. 聖闘士星矢 夢の二十九巻「第十五話、卑怯者」
聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第十五話、卑怯者」




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「これが、ミッドガルドの神闘衣ゴッドローブか」

 エータ星ベネトナーシュのミーメが養父フォルケルと少年時代を過ごした館の古びた石柱が開いて姿を現したミッドガルドの神闘衣は、鮮やかなオレンジ色に輝いていた。
 他の神闘衣よりも優美さ以上に無骨さが目立つその形状は、北斗七星の神闘衣とは違った経緯で作られたことを伺わせる。
 その色はおそらく、南の国に燦々と降り注ぐ陽光を表したものなのだろう。
 だが、その神闘衣が纏っている最上質の毛皮のマントは、まちがいなくこれがアスガルドのものであることを示している。

 自分にこれを纏うことが出来るのかと氷河は自問してみた。
 アスガルドとの関係は、真っ先に乗り込んできたこともあって神聖闘士ゴッドセイント五人の中では一番深いと言える。
 しかし、それでもそう簡単に纏える物だろうか。
 不安通り、ミッドガルドの神闘衣は姿を現したものの分解装着へ移る気配はない。
 マスクの奥にあるはずのない目が自分を値踏みしているようにも思えた。
 どうするかと考えあぐねたところで、気負いも何もない足取りでフレアが前に進み出た。

「神闘衣よ、この方は人の国から来てこの国を救ってくれた勇士の一人です。
 そして今またアスガルドに入り込んだ邪悪なるものと戦おうとする勇者です。
 どうかこの戦士にご助力を」

 相手が神闘衣だというのに、フレアの頼み方は普通の人間を相手にしているようにまっすぐなものだった。
 考え込むような間があった後、神闘衣は弾けるように分解した。
 寒風の中にあった金属だというのに、それが装着された瞬間に氷河は熱いと感じた。
 原子運動による熱さではなく、神闘衣から語りかけるような熱さだった。

 それにしても、フレアが単にヒルダの妹としてだけではなく敬意を払われている理由が解ったような気がした。

「よく似合っていますわ、氷河」
「そ、そうか……」

 本来纏う聖衣クロスが純白のためこういう派手な神闘衣が似合うだろうかと思ったが、なるほど似合っていると言われればそうかも知れない。
 近くに鏡が無くて良かったのか悪かったのかを考えている余裕は実のところ無い。
 すぐにワルハラ宮殿に戻らなければ星闘士スタインがどこまで来ているかわからないのだ。
 フレアを早く安全なところへ連れて行かなくてはならなかった。

 とはいえ、フレアを連れているのではそれほど急ぐこともできない。
 ようやくワルハラ宮殿が見えたところで、

「!!」

 氷河は考えるより先に身体が動いてフレアをかばっていた。
 斜め後ろからマッハを遙かに超える速度で飛んできた円盤が衝撃波を撒き散らしつつ、先ほどまで氷河の頭があった場所を突き抜けていった。
 振り返ると、黒い鎧を纏った人影が二人こちらに歩いてきている。
 うち一人が円盤を手にしているので、おそらくこいつが攻撃を仕掛けてきたのだろう。

「星闘士か!」

 尋ねたと言うよりも、確認するような声になった。
 冥闘士スペクター冥衣サープリスに似たその鎧は、話に聞いている星闘士の鎧、星衣クエーサーに間違いないだろう。
 フレアを背中にかばうようにして数歩前に進み出る。
 よく見ると向こうも一人は女性らしく、円盤を持った男の方が進み出てきた。

「どこで星闘士のことを知ったのかしらんが、白輝星闘士スノースタイン御者座アウリガのザカンだ」
「オレは……」

 名乗るのに一瞬迷った。
 今纏っているのは神闘衣なのだ。
 しかし、何を纏っていようが自分は自分だと思うことにした。

「白鳥座キグナスの聖闘士、氷河だ!」
「………………………はぁ?」

 相手の男、ザカンは脱力したように円盤を手から取り落とした。

「ちょ、ちょっと待て!なんでここで神聖闘士の一人が出てくる!
 そもそも貴様、神闘士ゴッドウォーリアーではないのか!?」

 もっともな意見ではあると、言われた氷河も思った。
 だが、今は問答をしているような状況ではない。

「貴様ら星闘士を倒すために神闘衣を借りているだけのこと。
 覚悟してもらうぞ」

 構えを取っていた両手を緩やかに左右に伸ばしていき、伸びきる寸前でつり上げられるかのような動きによって手のひらを下にしたまま上へと昇り始めた。
 翼を掲げるように高く昇ったところで、手のひらが鋭く大気を掻いて振り下ろされる。
 対峙するザカンの目には、マントを翻す氷河の身体が一瞬舞い上がったようにさえ見えた。
 鮮やかなオレンジの神闘衣を纏っていてさえ、その様はまさに羽ばたく白鳥のごとし。
 羽ばたきが二度、三度と繰り返されるうちに、ただでさえ凍てついた大気が結晶を帯びてくる。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!」
「いいだろう。
 神聖闘士の一人をここで倒せるのならば、それはそれで意義があるというもの!
 ティアム、お前は下がっていろ。頼むぞ」

