ダンジョンマスター
DS「君あるがため」後伝SS



「あー、死ぬかと思った」

 嘘偽りのない発言の大神である。
 ジャンヌたちの一件が一段落し、それでもまだ魔物たちが出現する大江戸大空洞に何度か乗り込んでいるのだが……、今し方加山ロボに殺されそうになりながら帰ってきたところだ。

「加山、いくらなんでもあれはないだろう。
 首を投げるしビームは放つし、もう少し手加減できないのか」

じゃらーん♪

「ちょっと待てえ大神ぃ、なんで俺が加山ロボの責任をとらないといけないんだ」
「へ?」

 加山ロボのことを加山に聞いて何が悪いというのだ。

「だって加山ロボなんだから」
「そんなわけあるか大神ぃ。
 加山ロボが俺の意のままになるなら、なんでわざわざ店を構えて金をとらないといけないんだ。
 おまけに親友のお前を妨害するし。
 ROMANDO出張店なんてそもそも聞いてないぞぉ」

 言われてみればその通りだ。
 というかあの加山ロボは色々と反則だと思う。
 それに浪漫堂出張店にしてはあの品揃えもおかしい。

「大体おまえに黙ってそんなロボを作ることができるわけないだろう〜。
 薔薇組のロボだってあったし、紅蘭が華撃団の戦力を拡張するために作ったものに決まってるじゃないか」
「なるほど」
「ちょいまちやーーーーーーーーー!」

 どこからともなくハリセンの素晴らしい一撃が飛んできた。
 確認するまでもなく紅蘭である。

「なんでウチがあんな人外のロボを作らんといかんねん。
 大体ウチが作ったんならウチらの邪魔をすること自体がおかしいやろ。
 ウチは加山はんがいたずらでこっそり作ったもんだとばっかり思っとったで」

 紅蘭の発明の失敗作に色々と邪魔された経験があるということはここでは棚に上げておくとして、その発言の内容は看過できないものだった。

「加山でも、紅蘭でも、ない?」

 何かが、ずっとこの戦いが始まったころから感じていた違和感が、急速にその輪郭をはっきりさせてきた。

「……かえでさんに確かめてくる」

 回答は、予想通りだった。

「米田司令のころならいざ知らず、あなたが司令となってからは、あなたに黙ってそんなロボの開発なんてできるわけないでしょう。
 加山くんが、こんなこともあろうかと、と言うためにこっそりやっていたんだとばっかり思っていたわ」
「……長官に聞いてきます」

 米田の隠居を尋ねてこの話を持ちかけると、米田の顔色が変わった。

「大神よ。俺はな、この戦いが始まったころからずっとおかしいと思っていたことがある。
 この戦いの最初に、俺たちは霊子甲冑が使えなくなった。
 これは俺たちにとっちゃあ手足を奪われたも同然だ。
 その直後で全力で攻められたら、生身の戦いに慣れていないお前たちを容易に壊滅させることができたはずだ。
 そして予想通り、敵が現れた……だがそのジャンヌたちは、お前や花組の連中を殺さなかった。
 お前たちが生身の戦いに慣れる前というのは、彼らが作った最大のチャンスであるにも関わらずだ。
 そして、奴らにはお前たちをわざわざ生かしておく理由も無かったはずだ」

 戦略家米田の言葉によって、状況が次々と整理されていく。

「奴らが戦略に通じてなかったはずはない。
 仮にも百年戦争を終わらせたジル・ド・レイ元帥が黒幕だったんだ。
 霊子甲冑を使わせなくしたのが奴自身なら、真っ先にそうしたのと同時のタイミングで花組を倒している」
「……ということは、霊子甲冑を使わせなくしたのは、ジャンヌたちでは、ない?」
「そうだ。それにもう一つわからんことがある」
「武器のことですね」
「そうだ、お前たちが迷宮と化した世界各地で手に入れた武器や袋、封紙……まるでお前たちに使えといわんばかりに用意されていた。
 奴らにはこれを用意する理由は、まったくない」
「そして、加山と薔薇組の姿を模したからくり人形の存在……」
「大神、事件はまだ終わってねえ。
 真の黒幕は、俺たちのことをよく知っていて……おそらくこの日本のどこかに潜んでいる」
「なぜ日本にいると?」
「降魔がいたからだ。
 巴里でも、氷獄でも、降魔が確認されたと言っていただろう。
 本来なら巴里に降魔が出願するはずがない。降魔は日本の大和の固有種の魔物だ。
 ジャンヌたちの系列ならば使うはずの無い魔物だ」
「しかし、オーク巨樹に由来するブランシュたちや、悪念機もいました」
「だから言っているだろう、真の黒幕は俺たちのことをよく知っていると」

