聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第七話、ギリシア風土記」




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 地中海カノン島。
 聖域にも近いこの島は、神話の時代より活動を続ける活火山の島である。
 常に噴煙を立ち上らせ、現代に於いてもその活動は衰えることがない。
 しかし同時に、大災害を起こすような噴火を起こしたこともなく、常に力をたぎらせた島である。

 島の主な産業は温泉業と農業で、どちらかと言えば農業が主である。
 火山島ゆえに土地はやせていると思う湯治客は、近海で捕れる魚介類以上にこの島で収穫された野菜の豊富さに驚かされる。
 火山灰は適度に鉱物分をもたらすぐらいにしか降らない一方で、地熱によって一年中温かいためである。
 また、火山性微粒子が海から立ち上る水蒸気をまとめるので雨も不足していない。
 島の人々はそれを神々の恵みと崇め、火山と共に生きている。

 ギリシア本土からは船で六時間。
 一日一往復の定期便が、今日も湯治客を運んできた。
 この本土からの距離のために、この島は温泉業だけではやっていけない。
 しかし、神々の恵みのためか湯治の薬効は確からしく、来る者は遠くイギリスからでも来る。
 そのため、少々珍しい格好の者がいても目立たないものなのだが、その青年はいささか目立った。
 手荷物袋の他に、一抱えもある四角い箱を背負っているが、行商人と言うよりはどこかの貴族のような品の良い面立ちである。
 それでいて体躯はしっかりと鍛えられており、スポーツ選手のようにも見える。
 ギリシアではこういうときに便利な表現がある。

 そう、神話の英雄のように見えた。

 青年は何人かのガイドの申し出を丁寧に断って、行く先を解った足取りで港を後にした。


 平地部はともかく、火山の火口が近くなるとさすがに冷えた溶岩によるごつごつとした荒れ地が目立ってくる。
 それと共に、確かな小宇宙も感じられた。
 青年はそこで担いできた箱を下ろすと、全体を覆っていた白い布を取り払った。
 中から現れたのは、鈍い金属光沢を持った古めかしい箱。
 前面には雄大な帆船のレリーフが施されてある。
 模様に紛れ込ませて巧妙に隠されてある取っ手を引くと箱が分解して、中から光が溢れてくる。
 光と共に姿を現したのは、黒光りする帆船の置物……が瞬時に分解して青年の身体に装着されていく。
 全身をくまなく覆い強大な印象を与える鎧。
 そう、アルゴ座の星衣クエーサーだ!
 最後にいかなる仕組みだろうか、箱を作って来た金属板が小さく畳まれて取っ手に収納され、その取っ手が右腕の補助パーツとなった。
 箱を覆っていた布をマントとして纏い、一気に身軽になった彼は、島の者でも滅多に近寄ることのない悪路を軽々と飛び越えていった。

 その彼に、向かってくる小宇宙が二つ。

「出迎え御苦労」

 彼は慌てるまでもなく言った。

「イルピトア様……!」

 悠然とした彼……イルピトアに、侵入者を迎え撃とうとした二人の赤輝星闘士クリムゾン・スタインは驚きの声を上げた。
 青輝星闘士シアン・スタインの一人が連絡も無しに来るなど、何事か起こったのだろうか。

「陛下にお目通りは可能か」
「は、はい。今は目覚めていらっしゃいます」



 噴煙が混じるようになった大気はさすがに暑い。
 しかし、この噴煙すらも神話の遺産である。
 凍結し細胞まで壊死した人体を、解凍し再生するという力があるのだ。
 今そこには、一人の人物が玉座のような岩に座して凍てついた身体を再生させている。
 ただ、人物と言ってよいものか。
 噴煙の中に見え隠れするその人物には、耳と口がなかった。

「イルピトアか」

 口も無しにどのようにしているものか、ともかくその人物は声を発した。
 イルピトアは羽根模様の飾り豊かなマスクを脱いで頭を垂れる。

「お久しぶりでございます。陛下」
「挨拶はよい。話せ」

 礼節を心得たイルピトアの態度ではあったが、陛下と呼ばれた人物は特に気にするでもなく促した。

「グランドが敗れました」
「それは知っている。
 眼は戻ったが視覚が戻らぬのでな」

 そうやって会話をしながらも、確かに目を開けていない。
 イルピトアは微かに顔を上げてそれを確認した。
 礼儀正しい行動ではないが、無礼と感じさせない動きであった。

