
 この都を再建するだけの霊的エネルギーはどこにあったのだ」
「そのころ、膨大だが不要とされた人的エネルギーが見つかったのでな。
 それを利用させてもらった」

 大きなため息をついてから、切り込むようにして告げる。

「それは、誰の力だ」

 疑問ではなく、詰問だった。
 察していたのであろう、幻夜斎が瞑目する。

「お前の推察通りだ。大神一郎」

 1歳にしてフランスシャンパーニュの地殻を揺るがした力。
 7歳にしてカルマール公爵の500年に亘る封印を破った力。
 そして、10歳の、浅草での騒ぎの後に、急激に収まったと思っていた力。

「まさか、こんなところに来ていたとはな」
「提案してきたのは黒き叉丹だ。
 白銀の羅刹を倒されたときに観測された霊力の膨大さに、我ら黒之巣会一同、驚愕したものよ。
 同時に、その力を本人もお前たちも疎んでいた。
 ならば活用させてもらうまで。
 市井から募った黒之巣会会員たちに大帝国劇場の公演の切符を渡して、アイリス宛の花束やファンレタア、人形などの中に小さな楔を何十個か紛れ込ませた。
 どうも爆弾の点検はしていたようだが、お前たちは霊的な防御に対する警戒が甘かったと踏んだのでな」

 確かその前の月に、マリアの古い関係者による爆弾騒ぎがあった。
 その反省を踏まえて、爆弾や薬物に対する点検は紅蘭がかなり厳重にやっていたはずだった。
 だが、その頃はまだ霊的な攻撃に対する防御制度は十分に確立されてはいなかった。
 何もかもが手探りの太正十二年だった。
 あの頃、もっと霊的な攻撃に対抗する手段や、憑りつかれた物に対する手段が揃っていたら、もしかしたら、あの赤い月の夜は避けられたのかもしれない。

「しかけたうちの複数が引っかかった。
 うちの黒之巣会会員の中には、正真正銘のアイリスのファンが何人もいたのでな。
 何をどうすれば直接お前たち花組に届くのか、知り尽くしていたようだ」
「そのファンは、何をするかわかっていたのか」
「きっちりと説明したとも。
 アイリスがまた暴走して警察の厄介になり帝劇花組の舞台が続けなくなる未来など望まないと、納得の上で作戦に協力してもらった」

 それならば、まだしもだ。
 たとえ黒之巣会に加担したとはいえ、帝劇花組のファンであればそれはお客様だ。
 大帝国劇場のモギリ、いやさ支配人として、大神はお客様が自分の想いを裏切られて絶望することは見たくなかった。

「事実、その通りになったであろう」
「そうだな。それは認めざるを得ない」

 活動写真館を一撃で吹っ飛ばしたあれほどの霊力の爆発は、以後一度たりとも起きなかった。
 もし起きていたら、それこそ、帝劇が吹っ飛んでいたかもしれないとは思う。

「その後はもうわかるな。
 お前たちが天海僧正を倒し、黒之巣会を潰した後は、もはや帝都に新たな都を重ねることは望めなくなった。
 だからアイリスから流れてくる霊力を使い、もう一つの都を完成させることに心血を注いできたのだ」
「地脈の流れのようなものが完成していたということか」
「そういうことだ。
 とはいえアイリスが二か月ほどフランスに出向いていたときはさすがに距離による減衰が大きく、エネルギー不足でほとほと困ったぞ。
 今後、できるだけそのような事態は避けてもらいたい」
「要求できるような立場だと思っているのか」