 つまり、大神のここまでの戦いのみならず、紐育における新次郎の戦いも、そいつはしっかりと知っていて、情報を集め、活用できるほどのネタをかき集めていたことになる。
 ずっと自分たちを見ていた目の存在に気づかなかった自分に腹が立ってきた。

「迷宮というのはおそらく古くからある人払いの結界の応用だろう。
 そしてからくり技術を有し、一方で霊子甲冑を封じるという俺たちの急所をわかった上で、お前たちを動き回らせて……そして、お前たちを何故か成長させようとした人物」
「それが、今度の戦いの、真の黒幕……!」


 捜索は難しかった。
 何しろ大迷宮を作り上げるほどの人払いの結界を駆使できる術者なのだ。
 そもそも、ジャンヌたちとの戦いにおいてそいつの気配すら察することができなかったのだ。
 あれほどの迷宮を作り上げながら、その法力の出所を一切突き止めさせないというのは驚異的だった。

「加山、物資の調達の面から探ってくれ」
「……なるほどな。迷宮は術で用意できてもあの武器や袋は人を遣わなければ用意できないか」
「それと、封紙だ。夢組が作れるものもあったけど、明らかにこちらが作ったものではないものがあるはずだ。
 術式や、霊力の残滓を調べれば……あるいは」

 幸いにして、膨大な封紙やらアイテムの蓄積が倉庫にあったので調査材料には事欠かなかった。
 数日で加山はしてやったりの顔で大神の元に報告しにきた。

「敵の正体が分かったぞ」
「誰だ?」
「京極派の陰陽師、安藤龍という人物だ」

 本人の名前は初耳だったが、その肩書きは意外なものだった。

「京極派……道理で」

 しかし、考えてみればある程度納得できる。
 道理で降魔が使えたわけだし、旧ダグラス・スチュアート社経由と思われる機械系の魔物たちが多くいたこともようやく納得できた。
 降魔兵器の情報と引き替えに、京極の残党がDS社と組んでいたことが事件後の捜査でわかっていたからだ。
 あのヤフキエルからして、降魔兵器の応用に他ならない。

「ところで、どうやって名前や正体を突き止めた?」
「会員証をネタにして、飛来してきたブラックマーケットの連中を締め上げてやった。迷宮内のアイテムも調達していたのはあいつらだ。」

 裏社会を根こそぎ敵に回しかねない危険性のある手だが、確かにそれが一番手っ取り早い。

「ということは、居場所も突き止めたんだな」
「ああ」

 そういうと加山は、何やら青い布きれを二つ取り出した。

「なんだ、これ」
「ブラックマーケットの連中が安藤龍と取引する際に使っていた通行証だ。
 赤坂にある大江戸大空洞の閉鎖区画の奥に安藤は潜んでいるらしい」

 京極派といわれれば納得だ。
 太正十四年の激闘の記憶が蘇る。
 激闘の最中に崩落した黒鬼会の本部の捜索は、まだかなりの部分が手つかずのままなのだ。
 黒之巣会総本部跡地とともに、探索は今も続いているのである。

 かくて、真のラストダンジョンへの挑戦が始まった。
 そしてそこへの道は、案の定、あらゆる人を拒むかのように、これまでで最大級のダンジョンと化していたのであった。
 通行証である青い布きれで、これまで知られていなかったエレベータを稼働できたものの、これまでとは違う、上下の移動を伴わなければならない大迷宮となっていた。
 嫌がらせのように、各所には案内役を務めている加山ロボが配置されており、今度は問答無用で戦闘となった。
 それはつまり、陰陽師安藤龍が、こちらに正体が知られたことを知ったということでもある。

 太正十四年の十一月に鬼王と戦ったフロアよりもさらに深層、大江戸大空洞の未確認エリアに突入した先は、さらに奇怪なダンジョンとなっていた。
 虫食いのような細かい空洞同士を、移動陣を使って繋げてあるのだ。
 敵方の用意した移動陣など、どこに飛ばされるかわかったものではなく、一つ一つの陣の移動先が安全かどうかを確認した上で次のエリアに行かなければならなかった。
 膨大な地圧を受ける大空洞の岩の中にでも転送された日には一巻のお終いだからである。
 だが結局、そうしてまで妨害しようとする意志はなかったらしい。
 考えてみればそれではブラックマーケットの連中も出入りできないだろう。
 むしろ問題だったのは、そこで待ち受けていた敵だった。

