聖闘士星矢
夢の二十九巻

「第三話、遺されしもの」




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 ジャミール周辺は空気が希薄である。
 チベット高原に属するとあっては、当然標高も然るべき物だが、それでもこの空気の薄さはいささか通常の気象学を逸脱しているところがある。
 熟練した登山家でもなければ思うように動けるものではない。
 それは、屈強の聖闘士といえども例外ではなかった。

「ふーっ、やっとまともに動けるようになったざんすねえ」
「まったくだぜ、ここに着いた早々に館をぶち抜くなんて真似ができた紫龍のヤツはどんな身体をしてやがんだ」

 青銅聖闘士、海ヘビ座ヒドラの市と、大熊座ベアー檄の二人ですらも、ここに着いて三日ほどはまともに動くことすら出来なかった。
 特に体が大きい分必要とする酸素の多い檄はひどかった。
 聖衣修復の手伝いを少しずつしながらも、身体が動くようになってきたのはせいぜいこの十日くらいになってからである。
 そう、二人は貴鬼の護衛兼聖衣修復の手伝いとしてここに来ているのである。

 アテナの聖闘士の聖衣不足は深刻なものであった。
 冥王との戦いを経て、聖衣が完全な形で残っている聖闘士は、カメレオン座の青銅聖闘士ジュネ他、僅か数名しかいない。
 破損しながらも原形を留め、まだ聖衣が生きているのは蛇遣い座オピュクスの白銀聖闘士シャイナ、鷲座イーグルの白銀聖闘士魔鈴、そして長いリハビリを経てようやく復帰できた猟犬星座ハウンドの白銀聖闘士アステリオンの三人。
 一角獣座、大熊座、海ヘビ座、狼星座、子獅子座の青銅聖闘士、邪武、檄、市、那智、蛮の五人の聖衣は、死の神タナトスの攻撃で死滅しており、
 伝説の神聖衣となったペガサス座、龍星座、白鳥星座、アンドロメダ座、フェニックス座の五体も、原型と防御力こそまだ有しているものの、冥王との激突でやはり死滅させられていた。
 さらにつけ加えると、獅子座、乙女座、天秤座、射手座、水瓶座の五体の黄金聖衣もタナトスによって完全に破壊されており、その欠片は五体の神聖衣の一部となっている。
 また琴座の白銀聖衣は冥界崩壊の際に帰還してこなかったので、コキュートスに浸けられたまま消え去ったと考えられていた。

 消滅してしまった物のことは後で考えるとして、ともかく残っている聖衣を修復することが急務であった。
 しかし、前聖戦で破壊された聖衣ことごとくを修復した教皇牡羊座のシオンは既に亡く、その直弟子で此度の聖戦において幾度も聖衣の修復に携わった同じく牡羊座のムウも、嘆きの壁を破壊するためにその命を落としていた。
 まがりなりにも聖衣修復の技術を有しているのは、ムウの直弟子である少年、貴鬼一人。
 彼の双肩に、八十八の聖衣の命運が託されているのであった。

 最初は貴鬼も途方に暮れていた。
 いくらムウの直弟子と言っても彼はまだ見習いの域を出ず、一人で聖衣の修復をやったことはない。
 そもそも聖衣の修復をすること自体が稀なことであるので、銀河戦争後に紫龍が訪ねてくるまでの数年間は、金属加工の基礎を学ぶだけで精一杯であり、実際にムウの修復を見たことは幼い頃に一二度あるくらいであった。
 度重なる星矢たちの戦いと共にムウが幾度も修復に携わったので、貴鬼もそこで直に修復の技術を見る経験を得て、十二宮の戦いの後に黄金聖闘士たちの血によって星矢たちの聖衣を修復させる折にようやく修復の一部を任されたのが唯一の実践経験であった。
 だが、泣き言を言ってはいられない。
 ムウの技術の全ては間違いなくこの目に焼き付けている。
 黄金聖闘士ムウの弟子。
 教皇シオンの孫弟子にもなる。
 その名を汚さぬ為にも、やらねばならなかった。
 ともかく、初めての修復を行うにあたって極力成功率を上げるように準備しておかなければならない。
 そこで聖域からここジャミールに戻ってきたのである。
 かつてはシオンも住んでいたこの地は、聖衣に命を呼び戻す、あるいは復活させるのに適した特殊な結界に包まれているのだという。