 あまりに図々しい要求に大神はあきれ返った。

「我々の利害は一致していると思っているぞ。
 お前たちは帝都東京のど真ん中でアイリスの霊力爆発が起こることは避けたいであろう。
 今後も我々の都にアイリスの霊力を流し込み続ければ、そのような事態は起きない。
 こちらとしてはもはや帝都東京を侵略するつもりはないのだ。
 帝都東京の行く末に、我らと共存できる都ができるまで、我々は時が留まったまま巡るこの都で待ち続けるつもりなのだからな」
「そうだな。それだけならばよかったのかもしれない。
 だけど、今はもう駄目だ」
「理由を聞かせてもらえるかな」
「お前たちが奪ったのはアイリスの霊力だけじゃない。
 アイリスの時間をも奪っていたんだ。
 いつまでも、子供のままでいさせることはできない」
「永遠の子役では不都合か。
 協力してくれた会員たちはそれをこそ望んでいたぞ」

 帝劇花組を運用するにあたって、その意識があったことは否定できない。
 アイリスはずっとずっと、子役を務め続けるという、そんなありえないはずのモラトリアムに甘えていた。

「俺は、あやめさんに代わってアイリスを預かっている以上、アイリスを大人にしなければいけないんだ」
「ようやくにして自分の罪には気づいたか。
 我らがそれに付け込んだとはいえ、そう言い切られてはどうしようもないな」

 ゆらりと幻夜斎が立ち上がる。
 交渉は決裂したとこちらもわかっていた。

「交渉で済めば、これ以上この都が揺らぐこともなかったのだがな。
 仕方があるまい。
 お前の身体をのっとって、あちらの鏡を力づくで破壊しに行くとしよう!」

 幻夜斎なりの誠意なのか、律儀にも宣戦布告をした上で、刀を手に取るように促してくる。
 もちろん刀など通じないという自信があるのだろう。

「行くぞ大神一郎!」

 亡霊としての本領発揮とばかりに幻夜斎の姿が膨れ上がり、大神の全身を妖力で取り巻いていく。
 だが、大神も撮影所で幽霊に取り憑かれて以来、二度とあんな醜態は曝さないように修練を積んできた。
 そして、大神の手には今、二剣二刀の一振り、神刀滅却がある。

「狼虎滅却、金城鉄壁ぃぃ!!」

 大神は全身の霊力を防御型に傾けきって、取り憑こうとしてくる幻夜斎の妖力に対抗する。
 さすがに幻夜斎は天海の後継者となって都を預かってきただけのことはある。
 それでも、今の大神にとっては、これまで戦ってきた幾多の強敵たちのことを思えば、対抗できないことはない。

「こんな器用な真似ができたとはな!」
「対降魔迎撃部隊花組隊長、大神一郎!
 二度と、魔に操られる隊員は出さない!」
「いい……覚悟だ!」

 大神の霊力に耐えきれなくなった幻夜斎が離れる。
 逃げられる前にと、とっさに踏み込みつつ神刀滅却を振るった。

「狼虎滅却、電光石火!!」

 亡霊に急所があるのかどうかわからなかったが、大神は頭や胴体は避けて、右肩を狙って叩き込んだ。
 血の代わりにか、幻夜斎が蓄えていたのであろう妖力が煙のように噴き出す。
 それでも、意識ははっきりしているようだった。

「ぐおおおおっっ……!
 お前、わざと、外したな……」
「お前が滅びれば、支えとなるこの都が消えるんだろう」

 蒸気電話越しに聞いた米田の声が頭に響いていた。
 かつてこの都で水神の娘と戦ったという米田の、悔恨に満ちた声が。

「それを繰り返すつもりはない。
 お前が帝都と離れて続いていくのならば、俺はお前を滅ぼすつもりはない。
 ただ、アイリスの霊力を返してくれればいい」
「甘いものだな、大神一郎。
 だが、俺もまだ滅ぼされるわけにはいかん。
 ゆえに、その提案に応えるわけにはいかないが、その解決策を与えよう」