「……懐かしい、な」
「ああ……」

 もしかしたら仲間になれたかもしれない女性の面影を残した敵を前に、大神と加山はわずかの一瞬だけ瞑目した後、武器を抜いた。
 おそらくは加山ロボと同じ仕組みで動いているのだろう。
 黒鬼会五行衆ロボが、一人一人、移動陣のある玄室で待ちかまえていた。
 太正十四年の激闘を否応なく思い出させる敵たちを次々と撃破し、ようやくにして最終エリアらしき箇所にたどり着いた。

 最後の地は、それにふさわしくない小さな庵だった。
 ただ、大空洞の中で時代に忘れられたものではないことを物語るように、やけに新しい看板が扉代わりのムシロに引っかけてある。

 営業時間、午前九時から午後五時。在宅中。
 帝都で「ビジネス」という感覚を身につけていなければこんな看板は作れない。
 懐中時計を見ると午後三時だった。

「たのもう」

 ムシロだけに蹴破るというわけにもいかず、いささか間抜けな形で庵の中に侵入した。

「やっと来たか」

 三百年前から止まっているような土間と水瓶と箪笥と囲炉裏が配された家の中には、白い髭が腰まで伸び、深い紺色の水干に身を包んだ一人の老人が、老いに逆らうように背筋を伸ばして、囲炉裏の傍に正座していた。
 加山は自らの安藤についての調査結果と容姿が同じことを確認し、大神に向かって一つ頷く。
 そして、もう一人、予想してしかるべき護衛がいた。

「……真宮寺大佐」

 鬼王ロボだ。
 ただし、いきなり襲いかかってくるでもなく、壁際に直立して立っている。
 店でアイテムを取る前の加山ロボと同じだった。
 どうやらいきなり戦闘ということではないらしい。
 それは好都合だった。
 切り伏せる前に聞いておかねばならないことが山とある。

「聞きたいことでもあるか」

 土間に立ったままの二人の考えを読んだように声が掛けられた。
 ならばと思い、大神は直接尋ねることにした。

「何故俺たちを成長させようとした」
「そのままでは役に立たないからじゃ」
「役に立たない?」
「大神一郎。ワシの目的はなんじゃと思う」
「何?」
「ワシの素性は知っているのじゃろう?」
「京極の意志を、継ぐことか」
「惜しいな。もっと直接的なことじゃよ」
「……京極のロボでも作るつもりか」
「あのお方の複製品など作りようもないじゃろう。
 大神一郎、お前は今、意図的に正解を避けている」

 わかっているとも。
 ここまでの戦いを思い出せば。
 だがその答えは苦い記憶とともに蘇る。
 天海、山崎真之介、真宮寺一馬。
 彼らがそうであったのならば、彼をそうしない理由は無い。

「……京極の、反魂だな」
「その通り。じゃがそれには問題がある。
 新皇と一体化されたことで、京極様の魂は我らには容易に手が出せなくなってしまった。
 丁度、聖魔城の崩壊に巻き込まれて魔物となった北条氏綱と同じようにな」
「反魂の術で復活させることができないということか」
「厳密に言えば出来ないわけではない。
 だが元より反魂の術は対象となる者の精神を狂わせかねない危険な術よ。
 あの天海僧正をして俗物に貶めてしまったことは忘れてはならん。
 媒体が必要なのだ。魔の力に十分に染まった肉体がな」
「北条氏綱の復活に、山崎少佐の肉体が使われたのと同じということか」
「よく知っておる。さすがは現帝国華撃団司令じゃな」
「……」

 安藤が何を言わんとしているか、そこまで聞けば自ずと知れた。

「わかっておるようじゃな。自分が京極様復活のための候補であることが」
「……俺は、京極にはならない」
「お前の意志などどうでもよいのじゃ。じゃがお前の属性は問題になる。
 お前たちは皆、山崎の遺産に守られて魔物と直接斬り合っていない。
 そのために、あれだけ魔物と戦っているにも関わらず魔の属性になかなか染まってくれていないという問題があった」

 山崎の遺産、というのが霊子甲冑を意味することは明白だ。
 シルスウス鋼と蒸気併用霊子機関からなるこの鎧のおかげで、幾多の魔物の攻撃を直接身体に受けずにすみ、返り血も魔の気配も浴びることなく戦ってこれたのだった。
 それがこの戦いで封じられたために、魔物たちと直接斬り合うことになった。

