宮田恭青誕生日記念
銀仮面後日談


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「すみれさま・・・」

老人は遠慮がちに少女に声をかける。
少女の機嫌が良いはずがない。
それは、幼い頃から彼女を・・・すみれを見てきた彼にはよくわかる。
だがそれとともに、すみれの両親の想いも、祖父忠義の想いも彼は知っている。
だからこそ、声をかけずにはいられなかった。

「宮田・・・聞きました?」
「はい・・・」

まだ確定したわけではない。
しかし、半ば詐欺とも思えるような方法で神崎家に連れ戻されてから、すみれはしきりに結婚話を進められていた。
当時の社交界の通例では、決して早くはない話である。
昨日、やけに具体的な話が入ってきたのだ。
巻菱子爵が、すみれを是非とも息子の嫁に頂きたいと言ってきたのである。
巻菱家は、維新直後に子爵になった、ある程度格のあるところである。
新興華族である神崎家の格式的なバックボーンとしては悪くない話であった。
子爵の息子の年齢も、それほどふざけてはいない。
何より、忠義が早く曾孫の顔を見たいと思っていることがある。
そして、すみれを戦いの場から遠ざけようと思っていることも。
だから、無理やりにでも帝劇から・・・帝撃から引き離したのだ。
そんな、誰にも言わない忠義の家族への思いを、宮田はよく知っている。

「旦那様も、彼ならば問題ないであろうと、好意的にお話していらっしゃいました」

巻菱の息子は、武道に関してはからきしである。
ならばこそ、すみれを戦いから遠ざけたいという忠義の考えともあったのだろう。
だが、宮田の思いは別のところにある。
昨年の四月に夜会で一度見ただけの青年に比して、なんと矮小であることか・・・。
あのすみれが、夜会で心から笑って踊る姿を、宮田はあのとき初めて見た。
大神一郎。
帝国華撃団花組の隊長・・・そして、すみれが真に思っている男・・・。
幼い頃から、家族の愛を望みつつも決して望むだけは与えてもらえなかったすみれだ。
一生に一度の選択・・・。
生涯の伴侶を選ぶときくらい、本当に愛をもらえる相手に娶らせるべきではないのか・・・。
忠義への忠誠心との間で、宮田はここ一か月というもの、ずっと悩み続けていた。
それに巻菱の息子は、自分から見ても余りに頼りない。
男として、娘のように思っているすみれがあのような男に嫁ぐのは感情的にも許されないものがあった。
せめて、他の、もう少しましな男なら、忠義も、自分も満足できようものを・・・。
おそらく、当のすみれはそれをもっと感じているはずだ。

「そういえば・・・最近鹿沼子爵からは何の頼りもありませんな」

鹿沼財閥の若き後継者鹿沼草十は、一時期壮絶とも言えるほどすみれに接近してきた。
その思いが金銭からみ、名誉からみでないことは宮田にもわかっていたが、
すみれが当時大神一郎と比較していたために、まるで相手が違っていた。
だが、今考えると、せめて巻菱の息子よりはましな選択肢であるように思う。

「すみれさま・・・?」

すみれは宮田の返事に答えずに、部屋の一角をじっと見つめていた。
その瞳に宿っているものは・・・、宮田でなければ分からないほど巧妙に隠されていたが・・・悲しみ・・・?

「あの人は、もう、来ないでしょう」
「子爵位を親戚に渡して、現在行方不明でしたな・・・」
「・・・」

かすかに、すみれはかぶりをふった。
そして、視線を戻す。
そこにあるのは、薔薇の鉢植え。
すみれがここに戻ってくるときに持ってきた、そして誰にも世話を譲らない薔薇。
その花の色は、紫。
昨年帝都を騒がせた怪盗が振り撒いた希少種だ。
すみれがこれを所有しているのを知ったときは宮田も驚いた。

「そういえば、銀仮面という男もおりましたな」

詳しくは知らない。
だが、宮田にはどこか察するところがあった。
銀仮面がすみれに気をかけていたという話は聞いている。
残念ながら、この男も行方不明だが。

「宮田・・・ごめんなさい。少し、一人にさせてくださいな」
「・・・・はい」

その声がかすかに濡れていることに気づいて、宮田はその言葉に従った。


一人になった部屋で、すみれはすっと手を伸ばす。
ノーブルバイオレット。
行方不明だ。
そう・・・。
生きているならきっと、この屋敷に予告状が届くはずなのだから・・・。









正式公開、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年五月十二日

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