 失った妖力が大きいのか、右肩から先を切り捨てるように消滅させながら、幻夜斎はもはや戦う気は無いとでもいうように座り込んだ。

「解決策?」
「我らが採った手段は先ほど説明した通りだが、楔による霊脈だけで時を留めて周期的に繰り返すなどという神業が可能になるわけがなかろう。
 この都の時が維持できたのは、本人の願いと一致したからに他ならぬ」
「本人……だと?」
「この都を支えているのは俺だが、時を止めているのは俺ではないということだ。
 思い出すがいい、大神一郎。
 我らにとっては僥倖であったが、この時の回廊は他ならぬお前が招いたことなのだ」

 まさか。
 いや、太正十二年の七月。
 あのときがアイリスにとってのピークであったというのならば、それは。

「行くがいい。大帝国劇場の時計台へ。
 そこに、この都の守護者が待っている」

 気がつけば増上寺の境内だった。
 すでに夕刻、逢魔が刻となっていたが、そこから新橋を通り銀座まで、走れば半時間もかからない。
 その町並みは、江戸のようでもあり、帝都のようでもあった。
 幻影のような人々とともに、確かな実態を持つ妖たちの姿もあった。
 時を留めて待つとはいえ、それでもこの幻の都は確かに必要なものだったのだろう。
 都一つを戦いで滅ぼすような決断はできない。
 まして、もう一つの東京で生きている人々だというのならば、なおさらに。

 大帝国劇場が見えてきた。
 時計台が指し示す時間は、合っているようでおかしい。
 六時半かと思いきや、分針と時針がどちらも同時に真下を向いている。
 そして、わずかの時間しか経っていないはずなのに、暗転したかのように夜の幕が降りていた。
 それ自体が舞台装置めいた大帝国劇場の周囲に、今は人っ子一人いない。
 いや、時計台の上に、二つの人影がある。

 一人は、夜会向けのような白と淡緑の豪奢なドレスを纏った金髪の女性。
 見たことはないのに、見た覚えはある。
 それは先程この幻の都に来る前に鏡の中で。
 そしてそれよりももっと昔に、黒鬼会との戦いの頃だろうか、互いに霊力が限りなく高まったときに幻のように見た、その姿。
 年齢は、十五歳か十六歳ほどか。
 本来、成長しているのならばそうであったはずであろう姿の、アイリスに他ならなかった。

 ただ、眠り姫のように天を仰いで眠る彼女を、両腕に抱いているもう一人の人影。
 こちらは、大人になったアイリスよりももっと見覚えがあった。
 予想していた通りの守護者の姿だった。

「やはり、そうだったか」

 見下ろしてくる守護者の姿に、後悔がにじむ。

「ああ、確かにそうだった。
 俺は、言ってしまったんだった」

 白銀の羅刹との戦いを前に、完成したばかりの自分の光武を暴走させたアイリスを前に、俺は確かに言ってしまった。
 その言葉を記憶の縁から呼び起こして、呪文のように告げる。

「子供でいいじゃないか。俺は今のアイリスが好きだよ」

 ……確かに、そう言った。
 その言葉こそが、アイリスに自らを留めさせてしまった根源。
 アイリスを子供のままに留めさせ、進まない時の世界を願わせてしまった、諸悪の根源。
 ならば、その世界を守る守護者は、その呪文を告げた者に他ならない。

「お前が、アイリスを守る番人か。
 かつての、俺よ!大神一郎よ!」
「そうだ。俺よ、大神一郎よ。
 この俺は、かつてお前がアイリスにかけた呪いそのものだ」

 呪いでありながら、その姿はアイリスが願ったものなのだろう。
 太正十二年の大神一郎の姿をしたその様は、モギリ服ではなくタキシードを纏い、左右の腰に日本刀と西洋のサーベルとを差していた。
 アイリスの霊力を受けて、本来の俺よりも遥かに気力が充実しているように見える。
 さしずめ物語の王子様か何かのようだ。
 アイリスが思い描いていた自分の姿がこれだと思うと、若干どころではない気恥ずかしさはある。

「ならば、俺が解かなきゃいけない。
 お前が、かつて俺がアイリスにかけた呪いだというのなら、お前を倒すのは俺の役目だ。
 お前を倒して、俺はアイリスの呪いを解く!」
「解かせはしない。
 永遠に!永遠に!この舞台は終わらない……!」

