聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第八話、白銀の宮殿」




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 十二宮を護る黄金聖闘士はいない。

 いつものように石段を登りながら、否定しようのない現実をアステリオンは感じていた。
 白羊宮、金牛宮には、アリエス、タウラスの黄金聖衣がひっそりと佇んでいる。
 タウラスの左の角は欠けたままで、折れた角は今なお金牛宮の片隅に突き刺さっていた。
 これを残しておいたのはアルデバランの自戒かもしれない。
 折ったのは他でもない、ペガサス星矢だ。

 黄金聖衣を破壊するには、事実上神の力が必要とされる。
 今までは黄金聖衣は永久不滅と考えられていたのだが、冥界で死の神タナトスに砕かれたため、聖域の公式見解は変更されていた。
 その黄金聖衣の一端を、曲がりなりにも叩き折った。
 つくづくとんでもない奴だと思う。

 自分も、一度戦ったことがある。
 よく勝てたものだ。
 思い返してみるたびに背筋が冷たくなる。
 白銀聖闘士一頑強と言われたモーゼスを瞬時にして撃破したあの攻撃を一発でも食らっていれば、自分は今こうして生きてはいなかっただろう。
 猪突猛進な星矢の考えを完全に読むことが出来たおかげで、辛うじて勝てた。
 無傷ではあったが、薄氷の勝利だった。
 結局その後、星矢の師魔鈴に敗北し、紆余曲折を経て今に至る。

 この、星矢に勝ったという事実が、エルドースによるアステリオン教皇化計画の材料に使われているのだから、人生どこで何が災いするか解ったものではない。
 ちなみに、毎日こうして教皇の間に出向いているのも教皇の仕事を代行するためである。
 気がついたらやることになっていた。

「くそっ、あの三十代め」

 エルドースの一番嫌がる呼び方で毒づく。
 年功序列であいつが教皇になれば手っ取り早いものを。
 大体、勝敗で全てが決まるのならば自分を下した魔鈴はどうなる。
 アテナを護る少年達、が原則だと言ったところで、女性の聖闘士が厳然として存在する以上そんなものは建前でしかない。
 そもそも白銀聖闘士が教皇の仕事を代行しているという時点で、伝統も何もあったものではないのだ。
 原則にこだわるのならばそれはそれで、未来の牡羊座の黄金聖闘士になるジャミールの貴鬼に任せてしまえばよい。
 アステリオンの半分ほどの年齢ではあるが、この猟犬星座の聖衣を見事修復して見せたことで牡羊座のムウの後継者として見る者は増えてきている。
 先代のムウからして十になる前に黄金聖闘士になっているのだから、制度上の問題はない。
 等々、いかにして教皇の座に就かずに済むかを思案しつつ石段を登る。

 双児宮、巨蟹宮とも聖衣があるのみで、この二つの宮の間に交代で白銀聖闘士が詰めている。

「相変わらず御苦労なことだな」

 当番に当たっていたのは、麒麟座キャメロディオのバルチウスで、いつものようにホウキで石段を掃除していた。
 アステリオンが声をかけると、顔を上げてほんの0.5ミリほど唇の端を上げた。
 無口だが温厚というか家庭的な男で、聖域一料理が上手いという噂がある。
 エルドースと違って聖域に逆らっていたわけではないが、その性格上の問題で刺客に任命されることなくサガの乱を終えた。
 現在事実上の聖域環境整備部長であるが、要するにきれい好きらしい。
 ここはすぐ上の巨蟹宮からの埃が飛んでくるので、彼としては掃除せずにはいられないのだろう。
 あまり会話の弾む相手ではないので、会話というか一方的な言葉の放出はそれだけで済ませて先へ進んだ。

 埃の原因となる音がはっきりと聞こえてくるようになる。
 シャカの天魔降伏で半壊した巨蟹宮の修復作業はほぼ終わりつつある。
 今は仕上げの作業中だった。
 聖域に何十代にも渡って仕え続けてきた大工達の腕はさすがに見事で、巨蟹宮の姿はほぼ完全な形を取り戻していた。
 この次は、地伏星の冥闘士が穴だらけにしてくれた獅子宮の床の修理作業が予定されている。

