もう一つの第十話
第一幕「絶望より」第一場




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 それを、光と呼べるだろうか。

 呼吸をすれば、肺から全身に満ちてくるかのような圧迫感をもった闇の中。
 そこで、物が見えるのは、巨大な火時計が放つ光のためだ。
 巨大な文字盤に、子、丑、そして寅の文字が浮かび上がる。
 赤なのか、黒なのか、色すらもわからない炎。

 それを、光と呼べるだろうか。

 稲光が走る遙か上空の暗雲に、この時計は映し出されていた。
 聖魔城の、どこからでも見ることが出来るように。
 何を告げようと言うのだろう。誰に告げようと言うのだろう。何故告げようと言うのだろう。

 彼の意志は、わからない。
 長い銀髪に、虚無感を漂わせる氷のような美しい顔が、黒と紺を基調とした着物と相まって、壮絶な玲瓏さを漂わせている。
 その美しさは、滅びの持つ美しさではない。
 滅びをもたらす者の、残酷なまでの美しさだった。

 彼の名は、葵叉丹。

 帝都東京を、いや、世界すべてを滅ぼさんと、この聖魔城を蘇らせたのは、彼に他ならない。
 だが、その意図は、一体何なのか。
 今、彼は、その眼前にある巨大な物体を眺めながら、かすかに微笑んでいるようにさえ見える。
 それは、巨大な大砲とでも言い表せば良いのだろうか。

 火時計と直結したその物体に、靄のような物が吸い込まれていくのが、霊力を持つ人間ならわかるだろう。
 それは、叫びだった。苦しみだった。嘆きだった。
 絶望の旋律たるその音色を聴き、彼は微笑んでいるのだ。
 およそ、人間の思考回路とはかけ離れた価値観。

 それに共感する者が、彼の傍らにいる。
 叉丹と同じ形の微笑みを唇に浮かべている、亜麻色の髪をかすかになびかせた美女。
 服らしい物を身に纏ってはいるが、それは服という物を冒涜することを念頭に置いて作られたような、肌の露出部分の多い代物だった。
 魅力的、官能的なその姿を、仮に目の前にしても、並の人間は直視することが出来ないであろう。
 見つめているだけで、その人間は自分の心の中にある邪な部分を膨れ上がらせ、魂まで砕けてしまう。
 そんな破滅を予感させる美貌だった。

 彼女こそ、叉丹に最も近しい者。最強の降魔、殺女。

 その身体は、帝国華撃団花組の隊員たちが敬愛して止まなかった帝国華撃団副司令、藤枝あやめのものに他ならない。
 その顔立ちは同じはずなのに、なぜ、ああも違って映るのだろうか。

「欲望・・・、憎悪・・・、嫉妬・・・、あらゆる人間どもの悪徳が、霊子砲の力となる・・・」

 誰に言い聞かせているわけでもない。
 ただ、彼女は事実を言っている。
 その事実に、自分の言葉の持つ闇に、酔いしれている。

 霊子砲。
 それこそが、この大砲を思わせる物体の名だ。
 一撃で、都市を消滅させることが出来るという、霊子櫓。
 それを作り替え、より凶悪なものとして生まれ変わったのが、霊子砲であった。
 彼は、その改造に一刻ほども用していない。
 聖魔城が復活した時点ですでに基本的な改造がされていたとはいえ、驚異的な能力である。
 古今東西の魔術に優れる一方、叉丹は天才的な技術者でもあった。
 その技術を、どこで身につけ、どこで習熟させたのか。

「叉丹様の祈りが終わり、この炎が十二の時を刻む・・・」

 殺女の目は、ここを見ていない。
 未来を見つめていた。
 希望がすべて死に絶え、絶望に彩られた美しい破滅の未来を。

「そのとき・・・、暗黒の光が地上に降り注ぎ、世界は崩れ落ち、そして、闇に還る・・・」

 うっとりと歌うかのような殺女の言葉に、聖魔城にひしめく降魔たちの叫びが続く。
 しばらくその声を聴いていた殺女は、不意に思考を今に戻した。
 思い出したのだ。
 その祭典が始まる前に、素晴らしい宴が用意されることを。

 彼は、必ず来るだろう。
 帝国華撃団花組隊長、大神一郎。
 彼のことはよく知っている。
 あやめにあこがれ、そして、あやめを撃った青年。
 あやめ自身、彼のことを目にかけていた。
 彼は、やってくるだろう。
 殺女を倒すためではなく、あやめを取り戻すために。

 あやめを撃ったとき、彼はどんな気持ちだったのか。
 あのとき放たれた銃弾には、破邪の血統もかくやというほどの霊力がこもっていた。
 叉丹が接吻を仕掛けなければ、殺女の魂は完全に封印、あるいはうち砕かれていたかもしれない。
 それでも、あやめを撃ったという事実は、彼を確実にさいなんでいる。
 銀座で、自分の攻撃を避けようともしなかったのがいい証拠だ。

「ふふふ・・・、可愛い坊やだこと」
 優しい、大神くんね・・・・。

 何だ、今のは。

 今、誰かが、何かを言わなかったか。
 そんなはずはない。
 ここにいるのは、叉丹と殺女の二人だけ。
 そんなことを言う誰かがいようはずもない。
 どうせ、この聖魔城に満ちた怨霊のうめきに過ぎない。
 殺女は、そう断定した。
 あやめは死んだのだから。
 大神の撃った銃弾で、間違いなく。

 そんなことより、彼と宴を開くのに邪魔な小娘たちも来るのだ。
 あの邪魔者を排除する壁を・・・。

「殺女よ・・・」

 祈りの途中であったはずの叉丹が不意に振り向き、声をかけてきた。

「反魂の魔法陣、黄泉の力は満ち足りたか・・・」

 動機こそ違え、叉丹も同じことを考えていたようだ。
 霊子砲を放つ前に、必ず邪魔者が来る。
 下級降魔どもだけでは、いささか壁には心許ない。

「では、あの者たちの不動も用意いたしますか?」

 不動。それは上級降魔である猪、鹿、蝶に与えられた特殊な魔操機兵のことだ。
 降魔の肉体は取りついた人間のそれであるが、下級降魔は大きく肉体的な変異を起こすのに対して、 上級降魔はより妖力の密度、質、量を練り上げるために、人間に近い大きさのままである。
 その妖力を最大限に利用するために作られたのが、不動であり、 そして、同じく上級降魔である殺女も操り、叉丹自身も繰る神威という機体であった。
 帝国華撃団の霊子甲冑と、設計思想、基本理念などは同じくする。

「いや、そのままでは興が足らぬ」

 戦いの準備の話をしているというのに、叉丹の口調は実に楽しげであった。

「ついて参れ、殺女。面白いことを思いついた」
「それは、楽しみなこと」

 叉丹がいう面白いこととは、殺女にとっても同じであるはずだった。
 二人は対なる者。
 前世においても、そうだったのだから。

 光と呼べない明かりを放ちながら、描かれた五芒星陣が死者を呼び覚ます。
 無念の中で死んでいった者が、永き眠りより呼び戻されるのは、幸か、不幸か。




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