 ザカンも覚悟を決めることにした。
 赤輝星闘士クリムゾンスタイン髪の毛座コーマのティアムに目で合図してから、二対のソーサーを両手の親指と人差し指、中指と薬指で挟んで小宇宙コスモを燃え上がらせる。

 白輝星闘士の自分と比べると、生きながらにして伝説となった神聖闘士は明らかに格上だ。
 一人で冥界三巨頭の一人ミーノスを打ち破ってもいると聞いている。
 だが一方で、第四獄ではリュカオンのフレギアスに惨敗したとも言う。
 小手調べなどとやっている余裕はおそらくあるまいが、戦い方次第では勝てない相手ではない。

 最初から、全力で勝負だ。

 小技を捨てて最大奥義一発で片を付ける。
 そう決断し、氷河の隙を待つ。

 白鳥のように舞う氷河が両手を掲げ、片足を上げた。
 背後に白鳥座がオーラとなって浮かぶが、その瞬間、氷河のバランスがわずかに崩れたように見えた。
 両手を上げて片足で立てばそうなるのは自明であるが、ザカンはその隙を逃すほどお人好しではなかった。

「フリーレイン・ハーシュリー!!」

 両手から放たれた四つのソーサーにザカンの小宇宙がオーラとなって乗り移り、手綱を切られて暴走する悍馬となって氷河に迫る。
 その速度も威力も単に衝撃波を纏っただけのソーサーの比ではない。
 だが、バランスを崩したかに見えた氷河は、片足で立ったまま舞うように身体を動かし、それをかわす。

「ちょっとまてええ!」

 ザカンは天を呪うように叫んだ。
 紙一重で避けても、余波で立ってなどいられないはずだった。
 しかし、不安定極まりないように見える体勢のくせに、氷河は倒れるどころかその踊るような姿勢を維持している。
 バカにされているような気がしてザカンは歯ぎしりしたが、それが意味する事実を無視することは出来ない。
 よほど強靱な足腰が無ければあんな真似は出来るはずがない。
 神闘衣の防御力があるにせよ、そう簡単に倒せる神聖闘士ではないということだ。

 だが、避ければ終わりでないのがこの最大奥義だ。
 通り過ぎた悍馬は四方から再び氷河めがけて殺到する。
 一方向からの一撃目ではなく、この二撃目こそが真の攻撃となる。
 今度こそ避けられるはずがない。
 ザカンは確信した。
 その確信は間違っていなかった。

「舞え!白鳥よ!」

 氷河が片足立ちの体勢から、浮いていた片足を踏み込んできた。
 わずかに一歩。
 それだけでザカンは一瞬、氷河が目の前まで迫ってきたかのような迫力を感じた。
 その迫力に刹那も遅れることなく、氷河の右腕が翼から拳へと変わる。

「!!」
「ダイヤモンドダストーッ!!」

 振り抜かれた氷河の右腕が拳撃とともに大気まで凍てつかせんばかりの凍気を放った。
 凍って見える結晶は大気中の水分ではなく、あるいは大気そのものかもしれない。

「ぐおおおおっっっ!!」

 ザカンは両腕を顔の前に交差させて凌ごうとするが、こらえきれなかった。
 凍結する大気の流れに吸い込まれるようにして、氷河に迫っていたはずのソーサーが軌道を変えてザカンへと迫ってきたのだ。

「そんなのありかよぉぉっっっ!!」

 己のソーサーにやられては冗談にもならない。
 叩きつけるような凍気の中で辛うじてソーサーを捕まえ、その流れに乗るようにしてダイヤモンドダストの影響からなんとか逃れる。
 それでも星衣の表面に霜が立っており、ソーサーも持つのがつらい状況だった。

「やって……くれる……」

 自分の中の小宇宙を燃え上がらせてなんとか星衣を常温に戻すことは出来たが、プライドはずたずたにされていた。
 この動きの中で、氷河はザカンだけではなくティアムの動きにも対応出来る状態を維持していたことに気づいたのだ。
 恐るべきは神聖闘士だった。

「これで終わりか、御者座のザカン」
「くそっ……」

 氷河は余裕に満ちた表情でザカンを挑発したが、しかし実際はザカンが考えているほど余裕があるわけではなかった。
 エリシオンにおいて氷河のダイヤモンドダストは紫龍の昇龍覇とともに、眠りの神ヒュプノスさえ倒しているのだ。
 だが、あの神聖衣ゴッドクロスを纏っていたときのような力を振るうことが出来ない。
 神闘衣は確かな防御力を発揮してザカンの小宇宙から氷河の身体を守っていたが、やはり聖衣とは感覚が大きく異なっていた。
 自由自在には神闘衣を動かせないことが、攻撃力に繋がる小宇宙の不完全燃焼という形で現れている。