「この聖衣の墓場こそが、その結界なんだよ」

 高山病で息も絶え絶えな二人を道案内しつつ、ここに来るまでの途中で貴鬼は謎めいた笑みと共に語ったのだが、あれはどういう意味だったのだろう。
 ともかくその霊験のおかげあってか、アステリオンが自ら実験役にと供出した猟犬星座の聖衣の修復を、貴鬼は一人で成し遂げることが出来た。
 その聖衣は既に鋼鉄聖闘士スカイクロスの翔が自慢の飛行能力でジャミールにまで飛来してきて聖域へ運んでいる。
 アステリオン曰く、
「これでアテナに反逆した償いができる」
 とのことらしい。
 だが、猟犬星座の聖衣は破損していたものの、まだ生きていたので普通の修復で済んだのだ。

 問題なのはこれからである。
 貴鬼の前に並んだ神聖衣が四体、青銅聖衣が五体。
 いずれも冥王とタナトスの手によって死に絶えている。
 ……なお、フェニックスの聖衣は自己修復能力があるので、一輝はそのまま持っていってしまった。
 これは例外として、死に絶えた聖衣を蘇らせる方法は二つしかない。
 聖闘士の大量の血によって命を吹き込むか、アテナの血によって復活させるか。
 結果だけに目を向ければ、手っ取り早くかつ効果も十分なのが後者の方法である。
 神の血によって蘇った聖衣は青銅白銀黄金の限界を超えた強さを持つようになる。
 今まで明らかになっていなかったが、先の大戦でその事実は十二分に確認されていた。
 が、さすがにこの方法には盛大に反対の声が上がった。
 アテナとはすなわち沙織のことである。
 特に邪武は、これ以上お嬢様に傷一つ付けてなるものかと大反対した。
 強行しようとすれば青銅聖闘士同士で銀河戦争の再燃が避けられないと思わせるほど強硬に。
 それに邪武ほどではないにしても、沙織を傷つけて聖衣を修復すると言うことにはやはり皆程度の差こそあれ素直に賛成は出来なかったと言うこともある。
 理屈を言えば最良の選択であることはわかっていても、アテナを守る聖闘士としてそれは断じて採ることの出来ない選択だったのだ。
 まして星矢を失って何もかも拒絶しようとしている十四歳の少女の姿を見せられては。

 実際にもそれは不可能な選択であるとわかったのはもう少し後のことである。
 忘我の状態にある沙織が誤って怪我をしたときに一滴血を採取して試されたのだが、その血を受けても聖衣は何も反応しなかったのである。

「お嬢様は今、アテナであることを全て拒絶されていらっしゃるのさ」

 邪武のつぶやいたその言葉がおそらく真実であろう。

 かくして聖衣修復に必要な血の供給源として檄と市はここまで同行してきたのである。
 貴鬼が猟犬星座の聖衣を修復し終わると、高山病が抜けきらない身体にむち打って少しずつ献血よろしく血を聖衣に注ぎ始めた。
 どれから始めるかについては実に悩んだのだが、神聖衣が通常の方法で修復できる当てがなかったことと、黄金聖衣と青銅聖衣の合体であるこれをどう扱ってよいものかわからなかったので、まず基本に返って青銅聖衣……檄と市の聖衣から始めることにした。
 これは何かあったときにこのジャミールで出来るだけ早く対応できることを狙いとしている。
 二人のが終わったら次はグラード財団残留組の中から邪武の聖衣を修復し、その次は聖域組のシャイナか魔鈴の聖衣ということになっている。
 というわけで現在は、貴鬼が修復をしている間、血の少なくなっている市と檄の二人は軽く身体を動かすか、あるいはのんびりと碁を打っている。
 銀河戦争の前に帰国してからの檄の趣味らしい。

 聖衣の修復はずいぶんと長引いていた。
 聖衣の修復には大量の小宇宙を必要とする。
 単に工具だけで加工出来るものではないのだ。
 そして十年後ならばいざ知らず、ムウと今の貴鬼ではその小宇宙の全容量が違いすぎる。
 一日十二時間修復に向かい、そのあと十二時間小宇宙を回復させるために死んだように眠るという日々を繰り返しながら、修復作業はゆっくりと進んでいった。
 幸い、海ヘビ座の聖衣はフェニックスの聖衣ほどではないものの、再生能力を有している。
 これは一部の後期型聖衣が持つ特殊能力の一つで、それらの青銅聖衣のいくつかは黄金聖衣より後に製造されたものだとムウから教えられていた。
 青銅離れした防御力を持つアンドロメダ鎖やドラゴンの盾、白銀ではペルセウス座の聖衣に搭載されていたある意味で究極とすら言えるメドゥサの盾など。
 海ヘビ座の聖衣には、幾度も生え替わるヒドラの首の如く、無限に生える牙があり、これを支える四肢や胴体のパーツにも若干の再生能力があるというわけなのだ。
 蘇ってからはこの能力が発揮され、貴鬼の仕事を助けた。
 おそらく、今日にも海ヘビ座の聖衣の修復は完了するものと思われる。

