帝都怪盗浪漫銀仮面 第五話「襲来」 |
三十戦全敗。
警察の対銀仮面対戦成績である。
銀仮面の犯行回数はこの一ヶ月で三倍近くに達したことになる。
三日に一回は動いている計算だ。
無論、それと同時に、銀仮面の告発状によって政財界の大物の逮捕が相次いでいた。
警察をしても大忙しなのだが、
「こっちが多忙ですから、しばらく犯行を控えて下さいって銀仮面に頼めませんかねえ」
「警察官の誇りにかけてそんな真似できるかあっ!!」
書類の山を前に絶叫しながらも、塚本はどこかほっとしていた。
失敗続きで対銀仮面の役目からしばらく解任されていたのだが、次の担当者が銀仮面に完全敗北を喫してしまい、五日前から再びこの任についていた。
これでも一時よりはずいぶんましになったのだ。
執念と根性を込めて殴りつければ、銀仮面に攻撃が当たる可能性があることに気づいてから、塚本は精神修養もやるようになっていた。
わらにもすがる想いで、残業の後で禅寺に通い、禅を組む。
しかし、今日はそうはいかないだろう。
またしっかり予告状の日だ。
最近は常に三つくらいの予告状が届いている状態だ。
銀仮面は、大体一週間前には予告状を送ってくる。
絶対に、捕まりはしない、と言うことか。
今日は、鉱山会社を抱える社長の家だ。
庭が広いので、警備がやっかいである。
だが塚本の方針はそれにかまわず決まっている。
予告の宝物のすぐそばにいればよい。
もう、眠り薬など効かない身体になった。
俺を倒すには、銀仮面は少なくとも炎を放って命中させられる中距離まで近づかねばならない。
そうしたら一気に間を詰めてぶん殴る。
おとといはようやく、マントにかすらせることが出来た。
今日こそは殴り倒して、そのままふんじばってやる。
炎で焼き切られないよう、特別に注文した耐火性のワイヤーを片手に、塚本は出動の準備をする。
それにしても・・・、何故銀仮面はこんなにも活動を活発にしているのだ?
ふと頭をよぎったそんな疑問。
言い換えれば、それだけ逃げられていると言うことではないか!
「今度こそ覚悟しろ、銀仮面!」
腹立たしいはずなのに、向かう足取りが軽い自分を、塚本は必死で否定していた。
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さてこちらは、本日の公演が終わった直後の大帝国劇場。
「みんな、お疲れさま、と言いたいところだけど、日没前には出かけるから準備してね」
楽屋でマリアが苦笑を浮かべながらみんなに伝える。
「お、そういや今日は招待状が届いとってんな。夜の部が無くて、明日が休演日・・・。しっかり帝劇の内情をチェックしとんな、銀はんは」
「紅蘭・・・あたいはその呼び方を聞くと気が抜けるんだけどよ・・・」
銀仮面はあれから三回帝劇に招待状を送りつけてきていた。
いずれも、花組が動きやすい日に、敷地が大きく隠れやすい場所を指定している。
今日の招待は一週間ぶりだ。
警察同様、対戦成績は全敗である。
しかし、悲壮感はない。
何しろ、ここまでの被害が、全治三日以内の軽傷がのべ九人。
顔への怪我はゼロである。
かくて、どうしても遊びに行くようなノリになってしまう。
マリアももうとがめる気が失せた。
ただ一人不機嫌なのはすみれである。
夜中もこっそりと、鍛錬に余念がない。
どこかで会ったことがある。
銀仮面は、すみれをよく知っている。
その事実がいらだたしかった。
あの紫の斜め十字が入った銀の仮面を、誇りにかけて剥がしてやらねばならない。
「すみれさん、お茶をどうぞ」