 ザカンと氷河はお互いに状況の難しさを悟ってしばしにらみ合った。
 それでも追い詰められているのはザカンだ。
 氷河はダイヤモンドダストの上にさらに切り札となる技がいくつもあるが、ザカンは既に最大奥義を使ってこれを返されている。
 手だてが尽きたわけではないが、これ以上の威力を叩き込むには捨て身にならねばならない。
 出来れば使いたくなかった。

「ならば……」

 先ほどからザカンの技を凌ぎつつも氷河はフレアを人質にとられないように注意して戦っている。
 おかげで後ろに控えているティアムも動くに動けないのだが、人質に取らなくても活用方法はある。
 右手に一枚だけソーサーを握り直し、

「グレイトバレイトラック!!」

 下手投げさながらの動きで地面スレスレを這うようにしつつ、猛烈な回転を加えてソーサーを投げた。
 縦回転のソーサーが竜巻のような烈風を伴いながらゆっくりと進んでいき、積もった雪を吹き上げ、その下に隠れていた地面に巨大な轍が刻まれていく。
 いや、轍というよりもそれはもはや谷だ。
 一応氷河を巻き込むようにはしているが、この速度では氷河相手に直撃は望むべくもない。
 目標は、その斜め後方にいたフレアだ。

「!!」
「しまった!!」
「止められるものなら止めてみろ!!」

 氷河はとっさにフレアをかばって軌道の真っ正面に回り込む。
 そうなるのを期待していたザカンは、氷河の動きに合わせるようにして第二のソーサーを投げつける。
 こちらは先に投げたソーサーに追いつくように馬のオーラを纏い、高速で氷河とその背後のフレアに迫った。
 中途半端に弾いたり避けたりすればフレアに当たる。
 思考ではなく氷河の鍛えあげられた感覚が、ザカンの攻撃の計算され尽くされた動きの狙いを察知した。
 先ほどのような大道芸じみた対抗策を採るわけにはいかない。
 考えるより先に、身体が動いた。

「オーロラ・サンダー・アターックッッッ!!」

 神闘衣に包まれた全身からあふれるような凍気をうち下ろしの一撃とともに第一のソーサーに叩きつける。
 凍気だけではなく、直接的な打撃力を十分に伴った必殺技は、谷を刻んでいくソーサーとその次のオーラを纏ったソーサーを真っ正面から受け止め、完璧にはじき返した。
 ザカンはとっさに残り二つのソーサーを投げ、吹き飛ばされたソーサーを呼び込んでかろうじて手元に引き戻して氷河に向き直るが、悔しさは隠しようもない。

「くそっ、これでもダメか……」
「礼を言うぞ、ザカンとやら。
 お前のおかげで神闘衣とともにどう戦えばいいかわかってきた」

 師らに習ったキグナスの聖闘士として戦い方を一瞬忘れたときに、かすかにだが神闘衣が応えるように動いたのだ。
 アスガルドの大地と人々を護ることを第一とする。
 フレアはこのミッドガルドの神闘衣に対して、アスガルドを護ってくれる勇士として紹介してくれたのだった。

 だが、礼を言うといいつつ、氷河は今のザカンのやり方に対して頭にきていた。
 聖闘士でも神闘士でもないフレアを巻き込むことに、こいつらは躊躇していない。
 それに対する怒りが拘りを拭ってくれたのは事実だが、それ以上に星闘士に対する怒りがこみ上げてきている。

「貴様ら星闘士は、卑怯という言葉を知らんようだな」
「無茶を言え。神聖闘士を倒すのに手段を選んでいられるか」
「何?」
黄金聖闘士ゴールドセイントが全滅した今、貴様ら神聖闘士は俺たち星闘士の最大の障害なんだよ。
 その黄金聖闘士を倒し、神闘士を倒し、海将軍ジェネラルを倒し、三巨頭をも倒した貴様らだ。
 手段がどうあれ、倒しておかなければ俺たちが負ける」

 現実を認めつつ淡々と語るザカンの声からは、引け目というものが感じられなかった。
 おだてているのでもけなしているのでもない。
 しかしそれは氷河にとって新鮮かつ奇妙な感覚だった。
 最下級の青銅聖闘士ブロンズセイントとして見下されながらも全力で戦い、その評価を打ち破ってきたのが今までの常だったのだ。
 格上として認識され、下から追いかけられるようなことは無かった。
 これまでは。

 追い込んでいるのはこちらのはずなのに、氷河はザカンから言いしれぬ迫力を感じていた。
 それこそが、かつて氷河たち神聖闘士が格上の相手に味わわせてきたものであることに、まだ氷河は気づかなかった。

