帝都怪盗浪漫銀仮面 第七話「逆臣」後編 |
それから役者の待つステージへ向かう銀仮面に、四千人の警官隊のうち、運の良い者・・・悪いかも知れないが・・・と方術士団の残りの手勢が花道を作った。
傍目には快進撃に見えたかも知れない。
一通り蹴散らして、目的の場所が近くなってきたとき、
「銀仮面!!」
道横の石垣の上から、聞き慣れた声が聞こえて銀仮面は振り向いた。
やはり、待ち受けていたか・・・!
この男がここで待ち受けていなかったら、きっと自分は残念に思っただろう。
もっとも、それはあり得ぬ仮定だったか、と理由も無しに考える。
振り向いたその先には、長弓に矢を二本つがえた塚本がいた。
「久しぶりの挨拶代わりだ!!」
聞こえるその声は、何故か楽しそうに聞こえた。
多分、原因は言った本人と聞いた本人と両方にあるのだろう。
銀仮面は、飛んでくる矢を炎凪で払おうとしたが、矢は向きを変えない。
「!?」
寸前で、地を蹴って飛び上がり、かわしたと思った。
グンッ!!
次の一瞬、二本の矢が銀仮面を追尾して両の翼を射抜いた。
痛みはないが、大きく損傷しておりこれではもう空は飛べないだろう。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、か。よく言ったものだね」
「貴様に攻撃を当てるには執念と根性。銃弾よりこっちの方が気合いが入りそうだったんでな」
そう言ってから、弓を上に置いて塚本は石垣をすべりおりてきた。
「まったく・・君は大した男だよ」
塚本には霊力はなかったはずだ。
おそらく、修行と精神集中で後天的に霊力のようなものを身につけたのだろう。
人であるままで。
「これでもう貴様をどこにも逃がさねえ。おまえ自身が選んだ最高の舞台でとっととお縄を頂戴しな」
見ると塚本は全身が濡れている。
炎対策に、水でもかぶってきたのだろう。
「そう言う台詞は私を屈服させてから言い給え」
「もちろんそのつもりだ。このまんまじゃ寒くて仕方がねえ」
「十二月に水などかぶるからだ。すぐに乾燥させてあげよう」
「嬉しいこと言ってくれるねえ」
銀仮面の手に紫炎がみなぎる。
塚本も、ロープを腰にくくりつけて構えた。
「少し安心したぜ。逆賊に落ちぶれたと思ったが、そう変わった様子もない・・・。何でこんな馬鹿な真似しやがった?」
「そう言う台詞は私を取調室に連れて行ってから言い給え」
「賛成だな!」
塚本は真っ正面から突っ込んで来た。
「まずは方陣一仙、火走!」
高速で地を滑る炎。
塚本は寸前で空中へ飛び上がり、これを避けつつ更に間を詰めた。
「方陣二仙、灼薙!」
即座にレイピアを抜いて一閃させる。
レイピアの直撃こそ塚本は避けたものの、取り巻く炎の一部を浴びた。
「乾いたかね?」
「ん?大して効いてねえぞ、どうした、銀仮面!」
言葉通り、塚本はさしたる火傷もなく再び向かってくる。
「さすがの貴様もここまで来るのに力を使い果たしたか!?」
塚本の拳と蹴りが飛んでくる。
執念のこもった一撃一撃は、炎凪では止めきれない。
その内の一つを危ういところで避けたとき、水しぶきが銀仮面に飛んだ。
ジュウッ!
