聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第二十七話、処女宮の銀鏡」




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 第六の宮処女宮は、十二宮の中でも特別な位置づけがされている。
 十二宮のちょうど半分というだけではない。
 ほとんど草木も生えない聖域の中で、例外ともいえる沙羅双樹の園が併設されているのがその最たる点だろう。
 その特異性は、処女神であるアテナの立場と相通じる故のものであろうと推察されている。
 また、基本的にはギリシアの古代建築様式に従う十二宮の中で、これまた例外的に、オリエントの様式を取り入れている。
 これは過去のアテナの意向によるものであるらしい。
 何故アテナが東方への思いを募らせていたのか、現代となっては知る者はいない。
 そこを守護する代々の乙女座の黄金聖闘士は、傑物を多く輩出しており、特に先代と今代の二人が聖戦で果たした役割は特筆に値するものである。
 その処女宮を前に、

「なんだ、この凍気は……」

 宮内から漂ってくる異様な気配に、星々の戦士たる星闘士スタインたちの足が入り口を前にして止まった。
 小宇宙が立ちこめているのはまだわかる。
 何者かはわからないが、この宮を守護する聖闘士がいることも推測がつく。
 だが、おかしいのだ。
 この気配は、極北の凍気ではない。
 ある意味では、星闘士たちにとって馴染みの深いこの気配は、

「まるで、死気……」

 青輝星闘士シアンスタイン、乙女座バルゴのイルリツアの呟きは、全員の考えを代弁したものだった。

「デスマスクのいた巨蟹宮ならともかく、この処女宮で?」
「先代も今代も、乙女座の黄金聖闘士は冥界奥深くまで侵入していたはず。
 しかし、これは……」
「臆していても始まりません。入るしかないのですから入りましょう」

 赤輝星闘士クリムゾンスタイン白輝星闘士スノースタインたちがざわめく中、イルリツアは先頭に立って入ろうとする。
 白輝星闘士である孔雀座のカガツと二人の赤輝星闘士が慌ててその前に立った。

「お、お待ちください、イルリツア様!」
「貴女様にもしものことがあれば、我らはイルピトア様に殺されます!」
「さすがにそれはないと思いますが……」
「ゼスティルム様からも、貴女の身には気をつけろと仰せつかっているのです」
「まずは我らが先に入ります」
「いつになったら私はこの過保護から抜けられるのでしょうね……。
 一応、青輝星闘士なのですが」
「文句があれば後でイルピトア様、ゼスティルム様に仰ってください」

 赤輝星闘士子犬座のファタハの顔は大真面目だった。
 青輝星闘士バイコーンのアクシアスが呆れたように溜息をつく。

「イルリツア様の実力を考えろ……。俺もやりすぎだと思うぞ……」
「僕も」

 青輝星闘士最年少である射手座のマリクは、ささやかに同意しつつ、心中に様々な考えを飲み込んだ。
 イルリツアと本気で戦ったことはないが、その実力は明らかに自分より上だと思っている。
 イルリツアとその兄アルゴ座のイルピトア、それと、マリクの養父である獅子座のゼスティルムの三人は、古き星闘士の一族に連なる最古参の星闘士だ。
 いわば生まれた時からの星闘士だと言ってもいい。
 この三人の関係は、よく言って微妙というところで、マリクの目には不穏とさえ見える。
 まず、イルピトアは年長のゼスティルムを形式上立てることもあるが、時折ゼスティルムへの不快感を隠しきれないときがある。
 一方ゼスティルムは、一応のナンバー1であるイルピトアの独断専行に神経を尖らせており、はっきりと不信感不快感を抱いている。
 あれで陛下への忠誠心がなければ粛正しているところだ、とゼスティルムが吐き捨てた言葉を、マリクは直に聞いたこともある。

 この二人の間を取りなしているのがイルリツアである。
 イルピトアとしては過保護なまでに妹を溺愛しているし、ゼスティルムもイルリツアに対しては叔父のような態度で接している。
 おそらくイルリツアがいなくなれば二人の激突は避けられない、と考えている星闘士は多いはずだった。
 少なくともマリクは、はっきりとそれを危惧しているし、先ほどカガツが示した危惧も単に命令されたからだけではないだろう。
 ゼスティルムもそれをわかっているのか、イルリツアの実力を認めつつも、できるだけイルリツアを矢面に立たせないようにここまで配慮してきた。
 それでも、金牛宮ではイルリツアの全力までを必要としたのだが。
 双子宮では同じく青輝星闘士である天秤座のアーケインにイルリツアを任せていたし、ゼスティルムが獅子宮に残って戦っている今も、予めこうなることを見越して、特にカガツ、ファタハたちに言い含めてあったに違いない。
 だが、ゼスティルムの真意は果たしてそれだけなのか。
 マリクには未だにわからないことがある。

「まずは我らが入ります。皆その後に」
「仕方がない。ならばその後に俺が行くぞ」

 カガツ、ファタハらが先陣を志願し、アクシアスがその後をフォローするという形が決まった。
 白羊宮に突入する時点では、ここまでの慎重さは考えられなかったろう。
 だが、すでにここまでの戦いで、宮を守っているのが青銅聖闘士だろうが白銀聖闘士だろうが、注意してし過ぎることはないと、全員が理解していた。

「いくぞ!」

 かけ声以下、全員が突入していき、やがて、その駆ける石畳はいつしか氷原に変わっていった。

「これは……!」
「馬鹿な、ここは宝瓶宮ではないぞ……!」
「そもそも白鳥座の氷河はアスガルドでアーケイン様に倒されたはずだが……」
「ひるむな!これは単なる敵のお膳立てに過ぎん。本命はこの後に来るぞ!」

 事前に集めた情報と全く整合性が取れない事態に浮き足立ちそうになる一同を、アクシアスの一声が引き締める。
 まさか寒さだけで足止めをしようとするはずもない。
 推測通り、氷原の中に何かが見えてきた。
 館にも神殿のようにも見えるその偉容を、直に実物を見たことは無くても星闘士ならば全員が知っていた。

「馬鹿な……!」
「あれは……!」
「一の圏、カイーナだと……!!」

 本来ならそこを神話の時代から守護していた冥界三巨頭の一人たる天猛星ワイバーンを象った像は雄弁であった。
 そしてその事実は取りも直さず、この氷原がどこの何であるかを示していた。

「我ら星闘士をコキュートスに陥れるとは、ふざけた幻影を見せおって……!」

 第八獄コキュートス。
 言わずと知れた、冥界の最終地獄である。
 だが、そこには仕掛けた者の皮肉が感じられた。
 冥闘士と違い、星闘士には冥界に入る力は無い。
 だから、当然の知識として知ってはいても、この場の誰一人として実物を見たことはないのだった。
 ましてや、冥王の崩御とともに消えた世界だ。
 そしてもう一つ、ここには足りないものがある。

「コキュートスが、無人とはな」

 カガツが苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
 コキュートスは、神に逆らった最も重い罪人が落ちる場所だ。
 ゆえにここには、本来なら、過去の聖戦で冥王ハーデスに楯突いた無数の聖闘士が埋まっているはずなのだ。
 そこから自力で出ることは不可能であると言われている。
 それが、ただの一人もいない。
 この幻影を作り出した者の意図が反映されてのことであるのは間違いなかった。
 そう、何者か。

「さあ、そろそろ姿を見せていただきましょうか。
 この処女宮を守る聖闘士……!」

 けしかけるようなイルリツアの呼び声に合わせるかのように、カイーナの中から人影が現れた。
 白銀に輝く聖衣は明らかに白銀聖闘士であることを示している。

「確かあの聖衣は、麒麟座キャメロディオの聖衣……」

 ゼスティルムから過去の聖戦の記録も教え込まれているマリクには、その形状から容易に察しがついた。

”いかにも、私は白銀聖闘士、麒麟座キャメロディオのバルチウス。
 この処女宮までよく来た星闘士の諸君。
 私の顔が引導代わりだ。
 おとなしく貴様たちの好きな冥界に落ちるがいい……!”

 バルチウスの返答は、大気を振るわせる声ではなく、テレパシーで脳裏に伝えるものだった。
 引導代わりと告げた顔は、瞼を堅く閉ざしたまま、舌一つ唇一つ動かすことはなかった。
 それでも、バルチウスを知る仲間の白銀聖闘士たちならば、テレパシーででも返答する彼を見て驚いただろう。
 本来、彼はいかなるときでも無言であり、喋るところを見たことがあるのは、それこそ同じ師に学んだ兄弟弟子たちくらいだったのだから。

「諸君、とはな。
 それが十二宮のしきたりか知らんが、どいつもこいつもよくよくこの人数差を前に一人で戦おうと思うものだ」
”奇跡の神聖闘士たちならばそうだろうが、私はそれほど自惚れてはいないぞ、バイコーンの星闘士よ。
 君たちの相手は、私一人だけではない……!”

 バルチウスは合掌の後、その両手の間に小宇宙を燃えたぎらせる。

”おそらく、人数差はほとんどあるまいよ。
 天空覇邪威風堂々!!”

 その燃え上がる小宇宙に呼び起こされるように、バルチウスの背後にずらりと姿を揃えたものがあった。

「これは……転霊波!?」

 死気を操る中でも最大奥義と呼ばれる技に似た気配を察したイルリツアはさすがに驚愕した。
 そのものではない。だが、似ている……
 ということは、だ。

「こいつらも……白銀聖闘士か!」

 現れたのは、装着形態で組み上がったいくつもの白銀聖衣だった。
 その白銀聖衣に、まるで生者のように人型のオーラとなった小宇宙が揺らめいている。

”その通り。
 我ら白銀聖闘士の、全力をもって殲滅してくれる!”
「来るぞ!!」

 そう叫んだものの、アクシアス以下星闘士全員が対処法を図りかねていた。
 生者はバルチウス一人、だがこの圧倒的な現実感のある白銀聖衣たちはどうする。
 その迷いが隙になった。
 踏み込んできた白銀聖闘士は、ケンタウルス座と、蜥蜴座。

――フォーティア・ルフィフトゥラ!!――
――マーブル・トリパー!!――

 二人の白銀聖闘士が同時に技を放った。
 一方の聖闘士が炎を作り出し、もう一人の聖闘士が突き出した掌底がその炎を巻き込み、轟音とともに大気が弾かれて激震した。
 高熱の爆風と化したジェット気流により、コキュートスの氷は粉々に砕かれながら蒸発していく。

「小癪な真似を!」

 カガツの叫びは全員の心境を代弁していた。
 最初からこの一撃を演出するために、わざわざコキュートスの幻影を用意していたことがわかったからだ。
 聖闘士に科す地獄という冥王の力を象徴する氷原を打ち砕いて見せることが、星闘士にとっても挑発になると、この男はわかってやっている。

 だが、それは単なる挑発ではなかった。
 消し飛ばしたものは幻影であっても、それを消し飛ばした炎と爆風は現実の威力を伴っていた。

「ぬううう!」

 受け止めようとしたアクシアスの腕には、強烈な大気圧とともに星衣クエーサーを通じて骨まで通るような高熱がかかる。
 たまらず腕から弾き飛ばされ、星闘士全員を捉えるのに十分な規模の爆風が吹き荒れた。

「炎の聖闘士の残り香というなら、この僕が相手だ!」

 炎の聖闘士は全員が死んだと聞いており、張り合う機会を無くしたと思っていたマリクは、目の前に広がる光景に臆するどころかむしろ闘志を掻き立てられた。
 青輝星闘士の誇りに青く染まり燃え上がる炎は、敵の爆風を取り込み、収束させた。

「アーク・プロミネンス!」

 闘志が燃え上がったとしても、なすべきことを惑わされることはない。
 転霊波ではないものの、それに近いとなれば、操る核になる者、すなわちバルチウス一人を倒せばそれで片づくと判断して、一息にケリを付けるべく炎が弧を描く。
 だが、バルチウスもその動きを読んでいた。
 敵が冥王に関係しているとわかっている以上、当然にこの現象が自分を核として起こしていると察してくること自体は、確実に想定される事態であった。

――ギャラクティック・ソーサー!!――
「何!?」

 マリクの目には、バルチウスの前に突如として渦巻銀河が出現したように見えた。
 死角から一瞬のうちにマリクとバルチウスの間に投げつけられた白銀聖衣の円盤が、轟々と回転してマリクの炎を渦の中に取り込み、こめられた小宇宙により昇華させて銀河を為してしまったのだ。
 投げつけたのは、おそらくは御者座の聖闘士か。

 その間に、聖闘士たちに動きがあった。
 鯨座と思われる聖闘士の右腕にペルセウス座の聖闘士が飛び乗り、ヘラクレス座の聖闘士の右腕に乗るあれは銀蠅座の聖闘士だろうか。

――カイトス・スパウティングリバース!――
――コルネホルス!!――

 二人の聖闘士の右腕が一閃し、乗っていた二人の聖闘士の姿がかき消える。
 いや、消えたのではなく……

「!!」

 一同が上へと注意を向けた瞬間、目の前を渦巻銀河が横切った。
 先ほどマリクの炎を取り込んで出現したものに他ならないが、巨大な銀河が車輪のごとく回転していく過程で、遠心力か重力か、それとも別の何か、強大な力が吹き荒れた。
 掠ったわけでもないのに、その渦巻銀河が近くをよぎっただけで、イルリツアは取り込まれるようなプレッシャーに曝された。
 イルリツアでさえその様で、他の星闘士たちは文字通り浮き足立つ。

「大した曲芸を!」

 イルリツアはテレキネシスで斥力を叩きつけてこれを相殺した。
 しかし、青輝星闘士三人の足を一時止められたということは、相手にとって十分な隙だったようだ。
 視界が悪く遠距離を見通すことが困難な冥界の空を裂くようにして、先ほど消えた二人の聖闘士が超高速で落下してきている!