「俺たちは勝たねばならん。何が何でも」

 ザカンは切り札を使うことを決めた。
 出来れば使いたくなかったが、このままでは青輝星闘士シアンスタイン天秤座のアーケインの到着を待たずに二人とも倒されかねない。
 どこをほっつき歩いているのかわからない不良上官に心中毒づきつつ、再び四枚のソーサーを手に構える。

「これで最後だ、キグナス氷河」
「フッ、まだ打てる手が残っているのならば、やるだけやってみるがいい」

 氷河は舞い踊るのではなく、真っ正面からザカンに向き直った。
 もはや小細工は許さんという気迫を静かな怒りに変えて小宇宙を燃え上がらせる。
 神聖衣のように自在にとまではいかないが、神闘衣がそれに応えてくるのがわかる。
 負ける気がしなかった。

 ザカンの動きは最初の一撃と同じ、

「フリーレイン・ハーシュリー!!」
「バカめ!聖闘士に一度見た技は二度とは通用しない!!」

 この手の投げ武器は手放している間が最大の隙となる。
 一撃目をフレアに当たらぬように弾いて、二撃目が戻ってくる前に、無防備になった奴へオーロラエクスキューションを叩き込む時間は十二分にあった。
 そう判断してダイヤモンドダストで初撃を弾く。

「!?」

 四頭の馬が殺到するはずが、凍気に弾かれて飛んだのは二頭だけだった。
 同じ構え、同じ技の名、すなわち、同じ技。
 氷河にそう思わせるには十分な状態を整えて、ザカンは見事に氷河の不意をついた。
 残り二つのソーサーを両足に装着し、どこか古代の戦車を思わせるように、小宇宙の手綱で一頭の馬を駆って氷河に迫った。

「こいつは……!!」

 並みの馬より二回りも大きいそれは、全身に青白い炎が燃えさかっている……いや、炎そのもので出来ているように見えた。
 だが大地ではなく空中を駆けるその姿は、はっきりとした小宇宙と闘争心をみなぎらせていた。
 紫龍ならばその正体に思い至ったかもしれない。
 それは聖魔天使の長、熾天使セラフのベルゼバブの騎馬であった恐るべき天馬だった。
 主を討たれて彷徨っていたところを、崩壊した伏魔殿の調査に訪れた青輝星闘士獅子座のゼスティルムが発見し、もっとも適していると思われた御者座のザカンに乗りこなすことを命じたのだ。

 ザカンはその期待に応え、まだ完全ではないもののこの天馬を操ることが出来るようになっていた。
 本来ならばアスガルド脱出時用の切り札であり、戦闘で傷つくようなことがあればアスガルドから帰還出来なくなる可能性があったために使いたくは無かったが、負けては元も子もないとザカンは判断したのだ。

「ぐうあああああああっっっっっ!!」

 氷河はオーロラエクスキューションの体勢に移ろうとする寸前に、天馬とザカンの人馬一体の攻撃を食らった。
 直撃だ。
 並の人間はおろか、そんじょそこらの聖闘士や星闘士なら、その場に倒されて天馬に踏みつぶされ、ソーサーに轢かれて絶命は免れないであろう攻撃だ。
 だが氷河は、そんじょそこらの聖闘士ではなかった。

「これが、神聖闘士か……!」

 氷河は両手に凍気を込めて、天馬の突進を受け止めたのだ。
 踏みとどまろうとする両足が雪を巻き上げ、大地を削り、大きく後退しつつも氷河は倒れなかった。
 直撃にもヒビ一つ入らない神闘衣と、それを纏う者の実力とがザカンを恐怖させる。

「これならどうだあああっっっ!!」
「!?」

 ザカンは天馬を駆る小宇宙の手綱を解いて跳んだ。
 先に放った二つのソーサーが悍馬となって氷河に……氷河と接敵しているザカンに迫ってきていたのだ。
 跳び上がったザカンは迫る自らの必殺技へと手を差し出す。
 星衣が砕けて血を噴き出させつつも、ザカンはその威力を殺すのではなく、さらに小宇宙を注ぎ込んで悍馬となったソーサーを空中で操った。
 至近距離だ。
 天馬をはじき飛ばすためにガードが崩れた氷河の左肩に蹴り降りつつ、ソーサーを振り下ろすようにして二頭の悍馬を氷河の側頭部へ叩きつけた。

「チャリオッツ・カリジョン!!」
「ぐ…………っっ!!」

 衝撃で氷河の足下の大地に亀裂が走り、ぐらりと氷河の身体が揺らいだ。
 バランスを崩して右膝をつく。

 やったか!?

