聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第三十話、天蠍宮の失楽」




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「こりゃ、直すのは無理だな」

 紫龍の百龍覇を内側から食らって破壊された沈黙の柩の状況を見て、青輝星闘士シアンスタイン天秤座ライブラのアーケインは匙を投げた。
 ふんだくってきたアズザイン祭司長に怒られるところだが、本拠地に控えているはずだった彼は、なぜか巨蟹宮で戦っていたらしい小宇宙が感じられ、そして消えている。
 申し開きの機会は無さそうだった。

「よし、全員ちょっと階段上がってろ」

 ここは処女宮と天秤宮とを繋ぐ石段のほぼ中間である。
 紫龍との激闘を繰り広げたこの場は、今、破壊された沈黙の柩から空間が裂けて、死界と繋がってしまっていた。

「不吉な予感しかしないのですが、一体何をなさるおつもりですか」

 青輝星闘士乙女座バルゴのイルリツアは、不安をまったく隠さずに問う。
 その横でさらに不安顔をしている白輝星闘士スノースタイン御者座アウリガのザカンの懸念を代弁しているのかもしれない。

「下から上がってくる増援を食い止める壁にする。挟み撃ちにされるのは厄介だ」

 と言ってから、アーケインは改めてここに集っているメンツを見渡す。
 赤輝星闘士クリムゾンスタイン子犬座のファタハ、
 白輝星闘士孔雀座のカガツ、御者座のザカン、
 青輝星闘士バイコーンのアクシアス、射手座のマリク、乙女座のイルリツア、獅子座のゼスティルム。
 そしてアーケイン本人。

「残っているのはこれだけか」

 忸怩たる思いを隠すように、無感情な声でつぶやく。
 残っている聖闘士たちの抵抗はある程度予想できてはいたが、ここまでの激戦になるとはさすがにアーケインの想像を超えていた。
 生き残っている面々も、星衣クエーサーが無傷な者は一人も居ない。
 特に、青輝星闘士ナンバー2たる獅子座のゼスティルムの星衣がここまで破壊されていることに、アーケインは内心驚愕していた。
 子獅子座ライオネットの蛮との激闘は十二宮を離れていても強烈に感じられたが、よもやゼスティルムをここまで苦戦させるとは。

「レイニィはやられてはおるまい。
 だが、いつまで経っても火時計が消える気配がない。
 奴ほどの男が宮外を守る雑兵どもに負けるとは思えん」

 そのゼスティルムが訝しげに火時計を見つめる。
 十二宮に突入する折、白輝星闘士蜥蜴座のレイニィを筆頭に、別働隊として火時計を落とさせる赤輝星闘士たちからなるメンバーを任せていた。
 その後の闘いで、赤輝星闘士たちの小宇宙はほとんど感じられなくなっているが、あのレイニィの小宇宙はなお健在だった。
 にもかかわらず、火時計はまるで消える気配がない。

「ああ、言い忘れていました。
 ちょっと気になることがありまして、あいつには裏で調べてもらってます」

 アーケインはすっかり報告し忘れていたことを思い出した。

「気になることだと?」
「ええ。どうも、アステリオンとの闘いが終わった後でうっすらと感じたのですよ。妙な、視線のような小宇宙を」
「視線?」
「この十二宮の闘いを、監視している奴がいる」
『……!!』

 聞くとはなしに聞いていた一同の顔色が変わった。

「貴様が言うのならば確かなのだろうな」
「ほぼ間違いないかと。
 巧妙に隠れていて、どこの陣営かまではわかりませんが、そこはレイニィに丸投げしております」

 それを聞いて、普段アーケインに振り回されているザカンはこっそりとレイニィに同情する。
 とはいえ、レイニィに話をつけたのは他ならぬザカンである。
 アーケインともども教皇の間でアステリオンたちに撃退され、しかもその際の衝撃でアーケインが手放してしまった炎の剣を捜索する羽目になったことで、おそらく監視者の注意が自分たちから逸れたのだと推測される。
 合わせて、巨蟹宮、獅子宮と激戦が続いたため、監視者の注意はそちらに向かい、アーケインとザカンは監視者にとって注意を払わない第三者の立場になった。
 それによって、今まで隠れていた監視者の小宇宙に気づくことができた。
 そうとなればアーケインの動きは早かった。
 炎の剣の捜索を後回しにして、十二宮の裏道を通ってザカンを麓にいるレイニィの下まで走らせたのだ。
 ザカンは御者座の星闘士だが、かつて聖魔天使熾天使セラフのベルゼバブが騎乗していた天翔る鬼面の馬を操ることができるので、単独での中距離移動は星闘士随一だった。
 ザカンが驚いたのは、レイニィもほぼ同じ気配を感じ取っていたことだった。
 アーケインからの伝言を聞くと、
「やはりか。美しくないな」
 の二言で納得してしまったのだ。
 性格に難があるとはいえ、実力は底知れぬところがあるレイニィである。

「手の内を隠すにしても今更だな。報告に逃げられる前に仕留めるしかあるまい」

 蛮との闘いで秘奥義まで使ってしまったゼスティルムである。
 一度技を見られた相手との対戦はあまり歓迎したくなかった。

「ともあれ壁を作っておきますよ。裏口からも入ってくるおそれがあるのに、後方から攻められるのは感心しない」

 アーケインは、棺が広がって出来た死界への空間へ無造作に手を突っ込んで、ぐりぐりと押し広げて展開する。
 石段の横幅を大きく上回る大きさになったところで今度は縦に展開して、さながら異空間が壁のように広がった。

「ふー、こんなものか」
「……妙な特技をお持ちですね、アーケイン様」

 呆れ返った一同の感想を代弁するようにイルリツアが嘆息気味に呟いた。

「さて、行くか」

 この先の天秤宮はもはや無人。
 次の天蠍宮まで突っ走るのみであった。

 その天蠍宮が見えてきたところで、その中で待ち構えている聖闘士の小宇宙も露わになってきた。
 今にも駆け出さんとする悍馬のごときこの気配は、

「フフフフ……ハハハハハ!!!ついに!ついに!!」

 それが誰であるか察した青輝星闘士バイコーンのアクシアスが、抑えきれぬ闘志を青き小宇宙に溢れ出させながら歓声を上げる。

「ゼスティルム様、次の天蠍宮は何があろうとこの私にお任せ下さい。
 あれこそは、我が敗北の汚名を濯がねばならぬ、我が星座を競わねばならぬ、我が不倶戴天の敵、青銅聖闘士一角獣座ユニコーンの邪武に他なりません!!」

 それは自薦や嘆願などといったものではなく、ゼスティルムに対してもはや決定したと告げるものだった。
 聖闘士たちとの一連の戦いの最初であるアテナ暗殺作戦に失敗した折に、邪武に完膚なきまでの敗北を喫したアクシアスが、どれほどの情熱と執念でこの時を待っていたか、ここにいる誰もがよく知っていた。
 それでもゼスティルムは迷った。
 既にここまでに、予想を遥かに上回る被害が出ている。
 これに加えて青輝星闘士の一人に名を連ねたアクシアスが失われる危険は侵したくなかった。
 全快であるならばともかく、今のアクシアスは処女宮で受けた傷が治りきっていない。
 この状態で、邪神エリスをも退けたという邪武と一対一で戦わせて、果たして勝てる可能性はどこまであるか。
 万全を期すならば、金牛宮と同様に全戦力を以って押しつぶすべきだ。
 だが、加勢するなどと言い出せば、アクシアスはこの場でゼスティルムを相手に戦いかねない。
 燃え上がる青い小宇宙は、今やゼスティルムにも届くのではないかと思われるほどに熱く燃え盛っている。
 そうか、とゼスティルムは今になって気づいた。
 一時的にせよ、処女宮で天舞宝輪により五感を絶たれたことで、アクシアスの小宇宙は結果的にさらに高まっているらしい。
 そして、その小宇宙をさらに燃えたぎらせるほどの執着。
 それは、邪武と一対一の対決でこそ輝くのではないか。
 そもそも、獅子宮で蛮との一対一の対決を自ら言い出したゼスティルムは、さすがに反対できる立場になかった。

「ユニコーン邪武はペガサス星矢の宿敵であった男と聞く。
 よかろう、神をも殺しかねぬその小宇宙、宿敵として貴様が断ち切れ、アクシアス」
「有り難き幸せ!」

 喜色満面といった表情でアクシアスが答える。
 だが、

「こんなものが、一角獣座の邪武……?」

 そう呟いたのは青輝星闘士射手座サジタリアスのマリクである。
 ここにいる面々の中で、アクシアスとマリクだけが邪武との面識がある。

「……まさか、イルピトアは……」
「では、ここは私に任せてお進み下さい!」

 マリクが思考に沈み込む前に、逸るアクシアスは駆け出していた。

「待て!アクシアス!」
「マリク様、既におりません」

 いない本人の代わりにザカンが報告する。

「仕方がない。ザカン、君に頼みがある」
「私に?」
「おいマリク。何を懸念してるか知らんが、のんびり話してる時間は無さそうだぞ」

 アーケインが天蠍宮の方を睨みながら割りと本気の顔で急かす。

「わかった。ザカン、君はアクシアスに躊躇させないようにしてくれ」
「躊躇、ですか?」
「イルピトアの策にアクシアスが気づいたら、アクシアスは邪武を殺せない。
 でも、それじゃあ困る。
 一角獣座の邪武はここで殺しておかないといけない。何が何でも」
「お前がそこまで言うほどの男とは、とても思えんが」
「私もです」

 アーケインもザカンも、釈然としないものを抱いていた。
 マリクから伝え聞いた事実と、天蠍宮から感じられる小宇宙の強さが、合わない。
 だがイルピトアならいざしらず、マリクが虚偽の報告をするとは思えない二人である。

「イルピトアがそう仕向けた、と僕は思う」





 少し時を遡る。
 星闘士たちを待ち受ける天蠍宮で一人、邪武は会話しながら検討を重ねていた。

”……ということだが、それで何かわかるのか”
「……ああ、これでようやく確信が持てたぜ。ずっと引っかかっていたんだ」
”俺には今の情報に違和感は無かったのだが”
「そういうものだと思い込んでいたんだ。だが、考えてみればおかしい」

 話している相手は教皇の間にいる教皇代理のアステリオンである。
 スパルタンがどうにかしてくれたらしく、十二宮内でテレパシーを通じての情報共有が可能なまでには回復していた。

「だからといって、やることが変わるわけじゃねえけどな。
 だが、隠していたことから何かわかるかもしれねえ。
 来たようだ。とりあえず暴くだけ暴いてみるさ。よく見ていてくれ」
”わかった……”

 こちらから出て行って先制攻撃してやろうかと思ったが、どうやらその時間は無さそうだと判断してこの場で小宇宙を燃え上がらせる。
 案の定、集団から飛び抜けてきた気配を感じる。
 この小宇宙、この感覚、忘れもしない。
 天蠍宮に駆け込んでくるとともにその姿を視界に捉えた。

「ようやく貴様と戦えるぞ!!一角獣座の邪武ゥゥッ!!!」

 邪武の纏う一角獣座の青銅聖衣と似て非なる形状、捻くれた二つの角がなおのこと違和感を掻き立てるその星衣。
 そして、かつてと異なるのは燃え盛るその小宇宙の色と強さ。
 青輝星闘士となったバイコーンのアクシアスに他ならない。

「暑苦しいぜ貴様の顔はよおおおお!」

 挨拶代わりとばかりに突っ込んできたアクシアスの右足が、足蹴にする気をそのまま形にしたように振るわれる。
 邪武も蹴り飛ばす気全開で右足を振るう。
 聖闘士と星闘士の激突にあるまじき至近距離で、十二宮の中というよりはサッカーコートで見られるような生身の右足同士が激突する。