「グランドのことだ。
 大方部下に花を持たせてやろうと考えたあげくの失敗だろう。
 何名倒された?」
「フェロン以下七名です。
 生き残りましたのは、グランドとアンティオネのみ……」
「フェロンが死んだか」
「ヒドラの聖闘士とやりあった末とのことです」
「……そうか」

 納得が行った、とでも言うような声でかすかに天を仰いだ。

「アンティオネの報告によれば、聖闘士たちはタナトス様に砕かれた聖衣の修復をジャミールで行っていたとのこと。
 高地に慣れた聖闘士四人が待ち受けていたそうであります」
「黄金聖闘士は全滅したというのに、存外しぶといな」

 やはり機嫌を損ねたのではないかと思い、イルピトアはつけ加える。

「次はこの私が出向き、ジャミールを壊滅させて封印を解いて参ります」
「いや、捨て置け」

 意外な答えに、イルピトアは思わず顔を上げた。

「いかなお前とて、高地では存分に動けまい。
 それに、ここまで封印が解除されれば後はどうとでもなる」
「しかし、聖闘士たちは既に聖衣を修復しつつあります。
 出来るだけ早く潰しておかなければ……」
「聖衣無き聖闘士を全滅させても、ゼウスへの挑戦にはならぬ。
 それにお前たちも、納得できるのか?」
「……御意」

 イルピトアはフッと笑って頭を下げ直した。
 確かにこの最終聖戦の時代に、ハンデありで勝ったとしても後々の世にまで恥をさらすことになろう。

「今はそれよりも、残り二つと器を探す方が先だ。
 それまでこれ以上の犠牲は出来るだけ避けよ」
「それについて一つ、お許し願いたいことがございます。
 御身の配下をこれ以上減らすことなきように、兵として雇い入れたい者がおります」
「わざわざお前が出向いてきたのはそのためか」

 イルピトアには代行権を与えており、聖闘士側にたとえると教皇に近い立場にある。
 それでもことは大きいと判断したのだろう。

「星衣を纏えそうか」
「はい、三人とも元々アテナの聖闘士たちと因縁浅からぬものの、聖衣を与えられなかった者たちです。
 特に、リザリオンと名乗る男の執念には見上げたものがあります。
 かつて彼らと戦って仲間を全滅させられたため、何が何でも彼らに復讐するのだと」
「お前が使えると判断したのならよい。存分に使え」
「はっ……」

 一礼して、そのまま場から辞そうとしたイルピトアだがふと振り返った。

「どうした?」
「聞き忘れるところでした。
 お身体の回復は順調でありましょうか」
「嫌なことを聞いてくれる」
「我々全員の士気に関わりますので」

 今度は悪びれたところなくさらりと言ってのけたので、目で笑う。

「全身を凍結させられたのでな、一月程度ではどうにもならぬ。
 どうやら回復力も人間並みにまで封印してくれたようだ」

 神の肉体そのままならば、絶対零度の数百倍の時まで耐えられるのだが、人間とほぼ同等にまで貶められた身体ではそうもいかない。
 氷戦士の長が最期にはなった一撃は、星闘士全体の動きをなお封じ込めていた。
 その彼も白銀聖闘士だったという。
 聖闘士との対戦成績は余り芳しくない。
 イルピトアにはそれが歯がゆかった。
 決して聖闘士に劣るつもりはない。

「必ずや全ての封を解き、陛下の力を取り戻します。
 必ず……」

 今一度深く礼をして、イルピトアは今度こそその場を辞した。
 港に戻ると既に定期便は出てしまっており、どうやら今夜はこの島で一泊することになりそうだ。
 星衣を箱に戻し、普通の客を装ってイルピトアは温泉宿へと向かった。