――ラス・アル・グール・ゴルゴニオ!――
――フライング・シュート!――

 イルリツアを最も手強しと見たのか、二人の聖闘士は同時にイルリツアに襲いかかった。
 左右から繰り出された蹴撃を、イルリツアはスレスレのところで見切り、両腕のパーツで受け止めた。

「ぐ……!」

 イルリツアも青輝星闘士だ。
 白銀聖衣との激突で、そう簡単に星衣を破損させるつもりはない。
 それに、相手が生者でない以上、こうまで接触していれば一気に生気を吹き飛ばして弱体化させることができる。

「この攻撃で私を仕留めるつもりで組み立てていたのですか……。
 ですが、ここまでです!」

 先ほどのソーサーで浮かされていたら危なかったろうが、イルリツアはなんとか踏みとどまり二人を弾き返した。

「撃ち落とすぞ!」
「おおう!」

 イルリツアが弾いたペルセウス座の聖闘士をたたき落とすべく、海豚座ドルフィンのアバテリスと海月座クラッグのカシム、海竜座シーサーペントのパラッツオが、三位一体の攻撃を仕掛ける。

「待て!奴を見るな!」

 カガツの注意は他の星闘士たちには辛くも間に合ったが、攻撃を仕掛けた直後の三人は首を翻すだけの余裕が無く、目を閉じるのが精一杯だった。
 音が到達するより早く、正真正銘の光速で三人を襲ったものがあった。
 瞼を貫通し、網膜に飛び込み……

「!!」
「バカな!」

 瞬時にして、三人の体は技を繰り出した姿勢のまま石と化していた。
 イルリツアに弾かれながら一瞬だけ背中を見せたペルセウス座の聖闘士は、その間に悠々と着地し、銀蠅座の聖闘士も後に続く。
 イルリツアに生気や小宇宙を飛ばされた直後だというのに、それをまったく苦にせず、嘲笑うかのような攻撃だった。
 つまりこれは、小宇宙の闘技ではない。
 この時点で、多くの星闘士たちはそれが何か思い至っていた。

「あれが、噂に聞くメドゥサの盾……!
 神聖闘士のドラゴンに破壊されたはずが、再生されていたとは」

 苦虫を噛み潰した顔でカガツが唸る。
 そう言われて、イルリツアは想起される人物の心当たりがあった。

「白羊宮にいたあの坊やの仕業でしょうね。
 本物ならばこれほど厄介な物もありません」
「ここに宝物があるというのに、アーケイン様はどこをほっつき歩いているのか!」

 一同、アクシアスの八つ当たりに苦笑する余裕は無かった。

――地獄の鋼球鎖!!――

 無数の鋼球が雨霰と降り注いできた。
 しかも正確に、ペルセウス座の聖闘士がいるために視線を向けられない方向からだ。
 それでもその鋼球鎖だけで十分推測できる。
 これは数少ない、現代では失われた星座を冠した、地獄の番犬星座の聖闘士だ。

「この程度の速さで、当たると思ったか!」

 食らうものかと、ほとんどの星闘士がかわしきったが、それこそが罠だった。
 鋼球には鎖がつながれており、着弾から瞬時に締め上げに転じたその鋼球鎖に、子犬座のファタハと蛇座のアンダンテの二人が捕まった。
 そこへ間髪入れずに駆け込んでくる巨犬座の聖闘士がいる。
 全てはバルチウスの指揮下、完璧な連携タイミングだった。

――グレートマウンテン・スマッシャー!――

 拳ではなく、突進力を存分に乗せてラリアット気味に左右に広げられたアームパーツがファタハとアンダンテの喉元を捉えた。

「グハアッ!」
「ガアッ!」

 二人とも昏倒したものの、辛うじて小宇宙は途絶えていない。
 むしろ、星衣の無い急所に受けてよく助かったものだ。
 しかし、聖闘士の攻勢はなおも止まらない。

――セレスティアル・ローテーション!!――
「この技は……!」

 同じくペルセウス座の聖闘士の方向、すなわち星闘士一同から死角になる方向から繰り出された技は、見えてさえいたら防ぎようもあっただろう。
 鯨座の聖闘士とヘラクレス座の聖闘士が同時に繰り出したその技は、金牛宮で小熊座の聖闘士が放った奥義に他ならない。
 本来、星闘士に一度見た技は二度とは通用しない。
 だが、全天をも回さんとするその威力を完全な死角から繰り出されては、さすがにどうにもならなかった。
 一同が文字通り宙を舞うそこへ、

――フォーティア・ルフィフトゥラ!――
――ギャラクティック・コンジュゲイション!――

 全天よ燃え尽きるまで加速せよとばかりに、炎の竜巻と、渦巻く銀河が投げ込まれた。

「僕たち星闘士に対して星を冠した技など!
 シャイニング・フレア!!」
「全て吹き飛べ!
 フォレスト・タイラント!!」

 むざむざと食らってたまるかと、マリクとアクシアスの青輝星闘士二人がかりの小宇宙が炸裂する。
 回天を吹き飛ばし、星闘士一同なんとか着地、あるいは墜落する。
 石化した面々は、床に叩きつけられる前にイルリツアが念動力ですくい上げた。

「あの盾を封じねば、こちらに勝機は無いようですね……」

 イルリツアは手持ちの手鏡に映して、すでにペルセウス座の聖闘士が、メドゥサの盾を背中から左腕に持ち替えていることをなんとか確認した。
 これではマリクの光速拳でも、放とうとしてそちらへ向いた瞬間に石化させられる恐れがある。

「力尽くで行きます。
 ペルセウスは私が念動力で動きを抑えます!」

 定石として神話に倣い、直視しないようにしつつ手鏡でメドゥサの盾の位置を確認して、イルリツアはペルセウス座の聖闘士の動きをなんとか封じた。
 左腕を下げさせ、メドゥサの盾がこちらを向かないように押さえつける。

「こうなればこっちのものだ!」

 聖闘士たちはメドゥサの盾を最大限に活用すべく、ペルセウス座の聖闘士がバルチウスを庇う位置に立つ周囲に集まっていた。
 格好の的だった。
 いままでの鬱憤を晴らすかのように、カガツ、黄虎座タイガーのリチャード、蛇遣い座オピュクスのサアヤからなる白輝星闘士三人の拳が集中する。

「レインボー・フェザー!」
「プラムペスト・タイガー!」
「ダップル・コンストリクター!」

 だが無論、聖闘士たちも迎撃に動いた。

――ロッティング・ラフレシア!――
――マーブル・トリパー!――

 銀蠅座の聖闘士が繰り出した不可思議な小宇宙を、蜥蜴座の聖闘士が毛嫌いするかのようにまたも超高圧で叩きつけてきた。
 これで白輝星闘士たちの一斉攻撃はほぼ相殺される。
 だが、この隙を狙ってマリクが控えていた。

「シューティングスター・サジタリアス!」

 聖闘士たちは一体と思えるほどの圧倒的連携でここまで戦ったが、敵陣の全容を捉えてしまえば、個々の戦力は圧倒的にこちらが上なのだ。
 光速拳で聖闘士たちほぼ全員を捉えつつ、バルチウスを守るペルセウス座の聖闘士に大きく割合を割くあたり、マリクも抜かりはない。
 そこを読んでいたのだろう、鯨座の聖闘士が自分の盾をかざしてそれを庇おうとしたが、範囲が広いマリクの流星雨が上回る。
 吹き飛ばされながら、地獄の番犬座の聖闘士が、綱球鎖を振り投げた。
 マリクに対しての防御ではなく、ペルセウス座の聖闘士へ向かって。

「しまった!!」

 イルリツアの念動力による金縛りは、外側から動作を押さえつけるものだ。
 さらに外側から外力を加えられた場合には、その外力を相殺するように念動力の方向を変えねばならない。
 綱球鎖で回されて動かすのを見過ごすか、綱球鎖の動きを封じる代わりにペルセウス座の聖闘士の自立行動を許すか。
 イルリツアに選択の余地はなかった。

 ……アクシアス!

 音速の声では間に合わないと察したイルリツアは、テレパシーで一行中最速で反応できるアクシアスに指示を出した。

「ホーンストライク!」

 瞬時に反応したアクシアスが両腕から繰り出したダブルストレートが、綱球鎖を断ち切ると同時に、動こうとしたペルセウス座の聖闘士を吹き飛ばした。
 イルリツアはそれを念動力で捕まえて、メドゥサの盾を床面に伏せて押さえつける。
 これでもう恐れるものはない。

「撃破せよ!」

 マリクの光速拳がさらに強まる中、他の星闘士たちも各聖闘士たちへと攻勢に転じた。
 白銀聖衣はさすがにかなりの防御力を有しているが、それでもこうなれば防ぎきれる物ではない。
 生気と小宇宙を削りきられた聖闘士から、次々と聖衣が装着形態から収納形態へと戻っていく。
 それは、バルチウスを守る壁が一つ一つ減っていくことを意味していた。
 最後まで立ちはだかった巨犬座の聖闘士が収納形態へと戻り、

「チェックメイトです」

 キングを守る全ての駒は無くなった。
 気がつけば上空は冥界の空から宮の天井へと戻り、構築された幻影は全て消滅していた。
 しかし、イルリツアの宣告は、さらに畳みかけようとする面々を一旦制するものでもあった。
 なにしろ、最初に石化された三人は回復していない。
 石化状態で身体が破損するとまず助からないと言われているので、彼らの身体を戻すまでは気を抜けない状態だ。

「少なくとも、乙女座のシャカの代役として、よく戦ったと賞賛しましょう。
 一人でこれだけの聖闘士たちを操ったのは大したものです。
 まさかこれほどの聖闘士がまだ生き残っていたとは」
”私一人の力ではない”

 バルチウスは瞑目したまま、口も動かさずにテレパシーで返答した。

”ここには、死してなお処女宮を守ろうとする我が師の小宇宙がなお宿っている。
 我が師の力を借りてまねごとをしたに過ぎん”
「……ということは貴方の師は」
”いかにも。ご明察の通りだ、乙女座の青輝星闘士よ。
 私は、乙女座バルゴの黄金聖闘士シャカを師と仰ぐ高弟の一人”
「なるほど。では代役ではなく、弟子としてよく戦われたと言い換えましょう」
”不遜だぞ、乙女座の青輝星闘士よ。まだ終わってなどいない”
「笑止ですね。借り物が消えた今、貴方一人で何ができるというのですか」
”言ったはずだ。この処女宮を守っているのは私一人ではないと。
 この聖衣には、我が盟友たちの小宇宙が宿っている。
 聖戦にたどり着くことなく散っていった、白銀聖闘士の無念が。
 彼らのありし日の姿を映し出したのは私だが、貴様たちに叩きつけた必殺技は、紛れもなく我が盟友たちのものだ”
「ほざけ、その仲間の小宇宙も全て燃え尽きたではないか!」
”そうか。貴様の目は節穴のようだな、バイコーンの青輝星闘士よ”
「何ぃ!?」

 歯噛みしたものの、アクシアスもその言動の意味するところに気づいた。
 ここまでに聖衣たちを操って、疲労困憊していてもおかしくないはずのバルチウスの小宇宙は、最初に姿を現したときよりもむしろ強くなっている。

「死者の小宇宙を背負い、強くなるとは……。
 先ほどまでは、背負っていたものを元に預け直していただけだったということですか」
”我ら白銀聖闘士には、聖戦で戦えなかった無念がある。
 私だけでなく、友らに活躍の機会があってもいいだろう?”
「その心意気やよし、と言いたいところですが、やはり転霊波をご存じのようですね。
 誰に習いましたか?」
”この業のことか。習ったわけではない。見せてもらっただけだ”

 そこでイルリツアは首を傾げた。
 星闘士の奥義が漏れていることを看過できずに尋ねたものの、消去法でたどり着くその答えは意外だった。

「蟹座のデスマスクに?」
”当然だ。他に誰がいるというのか”
「彼は転霊波を使えなかったはずですが……」
”お前たちがデスマスク様の何を見てきたか知らぬが、デスマスク様は普段からあからさまにこの業を纏っていたぞ”
「…………そういう、ことですか。
 まさかそんなところで陛下を謀っていたとはね」

 言われてみれば、その通りだった。
 仲間の魂を背負って戦う転霊波は、この地上に執着する者の小宇宙が無ければ成立しない。
 デスマスクはそれを、仲間ではなく、自分で殺した者の無念を利用するという反則的な裏技として利用していたのだ。
 バルチウスが参考にしたのがデスマスクの形態である以上、その仲間の小宇宙を背負っての戦い方は、ここまで見せた聖衣に乗せる形態ではなく、自ら背負う今の形態の方が本命であることは明らかだった。

「この十二宮で二度も立ちはだかるのは反則だと思いますけどね。
 ヘラクレス座と巨鯨座の聖闘士は」
”あいにくと、神聖闘士たちが突破するときも、カミュ様は天秤宮と宝瓶宮の二度に亘って立ちはだかられたそうなのでな。
 その異議は聞かんぞ”
「なるほど。
 では、あと一つ聞いておきましょう。
 石化した彼らを治す方法は?」
”我らを倒してから聞くのだな。
 だが、我らがある限り、貴様たちをこの処女宮から先へは一歩も通さない。
 ここで全滅した冥闘士たちに続いて、処女宮の伝説を支える石畳となるがいい!”
「ほざけ!貴様一人を倒せば済むとわかれば、もはやどうということはない!」
「引導を渡してやるのはこちらの方だ!」
「聖闘士が星闘士の真似事など無謀なことと知りなさい!」

 バルチウスの挑発に乗ったカガツ、リチャード、サアヤの三人が、再び一斉攻撃を仕掛けた。
 対してバルチウスは即座に印を結んで一喝する。

(カーン)”

 一瞬、バルチウスの周囲にバリアが生じる。
 三人の攻撃を受けてバリアは砕かれたが、その攻撃は向きを180度変えて使い手たちに舞い戻った。

「うおおっ!」
「こ、小癪な真似を……」

 さすがにこの一反射で一掃されるほど柔な白輝星闘士ではないが、攻撃を放った直後の隙にカウンター気味に自らの全力攻撃を受けたのは大きい。
 赤輝星闘士の五人中三人は石化しており、あとの二人は巨犬座のダブルラリアットを食らったダメージが抜けきっていない。
 自然、青輝星闘士三人が中心になって対峙することになる。

「さすがに、乙女座のシャカの高弟にして、転霊波を背負うだけのことはあるようだが……」

 アクシアスが値踏みする視線を叩きつけつつ前へ進み出る。

「しかしそれでも、シャカには遠く及ばぬと見たぞ。
 今のバリアも白輝星闘士三人の力で破られる程度のもの。
 白銀聖闘士一人でよく戦ったと誉めてやるところだが、健闘もここまでだ!」
”私一人ではないと言ったはず!”

