帝都怪盗浪漫銀仮面
最終話「想炎」


第八話「真実」




「警部、本日の捜索終了しました」

 塚本は連日、宮城と警視庁と国会議事堂を飛び回っていた。
 年末年始返上で堀を連日五百人の警官で漁る一方で、銀仮面からの告発状を元に調査を続けていたのだ。

「おう、何か見つかったか?」
「今日もマントの切れ端が見つかっただけでした」
「そうか・・・」

 部下の巡査長の報告に、塚本は心中で安堵していた。
 未だに、銀の仮面も、盗まれた黄泉鏡も見つかっていない。
 かろうじて見つかるのは、銀仮面のしていた紫のマントだけで、遺体など影も形もない。
 だから、指名手配はまだ解かれていない。

 誰も、死んだなどと決めつけられる証拠はない。
 銀仮面は今も帝都に暗躍している。
 銀仮面の死が証拠として上がるまで、いつどこに予告状が飛ぶかわからない。

 塚本は、新聞各社への記者会見で、そう明言し続けていた。
 わかっていても。
 どれほどわかっていても。

 その銀の威光を背に、塚本は国会にまで掛け合って渡された告発状にびっしりと書かれていた百件近い告発を一つ一つ実行していっている。
 上流階級で脛に傷を持つ者には、銀仮面の名は未だに恐怖と共にある。

 そして・・・

「じゃあ、俺はこれで帰るからな」
『ええええええええっっっっっっっっ!!!!????』

 塚本が定時に帰ろうとするのを見て、対策室の全員がぶったまげた。
 念仏を唱える者までいる始末である。

「何だ、帰っちゃいかんのか?」
「い、いや、そうじゃないですけど・・・」

 塚本はこの半年、まともに家に帰った日などほとんどなかったのだから。

「何、ちょっと私用でな」
「あ・・・」

 それを聞いて、何人かの顔に理解の色が浮かんだ。
 さらに後の何人かは、女がらみではないかと邪推している。

『警部、いってらっしゃいませ』

 不思議にそろった声に送られて、塚本は数カ月ぶりに私服で対策室を出た。
 警視庁を出て、自宅に向かうのではなく、メトロの乗り場へ行く。

「銀座まで、大人一枚」

 のんびりとメトロに揺られる塚本のポケットの中には、メトロの切符の他にもう一枚、立派なチケットが入っていた。
 帝国歌劇団の米田支配人から塚本に届けられたものだ。
 理由は、よくわからないが、わからなくもない。

 本日が初日となる公演の、最前列のチケットであった。

***********************************

「みなさま、大帝国劇場にようこそいらっしゃいました。帝国歌劇団花組、主演神崎すみれ、マリア・タチバナによります、特別公演、銀仮面。開演までごゆっくりおくつろぎ下さい。
 ロビーには売店・・・食堂では・・・」

 少し遠くに感じる館内放送を、すみれは楽屋ではなく自室で聞いていた。
 既に衣装には着替えてある。
 すみれの今までの役とは大きく違う、庶民的な衣装であった。
 紫色の小さなリボンが、特徴と言えば特徴である。

 本来なら楽屋で最後のチェックに忙しいはずの時間であり、いつもならすみれのこんな態度に怒ってカンナが引っ張りに来るところだが、
 今日は花組の面々誰一人としてすみれを咎めには来なかった。
 今すみれの目の前には、まだ新しい鉢に植えられた薔薇の蔦がうつっている。

 あの夜。
 茫然自失で、カンナに担がれるようにして帝劇に帰ってきたすみれを窓辺で待っていたのがこの蔦であった。
 この薔薇のつぼみが、咲いた花びらよりももっと深い色合いの、すみれ色と呼ばれる紫であることを、すみれはその時初めて知った。
 何故これがここにあるかを察して悩んだものの、結局、風雨にさらしておくには忍びず、受け取ることにした。

 年が明けて一週間。
 この日、季節も何も無視して、十八のつぼみが一斉に開いた。
 切り取られた花はこれまで飽きるほど見てきたが、直に咲くのを見たのはこれが初めてだった。

 紫の、薔薇。

「女の年齢を数えるなんて、相変わらず・・・失礼ですこと・・・」

 この薔薇の名前を巡って植物学会が揺れていたことは、年が明けてから知った。
 そもそものきっかけは、銀仮面から直接植物学会に新種の申請がされたことらしい。
 申請された名前は、ノーブルバイオレット。
 その、薔薇に似合わぬ名前と、種子も蔓も入手できない状況のために登録を認めるかどうかで意見が分かれたと聞く。
 だが、帝都の全ての人々が一度は目の当たりにした種を登録しないのはおかしいと言うことになり、旧年中、晦日に名称が決定したそうだ。

 学会の研究者達は賞金までかけて生きているノーブルバイオレットを探しているが、
 おそらく、ここにしかあるまい。

 ただ、銀仮面本人への呼びかけは続いている。
 そう、銀仮面はまだ滅んでなど、いない。
 彼の存在は、誰の胸からも消えていない。

 鹿沼が・・・銀仮面が言っていた、
 帝都の下層に生きる人々・・・。
 その日暮しで、帝劇を見に来ることもできない人々。
 そう言った子供達を招待して、また、上げた収益をそう言った人々に送ろうというチャリティー公演の話が、誰からともなく出てきた。