「ぬうううううっ!!」
「てめええええっ!!」

 星と星とがぶつかる衝突は互角と思えたが、

「うおおおおおっっ!!」

 突進力を上乗せしただけでは済まない、予想を遥かに上回るアクシアスの蹴撃を弾き返すことができず、邪武はぐらりと体勢を崩す。
 アクシアスがそのまま右足を振りぬくと、二人分の激突した小宇宙が邪武を直撃してふっ飛ばした。
 狙いすましたようなタイミングで、後続の星闘士たちが天蠍宮に雪崩れ込む。

「行かせるかああああ!」

 吹き飛ばされた空中で無理やり身体をひねって体を翻し、天地逆転した体勢で天井を蹴って真下を駆け抜けようとする星闘士たちへユニコーン・ギャロップを仕掛けようとして……

「この俺を前によそ見をするとは、いい度胸だな邪武!」

 邪武の動きを読みきったアクシアスが、追撃を加えるべくジャンプして、邪武の頭をオーバーヘッドキックさながらの配置で狙ってきた。
 この空中では避けきれない。
 ぎりぎりで星闘士たちへの攻撃を止めて、危ういところで両腕をクロスさせ顔面をガードする。
 なんとか間に合ったものの、そのガードもろとも邪武はさらにふっ飛ばされて背中から柱に激突させられた。

「があっっ!!」
「アクシアス!いいな、必ずここで邪武を仕留めるんだ!」
「無論承知!!」

 邪武にとっては日本で見覚えがある射手座の星闘士が駆け抜け様に告げていく。
 アクシアスはそれに返事しながらさらに柱を蹴った。
 両脚を揃えて身体全体を一筋の矢と化して、柱からずり落ちていく最中の邪武を捉えに来る。
 なんとか身体をよじって胸部のパーツに当ててダメージを減らそうとするも、そんなことは構うものかと言わんばかりの衝撃で押し込まれ、背にしていた柱を砕かれふっ飛ばされた。

「どうした邪武!!まさかこの俺と闘う前にウォーミングアップもしていなかったのか!」
「やかましいぞてめぇ!何様のつもりだ!」
「もちろん、貴様に一度苦杯を舐めさせられた敗者のつもりだ!!」
「偉そうな敗者もあったもんだ!」

 毒づきながらも辛うじて着地して構えを取る。
 青輝星闘士になったということは理解していたつもりだったが、想定を遥かに上回るアクシアスの小宇宙を前に、完全に受け手に回らされていた。
 気づかれているかどうかわからないが、三発目を受け止めた胸部のパーツにはかすかにヒビが入っている。
 これはまずい。

 十二宮の戦いが始まる前に星闘士カードを突きつけてきたアクシアスの態度から、こうしてアクシアスと一対一の戦いになることはある程度覚悟はしていた。
 だが、一度戦った相手である。
 聖闘士に一度見た技は二度とは通用しない。
 仮にアクシアスが自分ひとりで戦おうとして突っ込んできても、ある程度はそれをいなせるつもりでいた。
 しかし、ここまでのアクシアスはあらゆる点で邪武の予想と違っていた。
 動きの速さも、小宇宙も、そして何より、戦闘スタイルそのものが。

 一連の戦いの開始となったアクシアスとの初戦では、奴は両腕から振るう技を使ってきた。
 十二宮のここまでの対戦でも、そのスタイルを変えていないようだとアステリオンから聞いていた。
 それが、ここにきてアクシアスはいずれも蹴撃の連続で邪武に襲いかかっている。
 この邪武との戦いのために新たにそれらを鍛え上げ、一度見た技が二度とは通じないことを避けるために、この十二宮の戦いでも今の今まで秘匿してきたとでもいうのか……!

「どうやら気づいてくれたようだな。
 そうだ、全ては貴様との戦いのため、ここまで温存してきた甲斐があったというものだ。
 だがここまでは小手調べならぬ小足調べ。
 貴様を失望させることなど断じて無いから、安心して全力を出してこい!!」

 喜色満面にして告げるアクシアスの全身から立ち上る小宇宙の強さは、まさしく青輝星闘士のそれ。
 余計なことを考えていて勝てる相手でないことは今更ながらに理解する。
 だが同時に、小宇宙の感触には疑念を確信へ変えるほどの違いを感じていた。

「ほざきやがったな、てめぇ……。
 いいだろう、今度は逃さねえ。
 這いつくばらせてこの星闘士カードと俺の聖闘士カードを揃えて、てめぇの墓石にしてやるぜ」

 日本へアクシアスが宣戦布告しに来た折に、挑戦状として投げつけられた星闘士カードは当然ここまで持ってきている。
 そして星闘士カードを投げつけられたからには、ぶちのめした上で聖闘士カードを突き付けてやらねばならない。

「そうだ……もっとだ!もっと貴様を、そしてこの俺を燃え上がらせろ!邪武!!」

 こちらも再戦になるアクシアスを相手に、無策で待ち構えていたわけではない。
 一度奴に見せた技が危険であることは百も承知だった。
 床を蹴り、奴に向かうと見せかけた次の瞬間に一気に速度を跳ね上げてアクシアスの斜め後ろに回る。

「見えているぞ!」

 不敵な笑みとともに視線を追いかけるように身体の向きをアクシアスが変えたその瞬間にはさらに奴の逆サイドとなる斜め後ろへ跳ぶ。
 さらにその斜め後ろへ、さらにその逆へ。

「たかがマッハ100やそこら、この俺が追いつけないとでも思ったか!」
「いいや」

 そこで逆サイドではなく、正面左脇の至近距離へ踏み込んだ。

「!!」

 再度体勢を変えようとしたアクシアスの間近で、組んだ両手を真正面から錐のごとき研ぎ澄ました小宇宙とともに叩き込んだ。

「バージニアホーン!!」

 先ほどのお返しとばかりに、アクシアスの胸部を直撃する。
 だが、

「何ぃっ!?」
「この程度が効くかああっ!」

 強烈に青く光り輝く小宇宙に覆われたアクシアスの星衣は、これまでの戦いで破損しているにもかかわらず、その破損箇所への直撃を受けてなお、揺るぎもしなかった。

「処女宮では白銀聖闘士どもにしてやられたが、お前との戦いではそうはいかん。
 しかも一度は五感全てを絶たれたおかげで、この俺の小宇宙はさらに強大になってお前との戦いに臨むことが出来た。
 見た目だけでこの俺を満身創痍だなどと思ってくれるなよ。
 今の俺は全快である以上に高く燃え盛っている。
 今の俺が纏うこの星衣は黄金聖衣以上の防御力があると思え!」
「ほざけええ!!」

 大言壮語するならなおのこと、それを砕いてやるとばかりに小宇宙を高めていくが、やはり貫き通すことができない。
 確かにアクシアスの小宇宙は、日本で再度相対したときのそれを遥かに上回る勢いで燃え盛っている。
 五感を絶たれてなお蘇ってきたことでさらなる強さを得たというのはハッタリではなかった。

「さあ、今度は俺の番だ。受けろ邪武。このアクシアスが貴様を倒すために鍛え上げたこの技を!!」

 アクシアスの身体の周囲に渦巻く小宇宙がさらに勢いを増して回転し、邪武の全身を捉えながら引き寄せる。
 その中心にあるアクシアスの身体が一瞬で翻り、邪武に背中を向けたと同時に、渦巻く小宇宙を纏った右脚が天へと振りぬかれていた。

「ハービッグハロー・アクセラレーション!!」

 アクシアスが纏っていた小宇宙の降着円盤が噴き上がるとともに、振り上げたアクシアスの右踵が邪武の顎を直撃する。
 気づいたときには邪武は、天蠍宮の天井を突き抜けて、遥か高く宙を舞っていた。

「……ッッッ……!!?」

 脳震盪などと生易しいものではなく、意識が一瞬ならず刈り取られていた。
 回転したまま受け身も取れずに頭から屋根にぶつかり、再び天蠍宮の天井を壊して落下し、回転した勢いそのままに石畳へと頭から突き刺さった。

「ガハアアッ!!」

 直撃から着地まで、叩き込まれたアクシアスの小宇宙が回転しながら邪武の全身を捉えていたために受け身も何も取りようがなかった。
 しかしそれ以上に、今の一撃は、速いなどというものではなく……

「降着円盤から吹き出す準星のジェットは、見かけ上だが光速を上回るように見えることがある。
 回転と視線の角度との錯覚によるものだが、今の一撃、さながらお前の目には超光速の一撃となったはずだ」

 そう、見えなかった。
 速くて見切れなかったのではなく、そもそもが見かけ上とはいえ光速を上回るため、物理的に見えない。
 恐るべきこの必殺技は、一度見た技は二度とは通用しないという聖闘士と星闘士の原則を出鱈目極まる論理で踏みにじる、見ることの叶わない技だった。

「無論、一度や二度の直撃で倒れるようなお前ではあるまい。
 だからこそのこの技だ。さあ立ち上がって来い。
 マリク様を驚嘆させ、邪神エリスを恐怖させたというお前の力、存分に振るって見せろ!」

 言うだけのことはある。
 よもや十二宮の戦いのここまで、幾度も危機的状況になったはずが、それでも必殺技を温存してくるほどに、この戦いに賭けていたとは。
 予想以上にダメージが大きいが、確かにアクシアスの言うとおり、この一撃で倒れてなどいられない。
 顎に食らった一撃が脚に響いているが、そんな無様なところをこいつに見せてたまるかと、気合を入れて身体を跳ね起こす。

「言うだけあってちったあマシになったじゃねえか。
 いいだろう、本気になってやろうじゃねえか」

 青輝星闘士となり、光速の動きを身につけた今のアクシアスに半端な攻撃は通じないと見た。
 ダメージが何だ。
 むしろダメージが蓄積されている今こそ、小宇宙をさらに燃え上がらせる。
 小宇宙の炎が燃えている限り、どんな逆境からでも立ち上がれる。
 神聖闘士として神話に至った兄弟たちは……星矢は、そうして戦ってきたのだ。

「ふむ……」

 だが、対するアクシアスの顔は、不満だといわんばかりだ。
 その顔をふっ飛ばしてやると思い切り床を蹴り、上空からアクシアスに迫る。

「喰らえ!ユニコーン・ギャロップ!」
「バカめ!」

 舞い降りる邪武のつま先をスレスレで躱したアクシアスの両腕が唸った。

「ダブルホーンドスパイク!!」

 かつて見た一撃だったが、完璧にカウンターとなるタイミングで繰り出されたため、避けきれずに直撃を受けた。

「そのユニコーン・ギャロップ、城戸邸で見せたときと撃ち方を変えたから通じるとでも思ったか!」

 吹っ飛ぶ邪武を追いかけて、頭から石畳に落下する寸前に狙いすまして、邪武の頭をフットボールのシュートさながらに右足を振るってきた。

「トゥーカッター!!」
「ユニコーンヘッド!!」

 一角獣座の聖衣のヘッドギアには、ユニコーンの象徴たる一本の角が突き出ている。
 これを頭突きでアクシアスのつま先へ突き刺してやるとばかりに小宇宙を燃やして迎え撃とうとする。

「そう来るだろうと思ったぞ!」

 狙いすましたと思ったアクシアスの右足が軌道を変えたかと思った直後、側頭部にアクシアスの左足からのインサイドキックが叩きこまれた。
 頭突きのために首筋を集中させていなければ首を刈られていたほどの衝撃とともに、身体が空中で瞬時に三回転した。

「俺が城戸邸で貴様に敗れたときの光景を何十回、夢に見たと思う!
 その貴様に雪辱を果たすための戦いを何百回、何千回、想定したと思う!
 幾度も繰り返し貴様の動きを予想し、その予想を幾度も上書きして、貴様が俺を上回るその動きをさらに上回るべく、鍛えあげてきたのだ!」

