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last update 02 December 1999


□街路上を巨大な体躯の犬を連れ歩く場合の注意義務とされた事例

昭和36(う)271号・過失傷害、狂犬病予防法違反被告事件(昭和36年7月20日名古屋高裁第四部判決、控訴棄却、原審、一宮簡裁)

高検速報267号、判時282号26頁。

《参照条文》 刑法二○九条

 

主 文 本件控訴を棄却する。

 

理 由

 本件控訴の趣意は、弁護人----の控訴趣意書に記載するとおりであるから、ここにこれを引用するが、当裁判所はこれに対し次ぎのように判断する。

 所論は要するに、本件の秋田犬はなんら凶暴性のない人によく馴れた犬であって、被告人としてはこのような温順な犬が突如、被害者におどりかかって噛みつくなどということはとうてい予見しえないから、被告人にとってはまさに不可抗力で過失はないというのである。

 原判決の認定によると、被告人はマルという身長約八九糎、体重四五瓩もある大きな秋田犬をつれて原判示街路上に差し蒐つたのであるが、その綱を右手のみで握りその端を三回くらい右手首にまいていただけであったため、偶々おでんをしゃぶりながらその附近を歩いていたA(当時九年)に右のマルが突如飛びつき同女を地上に転倒せしめて咬みつき同女の顔面部等に約一ヶ月の加療を要する傷害を負わせたのであるが、おもうに街路上を巨大な体躯の犬を連れあるくような場合にはそれが飼主に対しどのような温順な犬であっても、畜犬の性質上どうしたことから通行人に危害を加えないとも限らないし、ことに児童などは巨大な体躯の犬が近ずけばつよい恐怖心からつい警戒的な姿勢をとりやすく、そのようなとき犬が自己に対する加害を虞れ、本能的に突然先制的な加害行為にでることのあることも日常往々にして経験されるところであって、それは犬の飼主の予見しないことでないことはいうまでもない。したがってかような場合、犬による加害を未然に防止するには、飼主としては犬の首輪を握るとか、またはその綱を両手で、しかも首輪にごく近く持つとかして犬の動作をじゅうぶん制禦体勢をとるべきことは当然のことといわねばならない。しかるに、本件において被告人が街路上を連れ歩いていたその飼犬マルは前記のように身長約八九糎、体重四五瓩もある巨大な体躯の犬であるのに、それがたとえ所論のように飼主たる被告人に馴れた平素温順な犬であっても、おでんをしゃぶりながら無心に歩いていた当時九才の被害者の後方にその犬が接近していったとき、被告人が前記の如くその綱の先端を片手にもっただけで漫然これに追随し、叙上のような犬の動作を十分制禦しうる態勢をとっていなかったことは明であって、そのため不意に巨大な犬の接近してきたことに驚愕した被害者に対し、マルが突如飛びかかり、同女を路上に転倒せしめて咬みつき、前記のような傷害を負わせたのであるから、被告人が過失の責めを負うべきはもちろんであって、所論のように不可抗力とはとうてい認めがたい。論旨は採用できない。

 よって本件控訴はその理由がないので刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長 判事 小林登一  判事 成田薫  判事 布谷 憲治)


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