*    *    *    *    *



 海を隔てたギリシア本土。
 古き神殿や遺跡が並ぶこの国には、未だに神話が息づいている地域がある。
 首都アテネから僅か数キロ。
 国外の観光客やジャーナリストらの侵入を今なお阻み、人工衛星による撮影をも退けて、未だ伝説の中にあった。
 誰が言い始めたか、そこを聖域、サンクチュアリという。

 さりとて、そこには今なお人が住んでおり、彼らを支える街並みがある。
 そんな村の一つロドリオ村にとって、聖域とそこにありしアテナの聖闘士とは身近なものであった。

「うう〜、死にたくない。死ねば私は必ず地獄へおとされる……」
「おばあちゃん!」
「い……いやじゃ、死ぬのがこわい〜〜、地獄へおちたくない〜〜〜〜〜〜」

 村の民家の一つで、病に倒れて叫ぶ老婆を家族の者たちが不安げに見守っている。

「か……かわいそうに、おばあちゃんは人一倍信仰心のつよかった人……」
「臨終の今……今までの人生でおかしたいくつかの罪を悔い、死後地獄へおとされることをおそれているのだ……」

 ギリシアの人々にとって、地獄はある意味で身近な存在である。
 八の獄からなる地獄の全容はギリシア神話にしっかりと記述されており、あらゆる罪についてそれぞれに恐ろしい刑罰が言い伝えられている。
 まして二百数十年前には冥王の軍勢が本当に地上に姿を現したのだから。
 地獄におちることなどない、という言葉は気休めにもならないことを、皆よく知っている。
 ほとほと困り果てていた一同に、不意に声がかけられた。

「テオファノの住居はここですか」

 まだ若い青年の声だ。
 しかしその声は理知的で、慈しみに満ちている。
 家族の者たちははっとなって、期待に満ちた表情で振り返る。
 そこには、彼らの期待した通りの顔が、簡素な法衣をまとって立っていた。

『アステリオン様!!』

 一部では次期教皇とも噂される青年の名を聞いて、老婆……テオファノは驚きに目を見開いた。
 震える身体を叱咤して、心の中を何とか彼に吐露しようとする。

「アステリオン様、わ……わたしは罪深い人間です、
 自分のおかした罪が恐ろしい……死ぬのがこわい……」
「テオファノよ、この世に生まれてひとつも罪をおかさずに死んでいく人間など一人もいません。
 しかし死ぬことによってお前の罪はきよめられ、これからは神との暮らしがまっているのですよ」
「私を安心させて下さろうとしているのですか……、
 しかし冥界にはあの恐ろしい冥王が地獄を作って待っているのでは……」
「冥王は既におりません。
 安心なさい、地獄などとうに無くなったのですよ」

 そう答えるアステリオンの声には、気休めなどではない確信の音色があった。

「さあ、死をおそれることはありません。
 懐かしい人が、カシモドが貴女を待っていますよ」

 他の者には聞こえないような小声で言われたことにテオファノは目を見張った。

「アステリオン様……」

 どうしてこのお方は、自分と彼しか知らないはずの初恋のことを知っているのだろう。
 若い頃、信仰心厚い二人は強く惹かれ合ったのだが、結局その初恋は成就しなかったのだ。
 テオファノはそれを自分のせいだと思っている。
 そのカシモドは、昨年教皇に看取られてこの世を去った。
 今臨終が近づいているこのとき、テオファノの頭にあったのは夫のことではなく、懐かしいカシモドの顔だった。

「安らかにねむりなさい……安らかに」

 アステリオンの声とともに、彼の思い出がゆっくりと大きくなっていき、身体は眠るように落ち着いてくる。
 全てを許されていくという想いの中で、テオファノは臨終のときを迎えた。

「おお……あれほど恐怖にゆがんでいたおばあちゃんの顔が……」
「なんというやすらかな死に顔だ……」
「あ……ありがとうございます、アステリオン様……」

 口々に感謝する家族たちに丁寧に一礼してから、アステリオンは従者とともにテオファノの家を辞した。
 帰る道すがら、アステリオンの姿を見つけた子供たちが嬉しそうに集まってくる。
 その子たちが連れている犬すらも楽しそうだ。

「あ、アステリオン様だ」
「アステリオン様」
「神はいつもあなたたちと共にいます。
 みんな両親のいうことをよくきいて、しっかりまなぶのですよ」

 にこやかに語るアステリオンの後に付き従いながら、かつて教皇……つまりは双子座のサガだったのだが……の側近の一人であった従者は思う。

 アステリオン……。
 教皇亡き今、ギリシア中の貧しい人々に愛と安らぎを与えつつある。
 その徳はこの一年で多くの人々に慕われ、崇められるようになってきた。
 清貧な生活態度、アテナへの忠誠心、そしてこの若さで人の心を全て知り尽くしたような癒しの言葉。

 ハウンドのアステリオン様はまさしく神のようなお人だ!