 さらに追い打ちとばかりに、空中で受け身を取る前に、

「フォレスト・タイラント!!」

 これも城戸邸で見せた周囲全てをなぎ払う必殺技を放った。

「ガハアアッッ!!」

 小宇宙を燃えたぎらせていたはずの全身の聖衣のそこかしこにヒビが入る。
 威力を減衰させることもできずに派手にふっ飛ばされて、今度こそ無様に転がった。

「銀河戦争での子獅子座の蛮との試合も、アンドロメダ瞬との試合も、アーケイン様から録画映像をお借りして徹底的に見たぞ。
 今のお前とは比べ物にならないほど未熟な時点での記録だったが、それでも技を繰り出す時の気配も、仕草も、癖も、しかと見て取った。
 こうして、お前と戦うこの日のためにな!」
「蛮との一回戦はいいが……、瞬との対戦なんか繰り返し見るんじゃねえ……」
「十分有益だったぞ。追い込まれたときの貴様の傾向が見て取れたからな。
 アンドロメダチェーンを相手に行き詰まった最後の手段として上から跳びかかった映像から想定した動きと、今のユニコーン・ギャロップはほとんど一致していたぞ」
「てめぇ……」

 さすがにそれはアクシアスの執念恐るべしと言わざるを得ない。
 あの時繰りだそうとした技がユニコーン・ギャロップであることは誰にもわからなかったはず。
 それを、城戸邸で繰り出した変形の一撃と一致させるまで推測してくるとは。

「だが……、物足りんな。
 何故貴様は、俺の想定の範囲でしかないのだ」

 優勢にも限らず、アクシアスの顔からは先程まで浮かべていた喜色など欠片も無くなり、不満を通り越して怒りさえ漂わせていた。

「何を出し惜しみしている?
 こんな腑抜けた小宇宙では時間稼ぎにもならんぞ」

 倒れていた邪武の首根っこを掴んで左手一本で持ち上げたアクシアスだったが、実のところわざと隙を作っていた。
 至近距離で足技を繰り出せる相手に、これはもう、必殺技を繰り出してみろと叫んでいるようなものだ。

「く……っ、舐めやがってええ!」

 掴んだアクシアスの手をもぎ取る勢いで、捕まった状態から身体を一気に回転させて右の膝に込めた小宇宙を炸裂させる。

「舐めているのはどっちだ」

 だが、その膝はあえなく空を切る。
 一旦邪武の首根っこから手を離して身をかわしたアクシアスは、邪武が着地する前にその顔面を握りつぶさんばかりに掴み直してから、邪武の身体を片手で軽々と振り回す。

「ユニコーンの邪武は……!
 誓いさえ翻してでも俺が倒そうとした貴様は!
 マリク様やエリスさえ畏怖させたという貴様の力が!
 こんなものであってたまるかああああああ!!」

 怒りのままに吹き上がった青い小宇宙に全身を包んだアクシアスがそのまま疾駆する。
 掴んだままの邪武の後頭部を次々と天蠍宮の柱にぶち当てては、根こそぎ柱をへし折っていく。
 手近の柱を全てへし折っても飽き足らず、振り回した邪武の身体で落下してきた瓦礫全てを一掃する勢いで、当たるを幸い次々と叩きつけては吹き飛ばしながら駆け回る。
 叩きつけるべき石塊がほとんど軒並み粉々に砕かれたところで、ようやくにしてアクシアスは邪武の身体を放り投げ、最後におまけのように顔面を一蹴りし、大きく嘆息した。

「まさか本当に、これで終わりなどということはあるまいな……」

 もはや絶望感さえ漂わせてアクシアスは立ち尽くす。
 待っていても、邪武は立ち上がってこない。

「俺が見損なっていたというのか、邪武よ……。
 そんなはずがない。
 お前の力がこんなもので終わるはずが……」

 そこで、アクシアスは目を見開いた。

「まさか……」

 驚愕そのものの声が漏れる。

「そういうことか。そういうことなのか……!」

 城戸邸とこの天蠍宮との最大の違い。
 それは、いっそ邪武にとって心置きなく戦えるゆえに、メリットでこそあれ、デメリットになるなどとは考えもしなかった。

「アテナが、背後にいないからか」

 その言葉に、死んだかと思われた邪武がわずかに身じろぎする。
 それは、間違いない回答だった。

「お前の力は、まさしく一角獣座、ユニコーンのものだったということか……!
 ええい!起きろ邪武!貴様がここで死ねば我らはアテナを殺す最大の障壁がなくなるのだぞ!
 わかったら今すぐ起きて全力を出してこの俺を一蹴してみせろ!」

 邪武の首根っこを再び掴み、顔面を軽く数発殴りつけて激しく揺するが、邪武はもはや何の反応も起こさなかった。
 どうしたものかと途方にくれてアクシアスは天を仰ぐ。

「お前の勝ちだろう。止めをさせ、アクシアス」
「……!」

 不意に横から掛けられた声にアクシアスが驚いて振り向くと、そこには御者座アウリガのザカンが憂いに満ちた顔で立っていた。

「皆と先へ行ったのではなかったのか」
「別に小宇宙も隠していなかったのだが、やはりまったく気づいていなかったのか。
 さっきは危うく俺まで巻き込まれるところだったんだぞ。
 お前、本当に邪武を倒すことしか頭になかったんだな」
「むぅ……」

 アクシアスが青輝星闘士になったとはいえ、付き合いをあまり変える気もない態度のザカンである。
 そのザカンだからこそ、マリクも任務を託したのだ。

「だが、もういいだろうアクシアス。
 先の敗北を許せなかったお前は、今の身体でできうる限界以上のことを自ら積み重ねた。
 雪辱を果たすためにここまで積み重ねに積み重ねたお前の執念が、その男を上回ったことに、誰にも異論など挟ませぬ。
 アテナの力を借りなければ邪武といえどもただの聖闘士だった。
 そして、そのアテナもじきにカイが殺してくるだろう。
 お前の勝ちはもはや揺るがぬ。
 果たすべきは今だぞ」
「……ザカン、俺は間違っていたのか」
「間違ってはいないだろう。
 強いて言えば、いささかやりすぎただけだ。
 実力の差がわかった今、速やかにとどめを刺してやるのが情けというものだろう」
「そうだな……。
 やりすぎたか。そうかもしれん」

 満身創痍、というよりは文字通りボコボコに叩きのめしたといった風情にまで追い込んだ手中の宿敵を見て、確かにこれ以上苦しめるべきではないとアクシアスも思い直す。

「さらばだ。ユニコーンの邪武。
 俺がこうして生きるための目標だった男よ」





“邪武……邪武よ……”

 アクシアスから受けたダメージで視覚も聴覚もほとんど吹き飛ばされていた邪武の脳裏に響く声があった。

“邪武……!邪武……!”

 最初は遠かった声が、やがて近くに感じられてくる。
 この声は……

“あー!聞こえてるならとっとと答えろこの萎え馬!”
“……師匠!?”

 聞き間違えるはずもない。
 六年間プラスさらに一年、邪武が星矢の次にぶっ飛ばしたいと思うほどにシゴキあげた師匠、白銀聖闘士オリオン座のエルドースの声に他ならない。

“何を腑抜けてやがる。
 お前がボコボコにノされる無様な小宇宙がこの人馬宮まで届いてきて笑いのネタに事欠かんわ。
 相変わらず負け犬ならぬ負け馬根性が抜けんどころか筋金入りになってきてやがるな。
 これ以上負け続けるようなら俺が去勢してやると予告しておいたが、それを待つまでもなくそこの駄馬にタマごと蹴り飛ばされたか”
“セン馬扱い……してんじゃ……ねえ”

 せん馬とは去勢した雄馬のことで、七年間事ある毎に罵倒されて嫌というほど聞き慣らされた言葉だった。

“言っておくがタマ無しになっても今更アテナを背中にお乗せできるなどと間違っても思うなよ”

 修行中の肉体的、精神的な地獄の中で、過去のお嬢様との思い出まで根堀り葉掘り洗いざらいぶちまけさせられていた。
 お嬢様を背中に乗せたことを自慢げに白状した過去の自分を死ぬほど蹴り飛ばしてやりたい。
 まさか師匠とてその「お嬢様」がアテナであったと知っていたわけではないと思うが、そのお嬢様を守るために聖闘士になるという根性だけはひたすらに鍛え上げられた。

“よしアステリオン、そこの負け馬に面白情報を教えてやれ”
“黙ってろと言うから何かと思ったら、殺される直前の愛弟子を罵倒して遊んでる場合かエルドース”

 そこでようやく、テレパシーのできない師匠の声を、教皇の間にいるアステリオンが中継していたことに気づいた。

“聞け邪武、先程日本にいる潮から緊急連絡が入った。
 城戸邸に侵入者が入り、瞬と大地が倒され星矢の遺体が奪われた”
“お嬢様は……!”

 城戸邸が襲撃されて今のお嬢様が無事でいるとは思えない。
 やはりイルピトアは約束を破ったのかと思い至ると、邪武の身体の奥から怒りの念が沸き上がってくる。
 だが、

“アテナは星矢を守ろうとされたが、敵の青輝星闘士との激突で負傷されたそうだ”

 その情報は何重にも重い意味を持っていた。
 周囲に何があろうとも、エリスが蘇ろうとも、間近で邪武が傷ついても、まともに反応を示さなかったお嬢様が、星矢の危機を前についに覚醒されたということだった。
 沸き上がってきた怒りの方向性が変わる。
 お嬢様の危機に対する怒りだけではなく、負け馬としての理不尽さに打ちのめされる怒りだった。
 だが同時に、疑問も湧いてくる。
 お嬢様を傷つけた刺客が、何故星矢の遺体を連れて行った!?

“敵の青輝星闘士は、カイと名乗ったそうだ。その男を、お前たちはよく知っているな”
「そして、そのアテナもじきにカイが殺してくるだろう」

 アステリオンの言葉と、誰かの声とが重なる。
 カイ……?まさか、魁が……あの魁が、星矢を連れて行った……?
 あいつが、生きていた……?
 あいつが、星矢を連れて行ったのなら、
 あの、百人の兄弟の長兄であった男が星矢を連れて行ったのなら、
 星矢は、必ず帰ってくる……!!