 守護者の大神一郎は、時計台の外回廊の床にそっとアイリスを横たえると、おとぎ話のような二振りの武器を手にとった。

「狼虎滅却・快刀乱麻!」

 守護者の大神一郎は、そのまま時計塔から飛び降りながら必殺剣を繰り出した。
 大神にとっては見慣れたはずの一撃だが、真正面からこうして受け止めるのは初めてだった。
 まだ未熟だった頃の大神自身が元になっているはずだが、アイリスの霊力を受けてその速さも威力も恐るべきものとなっていた。

「それでも、今の俺が、かつての俺に負けるわけにはいかない!!」
「強くなってはいるのだな!俺よ!」
「何が正しいかなんて……きっと誰にもわからないこと……」

 守護者の大神一郎の繰り出す剣を払い除けながら、大神は我知らずそんな言葉を口にしていた。
 あのときは、その言葉が正しいと思っていた。
 この言葉で、あのときのアイリスを認めてやりたかった。
 少なくとも、その気持に嘘はなかった。
 だが、結果としてはこうなった。
 大人になりたいと願っていたはずのアイリスを、六年もの間、縛り続けてしまった。
 だけど、

「大切なのは、それがどんな結果になろうとも、後悔しないように、常に努力し続けること……!!」

 きっと六年前よりも強くなったと、記憶の中の懐かしい人に胸を張るようにして叫びながら刀を振るう。
 アイリスとともに、三度も帝都を守った。
 アイリスに恐怖していたシャトーブリアン伯爵とマルグリットさんが、大人になったアイリスに会いたいと願えるほどに、アイリスの心を守って、成長させてきた。
 だから、あの言葉も、あの言葉のあとに過ごしてきた日々も、後悔などすまい!

「狼虎滅却・無双天威!!」

 聖魔城の戦いで振るった、唯ひとつ残る後悔の記憶とともにある技を、今の全身全霊を込めて、かつての自分に向かって叩きつける。
 地上から天を貫くように。
 六年の時を遡るように。
 繰り出した二刀から放たれた青い稲妻が、守護者の大神一郎を打ち抜き、時を止めていた時計塔の文字盤をも撃ち抜いた。

「そうだ……俺よ……。
 どうか、アイリスの願いを、叶えてやれ……」

 守護者の大神一郎は、ゆるやかに幻のように姿を薄れさせていく。
 もとより、舞台に立つ黒子よりも定まらぬ、ただ一つの言葉のために姿を為していたものだった。
 それでも最期に、そんなことを告げた。

「ああ。わかっているとも」

 大神が見上げる時計台の上に、目指すところを見定める。
 大帝国劇場は書き割りのように誰一人おらず静まり返っていた。
 それでも屋根裏までの道筋を見誤ることはない。
 何十何百、あるいは千に届く回数、梁の一つに至るまで魂に焼き付けるほどに見回り続けた大帝国劇場だ。
 屋根裏から時計台のベランダに出る。
 絵に描いたような満月は、あの赤い月とは対象的に、カンナが愛はダイヤで見上げたような、黄金の満月だった。
 思えば、この世界に来たときに見たカンナの身長が小さかったのは、アイリスがカンナより大人になりたいという願いの発露だったのだろう。

 スポットライトのごとく降り注ぐ黄金色の月光の中、その月光よりも輝く黄金の髪を広げて、眠り姫が待っていた。
 母であるマルグリット譲りであろう身体は、もはや断じて子供などとは呼べそうにない。

 あの時は、アイリスを子供だと思っていたから額に接吻した。
 そのときはまだ10歳。
 それ以上の行為をすることは、到底許されないと思っていた。

 そのアイリスに、単なる仲間以上の思いを抱いて何年になるだろう。
 一方で、まだ子供だからという思いをもって、自分自身も押し殺してきた。
 呪いを掛けたのは、アイリスにだけではなく、自分にもだった。

