帝都怪盗浪漫銀仮面 第六話「黒鬼」 |
「ふむ・・・」
支配人室で、米田は大河原から報告を受けていた。
大河原一美中佐は、かつて有楽町帝撃通信局の検閲官として帝撃の機密保持の最前線にいて、表向き私立探偵となった今でも帝撃に大いに関係していた。
米田はその彼に、銀仮面が盗んだ品物の売却経路を探ってもらっていた。
その経路から、あるいは銀仮面の所在、根拠地を割り出せないかと考えたのだが。
「欧州で発見とはな」
「最初の頃の事件でのものです。ここまでに加山くんが同定できた物は二つですが」
「加山も忙しい中でよくやってくれた。しかし、欧州まで行ってしまっては経路の探りようがないな」
銀仮面の根拠地は必ずこの国内にある。
いや、ほぼ帝都のどこかと考えて間違いあるまい。
「ですが、売却していると言うことは確実です」
「そうだな・・・。ということは、銀仮面は宝物収集が目的ではなく、金を集めていることになる」
予告状で指定された宝物類を狙われた人間が売ってしまったときには、銀仮面はその分の金額をしっかりと金庫から取って行っている。
その宝物に執着しているのではなく、告発と懲罰が目的とも思えるが、やはり盗んだ物は金に換えているようだった。
「本官の私見ですが、幻滅ですな」
「違えねえ」
大河原の、冗談とも本気ともつかない意見に、米田も苦笑しながら相槌を打った。
銀仮面は今、帝都でかなりの人気がある。
社会的強者を敵に回して、次々と出し抜くその行動が、大衆の支持を集めていた。
実際、彼の告発で破滅した悪徳業者、政治家などは枚挙にいとまがない。
それが転じて、どうやら流行にまでなっているらしい。
由里も、今年の冬のファッションは、紫系と銀のアクセサリーだと言っていたし、帝劇に来る子供たちの銀仮面ごっこにカンナがつき合わされたりしていた。
町中や公園でも、ブリキの銀仮面がよく売られていた。
銀仮面の目的が金とわかったら、評価はずいぶんと変わることだろう。
「大体、それだけの金を何に使おうってんだ・・・」
今までの被害金額を総計すると、帝劇と帝撃をそっくり買ってまだお釣りが来るぐらいなのである。
「まさかと思いますが・・・、神崎すみれ嬢を嫁に迎えるための城を造っているとか・・・」
「ぶ・・・・・・!!」
米田は飲もうとした番茶を盛大に吹き出した。
「お、大河原君・・・。ファンとしての君の心配は嬉しいが・・・、そりゃあいくらなんでも・・・」
無いと思うぜ。と言いかけて、米田はそこで舌が止まった。
視線を宙に一巡させてから、
もう一度、少なくなってしまった番茶をすすって・・・。
「奴なら、やりかねんな・・・」
「・・・でしょう」
実は密かにすみれファンである大河原の表情は硬い。
「・・・建設会社や土木業者への資本流入の可能性はねえか?」
「その可能性もありますが、あの業界は四月からずっと忙しいですからな」
「・・・そうだったな」
聖魔城の復活、そしてそれに続くミカサ発進により、帝都の建築物はかなりの被害を受けていたのだ。
そのための復興で、建設、土木関連は、政府からの援助も含めて特需が続いている。
政府からそれだけの資金が入っていては、仮に銀仮面の金が入っていてもわからないだろう。
「他の業界で景気のいいところはねえか?」
「うーむ、思い当たりませんな。強いて言うなら最近帝都の貧困層で、生活が楽になったという話を聞きますが」
最近情報交換でよく話す深川の紙芝居屋も、五銭をもって見に来る子供が増えたと言っていた。
今度銀仮面をモデルに話を作ろうかと言っていたが。
「なんだそりゃあ。そんなところに流れ込んでいるのか?」
「いや、それにしては金額も大したことはありません。試しに試算してみましたが、被害総額の十分の一にもなりません」
「・・・、まあ、政府の生活扶助がいかに手を抜いているかって事だが・・・。銀仮面の金の一部かも知れん。これについてはもう少し詳しい調査を頼む」
「もしそうでしたら、また銀仮面の株が上がりますな」
「そうであって欲しいがな・・・」
今度は笑いを交えずに米田はつぶやいた。
「支配人・・・?」
「あ、いや、なんでもねえ・・・」
「はっ、それでは」
大河原が退出し、一人になった部屋で、じっくりと米田は考えていた。
昨年の今頃なら・・・こう部屋の中が殺風景に見えることもなかったのだが。
新築したから、ではない・・・。
よそう。
今考えられることは・・・。
帝撃が買えるほどの資金。
そして、通常の物と大きく異なる降魔。
新たなる隊員を欧州で捜している事への妨害事項・・・。
何かが・・・動いている。
それも、黒之巣会に匹敵するほどの何かが・・・。
とすると、銀仮面は・・・・・・・・・・・・。
* * * * * * * *
ガシャアンッッ!