 この感情、この激情を、なんと言えばいい。
 星矢が蘇ってくる。
 その星矢のためにお嬢様が動いた。
 怒りでも、妬みでも、羨みでも、恨みでも、わずかな歓喜でも、それらすべてでもあって、だが間違いなく言えることは

「こんなところで、死んでなど……いられるか!!!」
「何ぃっ……!?」
「いかん、アクシアス!!今すぐ邪武の首を刎ねるんだ!!!やはりその男は危険すぎる!!」

 死体同然だったはずの邪武の全身から超新星さながらに爆発的に小宇宙が噴き上がった。
 今すぐにでもとどめを刺す寸前で首を吊し上げていたアクシアスの左手を焼き尽くさんほどに、熱く熱く、輝くほどに燃え盛る。
 だがアクシアスはその手を離すことなく、その灼熱の如き熱さを歓喜とともに味わっていた。

「ザカン、悪いがそれだけは聞けん。
 これだ……!やはりアテナからの借り物などではなかった……!
 お前の小宇宙は、お前の内から来たものだった!
 さあ!その無様な様から蘇ってこい!!」
「言われず……とも!!」

 首を思いっきり振りかざし、爆発的に噴き出した小宇宙を滾らせた一角獣の角をアクシアスの腕に叩きつける。
 星衣が破損した破片から蒸発するほどの威力を受けて、だがアクシアスはそれでも離さない。
 その顔に、苦痛など吹き飛んでしまった壮絶な笑みを浮かべて。

「いいぞ!!だが、まだだ!!まだ貴様はもっともっと燃え上がるはずだ!!」

 防御など無視して、邪武を焚き付けるように自らも燃え上がらせた小宇宙をさらに形にならないままに叩きつける。
 星と星とがぶつかって新たな星さえ生み出しかねない程の輝きが天蠍宮全域を照らす。

「……イルピトア様の策も無駄になったか」

 眩しすぎて視認すらできない輝きの中心からそれでも目を離せないまま、ザカンは諦めたように呟いた。
 ザカンに指示したマリクの推測はおそらく正しかった。
 一角獣座の邪武という男の超絶な強さは常に発揮されるものではない。
 神聖闘士たちの兄弟であるにふさわしいその強さは、おそらくはアテナを守るときに最も強烈に発揮される。
 そのことを、おそらくは本人もまともに気づいていなかったのではないか。
 エリスを一蹴したその強さをマリクから報告されたイルピトアは、邪武を正面から倒すよりは弱体化させた上で倒す方が得策だと考えたのだろう。
 アテナ抹殺のためにカイとリザリオンを城戸邸に送り込む環境を整えることとの一石二鳥として、アクシアスに挑発させて邪武を引き離すべく聖域決戦を呼びかけた。
 いわば、この聖域における決戦は邪武を安易に抹殺するために仕立て上げられた舞台と言っても過言ではなかった。
 その舞台をぶち壊しにした格好だが、ザカンはアクシアスを責める気になれなかった。

「そいつは、お前が人としてそうあろうとした、目標であったのだからな……」

 青輝星闘士として大成しつつあるアクシアスの青き小宇宙と、おそらくバラ星雲の色に通じるのであろう真紅が純白と入り混じった邪武の小宇宙とが衝突して色とりどりの光が幾千幾百万と乱舞する。
 小宇宙の衝突だけでは埒が明かないと二人共に察し、氾濫する光の中でそれでも見逃すはずもない相手の視線でお互いの目標を確かに見て取った。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「はああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 振り切った両者の足が再び激突するがその威力は最初の一発の比ではない。
 お互いの身体に叩きつけられた小宇宙がめぐり、準星のジェットのように天を貫くように天蠍宮の天井をぶち抜いていった。

「……」
「……」

 さすがにこの衝撃で、邪武の首根っこを掴んでいたアクシアスの手は外れている。
 邪武とアクシアスとの間は数十歩ほど。
 なお衰えずに燃え盛るお互いの小宇宙がその中点で火花を散らしているが、一転して宮内には静けさが戻った。

「ずいぶんと手間取らせてくれたが、ようやくその気になってくれたようだな。邪武」
「……」

 邪武はアクシアスの小宇宙が直撃した聖衣の胸部の破損を確かめてから、

「……やはり、おかしいぜ」

 ぽつりと、つぶやいた。

「何がだ、邪武。これだけお膳立てを整えてやったのにまだ調子が出ないとでもいうのか?贅沢なことだ」
「てめぇのことだ、アクシアス」
「……」
「この感触、タナトスの野郎に攻撃を食らった時に似ている」
「フッ、あの冥府の従属神を野郎呼ばわりとはな。調子が出てきたようで何よりだ」
「はぐらかすな。てめえ、人に散々全力を出せと言っておいてそれか」
「……何が言いたい?俺がまだ全力ではないと言ってくれるのか」
「そうだ。てめぇにはまだ裏がある」

 邪武は、今度は自分が焚き付ける番だとばかりに、その声に力を込めて叩きつける。

「全星闘士の中で、お前だけがおかしい」

 そう言って、邪武はかつて城戸邸でアクシアスから投げつけられた星闘士カードを懐中から取り出した。
 アクシアスは自分たちが最初に出会った星闘士だった。
 だからそれが当然なのだと思っていた。
 聖闘士と星座を争う星の闘士たち星闘士。
 その星座は聖闘士が冠している八十八の星座と同じものもあれば違うものもある。
 アステリオンが把握している限りでは、インディアン座もレチクル座もいないとのことだった。
 占星術師でもあるというゼスティルムを始めとして、星闘士が元々天文に近い存在ゆえに現代の自分たちが使っている星座よりも源流に近い星座なのではないかと思っていた。
 アルゴ座を冠するイルピトアがその代表格といえる。
 アステリオンに問い合わせた中には、黄虎座、蜘蛛座、海月座、海竜座、隼座といった聖闘士と異なる星座が確認できた。
 だが、

「バイコーンというのは、おかしい」
「邪武……貴様!」

 思わず声が出たのは、アクシアスではなくザカンだった。
 邪武に詰め寄ろうとしたそのザカンを、アクシアスはわずかに右手を上げて制する。

「アクシアス……お前」

 アクシアスは邪武の言葉を否定することもせず、ただ、諦めたような目をして邪武の続きを待っていた。
 それで、邪武は自分の推論が正しかったことを確信する。

「ギリシャ神話にいる魔物が星座になった例はある。
 鯨座なんかアンドロメダを生贄にしようとしたギリシャ神話に冠たる魔物だ。
 だから、魔物が星座になること自体はおかしくはない」

 実は紫龍が冠する龍星座も、元々はギリシャ神話に源流があるドラゴンである。
 ヘラクレスと対峙した龍であるとも、アルゴ号と対決した龍であるともいわれる。

「だが、バイコーンは、ギリシャ神話の存在じゃない……!
 俺のユニコーンと対になる存在ゆえに、星闘士とはそういうものだと疑問にも思っていなかった。
 だが、バイコーンの由来をたどるとフランスの民間伝承の中に存在する魔物だった。
 それが、星闘士の星座になっているはずがない……!」

 ザカンは忌々しいという思いを顔に隠さない。
 アクシアスは、わずかに笑みさえ浮かべて、己が好敵手と定めた男の糾弾に身を晒していた。

「アクシアス、てめえは星闘士じゃない……!!
 答えろ!てめえは一体何者だ!!」

 バイコーンの星闘士カードに、邪武は自らの聖闘士カードを重ねる。
 こいつを突き返してやるつもりでここまで来ていた。
 だが、ずっとつきまとっていた違和感ゆえに、アクシアスのことをどうしても星座を争う宿敵だとは思えずにいた。
 一角獣座の純潔を、この背負うべき星座を争う宿敵ならば、邪武はまだしも戦う気になっていただろう。
 一方で、アクシアスから感じたのは、その星座を争う宿敵としての立場をことさらに強調しようとする執念ともいえる意思だった。
 それがここまでの、すれ違いのような思いを生んでいた。

「たどり着いたのが、お前でよかった」

 アクシアスは観念したような表情で、バイコーンの二つの角を冠するヘルメットを脱いだ。

「そうだ。この名、この星衣は、俺が今の俺になるためにイルピトア様が創られたものだ」
「言うな!アクシアス!
 お前はイルピトア様に誓ったのではなかったか!
 かつてのお前を捨て、人間になると、星闘士になると誓ったではないか!
「済まない、ザカン。
 だが、邪武に対して全力で戦えと言っておきながら、この俺が全身全霊を賭けぬわけにはいかんのだ……!」
「……」

 ザカンは今一度叫ぼうとして、口にしようとした言葉をすんでのところで飲み込んだ。
 止められぬ。
 暴かれたからではなく、それが己のあり方としてこの男が選んだ道ならば、もはや止められぬ。

 パチリ、とザカンが指を鳴らすと、宮外に控えさせていた鬼面の馬が音もなくこの場に滑り込んできた。
 青白く燃え盛るような小宇宙を全身から立ち上らせる巨馬だ。
 この鬼面の馬はかつてルシファーの一の配下である熾天使セラフのベルゼバブの騎馬として空を駆けていたものだ。
 ハーデスと聖闘士たちとの戦いより前に回収され、今は御者座であるザカンが自ら御者として乗り回していた。
 その巨大な姿が漂わすオーラが朧げに揺らいで身体から分離したかと思うと、アクシアスの身体へと吸い込まれていった。

「何!?」

 その直後、アクシアスの全身から爆発的に小宇宙が膨れ上がった。
 先程まで邪武を圧倒していた青輝星闘士としての小宇宙すら比較にならないほどに。
 ヘルメットを脱いでいた頭から青い髪が左右に広がるように大きく伸び、マントか翼かのように翻る。
 処女宮の戦いで破損していた星衣は元来の星空の如き黒色から銀白色へと変わり、何がモデルかの推測がつきにくい鎧然とした姿へと変貌していった。

「この姿、やはり貴様、人間では……」

 グラード財団の統括代行者として、星矢たちの戦いの記録を集めていた邪武は、この姿に思い当たるところがあった。

「お前の推測に敬意を表し、俺が捨てたはずの古い名を名乗ろう。
 俺の古き名はガミジン。
 聖魔天使、能天使パワーズのガミジンだ!」
「聖魔天使!
 やはり、あの四体以外にもいたのか!」

 邪武たちグラード財団が把握している聖魔天使は、魔王ルシファーの復活にあたって付き従っていた四名のみ。
 すなわち、熾天使セラフのベルゼバブ。
 智天使ケルビムのアシタロテ。
 座天使スローンのモア。
 力天使ヴァーテューのエリゴル。

 だが、天使と言われるものには主天使ドミニオンや権天使プリンシパティウスといった他の位もあることが知られている。
 また、それぞれの位は単独の個体が占めるものではなく、多数の個体が所属するものであるはずであり、他にも活動している個体がいるものと目されていた。

「察していたとはさすがはグラード財団の統括代行。
 だとしたら詳しい説明はあまり要らんか?」
「能天使ということはエリゴルの力天使よりも一つ下の位だな。
 ルシファー直属の実戦部隊ではなく、その準備にあたる諜報部隊といったところか」
「話が早いな。
 ルシファー復活の折、ベルゼバブたちが一瞬で十二宮を抜いただろう。あれがオレのスパイ活動の成果というわけだ。
 黄金聖闘士と正面から戦うな。十二宮の戦闘体制が整う前に不意打ちでケリをつけろ。でなくば戦力をさらに削られる」
「ずいぶんと実感が籠もった指示じゃねえか」

 それは、聖域十二宮としては痛恨ともいえる失敗の記録だった。
 黄金聖闘士が五人待ち構えていたというのに、一瞬の隙を突いて攻め込んだ聖魔天使四人によってアテナ神殿まで突破され、みすみすルシファーの復活を許してしまったのだ。
 その反省を活かして、ハーデス復活の折には万全の体制で迎え撃つ準備を整えたのだが。

「もとよりルシファー本人も含め聖魔天使全体が封印状態で、動かせる手駒はそう多くない。
 せいぜい各階級に一人か二人というところだった。
 その数少ない手駒が、諜報活動の中で激突した黄金聖闘士や海将軍らに削られていった。
 ……このオレもな」

 アクシアス、いや、ガミジンは感慨深げに天蠍宮を見渡す。
 巡らせた視線の先には、今は主の居ない蠍座の黄金聖衣が静かに佇んでいた。

「……ミロと戦ったのか」

 黄金聖闘士の中でも蠍座スコーピオンのミロは、教皇に化けていたサガの下で特に多くの任務に派遣されたと言われている。
 薄々教皇の正体に疑問を抱いていた彼を間近に置いておくことを、サガが懸念したからではないかと推察されているが、今となっては確認するすべはない。
 ただ結果として、幾多の任務において彼は黄金聖闘士恐るべしとの伝説に傷をつけることなく、むしろ伝説を強固にした。

「ああ。ルシファーの地上における封印の有りかを探している折にな。
 俺はスコーピオンのミロに捕捉されてやむなく戦った」

 その戦いを思い出しているのだろう、アクシアス……ガミジンは自らの拳を改めて握り直す。

「封印というハンデを負った状態ゆえに負けたとは思いたく無いが、先遣部隊としてみれば活動を突き止められ活動不能に追い込まれた以上、奴に敗れたというのは否定できんな」
「一対一では黄金聖闘士に勝てないとでも悟ったか」
「言ってしまえばそういうことだ。
 今代の黄金聖闘士たちは人間の到達できる範疇を超えているといっても過言ではなかった。
 封印状態にある聖魔天使ではベルゼバブとアシタロテでも必勝を期すことはできないと見た。
 ただでさえ数の少ない聖魔天使を、天界との戦いを前にこれ以上減らすことはできん。
 だが、アルデバランがシドとバドの両面攻撃に敗れたことがあっただろう。
 あれが盛大なヒントだったというわけだ」