 今のアイリスは、別の意味で侵し難い気配を纏っていた。
 十五歳のアイリスは、本来ならばフランス社交界の花として幾多の青年貴族たちの目を虜にしていたことだろう。
 いや、もしかしていなくても、シャトーブリアン伯爵の一人娘として、とうに結婚して婿をとっていてもおかしくはなかったのだ。

「アイリス。俺は昔のアイリスも、今のアイリスも、そして……」

 眠り姫を抱き起こす。
 今はもう、躊躇するものはなかった。

「将来のアイリスも、ずっと好きだよ」

 アイリスと自分とに掛けられた六年の呪いを解く接吻を、アイリスの唇に届けた。

 何か、とてつもなく巨大なものを動かしたように、鐘が高らかに鳴った。
 木霊するように都中に響き渡る音色の中、眠り姫の目蓋が緩やかに開く。

「……お兄ちゃん、アイリスも、大好きだよ」

 夜の帳が払われて、黄金の月に変わって輝ける太陽が降り注ぐ。
 その太陽をも凌ぐほどに膨大な霊力の輝きがアイリス自身を光り輝かせる。
 長年に亘って分けられていた、一つの都を支えていた力が、今アイリスに戻ったのだ。

『では、お前の帝都に帰るがいい。大神一郎』

 幻夜斎の声がどこからともなく聞こえる。

『だが忘れるな。アイリスを失って時が動き始めても、この都は刻まれた記憶とともになお帝都の隣にあり続ける。
 力を失い、繁栄からは程遠くなっても、決してなくなりはしない。
 いつの日か、またお前とまみえるときが来るだろう』






 もちろん、大騒ぎになった。
 レニの部屋で寝ていたはずのアイリスがいなくなって、大神が詰めていたアイリスの部屋に移っていて、
 しかも一晩で大人になっていたとあれば、騒ぎにならないわけがない。
 もちろん、盛大に問い詰められた。
 本来ならば、おとぎ話のような一連の出来事を到底信じてもらえるはずもないのだが、何しろ目の前には現に一息に大人になったアイリスがいるのだから、みんな信じるしかなかった。

「アイリスに、抜かされちゃいましたね……」
「いやー……いつかはこうなると思っていたけどなあ」

 さくらと紅蘭はふたりとも、身長でアイリスに抜かれたことでショックを受けていた。

「しかし……、次の公演どうしましょうね」

 織姫がぼそりと呟いたことは、一同に理解が広がるとともに、とてつもなく深刻な事態であるとわかった。
 アイリスは名実ともに花組を代表する子役である。
 花組で一番低身長であったそのアイリスが、長らく年上の相役として活動していたレニよりも背が高くなってしまったのだ。
 騒ぎにならないわけがない。
 このアイリスの変化を、お客様に納得させなければならないのだ。

「確かに、これは困ったわね……。次の公演は二ヶ月後だけど、二ヶ月の間表に出ないようにしたとしてもごまかせるものではないわ」

 熱心な帝劇ファンがアイリスとレニが並んだときに身長差の違いに気づかないはずはないのだ。
 いくら成長期でしたとはいっても、限度というものがある。

「そうだね……次の公演はアイリスには出演せずに休んでもらおう」
「はい、それが賢明かと。幸い次の公演ではアイリスは主役の予定ではありませんでしたので調整は可能です」

 大神が支配人としての立場で宣言すると、マリアも花組のリーダー格として頷く。

「その間、やっておきたいこともあるからね」
「お兄ちゃん、それって……」
「うん、その話はあとでしよう」
「ただ、それでも次の次の公演まで約半年です。復帰直後の公演にどうしても違和感は出るでしょうね」
「アイリスに、劇中で成長する役をやってもらったらいい」