 その獅子宮に黄金聖衣はない。
 こちらはタナトスに砕かれたまま、修復……というよりは再生の見込みはまったく無かった。
 ただこの宮に何もないかというとそうでもない。
 手向けられる花の絶えたことのない場所がある。

 シャイナの奴も義理堅いというか、マメというか……。

 カシオスというそのシャイナの弟子は、聖闘士選抜戦の決勝で星矢に敗れ、星矢を倒すことに執念を燃やし、最期は星矢を守るために散ったという。
 そうなろうとは思わないが、男としてその生き様には尊敬すべきものを覚える。
 想う相手に、死してなおこれだけ覚えていてもらえれば彼も本望かも知れない。

 だがあいにく、アステリオンには浮いた話は一つもなかった。
 人の心が読めるというのは、人間としては不自由なことなのだ。
 おかげで結婚願望もない。
 乙女座の黄金聖衣もなく、アテナエクスクラメーションで内部崩壊している処女宮を通過しながら、自分は一生結婚しないだろうと思った。

 処女宮と天秤宮の間にも、交代で白銀聖闘士が詰めている。
 都合、三宮に一人の割合だ。
 今当番に当たっているのは、小熊座アールサのクリュスだ。
 大熊座が青銅聖衣で小熊座が白銀聖衣というのは、多分に北極星を含むというその重要性のためだろう。
 クリュスは160センチ台の小柄な身体ながら、アルゲティやモーゼスに勝るとも劣らぬ膂力の持ち主である。

「やあアステリオン、おつとめ御苦労さん」

 案の定、筋肉トレーニングをやっていた。
 起きている間は食べることと筋肉トレーニングしかしていないというが、本当かも知れない。

「よく飽きずに続けているな」
「目標はアルデバランだからね。よいしょっと」

 それはそれで遠大な目標である。

 先へ進んで天秤宮。
 ここにも黄金聖衣はない。
 いざというときに無類の力を発揮する天秤座の武器がないというのは何とも心もとないものだ。
 ようやく天蠍宮で黄金聖衣に出会える。
 宮が完全で、黄金聖衣も完全。
 しかし、黄金聖闘士はいない。
 かえってそのことを実感してしまい、足早に通り過ぎた。

「やっぱりここにいたか」

 石段に座り遠く火時計を見下ろしていたのは蛇遣い座オピュクスのシャイナである。
 その聖衣はタナトスの攻撃を受けたときの傷が今なお残り、貴鬼による修復の順番を待っている。

「動いていちゃ悪いかい?」

 三宮に一人という順番ならば、人馬宮と磨羯宮の間にいるのが原則なのだが、厳密な理由があるわけではないので動いていても罰則規定はない。
 そして、白銀聖闘士を謹慎させられるような人的余裕もない。
 さらに言えば、

「ここに遣蛇宮を造る予算はないぞ」
「……わかっている」

 巨蟹宮などの修復にも言えることだが、十二宮に現代の建築技術を持ち込むわけにはいかないのである。
 大型建設機械が十二宮に入れないという現実的な問題もあるし、十二宮内にビルなど建てようものなら十二宮に張り巡らされたアテナの結界を破る穴となってしまう。
 事実上、三千年前の技術をなぞらなければならないのだ。
 また、新しい宮を造っても、やはりアテナの結界にほころびを生じさせるだろう。
 ゆえに、問題の根本は予算ではない。
 神話の存在である聖域そのものの問題である。
 教皇代行として不本意ながらも予算管理もやらされているアステリオンは、それらの事情を全て解っている。
 わかっていて、あえて予算などという関係ない話題を出した。
 彼なりの配慮である。

 シャイナの星座蛇遣い座は、三千年をかけた天の移動により、現代では黄道に入りつつある。
 俗に言う十三星座というやつだ。
 最近になって俗世間の占いでこれが取り上げられるようになってから、シャイナはよく悩むようになっていた。
 自分の纏う聖衣が黄金聖衣だったら、自分が黄金聖闘士だったら、聖域の盾になれるものを。
 傷だらけの聖衣を眺めつつそう思う。
 本当は黄金聖衣であってもタナトスの前では完膚無きまでに破壊されたのだが、そんなことは慰めにならない。
 蛇遣い座のある蠍座の天蠍宮と射手座たる人馬宮の間にいるのも、黄金聖衣とコロナの聖衣にのみ与えられた太陽の力を少しでも身につけたいと思っているからだった。