 バリアなど蹴り潰すとばかりに突っ込んだアクシアスに対して、バルチウスは光速に迫ろうかという亜光速拳を叩きつけた。
 仲間の小宇宙を背負ったことで高まったバルチウスの小宇宙が、明らかに白銀聖闘士の領域を超えるものであることを物語っていた。

「ふん!下手な小細工よりもこのような直接攻撃の方が快いわ!」

 星衣の防御力を信頼して当たるに任せ、アクシアスは正面から突っ込んだ。

「ダブルホーンドスパイク!」

 青輝星闘士の面目躍如と言わんばかりに、至近距離からの左右二連撃でバルチウスを高々と吹っ飛ばした。
 しかしバルチウスもこれでやられるほど柔ではない。
 キリキリと空中で体勢を整え、両手に小宇宙を集める。
 だが、そこへマリクが切り込んだ。

「それでも、貴方一人を倒せばそれでこの万華鏡は終わるわけだ。
 シューティングスター・サジタリアス!」
”!!”

 瞬時にして天空が無数の光速拳で覆われる。
 空中で下手な動きをしては避けきれないと判断したバルチウスは、短距離テレポーテーションで辛うじて回避した。
 だが、

”何!?”

 転移する先を完全に読み切ったイルリツアの念動力が発動して、実体化した直後のバルチウスの全身を縛り上げる。

「多対一を望んだのはそちらですから、恨まないで下さいね」
”く……、なんという念動力……”
「さて、今一度聞かせていただきましょうか。
 どうすれば石化した三人を元に戻せますか?」
”女神の泉にでも行くのだな。
 修行中にアルゴルが石化させてしまった聖闘士候補生はそこに運んだ。
 もっとも、星闘士を治せるとは思わないがな”
「答えているようでまるで答えていませんね」
”端的に帰れと言ったのだ。察してもらいたいものだな”
「よい度胸です。では、アクシアス」
「心得ました。今度は何にも邪魔されずに吹き飛ばしてやるぞ」
「……転法輪印」

 つぶやいたようなその声が誰のものか、気づくのが遅れた。
 バルチウスの小宇宙が急激に増大し、イルリツアの仕掛けていた金縛りが振り払われたことで、その声がバルチウスのものであることに一同思い至った。

「私が我が師に及ばぬことなど、とうに分かりきっていたこと。
 聖闘士の中で最も神に近いとまで言われた師との途方もない差を、他ならぬ我ら弟子一同が誰よりも分かっているとも」

 自嘲そのものであるのに、その声にはなお揺るがぬ意志が宿っている。

「乙女座のシャカは視覚を閉ざすことで小宇宙を高めていたというが、貴様も!」
「それでもだ。
 それが何だというのだ、バイコーンの星闘士よ。
 師に及ばぬから、貴様らに及ばぬとでも言うのか。
 貴様らが我が師を上回るとでも言うのなら片腹痛い!」

 バルチウスが胸の前で向かい合わせた掌の間に幾重にも銀河が折り重なっていく。
 九体の白銀聖衣からそれぞれが守護する星座が一つに集まるかのように、小宇宙が燃え上がる。
 その手が開かれるとともに、爆発的に小宇宙が開放される!

(オーム)、天魔降伏!!」
「!!」

 かつてない衝撃だった。
 それは全てを天へと吹き飛ばす威力を持ちながら、同時に、全てを平伏させんとする力も併せ持っていた。
 天と地の間に存在を許すこと無しとばかりに、星闘士全員を、青輝星闘士たちまでもその威力に囚えた。
 まず、メドゥサの盾で石化した赤輝星闘士たちの身体が軋み始め、さらに白輝星闘士たちの星衣までも……

「スターグラビティ・ディストーション」

 その威力が、突如として消失した。
 いや、威力自体がねじ曲がり、星闘士たちから逸れて、宮外へと吹き抜けていった。
 空中で威力から解放された面々は、辛うじて石化した三人を破損させずに捕獲して着地する。

「言うだけのことはある。
 よもや噂に聞くこの技まで再現するとはな」
「うん、今のは危なかった……。
 でも、その後の技は?」

 アクシアスとマリクは、必然的に一人の人物へ目を向ける。
 自分たちでない以上、こんなことが出来得るのは一人しかいない。

「……貴様か。乙女座の青輝星闘士よ」
「大したものです。乙女座のシャカの弟子にして代役としては、確かに及第点以上ではあるようですね」

 この場にいるただ一人の試験官の口調は、しかし、欠格点を与えたようなものだった。
 イルリツアの仕業に驚いているのは、バルチウスだけではない。
 ここにいる星闘士たちの中には、イルリツアがここまで実戦で力を見せる場に居合わせた者はいない。
 その念動力は星闘士随一とされているが、よもや繰り出された必殺技の威力まで即座にねじ曲げるほどとは。

「さすがに、乙女座を冠するだけのことはあるようだな……」
「処女宮への礼儀として、今更ですが名乗っておきましょう。
 私は星の闘士星闘士の中で、最強を誇るアルゴ座のイルピトアを兄と戴く妹、乙女座バルゴのイルリツア。
 兄イルピトア、遠縁の大伯父ゼスティルムとともに、星闘士最古の一族に連なる者です」

 宮内に、星空に飲み込まれたような静謐さが満ちる。
 代々、星闘士の秘義である星葬を継承し、星衣を守り、陛下に従ってきた者たち。
 普段はその人当たりの良さで誰にも意識させることはないが、イルリツアも本来は、神話の存在である星闘士の中にあってさえ、伝説的な存在だった。
 そのことを、星闘士一同改めてまざまざと思い出させられる。

 その中でカガツは、ある意味で納得が行っていた。
 カガツ、ファタハの他数名の、ゼスティルムと特に懇意な星闘士には、宮外でも主張したようにゼスティルムからイルリツアの保護が指示されていた。
 しかしそれと同時に、イルリツアの監視をも命じられていた。
 巨蟹宮では、イルピトア派に寝返った可能性があったアルレツオとピアードの二人に、祭壇座のアズザインを監視役として付けていたように、ゼスティルムはイルピトアと対立する立場上、いくつもの手を打っている。
 現在本拠地にいるはずのイルピトアに対しては、義理堅いことで名高い牡牛座のグラントが監視する立場にある。
 カガツらに与えられた任務は、念のため、という断りがついていた。
 イルリツアはイルピトアの兄でありながらゼスティルムとの調停役に徹しており、ゼスティルム自身も遠縁の娘としてイルリツアを可愛がっていたからだ。
 それでも手を抜かなかったのは、20世紀を通じて様々な人間に触れ、そして、様々な人間に裏切られてもきた彼ならではの直感だろう。
 イルリツアは星闘士随一の念動力だけでも青輝星闘士として扱われるには十分だったが、それ以上の力があるだろうと睨んでいた者もいる。
 例えば天秤座のアーケインは、周りは全星闘士中イルピトアとゼスティルムに次ぐナンバー3と見ていたが、本人は決してそうとは名乗らなかった。
 第三位に甘んじることに我慢がならないのではないかと思われていたが、試しに尋ねた者への回答は、そうではなかった。
「もっと上がいるかもしれんぞ」というのである。
 秘めたる実力がある、という疑い自体、ゼスティルムにとっては手を打っておくに十分な理由だったのだ。
 隠すには、それなりの理由があるはずなのだから。
 最近になって明らかになった片鱗が、金牛宮で使った他人と小宇宙を結集させる奥義である。
 これは、イルリツア自らが、奥義の修得をゼスティルムに報告して明らかになったのだが、果たして本当の修得自体はいつであったものか。
 さらなる実力を伏せている。
 十二宮でそれが明らかになるかもしれない。
 カガツがゼスティルムに言われた懸念、あるいは期待は、どうやら一部は現実のものとなったようだった。

「星闘士の中の星闘士ということか。
 よかろう、相手にとって不足はない!
 このバルチウスが師に成り代わり、この処女宮の伝説として敷き倒してくれる!」

 バルチウスの小宇宙が燃え上がり、麒麟の姿がオーラとなって湧き立つ。
 閉ざしていた味覚を解放したことで、その強さは先ほどまでの比ではなくなっている。

「こやつ!」
「いけない、下がって!」
「なんですと!?うおっ!」

 バルチウスが両手で組んだ不可思議な印に死気を感じ取ったイルリツアは、念動力をもって力尽くでアクシアスを下がらせた。

「さあ選べ、今から見せてやる六つの世界を!
 一番気に入ったところが、貴様の死ぬ世界だ!」

 バルチウスが印を解くとともに、イルリツアの目の前で扉が開くように世界が展開した。

「六道輪廻!」

 六道とはすなわち、地獄界、餓鬼界、修羅界、畜生界、人界、天界の六つ。
 人が死に落ちて、生まれ変わり、また巡りて死ぬ輪廻でたどる六つの世界である。
 単なる幻影ではない。
 一つの世界に到達するだけで、並の生者ならばその場で即座に死亡するほどの衝撃がある。
 それを最低でも六界巡る。
 煩悩や咎を多くし、迷いの多い人間であれば、容易には定まらずに巡り直し、さらに苦しむ果てに、魂さえ力尽きてようやく行く末が決まるのだ。
 天界を望む人間が多いのは当然だが、悟りも開かない者が到達したところで、即座に天から転げ落ちて地獄などまで至ることになる。
 しかも、世界を跨いで落下するその衝撃と苦痛たるや、地獄でも容易に味わうことができぬほどのものなのだ。
 下手をすればその衝撃で魂も消滅して輪廻さえ不可能になる。

「君たち星闘士に相応しいのはさしずめ……」

 ターン、と、イルリツアの靴先が石畳を叩く音が響いた。

「何!?」
「大変参考になるものを見せて戴きました。
 話に聞いたことはありましたが、それほど仏法には詳しくないのですよ。
 私たちが支えるべき冥界とは随分と趣が違いますが、同じ世界の違う投影なのかもしれません」

 バルチウスだけでなく、マリクやアクシアスを始め、星闘士一同も驚愕していた。
 今先ほどイルリツアを取り巻いた死気の強さは尋常なものではなかった。
 おそらくは星闘士一と言われている祭祀長アズザインの冥界波にさえ匹敵しよう。
 それを、耐えきった。

「貴様は、一体……」
「我ら星闘士は本来、陛下の力を借り、星葬を司る者。
 その星闘士本流に通じる私に、死を与える技など笑止なことです」

 それはそうかもしれないが、それにしても限度があるはずだ。
 マリクは、よもや、と思った。
 星闘士一の冥界波の使い手はアズザインと言われていたが、アーケインの慧眼が正しいとすれば……

「くっ……!」
「理解していただけましたか。
 では、そろそろ終わりにしましょう」

 イルリツアの右腕が翻り、幾重にも煌めく光速拳がバルチウスの身体を吹き飛ばす。
 落下しかけたところでさらに一連閃。
 壁際に叩きつける直前でさらにもう一連閃、都合三連で何億発ヒットしたものか。
 マリクには及ばぬまでも、青輝星闘士の一人としての名に恥じぬ速さだった。

「しまった……」
「いかがされました?」

 バルチウスを瓦礫の中に叩き込んでからイルリツアが呆けたようにつぶやいたので、ようやく気力の回復したカガツが怪訝そうに尋ねた。

「いえ、石化を解く方法を聞く前に倒してしまいました」
「聖闘士が石化したときに備えて、盾そのものに何か仕込まれておりませんかな」
「それはそうですね。
 ペルセウス座の聖衣を改めるとして、駄目でもアーケイン様をお呼びすれば、なんとかなるでしょう」

 すでに九つの聖衣はその小宇宙の輝きが尽きつつある。
 死者たちの聖衣だけでこれ以上抵抗できるものではないはずだった。

「待て……!」
「!?」

 瓦礫がガラガラと崩壊し、そこからバルチウスが這い出てきた。
 麒麟座の白銀聖衣はショルダーが吹き飛び、左足と左腕がむき出しになるなど半壊しており、それに包まれた身体もボロボロの状態ではある。
 それでも、押さえつける重みを跳ね除けるように、気合い一閃立ち上がった。

「そのまま寝ておけば良かったものを。
 実力の差がまだわからないのですか。
 これ以上の戦いは無益です」
「フッ、有り難い申し出なのだろうが……、それだけは断じて御免被る。
 師に至ろうとして、悟りと向かい合おうとし、戦いに無常を覚えて、全ての戦いを無益と思ったこともある。
 だが、戦えるにも関わらず、戦うべき時に戦わず、結局得た物は、友を失った後悔だけだったのだからな……」
「なるほど、師に及ばぬということを悟ったというところですか」
「何とでも言うがいい。所詮私は俗物よ。
 だが、我が師シャカの前世である釈迦は、この世の人の生きる中にこそ幸福があることを苦行の中で知った。
 異質にしても同じこと。
 私にとっての幸福は、ただ聖戦に取り残された後悔を覆すことのみ!」
「死が救いなどとおこがましいことを言うつもりもありませんが、それならば仕方がありませんね。
 それが貴方なりの悟りだというのなら、この場で死を与えるも乙女座の星闘士の役目でしょう」

 イルリツアは瞑目し、静かに小宇宙を高めていく。
 告げた言葉に嘘偽りなく、その強さはバルチウスを圧倒する。
 それでもバルチウスは、瞳を閉じたまま逃げずにいた。

「……ただでは死なぬ」
「御覚悟」

 集めた小宇宙を手に、イルリツアが叩きつけようとするその時、

「!!」

 空を割いて、イルリツアの掌間を翔抜けた何かがあった。
 単なる瓦礫ではあり得ない。
 なぜならその物体は、爆発寸前にまで集中したイルリツアの小宇宙を物理的に射抜いて、今しもバルチウスに叩きつけられようとするそれを明後日の方向へ押し込み、四散させてしまったからだ。