一人張りつめるすみれを気遣うように、さくらがお茶を差し出してきた。
「・・・ありがとう」
気がつけば喉が渇いていた。
どうかしている。
こんな自分は神崎すみれではない。
夜会であった男どもと同様、歯牙にもかけずにおけばいいのに。
男としての格は、大神と比べるまでもない。
しかし、かつてすみれが顔を合わせてきた下卑な男どもとは、同じ様なはずなのに、どこか違うようにも思えた。
「アイリスはねー、銀仮面のおじちゃん好きだよ」
そんなすみれの考えを知ってか知らずか、アイリスが無邪気に言う。
銀仮面は、アイリスをレディとして扱ってくれるからなのだそうだ。
「おじちゃん、ねえ・・・」
カンナがアイリスの言葉を聞いてふとつぶやく。
「案外、もっと歳食ってるかも知れねえぞ」
「・・・カンナもそう思うの?」
少し驚いたように、マリアがメイクを落とす手を止めた。
「ああ、髪の毛、な」
「でも、銀仮面の髪は黒かったやろ?」
「この間近づいたときに気づいたんだが、生え際がほんの少し白かったんだよ」
「染めてるってことですか?」
「多分な」
カンナが自信たっぷりに述べた推論を、すみれはあえて口を挟まずに聞いていた。
普通に考えれば、それが正しいのだろう。
口では馬鹿だの何だのとけなしているが、すみれは実際のところ、カンナの洞察力や注意力その他諸々を敬している。
その推論に間違いはないように思う。
それに賛同するのを抑えているものは、言いしれぬ感覚だった。
銀仮面の言動も、行動も、さほど歳を感じさせない。
なのに、どこか老けているようにも思う。
時計が五時を告げたので、すみれはそこで思考を中断した。
どうせこれから直に会うのだ。
衣装から普段着に着替え、愛用の長刀を手に取る。
「そろそろ、集合ですわね」
自室で一人つぶやいて、扉を開けようとしたとき、
「!!これは・・・っ!?」
肌の裏がざらつくような、この感覚は、
妖気・・・!!
銀仮面・・・?
いや、あの男はここまで醜悪な妖気ではなかったように思う。
どこだ・・・、外!
扉ではなく、窓を開ける。
目を凝らして・・・夕焼け色が混ざった空のどこかに・・・いた!
「そん・・・なっ・・・!」
遠目に見えるその姿は、銀仮面のものよりもっとどす黒い紫の身体を持った飛行生物。
そんな生物を、すみれは一つしか知らない。
降魔!
聖魔城の崩壊、葵叉丹の消滅とともに滅んだのではなかったのか・・・。
どんなに疑ってみても、目の前の現実が変わるわけではない。
そして、降魔は明らかにこちらに向かってきていた。
ぐんぐん姿が大きくなってきている。
あれは、霊子甲冑よりもやや大きい。
降魔戦争の時に現れた巨大降魔ほどではないが、分類上の大型降魔だ。
最初は明冶神宮で相対し、聖魔城の内部まで幾度も苦しめられたこの魔物は、しかし、この大きさのそれは自在に空を飛ぶことは出来なかったはず。
体が大きすぎるため、羽ばたいて浮く、ぐらいだったはずだ。
ミカサに空中から攻撃を掛けてきたのは、人間と同じかそれよりやや大きいくらいの中型降魔だった。
信じがたいこと、という意識が立て続けに浮かび上がってくるので、すみれは自分で思考をうち切った。
今は、倒すことが全てだ。
銀仮面と違い、あれが手加減などしてくれるはずがない。
そして今、霊子甲冑はないのだ。
「すみれはん!耳ふさいでや!」
見ると隣の窓から半身を乗り出して、紅蘭がバズーカ砲を構えている。
無論、通常の砲弾ではない。
銀仮面事件のために、対魔戦闘用装備が準備されていたのは不幸中の幸いと言うべきか。
ドオンッ!!
