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last update 07 June 1999


◆犬のフィラリア虫除去手術の際にその犬が死亡した事案において手術を担当した獣医に義務違反はないとされた事例

平成3年11月28日東京地判、平成2年(ワ)12875号 債務不存在確認訴訟事件。

判タ787号211頁。

 

原告 動物病院

被告 死亡した犬の所有者

 

訴えの内容

(1) 本件飼犬の死亡について原告が何らの損害賠償債務も負わないことの確認。(2) 要した本件診療報酬等(5万1000円)及び遅延損害金の支払い請求。

判決

(1) 原告が被告に対し何らの損害賠償債務も負わないことを確認。(2) 被告は原告に対し、金5万1000円及びこれに対する平成2年10月26日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。(3) 訴訟費用は被告の負担とする。(4) 第二項に限り、仮に執行することができる。

争いのない事実+証拠による事実の経過

被告は、平成2年8月27日、飼犬(牝、以下「M」とする)を連れて、原告動物病院を訪れ、原告代表者に対し、Mが他の動物病院において犬フィラリア症に罹患していると診断されたことを告げ、Mについての診療を依頼。原告代表者がまずMの血液検査を行い、その血液中のミクロフィラリア(フィラリアの子虫)を減少させるためのミコクロリーナーという経口薬を被告に交付して、Mに毎日投与することを勧めた。

被告は遅くとも、平成2年9月25日午前中までには、原告代表者に対し、原告動物病院においてMについてフィラリアの成虫をMの心臓から除去する手術を行う有料診療の準委任契約が締結されたことを推認することができる(認定事実より)。

同年同月同日にMについてフィラリアの成虫を除去するための開胸手術が行われた。その開胸手術の過程でMが死亡。

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原告の主張

犬フィラリア症は、愛犬家が経口予防薬により通常予防し、かつ、100パーセントその予防の効果を上げることができるもの(→*)であるのに、被告は、Mについて現実には全くその予防方法をとらないでMがこれに罹患するに任せたため、Mが死亡するに至った。Mの死亡は、被告のこのような管理の誤りに専らその原因があり、原告代表者には、その死亡につき、何らの過失も、責めに帰するべき債務不履行もなかった。

被告の主張

原告の上記主張を否認。

診療報酬等の支払い義務については争う。

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判決理由

フィラリア成虫除去手術の実施とMの死亡の原因について

1(1) 犬のフィラリア症は、それが高ずると、顕著な症状が現れなくても、循環機能不全により、突然死の結果を生ずることがある危険な病気であるとされている。

 (2) 原告代表者は、9月25日、開胸手術の前に、Mの心電図検査と超音波による心臓検査を行い、その心臓に著しい変化がないことを確認するとともに、Mの心臓にフィラリアの成虫を確認。これに続いて、自己を含む四人のスタッフが関与して、教科書に書かれているとおりの開胸手術を行い、13回にわたり、10数匹の成虫を吊り出し除去した。

 (3) この反復的な吊り出し作業の途中であったが、13回目の吊り出し後に、Mに心拍数の減少が現れ、四人のスタッフの判断で、除去作業を止め、心臓を閉じることとし、心臓を実際に閉じて閉胸手術に入ろうとしたところ、心臓の期外収縮が出、急遽メイロン、アトロピンの静脈注射をしたが、一時心停止となり、手で心マッサージをし、いったん回復したが、すぐまた、反応しなくなって心臓が停止してしまい、ついに死亡した。

2 (4) Mが死亡した翌日の9月26日、東京大学農学部獣医病理学教室で、G教授及びN教授により、Mの解剖が行われた。右心室に約10隻、右心房から大動脈にかけて5隻のフィラリア成虫が寄生していること、心室が左右ともに拡張し、特に右心室のそれが著しく先天的心拡張であること、全身にうっ血があること等が認められる。その死亡診断として、Mの主な死因がフィラリア症、副次的な死因が心室拡張と判定された。

 (5) 犬の先天的心拡張は、極めて希有な症例。Mについても、これを手術前に予見することは不可能であった。

・以上の事実

→証言のうち、原告代表者の手術ミスもあるとの供述部分は単なる推測の域を出るものではない。右認定を覆すに足りる証拠はない。

・2の認定事実

→Mは、主には、顕著なフィラリア症により、副次的には、他にはほとんど例を見ない先天的心拡張のため生じた循環機能不全により、たまたまMの開胸手術中に、その心停止が生じて死亡したものと推認するのが相当。

・書証と原告代表者の尋問(*)

→犬フィラリア症は、愛犬家が経口予防薬により通常予防している病気。その予防をしないとほぼ100パーセント罹患するものであると同時に、その予防をしさえすれば、100パーセントその予防の効果をあげることができる。

  ↓+ 認定事実

 Mは原告動物病院に来院する相当依然にこれに罹患。死因の認定が、結局、Mが、本件開胸手術のときまでにはそのフィラリア症が究極の症状を示すまでの状態に達していたことを意味。

  ↓これらを総合すると、

 被告は、Mについて全くフィラリア症の予防方法をとらないでMがこれに罹患するのに任せたため、Mが死亡するに至ったもの。Mの死亡は、被告のこのような管理の誤りに基づくもの(原告の債務の履行は結果的に不能となったが、その債務不履行については、原告代表者ひいては原告には、その責めに帰すべき事由がなかった)。

 同時に、原告代表者には、Mの死亡につき、何らかの過失があったものとも到底いうことができず、他にその過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

→原告の請求のうち、原告が被告に対し、Mの死亡につき、原告が不法行為による損害賠償債務も、債務不履行による損害賠償債務も一切負わないことの確認を求める部分は正当と言うべき。


判タ法律判例文献情報(1998度版)文献番号(9111280011[*])を参考にしました。


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