「これは……、白銀聖衣に遺された小宇宙ではありませんね。
 どこのどなたでしょうか」

 イルリツアは、物体の飛んできた方向に身体を用心深く向けつつ、視界の端で飛んできた物体を確認する。
 それは、銀色でありながら虹色に煌めく一枚の羽だった。

「バカな……、これは、孔雀の、羽……!?
 もしや……!」

 それに最も驚いたのは、白輝星闘士孔雀座のカガツだ。

 そしてバルチウスもまた、羽が飛んできた方に顔を向ける。
 そちらには、沙羅双樹の園へと通じる扉があるはずだった。
 視覚を閉ざしたままのその顔に、明らかな驚愕が浮かぶ。
 そこから伝わってくる小宇宙を察したからだった。

「な、なにぃ……!?お前は……、いや、お前たちは……!」




「ある。残念ながら、というべきだろうがのう」

 ギガース元参謀長はそう言って、ニヤリと笑った。
 女神の泉に設けられた寝台の上である。
 教皇代行アステリオンが倒れたため、彼はそのさらに代行として兵たちに指示を出している。
 火時計を守っているパエトン参謀とは、かつては上司と部下でありながら聖域の権力を巡って冷戦状態にあったこともあるが、時を経てこうして再び集った今、書状を介しての連携に躊躇はなかった。
 アステリオンは自分が倒れた場合を想定し、その際に指示を仰ぐべき者としてオリオン座のエルドース、パエトンとともに、ギガースの名をも兵たちに伝えていた。
 おかげで、かつての落伍者ながら、ギガースは指揮権を十分に行使できている。
 聖域内だけでなく、聖域外にあるグラード財団の支所にもいくつも伝令を飛ばしていた。
 隣で見ているように、と言われた貴鬼には想像もつかない指示が飛び交っている。
 次期教皇のための教育であることに、貴鬼本人は気づいていない。

 その伝令が途切れたところで、貴鬼は思い切ってギガースに尋ねてみたのだ。

「十二宮に裏道ってあるの?」

 その答えが、冒頭の通りである。

「考えてもみよ。嘆きの壁があるわけでもなく、十二宮全体は岩山なのだぞ。
 完全な防御などできるものか」

 それを言ったら身も蓋もないと思う貴鬼だが、それなら納得できることもある。
 何しろ貴鬼自身が、ポセイドン神殿において神殿側の定めた道を派手に外れて動き回った前科を持つ。
 岩山を登攀すれば、十二宮の裏側にも回り込めることはわかった。

「実際には伝令などが速やかに行き来するために、洞窟や隠し扉で隠蔽した裏道が存在する。
 魔宮薔薇やトラップを散々仕込んだ道じゃがのう」

 数年前に聖域に現れたブラックライブラはそれをくぐり抜けて裏道から逃走したが、さすがに懲りたのか、以後暗黒聖闘士が現れてその道を利用したという報告はない。
 せっかくそのルートに致死性のトラップを仕込んでおいたのだが。

「やっとわかったよ。
 なんで魔鈴さんやシャイナさんが教皇の間の直前にまでいきなり行けたのか」

 十二宮での戦いの折、白羊宮に詰め続けていた貴鬼だが、十二宮にはとかく謎が多かった。
 特に、終盤の動向を詳しく知っていたシャイナが、なぜそれを知り得る位置に行けたのかずっと疑問だったのだ。
 十三宮があるわけでもないのに。

「本来双魚宮より先への道は秘中の秘じゃが、おおかたパエトンが喋らされたのだろうな」

 魔鈴がスターヒルに侵入したという報告は聞いていたので、その一環だろうとギガースは推測していた。
 魔鈴とシャイナの二人は一見仲が底無しに悪いが、あれでコンビを組ませると強い。

「ということは、一輝が処女宮にいきなり現れたのも……」
「無論じゃ。いかにフェニックスが非常識でも、十二宮の半ばにいきなり出現することはできん。
 処女宮には沙羅双樹の園という庭園があってな。
 そこへ管理のために向かう道が存在する」

 とは言っても、その隠された道をアドバイスも無しに看破するあたり、奴はやはり非常識だとギガースは思う。

「今も、そこを通して援軍を送り込んだところじゃ」
「ええっっ!?」

 矢継ぎ早の指示の中でそんなことをしていたとは考えもしなかった貴鬼は目を見開いた。
 確かに、処女宮に星闘士ではなく聖闘士の強大な小宇宙を感じる。

「贖罪のために放浪の旅に出ていた者らを、アステリオンが八方手を尽くして探させていたのだ。
 辛うじて間に合って到着したとの報告が入ったので、すぐに参戦を命じた。
 幸いにも、処女宮を守るには打ってつけの面々でな。
 もはや処女宮から一歩も先へは行かせはせんぞ、星闘士ども!」




 扉を開けて入ってきたのであろう、近づいてくる足音は、二つ。

”フッ……、貴兄ともあろう者が、諦めるとはらしくないではないか”
”だが、どうやら間に合ったようで幸いだ。これも我らが師のお導きか”

 現れた人物の姿を見て、星闘士一同、かすかにざわついた。
 二人ともに、異様な風貌だったからだ。
 どちらも完全に剃髪し、瞑目したままで、そこまではまだわかる。
 鼻に当たる部分には一つの穴が空いており、両耳はどちらも削ぎ落とされていた。
 よく見れば目も閉じているのではなく、両目を真一文字に横切る裂傷で閉ざされていた。
 そんな顔で、ボロボロになった僧衣のようなものを纏っているのだから、これはもう墓から這い出た亡者のようにしか見えなかった。
 だが、よく見ればその僧衣の下には、一人は緑を中心とした虹色の輝きを放つ白銀聖衣が、もう一人は薄紅に近い輝きを放つ白銀聖衣が覗いている。

「白銀聖闘士……まだ生き残りがいましたか」

 その問いに肯定するように、二人はボロ衣の中からそれぞれのヘッドのパーツを取り出し、静かに被った。

”いかにも。乙女座バルゴのシャカの高弟たる白銀聖闘士、孔雀座パーヴォのシヴァ!”
”同じくシャカの高弟、蓮座ロータスのアゴラ!”
”我らが同門の徒、バルチウスとともに……”
”相手となろうぞ、死の遣いどもよ!”

 バルチウスは、涙を流している自分に気づいた。
 こんなところにいるはずがないのに、なぜ彼らはここにいるのだ。
 シャカの高弟の中でも、二人は自信に満ちあふれた実力者だった。
 迷い無き師に倣おうとし、常に迷い無く戦っていた。
 だが、シャカの命でカノン島にいたフェニックス一輝を強襲し、逆に完膚無きまでに打ち倒された。
 それによって、彼らは泥沼の苦悩に陥った。
 一輝との対決では師シャカすら迷いが生じたという。
 師よりも未熟な自分たち弟子一同では、それも仕方がないだろう。
 ようやくにして悟った奪ってきた命の重みに押し潰されそうになりながら、一輝に掛けられた去り際の言葉故自害することもできなかった。
 苦悩の中で、二人は互いの目から光を奪い、喉と舌を裂き、耳を貫き、鼻を穿った。
 それでもなお晴れぬ苦悩のまま、師の許しを得て放浪の旅に出たのだ。
 聖衣も封じ、光も音も臭いすら絶ち、聖闘士としての力も生き方すらも捨てたも同然となった。
 師シャカとともに彼らの聖衣に血を分けたときも、次にこの聖衣が使われるのは二百数十年後であり、もはや彼らとは会うことも叶わぬと思っていた。

「迷いは、晴れたのか……」
”まさか。晴れることなどあるまいよ。おそらくはこの命が尽きるまでな”

 言葉とは裏腹に、アゴラの答える念は澄み切っていた。
 おそらく音を聞いたのではなく、二人を案ずるバルチウスの思念を直接に読みとったのだろうが、答えには微笑むような慈悲さえ感じられた。

”それでもな、我らはこの道しか無いということは悟ることができた”
 アステリオンめ、さすがに我らよりよほど悟りに近かったわ”

 シヴァもまた微かに微笑んでいた。
 ヒマラヤの奥地まで来た聖域からの伝令が持ち込んだ二つの聖衣の箱には、二人の事情を察したアステリオンによる、書状ではなく小宇宙が込められていたのだ。
 どんな長文かと思えば、たった一言だった。

”シャカの弟子たちよ”

 それだけだった。
 本文は何もない。
 だがそれだけで、師が既に亡きことは当然にして知れた。
 それがゆえに、アステリオンが欲していることも理解できた。
 心が読めるゆえに、アステリオンは言葉にできない想いがあることを誰よりもわかっている男だった。
 その男が、聖域を背負って立っている。

 突き動かされるように、聖衣箱を開けて二人は驚愕した。
 一輝との戦いで破損し死に絶えた聖衣は、師と兄弟弟子の血によって蘇っていた。
 それが意味するところがわからないわけがない。

 あいつが聖域を率いて戦おうとしている。
 そこに、同じ白銀聖闘士の生き残りが集っている。
 菩提樹の下で肩を並べた兄弟弟子もいる。
 その万感の想いを受けて、戦わずにいられようか。
 たとえ迷いが晴れなくても、わずかのひととき、それを忘れて戦うことはできる。

 かくて、二人は馳せ参じることにしたのだ。
 その熱い思いが、言葉にせずともバルチウスに伝わってくる。
 涙が、瞼をこじ開けずにはいられない。

”もはや留め置く必要もあるまい”
”我らの小宇宙とともに、バルチウスよ、開眼するのだ!”
「応とも!」

 立ち上がったバルチウスは、二人と共に星闘士たちに向き直る。

「旧友のようだが再会の挨拶は済んだか。
 別れの挨拶はいらんぞ。
 亡者にふさわしく、すぐに三人まとめて黄泉比良坂へ送ってやるわ!」

 言葉通り、一息に勝負を付けるつもりでアクシアスは小宇宙を燃え上がらせようとする。
 だが、その彼を、確かに寒気が襲った。
 それはまるで、盧舎那仏の開眼供養に参列しているかのような、恐怖を越えて畏怖に近い悪寒だった。
 誰も動けなかった。
 マリクも、イルリツアさえも。

「バルチウスの……目が……!」
「開いた……!!」

 瞬間。
 名状しがたい衝撃が星闘士一同を貫き、宮内を駆け抜けた。
 それは爆発や稲妻のように目に見えるものではなく、生命や小宇宙の真髄を揺るがすような一撃であった。
 爆風でもないのに、全員がその場になぎ倒されて石畳に転がされた。
 しかも、星闘士たちの身体だけではなく、星衣すらも小宇宙に応じた本来の輝きと強度を奪い取られていた。

「なん……こ……!?から……、うご……!」

 すぐさま這い上がろうとしたマリクは、身体が思うように動かない、と言おうとして、味覚すらも思うようにならない現状に気づいた。

「今のは……、セブンセンシズの蓄積爆発……?」

 辛うじて舌が動いたイルリツアは、今の一撃の正体がある程度推測できていた。
 シヴァとアゴラという二人の聖闘士は、五感のうちの四感を自ら奪ってからかなりの期間が経過しているようだった。
 小宇宙の真髄はセブンセンシズであり本来誰もが持っているものであるが、普通の人間は五感に頼るが故に覚醒しにくい。
 しかし、五感の一部を絶つと、その分、自らの中にある第七の感覚に気づきやすく、向き合いやすくなる。
 瞑想が視覚を絶つ作業を伴うのはこのためだ。
 その感覚が自らの生命、小宇宙そのものであることに行き着くと、やがて人はセブンセンシズを五感と同様に鍛えることができるようになる。
 このため、五感の一部を長期間に亘って絶つことで、セブンセンシズを鍛え、小宇宙を蓄積させ、増大させることができる。
 そして、その封じた五感を解放することで、蓄積し鍛えられた小宇宙が解放された五感によって認識される外界と結びついて爆発的に開放されるのだ。
 獅子宮で立ちはだかった蛮は四日に亘ってセブンセンシズを研ぎ澄ませていた。
 バルチウスが味覚と視覚を絶っていた期間はそれより長いだろう。
 そして、シヴァとアゴラの二人は、さらに長期に亘って、五感のうちの四感までも絶っていたと推測される。
 それが、三人の小宇宙が一体となった上でバルチウスが視覚を解放したことにより、その蓄積された小宇宙が一挙に開放されたのだ。

「これ……は……!」

 星闘士一同、霞む目を振り絞って凝視する。
 三人が合わさった小宇宙は、噂に聞く彼らの師シャカにも十分に匹敵しよう。
 いや、処女宮でフェニックス一輝が同様に行ったという六感を絶つ所行がシャカを凌駕したことを考えれば、それよりはるかに長期間に亘り、三人分の小宇宙を蓄積した今の彼らは、もはやシャカをも凌ぐかもしれない。
 それほどまでに、強大で、絶大な小宇宙だった。

「今度は逃さん。
 まずは最も危険な貴女からだ、乙女座バルゴのイルリツア。
 我が師になりかわり、我が師の技をもって今度こそ貴女を討つ!」

 一時的に五感全てを低下させたとはいえ、念動力、すなわち第六感に優れるイルリツアだけはそれでも危険極まりない存在であることを、バルチウスは見抜いていた。
 ならば、五感開放直後の最も小宇宙が充実した最高の状態にて、真っ先に倒すのが最良にして必然である。
 容赦も演出も遠慮もするつもりはなかった。
 そんなものが通じる甘い相手ではない。

「まず……い、イル……さ、にげ……!」

 白輝星闘士のカガツは青輝星闘士たちよりダメージが大きく、それだけを口にするのがやっとだった。
 しかし、逃げるにしても、十二宮内では宮を越えたテレポーテーションはできない。
 イルリツアはせめてもの抵抗とばかりに小宇宙を燃え上がらせようとするが、そこに先ほどまでの強さはなく、星衣の輝きも白色に堕していた。

――オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン――

 終局を告げるかのように、シヴァとアゴラが念を紡ぐ光明真言が無慈悲に一同の脳裏を貫く。
 小宇宙の差は圧倒的だった。

「もはや説明は不要だな。
 受けよ!六道輪廻!!」

 再び展開される六層に及ぶ死の衝撃がイルリツアを完全に捉えた。
 今度は抵抗もままならない。
 辛うじて出来ることはといえば、落ち行く世界を選ぶことのみ……
 落ちて、落ちて、落ちて……行き着いて、

「バカ……な……」
「イル……リ……さ……ま」

 カシャン、と、星衣が石畳を打つ音がして、イルリツアの身体はその場に倒れ伏した。
 もはやピクリとも動かない。
 それが示す動かし難い事実が、星が落ちたような喪失感として、星闘士一同を襲った。

”お前たち死の遣いが死を嘆くは、人が死を制することは叶わぬ証拠ということか”

 アゴラの述懐は嘆きにも似ていた。

”少なくとも、魂が不滅であったという冥闘士とは違う。
 お前たちが何故に星闘士となったのか、問うてみたくはある”

 シヴァの呟きは、迷いの答えを探そうとするものだった。

”だが……、それをしている暇を与えるわけにはゆかぬ”

 アゴラの決然とした意識に、バルチウスも頷く。
 星闘士はここにいる面々以外にも別働隊がいたはずだった。
 加勢され、回復されては困る。
 勝負は一気に決めるべきだ。
 シヴァも、かすかの逡巡の後、静かに頷いた。

「もはや貴様らに打つ手は無くなった。
 全員まとめて引導を渡してやるぞ!」

 バルチウスの構えから、星闘士達も既に一度見た技だとわかってはいたが、確かにもはや為す術はなかった。

「さらばだ!天魔……」

 三人がかりの天魔降伏が繰り出されようとし、
 その発動の寸前、宮内を壮絶極まる爆炎が襲った。

「なっ……!」
「何ィッ!!」
”これは……!”
”何奴!?”