 無理な願いだ、わかっている。
 かつて不滅と謳われた黄金聖衣をそう簡単に作れるはずがない。
 そも、聖衣の製作方法は失われて久しい。
 それくらい、嫌と言うほど、わかっている。
 どうしようもないことなのだ。

 しかしアステリオンはシャイナの割り切れない思いを、神話からの時代という途方もないものではなく予算という現実問題に向けて、可能性があることだと慰めているのだ。

「次期教皇のお達しとあらば、仕方ないな」

ドガシャアッ

 アステリオンが顔面から石段に倒れ込んだ音である。

「派手な音がしたが、大丈夫かアステリオン」

 仮面に覆われているが、その下の顔が笑っているのは確実だ。

「シャイナ、貴様はジャミールの貴鬼派じゃなかったのか……。
 いつエルドースに買収された……」
「人聞きの悪いことを言うな。
 今お前の支持者になったところだ」

 今度は冗談ではない。
 アステリオンはそれがわかってげんなりした。
 シャイナは昔からその姉御肌な性格のおかげでかなりの人望がある。
 そのシャイナが公式に支持を表明しようものなら、聖域の大勢が決まってしまうではないか。
 こうなっては日本の青銅聖闘士たちが最後の頼みの綱だ。

「そんなに嫌か?
 教皇になりたいがために聖域をのっとった男すらいたというのにな」
「そうなりたくないから嫌なんだ!!」
「……ずいぶんいい男になったな、アステリオン」

 この女、確かに蛇遣いだ。
 アステリオンは反論する気力も失せつつそう思った。
 これ以上この話を続けていては、本当に教皇に立候補させられてしまいそうである。
 無理矢理話を変えることにした。

「ところで魔鈴の奴はどこへ行ったのだ。
 ハーデスとの戦いが終わってから全く姿を見ないが」
「気になるのか?」
「勘違いをするな!ただでさえ人手不足のこの時期にさぼられてはオレの仕事が増えるんだ!」

 やっぱり次期教皇に適任なんじゃないかとシャイナは改めて思う。
 間近ではっきりと思考にしたので、アステリオンに向かってそう喋っているのと同じである。

「どこにいるのかはあたしも知らないよ。
 だけど、何をやっているかはわかる」
「……弟か?」
「ああ」

 日本人の魔鈴がギリシアまで来て聖闘士になったのは生き別れた弟を探すためだという噂は、アステリオンも聞いたことがあった。
 シャイナもアステリオンも、その弟が星矢であると信じて疑わなかったのだが、星矢の姉星華は別人だった。
 しかも、彼女を見つけてきたのが他ならぬ魔鈴だったことに二人は驚かされたものだ。
 意外だとしか言う他ない。

「あいつは……確かに星矢に自分の弟を重ねていたんだろうさ。
 星矢の姉が見つかれば、同じように自分も弟を見つけることができると信じられるって思ったのかも知れない」
「グラード財団に頼んだ方が早くないか?」
「星華ちゃんが頼んで、探してくれているらしいけどね。
 ただ、今のところいい知らせは届いていないよ」

 公にはされていないが、グラード財団は日本人の九割九分以上をカバーする超巨大データベースを持っている。
 それで大概の人間ならば探せてしまうのだ。
 これで引っかからなければ逆にそのデータ外の存在となる人間で絞り込むことが出来る。
 それでも無理ならば星華と同じくもはや日本にいないのだろう。

「もしあいつから連絡があったら、とっとと戻ってこいと伝えろ」
「フフッ、解ったよ」

 笑い方が若干気になるが、あえてシャイナの考えは読まないことにした。
 その場から逃げるような気分で再び石段を登ろうとしたとき、

「む……っ!」
「なんだ?……小宇宙?」

 近くではない。
 十二宮の外だ。
 この小宇宙は、オリオン座のエルドース。

「あいつ……、何を?」


*    *    *    *    *


 こいつは、並の相手じゃない。
 一人の男と対峙しつつ、エルドースは動くに動けなかった。
 目の前にいる男はまるで小宇宙を発していない。
 巡回しているはずの雑兵達が発見できなかったのも無理はない。
 気配がほとんど感じられないのだ。
 エルドースでなければ気がつかなかっただろう。
 だが、何の小宇宙もない者が易々と入れる聖域ではない。