 冷静に提案したのはレニである。

「えーと、どういうこった?アイリスはもう成長しちゃってるじゃねえか」

 自分の目線に近づいてきたアイリスの顔がいまだに違和感甚だしいのか、顔を掻きつつカンナが尋ねる。

「劇中最初はマリアやカンナと並んで、アイリスが伸びたことをわかりにくくしておく。
 物語の中でアイリスの役が成長し、終わりには大人になったアイリスの役を見せる」
「お客さんに、劇中でアイリスの成長を追いかけて納得してもらおうというわけですね」

 さすがにレニの考えを読むことには織姫は察しがいい。

「……よし、その手で行こう。次の次の公演はアイリスを主演とする。作品タイトルはその方針で探してくれ」
「さっすがレニね!」

 今までの調子でレニに抱きついたアイリスだったが、自分よりも目線が下になったレニにまだ慣れず、目を白黒させる。

「さて、アイリス。できるだけ早くフランスへ行くように手配しよう」
「……うん。そうだね。おに……じゃなくて、一郎さん」





 数百年の歴史を持つソローニュ城は、以前来訪したときと変わらぬ美しさで二人を出迎えた。
 そこに集まる使用人たちもまた、仕える城に劣らぬ整然さで出迎えた。
 だが、その彼らをしても、蒸気自動車から降り立ったアイリスの姿を目にした瞬間、隠しきれない動揺がさざなみのように広がった。
 ここ数年のアイリスを目にすることがあった者は一様に。
 そして、かつてを知る者はなおさらに。

 かつてアイリスが巴里を破壊した折、アイリスとともに巴里を駆けた三兄弟がいた。
 彼らはシャトーブリアン家に引き取られ、長兄は運転手に、次兄は庭師になっていた。
 そして末弟は、あのとき最もアイリスの心の近くにいて、今最も衝撃を受けた少年は、それでもその衝撃を歓喜に変えてアイリスを出迎えた。

「……おかえり、アイリス」
「うん、ただいま。ジャン……」

 言葉にならなかったのに、大人になった自分の容姿を心から絶賛する少年の心が、アイリスにとっては八年前よりもずっと近くに感じられた。
 その彼の先導で、シャトーブリアン夫妻の待つ部屋へと案内される。
 アイリスの自室にいったん待機することなくいきなり案内されるということが、夫妻がどれほどにこのときを渇望していたのかよくわかった。

 その緊張感の中でも、アイリスは心穏やかに歩いていた。
 今のアイリスの中にある力は、かつてジャンとともにパリを破壊したときよりもさらに強くなっていた。
 カルマール公爵がこの力を求めたのも道理というものだろう。
 だがそれにも関わらず、その力は外にあふれることなく、絨毯の毛先一つ揺るがすことはなかった。
 アイリスはこの八年間、帝国華撃団・花組の隊員として幾多の戦いを経験し、その心も確かに鍛えられていたのだから。。
 自らにとって大切な人たちを傷つけることが、二度とないように。

「……開けるよ。アイリス」

 シャトーブリアン伯爵の私室に繋がる豪奢な扉の前で、少年が気遣うように静かな声を掛ける。
 アイリスは笑顔で頷いた。

「旦那様、奥様、只今お連れしました」
「うむ」

 静かに、だが確かに逸るような音色の、伯爵の声が返ってきた。
 少年が扉を開き、中の光景がアイリスの目に飛び込んでくる。
 父と母はもはや座って待ってなどいなかった。
 成長したアイリスの姿を目にした瞬間に駆け出していた。
 アイリスもまた、そっと大神に背中を押されるとともに駆け出していた。
 親子三人は、こらえきれない思いのままにひっしと抱き合った。

「パパ……ママ……!」
「アイリス……ほんとうに、大きくなって……」
「ああ、アイリス……私の娘……ああ……」

 これまでの幾度かの再会とは違う、万感の思いがあった。
 大神がこうしてみると、やはり娘は母にとてもよく似ていた。
 昔から再会のたびに思っていたが、大人になったアイリスと比べると本当にそっくりだと思うほどによく似ている。
 ただ、滂沱たる涙に濡れているその瞳は、確かに父譲りの色を湛えていた。
 その親子が、ようやくにして、心から安心して、抱き合うことができるようになったのだ。