 入り口の方向から流れ込んできたものだと気づいたのはマリクただ一人で、あとの面々はどこから繰り出されたのかもわからないほど瞬時にして宮内全域を埋め尽くした。
 その光速の炎は、紛れもなく青かった。
 誰のものか、マリクには考えるまでもなくわかる。
 これほどの奥義までは見たことはなかったが、幼い頃より自分を鍛え上げてくれたその小宇宙を見間違えるはずもない。
 おそらくは、獅子宮での戦いが恐ろしく熾烈であったのだろう。
 よもやゼスティルムが、マリクさえ知らない秘奥義を炸裂させるとは。
 その秘奥義の性質も、マリクには手に取るようにわかる。
 ゼスティルムの余命を縮めるほどの、命さえ燃やして繰り出す炎だった。
 それは新星。
 だが、星の最期にある新星とは、その爆発をもって星間物質を結集させ、新たな星を生み出すものなのだ。
 故に、応じるように燃え上がるものがある。
 黄色にまで低下していたマリクの星衣は、ゼスティルムの炎を受けて照り返すかのように、その輝きを急速に取り戻し、いや、それを越えて強くなっていく。

 五感は確かに薄れているが、まだ辛うじて身体は動く。
 ならば、後は小宇宙を燃え上がらせるのみ。

「イルリツアさんを倒されて……、みすみすここで終わるような星闘士じゃない!」

 射手座の星衣が背にした翼が、轟音劫火とともに翻る。
 そこから舞い上げられた青い炎が、星闘士たちの星衣を次々と炙っていく。

”何を……!?”
「これはまた……、ずいぶんと熱い炎だ……!」
「!!」

 陽炎のようにゆらりとアクシアスが立ち上がる。
 その星衣も、ゼスティルムとマリクの炎を受けて輝きを取り戻しつつある。

「そう……でしたな」
「たとえ……イルピトア様に殺されるとしても……、このまま終わっては、星闘士の名折れ……」
「まして、我が目の前に宿敵がいるのですから……なおさら」

 リチャード、サアヤ、カガツの白輝星闘士三人も、気力を振り絞って立ち上がる。
 特にカガツの目は、まっすぐにシヴァへ向けられていた。
 戦うことは叶わぬと思っていた、同じ孔雀座を冠する宿敵へと。

”さすがよな。その執念は見上げたものだが、しかしこの天魔降伏を受けてもなお立ち上がれるか!”
「そのつもりは……ない!
 レインボー・フェザー!」

 シヴァたちが小宇宙を合わせようと印を組んだ瞬間、カガツは先手を取って必殺技を展開した。
 虹色に拡散する衝撃が、三人を倒れさせないまでも、印を崩す。

”気づいたか……!”

 個々がシャカに及ばぬ以上、三人が師の技を最大に放つには一瞬だが小宇宙を合わせるための間が必要だった。
 その前に手を打てば、いかに威力の高い技とはいえ食らう道理はないことにカガツは気づいたのだ。

「個々の戦力なら……こちらが上だ!シューティングスター・サジタリアス!」

 カガツの一手で勝機と察したマリクは、畳みかけるように光速拳を放つ。
 溜めは必要ない。
 攻め続ければこちらが勝つ。

”今の貴様らと今の我らならどうかな。千手神音拳!”

 シヴァは腹を括った。
 一旦追い込まねば一網打尽には出来そうにない。
 ならば、一度正面から叩き伏せるのみ。
 いかな青輝星闘士とはいえ、苦行と修行の日々に蓄積した小宇宙を開放した今の自分たちは、そうそう遅れを取るつもりはない。
 孔雀の羽のごとく展開される無数の拳が、星の矢に似た光速拳に肉薄する。

「存外に……やるっ!」
「踏みつぶしてくれる!フォレスト・タイラント!!」

 マリクたちの意図を察したアクシアスは、体当たり気味に突撃しながら大技を放った。
 狙うは、三人の分離だ。
 その意図が分かっていてもこの捨て身の攻撃は受けきれず、三人はひとまず身をかわした。
 宙に飛んだアゴラには黄虎座のリチャードが、左によけたバルチウスには蛇遣い座のサアヤが追撃をかける。

「ブラッディ・タイガークロー!」
「ダークサイド・キュレット!」

 むろん、二人ともむざむざ受けるつもりはない。

”蓮華爆砕拳!”
「十一面光明拳!」

 一閃する虎の爪を開花する蓮の大輪が弾き返し、怪奇な医具のごとき無数の掌撃を全方位的な亜光速拳が撃墜する。
 この激突はアゴラたちに分があった。
 だが、マリクの光速拳を抑えていたシヴァに、横からカガツが襲いかかった。

”!”
「悪く思うなよ、我が宿敵!
 受けよ!プリズマティック・フラクトゥエーション!」

 執念で小宇宙を白色に戻すほどに燃え上がらせた必殺技は、虹色の光芒となってシヴァを直撃した。
 食らったシヴァは全身の各所が物理的にも熱的にも四方八方に飛ばされるような不可解な衝撃に苛まれた。
 視覚を閉ざしたシヴァは正確には把握できなかったが、この技は色彩変化に応じて温度や力積が変動するものだったのだ。
 修復なった白銀聖衣がたまらず軋みを上げる。

「さあ!虹の果てに、自らの朱に染まるがいい!」
”……無理だな”
「何?」
”あいにくと、これしきの痛み、あの苦行に比べればどうということはない!”

 合掌し、小宇宙を高めて光芒を消し飛ばす。
 孔雀座の白銀聖衣の羽が、千手観音の手のごとく広がり、

”千手神明拳!”

 そこから一切合切へ向けるかのように細やかな光が展開された。
 カガツの星衣から戦意をはぎ取るがごとく、孔雀座の星衣を彩る孔雀の羽を次々と粉砕していく。

「うおおおおおおっ!」
「カガツ、堪えて!ナロウ・フレア!」

 今度はマリクが横からカットに入った。
 本来は全方位に向けて放つシャイニング・フレアを、突き出した掌底から一方向に絞り込み、さながら準星が放つ星間ジェットのごとく連続的に叩きつける。
 カガツにも影響は及んだが、絞り込んだ余波程度ならば星衣の防御力で堪えることができる。
 唇を噛みつつも、カガツは一旦退避することができた。
 その間に、シヴァの聖衣はそこかしこから砕かれていく。
 シヴァも小宇宙を燃やして対抗するが、さすがにマリクの最大奥義を一点集中させただけのことはあった。
 まずいと察したアゴラとバルチウスは、一瞬の念の交錯で打ち合わせする。

「十一面無陰拳!」
”蓮華瀑瀧拳!”

 バルチウスの両拳から文字通り目も眩むほどの閃光が放たれ、宮内全域を覆う。
 直接的な威力がほとんど無い代わりに、速度は正真正銘の光速であり、相対していたバルチウス、サアヤ、リチャードの三人はまともにこれを食らった。
 その隙に、宙に浮いたアゴラが両手両指を組んで、マリクの頭上から瀧のような一撃を振り下ろした。

「ぐあぁっ!!」

 閃光の中でアゴラの接近を把握できなかったマリクは、フレアの絞り込みに集中していたこともありまともにこれを食らった。
 マリクの必殺技を食らってシヴァのダメージは大きかったが、肉体的苦痛など気にしている場合ではない。

”今だ!”
「うむ!」

 閃光が収まりきるまえに、シヴァとアゴラはバルチウスの下に集まった。
 小宇宙を一つに合わせて師の領域まで高めんとする。

「させるかあ!レインボー・ジャベリン!」

 そこへ、溢れる閃光を切り裂くようにして、虹色の投げ槍めいたものが十数本投げ込まれた。
 カガツの星衣の羽が変化したもので、狙いは不十分なところを数で補い、三人の印と体勢を崩した。

「天魔降伏は一度見た。
 今の貴様らが三位一体で繰り出すには小宇宙を集中して高める致命的な間が必要だ。
 それがわかれば、もはや食らう道理はない!」
「ならば合わせるまでもない!食らえ天魔……」
「二度とは通用せん!」

 高めた小宇宙を翻さずにそのまま一人ででも天魔降伏を繰りだそうとしたバルチウスを、アクシアスのダブルホーンドスパイクの片手版が迎撃した。
 小宇宙の強さでは今のバルチウスたちが勝るが、星闘士たちがそれを人数による手数で対抗するこの構図は、時間が経つほどに星闘士側に有利になる。
 シヴァとアゴラが高めた小宇宙は、開放から時間が経つにつれて徐々に低下していくのに対し、
 星闘士たちは五感開放衝撃のダメージから徐々に回復しつつあった。

「この勝負、イルリツア様のためにも負けられん!」

 奮起したリチャードの一撃がアゴラの膝を突かせたところへマリクが迫った。
 まずい、と察したものの、時を合わせてバルチウスにはアクシアスの拳が叩きつけられ、シヴァにはカガツの羽槍にサアヤの小宇宙を乗せた複合技が繰り出され、カットに入るのは不可能だった。

”やられる……!”
「もらった!」

 マリクが思わずそう叫ぶほど、完璧なタイミングだった。
 そこで、世界が激震した。

「!?」

 先ほどのゼスティルムの超必殺技をも上回る、超新星爆発さながらの激烈な重力震に、全員の体勢が大きく揺らいだ。

「何だ……!?まさかあの子獅子座の小僧か……!?」

 バルチウスに叩きつけようとした渾身の一撃を外され、アクシアスが獅子宮の方向を振り返る。

「ゼスティルム……!」

 マリクもさすがに危惧せずにはいられないほどに、その一撃は絶大だった。
 ゆえに、立ち直りはバルチウスたちの方が早かった。
 これを逃せば、反撃の機会は無い!
 合図も思念での打ち合わせもなしに、次元震が収まらぬ中、三人は師の座していた宮の中心に結集する。
 そして小宇宙を結集する。
 これで勝負を決める必要がある。
 ならば、既に一度星闘士たちに見せた天魔降伏ではなく、あの技しかないと三人ともに悟っていた。

 その動きに最も早く反応したのはカガツだった。
 次元震により視界も空間座標すらおぼつかぬ中、宿敵であるシヴァへの執念で居場所を捉え、羽を投げ付けようとした。
 その全身が、拘束された。
 鋼球鎖に。

「貴様ら……まだっ!」

 白銀聖衣たちが三人のそばに結集して、地獄の番犬星座の鋼球鎖を繰り出していた。
 ありえない。
 彼らの残留小宇宙は尽きていたはずだった。
 だが、星闘士たちならばこそ、見抜けることがあった。
 先ほどのゼスティルムの炎で星闘士たちが盛り返したのと同じように、子獅子座の蛮による小宇宙の超新星爆発を受けて、わずかに力を取り戻したのではないか。

「そのわずかの力までも、仲間のために費やすか……!」

 生者も及ばぬその執念に感嘆しながらも、アクシアスは非情に徹して攻撃に転じようとする。
 いかな白銀聖衣たちも、二度目を迎撃できるほどの力はあるまいと判断したのだ。
 マリクもそれに続こうとしたとき、ギリギリのタイミングである事実に気づいた。

……メドゥサの盾を抑えていたイルリツアは、もう、死んでいる!……

「アクシアス!見ちゃ駄目だ!」
「!!?」

 危うく石化する寸前でアクシアスは視線を外すことができた。
 だが、それで時は十分に稼がれた。

 瞬時にして世界が変容する。
 多重多元に折り重なった宇宙を表す曼陀羅が宮内の全域を覆う……いや、曼陀羅の中に全員が閉じこめられたかのようだ。

”この天舞宝輪はいわば宇宙の真理”
”完璧に定められた調和の世界”
「この天舞宝輪にかかった以上、貴様たちはもはや逃げることも戦うことも不可能だ……!」
「まずい……っ!!これが噂に名高いシャカの……!!」

 天舞宝輪……第一感、剥奪!!

