事例目次へ

last update 02 December 1999


□飼い猫を殺害されたことによる慰謝料請求を認めた事例

昭和33年(ワ)3678号・慰謝料請求事件(昭和36・2・1東京地裁民11部判決、一部認容)

下民12巻2号203頁、判時248号15頁、判タ115号91頁、ジュリ225号3頁。

《参照条文》 民法七一〇条・七一八条

 

判 決

東京都練馬区--番地

 原 告 P1

同所

 原 告 P2

 右原告両名訴訟代理人弁護士 ------

東京都中野区--番地

 被 告 D

 右訴訟代理人弁護士 ------

 同         ------

 

主 文

被告は原告P1に対し金一万六百円を支払え。

被告は原告P2に対し金一万円を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。訴訟費用は二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余は被告の負担とする。

 

事 実

第一、当事者の求める裁判

 一、原告らの求める裁判

 被告は原告P1に対し金六万三千六百円を、原告P2に対し金五万円を支払え。訴訟費用は披告の負担とする。

との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言。

 二、被告の求める裁判

 原告らの請求は棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二、原告らの請求原因

 一、原告両名は、昭和三十一年--月--日結婚して東京都練馬区--番地に居をかまえたが、同月末頃生後二週間くらいのめすの三毛猫一ぴきを結婚の祝としてもらいうけ「チイコ」と名をつけて、飼育して愛撫していた。

 二、ところが、昭和三十二年十月十五日午前十時半頃、被告の被用人Aが、被告の所有で被告が飼育しているおすのシェパード、エル号を被告の飼育するドーベルマン、エミー号と共に原告住宅附近に連れてきて、エル号はけい留をしていなかったためエル号はひとりで、右住宅地をうろつき、折から原告方六畳の間で、布ひもにつながれて、日なたぼつこをしていた「チイコ」を発見するや、同家の垣根を飛越え、畳の上に足をかけて、チイコをかみ殺して逃げた。

 三、当時原告らの間には子がなく、チイコを自分の子のように愛していた。常に家の中で飼い、便所も家の中に作り、たれか見張っている時のほかは、戸外へ出したことがなかった。食事も原告らと共にし、寝るのも原告らといつしよであった。チイコがむごたらしくも被告の飼犬によって殺害されたときは、原告らの悲しみは親が子を失った場合と全く同様で、二日間は死骸の前に花と食物を三度三度そなえて嘆き悲しんだ。そしてかたみを残すために三日後に剥製を依頼し、同年十一月三十日それが完成した。また、昭和三十二年十二月七日東京都--番地町E寺で仏式で葬式をすませ、練馬区F霊園動物慰霊墓地に墓地を求めて埋葬した。しかしその間原告らは悲しみの余り、食事もすすまず、原告P1は勤務を休んで家に引きこもり、原告P2は家事を忘れてほんやり日を過した。

 四、そこで原告らは被告に対し犬の占有者として、右チイコの殺害により原告らが受けた損害の賠償を求める。すなわち、原告P1については慰謝料として金五万円、剥製料金一万三千円、慰霊埋葬料金六百円計六万三千六百円を、原告P2については慰謝料として金五万円の支払いを求める。

第三、被告らの答弁

 一、請求原因に対する認否

 第一項の事案中、原告らが原告主張の所に居住していることは認めるが、その余の事実は知らない。

 第二項の事実中、Aが原告の被用者あること、シェバード、エル号は被告所有飼育に係るものであること、エルが「チイコ」をかみ殺したことは認めが、その余の事実は否認する。エル号ひとり広場で遊んでいるとき、突然附近の章むらからチイコがとび出してきたので、エル号がチイコを追いかけていつたものである。

 第三項の事実は知らない。

 第四項の事実は否認する。猫の殺害にする慰謝料請求自体が失当である。本慰謝料は人的利盛の侵害により精神上苦痛を豪つた場合に認められるのであつて、例外として財産権を侵害された場合にも認められるが、この場合には、特にその物が一般的に見て精神的価値があり、その物の取引の価額を賠償しただけでは、その損害が償われない場合でなけれぱならない。しかし、猫は一般的に精神的価値ありとはいえず、本件のチイコも原告らがほかから貰いうけて飼育していたもので、通常の猫と変りなく、一般的に見て、特に精神的価値あるものとは考えられないから、その殺害に対して慰謝料の請求はできない。また猫の剥製料や埋葬料も不法行為に基づく通常の損害ではないから賠償する義務がない。