 演目は、
 帝劇初の現代劇。
 逆賊を扱うことで、関係各所からの反対が予想されたが、これはすみれが引かなかったのだ。

 かくて、毎回席の半分を招待客に割り当て、収益の八割を寄付に当てるという特別公演「銀仮面」が、一月八日から一週間の予定で組まれたのだが、
 前売り初日に百五十余倍の倍率でチケットが完売してしまったため、米田は既に公演期間の延長を考えていた。

 本日の初演には、貧困層の人々とは別に、銀仮面の関係者が何人か招待されていた。
 銀仮面の最初の記事を書いた大阪新報の記者や、
 銀仮面対策課課長の警部。
 大河原が調べていくときに協力をうけた、貧困層の人々にもよく知られた紙芝居屋。
 銀仮面饅頭の仕掛け人や、
 ダイヤを借りられた百貨店の社長など。

 そろそろ時間のようだ。
 銀仮面の役は男役と言うことでマリアが務めたが、すみれはかわりにこの劇のヒロインをやることになった。
 銀仮面が守ろうとして、同時に慕っている優しき少女、紫。
 今、すみれが着ている衣装はこの役のものである。
 銀仮面の相手となる刑事はカンナがつとめる。
 そして久々の企画として、一般公募でのエキストラの起用も行われた。

「まもなく公演開始です。みなさま、席におつき下さい」

 事務と共に大神のいない玄関も見なければならないかすみと由里は、ようやく、と言う気持ちで館内放送を入れた。


 あなたは、滅んでいない。

 ノーブルバイオレットに軽く口づけして、すみれは舞台へと向かった。


「ねえ、最近帝都の夜に舞うって言う怪盗の話、知っている?」
「知らねえはずはねえだろう。今時新聞が読めれば赤子でも知ってるぜ」


 銀仮面関連記事で帝都での発行部数を大きくのばした大阪新報は、一昨年九月から手にしていた日本第一位新聞の座を、これ以後不動のものとしていく。
 その社説は常に、市民の立場に立ったものであったという。

「わーい!銀仮面だ!」
「銀仮面が来たよ!」
「そう・・・私の名は銀仮面・・以後、お見知り置きを」


 紙芝居屋、深川の千葉助は、銀仮面の次の子供達のヒーロー「少年レッド」で太正十四年度に大ヒットを飛ばす。
 銀仮面の紋章、斜め十字から名付けられた敵役怪紳士エックスは、悪党の立場であっても決して人殺しをすることはなく、シリーズ化したエックスを名に冠するキャラ達は、どこか憎めないところを持っていたという。


「待ちやがれ銀仮面!今日こそ決着をつけてやるぞ!」
「無理だ・・・。君は私を捕まえることは出来ないよ」
「出来るか出来ないか、テメエで確かめろ!」


 塚本警部は、銀仮面の告発状が尽きた後も上流階級を相手にやり合い、後に銀の後継者と呼ばれることになる。
 彼自身は出世しても生涯、銀仮面対策課課長と名乗り続ける。
 銀仮面の指名手配は彼の葬儀の日、出棺の時刻をもって終了するのだが、それはずっと先の話である。


「銀仮面、どうしてあなたはいつも夜の闇に消えていってしまうの・・・?」
「忘れないで下さい。それでも私はあなたをお守りします。あなたの傍にいます」


 銀仮面の裏には何らかの組織があるらしい、と言う情報は、政財界の消極派をも恐怖を以て突き動かした。
 そのため、紅蘭は花やしきで光武・改の製造と、新型霊子甲冑アイゼンクライトの整備に追われている。


「何だ、あの炎は!あの叫び声は!」
「見るがいい、銀仮面の炎を。
 忘るるなかれ、帝都の叫びを!」


 特別公演「銀仮面」には、公演を見ようと言う人が地方からも訪れるほどの人気であり、二度の期間延長を経て二ヶ月のロングラン公演となった。
 これ以後、帝劇は季節公演制に移行することになる。


「約束したではありませんか!私の傍にいて下さると・・・!」
「私は死にません。たとえこの身体は滅びても・・・。私の意志を継ぐ者が必ず立ち上がり・・・この地に生きる子供達も、そして、あなたも必ず救います・・・」


 公演の収益、及び公演期間中に帝劇に寄せられた多額の寄付金は帝都のみならず日本全土に配られ、生活保障制度の柱となる。
 それによりいくつもの破壊活動団体予備軍が、活動理由の解決のため自然消滅したと言うが、これは定かではない。


「あなたはどこへ行ってしまったの・・・。
 あなたはもう帰ってこないの・・・。
 でも私は忘れない。
 いつまでも忘れない。
 あなたがここにいたことを、
 あなたがここに生きていたことを・・・!」


 天覧舞台となった千秋楽。
 カーテンコールを迎えた神崎すみれ嬢の目に涙があったと、帝側近の春日方術士団長は語る。



 そして、太正十四年四月。
 帝都に、あの男が帰ってくる・・・。









サクラ大戦2、君、死にたもうことなかれ










正式公開、SEGAサクラ大戦BBS平成十一年三月十二日
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