ドラマCD「怪盗紅蜥蜴」反逆小説
「夢の対決!銀仮面対紅蜥蜴」前編
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夜は私の物。
美しさを朽ちさせていく人間どもの愚かさを、私は許さない。
夜風よ。
愛しい夜風よ。
私を変えてくれる誘いよ。
全ては今あるがままに。
時よ止まれ。
おまえは、美しい。
「待て待てい!どこへ行った盗賊ども!」
警官の怒号が響くここは、岩崎財閥の長、岩崎弥治郎の邸宅。
そこを遙かな高みから見下ろす影があった。
「盗賊とは人聞きの悪いこと。
この私を金品狙いの下劣な人間と一緒にするとは、いかにも低俗な」
侮蔑混じりに艶然と微笑むのは、紅の衣装に身を包んだ美女。
いや、衣装と言って良い物か。
熟女のように練られた色香を放ちながらも、服の隙間から……と言ってもそもそもの服の面積が大したこと無いのだが……のぞく肌は少女のようにみずみずしい。
紅を差したわけでもなさそうなのに、赤い紅い唇が夜に映える。
構成する一つ一つが極めて美しいのに、彼女一人を見たときに、どこか矛盾を秘めた危うさを憶えさせずにはいられない。
そんな美女だった。
「紅蜥蜴様」
新たな影が二つ。
スタリと美女の横に参じた。
紅蜥蜴。
それが彼女の名だった。
怪盗紅蜥蜴と自称している。
もっとも、警視庁の警官たちは誰もそんな呼び方をしていない。
「ドクロXよ、首尾は?」
「はっ、こちらに連れてきてございます。デューク」
黒い影に名を呼ばれて、青い影がすっと進み出る。
黒い影は怪人ドクロX、青い影はその配下である貴公子デューク。
どちらも帝都の闇に名だたる悪党である。
その二人が、傅いていた。
進み出たデュークは両手に抱えていたものを恭しく紅蜥蜴に差し出す。
気を失った美少女……岩崎氏の令嬢である早苗に間違いなかった。
「あれこれと騒いでうるさかったので、ひとまず気絶させまして存じます」
「傷をつけてはいないでしょうね」
手を伸ばして受け止めるのではなく、紅蜥蜴が視線を向けただけで早苗の身体はふわりと浮き上がり、紅蜥蜴の眼前まで宙を滑っていった。
気を失ったままの早苗を、紅蜥蜴は美術品でも鑑定するかのような視線で観賞する。
「ええ、これならば合格でしょう。
喜びなさい、岩崎早苗さん。あなたの美しさは永久に私のアトリエを飾り続けることが出来るのよ」
臣下に褒美を与えるような語り方だった。
「また一つ、美が私の手によって救済される……。
私は……美の救世主……」
その美貌を味わうかのように、紅蜥蜴はその赤い舌で早苗の頬を舐め上げた。
「旨しきこと。さぞこの娘の人生も旨いことでしょう」
パチリと紅蜥蜴が指を鳴らすと、早苗の身体が宙で直立した。
「よくやりました、ドクロX、デューク。そなたたちにも分け前を与えることを約束しましょう」
『ハハッ!』
忠誠という言葉をそのまま声にしたような返事に満足して、紅蜥蜴は岩崎邸に背を向けた。
「さあ、帰りますよ」
と、紅蜥蜴が告げた瞬間、
何かが空を裂いて紅蜥蜴の頬をかすめた。
滅多に味わうことのないその感覚を、半ば茫然と確かめるように紅蜥蜴は自分の頬をすっとなぞった。
紛れもなく、彼女の纏う衣よりも赤い紅が、その指を濡らしていた。
「血……、この私が……?」
キッと紅蜥蜴の眉がつり上がった。
「何者!!」
飛んできた方向に怒りの視線を向ければ、ゆうに百メートルは離れたところにある時計塔の上に人影が見えた。
紅蜥蜴の紅と同じくらいにこの半月の下でも映えるその者の色は紫。
だが、その顔は銀!
「おまえは……」
「怪盗、銀仮面」
かすれているのによく通る声が、涼しげな風に乗って紅蜥蜴の耳まで届いた。
ビシイィッ!