「つかれた……」

 神のようだと言われた男は、聖闘士の共同宿舎に戻ってきたものの自室まで帰る気力もなく、疲れ果てた様子で椅子に倒れるように座った。

「あまり外でそういう姿を見せるなよ、次期教皇」

 ロビーで書類片手にのんびりとアフタヌーンティーなぞ飲んでいた、オリオン座の白銀聖闘士エルドースは冗談とも本気ともつかぬ顔で言った。
 サガの時代の聖域に疑問を持ち、十二宮の戦い以後聖域に来た聖闘士である。

「誰が、次期教皇だ」

 アステリオンはふらつく手でコップを握り、水を一口飲んでなんとか一息つく。
 こんな仕事を続けていたら、野望でも抱かなければやってられなかったのではないだろうかと、双子座のサガに同情したくなってしまう。

「そもそもオレはお前と同じ白銀聖闘士なのだぞ。
 教皇にはなれん」

 規定上、教皇は黄金聖闘士の中から前教皇によって選ばれることになっている。
 しかし黄金聖闘士が全滅してしまった今の状況でどうすればいいかはまったく決まりがない。
 支持さえあればあり得ない話ではない分、アステリオンはムキになって否定した。

「オレはアテナに仕えるただの白銀聖闘士だ。
 こんなものはオレの本分ではない……!」
「仕方がなかろう。
 療養中に村でカウンセラーなどやるからだ。
 ついでに言うと、サトリの法など覚えている時点でおまえはもう普通の聖闘士じゃあない」
「ぐ……」

 日本で青銅聖闘士抹殺に失敗し、魔鈴に聖衣を砕かれて、命からがら聖域に戻ってきたアステリオンは、ロドリオ村で半年ほど養生していた。
 その間に十二宮の戦いがあり、アステリオンは自分の仕えていたものが間違っていたことを知った。
 教皇の考え、性格まで全て見抜いていたと思いこんでいた分、他の聖闘士よりもショックが大きかった。
 自分を見失ってしまい、罪滅ぼしに出来ることを探して、療養の床からでも出来たのは、彼の持つ特殊能力……人の心を読むサトリの法を使って心理治療師の真似をすることだった。
 結局、打ちひしがれたとしても自分のアイデンティティはそこにしか見つからなかったのだが……、一年後、何故かこういうことになってしまった。

「教皇亡き今、誰かがこういうことをしなければならんだろうが。
 それとも、前非を悔いてアテナに忠誠を誓ったというのは口から出任せだったのか?
 ん?」
「……この野郎……」

 サトリの法で読むまでもない。
 エルドースは反論できないこちらをからかっているだけだ。
 教皇に疑問を抱き背き続けてきたエルドースに比べて、まんまと騙されてアテナに弓を引いたこちらでは立場が悪すぎる。
 これでオリオンの聖闘士なのだが、この性格の悪さはなんとかならないのだろうか。

 とはいえ、アステリオンも事情は解っているのだ。
 聖域だけでは自給自足できない。
 神話の時代から人の住んでいるギリシアの大地は、古代の森林伐採と長年の農作が重なって地力を失いつつあるところが多い。
 現在農耕が出来ているところは、農耕や収穫の神に関する祝福がなお残っているところで、それ以外の土地では収穫が乏しい。
 残念ながらアテナは農業や豊穣の女神ではないので、聖域といえどもこの例外ではなかった。
 聖闘士候補生たちは修行の合間に農作業もしているが、この収穫だけではやっていけない。

