帝都東京を守護する、帝国華撃団降魔迎撃部隊花組の隊長である大神一郎少尉は、
そう考えてしまう自分を認めざるを得なかった。
上級降魔蝶をうち倒し、勇んで東京湾まで向かおうとした花組の前に、朝日に照らされて姿を現したそれは、
彼らの想像を、いや、人間の想像できる範疇を、およそ、越えていた。
「あれが・・・、聖魔城だと・・・・・・・・・」
ここから東京湾までいくらあるだろう。
だが、それにも関わらず、目の前にあるかのように錯覚してしまう。
それが、葵叉丹の呼び覚ました「失われし聖なる都」聖魔城が、途方もなく大きすぎるのだ。
「あれは、まるで都市じゃないか・・・!」
確かに城ではない。東京湾を埋め尽くすようなそれを、そも城と呼べるだろうか。
彼の信頼する仲間である花組の隊員たちも、同じように呆けてそれを眺めていた。
全周、全高を考える気力すら奪い去る。
それでも、軍人としての使命が、それをつぶさに観察しようとする。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
だが、あれを知ったところでどうなるのだろう。
心に浮かぶ弱き部分を押さえ込み、目を凝らす。
空は晴れているというのに、聖魔城の上空だけは雲とも闇ともつかぬ黒いもので覆われていた。
聖魔城が大きすぎるため、視角のかなりの部分がそれに覆われていた。
その中央、おそらくは聖魔城の中央のちょうど真上にあたるだろう場所に、何か赤く光るものが見える。
今大神が乗り込んでいる霊子甲冑、神武に搭載されている望遠機能を限界まで上げてみると、その姿が見えてきた。
巨大な火時計が暗雲を銀幕のようにして映っているのだ。
赤く光っているのは、その中の子、丑の文字であった。
あれは何だろうと思案しようとした大神の思考を、聞き覚えのある、決して忘れようのない声がうち破った。
「見るがいい!これこそ、歴史から抹殺された幻の大地、大和だ!」
天から響いてくるのか、地から轟いているのか、人の心をかき乱すその声は、
「葵・・・、叉丹・・・!」
その名を叫んだのは、白い大神機のすぐ横に寄り添っていた桜色の機体の操縦者、真宮寺さくらであった。
彼女の声が、心なしか震えているのに大神は気づいた。
今、敵の名を叫んだのは、自分の声で恐れを払おうとしたからだ。
葵叉丹。
太正十二年に帝都を脅かした秘密組織、黒之巣会の幹部死天王の筆頭。
総帥である天海すらも、この男に操られていただけであったと思われる。
そして、太正十三年。
元旦早々に、かつて封印された魔物、降魔を呼び覚まし、この帝都を恐怖のどん底にたたき込んだ。
そればかりではなく、帝国華撃団の副司令であり、精神的支柱であった藤枝あやめを、
降魔と変えて我が下へ引き込み、日本最大の祭器、魔神器を奪取して、この、聖魔城を呼び覚ました張本人である。
「もはや、我が野望は止められぬ。我こそが支配者!天帝、叉丹なり!」
「ふっざけやがって・・・・」
花組一の力を持つ、桐島流空手継承者の桐島カンナですら、その声に心なしか震えが感じられる。
だが、真の恐怖はこれからであった。
「憎悪よ、怒りよ、絶望よ!今こそ、我が手に・・・」
響き渡る叉丹の声と共に、大和へ向けて、風が吹き始める。
いや、それは風だけではなかった。
「お兄ちゃん・・・、声が・・・、苦しいって、痛いって、アイリスの中を通り過ぎていくよお!」
霊力を備えた花組の中でも、最も強い霊力を持つアイリスが悲鳴をあげた。
大和へと流れていく風にのせて、人々の負の感情が集まっているのではないか。
「落ち着くんだ、アイリス。今、君を傷つけるようなものじゃない」
アイリスは、花組の一員として戦っているものの、わずか十歳の少女である。
本来は、守られるべき存在である彼女を、霊力があるという理由だけで、戦場に連れてこなければならない。
それは、花組の乙女たち全員に言えることであるが、特に、アイリスは、支えてやらねばならなかった。
純粋な彼女は、大神の言葉ですぐに平静を取り戻す。
「うん、大丈夫。わかったよ、お兄ちゃん」
アイリスが落ち着いたのを見て、大神はすぐに大和に目を戻す。
見れば、火時計の寅の文字が、かすかに光ってきている。
あれは、本当に時計なのか。
聖魔城に集まりつつある負の力を示しているのではないだろうか。
大神には、あの光が禍々しく見えてならなかった。
「新たなる帝都は、ここ、大和にあり!ふふふふふ・・・・、はははははは!
はーっはははははははは!」
「ずいぶんと、大きく出ましたこと・・・。自分が帝になったとでもおっしゃるのかしら」
いつも、表面的には高飛車な態度をとることの多い神崎すみれといえど、ここまでふざけた言葉を言ったことはない。
まして、天帝といい、帝都といい、太正帝のおわす宮城を見下ろして、
この日本そのものを支配したと宣言しているようなものである。
「あんな男に、これ以上大言を吐かれてはたまりませんわ」
そして、あそこには、叉丹と共にあやめがいるはずなのだ。
大神は、行けるものならば今すぐにでも聖魔城に乗り込みたかった。
しかし、
「あかんで、大神はん。神武の活動時間はあと一時間もあらへん。一旦帝劇に戻らんことには、どうしようもないで」
神武の製造に携わった、帝国華撃団の機械整備担当の李紅蘭が、たしなめるように言う。
本当は、彼女こそが一番あやめのところに行きたいはずなのだ。
紅蘭は、孤児となってつらい日々を送っていた最中、あやめに見いだされ、この日本に来て、自分の居場所を見つけたのだ。
花やしき時代には上官として、一番あやめと接した時間が長いのが彼女だろう。
それでも、今は引くしかないのだ。
「隊長、今は聖魔城について情報も不足しています。一旦、戻りましょう」
副隊長であるマリアは、ロシア時代にゲリラとして活動していた分、その必要性を実感していた。
それ故の言葉である。
それに、今、感情にとらわれてむざむざと玉砕するわけには行かないのだ。
帝都のためだけではなく、彼女たちを死なせぬためにも。
隊長として、そして、
一人の男として・・・。
「帝国華撃団花組、一旦帝劇に帰投する・・・!」
「了解・・・」
そろった彼女たちの声に、いつもの快活さは感じられない。
そして、帰る途中、あちこちで崩壊しつつある帝都の姿を見せつけられることになった。
その間、大神は必死で頭を巡らし、あの聖魔城をうち倒す手段を考えようとした。
だが、妙案など、何も浮かんでこなかった。