触れたところから白煙が上がる。
蒸気では、ない。
「・・・なるほどな!」
組み付こうとしてきた塚本の手を払いつつ、銀仮面は納得した声をあげる。
払った手も、水に濡れて少し煙が上がる。
「塚本君、堀に飛び込んできたようだね」
「おう、よくわかったな。近くに水と言ったらあれしかなかったんでな」
どうやら、塚本は意図せずにやっているようだが、堀の水の対魔浄化作用が効いているのだ。
「・・・なかなか痛いハンデだね」
ここで一旦間を取った。
「円陣六仙、焼壁!」
左右へとはなった炎がそのまま燃え上がり、高さ三メートルほどの炎の壁となる。
普段は警官隊の足止めに使っている技だった。
さすがに周囲の気温がぐっと上がる。
「うおっ、と・・・!」
「さあ、続けようか、方陣一仙、火走!」
今度は一発ではない。
両手から次々と炎が繰り出される。
塚本は全てをかわしきったわけではないが、直撃は一つも食らわなかった。
ある程度接近すると、再び空中へ飛ぶ。
火走りは地面を滑るので空中に投げつけることは不可能なのだ。
しかし、銀仮面にも対抗策はある。
「方陣四仙、光爆!」
轟く火球が地面に激突して爆風をあげる。
空中の塚本を対空気味に襲った。
しかし塚本は、堀の水のせいもあるが、両手でこれを防ぎつつ銀仮面の間近に着地した。
光爆を放った直後で、銀仮面にも隙が出来ていた。
「何度おまえとやり合ったと思っている!もらったあ!!」
初めて、塚本が銀仮面と組み合った。
即座に銀仮面は体勢を入れ替えて投げようとするが、投げられ慣れている塚本は絶妙の足さばきでそれに踏みとどまる。
そうこうしているうちに、銀仮面の体勢が微かに揺らいだ。
「うおりゃあっっ!!」
「円陣三仙、焼去!」
「かまうかあっっ!」
投げようとする銀仮面から炎が吹き出るにもいっさい構わず、塚本は体落としで銀仮面を背中から地面に叩きつけた。
「ガハアッ!」
塚本は気づかなかったが、銀仮面の背中の翼がこの一撃でボロボロになって崩れ落ちていた。
上からの体勢だったので塚本はそれに気を留めることなく、すぐに腰のロープを手に取り、銀仮面にかけようとした。
「円陣八仙、陽炎・・・!」
スウッと、銀仮面の身体がすり抜けて、離れたところに実体化する。
だが、塚本の動きの方が一瞬早かったようだった。
銀仮面の左手首には、塚本のかけたロープが結ばれていた。
「王手だぜ、銀仮面・・・」
ロープの片方をしっかりと握りしめて、塚本は思わず笑顔が出た。
「このロープは特注品でな。耐火性で強度も極めて高い。これが終わったら、銀仮面ふんじばりロープと銘打って売り出そうか」
「君は、名前付けの才能はあまりないようだな」
左腕から炎を発して確かめてみた銀仮面はなるほどと納得する。
結び方もさすがにしっかりしたものだった。
「やっと、だ。うれしいぜ銀仮面。貴様を捕まえるのは誰にも譲りたくなかったからな」
「塚本君・・・君とはずいぶんと長いつきあいだったような気がするよ」
やけにしみじみと銀仮面がつぶやいた。
こういう口調は珍しい気がする。
「おう、この半年散々手こずらせてくれたな。って、ずいぶんと殊勝じゃねえか」
「そうだな、・・・、君とこうして話すのもこれが最後になりそうだ」
その言葉を聞いて、塚本はじわじわと実感がわいてきた。
やったのだ・・・。ついに捕まえたのだ・・・。
だが、何か・・・何か気になる。
「心配するな、今度は取調室で相手をしてやる」
「そうではないよ」
勝ち誇った塚本の言葉を遮るように、悲しげとも聞こえる声がやけに響いた。
さすがに塚本は様子がおかしいと思うようになった。
「君が私を捕まえられる日は、永遠に来ない」
銀仮面の手が異様な動きを見せる。