ガラス瓶やらパイプやらが派手な音を立てて割れ、中に入っていた液体が彼の放つ妖気で紫に燃え上がる。
「ひ・・い・・い・・・っっっ!」
「言ったはずだぞ、木喰。私がこの帝都にいる限り、あの方に危害を加えることは断じて許さんとな!」
ボッ!ガシャ・・ガシャン!
紫のマント越しに放たれる妖気だけで、周りの器具が吹っ飛んで燃え上がっていく。
銀の額に刻まれた紫の斜め十字が、怒りの表情を呈していた。
「待 て 銀 仮 面 、ア レ は 試 作 中 の 奴 が た ま た ま 脱 走 し て 、 霊 力 の 強 い 者 に 引 か れ た だ け じゃ 」
「日頃から計算計算と言っているおまえの言葉とも思えんな」
フッと、怒りの気配そのままに、口元だけで笑ったらしい。
「時間を考えると、あの降魔兵器は真っ直ぐ帝劇に向かっていた。私も後一歩で間に合わなくなるところだったよ」
一歩踏み出した銀仮面の足下で、ガラスの破片が踏み砕かれた直後に融解、蒸発した。
「五月にようやく蒸気発電で生命を与えられた降魔兵器が、大神少尉暗殺に差し向けて制御に失敗して・・・それから凍結したと思っていたものが、ずいぶんと研究が進んでいたのだな」
今年初頭の第二次降魔戦争でさらに大量の検体を手に入れたことで、降魔兵器の開発は進んだかに見えたが、制御に問題を起こしとん挫していたはずだった。
「大方、帝国華撃団を壊滅できれば良し。倒されても私との実力比較で完成度が確かめられるとでも考えていたのだろうが・・・」
木喰の表情がぎくっとなる。
「そのために、目標をあの方に設定するとは、いい度胸だな!!」
ゴウッッ!
銀仮面の妖力が更に膨れ上がり、炎がその両手に集中する。
「ひっ・・・!じゅ・・・十仙・・・!?
よ さ ん か・・・、わ し は、貴 様 の 親 と も 呼 ぶ べ き 者 じ ゃ ぞ・・・」
「勘違いをするな」
慌てふためく木喰とは正反対に、銀仮面の言葉はぞっとするほど冷静になっていた。
「盟約により我が身を実験材料に提供しただけのこと。魂まで売った覚えはない」
本気で木喰を焼き尽くさんばかりの迫力で、一歩一歩近づいていく。
木喰はだらしなく床を這って逃げようとするが、壁際に追いつめられた。
「覚悟はいいな、木喰」
「待ていっ!」
両手を一閃させようとした銀仮面の後方から、剛を思わせる声が響いた。
振り向かなくてもわかる。
部屋の扉が大きく開いて、そこに一人の男が立っていた。
「おまえか」
「五行衆の仲間を傷つけようとする奴は、この五行衆筆頭、金剛が相手になってやるぜ!」
「誰 が 筆 頭 じゃ・・・」
突っ込みつつも、木喰は内心ではほっとしていた。
金剛が来なければ確実に殺されていただろう。
「威勢のいいことだな」
銀仮面も金剛に向き直る。
「大体テメエは元から気に食わなかったんだ。鬼王といい、テメエといい、俺たち五行衆を差し置いてでかい面しやがって」
「・・・ひがみかね?」
吐き捨てるような言葉とともに熱くなる金剛とは対照的に、銀仮面はのんびりとつぶやく。
こちらは乱入されてかえって冷静になっていた。
「やかましい!俺の大日剣さえ完成すれば、テメエなんざに頼らなくてもやっていけるんだ!」
「何か忘れていないかね」
呆れたようにため息をついてから銀仮面は続けた。
「米田殿にしかけられて、予算不足で活動縮小せざるを得なかったのだろう。その大日剣を完成させるための資金も私が奪ってきたのだよ」
「く・・・っ、なら魔操機兵に頼るまでもねえ!この俺が自らの手でぶちのめしてやるぜ!」
口論で分が悪いと見た金剛は、やはり自分の得意分野に持ち込むことにしたらしい。
やれやれと言うように銀仮面は構えた。
「目的と手段が逆になっている気がするのだがね」
「いくぜえっっ!」
明らかに楽しそうな口調で金剛は手にしていた刀・・・実は刃は入っていないので切るのではなく、自ら言うとおりぶちのめすための代物だが・・・を抜いて銀仮面に叩きつけた。
シュッ・・・
いつの間にか抜いていた銀仮面のレイピアが、それを軽々と受け流す。
「チイッ!」
風圧だけで全てを切り裂くような勢いで刀をぶんまわすが、銀仮面には一発も当たらない。
常に円陣一仙炎凪が取り巻いているのだ。
よけて受け流しているのは半分演技に過ぎない。
「ええい、ちょこまかと動きやがって・・・、男らしくねえぞ、テメエ!」
「おまえは少し優美というものを学んだ方がいい」
「やかましいっっ!」
大上段に振りかぶった一撃には、今度は裂帛の気合いが込められていた。
さすがにこれは炎凪では止められないし、レイピアで止めようとすれば逆にへし折られるだろう。
「やれやれ」
バシィッ!