「じゃが幸いなことに、大久保長安が面白いものを残してくれた。
 霊子甲冑……蒸気機関を根こそぎ停止するための方策を教えてくれたのじゃ。
 これを使わない手はないと思ったワシは黄金蒸気をどうすれば扱えるか調べて我が物とした」

 大久保長安との戦いから随分経っているが、さすがに黄金蒸気は一朝一夕で解析できる物ではなかったらしい。

「準備が整ったころ、丁度五百年前の亡霊が動き出していることがわかったのでな。
 お前たちを生身の戦いに慣れさせるための練習台として申し分無いということで、奴らに乗じて迷宮を作り上げたのじゃ」

 徐々に強い魔物を用意し、徐々に強い武器を用意し、それを配置して迷宮を作り上げ、それを管理するロボを配置し……
 だとすると、生命の霊薬が日本に持ち込まれたのも安藤の仕業ということだろう。

「対降魔部隊に比べると生身の戦いはあまりに経験不足だったお前たちじゃったから、調整には苦労させられた。
 死んで貰っては困るが、苦戦してくれねば困る。
 いきなり大型降魔と切り結ぶことはできなくても、徐々にぶつける魔物を強くしていき、お前たちを慣れさせていった。
 それでも手近に守るべき帝都があればお前たちは計算以上の力を発揮する。
 まったく、ジルたちには感謝しなければ。
 ノートルダム寺院にたどり着く頃には、なんとか降魔と直接斬り合えるようになってくれたからのう。
 そうなれば後は回数を重ねるだけじゃ。
 降魔を斬れば斬るほどに魔物に近づいていく。
 太正六年の山崎がそうであったようにの」
「……新次郎にまで手を出したのは何故だ」
「お前の血族ということで注目しておったのよ。
 生まれも京極様と同じ栃木じゃしの。
 お前が役に立たなかった場合のスペアとしてもなかなか優秀じゃと思うぞ、あの若者はの」

 意味が百八十度異なるが、そのことについては大神は賛同してもいいと思った。
 新次郎が紐育で成長していることは知っていたが、この戦いのおかげでその事実をはっきりと実感することができた。
 彼が控えてくれることで、大神はいざというときの憂い無く実戦部隊の隊長として振る舞うことができた。

「俺も聞きたいことがある。何故俺や薔薇組のからくり人形を作った」

 ここまで黙って影に徹していた加山が、隠しきれぬ怒気をはらんだ声で問いかけた。
 自分の複製品を大量に作られたことに、これでも加山は相当憤慨していたらしい。
 普段おちゃらけていても、本来は誇り高い男であることを大神はよく知っている。

「帝国華撃団の欠点の一つは秘密部隊であることにある。
 水狐が生前に語っておったことよ。
 米田一基が中枢にいるものの、各部隊の独立性が高く、お互いに知り得ないことがあるのが当然という環境じゃ。
 帝国華撃団の中で存在は知られていながら、独立権限の強い加山雄一と薔薇組の複製品であれば、まだ帝国華撃団の全権を掌握しているわけではない今のお前では、各個が独自に開発したものと信じて疑うまい」

 そう、大神は今なお帝国華撃団の全てを把握しているわけではない。
 実戦部隊の隊長を兼ねているため、諜報活動については加山や薔薇組に頼るところがあり、開発活動については紅蘭に頼るところが大きい。
 その分権故に、帝国華撃団内部の作製と信じて疑わなかった。
 もう何年も前に、サキくんが気づいていた問題だというのに。
 痛恨である。

「納得してくれたかの。
 それではそろそろ京極様復活の儀式を始めるとしようかの」

 すっと安藤が、浮いたかのように滑らかな動きで立ち上がった。
 同時に、たたずんでいた鬼王ロボが剣を抜いて襲いかかってきた。
 だがこれは打ち合わせも合図もなく加山が迎撃する。
 海軍で背中を預け合っていたころから、あくまで加山は自分の立場を心得ていた。
 二人は陰陽であるが故に最強と謳われたのだ。
 露払いは影の役目。
 ボスを打ち倒すのは大神一郎でなければならないのだ。