 正真正銘。
 名状しがたい衝撃が全身に走ったと思った次の瞬間、その衝撃に対する感覚も痛みも消え失せていた。
 先の五感解放時に一時的に生じた感覚の麻痺など比ではない。
 ダメージは確実に受けているはずなのに、その実感がまるでない。
 だが、倒れ込んだ身体を踏みとどまらせようとしたときに、その異常がはっきりとわかった。

「こ……」
「これ……は……!?」

 足は辛うじてまだ動いた、
 だが、足が動いている感覚がない、
 軸足の感覚すらなく、三半規管は無事なのに、立っていられない。
 当然のように手にも実感はなく、拳を握っているつもりでもまるで力を込めた気配がしない。
 そればかりか、纏っている星衣の質感すら感じ取れなくなり、星衣に小宇宙を載せることができない。

「たかが、触覚一つで……」
「甘いな、触覚を失うということは自らの身体を感じ取ることができないということだ。
 もはや拳を満足に握ることも、逃げるために走ることも不可能だと知れ!」
「不可能かどうか……!見せてやるぞ!
 プリズマティック・ディフュージョン!!」

 自らの羽を握ろうとしてもまるで力が入らなかったカガツは、レインボー・ジャベリンを繰り出すことを諦め、よろめきながらシヴァに向かって踏み込み、方向を定めずに四方八方へと光芒を放った。
 だが、その動きにもはや白輝星闘士のキレはなく、放つ光芒の軌道はバルチウスが見切り、シヴァとアゴラに伝えて全て回避した。

「そん……な……」
”天舞宝輪を受けてなおその執念……、貴様が私と星座を同じくしたことを誇りに思うぞ!”

 第二感、剥奪!!

 星闘士たちの脳裏を水平に横断する衝撃が走った。
 何をされたのか、説明されるまでもないし、その説明も聞けなかった。
 自分の周りにある一切の音が消失する。
 聴覚剥奪だ。
 しかも、単に鼓膜を破ったというのではなく、聴覚組織の内部をどうにかされたらしく、三半規管がまともに機能しない。
 先ほどの触覚剥奪と併せて、もはや立ち上がることは不可能に近かった。

 もっとも、バルチウスたちの狙いは星闘士たちの連携を先んじて絶つことにあった。
 この期に及んでもなお衰えぬその闘志を過小評価することはできない。
 力を合わせて、アテナ・エクスクラメーションに相当するような合体技を繰り出される可能性もある。
 仮に先に味覚を絶ったとしても、喋ることはできないが、叫ぶことはできる以上、それで意志の伝達ができる場合がある。
 また、モールス信号のような打撃音による伝達も考えられ無くはない。
 ならば、聴覚から絶つのが先決と判断したのだ。

 だが、そこでリチャードが壮絶な笑みを見せた。

「墓穴を掘ったな聖闘士共。
 仲間といるときはついぞ使うことは無いと思っていたが、全員が聴覚を絶たれた今ならば気兼ねなく全力で放ってくれるわ。
 食らえ!密林を切り裂く猛虎の咆吼!
 コンクアラーズ・ロアー!」

 狙いはこの場で唯一聴覚を保持しているバルチウスだ。
 既に聴覚を絶っているシヴァとアゴラには通じなくとも、天舞宝輪ほどの大技は三位一体でなければ繰り出すことは不可能であり、バルチウス一人でも倒せばこの場は打開できるとリチャードは判断した。
 とっさに印を解いて耳をふさいだバルチウスだが、さすがにそれで防げるような甘いものではなかった。
 大気を烈震させて、聞こえずとも全身を振るわせる轟音は凄まじく、鼓膜を通じて脳髄を揺らす効果だけでも強烈だったが、この技の本質はそこではないとすぐに気づかされた。
 密林の覇者の咆吼に相応しく、それを聞く者に、聴覚を通じて畏怖を起こさせるのがこの技の真の力だった。
 どれほどの肺活量なのか、いっこうに収まらない叫びによって精神がかき乱される。
 耳をふさぐのではなく、鼓膜を突き破るべきだったとバルチウスは後悔したが、すでに時遅かった。
 鼓膜を破ろうとして耳をふさぐ手を一瞬でも離したら、その瞬間にバルチウスから三位一体の天舞宝輪が破られる。
 シヴァとアゴラにしても、聴覚を絶っていたことでダメージはほとんど無いが、叩きつけられる轟音は全身を拘束するほどの威力で反撃のための動きを許さなかった。
 しかも、下手に迎撃しようとして二人が独自に技を繰り出そうものなら、やはりそこから三位一体の天舞宝輪は破られてしまう。

 天舞宝輪、破れたり……!

 リチャードが勝利の確信とともに、とどめとばかりに咆吼を強める。
 だが、その最後の一押しが到達する直前、バルチウスの前に、蜥蜴座の白銀聖衣が装着形態で立ちはだかった。
 バルチウスを襲っていた轟音が、不意にかき消される。

 リチャードには何が起きたのかわからなかった。
 陥落寸前のバルチウスが、不意に体勢を立て直したのは、何故だ!?

「さすがはミスティ……、おそるべき男よな」

 バルチウスはその装着形態に、雄々しくも美しい在りし日の男の姿を見て笑った。
 大気を操ることについて、天地の誰もこの男に及びはしない。
 もちろん、この美しい男がわずかの一時のために文字通りの死力を尽くしてくれていることは理解していた。
 この機を逃してはならない。

 味覚だけではこの虎座の星闘士が止まらないというのならば……!

 バルチウスは印を組み直すとともに、二人に無謀な提案を持ちかけた。
 できるという保証はないが、挑む意義はあるとシヴァもアゴラも即座に理解した。

 第三感剥奪!……追奪!

 膝を突いていた星闘士一同の首元を正面から射抜くような衝撃が走る。
 目に見えぬ事態を打開しようと咆吼し続けていたリチャードが激しく血を吐いて倒れた。
 息苦しさを覚えたマリクは、味覚を司る舌だけでなく、声帯さえもまともに動かせなくなっていることに気づいた。
 咆吼を上げるために声帯を全力で酷使していたリチャードがこの衝撃を受けては、即死していないのが不思議なくらいだ。
 小宇宙の輝きが見る間に衰えていくのがわかる。
 マリクは指先すらおぼつかない手をなんとか引きずり上げて、サアヤに手で指示を出す。
 ギリシャ神話に名高い名医アスクレピオスを戴く蛇遣い座のサアヤは、星闘士でも屈指の医療技術を持っている。
 なんとかリチャードの呼吸だけでも確保させねばとマリクは考えたのだが、サアヤは首を振ってマリクに近づこうとする。
 このままではリチャードだけではなく、全員が五感を絶たれて全滅する。
 だが、彼ら聖闘士たちとて、二度も天舞宝輪を繰り出せるほどの小宇宙は残っていないはず。
 なんとかマリクかアクシアスかの、いずれかの青輝星闘士を戦闘可能にするよう治療する方が、非情ながら正しい。

 それらの事情を詳しく知ることはなかったが、バルチウスたちもここで味方に向けて動こうとするサアヤが回復を狙っているであろうことは察せれた。
 確実に、動きを止めるまで気を抜くことは出来ない。

 第四感、剥奪!!

 今度こそ星闘士全員がその場に倒れ伏した。
 声帯付近が麻痺している上に、嗅覚まで絶たれたため、呼吸困難に陥り、辛うじて気道を確保するのがやっとだった。
 リチャードはもはやぴくりとも動けず、あとの四人も手足の先が辛うじて動かせるというだけの有様だった。
 だがその中で、サアヤは密かに手甲の中に仕込んだ治癒用の針を執念でつまみだし、小宇宙を込めた。
 普段ならば危険すぎて絶対にやらない上に、今は触覚を絶たれて成功する確率はさらに低下しているが、全滅寸前の今は一か八かに賭けるしかない。

 リモート・アキュパンクチャー……!!

 カガツ、アクシアス、マリクの三人の首筋めがけて、三本の針を打ち出した。
 狙うは、触覚を麻痺させている脊髄。
 狙いを誤れば即死の危険もあるが、辛うじて成功した。
 強制的に外部から叩き込まれた小宇宙が、神経を焼き切りそうなほどの衝撃を伴いながら、それと引き替えに三人の身体を突き動かした。

 よくやった、サアヤ!
 貴様の執念、無駄にはせん!
 せめて、この宿敵たちだけでも倒さねば……!

 無理矢理動かした体では、必殺技を繰り出すような繊細な動きは不可能だった。
 三人は気力を振り絞り、遺された小宇宙を小細工無しに爆発させる。
 少なくともこの白銀聖闘士たちだけでも倒しておかねばならなかった。
 彼らは紛れもなく、この十二宮で最大の難敵だ。
 残しておいてはならない。
 せめて相討ちにできれば、まだアーケインとゼスティルムが残っている以上、なんとかしてくれる……!

「――――――――!!」

 バルチウスたちもこれに反応する。
 三人の小宇宙を結集し、決着を付けるべく、これが最後の一撃となる……

 第五感、剥奪!!

 天舞宝輪最後の一撃とほぼ同時に、青輝星闘士三人……そう、カガツも一瞬その領域まで到達した……による合体攻撃が炸裂する。
 星々の力を結集したかのような光の爆発が宮内を激震させ、展開されていた曼陀羅を幾千の欠片へと粉砕する。
 支えていた曼陀羅を砕かれた衝撃に巻き込まれ、バルチウスたち三人はその崩壊とともに吹き飛ばされて、次々と壁面に叩きつけられた。

「ガハァッ……!」
”ぬぅぅぅぅぅぅぅ……!”
”くおぉぉぉぉぉぉ……!”

 だが、その寸前に確かに天舞宝輪は完成した。
 マリクたちは五感全てを絶たれ、ついに反撃の手段を失い、全員その場に倒れ伏した。
 既に四感を絶たれた時点で本来なら身動き一つできるはずのない状態から無理矢理動いた最後の一撃は、サアヤと三人の執念による奇跡であり、その反動で全員もはや指一つ動かせなくなっていた。
 そしてまた、そのために必要な実感も全て失っていた。
 呼吸困難で意識も半ば失っており、第六感で動こうとしても動けるものではなかった。

 しばし、宮内を静寂が支配する。
 わずかの呼吸の音だけが、あがくように続いていた。
 そして、

「……生きて、いるか」
”ああ……”
”どうやら、まだ師の下へ行くには早いらしい……”

 宮の壁面にめり込むほどに叩きつけられたものの、バルチウスの呼びかけに答えられるくらいには、シヴァもアゴラも意識を取り戻していた。

「我ら聖域の……勝ちだ、星闘士たちよ」

 壁面から身体を引き剥がしつつ、バルチウスは届かぬとわかりながらも噛みしめるように告げた。
 最後の一撃によるダメージは大きかったが、こちらはまだ身体が動く。

”どうする?少なくとも最後まで戦った四人はまだ息があるようだが……”
”うむ……”

 アゴラの問いかけに、シヴァはすぐに答えることができなかった。
 同じく悩んでいたからだ。
 かつての二人ならば迷うことなく即断即決していただろうが、今となっては、戦闘が終わった後に即座に止めを刺せるほど割り切れるものではなかった。

「だが、彼らを甘く見るのは危険だ。
 放っておけば、別働隊の星闘士の助力を得て復活することもありうる……」
”獅子宮はどうなったかわからんが、他にもいるのか”
「少なくとも、教皇の間に潜入した隊が一つあって、これはまだ捕捉されていない。
 おそらく裏道を動き回っているようだ」
”我らと同じ裏道か。それは無視できんな”

 最前線が処女宮であると察して、強襲をかけられる恐れもある。

”気は進まぬが……、止めを刺さねばならんか”

 アゴラの述懐に、二人とも頷いた。
 止めを刺すべく、倒れた星闘士たちに近づこうとしたそのとき、

「それはさすがに困りますね」
「!!?」

 静寂を静かに貫くような声が、宮内を打った。
 驚愕で三人の足がぴたりと止まる。

”何!?”
”別働隊か!?”
「いいえ。私のことをもうお忘れですか」

 声を直接聴覚で聞いているバルチウスだけは、その声の正体にすぐ思い至っていた。
 しかしそれは、有り得て良いはずがない……!
 有り得ない現実を振り払おうとして、バルチウスは声が放たれてきた方角へと顔を向ける。
 そこには、

「確かに、死んでいたはずだ……!乙女座のイルリツア!!」

 死して六道に落ちたはずのイルリツアが、小宇宙の青い輝きを取り戻して、マリクたちを庇うように立ちはだかっていた。

「ええ。さすがに三位一体での六道輪廻は、危なかった、では済みませんでした。
 確かに一度、私は死にました」

 淡々と事実を認めるがゆえに、三人はなおさら、イルリツアに対して戦慄を覚えずにはいられなかった。
 星闘士の本流だとのことだが、彼らはまさか、冥闘士のように死してもなお蘇るとでも言うのか。
 ならばどうやって倒せばいい。
 冥闘士の復活を阻むために作られた百八の数珠のようなものを、再び作らねばならないのか。
 今この場で、そんなものが調達できるはずもない。

”いや……、待て。先の六道輪廻の際、貴様はどこへ落ちた?”

 シヴァのこの一言で、アゴラとバルチウスも思い至った。
 有り得ない話ではある。
 だがしかし、このイルリツアが少なくとも人間だというのなら、これしか手はないはずだ。
 そうでなければ、正真正銘の人外である。

「気づかれてしまいましたか。もう少し恐怖を覚えていて欲しかったのですけどね。
 お察しの通り、人界を選ばせていただきました」
「やはり……!」

 元来、六道輪廻とは人の死ではなく、生まれ変わりを表す。
 人は功徳によって巡る世界を変えるが、そこに終わりはない。
 また巡り、次なる生を迎えるものであると言われている。
 この考えは、少なくともギリシャ神話と矛盾はしていない。
 死は終わりではないからこそ冥界があり、少なくとも一部は生まれ変わりであろうという例が確認されている。
 最たる例が、乙女座のシャカ自身であり、彼はブッダの生まれ変わりであるといわれていたし、それを否定する材料はなかった。
 また瞬の推測であるが、聖闘士の多くは神話の時代から幾度も生まれ変わり戦い続けてきたのではないかという説もある。
 六道で人界に至るというのは、また人としての生を生きることであり、魂は元の世界に戻ってくる。
 本来ならば、ギリシャ神話に謡われる忘却の川のごとく、前世の記憶を失い、無垢なる赤子として新たな生を生きることになる。
 だが、死の遣いであると考えられる星闘士たちが、そこに介入することが出来るとしたら。
 本来の理を越えて速やかに人間界に戻り、赤子ではなく、死して間もない自らの身体に舞い戻ったのでは……!!