二、被告の主張

 被告はエル号の種類性質にしたがい次のとおり相当の注意をもって保管していたものであるから責任はない。すなわち、(1)エル号は優秀な犬にまで訓練してあって、過去において人畜に危害を加えたことはなかった。(2)被告は医者であるが稀な愛犬家であり、当時四頭の犬を飼育していたが、エル号のためにはりっぱな犬舎を作り、金網張りの小屋の内に運動場を作り、更にその外側に二重に金網を張り、その飼育保管をしていたほどで、犬の飼育に経験のある右Aを専属に雇い入れて飼育にあたらせていた。(3)被告は右Aに対し「常にどんな場合でも犬を草ひもから放してはならない」と厳重に注意していた。(4)たまたま、この事故のあった当日は、飼育係のAが工ル号をつないで事故の起った東京都練馬区--番地原告住宅附近の広場につれていって、運動のためエル号のひもを解いたが、その場所は人家も人通りも全くない広場であって、このような場所で飼い犬を訓棟し移動しまたは運動させることは、東京都飼い犬取締条例第二条第二項でも認められているところである。ところが突然草むらからチイコが飛び出したので、Aはエル号を制止したが、エル号は制止をきかす、前述のようにチイコを追っかけて行って、何れかへ姿を消し、これを殺したのであるから被告に責任はない。

第四、被告の主張に対する原告らの答弁

 被告主張の(1)の事実中、過去において人畜に危害を加えたことのないとの事実は否認する。その余の事実は知らない。(2)ないし(4)の事実は否認する。

 エル号は今まで次のように人畜に害を与えている。すなわち昭和三十一年十一月十九日午後四時頃中野電報局員訴外Hはエル号により右腕関節を咬みつかれた。またAは被告宅で飼育しているオームを猫がねらうので、このオームを守るためエル号に猫を殺す訓練をさせ、昭和三十一年十月頃中野区--番地附近に三毛猫を発見するや直ちにエル号にその捕獲を命じ、これを咬み殺させた。その他中野区--番地の道路上でも飼猫一匹を咬み殺させたことがあり、このことを被告は熟知していた。

 また右広場は住宅地に連なる場所て東京都飼い犬条例第二条第二項にいう「人畜その他に害を加えるおそれのない場所」にあたらない。しかも最初からエル号はけい留されておらず、これらの点で管理につき注意義務を怠っていた。

第五、証拠関係(省略)

 

理 由

一 不法行為の成立

 本件シェパード、エル号が披告の飼育する犬であって、被害に雇われていた訴外Aが、昭和三二年一○月一五日午前一○時半頃、右エル号を運動のため練馬区--番地原告居宅附近の広場に連れて行き、つなを解いて運動させていたところ、右エル号が原告らの飼っていた「チイコ」と名づけられている猫をかみ殺したことは当事者間に争がない。そして右チイコは原告らが結婚記念に貰いうけて、原告らで飼っていたもので、原告らの所有であることは、原告ら各本人証人尋問の結果によって認めることができる。被告はエル号の飼育者であり、Aは、単に被告の被用者として犬を運動のため連れていたものてあるから、被告は犬の占有者として、民法第七一八条により、動物の種類及ぴ性質に従い相当の注意を以って保管をしたことを立証しない限り、猫が殺されたことにより、猫の所有者である原告らが蒙った損害を賠償しなければならないことはいうまでもない。そこで、被告ならびにその被用者であるAが、右の犬の種類及ぴ性質に従って、相当の注意を以って保管したかどうかについて判断する。

  (1) 被告はエル号は優秀な犬で、過去において人畜に危害を加えたことはないと主張する。しかし、原告本人P1、P2の尋問の結果によれば、右エル号はセパード種に属するどう猛な犬で、かつて郵便配達人をかんだこともあり、また、被告の家のオウムを猫がねらうので、被告はこの犬に猫をとるよう訓練し、今まで猫を殺したことが二、三回あることが認められる。これに反する被告本人尋問の結果は採用しない。したがって、このような種類のまたこのような習性をもつエル号を運動に連れて行くときは、人畜に危害を加えることのないよう特に注意する必要があるといわなければならない。

  (2) 次に被告は犬の飼育に経験のある右Aを専属に雇い入れて飼育にあたらせ、運動の際犬を革ひもから放さないよう厳重に注意をしていたと主張する。およそ他人を使用し、占有機関として動物を飼育占有する者は、その被用者に適当な者を選任するとともに、人畜に被害を加えることのないよう、占有機関である被用者に適切な指示を与えるなど監督すべき責任のあることはもち論であるけれども、その責任監督に何らの過失がなかったとしても、占有機関である被用者に動物の保管につき過失があれば、その使用者である飼育占有者はその過失についても自己の過失として、民法七一八条により、責めに任ずべきものと解すべきである。本件の場合Aが被告の被用者としてエル号を飼育保管していたことは前に述ぺたとおりてあるから、猫がエル号にかみ殺されたことについて、Aに過失のある限り、犬の飼育占有者である被告は責を免れることはできない。