「あやめさん……約束は、果たしましたよ……」

 大神は、今はもういない懐かしい面影を思い出しながら、空へと告げるように涙を振り払った。





 新生アイリスのお披露目公演は「雛燕」となった。
 フランスの作家エクトール・マロ原作で、文学者五来素川により翻訳されたものが降魔戦争期に少女雑誌に掲載された少女小説である。
 主人公の少女ペリーヌは、開幕の頃は11歳ほどであり、インド人で写真師の母マリに連れられパリに到着し、極貧生活を送るところから始まる。
 翻訳小説では主人公は花柄という日本名が当てられていたが、そこはフランス生まれのアイリスが演じるのだから原著から名前を取ることにした。
 母マリを演じるのはカンナであり、対比的に序盤はアイリスの身長が伸びたことを感じにくくなっている。
 念には念を入れて、アイリスは舞台以外では観客に姿を見せないようにし、新生アイリスのブロマイドは観劇後にしか買えないようにするなど、情報統制を徹底させてあった。
 母を失ってから苦難の人生を経て、ペリーヌの纏う服装を少女のものから大人のものへと変えていく。
 舞台が作り出す魔術が、少女が大人になる様をわずか二時間で見事に演出させることとなった。
 少女ペリーヌは、素性を隠して祖父ビルフランの通訳として働き始める。
 祖父ビルフランはさくらが腰を曲げつつ、その角度をシーンに応じて微妙に変えることで、少女ペリーヌの身長が伸びていく時の経過を見事に演出した。
 ペリーヌの父であるエドモンをたぶらかした女としてマリを許さなかった祖父ビルフランと和解するシーンでは、堂々たる大人の女性としての姿となっていた。
 働く新時代の大人の女性の姿として演じきったアイリスの演技は、それまでの子役としての評価を完全に上書きするものとなり、大きな反響を呼んだ。

 公演後は女性ファンが一気に増えることとなり、翌太正十九年には太正の働く女性を象徴する広告塔として様々な媒体での活動が拡大していくことになる。











 だが。

「そろそろ、来る頃だと思っていたぞ。大神一郎」
「帝都の状況は、わかっているようだな。根来幻夜斎」
「わかるとも。あれほどの妖力を撒き散らされれば、こちらにまで影響が出る」
「あれは、倒せない。
 二度に渡る華撃団総攻撃で倒したはずが、なおも蘇ってきた」
「見ていたとも。これほどに世界中に降魔がはびこった今、降魔の皇たるあれを一度や二度叩いたところで滅ぼすことは不可能であろうよ。
 おそらく降魔が一匹でも残っているかぎり、あれは滅ぼせまい。
 ジル・ド・レイ元帥が狙っていたわけではなかろうが、ずいぶんとはた迷惑な置き土産をしてくれたものだ」
「しかし、それを今から言っても仕方がない」
「では、泣き言を言いに来たのではないのだな」
「ああ。かつてアイリスを原動力としていた都。
 降魔の皇を送り込めば、有益か」
「その問を、待っていたぞ。大神一郎。
 受け入れよう。だが鏡一枚では足るまい。
 帝都上空に、奴らの根拠ごと飲み込める巨大な穴をこちらに向けて開けろ」
「穴さえあれば、できるか」
「できる」
「では」
「ああ、始めよう。二つの都を繋ぐ作戦を」

 二都作戦。
 幻の都への道を今一度切り開き、不滅の存在をもって魔の都を完成させる。
 完遂すれば、それは二つの都を同時に救うはずだった。






 新サクラ大戦へ続く。




初出 令和二年五月九日書き下ろし




楽屋に戻る。
帝劇入り口に戻る。
夢織時代への扉に戻る。