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last update 24 December 1998


◆「鹿の所有者は誰か――神鹿による被害第一次訴訟(昭和58.3.25奈良地判)

昭和54年(ウ)第96号損害賠償請求事件

(時の問題)」谷口知平(大阪市立大学名誉教授・龍谷大学教授)『月刊法学教室』34巻72-76頁、1983年7月。より。

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原告 鹿によって耕作物に被害を受けた奈良公園周辺の農民12名

被告 宗教法人春日大社及び財団法人奈良の鹿愛護会

訴えの内容 被害額、鹿害防止費用及び10%の弁護士費用の損害賠償330万円の請求。

判決 慰謝料部分の請求以外をほぼ全面的に認容。220万円と、その遅延賠償金の支払命令。

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原告の主張

春日大社の鹿は第二次世界大戦前は900頭だったが戦後79頭まで減少。天然記念物指定・被告による飼養により増加。適正数600頭をはるかに超える。

民法709条または718条1項に基づく損害賠償として農作被害、鹿害防止費用、畑の見回り注意などの精神負担の慰謝金、訴訟委任の弁護士費用を請求。

 

被告の主張

歴史的事実により春日大社の神鹿。春日大社の資産にも含まれていない。所有権も管理権もない。愛護会の業務は、鹿の保育業務。管理者は奈良市猟友会。保育行為は占有管理とは関係なく、親好文化伝承と野生動物を含む自然保護という国民的責務による慈善行為。

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判決理由

@奈良の鹿の歴史的背景・第二次大戦後の保護育成状況・愛護会と春日大社の物的・人的実質的一体性・密猟窃盗時の春日大社宮司の所有自認趣旨供述により、被告は自己に帰属と認知。

A奈良公園一帯に住む鹿と春日奥山周辺道路東側鹿との交流はなく、野生鹿と異なり、人影を見ても逃げず観光客に馴化、一定の場所を中心に生活している。→放し飼いの形態で支配管理。民法上所有・占有の客体たりうる。

B昭和40年頃から自動車交通の激化、建造物の増加により棲息場所が減少し超過密状態。昭和51年以降鹿害顕著を被告らは認識していた。鹿害防止のため常時適正頭数を保つべき義務、公園外への逸脱を防ぎ被害発生防止注意義務あり。

 →春日大社は所有者として709条による賠償義務、愛護会は718条より賠償義務あり(不真正連帯債務)。

C鹿害防止設備場所、従事した人の日当8000円/人が上限。

D動物による物損の場合には、特段の事情のない限り物損の損害の填補をなせば足り慰謝料の必要性はない。

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谷口先生による解説

鹿の害に関する先例はなく、興味あり注目される。近時、観光景物として野生動物を餌付けしたり、家畜等を放し飼いする例の増加→新しい問題をこの判例が提示。


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