  (3) 次に被告は、Aが運動のためエル号のひもを解いた場所は、人家も人通りもない広場であって、このような場所で飼い犬を連動させることは、東京都飼い犬取締条例でも認められているところで、チイコが突然草むらから飛び出したため、これを追っかけてかみ殺したのであると主張する。しかし成立に争いのない甲第五号証の二、証人B、Cの各証言及び原告P2本人尋問ならびに検証の結果によれば次の事実を認めることができる。被告に雇われているAが前記の日時、右のエル号のほかグレードデン種の犬一ぴきを運動のため連れて、原告住宅附近の広場におもむき、エル号のけい留をといたため、エル号は原告方附近の住宅地におもむき、そのまわりをうろつき、原告方六畳間でひもにつながれて日なたぼつこをしていたチイコを見つけて、さくを飛び越えて庭にはいり、これに襲いかかり、これをかんで庭にくわえ出して殺したものであること、けい留をといた場所は当時は畑てあったけれども、すぐ原告らの二十戸ばかりある住宅地に連なる場所であり、東京都飼い犬取締条例第二条第二号にいう「人畜その他に害を加えるおそれのない場所」に当らないこと、また現場附近で犬を運動させるならば、犬をけい留するか、犬を人家附近に立寄らせないよう、行動を制止しうるような位置に連れて行くなどの方法を構ずぺぎであるのに、このような措置をとらず野放しにしたこと、これがためエル号が原告住宅方面をうろつき、チイコをかみ殺したものであることを認めることができる。右認定に反する証人Aの証言及び被告本人尋問の結果は信用し難く、ほかに右認定を覆すにたる証拠はない。

 (4) してみれば、Aは動物の種類及ぴ性質に従い相当の注意をもって、動物を保管したものとはいえないから、Aを占有機関として使用していた被告は、犬の加えた損害につき賠償の責を免れることができないものといわなければならない。

二 損害の賠償

 (1) 慰謝料

 そこで猫の死に対しまず被告に慰謝料を支払う義務があるかどうかについて判断する。

 民法第七一○条は、他人の身体、自由または名誉を害した場合と財産権を害した場合とを問わず、損害賠償の責に任ずる者は、財産以外の損害に対しても賠償をすることを要する旨を規定し、財産権侵害の場合にも慰謝料の請求が許される旨を規定している。そして財産権侵害の場合も多かれ少なかれ精神上の苦痛を伴うのは普通であるが、精神上の苦痛を蒙つ場合には常に慰謝料の請求が許されるものと解すべきではない。それは徒に訴訟を繁くするばかりでなく、多くの場合は、財産上の損害が賠償されれば精神上の苦痛も慰謝されるから、財産上の損害賠償のほかに特に精神上の損害賠償を認める必要はないからである。しかし侵害された財産と被害者とが精神的に特殊なつながりがあって、通常財産上の価格の賠償だけでは、被害者の精神上の苦痛が慰謝されないと認められるような場合には、財産上の揖害賠償とは別に精神上の損害賠償が許されるとかいさねばならない。ことに家庭に飼われている猫のように、その財産的価値はいうにたりなくとも、飼育者との間に高度の愛情関係を有することを普通とする愛がん用の動物の侵害に対しては、動物に対する財産の価額の賠償だけでは、どうてい精神上の損害が償われない。もしこの場合に、精神上の損害賠償を否定するならば、その動物の財産的価値が皆無に等しいときは、たとえこれを長年愛撫飼育し、その間に高度の愛情関係があっても、被害者は裁判上何らの救済も得られないことになり、公平の観念に反する。俗に「猫かわいがり」というこどばのあるとおり、家庭に飼われている猫が、飼い主との問に高度の愛情関係にあることは通常のことがらであるから、加害動物の占有者がその間の事情を知ったと知らないにかかわらず、これがため猫の飼主が精神上蒙った損害を賠償する義務があるといわなければならない。したがって、本件犬の占有者である被告は、猫の所有者である原告らに対して、犬が猫をかみ殺したことによって、原告らが精神上蒙った苦痛に対して慰謝料を支払う義務がある。