左手で真っ向から刀を掴んで止めた。
さすがに金剛は攻撃力はある。
少し手がしびれたようだ。
「火傷では済まんぞ、金剛」
掴んだ左手から炎を吹き出しつつ、刀を押し返した。
そのまま、みなぎる炎をレイピアに乗せていく。
「へっ・・・ようやく本気になってくれたか。いいねえ・・男の戦いってのはこうでなきゃよぉ!」
「大神少尉にならともかく、・・・おまえと同類にしてもらいたくはないが」
気力を集中させる金剛に、銀仮面もゆっくりと構えていく。
銀仮面と同じわけではないが、金剛も五行衆の一人として人間離れした力を誇る。
特に、その攻撃力に関してだけなら、五行衆筆頭の自称も嘘ではない。
「いくぜぇぇっっっっ!五行相克ぅぅぅっっっ!」
「方陣二仙・・・!」
「やめよ・・・」
激突寸前の二人の間にわき出すように、一人の男が現れた。
下駄に、念仏の書かれた着物に鬼の面。
銀仮面と方向性は違うが、こちらも同じくらい怪しげな格好である。
「鬼王か・・・」
「邪魔をするな鬼王!大体テメエの命令なんざ聞く耳ももたねえ!」
「私の命令でもか、金剛」
『!!』
鬼王とは別の声が、さほど大きくもないのにはっきりと響き渡った。
「この声は・・・?」
銀仮面はこの声を知らない。
だが、その声から感じる迫力はただごとではない。
「まさか・・・」
「きょ・・・京極様・・・」
金剛の、わずかに畏れのこもったその言葉とともに、陸軍の制服に身を包んだ四十代ほどの男が姿を現した。
意外にも、知っていた顔だった。
直にあって話をしたことこそ無いが、間近で見たことは何度かある。
金剛と木喰はその場にかしこまり、鬼王は彼の傍に控えている。
「なるほど・・・あなたが黒鬼会の総帥だったとは・・・。
陸軍大臣、京極慶吾閣下・・・」
銀仮面は立ったままレイピアをしまい、シルクハットを脱いで一礼した。
その男、京極はわずかに目礼を返す。
「こうして直に話すのは初めてだな、元き・・・」
「私の名は銀仮面にございます」
言いかけた京極の言葉を遮るように銀仮面は言葉を差し込んだ。
一瞬驚いた顔をしたものの、京極はすぐに皮肉そうな笑みを見せた。
「了解した。銀仮面君。黒鬼会総帥京極慶吾だ。よろしく」
銀仮面の仮面の顔は当然動かない。
京極はそれを改めて確認するように間をおいてから、
「まあ、こんなところで立ち話も何だ。場所を変えようではないか」
「心得ました」
二人の激突で、研究室はすっかりボロボロである。
この様子では、器具をそろえて元の状態に研究を戻すまで数ヶ月はかかるだろう。
降魔兵器の完成が遅れるのは間違いあるまい。
それは、帝国華撃団にとっては・・・、すみれにとっては幸いであることだろう。
いそいそと後かたづけを始めた金剛に背を向けながら、銀仮面はそんなことを考えていた。
* * * * * * * *
「さてまずは、黒鬼会の財政難を救った英雄、銀仮面君に乾杯と言いたいところだが・・・」
地下のアジトの中とは思えぬほど豪華な応接室にて、京極は鬼王すら退けて自らウイスキーを引っぱり出してきた。
「仮面を外したくないので、遠慮させていただこう」
「ふむ・・報告は受けていたが、食事も水も摂っていないと言うのは本当のようだな」
取り出したボトルとグラスを残念そうにしまった。
「降魔兵器にしてもそうだが、食料費を木喰が請求したことがありましたかな」
「なるほど・・・確かにそうだな」
「金の話が出たからと言うわけでもないが、あなたに言いたいことがある」
「何かな」
薄々わかっていながら、京極はにこやかに答えた。
「費用の取り分だよ。私が奪ってきた金品の内、九割以上までが黒鬼会の組織運営に割り当てられている。もっと人々に分配してもらいたい」
「鬼王を通じて伝えたと思うが・・・君のやっていることは根本的な解決にならないのだ。この矛盾を抱えた帝都そのものを変えない限り、今ひととき豊かになったとしても、同じ事が繰り返される」
「理想論の話ではない。現実に今このときに食事にすら困る人々が依然としているのだ。私はそれを救わねばならん」