「通してくれないか。
 噂に高い十二宮に観光に来たんだが」

 どこが観光客だ。

 体格が良すぎる上に、背負っている大きな箱が気にかかる。
 聖衣箱とほぼ同じ大きさだ、ということはすぐに思い至った。

「ギリシア政府の特別法で、十二宮への立ち入りは規制されている。
 次官級以上の許可がなければ認められない」

 返答だけ聞けば一介の警備員だが、エルドースは警備員の表情などしていなかった。
 こいつは間違いなく星闘士スタインだ。
 それも、かなり上位の。

「聖域に生き残った聖闘士がどれほどのものか、でもいいのだ。
 それならば歓待してもらえると思うが」

 小宇宙をみなぎらせたエルドースをまるで恐れる風も無く答えてきた。

「それならばいいだろう。全力で歓迎してやる!」

 聖衣を呼んでいる余裕はない。
 エルドースは先手を取って動くしかなかった。
 認めたくはないが、相手の実力に飲まれかかっていたのだ。
 その怖れを振り払うかのように、大気を切り裂くと言うよりも破壊するような拳圧が放たれる。

「!!」

 避けようとした男は瞬時に判断と体勢を変えて、拳圧に拳圧を叩き込んで相殺した。
 拳圧に挟まれた大気が雷鳴よりも低く響く音を発する。
 もちろん、音は拳圧を追いかけねばならない立場だが、聖闘士と星闘士の激突においてこれは当然の現象である。

「チッ」

 それでもエルドースは舌打ちした。
 彼の必殺技バーストストリームは、見た目の何倍もの大きさの攻撃圏を持っている。
 男が余裕面のまま紙一重で避けようとしていたら、その場で勝負が決まっていたはずだ。

「これでも防げるか!」

 一度の失敗で落ち込むほどエルドースは繊細ではない。
 畳み掛けるようにバーストストリームを放つ。

「なかなかやる!」

 聖衣、あるいは星衣クエーサーを纏っていない状況ではかわすしかない。
 そして全てをかわすためには、こちらの背後に回るしかない。
 相手の動きが速い。
 反応が僅かに遅れた!

「ブレイブス・ソード!」

 こちらも生身だ。
 防御力はゼロに等しい。
 剣を一閃するかのようなその男の攻撃を、紙一重、いや、髪一重でかわし……きれない!
 わずかに頭をかすめ、彼の髪とわずかな血飛沫が飛んだ。
 だが、命に関しては紙一重で助かったと言うことらしい。
 かわした向こうの地面が、山羊座カプリコーンのシュラにでも切り裂かれたように、恐るべき切れ味の痕をさらしていた。

「ずいぶんと、物騒な観光客だな」
「今ので首を飛ばせるつもりだったが、想像以上に大した歓待だな。
 四人の神聖闘士を除けば、生存者中最強の聖闘士かな」
「ずいぶん例外事項が多いのが気にかかるが、リーグ戦もトーナメントもやったことがないのでな。
 誰が最強かは知らん」
「否定はしないのだな」
「そういうことだ」

 神話に近いとある時代において、オリオン座の聖闘士は白銀聖闘士でありながらその代で最強を謳われたという。
 現代のエルドースも、黄金聖闘士以上とは言わないが、白銀聖闘士の中でも屈指の実力を持っていることは誰もが……アステリオンすらも反感を顔に出しつつ……認めるところだ。
 だがそのエルドースでも、目の前のこの男に勝てる自信はない。
 上位の星闘士だという自分の判断は、不幸にも間違っていなかったらしい。