この半年、銀仮面の技を見続けてきた塚本ですら初めて見る構えだ。
「私は約束を果たさねばならない。いや、私の想いのために、ここで捕まるわけにはいかないのだ」
「花組スタアの女の子たちのことか・・・、あの子達をこの場に呼んだのはやはりおまえだったか」
「知っていたとはな。さすが塚本君。
そう、だから君にはどいてもらわねばならない・・・。いかなる手段を持ってしても、だ」
「あのときと同じという訳か・・・。また俺は端役とでも言うつもりか!」
塚本が言っているのは銀仮面が初めて花組を招待した巻菱邸でのことだ。
今思えば、あれも花組を呼んでいたのだろうと推測がつく。
「言っておくが、貴様の技にはもう慣れた。薬でも、方陣八仙でも俺は眠らねえぞ」
すっと立つ位置を変え、花組の面々のところまで向かう道のど真ん中に立ちはだかる。
「言ったはずだ、いかなる手段を持ってしても、と。君が私を捕まえることは、永遠に、ない・・・」
「な・・・!!!」
それの意味するところを察して、さすがに塚本の表情が変わった。
「しょ、正気か!?銀仮面・・・!!!!!」
「これで最後だ、塚本君・・・」
答えにならないその言葉を聞いて、恐怖より先に怒りがこみ上げてきた。
「今まで非殺を貫いてきた銀仮面が・・・・。俺は貴様を見損なったぞ!!」
塚本の怒りは殺されると言うことにではなく、裏切られたという気持ちからだった。
その声は、銀仮面にまともに吹き付けられる。
・・・心地よかった。
「私がお慕い申し上げる方はこの世にただ一人・・・。だが、私が友と呼べる人間も、この世に君一人だったかも知れないよ・・・」
静かに、万感の想いを込めるように聞こえるその言い方も、今の塚本には怒りの材料となった。
「俺は死なねえ!俺は貴様を捕まえるまで、断じて死なねえ!絶対にだ!」
絶叫と共に、塚本は地を蹴った。
後ろではなく、前へ。
全身全霊を右拳に乗せて、
銀の仮面へ、
彼がこの半年追い続けた男の顔へめがけて、
叩き込んだ。
今まで傷一つつかなかったその仮面が、初めて拳の形に変形する。
だが、それでも銀仮面は倒れなかった。
「お別れだ、塚本君・・・!方陣九仙、瞑夢・・・・!!」
黒い炎が塚本を取り巻いた。
視界が徐々に暗く閉ざされていく・
だが塚本は最後まで、拳と視線に込めた力を緩めなかった。
「銀・・・仮面・・・・・・・・!!!!」
ドシャアッ
左手にロープの一端を握ったまま、塚本はその場に倒れ落ちた。
ロープが切れそうにないので、塚本の堅く握りしめれられたままの手から引き剥がして左手に巻き付けておくことにした。
そのときに、塚本の口元に手を当てて呼吸を確認する。
「さらばだ・・・塚本君」
最後に、懐から告発状を取り出して、いつものように彼の眼前においておいた。
ただ、告発状だけはいつもより分厚かった。
「さらば・・・私の、生涯ただ一人の友・・・・・」
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爆発音がしばらく聞こえなくなった。
少し高台にあるここは、ある程度宮城が見渡せる。
「来るな、こいつは・・・」
カンナが皆の気持ちを代弁して言った。
今までとは状況が違っている。
皆、あまり無駄口も叩かずに待っていた。
今までと、違う。
あれは本当に銀仮面なのかとすら思えてしまう。
彼の今までの行動からは考えられないことばかりだ。
それらの想いを心中に秘めて、すみれは静かに待っていた。
不思議と、悪い気はしない。
最初こそ、この無礼者は何ですの、と思っていたが、今では銀仮面をある程度評価している。
口先や形だけでなく、全てを達成させようとして、そうしてしまう努力と実力は称賛に値する。