「ん?」

 碁石を指に、盤に打ち込もうとした檄の手がピタリと止まった。

「長考ざんすか?檄」
「いや……感じねえか?こいつはどうも……」

 言われて市も気づいた。
 複数の小宇宙が迷いながらもこちらに近づいて来ている。

「あ……あんまりお友達になろうって小宇宙じゃないざんすね……こいつら」
「邪武が撃退したヤツらかもしれん。
 俺は貴鬼に伝えてくる。市、お前は日本に連絡を入れてくれ!」
「わ、わかったざんす」

 このジャミールにあっても、グラード財団が買収した衛星電話システムイリジウム3を使えば、かろうじて連絡をとることが可能だった。
 そのため、沙織が何者かに襲われたという情報はこちらにも届いている。
 新たなる敵の存在が……。

 ボタン一発で東京に繋ぐと、当番に当たっていた那智が出た。

「どうした市?定時連絡は明日だろう?」
「それが、なんだかこのジャミールに敵の団体さんがお出ましみたいざんす」
「なんだって!?」
「この間邪武が追い返した奴らかも……」
「いや、そいつらに関しては新しい情報があるんだ。
 アテナの聖闘士から星座を奪おうってとんでもないことを言ってきて、星闘士と名乗ったそうだ。
 暗黒聖闘士の残党なんて可愛いもんじゃないらしいぜ」
「そんな絶望的な情報聞きたくなかったざんす」

 そんなことを言われても那智も困る。

「ひとまず、今一番近くにいるのは翔だ。
 多分そろそろカトマンズに着く頃だと思うんだが、急いでそちらに向かうように伝える」

 翔は猟犬星座の聖衣を輸送したこともそうだが、数百キロの移動は軽々とやってのける。
 しかも通常の飛行機のような滑走路を必要とせず、ヘリコプターでも着地不可能なところにでも行けるので、週に一回はジャミールの三人の下へネパールから食料などを運び込んでいた。
 何しろ三人が三人とも身体を削るようなことをやっているので、食料は重要なのであった。
 なお、日本からネパールまではさすがに旅客機を使っている。

「頼むざんすよ。血をぬいてフラフラのあたいと檄の二人で全員を相手にするのはとても不安ざんす」

 とはいえ、翔はまだ飛行機の中の可能性もあるし、到着したからといって五分や十分でこのジャミールまで飛んで来れるものではない。
 電話の向こうで慌ただしく動きがあるのを聞きながら、市は本当に不安になってきた。



「敵だって?」

 あとはほとんど細部だけとなった海ヘビ座の聖衣を加工する手を止めて貴鬼は考え込んだ。

「ああ、詳しいことはまだわからないが、ともかくこちらへ向かっていることは確かだ」
「わかった。ちょっと見てみるよ」

 そう言って貴鬼が目を閉じたので檄は一瞬何事かと思ってしまったが、貴鬼は千里眼の能力も持っていることをすぐに思い出した。
 海底神殿で天秤座の聖衣を背に大活躍できたのは、この能力で七つの海の柱を探し出したからであったりする。
 すぐに貴鬼の意識は身体から離れて中国からこのジャミールへと至る唯一の陸路を下り始めた。
 来るとしたら翔の様な空路でない限りこのルート以外はほとんど不可能であり、案の定ここに十人近い人影を発見した。

……あれは?

 黒い聖衣。
 その印象が真っ先にあった。
 だが暗黒聖衣よりも深い色合いで輝くそれは、どちらかというと冥闘士の冥衣を連想させる。
 しかもそれらはどこか見覚えのある形をしていた。
 聖衣修復の基礎学習として八十八の聖衣のうち八十四に関してはその階級と形状をムウから教わっている。
 約半数が微妙な違いこそあれ知っている形だった。
 残りの半数は教わっていたのと違いすぎて一見何の聖衣だかわからなかったり、あるいは全くわからない形の物もあった。
 しかし最も貴鬼の目を引いたのは、巨漢が身につけている既知の形状のそれだった。

……あれは、牡牛座の黄金聖衣!?