 十九世紀初頭、前聖戦が終わって数十年経った時期に、それは最も深刻化した。
 当時のギリシアはオスマン・トルコの支配下にあり、ギリシア神話と相容れないイスラムとの軋轢の中で聖域は孤立していたのだ。
 このままでは、次なる聖戦で冥王ハーデスを迎え撃つどころではない。
 聖闘士と言えども人間で、食べねば生きていけぬのだ。
 時の教皇シオンは賭に出た。
 オスマン・トルコからの独立運動に荷担し、独立後の援助を約束させたのだ。
 正義のための戦いを旨とする聖闘士としては、本来あるまじき戦いである。
 しかし、当時のオスマン・トルコはギリシアの民族運動を激しく弾圧しており、ことは聖域の存在意義にも関わっていた。
 独立後の政争や対外侵略には一切荷担しないという条件つきで、独立運動に六人の聖闘士が参加し、歴史の表に出ないように戦った。
 結果は、現在ある通りである。
 核兵器などの二十世紀兵器ならばともかく、十九世紀の兵器が聖闘士に勝てるはずはないのだ。

 この契約は、ギリシア政府が王制から民主制に移行した今も続いており、聖域存続に必要な物品はギリシア政府から援助を受けている。
 アテナが日本のグラード財団総帥となったためにその依存度は少なくなったとはいえ、日本とギリシアの距離があるので全てをまかなえるわけではない。
 一方で、現在のギリシアは主にギリシア正教である。
 人々の支持が無くなれば、ギリシア政府も援助を続けられなくなる。
 地元との良好な関係を維持するのは、聖域にとって絶対事項なのであった。
 外国人は拒絶するものの、ギリシア人には知られておかねばならぬ事情がここにある。
 かくて、教皇……いやサガ亡き今、アステリオンは聖域の看板塔から降りられなくなっているのだ。

「わかったらもう少し看板らしくしていろ。
 近々嫌でも身体を動かすことになりそうだからな」
「何?」

 身体を動かすといっても、聖闘士にとってそれは戦うことを意味する。
 アステリオンはエルドースの言葉に戦いの予感を覚えて体を起こした。
 そういえばさっきからエルドースは手元の書類を見ながら話をしていた。
 考えられることは、今話題の星闘士たちだろう。

「俺のバカ弟子がやりあった奴らの陣容が少し解ってきたらしい。
 その報告書だ」

 エルドースの弟子というのは、今アテナを直に守っている一角獣座ユニコーンの青銅聖闘士だと聞いている。
 会ったことはないが、オリオン座のこいつと同様に、ユニコーンのイメージを木っ端微塵にしてくれるような聖闘士なのだろうとアステリオンは考えていた。
 猟犬星座ハウンドの聖闘士のくせに神のようにと崇められている自分も似たようなものかもしれないが、その事実はあえて無視する。
 立ち上がるのがおっくうだったので、テレキネシスでエルドースの手から報告書を奪い取った。
 サトリの法は第六感に通じる能力なので、修練を積むことでこれくらいは出来るようになっていた。
 実はこの能力も、次期教皇に推される理由のひとつになってしまったのだが。

 報告書は聖域公式のギリシア語と、最近増えた日本語の両方で書かれてあり、内容はジャミールでの戦いに関してのものだった。
 数行読んだだけで、事態の深刻さはすぐに解った。
 星闘士側には、黄金聖闘士にも匹敵するかもしれぬ者たちが少なくとも複数いる。

「俺のバカ弟子がやりあったのは、おそらく白輝星闘士スノー・スタインってやつだろう。
 未だに相手の正体も見えないが、生半可な戦いじゃあ終わりそうにないな」
「望むところだ。
 それでこそ、アテナに弓を引いた罪を償えるというもの」

 今は教皇の間に納めてある、修復なった猟犬星座の聖衣を纏う日が近い。
 不謹慎と言われようと、アステリオンにはアテナのために戦う日が待ち遠しかった。




 宿の窓からギリシア本土を眺めつつ、イルピトアは星衣箱に手を置く。
 その存在は、海を隔てても微かに感じられる。
 この方向には聖域があるのだ。

「そうだな……やられっぱなしというのも気分が悪い……」



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