その行動力は、どこか大神を思わせた。
もちろん、すみれの大神への思いはこの八ヶ月で微塵も揺らいではいない。
だが、銀仮面を大神の次くらいには認めてやろうとも思っていた。
銀仮面は彼と同じく、自分自身を見てくれていた。
神崎家の財産や、あるいはもっと下卑な考えで迫ってきた男達とは違う。
純粋に、自分に会うことを楽しみにしてくれていた。
それが、すみれには嬉しかったのだ。
ただ、今日の銀仮面はよくわからない。
いつものあの男とはどこかが違って思える。
どうやら、考える時間はそろそろ終わりのようだ。
ゆったりとした気配が近づいてきた。
瞼を開き、瞳に入ってきた光景に、見慣れた銀と紫の色彩がとびこんできた。
「お待たせいたしました、すみれさん。そして、花組のみなさん」
もう聞き慣れてしまった、独特のかすれた声。
シルクハットを脱ぎ優雅に挨拶して上げた顔が、一瞬、本当に笑っているように見えた。
銀仮面の仮面の左側が少々ゆがんでいて、それが仮面の唇を笑ったように見せていたのだ。
今までかすり傷一つついていなかった仮面だ。
よく見ると、左腕には武骨とも言える縄が巻き付けられてあり、いつも整えられている服装も埃にまみれていた。
ここに来るまでの戦いの激しさを物語っている。
それでも、この男の優雅さは消えることがなかった。
「女を待たせる悪癖だけは、やはり評価できませんわね」
「面目ありません。ですが、真打ちは最後に登場してこそ花でしょう」
「うぬぼれもそこまでいけば大したものですわ」
すみれの言い方は、珍しく皮肉が入っていない。
この男の言葉が自信過剰ではないことは先刻承知だ。
「銀仮面、こんな馬鹿な真似をした真意は何ですの?」
「怪盗は盗むのが仕事でございます」
どうやら、素直に話す気はないらしい。
「まあ、フィナーレが話し合いで片づいては興ざめだというのはわかりますわ」
長刀をすっと抜いて構えるのを見て、銀仮面も、相変わらずどこから取り出しているのかわからないレイピアを抜いた。
花組のあとの五人は、二人の会話に口出しできなかったが、戦いへ移ろうとするのを見て動き始めた。
「では」
銀仮面は、自分の通ってきた道へ続く下り階段へ炎を放った。
石垣を登るための階段が、完全に炎の壁で覆われる。
これで、これ以上余人が入ることはない。
「始めましょうか」
開始の声にしてはあっさりした口調で、すみれと銀仮面の声が重なった。
次の瞬間、長刀とレイピアが激突していた。
すみれの力の象徴とも言える真紅の炎と銀仮面の代名詞の一つである紫の炎が絡み合い、傍目には芸術的なまでに見えただろう。
キィンッ
澄んだ音を立てて、二人の武器がいったん離れる。
そこへ左右からさくらとカンナが迫る。
一対一でやり合えるならそうさせるべきなのだろうが、銀仮面の想像を絶する力は先ほど二度も見せつけられていた。
そして、六人総掛かりでも、これまでは勝てなかった相手なのだ。
しかし今回は、いくらか手を考えていた。
「三進転掌!」
「桜花霧翔!」
「円陣七仙、双盾!」
二人の必殺技を、銀仮面は両手から発した炎の盾でくい止める。
その間に、後方にテレポートしてきたアイリスが背後から電撃を放った。
同時に、紅蘭のチビロボ改々が空中から蒸気爆雷を投下する。
「方陣五仙、散華!」
爆雷が爆発するより前に、銀仮面に焼き払われた。
その余波でついでにアイリスの電撃も防ぎきる。
その直後、マリアの放つ凍気が強襲した。
「パールクヴィチノイ!」
かなりの広範囲を覆い尽くすこの技は、防ぐとかどうとかいうタイプではない。
銀仮面を中心にした周囲が一息に凍り付く。
しかし、これで倒れる銀仮面ではない。
「方陣十仙、壮炎!」