「安藤、覚悟!」
「忘れたか大神一郎」

 ここまでジャンヌたちを正面から撃破してきた大神の剣を、安藤は楽々と回避する。
 とても老人の動きではない。

「お前のここまでの成長は、全てワシの計画のうちじゃということを!」

 そう叫ぶと安藤は囲炉裏の中で燃えている火の中に手を突っ込んだ。

「五行相克、紅蓮砲火!!」

 囲炉裏の中から一直線に伸びた火が襲いかかる。
 とっさに左の小太刀で受けたが、その瞬間に信じられないことが起こった。
 小太刀に込めていた言霊が四つ、一瞬で解体されたのだ。
 さすがに神崎家に伝わっていた村雨の短剣自体が消滅することまでは免れたが、この戦いが始まってから付与した武器の強化さえまるごと無効化されるおそれがある。

「それでも、お前自身は人間のはずだ!」

 強固な魔物たちの外皮を突破するためにこそ必要だった強化だ。
 鎧も身につけていない陰陽師一人なら、急所を捉えれば一太刀で終わる。
 捉えたと思った瞬間、安藤の直前で太刀が止まったのだ。
 これが何かはよく知っている。

「霊子バリアの……封紙!」
「作っていたのはこのワシよ。五行相克、水凛凍華!」

 安藤は水瓶から蛇のように伸びる五弁の氷の花を展開した。
 囲炉裏の火が一瞬で消えるとともに、大神の全身を捉えて凍結させる。

「大神ぃっ!」

 庵の外で鬼王ロボと切り結んでいた加山は、とっさに手持ちの火炎放射くんを大神に発射した。
 安藤がほとんど全てを管轄していたとはいえ、発明品だけは元々が紅蘭の作品であることに間違いない。
 最終決戦にあたって二人は、敵方によるものである可能性がある封紙に頼ることを避けて発明品を主軸に探索していたのが幸いした。
 凍結が解除された大神は、即座に畳の縁を思い切り踏み抜いた。
 霊子バリアの封紙はその上にいなければ意味がない。
 タタミ返しで封紙もろとも安藤の足下を崩した。

「やりおるわ。五行相克、黄土覆滅!」

 タタミ返しされた床のさらに下、土がまるで波のようにうねった。
 陶器製の水瓶がひっくり返り、けたたましい音を立てて割れるが、飛び散った水があっさりと土に巻き込まれて消える。
 大神が立っている床もうねる地面の上ではまともに立っていることすら難しい。
 このままでは膝をつきかねないと判断した大神は、安藤へ向かって突進し、一太刀で勝負を決めようとする。
 だが、その動きは読まれていた。

「五行相克、千樹落槍!」
「しまった……!」

 ここまでに地面がうねることで崩落しつつあった庵を構成していた木材がバラバラに解体されて、矢や槍のようになり、一斉に降り注いできた。
 攻撃は全方向。
 安藤をすり抜けて来る攻撃は一切逃げ場が無い。
 いや、あった。

「何じゃと!」

 庵の外まで出る時間が無いと判断した大神は、宙に舞い上がっていた霊子バリアの封紙をとっさにつかみ取った。
 足下に敷いている時間も無いため、両手で封紙に触れて擬似的に倒立と認識させて封紙を発動させる。
 こんな無茶な使い方は、激闘の中で編み出したものだ。
 発動は不完全だったが、それでも膨大な樹木の槍のほとんどを、致命傷無く凌ぎきった。
 木の法が突き刺さったことで土のうねりも収まっている。

「安藤、覚悟……!狼虎滅却・天地一矢!」

 地面に突き刺さった樹木の数々を無視して、安藤まで一直線に駆け抜けた。
 狙い違わず、神刀滅却が安藤の身体を突き通した。

「よし、よくやった……大神……!」

 それとほぼ同時に、加山も偽霊剣荒鷹を肩に受けながらも、肉を切らせて骨を断つがごとく、妖刀苦肉で鬼王ロボの怨霊子機関を破壊していた。

「ふ……ふふふ、見事よ。さすがは大神一郎……」

 わずかに心臓を避けたためか即死は免れたようだが、致命傷であることは間違いない。
 怪人化していたデュノアたちと違って、安藤自身の身体は人間のままであるようだ。
 おそらく助かることはあるまい。

「よくやった……よくやってくれたよ大神一郎。
 京極様復活のための儀式は、お前がワシを殺すことで完了する。
 魔物ではなく、人であるワシを殺すことでな!」
「!!」

