夏だ!対水魔部隊



 蒸気ボイラーが増えたせいか、帝都は例年に比べて気温も湿度も高く、うだるような暑さが続いていた。
 そんな夏のまっただ中に、一見真面目そうに見える米田の命令が響いたのが数日前のこと。

「このたびの降魔の大量発生に、水の魔物が関わっているという情報が入った。
 次の日曜日は各自身軽でかつ泳ぎのやりやすい格好に着替える用意をして集合するように!」

 これが単なる出動命令ならさすがにうんざりするところだが、それならまだましというものだった。


「ここが、集合場所か?」

 帝都といえば帝都かもしれないが、はっきり言って東京の外れと言った方がいい多摩川上流である。
 鉄路を使っても数時間かかるため、海までは行けない人々がわいわいと泳ぎに集まっていた。
 とてもではないが、魔物の出そうな雰囲気ではない。
 魔物は人々の負の情念によって強化されるが、ここにいる人々は涼を求めているだけで人畜無害極まる。

「……本当にここでいいのか?」
「だと思うけど……」

「おー、来たな、二人とも」

 一馬とともに一足先に出発していた米田の声がしたので振り向いてみると、既に軍服を着ておらず、褌一丁である。
 とてもではないが陸軍中将米田一基閣下には見えない。

「米田、なんだ、その格好は……」
「おめえらこそなんだその格好は。
 こんなところで軍服なんぞ着ていたら目立ってしょうがねえじゃねえか。
 とっとと着替えてきやがれ」
「え……?中将?」
「調査は水泳客に混じってやるんだよ。ほら、行った行った」




 需要のあるところ、供給もあるもので、しっかり男女の更衣室を備えた仮設小屋が出来ていた。
 太正に入ってからは女性の水泳が流行の兆しを見せているのも要因だろう。

 で。
夏だ!対水魔部隊


「……とりあえずこれは羽織っていろ」
「あ……え……うん」

 周辺の男どもの目があやめに集中するのがはっきりとわかったので、真之介は気休め程度だがシャツを持ってきて無理矢理着せることにする。
 周囲から舌打ちが最低十五発は聞こえたが……これで魔物が発生するということはあるのだろうか。

「では、ひとまず偵察を兼ねてしばし川で泳ぐことにする。
 あからさまに警戒しすぎないように」
「はあ?」
「一馬の奴は先に行って泳いでいるからそれにならえ。
 では健闘を祈る」




 数時間後。

 すーいすいすい。
 すーいすいすいすい。

「おい一馬……いくらなんでも気を抜きすぎじゃないのか?」
「いや、魔物が出る気配はどうも無さそうだねえ」

 この男にしては珍しく気の抜けた……というか気楽な答が返ってきた。

「……まさか」



「米田……まさかとは思うが、魔物が関わっているという情報は本当だろうな……」
「あー?
 降魔の発生に水の魔物が関わっているんじゃないかって情報が、俺の頭の中に勝手に入ってきたんだよ」
「それは捏造だろうがああっっ!」
「がーっはっはっは、気にすんな山崎ぃ。  こんな無駄なことをしている間にほれ、あやめくんの周囲に男どもが……」
「どけ貴様らああああああ!」

 嘘から出た真、という言葉がある。
 だがその時がきたとき、米田はこの冗談のことをきれいさっぱり忘れていた。

 そしてもう一つ言わなかったことがある。
 なぜ海にしなかったのか。
 それは米田にも形容しがたい、なにか不吉な予感が頭をよぎったからだ。
 東京湾にある、何かに。



しうら画匠画
平成十四年盛夏



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