銀仮面の手から高速で弾き出された物が、紅蜥蜴の足下の屋根に突き刺さった。
それは彼を象徴する色の薔薇。
先ほど紅蜥蜴の頬をかすめたのもこれに間違いなかった。
怒りと共に紅蜥蜴はそれを踏みにじる。
「あまり、美しい行為とは言えませんね」
その僅かの一瞬に、銀仮面は紅蜥蜴の立っている屋根の上まで移動していた。
「噂には聞いているわ。金品や美術品ばかり狙うという俗な盗賊のことをね」
「私も噂を聞きつけてきたのだよ、いたいけな美少女を拐かして、その全てを氷結させて楽しむ殺人者のことを」
夜が二人の丁度中間で張りつめる。
「やはり盗賊如きには美をいつくしむ怪盗の崇高な意志は解らないようね」
「御存知でしょうか。異朝近朝関わりなく、虐殺の徒は自らを偽善で塗り固めてきたと言うことを」
すうと銀仮面は再び紫の薔薇を取り出した。
その先に、同じ色の炎が灯る。
「死をもたらす者に、怪盗を名乗る資格はありません」
炎が剣となりて、鮮やかに闇に踊る。
「岩崎早苗嬢も返していただこう」
言われて紅蜥蜴は、傍に浮かせておいた早苗のことを思い出した。
「今ここでやり合ってやろうかとも思いましたけど、まずはこの美を私のコレクションに収納するのが先決。
デューク、ドクロX。この愚か者にふさわしい末路を与えてやりなさい。私はアトリエに戻ります」
『はっ!』
呼ばれた二人は、素早く銀仮面と紅蜥蜴の間に入り込んだ。
「銀仮面、せめてその二人を倒せてから相手になってあげましょう。……出来れば、ですけれど」
別れ際に紅蜥蜴は真紅の薔薇を一輪、銀仮面に向けて投げつける。
ご丁寧に頬の同じ場所を狙っていた。
しかしこれは予想していたので難なく受け止める。
別に受け止めなくても彼の仮面を裂けるほどの威力はないはずだが、紅蜥蜴をいきり立たせる狙いがあった。
「フン……」
面白くなさそうに笑うと、紅蜥蜴は早苗と共に帝都の闇に消えた。
確かに巻き込みたくなかったというのは銀仮面も賛成だが、のんびりしていては早苗までが氷漬けにされてしまう。
手早く片づけねばならなかった。
「ドクロXとデューク。千年杉のオババやゴーリキーら、他の者はどうした?」
前後を取ろうとする二人に対して、立ち位置を変えて左右に配置されるようにして威嚇する。
二対一とはいえ、そのただならぬ実力は姿勢からもうかがえた。
銀仮面は向きを変えて優雅にたたずんでいるだけだというのに、どこにも突き込む隙を与えないと言う雰囲気を漂わせている。
一息にけりをつけるのを諦めて、ドクロXは銀仮面の問いに答えざるを得なかった。
「地中海の赤い風はアトリエに残っているさ。だがあとの醜き者たちなど、美の化身紅蜥蜴様の配下にはふさわしくないということよ」
「それだけの理由で配下を解雇か。世辞にも賢明とは言えぬな」
誰の耳にも明確に聞き取れる批判の音を、ドクロXはいささか歪んだ笑みと共に受け流す。
「解雇……?そうではない。
醜き者がこの世界の美の構築に携われる手段はただ一つ、速やかに滅び去ることのみなのだ」
「何!?」
その銀仮面の動揺を見逃す二人ではない。
優雅という物を心得た動きと共に、二人の剣が銀仮面を捉えた。
だが、
「手応えが……」
切り裂いたと思った銀仮面の姿が、血も流さなければのけぞりもせず、ふっと揺らめいて消えた。
「円陣八仙、陽炎」
マントにすら傷一つ無い姿で、銀仮面は少し離れたところに実体化していた。
「殺したのか、彼らを」
今度の声には批判を通り越して怒りがある。
「殺すなどと言って欲しくはないな。
紅蜥蜴様のお言葉をお借りすれば、醜き者を抹消してこの世界の美を上げたのだ。
もちろん醜き者にはふさわしく、汚れた泥の中という眠り場所がある」
バキイッ!