かなり抑えた一撃・・、いや、もう先刻ほどの力は残っていない。
だがそれでも発生した火柱は凍気を振り払い五人を吹っ飛ばすのには十分な威力があった。
『うわあああっっっ!!』
五人。そう、五人だ。
すみれは吹っ飛ぶことなくその場に踏みとどまり攻撃に転じた。
「神崎風塵流、連雀の舞!」
十仙の直後だ。
さすがに防御技も間に合わない。
銀仮面は長刀と炎を同時に受けた。
ただし、左腕に巻き付けたロープで。
「ふっ・・・」
塚本の言った通り、焼け落ちもしなければ切れもしなかった。
「何ですって・・・!?」
愕然となったすみれの腕を掴んで引き寄せた。
踊りでも踊るかのような優雅なステップを三度ほど踏んでから、ふわりと宙に投げあげる。
だが、落下地点に走ろうとしたとき、その動きを読まれた。
吹き飛ばされたカンナが、体勢を立て直して迫って来ていた。
「四方攻相君!」
「円陣二仙、密壁!」
避けきれないと判断して、正面から受け止めた。
しかし、踏みとどまろうと足に力を加えたとき、
足下が爆発した。
「!?」
紅蘭があらかじめしかけておいた爆竹のようなものをリモコンで爆発させたのだ。
威力こそ無かったが、一瞬注意がそっちに行ってしまい、踏みとどまれなかった。
「いけええええっっっっ!!」
今度は銀仮面が吹っ飛ばされる番だった。
「円陣八仙、陽炎!」
地面に叩きつけられる前に、すっと姿を揺らめかせる。
着地際を狙われることを防ぐためだった。
ついでに横目で、すみれがアイリスの念動力で受け止められていることを確認する。
また、その隙をつかれた。
「!!」
「破邪剣征、百花繚乱!」
実体化する寸前に放たれた。
攻撃範囲の極めて広いこの技は、相手を正確に補足していなくても使うことが出来る。
「円陣九仙、昇風!」
方向を補正して壁を張る暇がなかったので、かろうじて軽減できただけだった。
だが、これではまだ倒れない。
空中で再び姿勢を整える。
その眼前に、突如としてすみれが長刀を構えて現れた。
アイリスがテレポートさせたに他ならない。
至近距離で、すみれは渾身の霊力を込めて必殺技を放った。
「神崎風塵流、鳳凰の舞!」
銀仮面は、避けなかった。
ズガアアアンンンッッッ!!
これ以上ないというくらいの直撃の仕方で、銀仮面は炎に包まれながら地面に叩きつけられた。
「や、やったか・・・!?」
「・・・・・残念ながら、まだ、ですよ。カンナ嬢」
ふらつきながらも、銀仮面は立ち上がった。
だが、既にいつもの迫力はない。
それ以上に、すみれは気にかかったことがある。
「銀仮面・・・、翼はどうしましたの?」
いつもならば、空中でマントを脱ぎ払い翼を生やして難なく着地しているはずだ。
「・・・折られましたよ。ここに来るまでにね」
いっそ、すがすがしい、と言っているようにすみれには聞こえた。
「・・・それにしても、ここまで見事にやられるとは思いませんでした。発案者は、すみれさんですね」
銀仮面が隙を見せる最大の瞬間が、すみれに注意を向けるときだ。
すみれに対しては、どうしても手加減も大きくなる。
それらの瞬間だけは、銀仮面も防ぎ切れまい。
それを狙うように言い出したのは、他ならぬすみれ自身だ。
自分が、真っ向からやり合うことを覚悟し、同時に想定してである。
「すみれさん、・・・光栄ですよ」
すみれが、自分の行動、考えを読み切ってくれたという事実が、銀仮面には嬉しかった。
「さて、どうなさるおつもり?銀仮面」
「そうですね」
少し銀仮面は考えた。
「やはり、あなたと、ですね」
五人をほとんど気にかけていない動きで、銀仮面は真っ直ぐにすみれに向かった。
抜いたレイピアから炎が、いや、銀仮面の全身が炎を発している。
キィンッ!!