「どうやら説明は不要のようですが、あえて一言、言わせていただきましょう」

 イルリツアは、たん、と一歩踏み込みながら、冷酷に告げた。

「星闘士に、一度見た技は二度とは通用しない」

 それはつまり、先に一度食らった六道輪廻の際に全容を把握し、この破り方に思い至っていたということだ。
 六道輪廻には、人界を含むが故の欠点があると。
 そんな隙を衝くことができるのはおそらく星闘士の中でも数えるほどであろうが、現実に、破って見せたのだ。

「マリク君たちをここまで追い込んだ代わりに、あなた方も既に蓄積していた小宇宙の大半を使い切ったようですね。
 奮戦もここまでです、シャカの弟子たちよ。
 念のため聞いておきますが、降伏する気はありませんね?」

 イルリツアは、軽く広げた両手に重力波のような小宇宙をたぎらせて威圧しながら問いかけるが、

「無論、断る!」
「では仕方がありません。
 言っておきますが、誰も見ていませんので、あまり遠慮しませんよ」

 さらりと、イルリツアは何か不可思議なことを言った。
 だが三人がその違和感を考察する暇も無く、イルリツアは両手にたぎらせていた小宇宙を頭上で重ね合わせた。

「スターバースト・センセーション!!!!」

 処女宮全体を覆うほどの目映い星の光が爆発した。
 正真正銘の青き青輝星闘士の小宇宙だった。
 発動から到達までがあまりにも速すぎ、三人は以心伝心で発動させるつもりだったバリアを張る間も無く直撃を食らった。
 三人の白銀聖衣はよく耐えてくれたが、それでも聖衣のそこかしこが砕かれ、破片が星屑のように舞う。
 特に、既にここまでの闘いで破損が進行しているバルチウスの聖衣は状態が酷く、その分バルチウスに掛かるダメージも深刻なものになっていた。
 さらには受け身を取ることもできず、三人まとめて頭から床に落下する。

”貴様は……、一体……”
「蘇ってきたことで五感を取り戻したのだろうが……、それだけではないな……」
”監視の目から逃れるのを、待っていたな……”

 すなわち、これがイルリツアの真の力なのだろうということは理解できた。
 それを味方であるはずの星闘士たちに知られないために、ここまでその力を封じていたのであろうことも。

「十二分に誇っていただいて結構ですよ。
 追い込まれることは計画のうちでしたが、まさか十二宮の半ばにして私たち星闘士がここまで追い込まれることになるとは予想外でした。
 それゆえに、生かしておくことが難しくなったのは残念ですが……」
「……貴様は、彼らを謀っていたということか」
「見ているものが違うのですよ。
 私にとってあなた方聖闘士は、別段最終目標というわけではないのです」
”ずいぶんと、見くびられたものだな……”
「誤解なさいませんよう。
 あなた方が好敵手として相応しくないといっているわけではありませんよ。
 むしろ、その点においては十分すぎる程にあなた方は健闘されました。
 そのことには、乙女座バルゴの青輝星闘士として感謝申し上げているほどにね」
”フッ……、そんな余裕を見せている時点で、ずいぶんと見くびられたと言っているのだ!”

 シヴァの自嘲めいた意志に込められた怒りに、アゴラもバルチウスも異論があるはずもない。
 シャカの弟子として、そのように見くびられたままで終われるものか。
 テレパシーを交わすまでもなく、一切の打ち合わせも符丁も無しに、シャカの高弟三人は完璧に小宇宙を一つに合わせた。
 蓄積した小宇宙を使い切っただと。
 笑止千万!

「一度見た技は二度とは通用しないと言ったな……イルリツアよ。
 ならばこの技は防げまい!」
「!!!」

 一度行き着いた領域ならば、今再び小宇宙を燃やして辿り着けばいいだけのこと。
 たとえわずかでも命の炎が燃えている限り、小宇宙は無限なのだ!

”受けるが良い、乙女座バルゴの星闘士よ”
”貴様にもくれてやろう!乙女座バルゴのシャカ、最大の奥義!”

 限界を超えてなお遙か高みに手を伸ばす。
 届かぬといえど、先ほどよりも間近に師を感じることができる。
 先ほどマリクたちに繰り出したものなど、これに比べれば紛い物のようなものだ。
 一度砕かれた曼陀羅が寄り集まり、より完璧な宇宙の真理が構築されていく。
 これが、真の……

 天舞宝輪!!!

 イルリツアはこれでも、星衣に自信はあった。
 全力で小宇宙を燃やしている今の自分の星衣は全星闘士中屈指の防御力、耐久力を発揮している。
 それでもなお、シャカの最大奥義の展開を前に、あらゆる攻撃の減衰させるスターリング・スクリーンを前面に展開するという念の入れ方で防御しきるつもりだった。
 それほどまでに、五感を開放した直後をさらに上回るほどに燃えていた三人の合わさった小宇宙が強大であることは認めざるを得なかった。

 だが、念には念を入れたその多重防御を、あっさりと突破された。

「……こ……、これ……は……!!?」

 痛みは、無い。
 衝撃も、感じない。
 うごか、ない。
 全身の感覚が一斉に消失しただけではない。
 全身の筋肉のほとんどが動かない。少なくとも随意筋は全て麻痺していた。
 スターリング・スクリーンが無ければ、心筋まで麻痺していたかもしれない。

「よも……や……全身……、まるで……動けない……とは……」

 顎の筋肉までほとんど動かすことが出来なくなっており、味覚の剥奪を待たずして喋ることさえ苦労させられた。

”他の星闘士たちが受けた不完全版ではない。
 今度こそ我らの勝利だ、乙女座バルゴのイルリツアよ!”
「フッ……、動けない……ことが……、動かせない……と同義だとでも!?」
”何!!?”

 三人は心底驚愕させられた。
 触覚を完全に剥奪されて硬直していたイルリツアがその場から消失したからだ。
 だがさすがに事態が異常すぎるため、即座にそのトリックに気づいた。

「……テレポーティションだな」

 身体が動かないならば、一旦待避しようとするその考えは本来正しい。

”なるほど、確かにそれならば逃走することは不可能ではないかもしれん。
 ここが十二宮で無ければな!”

 そう、ここが外界であればそれによって巻き返すこともできただろう。
 だがここは聖域十二宮。
 宮を飛び越えてテレポーティションすることなど何人にもできない。
 事実、一旦入り口近い柱の影に実体化したイルリツアは、獅子宮までの退避を狙って全力でテレポーティションを試みたが、あえなく打ち消されたあげく平衡感覚を乱されて床に転がることになった。
 牡羊座のムウでさえ不可能であったというこの結界が相手では、さしものイルリツアといえど理に逆らって他宮へ避難することはできなかった。

「……これは、まずい……ですね」

 立ち上がろうとして、全身が動かないことを思い出す。
 だが、まだ方法はある。
 動かなくても、動かすことはできた。
 ならば、念動力で動かすこともできるはず。
 自分の身体を自分の念動力で力任せに引き上げるというのは奇妙極まりない感触だったが、なんとか自分の足を立たせることに成功する。
 もっとも膝を曲げることすらできないので、このままでは直立不動だ。
 本来の運動神経とは違い、思念で身体を動かすというのは思ったよりずっと難しい。
 手足を同時に、並列して動かすということがまずできない。
 指を拳の形に握りながら片腕を動かすというだけで、頭の処理がほぼ限界に達してしまう。
 これではスターバースト・センセーションのような大技を繰り出すことは不可能だ。
 大規模必殺技が他に無いわけではないが、あれはできれば使わずに済ませたい。

「そうなると……、あれしかありませんか。
 兄様以外に……使うのは初めてですが……」

 あちらならば、片腕だけでもなんとかなるはずだ。

「逃げるのは無駄と理解したか」

 丁度イルリツアが方針を固めたところで、バルチウスたちがイルリツアを補足して追いついてきた。

「どうやら……そのようですね」
”では、嬲るのは今の我らの性に合わぬ。速やかに残りの四感、断ち切ってやろう!”
「できは……しませんよ!」

 動くはずがないと思っていたイルリツアの右腕が翻ったかと思った次の瞬間、一番イルリツアに近づいていたシヴァの脳裏を何かが貫いた。

「!?」
”!?”

 バルチウスが見たところ、シヴァに外見上のダメージは無かった。
 だが、三位一体で発動するはずだった天舞宝輪第二の一撃は発動しなかった。
 一角を担うシヴァの小宇宙がまるで静止したように動かなかったからだ。

「孔雀座、パーヴォのシヴァ……。
 聴覚を……絶って……いても、第六感で……聞こえていますね……?」
”は……はい……”

 イルリツアの問いかけに対するシヴァの返答に、アゴラとバルチウスは絶句した。
 一体、これは何が起きている……!?

「では……、その二人を倒しなさい……!」
”何ぃっ!?”
「まさか……っっっ!?」
”は……い……、こ……心得……ました……!”

 自縄自縛を振り切ったような力の無い動きではあったが、シヴァはアゴラに向き直ると、ゆるゆるとした蹴りを振るった。

”何をする……!?シヴァ!”
”う……あああああ!!”

 精神を操られている。
 しかし、かつて鳳凰幻魔拳さえ耐えきったシヴァの精神を支配するなど尋常ではない。。
 だが、鳳凰幻魔拳と互角かそれ以上に並び称される技が、一つだけ知られていた。

「そんな……バカな……、あれは伝説の魔拳のはず!」
”まさか、幻朧魔皇拳か!?だがあれは双子座の二人の技……何故貴様が使える!?”
「ご名答。しかし、それが意味するところを十分に理解していらっしゃらないようですね。
 伝説の魔拳ということは、サガのオリジナルではなく、サガに教えた者がいるということですよ」
「!!」

 確かに、伝説とまで謳われる魔拳である以上、それが今代に編み出された技であるはずはない。
 過去に幾度も使われた記録が残っているために、その凶悪極まりない解除方法も知られているのだ。
 だが、それが本当だとすれば、サガやイルリツアは、誰から習った!?

”オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……”

 シヴァが光明真言を念じ始めたので、アゴラとバルチウスはそれ以上迷っている余裕がなくなった。
 あえてイルリツアを前にして真言を念じ始めたと言うことは、イルリツアに迎撃されるおそれがまったく無いということを意味する。

”千手神音拳!!”

 それを見せつけるかのように、シヴァは最も得意とする技を二人に向かって放った。
 先ほどとは違い、動きにシヴァ本来のキレが現れてきている。
 これは、演技などではない!

”シヴァは私が抑える!お前はイルリツアを今のうちに!”
「……分かった!」

 イルリツアがこの技を繰り出したのは、天舞宝輪の初撃で触覚を失ったことで先ほどの大技を繰り出すことができないからであることは推測できた。
 天舞宝輪でなくとも、今なら倒せる……!

「幻朧魔皇拳に掛かった者は、手加減などできませんよ」

 バルチウスが十一面光明拳を叩きつけようとするのを再び短距離テレポーティションでかわしたイルリツアが静かに言い放ったことの意味を、二人は直後に思い知ることになった。
 シヴァが勢いよく床を蹴り、アゴラとバルチウスに向けて孔雀の羽を展開させながら、千手神音拳を上回る超高速での蹴撃を放った。
 シヴァは元々蹴撃の闘技を得意としていたが、一輝に敗れて修行の日々に戻ってからは、それらを封印していた。
 得意とする千手神音拳に代表されるように、衆生を救うために千手観音が手を差し伸べるがごとく、打ち倒す者に対しても足蹴にすることを躊躇うようになったのだ。
 そのシヴァが、蹴撃を使っているという事実が、幻朧魔皇拳の威力を端的に物語っていた。
 手加減どころではない。
 精神的なしがらみも、肉体的な制限も逸脱して、100%を越える力を振るえるようになっているのだ。
 バルチウスとアゴラの二人を同時に相手取るのに十分なほどに。

「くっ……!!!」
”よもや……、シヴァをここまで操るとは……!”

 二人とも、シヴァに対して目を覚ませなどと無駄な呼びかけをするつもりはない。
 シヴァの意識は当然そうしようと必死にあがいているはずだった。
 だが、噂に聞く幻朧魔皇拳の威力は、先に獅子座のアイオリアが実感させられたことで伝説から真実となって聖域全体に知られていた。
 あのアイオリアの小宇宙をもってしても、自力では幻朧魔皇拳を破ることはできなかったのだ。
 突破する方法は、伝説通りならばただ一つ。
 だが、それは……!

「わかっては、いらっしゃるようですね……」

 仲間割れにより時間を稼いでいたイルリツアだが、余裕があるわけではなかった。
 三人の死角になる柱の影に倒れ込み、息を整えて念動力を必死で行使していた。
 サアヤほどではないにしても、イルリツアもかなり治療術には長けている。
 だが、完璧に触覚を絶たれている今、自分で天舞宝輪から復帰しようとしても、その治療術そのものがまるで使い物にならなかった。
 辛うじて念動力で指先を動かし、身体をなぞってみるが、身体的欠陥を治すために集めるべき小宇宙を接触面にて燃焼させることがまったくできなかった。

「……恐るべき、天舞宝輪……」

 これではアーケインかゼスティルムが来てくれなければ治しようがない。
 だが獅子宮の激突を感じる限りでは、ゼスティルムも相当の深手を負っているはずだった。
 そして、アーケインは教皇の間に乗り込んだ後どこまで戻ってきているか把握できていない。
 この場は、自分がこの三人を打ち倒すしかない。

「もう少し工夫のしようはあったのでしょうけど……」

 全力以上の力を引き出されているシヴァに苦戦している二人を目標に捉える。
 手足を動かさねばならない技はほとんど使用できない。
 できれば瀕死で留めたい以上、あの技を使うのは最後の手段にしたい。
 ならばもう、原始的だがこれぐらいしか思いつく手がなかった。

「!?」

 シヴァの蹴りを受け流そうとしたバルチウスは、動こうとしたそのタイミングで身体が動かず、その攻撃をまともに食らうことになった。
 非情にもその隙を逃さない今のシヴァが追撃せんと宙に舞ったので、アゴラはやむなくこれを迎撃しようとする。

”!?”