 その言葉で、ガミジンが相当詳しく聖域の状況を調べ上げていたことがわかる。
 アスガルドの神闘士との戦いの開幕を告げる襲撃で、あの鉄壁とも言えるアルデバランがゼータ星ミザールのシドとアルコルのバドによる時間差攻撃に倒されている。

「黄金聖闘士と正面から全力で戦ってもまず勝てない。
 だが、所詮は人間。
 黄金聖衣の中の肉体は脆弱であり、四六時中緊張し続けていられるわけではない。
 小宇宙を高めているから恐ろしいのであって、戦闘態勢が整う前ならば、付け入る隙はある。
 いや、そこでしか倒せない。
 だから俺はベルゼバブに伝えた。
 黄金聖闘士と正面から戦うな、十二宮を突破するなら一瞬が勝負だとな」
「大した功労者っぷりじゃねえか。
 それがどうして、こうして星闘士になった?」

 実際のところ、ガミジンのそのアドバイスが無ければ十二宮が聖魔天使たちに突破されることはなかったはずだ。
 ルシファーにとっても功労者といえるガミジンが、黄金聖闘士に敗れたからといって粛清されそうになったとも思えない。
 元々は天闘士だったのではないかと疑われる聖魔天使たちは、おそらくかつて神話の時代に天界で敗れ、それでもなおルシファーに付き従い続けてきた者たちだったはずだ。

「邪武、お前、ミロのスカーレットニードルを食らったことはあるか?」

 話のスケールの割に、ガミジンは妙に現実的な話を振ってきた。

「……一発だけなら」

 こちらの質問を無視したわけではなく、明確な意図があっての質問返しだと判断した邪武は真面目に答えることにした。
 まさにそのルシファーとの戦いが終わった後、ハーデス復活の兆しが見えて聖域が警戒態勢に入る前までの束の間のことだ。
 ルシファーに突破されたことの反省もあり、黄金聖闘士だけでなく聖域全体が力を付けねばならないと考えられた。
 この際、聖魔天使にやられた傷を癒やすための静養中の黄金聖闘士たちが一同を指導する機会があった。
 アルデバランは同じく星矢と戦った者として檄と意気投合していた。
 ミロは噂に聞く通り面倒見がよく、邪武と市の二人にあれこれと伝えてくれた。
 市は同じ毒使いとしてミロに学ぶべきところが多々あり、同じ氷河と戦った者として通じるところがあったようだ。
 それに対して邪武にとってはむしろ、聖域における儀礼的な取り扱いや、聖域の十三年間について教えられる貴重な機会であった。
 もっとも引き継ぎをすべて受ける前に、次なる戦いが始まってしまったのだが。

 それでも概ね傷が癒えた頃、ミロは市と邪武の二人を相手に手合わせしてくれた。
 黄金聖闘士による光速の世界を目の当たりにしたあの指導が無ければ、自分たちは今どこまで戦えていたものかわからない。
 そしてこの時、スコーピオンのミロの奥義たるスカーレットニードルをその身に受けていた。
 噂に聞く真紅の衝撃とはいえ、氷河が十五発耐えきったのならば自分たちも、などという甘い考えは、最初の一発で完膚なきまでに砕かれた。

『敵を粉砕するならアイオリアやアルデバランに任せればいい。
 俺がサガに重宝されたのは……今思えば業腹だがな……このスカーレットニードルで多くの敵を殺すことなく屈服させ、数々の情報を手に入れてきたからだ。
 時として一つの情報が戦況を大きく変えることがある。
 特に邪武、貴様は氷河たちを支えるためにそのことを肝に銘じねばならんぞ』

 それは、今思えば聖魔天使たちに出し抜かれたことに対するミロの反省でもあったのだろう。

『このスカーレットニードルを十五発すべて受けた人間はいない、というはずだったのだが、氷河という例外ができた。
 それまでの最高は十四発。
 もっとも、ほとんどの者は五発そこそこで発狂するか命乞いをするかのどちらかだ』

 ミロは、十五発すべて受けた人間はいない、と言っていた。
 人間は、だ。

「まさか……」
「ミロめ、十四発打ち込んでもこの俺が吐かぬと悟ったら、ためらいなく打ち込んできたぞ。
 あのスカーレットニードルの十五発目アンタレス、食らっていたら確かに人間ではまず助からんな。
 食らって生き残ったという白鳥星座氷河は異常だ」

 人間ではなく聖魔天使の生き残りは、かつて打ち込まれたアンタレスの傷跡を自ら確かめるように胸元に手をやった。

「てめえもよく死ななかったな」

 わずか一発だけでも市と邪武の二人ともに、のたうち回るほどの激痛だった。
 そのスカーレットニードルの止めの一撃がいかなるものか、想像したくもない。
 食らって生き残っているというガミジンに、妙な話だが多少の尊敬の念を抱いてしまった。

「我々聖魔天使の身体は人間とは異なり、肉体と霊体の間のような状態だ。
 スカーレットニードルは現実の毒物ではなく、実際はミロの小宇宙が身体に打ち込まれて燃焼しているようなものだと考えられるが、人間向けの技であることは否めまい。
 そのおかげで俺の活動を停止させるところまでは行ったが、消滅させるまではいかなかったようだ」
「なるほどな」

 そういえば、四人の聖魔天使は全員亡骸を残さずに消滅したとの記録があった。
 神話の時代から活動し続けていたことからもわかるように、心臓や血液を媒体として活動しているのとは違うのだろう。

「元より心臓が動いていたわけではないのでな。
 それでミロも俺にとどめを刺したと判断したのだろう。
 消滅させられていたらさすがにどうしようもなかったが、俺の小宇宙が途絶えたことに気づいたエリゴルが急ぎ救助に来てくれて、活動停止している俺を発見したそうだ」
「魔王の配下の割には、聖魔天使ってのは随分面倒見がいいじゃねえか」
「育成や勧誘制度のある聖闘士や星闘士と比べて常時人手が足らんのでな。あれでも仲間意識は強かったのだぞ」
「妙に切実だな」

 神話の時代からの腐れ縁のようなものかと思えばわからなくはない。

「だがますますわからなくなったぞ。
 てめえ、それがなんで星闘士になった?」
「なんとか意識を取り戻して、ベルゼバブたちに助言できたまではよかったが、十五発のスカーレットニードルは俺の身体をズタズタにしてくれてな。
 十発食らったら廃人になるというミロの脅しは誇張でもなんでもなかったぞ。
 消滅しなくてもその前に気が狂うかというほどの激痛がひっきりなしに続いてのたうち回っていた俺を、封印の解除が成って力を取り戻すまではと、モアのデモン・ファンタジアで強制的に眠らせて活動停止させるということになった」
「麻酔処置というよりは封印だな。ずいぶんと思い切ったが適切じゃねえか」
「その後で当のモアが倒されなければな」
「……なるほど」

 氷河が詳しくは語らなかったが、座天使スローンのモアが展開する夢の世界を打破するためにはモア自身を倒さなければならなかったという報告は上がっていた。
 従って、氷河がモアを倒した時点で、ガミジンに掛けられていたデモン・ファンタジアもまた、解除されたということになる。

「伏魔殿に移送されずに長らくの根拠地で寝かされていたおかげで、伏魔殿の崩壊に巻き込まれなかったのは不幸中の幸いだったが、気がつけば誰も帰ってこない根拠地で目が覚めて、そこから何日絶叫してのたうち回ったかわからん。
 ……正直言って思い出したくないな」

 城戸邸での敗北を糧にここまで鍛え上げてきたこの男がそこまで言うからには、ミロのスカーレットニードル恐るべしという他ない。

「そこにあのイルピトアが襲来して、瀕死のお前を見つけたというわけか」

 一度聖域で姿を確認されただけの青輝星闘士のナンバー1というアルゴ座のイルピトアが、恐るべき行動力の持ち主であることは薄々伺えていた。
 エリスが復活したときに、城戸邸の潮に直接電話を掛けるという常識はずれの方法でマリクへの伝言を託したのもイルピトアだ。
 何より、この聖域決戦の挑戦状を突きつけるためにアクシアスことガミジンが城戸邸を再訪したとき、アクシアスはイルピトアの代行と名乗っていた。
 おそらく星闘士アクシアスとしてのガミジンは、星闘士の中でもかなりイルピトアに近いものと目されていた。
 ならば、聖魔天使ガミジンを星闘士アクシアスに変えたのも、イルピトアの采配によるものである可能性が高いと考えられた。

「さすがに察しが良いな。
 聖域は黄金聖闘士たちの回復とハーデス様への対応でルシファーの後始末が後回しになっていただろう。
 残存勢力がいてはたまらんと、イルピトア様は伏魔殿と根拠地の両方を掃討すべく、それぞれに青輝星闘士を派遣した。
 そこで、のたうち回ってる俺を見つけた、というわけだ」
「だが、聖魔天使のベルゼバブでさえ治癒できなかったスカーレットニードルのダメージからどうやって復帰した?」
「それが本題でな。……ザカン、話しても構わんか?」

 傍で黙って聞いていたザカンの顔は、言いたいことが山とある、と物語っていたが、大きく嘆息してから軽く手を振った。

「ここまで話しておいて何を今更。
 どうせ冥土の土産だ、構うまいよ」

 さらりとガミジンに釘を刺す。
 力を返してしまった時点で、もはや気の済むまでさせるしかないと割り切っていた。
 ガミジンは頷いたのか頭を下げたのかわからない仕草を返して邪武に向き直る。

「俺を救ったのは、青輝星闘士蠍座スコーピオンのユリウスという」
「……蠍座?」
「そうだ。
 黄金聖闘士蠍座のミロに倒されて、青輝星闘士蠍座のユリウス様に救われた。
 聖闘士と星闘士との神話の時代からの相克に巻き込まれたといえばそうだが、その相克に運命を感じずにはいられなかった。
 笑ってくれて構わんぞ。
 この聖魔天使であるはずの俺が、思ってしまったのだ。
 これは、星の運命である、とな」

 邪武としては笑う気にはなれなかった。
 聖闘士として生きてきたこの人生に、星の運命を感じずになどいられない。
 それを決して喜ぶことができないとしても。
 それらの思いを無言の表情だけで返答する。

「聖闘士に敵する星闘士ならば、ベルゼバブたちを倒した神聖闘士たちともいずれ相まみえる時が来るという思いもあった。
 だから、俺は託すことにしたのだ。
 聖魔天使としての存在を捨て、星闘士として生きるように自らの運命を託すことにしたのだ。
 ……結果として、紫龍と氷河はアーケイン様にかっさらわれてしまったが、それでも同じ星闘士の同志となったアーケイン様が倒したのだから、少しは溜飲も下がるというものだ」

 やはりアスガルドから帰ってこない氷河は星闘士と戦っていたのか、と今更ながらに裏付けが取れた。
 先程まで天秤宮の手前で紫龍と戦っていた天秤座ライブラのアーケインが氷河をも倒したのならば恐るべき手練だ。
 だが、紫龍と氷河の二人が死んだとは、一切、まったく、かけらも思えなかった。
 どちらもこれまで、富士からも十二宮からもアスガルドからも海界からも、そして冥界からも帰ってきた不死身の兄弟だ。
 本当に死んだとしても、蘇ってくることに疑いすら抱かなかった。
 それよりも、