 装着している者の体格と相まって、さながらアルデバランを思い出させる。
 そこで、アルデバランもどきがキッと貴鬼の方を見た。
 貴鬼の意識だけだというのに、確かに見た!

 気づかれた!?

「!!」

 直後に貴鬼の意識に対して嵐のような小宇宙が叩きつけられた。

「うわあああああああっ!!」

 慌てて貴鬼は身体に戻る。
 叫びを上げた貴鬼に檄は何事かという顔を向けた。

「……どうした?」
「間違いないよ、敵だ。それも簡単な相手じゃないよ。
 タウラスみたいな鎧をつけたヤツは、見えないはずのオイラの視線に気づいて攻撃を仕掛けてきた」
「なんてこったぁ……」

 檄は頭を抱えた。
 小宇宙を感じる限り、ざっと十対三。
 しかも相手は雑兵ではない。
 それだけの戦力で叩きつぶすだけの価値が、ここにあると判断されたのだろうか。
 そして、それは正しい認識だ。
 ここが落ちれば聖闘士の未来はない。
 しかしまさか、アテナでも聖域でもなく、最も攻めにくいこのジャミールにまで来るとは!

「貴鬼、俺たちの聖衣は修復まであとどれくらいかかる?」
「海ヘビ座の聖衣はもう実戦で使う分には問題ないよ。
 でも大熊座の聖衣は完全に修復しているのはボディーとブレストくらいで、それ以外のパーツはまだ……」
「合体収納に関する部分を省略して、何とか装着できるまでにならないか!?」

 聖衣は装着するだけではなく、平時は聖衣箱の中に星座の形で収納されて、ある程度の傷ならば自己修復したり、小宇宙を蓄えたりする機能がある。
 そのために聖衣は強固ながらも精密機器としての側面も持ち合わせていて、その分修復が難しくなっている。
 特に人型から大きく外れた形の聖衣ほどその傾向が強く、機構的には黄金聖衣よりも修理が難しい青銅聖衣というものもいくつかある。
 それらに関する部分を無視すれば、確かに修復を切り上げることは出来る。

「そりゃ不可能じゃないけど……だからって連中が迫ってきているんだから間に合いっこ……」

 ない、と言いかけて貴鬼は言い止めた。

「そうだ、奴らを足止めすればいいんだ!」

 思いつきに手を打って喜んだ貴鬼は、何のことかわからずに頭を悩ませている檄を置いて、館の奥へと駆けていった。
 待つことしばし。
 館の奥からなにやら不可解な……どことなくうす寒さを感じさせる小宇宙が放たれはじめた。

「……なんだ、こいつは……?」
「聖衣の墓場を発動させたんだよ」

 悪戯を一つ成功させた後のような笑顔で貴鬼が帰ってきた。


*     *     *     *     *


「グランド様、如何なされました?」

 突如必殺技を放った牡牛座のグランドに、傍にいた星闘士の一人が怪訝そうに声をかけた。
 こちらはどの青銅聖衣や白銀聖衣とも似ていない独特の形状をした衣を纏っている。
 両手両足両肩両腰そして頭と、全身に九つもの蛇の頭が描かれた黒い衣だ。

「何者かがこちらを見ておった」
「まさか。何の気配も感じませんでしたが」
「視線だけだ。サイコキネシスの能力の持ち主であろう」

 ご冗談を、と言いかけた男は、グランドの言葉にハッとなった。

「ここの封印を何者かが守っていると?」
「シベリアの封印には一都市を丸々費やしていたアテナだ。ここに何があっても不思議はあるまい。
 だからこそお前たちも引き連れてきたのだぞ」
「それは確かにそうですが、このように酸素の薄く我らですら厳しい地に住みついているとは……」
「噂に聞いたことがある」

 先ほど視線を感じた方を睨み付けつつ、グランドは重々しく言った。

「聖衣修復の技術を持った牡羊座の聖闘士が、ジャミールに隠棲しているとな」
「アリエスのムウのことですか?奴も冥界で死んだはず。ならばいるとしても黄金聖闘士ではなくその弟子程度でありましょう。恐れることはありますまい」
「たとえ弱体化したとしても、アテナの聖闘士を侮るな」

