もう一つの第十話
第一幕「絶望より」第二場




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 銀座にいくつかある、地下への直通路を通って、神武が次々と格納庫に収納されていく。
 所定の場所に固定されるときの音が、聞き慣れているはずなのに、何故か大神の耳に痛かった。
 固定された神武から、すぐに出ることが出来なかった。
 ハッチを開けて、出るだけである。
 それだけのことが、ひどく疲れることに感じられた。
 神武の中で、大神は一人、大きな息を吐いた。

 東京湾からここまで戻ってくるまで、散々たる帝都の様を見せつけられたこともある。
 今の帝都の状況は、六破星降魔陣が発動した直後と同じか、それ以上にひどいものであった。
 飛び交っている降魔の数はそう多いものではない。
 ここに戻ってくるまでに遭遇した降魔の数は、片手で足りるものでしかない。
 では、どうやったらあそこまでの被害になると言うのだ。
 聖魔城の復活に伴いある程度の地震が起き、地震に伴う津波でお台場や沿岸地域は壊滅的な被害を受けている可能性が高いが、
 では、なぜ陸地の多くで火災が発生し、木々が倒れ、建造物が倒壊しているのか。
 揺れそのものは、六破星降魔陣の時の方が遙かに大きかったはずである。

 一体、聖魔城とはいかなる力を持っているのか。
 そして、放神記書伝に記されていた、霊子砲などに至っては、もはや想像もつかない。
 しかし、大神が疲れ果てている理由は、それだけではなかった。

 出よう。

 隊長の自分がのろのろしていては、隊員の士気に関わる。
 神武から出る足が、ひどく重かった。

 大神の神武にすぐ続いて格納庫に入ってきたさくらは、神武から出てすぐに大神の後ろ姿を見ることになった。
 声をかけようとして・・・、
 さくらは一瞬ためらった。

 大神の背中が、いつもと違ってひどく小さく見えたのだ。
 いつもなら、あれほどまでに頼もしく見えるのに。
 それでも、大神のそばにいたいという気持ちが、唇を動かした。

「大神さん・・・・・・」
「あ・・・、さくらくんか・・・」

 振り返った大神の顔は、微笑んでいた。
 笑顔の形にはなっていた。
 ただ、恋する乙女の目をごまかせるほど精巧ではなかった。
 その、笑顔の失敗作故に、サクラは突然理解したことがある。

 大神が、今、孤独であると。

 本心を語れる、本当に友と呼べる人間が、周りに一人もいないのだ。

 私たちは、いざとなったら大神さんに甘えることが出来る。
 大神さんに助けてもらうことが出来る。
 大神さんの指示、大神さんの判断に頼って戦うことが出来る。
 だけど、大神さんは・・・?

 米田という、素晴らしい上官がいて、彼は政治的、経済的、あるいはその他の深いしがらみを一手に引き受けてくれている。
 それでも、実働する降魔迎撃部隊花組の隊長として、現場で実際に指揮を執り、剣を振るい、勝敗を司っているのは大神なのだ。
 その悩み、苦悩を、うちあけられ、励ましてくれていた、副司令藤枝あやめが帝撃を去った今、大神の負担はいかばかりであろう。
 今、大神の双肩には、帝都と、世界と、そして・・・、

 私も、乗せていて欲しい・・・。

 大神に、これ以上負担をかけたくはなかったが、だけど、自分のことを、常にどこかで思っていて欲しかった。
 重荷ではなく、生きて帰ってくるための、道標として。
 支えとして。
 理由として・・・。

 私は、大神さんの親友にはなれない・・・。
 でも、それ以上の存在になりたい・・・。
 大神さんの、喜びも、哀しみも、嬉しさも、辛さも、すべてを受け止められる存在に・・・。

 それを何と呼ぶのか、さくらは知っている。

そっ・・・

 伸ばされたさくらの細い指が、大神の武骨な指に、そっとからまった。

「あ・・・」

 手袋に覆われていない、しなやかな指先の感触が、大神の心を落ち着かせてくれた。
 とまどったような表情が、さっきよりずっと大神らしいとさくらは思う。

「隊長さんが、きびきび動かなきゃ駄目ですよ」
「・・・そうだね」

 その言葉で、少し落ち着いたらしく、大神は歩き出した。
 すこし、自分を先導するように引っ張る大神の手が、さくらには嬉しかった。




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