「肝心なことを言ってないぞ。
 その青輝星闘士ユリウスは、どうやってお前を助けた。
 スカーレットニードルを打ち込んだミロ本人が手当したならば助かる余地はあると聞いている。
 氷河がまさにそうだったらしいからな。
 だがそれ以外には、本来解毒なんて生易しい方法が通じるものじゃないはずだ」
「ユリウス様はイルピトア様がスカウトしてきた人材の一人だが、元は生命体のルーツに関する秘密結社の出身だったらしい。
 遺伝子治療といった人間の身体を根こそぎ作り変える技術の持ち主だった。
 そのユリウス様による治癒方法は、スカーレットニードルの影響下にある身体の情報を作り変えてしまうというものだった。
 とはいえ、人間ではないどころか半ば霊体である聖魔天使であった俺の身体はさしものユリウス様でも手に余った。
 むしろその霊体にまで作用するスカーレットニードルがおかしいのだがな」

 見かけ上は刺突の闘技に分類されているスカーレットニードルだが、おそらくその実態は刺突を通して相手の身体に直接作用する小宇宙の闘技なのだろうと推測していたので、ガミジンの感想は納得できるものだった。

「そこで霊体としての自分を分離してもらい、受肉することでようやくユリウス様による治療が可能になった」
「そんなことができるのか、って疑問は意味がねえな。
 それができるのが、御者座アウリガのザカン、お前ってわけだ」
「……ベルゼバブの天馬を操った経験があったのでな。
 この御者座の星衣は元より数々の神話における戦車や御者の伝承を持つ。
 聖魔天使たちはガルーダや白蛇、蟷螂といった自らのモチーフを持っているが、アクシアスは元々の伝承から馬にまつわるモチーフの持ち主だった。
 そのおかげで、俺がどうにかできる範疇だったということだ」

 アクシアスがガミジンという聖魔天使の名を名乗った後でも、ザカンはおそらくあえてだろう、アクシアスと呼んでいた。

「星闘士となって生まれ変わったに等しい俺に、イルピトア様がアクシアスという名を下された。
 ギリシャ語で、価値あるもの、を意味するアクシアをギリシャ風の名にして頂いたのだ。
 聖魔天使からの移籍ということでイルピトア様が期待して下さったのが伺えるが、実のところ聖魔天使でなくなり、身体を作り変えた後遺症は割りと深刻でな。
 当初は白輝星闘士どころか赤輝星闘士にも不適な小宇宙にまで衰えていた。
 小宇宙も身体も鍛え直すことになったが、しかし、悪くなかったのだ。
 己の身体を鍛えるなどという、はるか昔に忘れてしまっていたことを取り戻すことができた。
 俺はもう、聖魔天使には戻るまいと、一人の星闘士として生きようと誓ったのだ」

 その誓いを破ってしまったことを噛み締めているのか、ガミジン、あるいはアクシアスは両手を見つめ静かに握りしめた。

「そうして、星闘士となった俺の最初の任務が何だったか、もうわかるだろう」
「……あの、城戸邸か」
「そうだ。
 授けられた星衣のバイコーンという姿は、イルピトア様が聖魔天使としての俺の伝承や性状からオリジナルで作り出したものだが、俺としても気に入っていた。
 その星衣を纏って、アテナ抹殺の任務に勇躍していた俺を、見事に打ちのめしてくれたのが……、
 邪武、よりにもよって!一角獣座ユニコーンの邪武、お前だったというわけだ!
 これでもなお俺が星の運命を感じたことを、おかしいと思うか?」

 邪武はアクシアスから渡された星闘士カードを改めて見やった。
 そこに刻まれたものは、守護星座を争うという本来の意思をはるかに超えていた。
 神話の時代から活動していた聖魔天使の一人が、この最終聖戦の時代に行き着いて、それまでの生涯を捨てた果てに見出した運命そのものだった。

 自分もまた、自らの運命を感じたことが幾度もある。
 何の因果かもわからない運命の結果として、百人の兄弟の一人として生まれ、生涯の宿敵だと思っていた星矢とはペガサスとユニコーンという不思議に符丁の合う星座を冠することになった。
 幼いあの日にお嬢様の馬となった自分が、ユニコーンの聖闘士となって生きて戻ってきたこともまた、自らの運命に他ならないと思ったものだ。
 その自分がお嬢様を守って、かつて神話の時代にお嬢様が、アテナが倒した魔王ルシファー配下の生き残りと、こうして戦うことになった。

「アクシアス、てめえは後悔してるのか?」

 不意に、そんな言葉が口をついて出た。

「後悔?面白い事を言うな、邪武。
 今この戦いに臨む俺の喜びがわからないか?」
「そうじゃねえよ。
 神話の時代から生きて、ルシファーのために働いていた、この時代までのことだ」
「フッ……つくづくお前という男は恐ろしいな。
 それについてはお前の言うとおりだ。
 これがゼウスやクロノスに敗れたのならまだ納得もしよう。
 だが、本来の力を取り戻すための前哨戦、いやさ、踏み台であったはずのアテナとの戦いで、それもアテナ相手ですらなく、一介の聖闘士一人に倒されて、神話の時代からの積み重ねが全て水泡に帰したのだぞ。
 今までの苦労は何だったのか、天闘士としての栄光を捨てて、永劫とも言える日々の屈辱に耐えてきたのは何だったのか。
 後悔せずにはいられんよ。
 そうだ認めよう。
 お前の言う通り、俺が身体を作り変えるだけにとどまらず、イルピトア様に仕える星闘士になったのは、聖魔天使としての日々を後悔しているからに他ならん。
 十二宮とて、本来ならば我らの全霊全力を以って打倒しなければならなかったものを、ルシファーが焦ったがために、この最終聖戦の時代に不意打ちを以って当たった汚名を残し、あげくがあのザマだ」

 自身のスパイ活動の成果と言っていた十二宮突破すら、ガミジン、いやアクシアスにとっては本来、後悔の対象だと聞いて納得もした。
 城戸邸で挑戦状を叩きつけてきたとき、アクシアスは確かそんなことを叫んでいた。

――不意打ちで突破した聖魔天使どものごとく、この時代に汚名を刻んでしまってはたまらんからな――

 あれは、途方もない自嘲と後悔の告白だったのだ。

「……本来の力を取り戻していたら、汚名をかぶることもなかったと。
 今のてめえの小宇宙が、その理由か」

 ガミジン、いやアクシアスから感じる小宇宙の強さは、名乗った能天使という階級から推測される範疇を遥かに超えている。
 紫龍たちから報告された聖魔天使四人は確かに強敵ではあったが、彼らをしても黄金聖闘士たちには苦戦を免れなかったという。
 熾天使や智天使といった最上位と目されるその彼らよりも格下であるはずの能天使という階級でありながら、今のアクシアスの小宇宙は……認めたくはないが、黄金聖闘士たちを凌ぐかもしれない。
 その齟齬を解く鍵が今のアクシアスの言葉だった。
 そもそも神話の時代に神々から封じられたはずのルシファーの一党が野放しになっているはずがない。

「てめえら聖魔天使に掛けられていた封印が、解けているな」
「フフフフフ……ハハハハハ!!!
 そうだ!その通りだ!ここまで言い当てられると痛快この上ないぞ邪武!
 聖魔天使は、全て、遥か神話の時代に敗れた折に何重にも封印されていてな。
 辛うじて活動できるようになったとはいえ、それらが全て解けるまではずっと凶悪なハンデを課せられたようなものだ。
 ベルゼバブたちが不意打ちの汚名をかぶることを承知で十二宮強襲を承諾したのは、俺たちに全盛期の力がないことを嫌というほどわかっていたからだ」

「……ジャミールの封印?……いや、あれは違うな。
 あれはまだ解けていないはず。
 ルシファーが敗れたときには解けていなくて、今は解けている封印……?」
「さしものお前もこれは想像がつかなかったか。
 俺たち聖魔天使の真の力はな、第八獄コキュートスに封じられていたのだよ」
「な、なにぃ……!?」

 ハーデスの作り上げた冥界の最深部ともいうべき氷地獄コキュートスは、神に逆らった大いなる罪人が落とされる場所とされる。
 ハーデスの支配する冥界であるため、神とはハーデスのことをいい、ハーデスに逆らった聖闘士が落ちる地獄と思われていた。
 だが、考えてみるとそれでは順番がおかしい。
 グラード財団が総力を結集して調査した超神話によれば、ハーデスが冥界を作り出したのは、ハーデスが地上に侵攻するよりも前だと目されている。
 しかも最初の聖戦でアテナが戦った相手は、ハーデスではなくポセイドンであったという。
 このポセイドンとの最初の聖戦の最中に、アテナを守る少年たちが聖闘士として確立していったのだというのが定説だ。
 つまりハーデスが冥界を成立させた時点において、聖闘士という存在自体が無かったのだ。
 したがって、コキュートスは元々聖闘士を落とすために作られたものではない。
 では、冥界の最終地獄ともいうべきコキュートスは、本来何のために出来たのか。
 それは、謳い文句の通りだったのではないか。
 神々に逆らった罪人、すなわち、聖魔天使と名前に謳われるように、かつては神々に仕える身でありながらそれに逆らい魔となった者たち。
 まさにコキュートスに落とされるのに相応しい。
 そうしてルシファーと聖魔天使を封じるために作り上げられたコキュートスを、後年になって度重なる地上侵略失敗の度に恨み募る聖闘士たちを落とすための地獄として転用したのだとすれば、時系列上の辻褄が合う。

「なるほどな。ハーデスの軍勢以外にとっては、コキュートスは世界で最も到達困難な場所の一つ。
 封印しておくのにこれ以上の場所はそうそうないか。
 だが、ハーデスの肉体が滅び冥界が消え去った今は……」
「そうだ。お前たちアテナの聖闘士のおかげで、聖魔天使の真の力を封じていた封印もこの通り解けてしまったというわけだ。
 捨て去ったつもりでいたのだがな。
 だが、お前は俺の正体を見抜いた。
 他ならぬお前だけが、俺の正体を見抜いてくれた!
 ならばこの力、この姿を見せずに終わらせるのは無礼千万もいいところだ。
 お前に対して、全身全霊全力で当たるために、俺はかつての誓いを捨てた。
 今度こそ失望させてくれるなよ邪武!
 言っておくが今の俺は、ペガサス星矢に敗れたときのベルゼバブよりも遥かに強いと思え!!」
「……ほざいてくれやがったな」

 遥か神話の時代から、いや、最初の聖戦よりもさらに前から漂流し続けてきた男が、この最終聖戦の時代にこの邪武を宿命の敵と認めて立ちはだかっている。
 この星の運命を否定することなど、断じてできようか。
 答えの代わりに、自らの聖闘士カードを投げつける。
 この男は守護星座を争う宿敵ではなかった。
 だが、それを超えて今この時代に、何が何でも倒さねばならない宿命の敵だと悟った。

「お嬢様も仰っていた……誰もが星の運命の下に生きていると。
 ここでてめえと戦うことが、この最終聖戦の時代での俺の運命ならば、いいだろう!
 俺を倒そうというてめえを倒して、その宿命に決着をつけてやらあ!!」
「そうだ邪武!
 エリスをも恐怖させた、神聖闘士共の兄弟たる貴様の力!
 その全てを燃えたぎらせてかかってこい!!
 そのお前の全てを!
 今と、過去と、すべての力を結集して!何が何でも、お前を倒す!!」

 その聖闘士カードを受け止めたガミジンは、いや、アクシアスと呼ぶべきなのだろう、満足な笑みに闘志を滾らせていく。
 だが確かに、燃え上がるこの小宇宙は聖闘士や星闘士のものとは違う、はっきりと異質な感触がした。
 報告を受けている聖魔天使の技は、ガルーダ、コブラ、蝶、蟷螂。いずれも何かのモチーフがあった。
 もちろん、バイコーンを冠することになったアクシアスの真の姿は、その漆黒のオーラが示す通り、