言葉を紡いでいたドクロXの顔で、何かが壊れる音がした。
「グ……ガアッ……」
「この聞くに耐えぬ口を、今すぐ聞けぬようにしてやろう!」
銀仮面の右手がドクロXの顔面を捉え、彼の顔を覆っていた仮面を握りつぶしていたのみならず、更に力が加えられる。
一見細腕のどこにこれほどの力があるのかと思うほどの握力は、ドクロXの顎を丸ごと握り潰さんほどの力だ。
「貴様っ!」
慌てたデュークが銀仮面の背後から斬りかかり、ドクロXを救おうとする。
見もせずにそれを察知した銀仮面は振り返る勢いのままに、片手に掴んでいたドクロXの身体をデュークに向けて投げつけた。
ただし、そのためにドクロXの顎を砕き損ねたので、投げつけ様に炎を放ってその顔面を焼いた。
「ぐおおおおっっ!」
「外面だけで部下を死なせる愚か者が、その顔を醜く焼けただれさせる気分はどうだ」
手に残った炎を握りつぶしつつ、折り重なって倒れた二人に向かってゆっくりと近づいていく。
「お、おのれ……紅蜥蜴様に戴いたこの若い肉体を……」
「ドクロX様、ひとまずその顔は治しておかなくては……」
「う、うむ……」
立ち上がったドクロXの、手で押さえられている顔から煙が立ち上る。
「む?」
煙が途切れ露わになった顔は、火傷が完全に回復していた。
「これは……」
しかし銀仮面が戸惑ったのはそのことよりもむしろ、仮面が割れて明らかになっているドクロXの素顔だった。
若すぎる。
ドクロXと言えば少なくとも十何年かは帝都の闇に暗躍した怪人だ。
それがどう見ても十八から二十ほどにしか見えないと言うのはどういうことだ。
「フ、驚いたか銀仮面。これこそが紅蜥蜴様のお力なのだ。
若き娘たちを凍てつかせ、その人生の残りを若さとして取り出す。
そして肉体の時を止めて、その若さで生き続けることが出来るのだ」
「……貴様も、既に死んでいると言うことか」
言わんとする所を正確に見抜いて、銀仮面はうめいた。
「死ではない。肉体の老化を止めたのだ」
否定したドクロXの言葉は、しかし銀仮面の問いへの肯定でもあった。
「それにひきかえ、聞けば銀仮面よ、貴様はその仮面の下の素顔を朽ちさせつつ帝都に暗躍していると言うではないか。
そのような美の冒涜者はのさばらせておくわけにはいかん」
銀仮面の左手がすっと自分の顔をなぞる。
「老いることが美への冒涜だというのなら、私は喜んで冒涜者となってやる」
轟と、銀仮面の全身から炎が吹き出した。
「亡者と化した愚か者たちよ、ふさわしき眠りにつけ!!」
「黙れえっ!我らは永遠の美と共に生き続けるのだ!!」
逆上気味に反応したドクロXとデュークだが、
「方陣五仙、滅焼!!」
紫の炎が狙い違わず二人を貫いた。
その炎にあぶられるようにして二人の身体から白い輝きが遊離していく。
そして、
「うおおおおおっっっっっ!!」
「わ、私の身体がぁぁぁぁっっ!!」
苦痛ではなく、絶望にあえぐ二人の身体から急速に若さが失われていく。
本来年を取っているはずのドクロXだけではなく、まだ若いデュークまでもが。
「わが炎は生命そのもの。
その汚れた生命を浄化せん!!」
死んだ肉体が動いていたのだ。
当然かも知れない。
「お……おゆるしを……」
「おゆるしを……、紅蜥蜴様……」
若さが失われ行くと共に、二人の身体が朽ちていった。
死後何十日経っていた物か、そのあるべき姿に戻るのだろう。
「おお……」
「ああ……」
「…………情けだ」
懇願するようにうめく二人が正視に耐えぬ姿と化す前に、銀仮面は炎を強めた。
火葬の火を思わせる苛烈な炎は、その身体を骨まで灰に変えた。
「……」
図らずも、彼らの言うことを実行させてやる形になってしまった銀仮面は、少し苛立たしそうな動きで、延焼する前に炎を消した。
後に残されたのは、二人の身体に封入されていた白い輝き。
それが、シャボン玉のようにふわふわと浮いていた。
「これが……さらわれた少女たちの抜き取られた人生か……」
壊さぬようにそっと抱え込むと、銀仮面は輝きに呼びかけた。
「教えてくれ、君たちの肉体がどこにあるのかを」
2000年2月22日書き下ろし
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夢織時代への扉に戻る。