 ザカンがそう思った瞬間、氷河の全身から凍気が沸騰した。
 この体勢からではオーロラエクスキューションこそ不可能だが、

KHOLODNYI SMERCHホーロドニー・スメルチ!!!」

 左肩に乗っていたザカンを、身体をわずかに捻って間合いに呼び込み、その捻りをも威力に乗せて振り上げた氷河の右拳が極寒の竜巻となってザカンを吹き飛ばした。
 いや、元より凍気に閉ざされたこのアスガルドではそれだけでは留まらず、吹き飛ばしたザカンを追いかけるようにして竜巻が巨大な氷の塔としてその場に実体化した。

「があああああああああっっっ………」

 絶叫すらも途中で凍てつき、ザカンは落下することもなく氷の塔の頂上に閉じこめられた。

「大した……やつだ……」

 氷河は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、もう一度膝をついた。
 下から追われるということがどういうことか、解ったような気がする。
 終始圧倒していたつもりだったが、慣れない心理状態に疲れを感じていた。

「そうだ……もう一人……」
「戦略的勝利、といったところかしら」

 微笑みが見えるようなその声を聞き、氷河は緊張感で身体を跳ね起こした。
 ザカンの攻撃で後退させられて、いつの間にかフレアから大きく引き離されていたことにやっと気づいた。
 それまでは常にフレアに気を配ることを忘れなかったのだが、さすがに最後の交錯のときにはそれは不可能だったのだ。
 ようやく向けた視線の先では、

「フレア!!」

 髪の毛座コーマのティアムの長い髪にフレアが囚われていた。
 先ほど見たときはせいぜい肩までしかなかった髪の毛が、ざっと見て五メートル以上はある金色の綱となって、フレアの身体を楽々と持ち上げていた。
 髪の毛でやったのか、拳を入れたのかはわからないが、フレアは既に意識を失っている。

「月並みな台詞だけど、動かないことね。キグナス氷河」

 ティアムはあえて見せつけるように、髪の毛の先端部をフレアの首に絡ませた。
 その気になれば首の骨をへし折るくらいはたやすいという意思表示だ。
 人間一人を楽々持ち上げられるくらいだから、それがはったりでないことはわかる。

「貴様らは本当に、手段というものを選ばんらしいな」
「手段を選んでいれば負けてしまう相手だもの。
 確実な手段を採ったまでよ。
 あなたはザカン様より強く、ザカン様には勝ったけど、それでもこの場で勝つのは私たちよ」

 氷河の侮蔑の言葉にもひるむことなく、ティアムはフレアを自分の身体の前にかざす。
 ティアムは、赤輝星闘士の自分が神聖闘士相手に勝てるとはさらさら思っていない。
 ザカンの攻撃を幾度もしのぎ、けた外れの凍気を見せつけられた今ではもはや疑いようもない。

「勝たねば何も為し得ない。
 勝利した者こそ絶対。
 それが我らが説かれた教えであり、信念なの」

 どこかで聞いた言葉だ、と氷河は思った。
 どこで聞いた言葉だったかと思い出そうとしたが、どうやらそれをのんびりとしている時間は無さそうだ。
 フレアの首に絡まった髪の毛がさらに伸びて、ゆっくりと氷河に迫りつつある。

「その神闘衣を纏っていては生半可な打撃は通用しそうにないけど、神闘衣の内側から締め上げればいくら神聖闘士でも生身と同じこと」
「く……」

 ひるみそうになるが、相手は光冠聖闘士コロナのセイント髪の毛座コーマのベレニケほどの使い手ではないようだ。
 ベレニケのゴールデンデスヘアーは触れるだけで全てを燃やしつくすほどの威力があったが、このティアムは相手を倒すにしても打撃か絞めるかが必要らしい。
 途中でフレアを拘束しているため、伸びてくる速度も遅い。
 ならば……手はある。
 身動きをしないようにしつつ、思いついた策を実行に移し始める。
 その間に、ゆっくりとティアムの髪が迫ってきた。

「キグナス氷河、覚悟」
「いや、覚悟するのは貴様の方だ!」
「なんですって!?」

 ティアムは最初何が起こったのか解らなかった。
 氷河の言葉に驚いて身体を動かそうとして、自由が利かなくなっていたのだ。
 それは、足下から高速で這い上がってきた凍気だった。
 氷河は雪原越しにティアムに向かって凍気を送り込んだのだ。
 両足が完全に雪原と一体化するまでわずか数秒。
 そのときには全身が凍気の浸食を受け、髪の毛も自由に動かせなくなっていた。

「しまっ……!」
「フレアを返してもら……」

 ドグサアッッ!!