「黒き森の悪夢、全てを蹂躙する蹄の暴虐……、受けろ邪武!
 ナイトメア・デス・ホーン!!」
「!!」

 見えなかった。
 おそらくは全身に小宇宙を燃えたぎらせての突進を受けたのだと、ふっ飛ばされてから邪武は気づいた。

「ガハアッ!!」

 食らう瞬間にわずかに身体を右に動かしたことで、辛うじて直撃を免れたのは、意識しての動きではなく、聖闘士になるための修行の中で身体に叩き込まれた無意識によるものだった。
 錐揉み状態で床に落下したものの、突進力の半ばを回転される力によって逃がしたため、なんとか意識は保てたようだ。

「嬉しいぞ。よく直撃を避けたな邪武、決して見えぬこの俺の突進を」

 なるほど、見えるはずがない。
 光全てを拒絶する暗黒のオーラによって、このアクシアスの技はその突撃の瞬間を見ることが出来ないのだ。
 聖闘士に一度見た技は二度とは通用しないというが、この技は、見えないのだ。

「さっきの降着円盤さながらの技といい、今の突進といい、てめえ、よくよく聖闘士を相手にすることに慣れてやがるな……」

 見かけが光速を上回るために見えない技も、暗黒によって見えない技も、幾度となく聖闘士との戦いで技を見切られた経験あってのことだと推測される。

「この最終聖戦の時代に至るまで、神話の時代から永劫の冬眠を決め込んでいたわけではないからな。
 お前たちの遥かな前任者たちとも戦ったことはもちろんある。
 とはいえ、今ほどの力を振るえたわけではないのでな。
 こちらも生き延びるのに必死だったというわけだ」

 なるほど、神話の時代に力の大半をコキュートスに封じられて以来、手枷足枷を嵌められたような状態での戦いを続けてきたがゆえに、必然として技を磨かねばならなかったのだろう。

「だが、それだけじゃねえだろ。てめえの力はよ」
「……ほう?何に気づいた?」
「今の技、ナイトメアと言ったな。だとしたらそれはてめえの真の力じゃねえだろうが」

 ナイトメアとは馬の悪魔とも呼ばれるが、同時に夢魔とも呼ばれる魔物の名前でもある。
 それを技の名前に冠するのなら、アクシアスの真の力はおそらく、モアのデモン・ファンタジアや一輝の幻魔拳に類するもののはずだった。

「つくづく恐ろしいな、グラード財団の次期総帥。
 そうだな、すべての力を以って戦うとの約束だったな。
 よかろう、では見せてやろう!
 この俺の聖魔天使としての力、貴様にとっての悪夢を見せてやる!」

 アクシアスの背に浮かび上がる小宇宙が、絵の具をデタラメにぶちまけたような混沌たるおぞましい輝きに彩られていく。
 目にした瞬間マズいと思った邪武だが、まぶたを閉じても容赦なく、脳裏に直接イメージが流し込まれてくる!

「さあ生き地獄のどん底から這い上がってこい邪武!
 クレッシェンド・ナイトメア!!」

 ざあっと、視界が開けた。

 どこだ。
 ここは聖域十二宮?
 いや、名残こそあるが、何か強大な力で作り変えられたような……
 本来お嬢様が座すべき位置に、悠然と座す……あれは、あの満月のような女神は、誰だ。
「神々を殺し続けてきたアテナの聖闘士は全て殺さねばならぬ。
 だが、アテナ自らが命を賭けて貴様らの罪を背負い、存命を願い出た。
 アテナに従った前非を悔い、―――――様に忠誠を誓えば、新たな聖域の戦士として生存を許そう」
 その女神の前に立つ、この電撃使いは星闘士……?だが、星衣じゃない……
 そのたった一人の前に、打ちのめされた俺たちの姿……
 お嬢様を守るはずの俺が、お嬢様の犠牲によって辛うじて生き長らえさせられた。
 仕方がない……お嬢様が自ら地上を捨てられたのだから、お嬢様が―――――に従えと仰ったのだから……
 そのまま、お嬢様への忠誠を忘れて、お嬢様ではない女神への忠誠を誓う俺……
 これが俺か……!?こんなものが、こんな腑抜けが俺であってたまるものか!!
 そのお嬢様を探して彷徨いでるあの人影は……死んだはずの星矢!
 その生身の星矢にボディーブローを食らわす俺の無様な姿。
……違う!星矢の奴が蘇ってきたのなら、そんな生易しいことで許すものか。
「昔のよしみ、二度と聖域に近寄らんと言うなら助けてやる」
 俺が、この俺がそんなことを言うのか。お嬢様ではない女神に従ったあげくに!
「何を言っているんだ。俺たちはアテナの聖闘士のはずだ」
「ここにアテナの聖闘士なんて一人もいないんだよ!」
 そうだ。こうしている俺は、お嬢様ではない紛い物に膝を屈した。
「俺がいる!」
「お前のどこがアテナの聖闘士なんだい」
 屈してしまった俺なんかより、お前の方が確かにアテナの聖闘士だ……!
「しつこいザンスよ!」
「さっさと帰りやがれ!」
 星矢の顎を蹴り抜いて、なお倒れぬ星矢に踵を落とすも、生身の星矢の膝一つ崩せない。
 だが星矢が拳を振るっても、小宇宙を込めることすらできずに威力は霧散霧消する。
「力が、入らない……!俺の小宇宙はどこへ行ってしまったんだ!」
 その無様な星矢を、倒すこともできないのが俺なのか……!
「そんなんだからアテナが聖闘士を捨てたのさ。地上と一緒にね」
 無様に倒れた星矢に誰かが声をかける。
 お嬢様が聖闘士を捨てたなどと……、こんなときこそこの俺は、お嬢様の傍にいなければならないのに!!
「かわいそうだねえ……哀れだねえ。もうこんなになったら尻尾を巻いて帰るのが一番だよ。アテナのことなんか忘れてね」
「アテナを忘れろ、だって……」
 炸裂する雷とともに落下していく星矢。
「これで、よかったんで……?」
 これが、俺の声か。星矢を倒すのも他人任せで、何もできず、追いかけもせず、お嬢様のためにも何もできず……
「星矢は排除しろって命令に従ったまでだ」
 落下したところから、星矢が登ってくる気配もない。
「星矢のやつ、登ってこねえところを見ると、もう諦めたんだな」
 そんなはずがあるか。
 あの星矢が、あのむかつく野郎が、お嬢様のために、諦めることなどあるはずがない。
 諦めたのは星矢ではなく、俺の方だ……!
 その確信通り、再びお嬢様のところへたどり着いた星矢との間に、さらに途方もない差を見せられる。
 現実も知らずに人は神に勝てないなどとほざいた馬鹿野郎共を、幾多の神々を打ち破ってきた星矢が、真実を見せつけるかのように打ちのめす。
 月と太陽を吹き飛ばし、最後までお嬢様のために戦った星矢と、何もできないまま醜態を晒した俺の、歴然たる差がさらに、さらに、積み重なっていく。
 敗者だ。
 師匠の言うとおり、せん馬にもなれない無様な敗残者が、生き恥を晒してさすらっていく。
 やめろ。
 聖域から逃げるように離れて、荒野で人とも会わずにただ歳を取っていく自分。
 やめろやめろやめろやめろやめろやめろ……!
 お嬢様と離れて、お嬢様のために生きられなくなった俺に、何の価値がある!!
「おまえ、馬は好きか。俺は好きだ。馬は純粋だからな」
 もはや、自分を馬と名乗っていたことすら忘れてしまったこの中年は、誰だ。
「俺の名は邪武、……昔、聖闘士をやっていたことのある男さ」
 これが俺の末路か。こんな大人になるために、俺は戦っていたというのか。
「あんたは何のために戦っていたんだよ」
「そんなの決まっているさ。愛する者を守るためだ」
 そんなことを、とうに忘れてしまった俺の口から出た言葉に、今の俺は我慢がならない!
 だからといって今更お嬢様の下へなど誰が行ける。
 世界を彷徨い、当たるを幸い、雑魚共を狩り続けても、何も満たされない。
 俺が欲しかったものは、もう、決して手に入らないとわかっている……!
 彷徨って、彷徨って、最後の決戦の場にようやく馳せ参じるとき、お嬢様は手の届かないところにあった。
「邪武、アテナの下へ行きたいか?」
「傍に行かなくても小宇宙を感じる」
 そこにいるのは、星矢だ。時を経ても、時を重ねてもなお、星矢と自分との間には途方もない差があった。
「どんな状況に陥っているとしても、今も沙織お嬢さんは戦っている……」
「いくぜ!地上に残っている雑魚どもを片付けるぞ!!」
 これが……俺の終着点か……



「!!……今の、は……」

 気がつけば、元の天蠍宮だ。
 何か、想像を絶する長い時間、旅をしていたような気がする。
 途轍もない徒労感と、果てしない無力感と、どうしようもない絶望感と、そして、心の奥底に熾火のようにゆらめくものがある。

「貴様にあり得るかもしれない、未来の予想図の一つを見せてやった。
 どうしようもなくなった自分の姿を見た感想はどうだ?
 貴様には第七獄あたりの苦痛を百年分味わわせるよりも遥かに効いただろう」
「……効いてくれたぜ。とんでもなくな」

 途方もない怒りがこみ上げてくる。
 あんなものが、あんな無様な姿がこの俺の未来になるだなどと、断じて認めん……!
 将来に何があろうと、お嬢様を害する何者が降臨したとしても、

「俺は、お嬢様のために生き、お嬢様のために死ぬ……!
 いや、たとえ死しても、魂だけとなっても、お嬢様以外の女神になど屈しねえ!」
「そうだ!
 今見せたような腑抜けた未来が貴様に相応しくないことなど百も承知!
 あんな悪夢などに屈する貴様でないことなど千も承知!
 だがその一方で、貴様がペガサス星矢と幼き頃からの終生のライバルであることもカイからしかと聞いた。
 ならばもう、何故俺がこんな悪夢を見せたのか、貴様ならばわかろう!」

 なるほど、最後に見せつけた星矢との絶大な格差まで狙い通りの演出だったということか。
 魁が星矢を攫ったのなら、星矢は必ず蘇ってくる。
 だが、星矢が蘇ってくるのなら、今しがた見せつけられたような、星矢に完膚無きまでに敗北するあんな未来もまた到来する可能性があるのだ。

「ああ。嫌というほど思い知らされたぜ」

 アクシアスは、自分が俺にとっての最大の宿敵ではないと知った上で、それを覚悟した上で、その無念さも飲み込んで、俺に全力を出させるために、文字通り手段を選ばなかったのだ。
 この場にいない男への、まだこの世に戻ってきていない終生の宿敵への、未来の分まで飲み込んだ敵愾心を、全力で煽ってくれたというわけだ。

 お嬢様のために。
 それだけのために邁進してきたつもりだった。
 だが、お嬢様のために戦うということは、すなわち……。
 物心ついた頃から当たり前のように自分の中にあったものが、だがハーデスとの戦いの後はぽっかりと欠落していたものが、当然のものとして蘇ってくる。

「俺は……星矢には負けねえ」

 言葉にして、思いが形をとって、その意識がはっきりと明確になる。
 何のために俺はいまこのときまで生きてきたのか。
 それをはっきりと思い出した。
 神話に至って、伝説となって駆け抜けていってしまった星矢。
 あいつにだけは、負けない。
 あいつが蘇ってくるのなら、断じて負けてなるものか。
 そのことを、こいつは思い至らせてくれた。

「そうだ。その目が見たかった。
 お前が銀河戦争の最中、ペガサス星矢に向け続けていたその目を、ようやく俺に向けてくれたな邪武よ」

 銀河戦争の映像をこいつは何百回と見たと言っていた。
 神話の時代から流れ着いてきた聖魔天使が、20世紀の文明の利器であるビデオデッキを呆れるほどに回し続けてまで見抜いたのならばそうなのだろう。
 そうか。
 俺は星矢のことを、そんな目で見ていたか。