「観光ツアーにオプションをつけてもらいたいが、いいかな」

 男は担いでいた箱を下ろしつつ言った。

「いいだろう、高くつくぞ」

 意図するところを察して、エルドースは小宇宙を燃え上がらせた。
 このままでは勝てない。
 彼の小宇宙に応えて、勇壮なるオリオンの姿が飛来する。

「……ほう」

 分解されてエルドースの身体に装着されていくオリオンの白銀聖衣を眺めて、男の表情がやや堅くなった。

「オリオン座の、聖闘士か」
「白銀聖闘士、オリオン座のエルドースだ」
「かつて神話に近い時代、我々星闘士の最大の敵となったのが、確かオリオン座の聖闘士だったと聞く。
 ジャガーと言ったかな」
「ずいぶんと博識だな」

 もちろんエルドースもその名を知っている。
 しかし、相手が星闘士たちだとは知らなかった。
 相手にその名を出されては、なおのこと負けるわけにはいかない。
 そして、今さらだが男は自分が星闘士の一員であることを認めた。
 こうなるとエルドースはさらに負けられない。
 日本でバカ弟子がアテナを守って星闘士を一人撃退しているのだ。
 師匠の自分が負けるわけにはいかない。

「では、こちらもオリオン座の聖闘士に対して相応の礼儀を尽くさなければな」

 男は箱を包んでいた布を取り払った。
 予想通り、現れたのは聖衣箱そのもの。
 ただし厳密には星衣箱というべきなのだろう。
 しかし、そこに刻まれた星座がよく解らない。
 船の様にも見えるが……。

「竜骨座の星闘士か……?」

 聖闘士ではコロナの聖闘士にあたる。
 だが、男は微かに笑って箱を開いた。
 光と共に現れたのは、竜骨だけではなく帆も揃えた完全な帆船の姿。

「まさか……、アルゴ座!」
「ご名答」

 帆船が分解して男の全身に装着される。
 黄金聖衣にも匹敵するだろう防御面積を持ちながらも優美なる鎧。
 纏った男の全身からは、蒼く輝く小宇宙が立ち上る。

「!」
「自己紹介が遅れた。
 青輝星闘士シアンスタイン、アルゴ座のイルピトアだ」


*    *    *    *    *


 アステリオンは十二宮を跳び下りていた。
 駆け下りていたのではない。
 天蠍宮から白羊宮まで素直に下ろうとするとそれだけで相当の時間がかかる。
 覚えたてのテレポーティションを繰り返していた。

 十二宮においてテレポーティションすることができないというのは有名な話である。
 神話の時代から続くアテナの小宇宙による効果で、十二宮を通ることなく教皇の間やアテナ神殿に突入することは不可能なのだ。
 事実、牡羊座のムウですら宮を超えてテレポーティションすることが出来なかったらしい。
 だがそれは、あくまで宮を超える限りにおいて有効なのではないかとアステリオンは考えた。
 まして、外敵の侵入を阻むための結界なら、下りは弱まるかも知れない。

 そう考えて宮の中は走り、宮を出ると同時に次の宮の前までテレポーティションすることにすると、有り難いことに成功した。
 身につけて間もないアステリオンの技量ではこの程度の距離がテレポーティションの限界だったのだが、今はそれで必要十分であった。

 一方で、テレパシーを使って指令を出す。
 バルチウス、クリュスの二人には、決してその場を離れないように通達した。
 聖域に乗り組んでくるからには、敵が一人である可能性の方が低い。
 今エルドースが引きつけているのは陽動かもしれないのだ。
 十二宮を空けることは危険すぎる。

 それを認めつつもクリュスは反論した。
 エルドースは今生きている白銀聖闘士中最強クラスの実力者だが、感じられる相手の小宇宙が半端なものではない。
 一人では危険すぎる。

「オレが行く」

 アステリオンの返答は、クリュスの予想通りだった。
 アテナに忠誠を誓ったものの、聖闘士として戦う機会も無く事務仕事ばかりしているアステリオンが、自らの立場にコンプレックスを抱き続けていることは他の白銀聖闘士全員が……バルチウスはほとんど語らないので解らないが……知っている。
 あるいは、星闘士という敵が現れたことを彼は歓迎しているのかも知れないと思う。

 自分の中にある気持ちの正体も分からないまま、アステリオンは三度目のテレポーティションをした。




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