 金属と肉とを貫く音が、逆転劇を演じたはずの氷河の言葉を途中で遮った。

「な……なに……?」
「ふむ、黄金の槍ゴールデンランスでも胸まで突き通せなかったか。さすがは神闘衣だな」

 氷河は背中を襲った激痛の正体を知ろうとして振り向こうとしたが、何か金色の物を視界の隅に収めたところで耐えきれなくなり、顔から雪原に倒れ込んだ。
 その氷河に向かって雪原を踏みしめる音が近づいてくる。

「どこをほっつき歩いていたんですか!アーケイン様!!」

 氷河が倒れたことで辛うじて全身凍結を免れたティアムが、遠慮の無い怒声をその足音に向かって叩きつける。
 ザカンではなく、どうやら一味の別の人間らしいと氷河は思った。
 こいつが投擲武器を背後から投げつけたのだ。
 神闘衣を貫き、さらには氷河を一撃で地に這わせるほどの小宇宙を込めた物を。

「き……貴様は……」
「まだ口が利けるとは大した神闘士だな」
「そいつは神闘士ではなく神聖闘士キグナスの氷河です」
「何?……事情はよくわからんがそいつは失礼をした。
 私は青輝星闘士天秤座ライブラのアーケイン。
 以後お見知り置きを、と言っても君はもうすぐ死ぬが」

 ティアムが解説を入れたので、アーケインは律儀に一礼して名乗った。
 青輝星闘士というだけあって、さすがにその小宇宙はザカンやティアムよりも遙かに強い。
 しかし、背後から奇襲をかけた後にこんな態度をとるその性格が氷河はとことん気に入らなかった。
 こんな男の前で倒れているなど、この氷河の誇りが許さない……!

「おのれ……!」
「残念」

 執念で立ち上がろうとした氷河は首の後ろを踏みつけられて再び雪原を舐めさせられることになった。

「恐いねえ、神聖闘士ってのは」
「この氷河……貴様らのような卑怯者に屈する膝は持っていない!」
「卑怯者……ねえ。
 まさか正義の戦いは正々堂々としていなければならんと思っているのではあるまいな」

 アーケインの口調が芝居がかったものからやや固さを持ったものに変わった。
 氷河が顔を上げることが出来ていたら、アーケインの顔から皮肉っぽい笑みが消えるのを見ることになっていただろう。

「正義のために正々堂々と戦って負けるなどというのが許されると思うのか?
 正義を為すためにはいかなる手段を使っても勝たなければならん。
 なぜなら、正義を掲げることが出来るのは常に勝者だけだからだ。
 いかにお題目を掲げて綺麗に戦ったところで、負けてしまえば何も出来ん」
「そんなものが、真の正義であるはずがない……」
「君の言う正義も勝利の果てに作られたものだ。
 先の戦いで勝ったからこそ、君らの暴挙も正当化されたわけだが、さて、今回はどうかな。
 正義を語った君はここで死ぬ。
 冥土の土産……いや、まだ黄泉平良坂までだが、向こうでその事実をよくよく噛みしめ給え。
 いざ、さらば」

 無造作な動きでアーケインは氷河の背中に突き刺さった物を引き抜いた。
 傷口がさらに拡がり、溢れた鮮血が雪原を真紅に染めていく。
 がっくりと力が抜けた氷河はそのまま動かなくなり、やがて、雪原を染める真紅の拡大が止まった。

「さてと」

 アーケインはポケットから布を取りだして氷河の鮮血がついたそれを拭って綺麗にし始めた。
 オリハルコンゴールドの輝きを持ったそれは、曲線を基調としたデザインで先端が三つに分かれ、中央が長く、左右に長さの違う鉤のような刃を持った槍だった。
 血糊が取れて槍が綺麗になり満足して布を捨てようかと思ったところで、ふとアーケインは手を止めた。

「神聖闘士キグナスの氷河……、こいつもサンプルとして持っていけばユリウスが喜ぶか」
「趣味に浸っていないでとっとと私とザカン様を助けて戴けませんか、アーケイン様」

 棘のある、というよりは棘しかない口調でティアムがアーケインに文句を言う。

「……もう少し丁寧な口調で頼まれてもいいような気がするのだがな」
「趣味に浸って部下をほっぽりだす上官にはこれで十分です。
 その槍が戦利品ですか?」
「いやいや、これは海界崩壊のときに拾って修復したクリュサオルの槍。
 戦利品はこっちだ。
 しかも早速役に立つ代物だぞ、ちゃんと感謝してくれ」

 そう言って、星衣の中に収納していた炎の剣を取りだしてティアムの足下に突き立てる。
 轟、と炎が吹き出して、凍結していた部分をあっという間に融かしてしまった。

「おおすごいぞ、ユリウスが譲ってくれない剣の代わりとしては申し分無い」
「喜んでないでザカン様も救助して下さい。
 今すぐにでも助けないと危険なんです」
「わかったわかった」

 ティアムに急き立てられて、ザカンが凍結させられた氷の塔へと走っていったアーケインは、炎の剣に小宇宙を込めて縦に一閃させた。
 剣だけではなく吹き上がる炎までもが刃となって氷の塔を引き裂き、崩壊させる。
 頂上近くで氷漬けになっていたザカンは、融けた氷にびしょ濡れになりながらも落ちてきた。
 狙い澄ましたようにアーケインは悠々とザカンを受け止める。