「そこまでして、俺の全力を見たかったのか、てめえは」
「不意打ちで倒す汚名を着るなど御免だと言っただろう。
 この最終聖戦の時代に、二度目は無い。
 ここで間違って全力で無い貴様を倒してしまえば、もはや貴様の生まれ変わりと相まみえて汚名をすすぐ機会は来ないだろう。
 だから今この時代に、俺はお前の全てを倒す!
 全力などでは足りぬ。
 お前の魂の根底にある全身全霊全力全てを引きずり出し、貴様の全てを打ち砕いてやっと、俺はお前に勝ったと言える!
 さあこれが最後だ。
 ルシファーとともに反逆する前の天闘士としての俺の力と、聖魔天使としての俺の力と、最後にたどり着いた星闘士としての俺の力と、俺の全ての力を以って、今度こそお前を倒す!
 これで相手にとって不足などとは断じて言わさんぞ!」

 アクシアスの小宇宙が天蠍宮はおろか、聖域全体を覆うほどに膨れ上がる。
 今が最終聖戦の時代なのだとしたら、アクシアスたちがルシファーとともに神々に反逆した時代は、その始まりとなる時代だったのかもしれない。
 清廉であり、邪悪であり、そして純粋な青色に乱れ輝く小宇宙は、神話の時代から生き抜いてきたこの男のまさしく全てが結集したものに他ならない。
 そういえば、星矢はかつて神話の時代にハーデスに傷をつけた因縁の男の生まれ変わりだという報告があった。
 その星矢の因縁よりもさらに古い時代からの漂流者に付け狙われたとは、自分もずいぶん出世したものだ。
 ……悪くない。

「なるほど、確かに相手にとって不足はねえ」

 その回答に、アクシアスは歓喜の笑みとともにさらに小宇宙を膨れ上がらせる。

「今てめえが見せてくれた悪夢を覆し、星矢の野郎に負けねえため、お望み通り、俺の全身全霊全力で、てめえをぶちのめしてやる……!
 燃えろ俺の小宇宙よ!
 神々より、聖魔天使より、星矢より、誰よりも、誰にも、俺は負けねえええええ!!」
「フハハハハハハ!!そうだ!俺の信じた最強の聖闘士一角獣座の邪武!
 俺たちの前では神々さえもひれ伏させてやろう!!
 究極さえも超えて無限に高まれ!!」

 これから激突しようとする二つの銀河が互いの星々を渦巻かせ、倒さんとする相手をも取り込んで果てしなく果てしなく高まっていく。

「はああああああああああああ!!!」
「おおおおおおおおおおおおお!!!」
「……さすがに、これは耐えられんか」

 ここまでひたすらに傍観に徹していたザカンは、忸怩たる表情で宮外へと退いた。
 小宇宙と小宇宙の激突によって、もはや天蠍宮の内部は新たに生まれる星々の輝きの海と化している。
 見届けたくてもあまりの眩しさに断念せざるをえなかった。
 いや、この激突の最中にいては、ゼスティルムやイルピトアでさえも耐えられまい。

「……勝て。我らが友よ」

 その言葉も声になる前に、轟々たる星々の誕生が震わす大気に飲み込まれる。
 邪武もアクシアスももはや相手のことを視覚で捉えることなどできなかった。
 だが、視覚も聴覚も、五感すべてがとうに不要。
 互いのセブンセンシズははっきりと、倒すべき相手を捉えて逃さなかった。
 ゆえに、全力の奥義を繰り出すタイミングに、互いに刹那の遅れすらなく。

「スパイラル・ピュリフィケーション!!」
「エデンズ・タイラント!!」

 邪武が繰り出すは、ユニコーンの角による破邪の奥義。
 エリスに対して繰り出した折はユニコーンそのままに頭から突っ込むものだったが、邪武にとっての最強を突き詰めた結果として、両足を螺旋の先端として全身で突っ込むそれは、ユニコーン・ギャロップの究極形に他ならない。

 対してアクシアスが繰り出したのは、城戸邸でも見せたフォレスト・タイラントの真の姿。
 かつて双頭の白蛇王アシタロテがアダムとイブを誘惑したエデンの園を、失楽園の後にこの地上から消し去った最大奥義であった。

 神々への反逆を象徴する奥義が、さながら楽園を守ろうとするユニコーンを蹂躙せんとし、ユニコーンの振るう角がその邪悪を巻き込んで浄化していく。

「……これはっ!!」

 そのユニコーンの突進する純白に、一筋の真紅が混じっていることにアクシアスは気づいた。
 全てを浄化していくだけではなく、混ざるは致死の猛毒。
 そういえば邪武は、スカーレットニードルをその身で味わったことがあると言っていた。
 ならばあの技の正体も知っていよう。
 刺突の技として一点を以って貫く、その実、相手の身体の中に叩き込まれる小宇宙の奥義。
 ……邪武の最大奥義と方向こそ違え、その性状は本質的にほとんど同一だった。
 ならば邪武がその身全てを一本の螺旋として突撃するその目標点は……

「お前の狙いは……!」
「聖魔天使に戻ってしまったてめえの身体には、ミロの打ち込んだ毒も戻っているはず!
 二度目のアンタレスを食らえば、神話の時代から生きてきたてめえがいくら頑丈でもひとたまりもねえだろう!!」

 セブンセンシズで伝わる声ならぬ声に、一瞬、恐怖を呼び起こされた。
 エデンの暴君が、真紅の蠍の記憶に揺らぐ。

「もらったぞ!!アクシアス!!!」

 螺旋の化身と化した邪武の回転がさらに加速する。
 アクシアスの小宇宙をすら取り込んでさらに巨大な螺旋となり、アクシアスの身体に穿たれたアンタレスを目掛けて世界を一点に収束させていく。
 角速度が同じでも、回転の最外周の速度は、その半径が巨大になるほどに速くなる。
 最外周で光速に到達した巨大な螺旋はもはや暴君の手に負えるものでは……

「それでこそ!俺の見込んだ一角獣座の邪武よ!!!」

 歓喜とともに吼えたアクシアスの背に青輝星闘士としての青い小宇宙が星の帯のように広がる。
 さながらそれは、彼ら聖魔天使が反逆の折に自ら捨てた天闘士としての翼のごとく。
 力を取り戻した吹き荒れる暴君の小宇宙が邪武の螺旋を逆に蹴散らしていく。

「邪武……!!!俺の、勝ちだああああああああああああああああ!!!」
「があああああああああああああああっっっ!!」

 石畳から天井まで半ば崩壊した天蠍宮で、折り重なった柱に突き刺さるように邪武は頭から落下した。
 エデンズ・タイラントの直撃は一角獣座の聖衣のほとんどを打ち砕いただけでなく、全身数十箇所で骨まで折れていた。

「勝ったか……、アクシアス……」

 余波に巻き込まれていたザカンだが、中心から離れていたこともあり、降ってきた天井の欠片を盾にして、こちらはかすり傷程度で済んでいる。
 だが、ザカンが安堵した次の瞬間に、アクシアスはがっくりとその場に膝を突き、胸の中心を押さえた。

「押し切ったのではなかったのか……」
「そのつもりだったのだがな……。
 スカーレットニードルの一筋がわずかにアンタレスに到達していたらしい……」

 かつてミロに直撃を食らったときほどではないが、全身にしびれるような激痛が走り、うまく身体が動かない。
 だがそれでも、勝者としてあらねばならぬと己を叱咤してアクシアスは立ち上がる。

「お前は……ペガサス星矢への執念だけの男ではなかった。
 ミロに代わって天蠍宮を預かる聖闘士でもあったのだな……
 フッ、でなくばグラード財団の総帥代行などできんか」
「……焦らせるな。まったく」

 ふぅ、とザカンはため息を一つつく。

「これでもはや思い残すことはあるまい。
 今度こそ邪武にとどめを刺せ。刺さねば神聖闘士たちのようにまた蘇ってくるぞ」
「……そうだな。
 間違いなく蘇ってくるだろうな」

 ザカンの言うとおりだと納得し、とどめを刺すべく転がった邪武に近づき右足を振り上げる。

「ぐ……お……」

 全身の骨を砕かれながらもなお立ち上がろうとする邪武だが、手はおろか指の先を動かすのがやっとの状態ではもはや逃れることもできなかった。

「さらばだ。邪武……」
「いいのですか。まだ一勝一敗だというのに」
「!!」
「!!」

 その場の誰でもない声がした。
 それだけならアクシアスの動きは止まらなかっただろう。
 しかし、わずか二言に込められた膨大な悪意が、勝者となったはずのアクシアスの意識をかっさらった。
 その隙に、邪武の姿はアクシアスの足元から消失していた。

「何奴!!」
「女聖闘士……!?」

 半壊した天蠍宮の外、石壁が大きく穴を空けたその先に、邪武の身体を鞭で絡め取った人物がいた。
 見ただけで女聖闘士とわかる仮面が顔を覆っているが、ザカンが疑問に思ったのは聖闘士なのにはっきりと武器とわかる鞭を手にしていることだった。
 纏っているのも青銅聖衣のように見えるものの、全体から立ち上る気配が異様だった。
 確か……資料で読み込んだ中に、カメレオン座の聖衣があのような形だったような記憶があった。
 だが、あれは聖衣ではなく……むしろ、

「この男にはエリス様が直に死を下されると約束された。
 こんなところでルシファーの残党ごときに殺させるわけにはいかない」
「エリス!
 ルシファーのおかげで動けるようになった不和の女神が偉そうにしゃしゃり出てきおって!!」
「コキュートスの封印が解ける前に焦って動いたのが、エリス様の意に沿って動かされていたことにも気づかなかった魔王がどうしたと?」
「貴様!!」

 さらりとした言葉ひとつで、聖魔天使たちの戦いについて恐るべき疑念を抱かせるこの手際は、まさしくエリスの手先に他ならない……!
 その口を封じてやるとばかりに、ザカンが投げつけたソーサーがその聖闘士のいる場所を薙ぎ払う。
 だがすれすれのところでかわされ、聖闘士はその場から退避しようと後方へと跳躍する。

「奴の虚言に耳を貸すなアクシアス!奴の狙いは邪武だぞ!」
「……くっ!そいつだけは……渡さん!!」

 邪武に打ち込まれたスカーレットニードルのダメージが抜けない身体を叱咤してアクシアスが跳躍する。

「プリズマティック・グラデーション!!」

 その眼前で極彩色の光が炸裂する。
 周囲が暗転するほどの規模で周辺の太陽光が一方向に集約されてアクシアスに叩きつけられる。

「今さら、太陽に怯む聖魔天使だと思ったか!!」

 少々身体を焼く程度のダメージなど歯牙にも掛けぬとばかりに突っ込む。
 だが、突っ込んだその先に、

「いない!?」

 先程までいたはずの女聖闘士と邪武の姿が、忽然と消えていた。

「この十二宮でテレポーテーションは出来ぬはず……どこへ……!?」
「アクシアス!奴の狙いが邪武ならば間違いなく十二宮外へ裏道を使って抜けようとするはずだ!」

 ザカンはアーケインに引きずり回されたせいで、十二宮には裏道が張り巡らされていることに気づいていた。
 言われてアクシアスが見渡せば、天蠍宮に前後するメインの石段とは別に、足跡が重なったような崖道が伸びていることがうっすらとわかる。

「ザカン……俺は」

 アーケインほど図太くはないアクシアスはさすがに一瞬躊躇した。

「……ゼスティルム様はお前に託されたのだ。
 何が何でも、奴を、一角獣座の邪武を討ち取って帰ってこい!」
「感謝するぞ……!ザカン!」

 その背を全力で押す言葉を受けて、アクシアスは十二宮外へと駆けていく。



 そのアクシアスを、さらに遠くから見つめる目があった。

「ガミジン……、まさかこんな時代で再び姿を見ることになろうとはな」






第三十一話へ続く



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