 ズンと言い放ったグランドの言葉には、馬鹿にした様子もなければ恐れている様子もない。
 ただ敵がいると言うことを認めて、倒すという意志を揺るがせぬだけなのだ。

「アクシアスが青銅聖闘士を相手に敗退を喫することになったそうだぞ。
 奴はお前と同じ白輝星闘士であろう」
「あのような熱血馬鹿とこのフェロンを一緒にしないで戴きたい」

 心外な、と言うようにフェロンがムキになって反論してきたので、グランドは苦笑した。

「よかろう。ならばお前は五名を引き連れてあちらへと向かえ。
 おそらくは今覗きに来た聖闘士がいるであろうから、捕まえて封印に関する情報を聞き出せ。
 俺はもうしばらくこの一帯を探索する」

 グランドが示した方向にはかすかに人の通った跡と、その向こうによく感覚を研ぎ澄ましてみれば確かに数体の小宇宙を感じる。

「アクシアスと違うというのならば、それを示して見せるがよい。
 首尾よく行けば陛下にもお褒めの言葉を戴けようぞ」

 フェロンは武者震いした。
 グランドはとてつもないチャンスを与えてくれると言うのだ。
 陛下ですら手こずった四つの封印の一つを解けば、彼は白輝星闘士の中でもシェインと互角かそれ以上の名誉を得ることになるだろう。

「ははっ!このフェロン、必ずや成し遂げてご覧に入れましょう!」

 手早く五人を選び出して駆けていったフェロンを見送りつつグランドは、部下を育てるのも大変だとこっそりため息をついた。
 ただ、自己顕示欲がある方が使い物になる。
 アテナの聖闘士を完全に壊滅させ、目的を達したとしても戦いはそれで終わりではない。
 必ずや臨りてくるであろうゼウスを迎え討つためには、この戦いで星闘士全体を鍛え上げておかねばならないのだから。

「グランド様、動かないのですか?」

 傍に残った二人の星闘士の一人が半ば確認するように尋ねてくる。

「……フェロンに華を持たせてやろうではないか」



 五人の星闘士を引き連れ勇んで駆けていったフェロンの前方が、やがて山道にさしかかったところで怪しく揺らめいた。

「フェロン様、これは……!」
「うろたえるな!敵の聖闘士はおそらくサイコキネシスの使い手らしい。
 幻術にうろたえるよりも飛来物に注意しろ!」

 フェロンの指示は的確であったはずだった。
 いかにサイコキネシスが強力な聖闘士でも、合計六人も念動力で縛ることは出来ないはずだ。
 幻術で惑わせてその隙に岩石などを叩き込むというのが常套手段である。
 しかし、これはサイコキネシスですらなかったのだ。

『どこへ行く、小僧……』

 この世の物とも思えぬような……文字通りそう思わせる死霊の如き声がフェロンの耳を打った。

「小僧とは無礼な奴だ、誰だか知らんが名を名乗れ!」
『ククククク……活きのいい星闘士が来たものよ』
「何!?」

 そこでフェロンの足が思わず止まった。
 どういうことだ?
 今の言葉は確かに「セイント」ではなく「スタイン」と言った。
 それも星闘士のことをよく知っているような口調だ。
 こいつらは一体……!?

『この先はムウ様の領域、星衣の修復に来たのでなくば早々に帰るがいい……』

 まただ。
 今、「クエーサー」と言った。
 聖衣に相当する我ら星闘士の衣の名まで知っている……!
 どうやらここの相手は色々知っているようだが、邪魔をするなら蹴散らすまでだ。

「フッ……、ならばこの先にはやはり聖闘士がいるということだな。
 ならば力ずくでも通らせてもらう!」
『通れはせん。
 お前も我らの仲間となるのだ!』

 フェロンたちの目の前で、もはやはっきりと目に映るようになった亡霊たちの身体に装着されていくものは、聖衣が星衣か……。
 左右にずらりと衣を装着したガイコツたちが並ぶ姿は壮観ですらある。

「フェ……フェロン様……」
「うろたえるなと言ったはずだ。
 俺は誇り高き白輝星闘士ハイドラ座のフェロン!
 ハーデス様の部下ですらない貴様ら如きの仲間になどなりはせん!
 行くぞ!俺についてこい!」





第四話へ続く


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