 その蓮華爆砕拳がシヴァの眼前で止まる。
 アゴラが躊躇したのではない。
 今のシヴァを相手に手加減などする余裕はアゴラにもない。
 反対にシヴァの反撃はアゴラを完全に捉えて吹っ飛ばす。

”よもや……、我らが逆にこうも止められるとは……!”

 自分に起こっている事態が極めて皮肉なものであることにアゴラは即座に気づいた。
 これではシヴァを拘束しようにも触れることすらできない。

「イルリツアから倒さねばどうにもならんということか……」
「それができないことは既にご承知でしょう」

 イルリツアの言う通り、イルリツアの元へ回り込もうとしてもシヴァはそれを最優先で止めにかかってきた。
 それを一旦撃退しようとしてもイルリツアの念動力に拘束される。
 シヴァを倒せない。
 イルリツアも倒せない。
 その間に着実に二人にダメージが蓄積していった。

「こうなったら……、シヴァの幻朧魔皇拳を解く。それしかない……」
”バカな、それが出来ればここまで苦労はしていないだろう……”
「解く手段はただ一つだと言っただろう。ならばそれを実行するまでだ」
”何……!?”
「これは自分一人では出来ん。お前にやってもらうしかない」

 その言葉でアゴラは、バルチウスが何を考えているのかに思い至った。

”正気か!?”
「我らが師を愚弄されて、我らが黙っているわけにはいくまい……!」
”……わかった”

 アゴラはシヴァの相手をしばしバルチウスに任せるとばかりに、その場に結跏趺坐した。

”オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……”
「何をするつもりかわかりませんが、仕掛けた者以外が幻朧魔皇拳を解除する条件はただ一つ。
 少なくとも私はそれ以外の方法を知りませんよ」
「そうだな。伝説の魔拳であるということは、そういうことだ」

 シヴァの猛攻を辛うじて凌ぎつつ……、とはいえず、イルリツアの横槍によって何度か直撃を受けながら、バルチウスはそれでもそれを耐えた。
 背後で蓮の花が展開し、アゴラの小宇宙が完全燃焼したのを感じる。
 イルリツアが念動力で金縛りにしようとしたとしても、アゴラがここまでお膳立てを整えればもはや動くまでもない。

”行くぞ、バルチウス!任せたぞ!”
「よし来い!アゴラ!」
「何ですって!!?」

 自分かシヴァのどちらかに対して手を打ってくると考えていたイルリツアは、アゴラの動きに反応できなかった。

”六道輪廻!!”

 蓮の花を模して展開されるアゴラ流の六道輪廻が、イルリツアでもシヴァでもなく、完璧にバルチウスを捉えた。
 見えなくとも、二度体験したイルリツアには、バルチウスの眼前に展開される六道が手に取るようにわかる。
 手加減無しで全力で繰り出した六道輪廻と見た。
 バルチウスの身体から生気が抜け落ち、膝から崩れるようにその場に倒れ伏していく。
 目の前で、と言われるが、別に見えている必要はないのだ。
 その死の気配が、幻朧魔皇拳の魔力に作用して、シヴァに掛けられた強固な呪縛が解ける。
 それだけが、幻朧魔皇拳の本来の使い手に由来する唯一の解除方法なのだから。

”喝!!”

 さらに一押しとばかりに、アゴラが印を組み直してシヴァの精神に活を与えた。
 こちらはばったりと倒れたものの、即座に目を覚ましてシヴァは跳ね起きた。
 そしてすぐさまイルリツアに向けて構えを取ったので、幻朧魔皇拳は完全に解除されたことがわかる。

”済まぬ……。面目次第もない……”

 バルチウスの遺体が生気を喪失して倒れていることを感じ取ったシヴァは、どうやって自分が正気に戻ったかを理解して、血がにじむほどに唇を噛んだ。
 アゴラを責めることなどできるはずもない。
 全ては自分の未熟さゆえの事態だった。

「……よもや、あなた方が、ここまで思い切った手段を採られるとは思いませんでした。

 一方のイルリツアは嘘も誇張もなく、ため息混じりの呟きを声にした。
 確かにこうすれば解除はできる。
 だが、それはこのあと二対一で、すなわち三位一体で繰り出す天舞宝輪なしでイルリツアと戦うことを意味する。
 それならば確かに、経歴に共通性の強いらしいシヴァとアゴラを残すのが筋ではあるが……

「既に触覚を絶った私ならば、二対一で十分に倒せるという計算ですか。
 バルチウスの覚悟には感服しますが、まだ手負いのあなた方に敗れるつもりはありませんよ」
”どうやら勘違いしているようだな、乙女座の青輝星闘士よ”

 対するアゴラの返答は、仲間に手を下した直後だというのに、含み笑いさえ伺えるほど余裕に満ちたものだった。
 笑み……?

”貴様が見せてくれたのだぞ。六道輪廻から戻ってくる方法があることをな”
「!!」
”安心しろシヴァ。バルチウスはここで期待に応えない男ではない”
”……まさか!?”

 イルリツアは驚愕に目を見開き、その視線をバルチウスの死んだはずの遺体に向けて、さらにもう一度驚愕させられることになった。
 先ほどは確かに、生命力が途絶えていた。
 星闘士としてこれを見間違えるはずはない。
 しかも幻朧魔皇拳が解除できたということは、バルチウスは間違いなく死んでいた。
 それが、ゆっくりと身体を起こして、驚愕するイルリツアを見据えるように、確かに笑った。

”バルチウス……!”
「早……すぎる……!」
「貴様に出来たことが、シャカの高弟たる我らにできないとでも思ったか……!」

 処女宮の守護者の誇りに満ちた叫びだった。
 しかも帰還の速度だけならばイルリツアを遙かに上回っている。
 イルリツアにとってはそれだけでシャカに敗れたつもりもないが、癪に障る一言であることは間違いない。

「既に幻朧魔皇拳も見た。
 こちらも、あえて言おう。
 聖闘士に、一度見た技は二度とは通用しない」

 復活した直後とは思えないほど素早くバルチウスは跳ね起きて、シヴァとアゴラに肩を並べる。

”やってくれたなバルチウス!”

 シヴァのその叫びは、自らを救ってくれたことの礼とともに、六道輪廻を極めたと言っても過言ではない兄弟弟子の偉業への称賛も篤く込められたものだった。

”さあ、覚悟してもらうぞイルリツア!”
「もはや貴様に為す術はあるまい!」

 同士討ちで受けたダメージは決して小さいものではない。
 だが再び三位一体となった小宇宙は前にも増して高まっている。
 もはや、負ける気はしない。

 第二感、剥奪!!

「!!!」

 イルリツアはそう来ることを予期して両腕を念動力で持ち上げて眼前をガードしたが、天舞宝輪の威力はそのガードを完璧に貫通した。
 仕掛ける方も食らう方も、触覚の次は視覚を奪うことが最も効果的であることはわかっていた。
 既に打ち合わせする仲間が全員倒れている以上、聴覚や味覚は後回しでも実害は少ない。
 だがイルリツアが念動力の使い手である以上、視覚が自由であれば先ほどのようになおも金縛りを仕掛けたり、場合によっては念動力をそのまま衝撃に転じることもできると考えられた。
 だが、視覚を剥奪されればそれすらままならなくなる。
 イルリツアは立ち上がろうとしたが、念動力でつり上げようとしても触覚に続いて視覚まで失っては自分の手足がどこにあってどこを向いているのかすら把握できない。
 辛うじてシヴァたち三人のいる方向までは把握できたが、正確な位置の把握は困難だった。

 これは……まずい、ですね。

 もはや打つ手はあれしかない。
 ドラゴン紫龍以外には使うつもりはなかったが、彼らならばこの技を受けても戻ってこれるのではないか。
 問題は、既に二感まで絶たれたこの状況で、この技が撃てるかどうかということだ。
 あと三感奪われるまでに、小宇宙を最大にまで燃焼させるしかない。
 果たして、間に合うか。

「私の宿敵の高弟たち……、私はあなた方を信じましょう。
 我々星闘士を、この私を、ここまで追い込んだあなた方のことを……!」
「……!」
”……!!”
”……!!”

 イルリツアから立ち上る異様な小宇宙を感じ取った三人は、彼女がなお諦めてなどいないことを悟った。
 だが、幻朧魔皇拳とも異なるこの気配は、言い様のない戦慄を呼び起こしていた。
 危険すぎる。
 速やかに、できるだけ速やかに、イルリツアがその技を撃つよりも速く、その五感を絶つ。

”二人とも、できるか”

 イルリツアに察知されることを防ぐために最小限にまでそぎ落としたシヴァの発意が何を意図したものか、さしもの二人も思い至るのに一瞬の時を要した。
 だが、言われてみればその通りだ。
 本来の天舞宝輪ではできないが、三人で一人を相手にしている今ならば不可能ではない。

”……できるとも!”
「……やらいでか!」
”ならば、いくぞ……!”

 三位一体で到達していた天舞宝輪の領域を越えて、三人が三人ともに、一人で師に及ばんとするほどに小宇宙を極限まで、極限を超えてその先の究極へまで高めて行く。
 一瞬でいい。
 ただ一瞬だけでいいから、せめて我ら一同、師に追いつかん。
 燃えろ、高まれ、我らの小宇宙よ。
 白銀聖闘士の限界など遙かに超えて、
 あのフェニックスがそうしたように、
 究極にまで!!

 その強大さは、イルリツアに一つの疑念を呼び起こさせた。
 三人の小宇宙は、一体でありながら、一つではない。
 それが意味するところは……

「しまった……!!」

 イルリツアは三人が次に繰り出す「一撃」の正体がわかった。
 それは、受けてはいけない。
 発動した瞬間に敗北が確定する。
 その前に、決着を付けなければならない。
 果たして間に合うか。
 やらねばならない。
 五感のうち二感を絶たれていることが、この状況ではいっそ幸いだった。
 五感の閉塞によって小宇宙を高めることができるのは、聖闘士も星闘士も同じ……!

 双方、もはやこれが決着の一撃になると隠しておくことなどできるはずもない。
 燃え上がる小宇宙の外縁が、激突を待たずして嵐のごとく宮内を吹き荒れる。

 五感を絶たれて床に倒れ伏していたマリクやアクシアスらも事態の異常さに気づいていた。
 先ほどからバルチウスたちと戦っている者の小宇宙から察せられる事実は彼らの星闘士としての実感を覆すものであった。
 イルリツアは確実に死んでいたはずだった。
 だが、あるいは星闘士最強と言われるイルピトアにも匹敵するのではないかと思われるほどに燃え上がっているこの小宇宙は、確かにイルリツアのものだった。
 聖闘士たちの小宇宙は五感解放時のそれをも凌ぐ領域まで高まっていたが、イルリツアの小宇宙もまた彼らの記憶にある領域を遙かに超えていた。
 ただ、獅子宮における激突のような爆発にはならないことだけは薄々察することができた。
 聖闘士たちが繰りだそうとしているものは、先に彼らを打ち倒した天舞宝輪であることは明白であり、
 そして、イルリツアが繰りだそうとしている技は、彼ら星闘士にとってあまりにも馴染み深いものだったからだ。

 ならば……!
 もう、貴女に賭けるしかない……!

 それゆえ、マリクたちは残された小宇宙でバリアを張るといった無駄なことはせず、イルリツアの小宇宙に自らの小宇宙をひたすらに上乗せし続けた。

 イルリツアと星闘士たちが結集した小宇宙が全力でこじ開けた、デスマスクにも匹敵しようかという死気溢れる入り口が、もはや照準を合わせるまでもない強大さで、三人の白銀聖闘士を確実に捕捉する。
 それと同時に、誰一人……纏っているバルチウスも気づいていなかった……目にした者はいなかったが、三人の白銀聖闘士の纏っている白銀の聖衣が、紛う事なき黄金色に輝いた。
 音一つ無く、音など遙か彼方に超越した二つの小宇宙が、最高奥義となって交錯した。

「――星葬冥界波!!!」

 第三、第四、第五感、剥奪!!!

 全身全霊で放った奥義の交錯である。
 お互いに、避けることも、防ぐことも出来るはずがなかった。

 三撃の天舞宝輪は紛う事なき究極にして、天舞宝輪の理想を完璧に体現した。
 イルリツアの味覚、聴覚、嗅覚が、その神経のみならず、それを司る脳の周辺領域まで凍結したかのように一瞬にして喪失させられた。
 しかもイルリツアは、乗算された天舞宝輪の衝撃でその場に仰向けに倒れ、自身はそうなったという事実すら感じ取ることができなかった。
 第六感であるはずの意識まで半ば喪失しかけるほどの衝撃に、もはやその結果を察することもできなかった。
 
 しかし、一度完成した冥界波は使い手であるイルリツアの全感覚が消失しようともその威力を十二分に発揮した。
 宮内全域、全てを飲み込む巨大な冥界波は、星闘士以外の者に一切の抵抗を許さなかった。
 三人の聖闘士の魂のみならず、その黄金に輝く聖衣を纏った身体までも、シュバルツシルト半径の果てを飛び越えて、処女宮から消失した。

 ……やった、のか?
 ……イルリツア様が、勝った……?

 辛うじて、マリクたちは、聖闘士たちの小宇宙が完全にこの場から消失したことを感じ取ったが、五感全てを絶たれて立ち上がることすらままならぬため、イルリツアが陥った状況もわからなかった。
 勝ったのだとすればイルリツアが面々の治療に動き始めるはずであるのに、いっこうに事態が動かないという事実だけがあった。

 時の感覚をも失い、永劫にも思える無音と暗黒が続いた後、何者かの小宇宙が処女宮へと到達したのがわかった。
 その小宇宙は……






第二十八話へ続く



夢の二十九巻目次に戻る。
ギリシア聖域、聖闘士星矢の扉に戻る。
夢織時代の扉に戻る。