「ふむ、生きてるか?」
「……どこで何をやっていたんですか」

 血の気の失せた顔を寒さに震わせながら、それでもザカンは文句を言わずにはいられなかった。

「お前を助けたこの武器を入手してきたのだからそう怒るな。
 まだ天馬は操れそうか?」
「黄泉平良坂を垣間見てきた人間にいきなりそれを聞きますか」
「アスガルドから生きて帰れるかどうかの大問題だからな」
「……」

 冗談ではなく、あと数分遅ければ死んでいただろうとザカンは思った。
 全身が冷え切っていてまるで感覚がない。
 小宇宙を燃え上がらせようにも、氷河との戦いで疲弊しきっていた。

「……しばらく休まねば無理です」
「まあひとまずこれでも飲んでいろ」

 アーケインは星衣の内側からウォッカの小樽を取りだしてザカンに手渡した。
 いかにごてごてしている天秤座の星衣といえど、どこにどうやって収納しているのかはザカンも知らなかった。
 さらに炎の剣を大地に突き刺して、とりあえずのたき火代わりにする。

「で、何がどうなったのだ?
 キグナス氷河がアスガルドの民を守りに来て神闘衣を纏っていたということか」
「事情を聞かれてもこっちもわかりませんよ。
 神闘衣を借りていると言っていましたがね」
「ふむ……」

 アーケインはしばらく考え込んでいたが、

「ザカン、炎の剣を貸しておいてやるからここで体力回復していろ。
 動けるようになったら後からアレで追いかけてこい。
 来るときに炎の剣を忘れるなよ。
 ティアムはその女を連れて私とともにワルハラ宮殿へ突撃」

 先ほど強奪してきたばかりの炎の剣に所有権を主張しつつ、これでもザカンの体調には配慮していたりする。

「アーケイン様と二人きりですか……」

 ティアムが思いっきりため息をついて見せるが、アーケインはまるでへこたれない。

「質問は無いな。では行くぞ」
「はぁ……」

 ワルハラ宮殿は既に見えているのでそう歩く距離ではない。
 人が通るために雪かきがされている一応の道を辿れば、フレアを抱えているティアムもそれほど疲れなかった。
 しかし、手伝ってくれてもいいのではないだろうかと思わないでもない。
 さらには、

「ふむ、これは……」
「また何か見つけたんですか」

 荘厳な雰囲気を漂わせる宮殿の入口まで来たところで、アーケインはまた明後日の方向を見つめている。
 これが意味するところは……ティアムは既に諦めている。
 アーケインが何か強い武器の気配を感じたときの兆候だ。

「こっちか」
「……はぁ」

 宮殿の入口を横目にしばらく歩き、路地のようなところへ入る。
 ワルハラ宮殿周辺はこの極北にあるのが信じられないほどに発達した石造りの街が広がっているが、敵の侵入ということで戒厳令でも出ているのか、出歩いている人の姿は無い。
 そこら中に雪の積もっている街は驚くほど静かだった。
 アーケインの足の赴く方向へと進んでいくと、その静けさがさらに深まったような場所に出た。

「……墓地ですね」
「多分このあたりにありそうなんだが……」

 死者に対する礼節の欠片も見いだせないような足取りでアーケインは墓地の敷地内に足を踏み入れた。
 さすがに気が引けたティアムは呆れながら入口で立っている。

「おお、あったあった。この斧は逸品……」

 目的の物を発見して喜びの声をあげた直後、凄まじい闘気が周囲の大気を張りつめさせた。

「ティアム!伏せ……」

 とアーケインが叫んだ瞬間には既に手遅れだった。
 叫び声を上げる間もなくティアムは髪の毛を断ち切られ、同時に墓地の外へ吹き飛ばされていた。
 代わってその場に現れた白い影が、フレアを抱き留めて彼女に絡まった髪を切りほどいていた。
 その瞬時の動きは光速のそれ。
 身体を覆っているのは、左肩から先が濃緑色であとは全て雪そのもののように白い神闘衣。

「……神闘士か。一体何人生き残っているのやら」

 生き残りの海闘士から聞き出した、神闘士が全滅したという情報はどうやら大間違いだったらしい。
 これなら青輝星闘士があともう一人二人同行しているべきだった。

「オレが最後の神闘士だ。この卑怯者が」
「ちゃんと名前があるのだがな。
 青輝星闘士天秤座ライブラのアーケインだ。
 覚えて置いて頂こうか」
「オレが覚えておく必要は無い。
 だが貴様には地獄への送り主を教えてやろう。
 神闘士、ゼータ星アルコルのバドだ」

 バドはフレアが怪我をしていないことを確認して安堵しつつも、先の戦いをワルハラ宮殿で見ていたため、怒りを抑えきれなかった。
 まさかあのような方法で氷河が倒されるとは思わなかったため、大丈夫だと考えて動かなかった自身の判断への怒りも幾分はあったが、それ以上に目の前にいる男への怒りは強い。
 しかもこの男が今侵入しているこの墓地には、家代々の墓地を持たぬハーゲンとトール、二人の神闘士が眠っているのだ。
 断じて許さぬ。