 そこで慰謝料の額について判断する。証人Bの証言、原告P1、並びにP2の各本人尋問の結果によれば次の事実を認めることができる。原告らは昭和三一年結婚の記念に知人から生後間もない本件の猫を貰い受け、当時原告らの間には子がなかったので「チイコ」と名づけて、自分の子のように愛撫し、牛乳、チーズ、力ツオブシ、ニボシなどを常食として与え、寝るときも原告らといつしように寝ていた。したがってチイコは原告らによくなついており、原告P1が帰宅すると足音を聞いて同原告を玄関まで迎えにくるほどになっていた。病気の時は医者にみせまた他人の家に迷惑をかけたり、ドブネズミやつまらぬ物を拾い食いして病気にかからないように、いつも家の中で飼い、戸を開けておく時は外に出ないようにひもでつなぎ、用便も家の中でできるように用意しておき、こうして一年余り飼っていた。事件当日原告P2は勝手で洗物をしていたところ、物音に驚いて六畳の間の方を見ると大きな犬にチイコがかまれていた。大きな声で救を求めたが、犬はチイコをくわえて走り去り、猫を口から放したときは、猫は血だらけで、むごたらしい死に方をしていた。犬を連れてきたAは謝りもせず、行ってしまったので、追っかけて住所を聞いたが、これに答えず、悪態をいって、いずれへか姿を消してしまい、同原告はチイコのむごたらしい死に方を見ていたく悲しむとともに、Aのし打ちに対しいたく憤激した。原告P1は勤めに出て漸く役所に着いた頃、原告P2からチイコが殺されたことを知らせられるや、急いで車で帰宅し、調査の結果、漸くその犬は被告の飼っている犬であることが分つたが、チイコが前記のように原告らの住宅の六畳の間でかみ殺され、あまりにも惨虐な殺され方をしているのを見聞するに及んで、原告P2とともに、あたかも親が子を失ったかのようにいたくその死を悲しみその夜は二人で泣き、一日中食事もすすまず、家の中で炊事をしても食べる気にもならないので、一週間ほどは夫婦で外食をした。チイコが死んで二日間はチイコの死骸の前に花と食物を三度三度供えてその霊を慰さめ、二人相談の結果チイコを剥製にして家に残し、文京区--番地所在のE寺に依頼して仏式で葬式をすませ、その死骸をE寺の犬猫の墓地に手厚く埋葬してその霊を慰めたほどであって、猫の死によって相当精神上の打撃を受けたこと、原告P1は昭和二九年--大学を卒業して、当時--省に勤めており、被告は相当大きく医師を開業しており、エル号のほかにも犬を四匹ぐらいも飼っておる身分であること、事件後、被告も原告方に行き一応謝罪の意を表したこと、以上のことを認めることができる。これらの各種の事情を斟酌して、被告の原告らに対して支払うべき慰謝料の額はそれぞれ一万円をもって相当と認め、その余は過当であると認める。

 (2) 剥製料

 原告P1本人尋問の結果及び右尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二号証ならびにチイコの写真であることにつき当事者間に争いのない甲第一号証によれば、原告らはチイコをしのぷため千代田区--番地のG剥製所に依頼してこれを刻製にし、昭和三二年二月三○日その費用として一万三千円を支払ったことが認められる。しかし、猫が殺された場合に剥製にして保存することは特別の事情であって、通常の事情によるものではなく、右は通常生ずべき損害ということはできないから、この点についての損害賠償請求は許されない。

 (3) 埋葬料

 原告P1本人の尋問の結果及び同尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三号証ならびにチイコの墓の写真であることについて争いのない甲第四号証によれば、次の事実を認めることができる。原告らは猫の供養のため前に述べたようにE寺の坊さんに拝んでもらい、練馬区--番地にあるFの動物慰霊墓地に埋葬し、原告P1は供養料埋葬手数料として六百円をE寺に支払ったほか、続経料として千円、墓守に五百円渡して管理を頼み、昭和三三年、三四年の彼岸と盆に寺に供養のため三百円ずつ寄附している。原告P1は右のうち供養料埋葬手数料として支払った六百円の賠償を被告に求めているのであるが、可愛がっていた動物の死について本件のように供養をして墓地に埋葬することは異例のことでなく、犬猫などの動物を供養し埋葬する寺や、犬猫等の埋葬のために設けられた広い基地があり、多くの愛犬家や愛描家が死んだ犬や猫をその墓地に埋葬していることを考えあわせると、右のような供養や埋葬をして、右の程度の費用を支払うことは特異のことではなく、したがって右の支出は不法行為により通常生ずる損害であるということができる。よって被告は右の損害を原告に賠償する義務がある。

 

三 結論 

 よって、原告らの請求中、原告らに対し、それぞれ慰謝料として一万円、原告P1に対し埋葬料として六百円の支払を求める限度で原告の請求を理由ありと認め、その余の請求は失当であるとして棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項ただし書を適用し、仮執行の宣言はその必要のないものと認めて、主文のとおり判決する。

 東京地方裁判所民事第十一部

 裁判官 千 種 達 夫 


事例目次へ

メールはこちら