すみれが耳をふさいだ直後、バズーカ砲が火を噴いた。
紅蘭は、命中を確認するより早く、次弾の装填にかかる。
大型降魔の強さは、明冶神宮で体験済みだ。
翔鯨丸主砲の直撃にすら耐えるのだから。
案の定、直撃を食らったというのに煙の中から姿を現したときには、少々スピードが落ちている程度にしか見えなかった。
「すみれ!入るぞ!」
どかどかと扉を開けてカンナが入り込んできた。
窓際に、すみれの横にならんで空を見る。
「やっぱり、この気配は銀仮面じゃなかったか・・・」
「私たちが目的、というのは同じみたいですけどね」
降魔の基本行動は、破壊衝動と殺戮衝動として発現する憎悪によるが、中でも霊力のある人間を狙う習性があるという事例が報告されていた。
生あるものを憎むので、霊力が生命の力そのものの強力な発現だからかも知れない。
「やっぱり、そう考えるしかないよな」
カンナは、マリア、アイリスとともに、かつて帝国華撃団の発足直後にはぐれ中型降魔に襲われたことがある。
そのとき降魔は、最大の霊力を持つアイリスを集中的に狙っていた。
あの降魔がどこから出てきたものか知らないが、ここは帝都でもっとも霊力の強い人間の集まるところである。
それに引かれてやってきたのだろうと考えられた。
「しょうがねえ、建物の中に入れさせるわけにはいかねえ」
そう言って、カンナは窓枠に足をかけた。
「ちょっとカンナさん。何をなさるおつもり?」
「近づいてきたところで、中庭にたたき落としてやるんだよ」
新帝劇の中庭はかなり広い。
戦いの場としては申し分ないのは確かだ。
しかし、
「お止めなさい・・・!いくらあなたでも降魔に空中戦が挑めて?」
「だからって、この帝劇を壊されてたまるかよ。隊長が戻ってくるまで、あたいたちがここを守らなきゃよ」
一歩も引く気のないカンナである。
そしてその気持ちは、すみれも同じだ。
「言ってくれますこと」
長刀を手に、こちらも窓枠に足をかける。
「全く、こんながさつな真似、レディとして失格ですわ」
「へへ、結構サマになってるぜ、すみれ」
軽口を叩いてから、下に向かって叫ぶ。
「マリア、頼むぜ!」
楽屋の窓から、マリアが顔を出していた。
降魔の姿はぐんぐん大きくなる。
この二階部分を目指してきている。
ガアンッ!!
マリアのエンフィールド改がシルスウス鋼弾を放ったのを合図にして、カンナとすみれは空中に飛び出した。
「落ちろォっ!」
「落ちなさいな!」
マリアの撃った弾に、やや体勢の崩れた降魔をその直後、カンナの拳とすみれの長刀が直撃した。
「ギイエッッ!」
空中でバランスを失った降魔は、それでも間近にいる二人に向かって爪を振るおうとする。
「破邪剣征、桜花霧翔!」
そこを、さくらの剣が直撃した。
射程、範囲ともに絞った技なので、帝劇にも二人にも損傷はない。
たまらず空中を維持できなくなって、降魔はその重みのまま落下する。
ついで、反動でわずかに降魔より浮き上がった二人は、自由落下に入る。
しかし二人とも心配していなかった。
すぐに二人の落下速度が一定になる。
アイリスの念動力に他ならなかった。
ほとんど衝撃ゼロで中庭に着地する。
落下した降魔を、中庭のさくら、カンナ、すみれの三人で取り囲む形になった。
やや遠巻きにしている。
やはりこうしてみるとこの降魔は大きい。
それが、やや間合いの感覚を狂わせていた。
降魔は一二度もがいてから、歯車を思わせる動きで立ち上がる。
向き直ってみて、違和感があった。
降魔の目にしては印象が違う。
降魔全てが持っているはずの・・・
今年の初頭であった降魔全てが持っていた明確な意志、すなわち、憎悪と殺意が感じられない。
しかし、ならば何故、奴はここに来たのだ・・・?
すみれが隣に目をやると、カンナとさくらもどうやら同じ印象を受けたらしく、怪訝そうな顔を見せる。
「・・・・」
わからないことばかりだ。
だが、どちらにしろ倒さねばならないだろう。
そう思ったとき、降魔の目が正面にすみれを捉えた。
「!?」
突然、降魔が動き出した。
すみれに向かって駆けだし、その大きな爪を振るわんとする。
「させっかよおっ!」
カンナの拳が、横には完全無防備だった降魔を捉える。
次いで逆からさくらの剣が命中するが、降魔はどちらの攻撃にもいっこうかまわず進む。
これは予想していない動きだった。
「すみれっ!」
「危ないっ!」
「くっ・・・!」
ぎりぎりのところでかわせたが、降魔はなおもすみれを狙ってきている。
「しつこいですわねっ!神崎風塵流、胡蝶の舞!」
「桜花放神ッ!」
「一百林牌ッ!」
三つの必殺技が、防御をまるで無視して隙だらけの降魔に命中する。
近接陣が引いたところで第二陣・・・!
「スネグーラチカ!」
「新発明、雀牌ロボ試作機やあっ!」
「アイリス、強いんだよぉっ!」
全弾直撃。
いくら大型降魔でも・・・。
ブンッ!
『!!』
効いてはいた。
しかし、まだ五体を保っている。
霊子甲冑の増幅機関がないこと、
そして何より、あの男がいないことが、あまりに大きかった。
再び振るわれる降魔の爪・・・!