延々論説を続けそうな京極の言葉を覆すかのように、はっきり正面から京極の顔を見据える。
「贖罪かね。銀仮面?」
ふっと笑って京極は問うた。
あまり皮肉っぽくはない。
どちらかといえば、同病相哀れむとでもいうような笑いだった。
「その通りだ。そして断罪でもある」
言ってから、自分が今いる豪華な応接室を見渡して、
「無駄以外の何者でもないな」
と言い放った。
「辛辣だな、銀仮面」
銀仮面が無駄と言い放った豪華なソファに腰をおろして、京極はさほどひるんだ様子もない。
「これに関しては確かにそうだが、黒鬼会の存在意義はわかってもらえるかな。この帝都が呪われていることに、今の君ならば異論をはさむまい」
「わたしには、所詮黒之巣会と何ら変わらない組織に見えるがな」
「過去の亡霊に縛られた山崎の組織と一緒にして欲しくないものだ・・・」
山崎真之介。
その名は黒鬼会に入ってから知った。
黒之巣会死天王として、あの動乱を引き起こした葵叉丹の本名らしい。
何故か黒鬼会の内部では、その名で呼ばれていることが多いので不思議だったが、どうやら京極は彼と関係があったのだろうと銀仮面は推測した。
「山崎で思い出した」
考えにふけっていた銀仮面の意識を、その一言が呼び戻した。
「君の要求はもっともだが、私に直接言ってくるのなら、君にも盟約をそろそろ果たしてもらいたい」
「論理をすり替えないでもらいたいが、まあいい。
それにしても、一人の天才に出来たことが、道具の力を借りねばならんのか」
「鬼王の具合は知っているだろう」
わざと挑戦的な物言いをする銀仮面に、微かに苦笑しながらも京極は答えることにした。
「反魂の術は極めて不安定なものなのだ。
現に山崎も六破星降魔陣のために天海を蘇らせたが、やつを支配しきれずに、しばらくはその部下の立場で操らざるを得なかった。
鬼王はその轍を踏まぬようにかなり前から仕掛けを施していたのだが、時折不安定になる。
黄泉の鏡は、死者を統括する宝物。鬼王の完全な制御に必要なのだよ」
「そして、武蔵への直結と、山崎真之介の反魂・・・と言ったところか」
ここで初めて京極が表情をはっきりと変えた。
「銀仮面・・・・」
「あまり私を見くびらないでもらおう。ここに半年もいればこれぐらいの調べはつく。まして、使える部下とはいえ、鬼王一人のためにそのような命令を出すとも思えなかったからな」
「ふっ・・・・・、ならば、どうする」
わずかに唇を苦々しく歪めながら、京極は今一度問う。
「銀仮面は約束を違えぬ。どちらにしろ、行くべき場所なのだ。
そして、そろそろだと言うことぐらいは、自分が一番よくわかっている」
「結構」
京極はそこで立ち上がった。
総帥の立場として、銀仮面に微かでもやりこめられて誇りが傷つけられたのかも知れない。
立ち去ろうとする京極の背に、銀仮面は呼びかけた。
「人々への金の配分を確認してから予告状を出すことにするよ」
「・・・よかろう」
京極が去り一人になった応接室で、銀仮面は手袋を取り、その手を見つめた。
「自分が、一番わかっているとも・・・」
* * * * * * *
「くおら!銀仮面!ここ四日予告状が届いていないぞ!何をさぼっている!」
塚本は最近予告状を果たすだけで、新しい予告状を出さない銀仮面に、もしかすると活動を止めて海外に逃げるのでもないかと危機感を募らせていた。
「警察官である君に、怪盗の職務怠慢をけなされるいわれはないと思うのだが・・・、まあ安心したまえ。今は史上最大の活動に向けて準備しているのだ」
銀仮面の予告状が全て達成され、五日の間、帝都は不安と期待が高まっていた。
どこからともなく、次の事件がとてつもないものだという噂が、帝都全体に流布されていた。
その間に、すねに傷を持つ者たちが何人も、銀仮面の目標となることを恐れて自首してきたと言うこともあったが。
そして、最後の犯行から一週間。
銀仮面の予告状が、帝都の各新聞社、警察、帝劇、そして、舞台となる場所に送られてきた。
楽屋に戻る。