再び二人の武器が激突する。
今度は離れることなく二度、三度・・・!
しかしその動きは攻撃を加えているというよりは舞い踊っているようにも見えた。
二人の霊力と妖力が、真紅と紫の炎がぶつかり合い、周囲に渦をなす。
すみれは神崎風塵流の技を尽くして、銀仮面は各陣の技を尽くしてお互いに迫る。
その高熱に、近づけないということもあったが、それ以上に、
二人の達人の成す舞に、普段舞台に立っている花組の乙女達ですら見とれた。
しかし、何故だろう、その美しさがどこか悲しく感じられるのは・・・。
五人は、カンナすらも手を出せずに見守るしかなかった。
すみれは、その炎の中である種の高揚感を覚えていた。
銀座の百貨店で遭遇して以来、ここまで一度も勝てなかった相手と互角に戦っているということもあるが、
それだけではない。
この感覚はもっと別。
夜会の、うわべだけのダンスではない。
全てを燃やし尽くすような情熱のダンス・・・。
銀仮面の情熱そのもののような炎は決して不快ではなかった。
何一つ裏のない心・・・。
銀仮面は、ここにいる自分という存在を認めてくれていた。
そうだ・・・
大神のいないこの帝都・・・
わずか三ヶ月の間であったが、銀仮面がいなければ、あまりの空虚さにどうかなってしまったかも知れない。
その寂しさを、この男は満たしてはくれなかったが、感じさせずにいさせてくれたのだ・・・
大した、男ですわ。
高揚した気分が、霊力をも高めていた。
「今一度受けてみなさいな!神崎風塵流、鳳凰の舞!!」
渦巻く炎をも巻き込んで、壮絶なまでの一撃となった。
銀仮面がそれを正面から受けようとしたとき、
「!!!!!」
六人全員、我が目を疑った。
「ガッ・・・・!!!」
銀仮面が、血を吐くような声を上げたと思った瞬間、鳳凰の舞に触れる寸前に、
銀仮面の右腕が、
崩れ落ちた。
ここまで完全なステップを見せていたその身体がぐらりと揺らいだ。
完全に無防備・・・
すみれは、倒れようとする銀仮面に攻撃を加えるのではなく、思わず手をさしのべていた。
そのとき、銀仮面の顔が視界の中で輝いた。
初めてあったときからずっと変わらなかったその銀の顔。
でも、何故だが知っているような気が、この三ヶ月の間、ずっと晴れなかった。
今ならば、その素顔が・・・
でも・・・それは・・・
二つの相反する想いに、一瞬を永劫に感じるほども悩んだ末、すみれの手は銀仮面の仮面を掴んでいた。
彼のために作られたその仮面は、生半可なことでは外れないはずだった。
だが今は、塚本の拳によって完全な形ではなくなっていた。
その歪みが、塚本の執念がすみれの手を助けた。
「!」
「!!」
倒れた銀仮面の口から、呆然となったすみれの口から、声にならない叫びが上がった。
「・・・あなたは・・・」
見覚えのない顔だった。
銀仮面の素顔は、思っていたよりもずっと老けていた。
全体にしわが多い。
輪郭は整っているが、どこかすさんだ雰囲気を感じさせた。
何より、幾筋も走る傷跡が恐ろしげですらあった。
だが、その顔には、どこか見覚えがあった。
そう・・・・確かに面影が残っていた。
考えられないことではなかったが、考えられないことだった。
その顔を、四十ほども若返らせたら、丁度、楽屋で見たあの顔と重なった。
「鹿沼・・・・子爵・・・・・・・・・・」
自分が素顔であることを確かめてから、
素顔の銀仮面が、
かすかに微笑んだように見えた。
楽屋に戻る。