『すみれェッ!!』
ズバアッ!
すみれの眼前で、降魔の腕が吹っ飛んだ。
人間で言えば肘に当たるところから、ばっさりと。
すみれと降魔の間に立ちはだかり、長剣を抜きはなっていたのは・・・。
「支配人・・・」
「おじちゃんっ!」
「まったく、俺の留守中に娘に手を出そうたあ、ふてえ奴だ」
銀座の街の会合から帰ってきた支配人服のままでこそあるが、それは、古くは抜刀隊に所属し、陸軍の叩き上げで英雄と謡われるほどにまでなった米田一基陸軍中将の、父親としての笑顔だった。
「こいつは、俺が倒してやる・・・。ま、休んでな」
軽口を叩きながらも、降魔に向かう米田の表情には闘志がみなぎっている。
望まぬ戦いではある。
しかし、六年前まで、幾度と無く繰り返されてきた光景・・・。
させぬ・・・!
周りをここまで無視してきた降魔も、腕を飛ばされて、さすがに米田を敵として知覚したようだ。
叫びを上げつつ、米田に向かってくる。
霊子甲冑無しの生身の対降魔戦闘であれば、自分以上の経験者はいない。
いては、ならない・・・。
「みんな、目ぇ閉じてな。あんまり見てて気持ちのいいものじゃねえしよ」
人間と降魔の生身の肉体がぶつかり、弾け飛び、体液をまき散らせつつ倒れていく光景・・・。
あの娘たちに、出来るだけ見せたくはない・・・。
第二次降魔戦争を経た今では、自己満足に過ぎないとわかってはいても。
この階級の降魔と斬り合うのは第一次降魔戦争以来だ。
六年の歳月は、確実に米田の肉体を衰えさせている。
だが、
ほんの一瞬だけでいい・・・。
あの日の力よ、蘇れ・・・。
もはや二度と・・・、あの悲しみを繰り返させぬために・・・!!!
「神気壮凛・・・!」
一撃で、片を付ける!
「倒魔凄絶!!」
鞘から抜きはなたれた神刀滅却が、狙い違わず、向かってきた降魔の頭部を直撃した。
降魔の正体は、人間にとりついた怨念の集合体。
その本体は頭部だった。
霊子甲冑時の攻撃力なら、まとめて倒すことも出来ようが、生身のままの攻撃では倒しきれないこともある。
特に、中型以上の場合だ。
その頭部を、横真一文字にぶった切る。
降魔の強力な外骨格を、集中した霊力で突き破った。
「ウオオオオオッッッッ!」
ガシャアッ・・・
手応えが少しおかしかったが、狙い通り降魔の頭部の上半分をすっ飛ばした。
これで・・・
シュウウ・・・バチ・・・
「何ィッ!?」
切り裂かれた頭部から、蒸気と火花が上がった。
そこから見えるものは、蒸気機関・・・?
クワッ!
本体を切り裂かれたはずの降魔が再び動き出した。
先ほどまでと違って、動きが狂ったようになっている。
手近にあるものに攻撃を加えようと言うのか、米田に再び向かってきた。
霊力を注ぎ込んだ一撃の直後で、しかも見たものに呆然となっていた米田はよけられない・・・。
くそぉ・・・これくらい・・・で・・・・
と、
降魔の動きが止まった。
よく見ると降魔の胸部から細い剣が突き出ている。
「方陣六仙、焼閃!」
かすれた声が響いたかと思うと、降魔を紫炎が覆い尽くした。
「な・・・」
直後爆発が起こり、降魔の身体は粉々に焼き尽くされた。
煙が晴れた後に、紫のマントを羽織って姿を現した、紫の斜め十字を額に持つ銀色の仮面・・・。
『銀仮面・・・!!』
いつから目を開けていたものか。
少なくともアイリスにはあの光景は見せたくなかったと思う米田であったが。
それ以上に・・・・。
銀仮面がレイピアを収めつつ、こちらを向いた。
あのような細い剣でどうやって降魔の身体を貫いたのだろう。
そも、レイピアをどこにしまったのだろう・・・・。
「無茶をされますな、米田支配人」
「おめえが銀仮面かい。今日は予告状の日じゃなかったのか」
丁寧に一礼する銀仮面に苦笑しつつ米田は返す。
なるほど。これは強い・・・。
「もちろんそうですが・・・」
銀仮面は薔薇を取り出しつつ答えた。
「向かったは良いのですが、あちらに花組のみなさんの姿を見つけられなくて心配になり、こちらに参上した次第であります」