 安藤はそう叫ぶと、自身を貫く神刀滅却を両手で握りしめた。

「五行相克、金斬散華!!」

 何らかの術を発動したかと思うと、そこで安藤はがくりと頭を落とした。

「大神いぃぃ!気を確かに持てえええ!!」

 端から見ていた加山には何が起こったかわかった。
 安藤は五行の力を順に展開することで、大神の身体が有する五行の力を全て著しく減退させて、大神自身の持つ抵抗力をほとんど無に帰していたのだ。
 そこに、あらかじめ全てを用意していたのだろう、圧倒的な存在感が降り注いでくる。

「京極……!!」

 新皇消滅のときに霧散していたはずが、その魂の一部をどうにかして回収していたのだろう。
 膨大な霊力や妖力が渦巻く大江戸大空洞ならばこそ、それを保存しておくなどという巫山戯たことも可能だったに違いない。
 ということを加山はすぐに推察できたが、京極の魂に襲いかかられている大神はそれどころではなかった。
 ここまでの戦いで幾百の魔物と直に斬り合ってその魔の力を直接に浴び続け、さしもの大神も魔に近づいていることを否定できなかった。
 そうでなければ、なんとかして安藤を生け捕りにしようと考えていただろう。
 その魔の力が大神の中で増大していく。
 かつて十年以上も前、山崎少佐もこのようになったのかという思いがなおさら魔の力を膨れあがらせる。
 帝国陸軍対降魔部隊でありながら、魔の力に取り込まれた先人に、今度は倣うことになるのか。

「……あやめ、さん……」

 ふと、大神の脳裏に懐かしい顔が思い出された。
 降魔戦争のことを、つらそうな笑顔で振り返っていたあの顔を。
 駄目だ。
 あれを、繰り返しては、駄目だ。

「俺は、俺だ……」

 言い聞かせるようにして自らを鼓舞する。
 今手にしている刀は何だ。
 降魔戦争を戦い抜いた米田の愛刀ではないか。
 それを手にしたまま、山崎少佐と同じ道をたどっていいはずがない。

「……京極、お前の時代はもう、終わったんだ……」

 神刀滅却を両手にしっかと握りしめる。
 突き刺さっていたはずの安藤の遺体は、襲いかかってくる京極の圧倒的な圧力に耐えきれなかったのか、とうに灰になっていた。

「降魔も、氏綱も、死んだ者が蘇ってきては駄目だ……」

 それがどれほど愛しい人であっても、蘇ってくるなど命の冒涜だ。
 どれほど願ったとしても行わない。
 反魂の術による悲劇を、これ以上繰り返してはならない。

「さらばだ、京極慶吾……、今度こそ全て、黄泉に鎮め……!
 狼虎滅却、震天動地……!」

 安藤に抑え込まれてなお輝く大神の霊力が炸裂した。
 青眼に構えた大神の手にする神刀滅却が、宙を裂く。
 大神を乗っ取らんとしていた京極の魂を静かに、そして完膚無きまでに切り裂いて。

「……よくやった大神、それでこそ俺の親友だ」

 安藤の計画はほぼ完璧だっただろう。
 ただ一つ、彼が大間違いを犯していたとすれば、
 それは、魔に染めるための過程で大神を鍛えすぎたということだろう。
 加山は自らの推論に苦笑しながら、全力を使い果たして倒れ込んだ大神の元に駆け寄った。

 その場にはもはや庵も、陰陽師が着ていた服も無く、
 ただ一つ、安藤が持っていたのだろう、京極家の紋が入ったお守りだけが残されていた。




 紐育のダイアナが「ドラマチックなダンジョンですね」と評した一連の迷宮譚はこれで終わる。
 ダンジョンの形態を残していた氷獄深層と大空洞も元の洞窟に戻り、配置されていた魔物たちもいつの間にかいなくなっていた。

 平和になったはずなのに、大神はいつもと違う寂寥感を覚えていた。
 理由はどうあれ、安藤のおかげで、華撃団に不足していた生身での戦闘経験も随分身に付いた。
 地域ごとに分裂しそうだった帝都、巴里、紐育の面々の人材交流に格好の場所だったし、普段は日陰で報われない親友の加山が皆に評価される希有な機会でもあった。
 いや、そんなことよりも、正直に言って、楽しかったのだ。
 華撃団を育て上げるために作られたダンジョンは、よく出来た双六を遊んでいるときのような楽しさがあった。
 そんなわけで、華撃団司令としてはあるまじきことを思うのだ。

「……また出来ないかなあ、ダンジョン」

 夢組はこのあとしばらく、華撃団司令からの無茶な要求に悩まされることになる。






京極のシレン場というお話。





初出 平成二十年九月六日 バーにて仮版アップ
平成二十一年三月一日 修正の上再アップ




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