 バドが隠すことなく叩きつけたサーベルタイガーの牙を思わせる殺気と小宇宙は、アーケインにとっても脅威だった。
 ティアムを一撃で倒した拳の動きは見切れなかった。
 しかも、ゼータ星ということから思い至ったことがある。
 青輝星闘士の自分と比べても互角かそれ以上。
 ティアムの生死を確かめるため下手に動くことも出来なかった。
 ならば真面目に戦うのは得策ではない。

「残念。あいにくだが地獄は消失しているよ。
 行きたくてもまだ当面は行けない。
 しかし、ゼータ星アルコルか……困ったな」

 バカにしたように顎に手をやって考え込む仕草を見せる。
 片手でフレアを保護している状態では、このくらいの隙では突っ込んで来れないという判断の下での挑発だ。

「ゼータ星の神闘士は確かミザールのシドと言ったはず。
 確かアルコルとは北斗七星にも大熊座の構成にも数えられない番外の星だったな。
 つまり、正式な神闘士ではなく、影役でしかないスペアの神闘士というわけだ」
「……!」

 バドの秀麗な眉が一瞬跳ね上がった。
 今は生き残ったただ一人の神闘士としてアスガルドとヒルダに忠誠を誓い、死んだ弟シドへも揺るぎない兄弟愛を抱いているものの、かつてはシドの影であり続け、正式な神闘士になれないことに憎しみを募らせたことがあったのだ。
 その忘れたい過去を、アーケインの嘲るような声に引きずり出されたような気分だった。

「だとすれば色々と納得出来ることがある。
 黄金聖闘士牡牛座のアルデバランが神闘士シドの手によって一撃で倒されたという話があったが、その後の神聖闘士との戦いを考えるとシドがそこまで超越した実力者とは考えにくい。
 シドとともに……いや、多分違うな。
 シドにすらわからないように、不意打ちをもってアルデバランを打ち倒したのはお前だろう。
 そうでもなければ、黄金聖闘士最大の壁とも言うべきアルデバランを一瞬で倒すことなど不可能だろうからな」
「……その洞察力は誉めてやろう」

 アーケインはすらすらと並べる推論の中で、不意打ち、という単語に力を込めた。
 先ほど卑怯者と呼んできたバドに対する当てつけであることは明白である。
 しかも推論の内容が正確であったために、バドは一瞬返答に窮した。

「いやいや、誉められるべきはお前だよ。
 不意打ちとはいえあのアルデバランを瀕死にまで追い込んだ業績は賞賛されるべきだ。
 お前がそうしていなければ、冥闘士は十二宮を突破できなかったかも知れないのだから」
「……何?」

 氷河から話を聞き、黄金聖闘士全員と星矢が死んだという結果は知っていたものの、その詳しい内容まではバドは知らなかった。
 ハーデスとの戦いが長かったこともあるが、その場の当事者が全滅して何が起こったのか解らないことも多かったからである。
 十二宮の戦いも、星矢と紫龍がいた局面しかわかっていないのだ。

「全ては聞いていないと見えるな。
 ならば居合わせた者から聞いた確かな話を教えてやろう。
 牡牛座のアルデバランはお前から受けた傷が癒えきらぬ身体のまま金牛宮を守り、冥闘士一の暗殺者地暗星ディープのニオベと相討ちになったのだ。
 手負いの状態で不意打ちを食らいながらも、死力を尽くした一撃でニオベを仕留めていたという。
 お前が手傷を負わせていなければ、黄金聖闘士に並ぶ剛無しと言われたアルデバランを倒すことなど不可能だったはずだ。
 よしんば出来たとしても、十二宮を突破する力など冥闘士には残されていなかっただろう。
 つまりお前は、ハーデス軍最大の功労者というわけだ。
 十二分に誇っていいことだとは思わないか?」
「貴様……!!」

 ヒルダがニーベルンゲンリングに囚われていたときは、聖闘士を倒し、アテナを倒すことこそ至上の目標だったが、真実が明らかになった今では、バドにしてもヒルダにしても聖闘士と戦った過去は贖罪の対象でしかないのだ。
 それを誉められたとて、しかもアテナ軍の大苦戦の原因とされて、心中穏やかでいられるはずがなかった。

「戯れ言は聞き飽きた。
 そのおしゃべりな口を二度と叩けんようにしてくれるわ!!」
「そう照れなくてもいいだろうに。
 意外に謙虚なのだな」

 必勝の確信を載せつつ、アーケインは冷笑を浮かべた。
 これだけ怒らせれば、いかに強大な相手でもつけいる隙はいくらでもある。

「それでは、歴史に残るその強さをとくと拝見しよう」




第十六話へ続く


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