言葉もなく立ちつくしたままのすみれの近くまで来て、すっとすみれの手を取り、その甲に口づけをした。
仮面を付けたままのひんやりとした感覚が、すみれを我に返らせた。
「・・・今回はその手柄に免じて、その無礼、許して差し上げますわ・・・」
不機嫌、というのを言葉の端々に織り込みつつ言い放ったが、銀仮面はひるみもしない。
「ありがとうございます。お怪我はないようですね。・・・・よかった・・・」
最後の一言だけは、思わず出た、という印象を受けた。
優雅を取り付けたそれまでの言葉と違う。
もしかすると、銀仮面の本音だったのか・・・。
「このようなことになってしまっては、今宵の招待は取り消させていただくと致しましょう。
皆様、こんばんは、ゆっくりとお休み下さい」
それを取り繕うように、いつもの・・・そういえるほど慣れてしまったと言うことだが・・・優雅な態度に戻った。
日が沈み、薄闇が訪れてきた空へ向かわんと、一跳びで帝劇の屋根まで上がり、その翼を開く。
「次なる舞台は、この帝都最高の会場への招待とすることをお約束いたしましょう。
本日は、警察諸君との約束がありますので、これにて失礼させていただきます」
最後の薔薇の花を一輪、宙に手投げてから銀仮面の姿は闇に消えた。
「あいつに、救われる格好になっちまったか・・・」
軽口を叩くつもりだったのかも知れないが、カンナの声は嘆息混じりになってしまった。
「それより支配人・・・大丈夫ですの?」
米田は地面に座り込んだまま、宙を見上げている。
言われて、ようやく視線を戻してきた。
「あー。何だ。情けねえが、慣れねえコトしたんで腰のやつが・・・」
そう言って、立ち上がろうとした半ばで腰を押さえてうめく。
ようやく現実感のある話に戻ってきて、花組全員吹き出してしまった。
中庭に、六人の乙女とその父親の笑い声が重なる。
「もう・・・しっかりして下さい」
「しょうがありませんわね」
さくらとすみれに肩を貸してもらいながら、しかし米田は頭の中で考えを巡らせていた。
あの、降魔の常識が通じない降魔の出現。
そして、自分の見間違いではないだろう、あの火花と蒸気。
五月に報告を受けたときにはまだ半信半疑だったが・・・。
事は容易ではあるまい。
何かが、動き始めているのだ。
こちらも、加山とかえでに動いてもらっているが、それだけでは駄目だ。
霊子甲冑の再配備をなんとしても行わねばならない。
そうなると、予算を通すための有力な武器となる降魔の身体を、灰すら残さずに焼き尽くした銀仮面が少し恨めしい。
残さずに、焼き尽くした・・・・!?
まさか・・・。
自分の頭の中で、何かが見えたような気がした。
「しっかし、まいったなあ・・・」
「もうめちゃくちゃあ・・・」
降魔との戦いの余波で、中庭はかなり痛んでしまった。
芝生には、巨大生物の足跡があるし、灌木は必殺技の風圧で所々折れているし、噴水も一部崩れてしまっていた。
「とりあえず・・・、降魔の足跡だけは覆い隠しておきましょう。降魔が消滅してしまった今、唯一の証拠だからね。あとは・・・業者さんには頼めないわね・・・」
「ウチらで直すしかあらへんなあ」
そのとき、その場にいた四人の頭の中にあったのは同じ顔だろう。
「彼」さえいてくれてたら、これぐらい笑顔で引き受けて、翌朝には直してくれているだろうに・・・。
さくらとすみれも戻ってきて、六人総出で作業をしながらマリアは考えていた。
予告状の指定場所までかなりの距離がある。
そして、予告の時間には今ようやくなったくらいだ。
銀仮面がここに駆けつけることが出来た理由には、かなり疑問が残る。
むしろ・・・ここで何が起こっているかをあらかじめ知っていてきたような・・・。
同時に、すみれも考えていた。
何故あの降魔は、花組随一の霊力を持つアイリスではなく、自分を狙ってきたのか。
そして、銀仮面があんなにも都合よく現れることが出来たのか・・・。
ともあれ翌朝の新聞には、当たり前のように銀仮面の記事が載り、大帝国劇場で起こった事件は載ることはなかった。
ただし、消失。
楽屋に戻る。